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配当金・株主優待スレッド 525 [無断転載禁止]©2ch.net

1 :山師さん:2016/02/19(金) 06:50:13.25 ID:PIrRvXBA
■2016年(平成28年)の決算月別期末権利付最終日と品貸日数(予定)
権利日   権利付最終売買日  逆日歩日数
02月末     02月24日(水)     1日
03月15日   03月10日(木)     1日
03月20日   03月15日(火)     4日
03月末     03月28日(月)     1日
04月末     04月25日(月)     4日
05月15日   05月10日(火)     3日
05月20日   05月17日(火)     3日
05月末     05月26日(木)     1日
06月20日   06月15日(水)     1日
06月末     06月27日(月)     1日
07月20日   07月14日(木)     1日
07月末     07月26日(火)     3日
08月20日   08月16日(火)     3日
08月末     08月26日(金)     1日
09月20日   09月14日(水)     1日
09月末     09月27日(火)     3日
10月20日   10月17日(月)     1日
10月末     10月26日(水)     1日
11月15日   11月10日(木)     1日
11月20日   11月15日(火)     3日
11月末     11月25日(金)     1日
12月20日   12月15日(木)     1日
12月末     12月27日(火)     5日

前スレ
配当金・株主優待スレッド 523 [無断転載禁止]©2ch.net
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/stock/1455121513/
配当金・株主優待スレッド 524
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/stock/1455405826/

182 :山師さん:2016/05/18(水) 16:55:00.50 ID:4uTcWgUe
 ところが今日帰りを待ち受けて逢あって見ると、そこが兄弟で、別に御世辞も使わないうちに、どこか
暖味あたたかみのある仕打も見えるので、つい云いたい事も後廻しにして、いっしょに湯になんぞ這入は
いって、穏やかに打ち解けて話せるようになって来た。
 兄弟は寛くつろいで膳ぜんについた。御米も遠慮なく食卓の一隅ひとすみを領りょうした。宗助も小六
も猪口ちょくを二三杯ずつ干した。飯にかかる前に、宗助は笑いながら、
「うん、面白いものが有ったっけ」と云いながら、袂たもとから買って来た護謨風船ゴムふうせんの達磨
だるまを出して、大きく膨ふくらませて見せた。そうして、それを椀わんの葢ふたの上へ載のせて、その
特色を説明して聞かせた。御米も小六も面白がって、ふわふわした玉を見ていた。しまいに小六が、ふう
っと吹いたら達磨は膳ぜんの上から畳の上へ落ちた。それでも、まだ覆かえらなかった。
「それ御覧」と宗助が云った。
 御米は女だけに声を出して笑ったが、御櫃おはちの葢ふたを開けて、夫の飯を盛よそいながら、
「兄さんも随分呑気のんきね」と小六の方を向いて、半ば夫を弁護するように云った。宗助は細君から茶
碗を受取って、一言ひとことの弁解もなく食事を始めた。小六も正式に箸はしを取り上げた。
 達磨はそれぎり話題に上のぼらなかったが、これが緒いとくちになって、三人は飯の済むまで無邪気に
長閑のどかな話をつづけた。しまいに小六が気を換えて、
「時に伊藤さんもとんだ事になりましたね」と云い出した。宗助は五六日前伊藤公暗殺の号外を見たとき
、御米の働いている台所へ出て来て、「おい大変だ、伊藤さんが殺された」と云って、手に持った号外を
御米のエプロンの上に乗せたなり書斎へ這入はいったが、その語気からいうと、むしろ落ちついたもので
あった。
「あなた大変だって云う癖に、ちっとも大変らしい声じゃなくってよ」と御米が後あとから冗談じょうだ
ん半分にわざわざ注意したくらいである。その後日ごとの新聞に伊藤公の事が五六段ずつ出ない事はない
が、宗助はそれに目を通しているんだか、いないんだか分らないほど、暗殺事件については平気に見えた
。夜帰って来て、御米が飯の御給仕をするときなどに、「今日も伊藤さんの事が何か出ていて」と聞く事
があるが、その時には「うんだいぶ出ている」と答えるぐらいだから、夫の隠袋かくしの中に畳んである
今朝の読殻よみがらを、後あとから出して読んで見ないと、その日の記事は分らなかった。御米もつまり
は夫が帰宅後の会話の材料として、伊藤公を引合に出すぐらいのところだから、宗助が進まない方向へは
、たって話を引張りたくはなかった。それでこの二人の間には、号外発行の当日以後、今夜小六がそれを
云い出したまでは、公おおやけには天下を動かしつつある問題も、格別の興味をもって迎えられていなか
ったのである。
「どうして、まあ殺されたんでしょう」と御米は号外を見たとき、宗助に聞いたと同じ事をまた小六に向
って聞いた。
「短銃ピストルをポンポン連発したのが命中めいちゅうしたんです」と小六は正直に答えた。
「だけどさ。どうして、まあ殺されたんでしょう」
 小六は要領を得ないような顔をしている。宗助は落ちついた調子で、
「やっぱり運命だなあ」と云って、茶碗の茶を旨うまそうに飲んだ。御米はこれでも納得なっとくができ
なかったと見えて、
「どうしてまた満洲まんしゅうなどへ行ったんでしょう」と聞いた。
「本当にな」と宗助は腹が張って充分物足りた様子であった。
「何でも露西亜ロシアに秘密な用があったんだそうです」と小六が真面目まじめな顔をして云った。御米
は、
「そう。でも厭いやねえ。殺されちゃ」と云った。
「おれみたような腰弁こしべんは、殺されちゃ厭だが、伊藤さんみたような人は、哈爾賓ハルピンへ行っ
て殺される方がいいんだよ」と宗助が始めて調子づいた口を利きいた。
「あら、なぜ」
「なぜって伊藤さんは殺されたから、歴史的に偉い人になれるのさ。ただ死んで御覧、こうはいかないよ

「なるほどそんなものかも知れないな」と小六は少し感服したようだったが、やがて、

183 :山師さん:2016/05/18(水) 16:55:12.54 ID:4uTcWgUe
「とにかく満洲だの、哈爾賓だのって物騒な所ですね。僕は何だか危険なような心持がしてならない」と
云った。
「そりゃ、色んな人が落ち合ってるからね」
 この時御米は妙な顔をして、こう答えた夫の顔を見た。宗助もそれに気がついたらしく、
「さあ、もう御膳おぜんを下げたら好かろう」と細君を促うながして、先刻さっきの達磨だるまをまた畳
の上から取って、人指指ひとさしゆびの先へ載のせながら、
「どうも妙だよ。よくこう調子好くできるものだと思ってね」と云っていた。
 台所から清きよが出て来て、食い散らした皿小鉢さらこばちを食卓ごと引いて行った後で、御米も茶を
入れ替えるために、次の間へ立ったから、兄弟は差向いになった。
「ああ奇麗きれいになった。どうも食った後は汚ないものでね」と宗助は全く食卓に未練のない顔をした
。勝手の方で清がしきりに笑っている。
「何がそんなにおかしいの、清」と御米が障子越しょうじごしに話しかける声が聞えた。清はへえと云っ
てなお笑い出した。兄弟は何にも云わず、半なかば下女の笑い声に耳を傾けていた。
 しばらくして、御米が菓子皿と茶盆を両手に持って、また出て来た。藤蔓ふじづるの着いた大きな急須
きゅうすから、胃にも頭にも応こたえない番茶を、湯呑ゆのみほどな大きな茶碗ちゃわんに注ついで、両
人ふたりの前へ置いた。
「何だって、あんなに笑うんだい」と夫が聞いた。けれども御米の顔は見ずにかえって菓子皿の中を覗の
ぞいていた。
「あなたがあんな玩具おもちゃを買って来て、面白そうに指の先へ乗せていらっしゃるからよ。子供もな
い癖に」
 宗助は意にも留めないように、軽く「そうか」と云ったが、後あとから緩ゆっくり、
「これでも元は子供があったんだがね」と、さも自分で自分の言葉を味わっている風につけ足して、生温
なまぬるい眼を挙げて細君を見た。御米はぴたりと黙ってしまった。
「あなた御菓子食べなくって」と、しばらくしてから小六の方へ向いて話し掛けたが、
「ええ食べます」と云う小六の返事を聞き流して、ついと茶の間へ立って行った。兄弟はまた差向いにな
った。
 電車の終点から歩くと二十分近くもかかる山の手の奥だけあって、まだ宵よいの口くちだけれども、四
隣あたりは存外静かである。時々表を通る薄歯の下駄の響が冴さえて、夜寒よさむがしだいに増して来る
。宗助は懐手ふところでをして、
「昼間は暖あったかいが、夜になると急に寒くなるね。寄宿じゃもう蒸汽スチームを通しているかい」と
聞いた。
「いえ、まだです。学校じゃよっぽど寒くならなくっちゃ、蒸汽なんか焚たきゃしません」
「そうかい。それじゃ寒いだろう」
「ええ。しかし寒いくらいどうでも構わないつもりですが」と云ったまま、小六はすこし云い淀よどんで
いたが、しまいにとうとう思い切って、
「兄さん、佐伯さえきの方はいったいどうなるんでしょう。先刻さっき姉さんから聞いたら、今日手紙を
出して下すったそうですが」
「ああ出した。二三日中に何とか云って来るだろう。その上でまたおれが行くともどうともしようよ」
 小六は兄の平気な態度を、心の中うちでは飽足らず眺ながめた。しかし宗助の様子にどこと云って、他
ひとを激させるような鋭するどいところも、自みずからを庇護かばうような卑いやしい点もないので、喰
くってかかる勇気はさらに出なかった。ただ
「じゃ今日きょうまであのままにしてあったんですか」と単に事実を確めた。
「うん、実は済まないがあのままだ。手紙も今日やっとの事で書いたくらいだ。どうも仕方がないよ。近
頃神経衰弱でね」と真面目まじめに云う。小六は苦笑した。
「もし駄目なら、僕は学校をやめて、いっそ今のうち、満洲か朝鮮へでも行こうかと思ってるんです」
「満洲か朝鮮? ひどくまた思い切ったもんだね。だって、御前先刻さっき満洲は物騒で厭いやだって云
ったじゃないか」

184 :山師さん:2016/05/18(水) 16:55:24.55 ID:4uTcWgUe
 用談はこんなところに往ったり来たりして、ついに要領を得なかった。しまいに宗助が、
「まあ、好いや、そう心配しないでも、どうかなるよ。何しろ返事の来しだい、おれがすぐ知らせてやる
。その上でまた相談するとしよう」と云ったので、談話はなしに区切がついた。
 小六が帰りがけに茶の間を覗のぞいたら、御米は何にもしずに、長火鉢ながひばちに倚よりかかってい
た。
「姉さん、さようなら」と声を掛けたら、「おや御帰り」と云いながらようやく立って来た。



 小六ころくの苦くにしていた佐伯さえきからは、予期の通り二三日して返事があったが、それは極きわ
めて簡単なもので、端書はがきでも用の足りるところを、鄭重ていちょうに封筒へ入れて三銭の切手を貼
はった、叔母の自筆に過ぎなかった。
 役所から帰って、筒袖つつそでの仕事着を、窮屈そうに脱ぬぎ易かえて、火鉢ひばちの前へ坐すわるや
否や、抽出ひきだしから一寸ほどわざと余して差し込んであった状袋に眼が着いたので、御米およねの汲
んで出す番茶を一口呑のんだまま、宗助そうすけはすぐ封を切った。
「へえ、安やすさんは神戸へ行ったんだってね」と手紙を読みながら云った。
「いつ?」と御米は湯呑を夫の前に出した時の姿勢のままで聞いた。
「いつとも書いてないがね。何しろ遠からぬうちには帰京仕るべく候間と書いてあるから、もうじき帰っ
て来るんだろう」
「遠からぬうちなんて、やっぱり叔母さんね」
 宗助は御米の批評に、同意も不同意も表しなかった。読んだ手紙を巻き納めて、投げるようにそこへ放
り出して、四五日目になる、ざらざらした腮あごを、気味わるそうに撫なで廻した。
 御米はすぐその手紙を拾ったが、別に読もうともしなかった。それを膝ひざの上へ乗せたまま、夫の顔
を見て、
「遠からぬうちには帰京仕つかまつるべく候間、どうだって云うの」と聞いた。
「いずれ帰ったら、安之助やすのすけと相談して何とか御挨拶ごあいさつを致しますと云うのさ」
「遠からぬうちじゃ曖昧あいまいね。いつ帰るとも書いてなくって」
「いいや」
 御米は念のため、膝の上の手紙を始めて開いて見た。そうしてそれを元のように畳んで、
「ちょっとその状袋を」と手を夫おっとの方へ出した。宗助は自分と火鉢の間に挟まっている青い封筒を
取って細君に渡した。御米はそれをふっと吹いて、中を膨ふくらまして手紙を収めた。そうして台所へ立
った。
 宗助はそれぎり手紙の事には気を留めなかった。今日役所で同僚が、この間英吉利イギリスから来遊し
たキチナー元帥に、新橋の傍そばで逢あったと云う話を思い出して、ああ云う人間になると、世界中どこ
へ行っても、世間を騒がせるようにできているようだが、実際そういう風に生れついて来たものかも知れ
ない。自分の過去から引き摺ずってきた運命や、またその続きとして、これから自分の眼前に展開されべ
き[#「展開されべき」はママ]将来を取って、キチナーと云う人のそれに比べて見ると、とうてい同じ
人間とは思えないぐらい懸かけ隔へだたっている。
 こう考えて宗助はしきりに煙草たばこを吹かした。表は夕方から風が吹き出して、わざと遠くの方から
襲おそって来るような音がする。それが時々やむと、やんだ間は寂しんとして、吹き荒れる時よりはなお
淋さびしい。宗助は腕組をしながら、もうそろそろ火事の半鐘はんしょうが鳴り出す時節だと思った。
 台所へ出て見ると、細君は七輪しちりんの火を赤くして、肴さかなの切身を焼いていた。清きよは流し
元に曲こごんで漬物を洗っていた。二人とも口を利きかずにせっせと自分のやる事をやっている。宗助は
障子しょうじを開けたなり、しばらく肴から垂たる汁つゆか膏あぶらの音を聞いていたが、無言のままま
た障子を閉たてて元の座へ戻った。細君は眼さえ肴から離さなかった。
 食事を済まして、夫婦が火鉢を間あいに向い合った時、御米はまた
「佐伯の方は困るのね」と云い出した。

185 :山師さん:2016/05/18(水) 16:56:12.62 ID:4uTcWgUe

「だって、近頃の相場なら、捨売すてうりにしたって、あの時叔父の拵らえてくれた金の倍にはなるんだ
もの。あんまり馬鹿馬鹿しいからね」と宗助が云い出すと、御米は淋さみしそうに笑って、
「また地面? いつまでもあの事ばかり考えていらっしゃるのね。だって、あなたが万事宜よろしく願い
ますと、叔父さんにおっしゃったんでしょう」と云う。
「そりゃ仕方がないさ。あの場合ああでもしなければ方ほうがつかないんだもの」と宗助が云う。
「だからさ。叔父さんの方では、御金の代りに家うちと地面を貰ったつもりでいらっしゃるかも知れなく
ってよ」と御米が云う。
 そう云われると、宗助も叔父の処置に一理あるようにも思われて、口では、
「そのつもりが好くないじゃないか」と答弁するようなものの、この問題はその都度つどしだいしだいに
背景の奥に遠ざかって行くのであった。
 夫婦がこんな風に淋しく睦むつまじく暮らして来た二年目の末に、宗助はもとの同級生で、学生時代に
は大変懇意であった杉原と云う男に偶然出逢った。杉原は卒業後高等文官試験に合格して、その時すでに
或省に奉職していたのだが、公務上福岡と佐賀へ出張することになって、東京からわざわざやって来たの
である。宗助は所の新聞で、杉原のいつ着いて、どこに泊っているかをよく知ってはいたが、失敗者とし
ての自分に顧かえりみて、成効者せいこうしゃの前に頭を下げる対照を恥ずかしく思った上に、自分は在
学当時の旧友に逢うのを、特に避けたい理由を持っていたので、彼の旅館を訪ねる気は毛頭なかった。
 ところが杉原の方では、妙な引掛りから、宗助のここに燻くすぶっている事を聞き出して、強しいて面
会を希望するので、宗助もやむを得ず我がを折った。宗助が福岡から東京へ移れるようになったのは、全
くこの杉原の御蔭おかげである。杉原から手紙が来て、いよいよ事がきまったとき、宗助は箸はしを置い
て、
「御米、とうとう東京へ行けるよ」と云った。
「まあ結構ね」と御米が夫の顔を見た。
 東京に着いてから二三週間は、眼の回まわるように日が経たった。新らしく世帯を有もって、新らしい
仕事を始める人に、あり勝ちな急忙せわしなさと、自分達を包む大都の空気の、日夜劇はげしく震盪しん
とうする刺戟しげきとに駆かられて、何事をもじっと考える閑ひまもなく、また落ちついて手を下くだす
分別も出なかった。
 夜汽車で新橋へ着いた時は、久しぶりに叔父夫婦の顔を見たが、夫婦とも灯ひのせいか晴れやかな色に
は宗助の眼に映らなかった。途中に事故があって、着ちゃくの時間が珍らしく三十分ほど後れたのを、宗
助の過失ででもあるかのように、待草臥まちくたびれた気色けしきであった。
 宗助がこの時叔母から聞いた言葉は、
「おや宗そうさん、しばらく御目に掛かからないうちに、大変御老おふけなすった事」という一句であっ
た。御米はその折おり始めて叔父夫婦に紹介された。
「これがあの……」と叔母は逡巡ためらって宗助の方を見た。御米は何と挨拶あいさつのしようもないの
で、無言のままただ頭を下げた。
 小六も無論叔父夫婦と共に二人を迎いに来ていた。宗助は一眼その姿を見たとき、いつの間にか自分を
凌しのぐように大きくなった、弟の発育に驚ろかされた。小六はその時中学を出て、これから高等学校へ
這入はいろうという間際まぎわであった。宗助を見て、「兄さん」とも「御帰りなさい」とも云わないで
、ただ不器用に挨拶をした。
 宗助と御米は一週ばかり宿屋住居ずまいをして、それから今の所に引き移った。その時は叔父夫婦がい
ろいろ世話を焼いてくれた。細々こまごましい台所道具のようなものは買うまでもあるまい、古いのでよ
ければと云うので、小人数に必要なだけ一通り取り揃そろえて送って来た。その上、
「御前も新世帯だから、さぞ物要ものいりが多かろう」と云って金を六十円くれた。
 家うちを持ってかれこれ取り紛まぎれているうちに、早はや半月余よも経ったが、地方にいる時分あん
なに気にしていた家邸いえやしきの事は、ついまだ叔父に言い出さずにいた。ある時御米が、
「あなたあの事を叔父さんにおっしゃって」と聞いた。宗助はそれで急に思い出したように、
「うん、まだ云わないよ」と答えた。

186 :山師さん:2016/05/18(水) 16:56:25.05 ID:4uTcWgUe
ろも、自みずからを庇護かばうような卑いやしい点もないので、喰
くってかかる勇気はさらに出なかった。ただ
「じゃ今日きょうまであのままにしてあったんですか」と単に事実を確めた。
「うん、実は済まないがあのままだ。手紙も今日やっとの事で書いたくらいだ。どうも仕方がないよ。近
頃神経衰弱でね」と真面目まじめに云う。小六は苦笑した。
「もし駄目なら、僕は学校をやめて、いっそ今のうち、満洲か朝鮮へでも行こうかと思ってるんです」
「満洲か朝鮮? ひどくまた思い切ったもんだね。だって、御前先刻さっき満洲は物騒で厭いやだって云
ったじゃないか」
 用談はこんなところに往ったり来たりして、ついに要領を得なかった。しまいに宗助が、
「まあ、好いや、そう心配しないでも、どうかなるよ。何しろ返事の来しだい、おれがすぐ知らせてやる
。その上でまた相談するとしよう」と云ったので、談話はなしに区切がついた。
 小六が帰りがけに茶の間を覗のぞいたら、御米は何にもしずに、長火鉢ながひばちに倚よりかかってい
た。
「姉さん、さようなら」と声を掛けたら、「おや御帰り」と云いながらようやく立って来た。



 小六ころくの苦くにしていた佐伯さえきからは、予期の通り二三日して返事があったが、それは極きわ
めて簡単なもので、端書はがきでも用の足りるところを、鄭重ていちょうに封筒へ入れて三銭の切手を貼
はった、叔母の自筆に過ぎなかった。
 役所から帰って、筒袖つつそでの仕事着を、窮屈そうに脱ぬぎ易かえて、火鉢ひばちの前へ坐すわるや
否や、抽出ひきだしから一寸ほどわざと余して差し込んであった状袋に眼が着いたので、御米およねの汲
んで出す番茶を一口呑のんだまま、宗助そうすけはすぐ封を切った。
「へえ、安やすさんは神戸へ行ったんだってね」と手紙を読みながら云った。
「いつ?」と御米は湯呑を夫の前に出した時の姿勢のままで聞いた。
「いつとも書いてないがね。何しろ遠からぬうちには帰京仕るべく候間と書いてあるから、もうじき帰っ
て来るんだろう」
「遠からぬうちなんて、やっぱり叔母さんね」
 宗助は御米の批評に、同意も不同意も表しなかった。読んだ手紙を巻き納めて、投げるようにそこへ放
り出して、四五日目になる、ざらざらした腮あごを、気味わるそうに撫なで廻した。
 御米はすぐその手紙を拾ったが、別に読もうともしなかった。それを膝ひざの上へ乗せたまま、夫の顔
を見て、
「遠からぬうちには帰京仕つかまつるべく候間、どうだって云うの」と聞いた。
「いずれ帰ったら、安之助やすのすけと相談して何とか御挨拶ごあいさつを致しますと云うのさ」
「遠からぬうちじゃ曖昧あいまいね。いつ帰るとも書いてなくって」
「いいや」
 御米は念のため、膝の上の手紙を始めて開いて見た。そうしてそれを元のように畳んで、
「ちょっとその状袋を」と手を夫おっとの方へ出した。宗助は自分と火鉢の間に挟まっている青い封筒を
取って細君に渡した。御米はそれをふっと吹いて、中を膨ふくらまして手紙を収めた。そうして台所へ立
った。
 宗助はそれぎり手紙の事には気を留めなかった。今日役所で同僚が、この間英吉利イギリスから来遊し
たキチナー元帥に、新橋の傍そばで逢あったと云う話を思い出して、ああ云う人間になると、世界中どこ
へ行っても、世間を騒がせるようにできているようだが、実際そういう風に生れついて来たものかも知れ
ない。自分の過去から引き摺ずってきた運命や、またその続きとして、これから自分の眼前に展開されべ
き[#「展開されべき」はママ]将来を取って、キチナーと云う人のそれに比べて見ると、とうてい同じ
人間とは思えないぐらい懸かけ隔へだたっている。
 こう考えて宗助はしきりに煙草たばこを吹かした。表は夕方から風が吹き出して、わざと遠くの方から

187 :山師さん:2016/05/18(水) 16:57:00.47 ID:4uTcWgUe
 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

188 :山師さん:2016/05/18(水) 16:57:12.53 ID:4uTcWgUe
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。

189 :山師さん:2016/05/18(水) 16:57:24.57 ID:4uTcWgUe
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら

190 :山師さん:2016/05/18(水) 16:58:05.68 ID:4uTcWgUe
ず、毎日役所の行通ゆきかよいには電車を利用して、賑にぎやかな町を二度ずつはきっと往いったり来た
りする習慣になっているのではあるが、身体からだと頭に楽らくがないので、いつでも上うわの空そらで
素通りをする事になっているから、自分がその賑やかな町の中に活いきていると云う自覚は近来とんと起
った事がない。もっとも平生へいぜいは忙がしさに追われて、別段気にも掛からないが、七日なのかに一
返いっぺんの休日が来て、心がゆったりと落ちつける機会に出逢であうと、不断の生活が急にそわそわし
た上調子うわちょうしに見えて来る。必竟ひっきょう自分は東京の中に住みながら、ついまだ東京という
ものを見た事がないんだという結論に到着すると、彼はそこにいつも妙な物淋さびしさを感ずるのである

 そう云う時には彼は急に思い出したように町へ出る。その上懐ふところに多少余裕よゆうでもあると、
これで一つ豪遊でもしてみようかと考える事もある。けれども彼の淋しみは、彼を思い切った極端に駆か
り去るほどに、強烈の程度なものでないから、彼がそこまで猛進する前に、それも馬鹿馬鹿しくなってや
めてしまう。のみならず、こんな人の常態として、紙入の底が大抵の場合には、軽挙を戒いましめる程度
内に膨ふくらんでいるので、億劫おっくうな工夫を凝こらすよりも、懐手ふところでをして、ぶらりと家
うちへ帰る方が、つい楽になる。だから宗助の淋さびしみは単なる散歩か勧工場かんこうば縦覧ぐらいな
ところで、次の日曜まではどうかこうか慰藉いしゃされるのである。
 この日も宗助はともかくもと思って電車へ乗った。ところが日曜の好天気にもかかわらず、平常よりは
乗客が少ないので例になく乗心地が好かった。その上乗客がみんな平和な顔をして、どれもこれも悠ゆっ
たりと落ちついているように見えた。宗助は腰を掛けながら、毎朝例刻に先を争って席を奪い合いながら
、丸の内方面へ向う自分の運命を顧かえりみた。出勤刻限の電車の道伴みちづれほど殺風景なものはない
。革かわにぶら下がるにしても、天鵞絨びろうどに腰を掛けるにしても、人間的な優やさしい心持の起っ
た試ためしはいまだかつてない。自分もそれでたくさんだと考えて、器械か何ぞと膝ひざを突き合せ肩を
並べたかのごとくに、行きたい所まで同席して不意と下りてしまうだけであった。前の御婆さんが八つぐ
らいになる孫娘の耳の所へ口を付けて何か云っているのを、傍そばに見ていた三十恰好がっこうの商家の
御神おかみさんらしいのが、可愛らしがって、年を聞いたり名を尋ねたりするところを眺ながめていると
、今更いまさらながら別の世界に来たような心持がした。
 頭の上には広告が一面に枠わくに嵌はめて掛けてあった。宗助は平生これにさえ気がつかなかった。何
心なしに一番目のを読んで見ると、引越は容易にできますと云う移転会社の引札ひきふだであった。その
次には経済を心得る人は、衛生に注意する人は、火の用心を好むものは、と三行に並べておいてその後あ
とに瓦斯竈ガスがまを使えと書いて、瓦斯竈から火の出ている画えまで添えてあった。三番目には露国文
豪トルストイ伯傑作「千古の雪」と云うのと、バンカラ喜劇小辰こたつ大一座と云うのが、赤地に白で染
め抜いてあった。
 宗助は約十分もかかって、すべての広告を丁寧ていねいに三返ほど読み直した。別に行って見ようと思
うものも、買って見たいと思うものも無かったが、ただこれらの広告が判然はっきりと自分の頭に映って
、そうしてそれを一々読み終おおせた時間のあった事と、それをことごとく理解し得たと云う心の余裕よ
ゆうが、宗助には少なからぬ満足を与えた。彼の生活はこれほどの余裕にすら誇りを感ずるほどに、日曜
以外の出入ではいりには、落ちついていられないものであった。
 宗助は駿河台下するがだいしたで電車を降りた。降りるとすぐ右側の窓硝子まどガラスの中に美しく並
べてある洋書に眼がついた。宗助はしばらくその前に立って、赤や青や縞しまや模様の上に、鮮あざやか
に叩たたき込んである金文字を眺めた。表題の意味は無論解るが、手に取って、中を検しらべて見ようと
いう好奇心はちっとも起らなかった。本屋の前を通ると、きっと中へ這入はいって見たくなったり、中へ
這入ると必ず何か欲しくなったりするのは、宗助から云うと、すでに一昔ひとむかし前の生活である。た
だ Historyヒストリ ofオフ Gamblingガムブリング(博奕史ばくえきし)と云うの
が、ことさらに美装して、一番真中に飾られてあったので、それが幾分か彼の頭に突飛とっぴな新し味を
加えただけであった。

191 :山師さん:2016/05/18(水) 16:58:21.25 ID:4uTcWgUe
締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強

192 :山師さん:2016/05/18(水) 16:58:33.30 ID:4uTcWgUe
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら
ず、毎日役所の行通ゆきかよいには電車を利用して、賑にぎやかな町を二度ずつはきっと往いったり来た
りする習慣になっているのではあるが、身体からだと頭に楽らくがないので、いつでも上うわの空そらで
素通りをする事になっているから、自分がその賑やかな町の中に活いきていると云う自覚は近来とんと起
った事がない。もっとも平生へいぜいは忙がしさに追われて、別段気にも掛からないが、七日なのかに一
返いっぺんの休日が来て、心がゆったりと落ちつける機会に出逢であうと、不断の生活が急にそわそわし
た上調子うわちょうしに見えて来る。必竟ひっきょう自分は東京の中に住みながら、ついまだ東京という
ものを見た事がないんだという結論に到着すると、彼はそこにいつも妙な物淋さびしさを感ずるのである

 そう云う時には彼は急に思い出したように町へ出る。その上懐ふところに多少余裕よゆうでもあると、
これで一つ豪遊でもしてみようかと考える事もある。けれども彼の淋しみは、彼を思い切った極端に駆か
り去るほどに、強烈の程度なものでないから、彼がそこまで猛進する前に、それも馬鹿馬鹿しくなってや
めてしまう。のみならず、こんな人の常態として、紙入の底が大抵の場合には、軽挙を戒いましめる程度
内に膨ふくらんでいるので、億劫おっくうな工夫を凝こらすよりも、懐手ふところでをして、ぶらりと家
うちへ帰る方が、つい楽になる。だから宗助の淋さびしみは単なる散歩か勧工場かんこうば縦覧ぐらいな
ところで、次の日曜まではどうかこうか慰藉いしゃされるのである。
 この日も宗助はともかくもと思って電車へ乗った。ところが日曜の好天気にもかかわらず、平常よりは
乗客が少ないので例になく乗心地が好かった。その上乗客がみんな平和な顔をして、どれもこれも悠ゆっ
たりと落ちついているように見えた。宗助は腰を掛けながら、毎朝例刻に先を争って席を奪い合いながら
、丸の内方面へ向う自分の運命を顧かえりみた。出勤刻限の電車の道伴みちづれほど殺風景なものはない
。革かわにぶら下がるにしても、天鵞絨びろうどに腰を掛けるにしても、人間的な優やさしい心持の起っ
た試ためしはいまだかつてない。自分もそれでたくさんだと考えて、器械か何ぞと膝ひざを突き合せ肩を
並べたかのごとくに、行きたい所まで同席して不意と下りてしまうだけであった。前の御婆さんが八つぐ
らいになる孫娘の耳の所へ口を付けて何か云っているのを、傍そばに見ていた三十恰好がっこうの商家の
御神おかみさんらしいのが、可愛らしがって、年を聞いたり名を尋ねたりするところを眺ながめていると
、今更いまさらながら別の世界に来たような心持がした。
 頭の上には広告が一面に枠わくに嵌はめて掛けてあった。宗助は平生これにさえ気がつかなかった。何
心なしに一番目のを読んで見ると、引越は容易にできますと云う移転会社の引札ひきふだであった。その
次には経済を心得る人は、衛生に注意する人は、火の用心を好むものは、と三行に並べておいてその後あ

193 :山師さん:2016/05/18(水) 16:58:45.32 ID:4uTcWgUe
とに瓦斯竈ガスがまを使えと書いて、瓦斯竈から火の出ている画えまで添えてあった。三番目には露国文
豪トルストイ伯傑作「千古の雪」と云うのと、バンカラ喜劇小辰こたつ大一座と云うのが、赤地に白で染
め抜いてあった。
 宗助は約十分もかかって、すべての広告を丁寧ていねいに三返ほど読み直した。別に行って見ようと思
うものも、買って見たいと思うものも無かったが、ただこれらの広告が判然はっきりと自分の頭に映って
、そうしてそれを一々読み終おおせた時間のあった事と、それをことごとく理解し得たと云う心の余裕よ
ゆうが、宗助には少なからぬ満足を与えた。彼の生活はこれほどの余裕にすら誇りを感ずるほどに、日曜
以外の出入ではいりには、落ちついていられないものであった。
 宗助は駿河台下するがだいしたで電車を降りた。降りるとすぐ右側の窓硝子まどガラスの中に美しく並
べてある洋書に眼がついた。宗助はしばらくその前に立って、赤や青や縞しまや模様の上に、鮮あざやか
に叩たたき込んである金文字を眺めた。表題の意味は無論解るが、手に取って、中を検しらべて見ようと
いう好奇心はちっとも起らなかった。本屋の前を通ると、きっと中へ這入はいって見たくなったり、中へ
這入ると必ず何か欲しくなったりするのは、宗助から云うと、すでに一昔ひとむかし前の生活である。た
だ Historyヒストリ ofオフ Gamblingガムブリング(博奕史ばくえきし)と云うの
が、ことさらに美装して、一番真中に飾られてあったので、それが幾分か彼の頭に突飛とっぴな新し味を
加えただけであった。
 宗助は微笑しながら、急忙せわしい通りを向側むこうがわへ渡って、今度は時計屋の店を覗のぞき込ん
だ。金時計だの金鎖が幾つも並べてあるが、これもただ美しい色や恰好かっこうとして、彼の眸ひとみに
映るだけで、買いたい了簡りょうけんを誘致するには至らなかった。その癖彼は一々絹糸で釣るした価格
札ねだんふだを読んで、品物と見較みくらべて見た。そうして実際金時計の安価なのに驚ろいた。
 蝙蝠傘屋こうもりがさやの前にもちょっと立ちどまった。西洋小間物こまものを売る店先では、礼帽シ
ルクハットの傍わきにかけてあった襟飾えりかざりに眼がついた。自分の毎日かけているのよりも大変柄
がらが好かったので、価ねを聞いてみようかと思って、半分店の中へ這入はいりかけたが、明日あしたか
ら襟飾りなどをかけ替えたところが下らない事だと思い直すと、急に蟇口がまぐちの口を開けるのが厭い
やになって行き過ぎた。呉服店でもだいぶ立見をした。鶉御召うずらおめしだの、高貴織こうきおりだの
、清凌織せいりょうおりだの、自分の今日こんにちまで知らずに過ぎた名をたくさん覚えた。京都の襟新
えりしんと云う家うちの出店の前で、窓硝子まどガラスへ帽子の鍔つばを突きつけるように近く寄せて、
精巧に刺繍ぬいをした女の半襟はんえりを、いつまでも眺ながめていた。その中うちにちょうど細君に似
合いそうな上品なのがあった。買って行ってやろうかという気がちょっと起るや否いなや、そりゃ五六年
前ぜんの事だと云う考が後あとから出て来て、せっかく心持の好い思いつきをすぐ揉もみ消してしまった
。宗助は苦笑しながら窓硝子を離れてまた歩き出したが、それから半町ほどの間は何だかつまらないよう
な気分がして、往来にも店先にも格段の注意を払わなかった。
 ふと気がついて見ると角に大きな雑誌屋があって、その軒先には新刊の書物が大きな字で広告してある
。梯子はしごのような細長い枠わくへ紙を張ったり、ペンキ塗の一枚板へ模様画みたような色彩を施こし
たりしてある。宗助はそれを一々読んだ。著者の名前も作物さくぶつの名前も、一度は新聞の広告で見た
ようでもあり、また全く新奇のようでもあった。
 この店の曲り角の影になった所で、黒い山高帽を被かぶった三十ぐらいの男が地面の上へ気楽そうに胡
坐あぐらをかいて、ええ御子供衆の御慰おなぐさみと云いながら、大きな護謨風船ゴムふうせんを膨ふく
らましている。それが膨れると自然と達磨だるまの恰好かっこうになって、好加減いいかげんな所に眼口
まで墨で書いてあるのに宗助は感心した。その上一度息を入れると、いつまでも膨れている。かつ指の先
へでも、手の平の上へでも自由に尻が据すわる。それが尻の穴へ楊枝ようじのような細いものを突っ込む
としゅうっと一度に収縮してしまう。
 忙がしい往来の人は何人でも通るが、誰も立ちどまって見るほどのものはない。山高帽の男は賑にぎや
かな町の隅に、冷やかに胡坐あぐらをかいて、身の周囲まわりに何事が起りつつあるかを感ぜざるものの

194 :山師さん:2016/05/18(水) 16:58:57.36 ID:4uTcWgUe
ごとくに、ええ御子供衆の御慰みと云っては、達磨を膨らましている。宗助は一銭五厘出して、その風船
を一つ買って、しゅっと縮ましてもらって、それを袂たもとへ入れた。奇麗きれいな床屋へ行って、髪を
刈りたくなったが、どこにそんな奇麗なのがあるか、ちょっと見つからないうちに、日が限かぎって来た
ので、また電車へ乗って、宅うちの方へ向った。
 宗助が電車の終点まで来て、運転手に切符を渡した時には、もう空の色が光を失いかけて、湿った往来
に、暗い影が射さし募つのる頃であった。降りようとして、鉄の柱を握ったら、急に寒い心持がした。い
っしょに降りた人は、皆みんな離れ離れになって、事あり気に忙がしく歩いて行く。町のはずれを見ると
、左右の家の軒から家根やねへかけて、仄白ほのしろい煙りが大気の中に動いているように見える。宗助
も樹きの多い方角に向いて早足に歩を移した。今日の日曜も、暢のんびりした御天気も、もうすでにおし
まいだと思うと、少しはかないようなまた淋さみしいような一種の気分が起って来た。そうして明日あし
たからまた例によって例のごとく、せっせと働らかなくてはならない身体からだだと考えると、今日半日
の生活が急に惜しくなって、残る六日半むいかはんの非精神的な行動が、いかにもつまらなく感ぜられた
。歩いているうちにも、日当の悪い、窓の乏しい、大きな部屋の模様や、隣りに坐すわっている同僚の顔
や、野中さんちょっとと云う上官の様子ばかりが眼に浮かんだ。
 魚勝と云う肴屋さかなやの前を通り越して、その五六軒先の露次ろじとも横丁ともつかない所を曲ると
、行き当りが高い崖がけで、その左右に四五軒同じ構かまえの貸家が並んでいる。ついこの間までは疎ま
ばらな杉垣の奥に、御家人ごけにんでも住み古したと思われる、物寂ものさびた家も一つ地所のうちに混
まじっていたが、崖の上の坂井さかいという人がここを買ってから、たちまち萱葺かやぶきを壊して、杉
垣を引き抜いて、今のような新らしい普請ふしんに建て易かえてしまった。宗助の家うちは横丁を突き当
って、一番奥の左側で、すぐの崖下だから、多少陰気ではあるが、その代り通りからはもっとも隔ってい
るだけに、まあ幾分か閑静だろうと云うので、細君と相談の上、とくにそこを択えらんだのである。
 宗助は七日なのかに一返の日曜ももう暮れかかったので、早く湯にでも入いって、暇があったら髪でも
刈って、そうして緩ゆっくり晩食ばんめしを食おうと思って、急いで格子こうしを開けた。台所の方で皿
小鉢さらこばちの音がする。上がろうとする拍子ひょうしに、小六ころくの脱ぬぎ棄すてた下駄げたの上
へ、気がつかずに足を乗せた。曲こごんで位置を調ととのえているところへ小六が出て来た。台所の方で
御米およねが、
「誰? 兄さん?」と聞いた。宗助は、
「やあ、来ていたのか」と云いながら座敷へ上った。先刻さっき郵便を出してから、神田を散歩して、電
車を降りて家へ帰るまで、宗助の頭には小六の小の字も閃ひらめかなかった。宗助は小六の顔を見た時、
何となく悪い事でもしたようにきまりが好くなかった。
「御米、御米」と細君を台所から呼んで、
「小六が来たから、何か御馳走ごちそうでもするが好い」と云いつけた。細君は、忙がしそうに、台所の
障子しょうじを開け放したまま出て来て、座敷の入口に立っていたが、この分り切った注意を聞くや否や

「ええ今直じき」と云ったなり、引き返そうとしたが、また戻って来て、
「その代り小六さん、憚はばかり様さま。座敷の戸を閉たてて、洋灯ランプを点つけてちょうだい。今私
わたしも清きよも手が放せないところだから」と依頼たのんだ。小六は簡単に、
「はあ」と云って立ち上がった。
 勝手では清が物を刻む音がする。湯か水をざあと流しへ空あける音がする。「奥様これはどちらへ移し
ます」と云う声がする。「姉さん、ランプの心しんを剪きる鋏はさみはどこにあるんですか」と云う小六
の声がする。しゅうと湯が沸たぎって七輪しちりんの火へかかった様子である。
 宗助は暗い座敷の中で黙然もくねんと手焙てあぶりへ手を翳かざしていた。灰の上に出た火の塊かたま
りだけが色づいて赤く見えた。その時裏の崖がけの上の家主やぬしの家の御嬢さんがピヤノを鳴らし出し
た。宗助は思い出したように立ち上がって、座敷の雨戸を引きに縁側えんがわへ出た。孟宗竹もうそうち
くが薄黒く空の色を乱す上に、一つ二つの星が燦きらめいた。ピヤノの音ねは孟宗竹の後うしろから響い
た。

195 :山師さん:2016/05/18(水) 16:59:09.35 ID:4uTcWgUe


 宗助そうすけと小六ころくが手拭てぬぐいを下げて、風呂ふろから帰って来た時は、座敷の真中に真四
角な食卓を据すえて、御米およねの手料理が手際てぎわよくその上に並べてあった。手焙てあぶりの火も
出がけよりは濃い色に燃えていた。洋灯ランプも明るかった。
 宗助が机の前の座蒲団ざぶとんを引き寄せて、その上に楽々らくらくと胡坐あぐらを掻かいた時、手拭
と石鹸シャボンを受取った御米は、
「好い御湯だった事?」と聞いた。宗助はただ一言ひとこと、
「うん」と答えただけであったが、その様子は素気そっけないと云うよりも、むしろ湯上りで、精神が弛
緩しかんした気味に見えた。
「なかなか好い湯でした」と小六が御米の方を見て調子を合せた。
「しかしああ込んじゃ溜たまらないよ」と宗助が机の端はじへ肱ひじを持たせながら、倦怠けたるそうに
云った。宗助が風呂に行くのは、いつでも役所が退ひけて、家うちへ帰ってからの事だから、ちょうど人
の立て込む夕食前ゆうめしまえの黄昏たそがれである。彼はこの二三カ月間ついぞ、日の光に透すかして
湯の色を眺ながめた事がない。それならまだしもだが、ややともすると三日も四日もまるで銭湯の敷居を
跨またがずに過してしまう。日曜になったら、朝早く起きて何よりも第一に奇麗きれいな湯に首だけ浸つ
かってみようと、常は考えているが、さてその日曜が来て見ると、たまに悠ゆっくり寝られるのは、今日
ばかりじゃないかと云う気になって、つい床のうちでぐずぐずしているうちに、時間が遠慮なく過ぎて、
ええ面倒だ、今日はやめにして、その代り今度こんだの日曜に行こうと思い直すのが、ほとんど惰性のよ
うになっている。
「どうかして、朝湯にだけは行きたいね」と宗助が云った。
「その癖朝湯に行ける日は、きっと寝坊ねぼうなさるのね」と細君は調戯からかうような口調であった。
小六は腹の中でこれが兄の性来うまれつきの弱点であると思い込んでいた。彼は自分で学校生活をしてい
るにもかかわらず、兄の日曜が、いかに兄にとって貴たっといかを会得えとくできなかった。六日間の暗
い精神作用を、ただこの一日で暖かに回復すべく、兄は多くの希望を二十四時間のうちに投げ込んでいる
。だからやりたい事があり過ぎて、十の二三も実行できない。否、その二三にしろ進んで実行にかかると
、かえってそのために費やす時間の方が惜しくなって来て、ついまた手を引込めて、じっとしているうち
に日曜はいつか暮れてしまうのである。自分の気晴しや保養や、娯楽もしくは好尚こうしょうについてで
すら、かように節倹しなければならない境遇にある宗助が、小六のために尽さないのは、尽さないのでは
ない、頭に尽す余裕よゆうのないのだとは、小六から見ると、どうしても受取れなかった。兄はただ手前
勝手な男で、暇があればぶらぶらして細君と遊んでばかりいて、いっこう頼りにも力にもなってくれない
、真底は情合じょうあいに薄い人だぐらいに考えていた。
 けれども、小六がそう感じ出したのは、つい近頃の事で、実を云うと、佐伯との交渉が始まって以来の
話である。年の若いだけ、すべてに性急な小六は、兄に頼めば今日明日きょうあすにも方かたがつくもの
と、思い込んでいたのに、何日いつまでも埒らちが明かないのみか、まだ先方へ出かけてもくれないので
、だいぶ不平になったのである。
 ところが今日帰りを待ち受けて逢あって見ると、そこが兄弟で、別に御世辞も使わないうちに、どこか
暖味あたたかみのある仕打も見えるので、つい云いたい事も後廻しにして、いっしょに湯になんぞ這入は
いって、穏やかに打ち解けて話せるようになって来た。
 兄弟は寛くつろいで膳ぜんについた。御米も遠慮なく食卓の一隅ひとすみを領りょうした。宗助も小六
も猪口ちょくを二三杯ずつ干した。飯にかかる前に、宗助は笑いながら、
「うん、面白いものが有ったっけ」と云いながら、袂たもとから買って来た護謨風船ゴムふうせんの達磨
だるまを出して、大きく膨ふくらませて見せた。そうして、それを椀わんの葢ふたの上へ載のせて、その
特色を説明して聞かせた。御米も小六も面白がって、ふわふわした玉を見ていた。しまいに小六が、ふう
っと吹いたら達磨は膳ぜんの上から畳の上へ落ちた。それでも、まだ覆かえらなかった。
「それ御覧」と宗助が云った。
 御米は女だけに声を出して笑ったが、御櫃おはちの葢ふたを開けて、夫の飯を盛よそいながら、

196 :山師さん:2016/05/18(水) 16:59:21.46 ID:4uTcWgUe
「兄さんも随分呑気のんきね」と小六の方を向いて、半ば夫を弁護するように云った。宗助は細君から茶
碗を受取って、一言ひとことの弁解もなく食事を始めた。小六も正式に箸はしを取り上げた。
 達磨はそれぎり話題に上のぼらなかったが、これが緒いとくちになって、三人は飯の済むまで無邪気に
長閑のどかな話をつづけた。しまいに小六が気を換えて、
「時に伊藤さんもとんだ事になりましたね」と云い出した。宗助は五六日前伊藤公暗殺の号外を見たとき
、御米の働いている台所へ出て来て、「おい大変だ、伊藤さんが殺された」と云って、手に持った号外を
御米のエプロンの上に乗せたなり書斎へ這入はいったが、その語気からいうと、むしろ落ちついたもので
あった。
「あなた大変だって云う癖に、ちっとも大変らしい声じゃなくってよ」と御米が後あとから冗談じょうだ
ん半分にわざわざ注意したくらいである。その後日ごとの新聞に伊藤公の事が五六段ずつ出ない事はない
が、宗助はそれに目を通しているんだか、いないんだか分らないほど、暗殺事件については平気に見えた
。夜帰って来て、御米が飯の御給仕をするときなどに、「今日も伊藤さんの事が何か出ていて」と聞く事
があるが、その時には「うんだいぶ出ている」と答えるぐらいだから、夫の隠袋かくしの中に畳んである
今朝の読殻よみがらを、後あとから出して読んで見ないと、その日の記事は分らなかった。御米もつまり
は夫が帰宅後の会話の材料として、伊藤公を引合に出すぐらいのところだから、宗助が進まない方向へは
、たって話を引張りたくはなかった。それでこの二人の間には、号外発行の当日以後、今夜小六がそれを
云い出したまでは、公おおやけには天下を動かしつつある問題も、格別の興味をもって迎えられていなか
ったのである。
「どうして、まあ殺されたんでしょう」と御米は号外を見たとき、宗助に聞いたと同じ事をまた小六に向
って聞いた。
「短銃ピストルをポンポン連発したのが命中めいちゅうしたんです」と小六は正直に答えた。
「だけどさ。どうして、まあ殺されたんでしょう」
 小六は要領を得ないような顔をしている。宗助は落ちついた調子で、
「やっぱり運命だなあ」と云って、茶碗の茶を旨うまそうに飲んだ。御米はこれでも納得なっとくができ
なかったと見えて、
「どうしてまた満洲まんしゅうなどへ行ったんでしょう」と聞いた。
「本当にな」と宗助は腹が張って充分物足りた様子であった。
「何でも露西亜ロシアに秘密な用があったんだそうです」と小六が真面目まじめな顔をして云った。御米
は、
「そう。でも厭いやねえ。殺されちゃ」と云った。
「おれみたような腰弁こしべんは、殺されちゃ厭だが、伊藤さんみたような人は、哈爾賓ハルピンへ行っ
て殺される方がいいんだよ」と宗助が始めて調子づいた口を利きいた。
「あら、なぜ」
「なぜって伊藤さんは殺されたから、歴史的に偉い人になれるのさ。ただ死んで御覧、こうはいかないよ

「なるほどそんなものかも知れないな」と小六は少し感服したようだったが、やがて、
「とにかく満洲だの、哈爾賓だのって物騒な所ですね。僕は何だか危険なような心持がしてならない」と
云った。
「そりゃ、色んな人が落ち合ってるからね」
 この時御米は妙な顔をして、こう答えた夫の顔を見た。宗助もそれに気がついたらしく、
「さあ、もう御膳おぜんを下げたら好かろう」と細君を促うながして、先刻さっきの達磨だるまをまた畳
の上から取って、人指指ひとさしゆびの先へ載のせながら、
「どうも妙だよ。よくこう調子好くできるものだと思ってね」と云っていた。
 台所から清きよが出て来て、食い散らした皿小鉢さらこばちを食卓ごと引いて行った後で、御米も茶を
入れ替えるために、次の間へ立ったから、兄弟は差向いになった。
「ああ奇麗きれいになった。どうも食った後は汚ないものでね」と宗助は全く食卓に未練のない顔をした
。勝手の方で清がしきりに笑っている。

197 :山師さん:2016/05/18(水) 16:59:33.46 ID:4uTcWgUe
「何がそんなにおかしいの、清」と御米が障子越しょうじごしに話しかける声が聞えた。清はへえと云っ
てなお笑い出した。兄弟は何にも云わず、半なかば下女の笑い声に耳を傾けていた。
 しばらくして、御米が菓子皿と茶盆を両手に持って、また出て来た。藤蔓ふじづるの着いた大きな急須
きゅうすから、胃にも頭にも応こたえない番茶を、湯呑ゆのみほどな大きな茶碗ちゃわんに注ついで、両
人ふたりの前へ置いた。
「何だって、あんなに笑うんだい」と夫が聞いた。けれども御米の顔は見ずにかえって菓子皿の中を覗の
ぞいていた。
「あなたがあんな玩具おもちゃを買って来て、面白そうに指の先へ乗せていらっしゃるからよ。子供もな
い癖に」
 宗助は意にも留めないように、軽く「そうか」と云ったが、後あとから緩ゆっくり、
「これでも元は子供があったんだがね」と、さも自分で自分の言葉を味わっている風につけ足して、生温
なまぬるい眼を挙げて細君を見た。御米はぴたりと黙ってしまった。
「あなた御菓子食べなくって」と、しばらくしてから小六の方へ向いて話し掛けたが、
「ええ食べます」と云う小六の返事を聞き流して、ついと茶の間へ立って行った。兄弟はまた差向いにな
った。
 電車の終点から歩くと二十分近くもかかる山の手の奥だけあって、まだ宵よいの口くちだけれども、四
隣あたりは存外静かである。時々表を通る薄歯の下駄の響が冴さえて、夜寒よさむがしだいに増して来る
。宗助は懐手ふところでをして、
「昼間は暖あったかいが、夜になると急に寒くなるね。寄宿じゃもう蒸汽スチームを通しているかい」と
聞いた。
「いえ、まだです。学校じゃよっぽど寒くならなくっちゃ、蒸汽なんか焚たきゃしません」
「そうかい。それじゃ寒いだろう」
「ええ。しかし寒いくらいどうでも構わないつもりですが」と云ったまま、小六はすこし云い淀よどんで
いたが、しまいにとうとう思い切って、
「兄さん、佐伯さえきの方はいったいどうなるんでしょう。先刻さっき姉さんから聞いたら、今日手紙を
出して下すったそうですが」
「ああ出した。二三日中に何とか云って来るだろう。その上でまたおれが行くともどうともしようよ」
 小六は兄の平気な態度を、心の中うちでは飽足らず眺ながめた。しかし宗助の様子にどこと云って、他
ひとを激させるような鋭するどいところも、自みずからを庇護かばうような卑いやしい点もないので、喰
くってかかる勇気はさらに出なかった。ただ
「じゃ今日きょうまであのままにしてあったんですか」と単に事実を確めた。
「うん、実は済まないがあのままだ。手紙も今日やっとの事で書いたくらいだ。どうも仕方がないよ。近
頃神経衰弱でね」と真面目まじめに云う。小六は苦笑した。
「もし駄目なら、僕は学校をやめて、いっそ今のうち、満洲か朝鮮へでも行こうかと思ってるんです」
「満洲か朝鮮? ひどくまた思い切ったもんだね。だって、御前先刻さっき満洲は物騒で厭いやだって云
ったじゃないか」
 用談はこんなところに往ったり来たりして、ついに要領を得なかった。しまいに宗助が、
「まあ、好いや、そう心配しないでも、どうかなるよ。何しろ返事の来しだい、おれがすぐ知らせてやる
。その上でまた相談するとしよう」と云ったので、談話はなしに区切がついた。
 小六が帰りがけに茶の間を覗のぞいたら、御米は何にもしずに、長火鉢ながひばちに倚よりかかってい
た。
「姉さん、さようなら」と声を掛けたら、「おや御帰り」と云いながらようやく立って来た。



 小六ころくの苦くにしていた佐伯さえきからは、予期の通り二三日して返事があったが、それは極きわ
めて簡単なもので、端書はがきでも用の足りるところを、鄭重ていちょうに封筒へ入れて三銭の切手を貼

198 :山師さん:2016/05/18(水) 16:59:45.39 ID:4uTcWgUe
はった、叔母の自筆に過ぎなかった。
 役所から帰って、筒袖つつそでの仕事着を、窮屈そうに脱ぬぎ易かえて、火鉢ひばちの前へ坐すわるや
否や、抽出ひきだしから一寸ほどわざと余して差し込んであった状袋に眼が着いたので、御米およねの汲
んで出す番茶を一口呑のんだまま、宗助そうすけはすぐ封を切った。
「へえ、安やすさんは神戸へ行ったんだってね」と手紙を読みながら云った。
「いつ?」と御米は湯呑を夫の前に出した時の姿勢のままで聞いた。
「いつとも書いてないがね。何しろ遠からぬうちには帰京仕るべく候間と書いてあるから、もうじき帰っ
て来るんだろう」
「遠からぬうちなんて、やっぱり叔母さんね」
 宗助は御米の批評に、同意も不同意も表しなかった。読んだ手紙を巻き納めて、投げるようにそこへ放
り出して、四五日目になる、ざらざらした腮あごを、気味わるそうに撫なで廻した。
 御米はすぐその手紙を拾ったが、別に読もうともしなかった。それを膝ひざの上へ乗せたまま、夫の顔
を見て、
「遠からぬうちには帰京仕つかまつるべく候間、どうだって云うの」と聞いた。
「いずれ帰ったら、安之助やすのすけと相談して何とか御挨拶ごあいさつを致しますと云うのさ」
「遠からぬうちじゃ曖昧あいまいね。いつ帰るとも書いてなくって」
「いいや」
 御米は念のため、膝の上の手紙を始めて開いて見た。そうしてそれを元のように畳んで、
「ちょっとその状袋を」と手を夫おっとの方へ出した。宗助は自分と火鉢の間に挟まっている青い封筒を
取って細君に渡した。御米はそれをふっと吹いて、中を膨ふくらまして手紙を収めた。そうして台所へ立
った。
 宗助はそれぎり手紙の事には気を留めなかった。今日役所で同僚が、この間英吉利イギリスから来遊し
たキチナー元帥に、新橋の傍そばで逢あったと云う話を思い出して、ああ云う人間になると、世界中どこ
へ行っても、世間を騒がせるようにできているようだが、実際そういう風に生れついて来たものかも知れ
ない。自分の過去から引き摺ずってきた運命や、またその続きとして、これから自分の眼前に展開されべ
き[#「展開されべき」はママ]将来を取って、キチナーと云う人のそれに比べて見ると、とうてい同じ
人間とは思えないぐらい懸かけ隔へだたっている。
 こう考えて宗助はしきりに煙草たばこを吹かした。表は夕方から風が吹き出して、わざと遠くの方から
襲おそって来るような音がする。それが時々やむと、やんだ間は寂しんとして、吹き荒れる時よりはなお
淋さびしい。宗助は腕組をしながら、もうそろそろ火事の半鐘はんしょうが鳴り出す時節だと思った。
 台所へ出て見ると、細君は七輪しちりんの火を赤くして、肴さかなの切身を焼いていた。清きよは流し
元に曲こごんで漬物を洗っていた。二人とも口を利きかずにせっせと自分のやる事をやっている。宗助は
障子しょうじを開けたなり、しばらく肴から垂たる汁つゆか膏あぶらの音を聞いていたが、無言のままま
た障子を閉たてて元の座へ戻った。細君は眼さえ肴から離さなかった。
 食事を済まして、夫婦が火鉢を間あいに向い合った時、御米はまた
「佐伯の方は困るのね」と云い出した。
「まあ仕方がない。安さんが神戸から帰るまで待つよりほかに道はあるまい」
「その前にちょっと叔母さんに逢って話をしておいた方が好かなくって」
「そうさ。まあそのうち何とか云って来るだろう。それまで打遣うっちゃっておこうよ」
「小六さんが怒ってよ。よくって」と御米はわざと念を押しておいて微笑した。宗助は下眼を使って、手
に持った小楊枝こようじを着物の襟えりへ差した。
 中一日なかいちんち置いて、宗助はようやく佐伯からの返事を小六に知らせてやった。その時も手紙の
尻しりに、まあそのうちどうかなるだろうと云う意味を、例のごとく付け加えた。そうして当分はこの事
件について肩が抜けたように感じた。自然の経過なりゆきがまた窮屈に眼の前に押し寄せて来るまでは、
忘れている方が面倒がなくって好いぐらいな顔をして、毎日役所へ出てはまた役所から帰って来た。帰り
も遅いが、帰ってから出かけるなどという億劫おっくうな事は滅多めったになかった。客はほとんど来な
い。用のない時は清を十時前に寝ねかす事さえあった。夫婦は毎夜同じ火鉢の両側に向き合って、食後一

199 :山師さん:2016/05/18(水) 16:59:57.39 ID:4uTcWgUe
時間ぐらい話をした。話の題目は彼らの生活状態に相応した程度のものであった。けれども米屋の払を、
この三十日みそかにはどうしたものだろうという、苦しい世帯話は、いまだかつて一度も彼らの口には上
らなかった。と云って、小説や文学の批評はもちろんの事、男と女の間を陽炎かげろうのように飛び廻る
、花やかな言葉のやりとりはほとんど聞かれなかった。彼らはそれほどの年輩でもないのに、もうそこを
通り抜けて、日ごとに地味になって行く人のようにも見えた。または最初から、色彩の薄い極きわめて通
俗の人間が、習慣的に夫婦の関係を結ぶために寄り合ったようにも見えた。
 上部うわべから見ると、夫婦ともそう物に屈托くったくする気色けしきはなかった。それは彼らが小六
の事に関して取った態度について見てもほぼ想像がつく。さすが女だけに御米は一二度、
「安さんは、まだ帰らないんでしょうかね。あなた今度こんだの日曜ぐらいに番町まで行って御覧なさら
なくって」と注意した事があるが、宗助は、
「うん、行っても好い」ぐらいな返事をするだけで、その行っても好い日曜が来ると、まるで忘れたよう
に済ましている。御米もそれを見て、責める様子もない。天気が好いと、
「ちと散歩でもしていらっしゃい」と云う。雨が降ったり、風が吹いたりすると、
「今日は日曜で仕合せね」と云う。
 幸にして小六はその後ご一度もやって来ない。この青年は、至って凝こり性しょうの神経質で、こうと
思うとどこまでも進んで来るところが、書生時代の宗助によく似ている代りに、ふと気が変ると、昨日き
のうの事はまるで忘れたように引っ繰り返って、けろりとした顔をしている。そこも兄弟だけあって、昔
の宗助にそのままである。それから、頭脳が比較的明暸めいりょうで、理路に感情を注つぎ込むのか、ま
たは感情に理窟りくつの枠わくを張るのか、どっちか分らないが、とにかく物に筋道を付けないと承知し
ないし、また一返いっぺん筋道が付くと、その筋道を生かさなくってはおかないように熱中したがる。そ
の上体質の割合に精力がつづくから、若い血気に任せて大抵の事はする。
 宗助は弟を見るたびに、昔の自分が再び蘇生そせいして、自分の眼の前に活動しているような気がして
ならなかった。時には、はらはらする事もあった。また苦々にがにがしく思う折もあった。そう云う場合
には、心のうちに、当時の自分が一図に振舞った苦い記憶を、できるだけしばしば呼び起させるために、
とくに天が小六を自分の眼の前に据すえ付けるのではなかろうかと思った。そうして非常に恐ろしくなっ
た。こいつもあるいはおれと同一の運命に陥おちいるために生れて来たのではなかろうかと考えると、今
度は大いに心がかりになった。時によると心がかりよりは不愉快であった。
 けれども、今日こんにちまで宗助は、小六に対して意見がましい事を云った事もなければ、将来につい
て注意を与えた事もなかった。彼の弟に対する待遇方ほうはただ普通凡庸ぼんようのものであった。彼の
今の生活が、彼のような過去を有っている人とは思えないほどに、沈んでいるごとく、彼の弟を取り扱う
様子にも、過去と名のつくほどの経験を有もった年長者の素振そぶりは容易に出なかった。
 宗助と小六の間には、まだ二人ほど男の子が挟はさまっていたが、いずれも早世そうせいしてしまった
ので、兄弟とは云いながら、年は十とおばかり違っている。その上宗助はある事情のために、一年の時京
都へ転学したから、朝夕ちょうせきいっしょに生活していたのは、小六の十二三の時までである。宗助は
剛情ごうじょうな聴きかぬ気の腕白小僧としての小六をいまだに記憶している。その時分は父も生きてい
たし、家うちの都合も悪くはなかったので、抱車夫かかえしゃふを邸内の長屋に住まわして、楽に暮して
いた。この車夫に小六よりは三つほど年下の子供があって、始終しじゅう小六の御相手をして遊んでいた
。ある夏の日盛りに、二人して、長い竿さおのさきへ菓子袋を括くくり付けて、大きな柿の木の下で蝉せ
みの捕りくらをしているのを、宗助が見て、兼坊けんぼうそんなに頭を日に照らしつけると霍乱かくらん
になるよ、さあこれを被かぶれと云って、小六の古い夏帽を出してやった。すると、小六は自分の所有物
を兄が無断で他ひとにくれてやったのが、癪しゃくに障さわったので、突然いきなり兼坊の受取った帽子
を引ったくって、それを地面の上へ抛なげつけるや否や、馳かけ上がるようにその上へ乗って、くしゃり
と麦藁帽むぎわらぼうを踏み潰つぶしてしまった。宗助は縁から跣足はだしで飛んで下りて、小六の頭を

200 :山師さん:2016/05/18(水) 17:00:09.45 ID:4uTcWgUe
擲なぐりつけた。その時から、宗助の眼には、小六が小悪こにくらしい小僧として映った。
 二年の時宗助は大学を去らなければならない事になった。東京の家うちへも帰かえれない事になった。
京都からすぐ広島へ行って、そこに半年ばかり暮らしているうちに父が死んだ。母は父よりも六年ほど前
に死んでいた。だから後には二十五六になる妾めかけと、十六になる小六が残っただけであった。
 佐伯から電報を受け取って、久しぶりに出京した宗助は、葬式を済ました上、家うちの始末をつけよう
と思ってだんだん調べて見ると、あると思った財産は案外に少なくって、かえって無いつもりの借金がだ
いぶあったに驚ろかされた。叔父の佐伯に相談すると、仕方がないから邸やしきを売るが好かろうと云う
話であった。妾めかけは相当の金をやってすぐ暇を出す事にきめた。小六は当分叔父の家に引き取って世
話をして貰もらう事にした。しかし肝心かんじんの家屋敷はすぐ右から左へと売れる訳わけには行かなか
った。仕方がないから、叔父に一時の工面くめんを頼んで、当座の片をつけて貰った。叔父は事業家でい
ろいろな事に手を出しては失敗する、云わば山気やまぎの多い男であった。宗助が東京にいる時分も、よ
く宗助の父を説きつけては、旨うまい事を云って金を引き出したものである。宗助の父にも慾があったか
も知れないが、この伝でんで叔父の事業に注つぎ込んだ金高はけっして少ないものではなかった。
 父の亡くなったこの際にも、叔父の都合は元と余り変っていない様子であったが、生前の義理もあるし
、またこう云う男の常として、いざと云う場合には比較的融通のつくものと見えて、叔父は快よく整理を
引き受けてくれた。その代り宗助は自分の家屋敷の売却方についていっさいの事を叔父に一任してしまっ
た。早く云うと、急場の金策に対する報酬として土地家屋を提供したようなものである。叔父は、
「何しろ、こう云うものは買手を見て売らないと損だからね」と云った。
 道具類も積せきばかり取って、金目にならないものは、ことごとく売り払ったが、五六幅の掛物と十二
三点の骨董品こっとうひんだけは、やはり気長に欲しがる人を探さがさないと損だと云う叔父の意見に同
意して、叔父に保管を頼む事にした。すべてを差し引いて手元に残った有金は、約二千円ほどのものであ
ったが、宗助はそのうちの幾分を、小六の学資として、使わなければならないと気がついた。しかし月々
自分の方から送るとすると、今日こんにちの位置が堅固でない当時、はなはだ実行しにくい結果に陥おち
いりそうなので、苦しくはあったが、思い切って、半分だけを叔父に渡して、何分宜よろしくと頼んだ。
自分が中途で失敗しくじったから、せめて弟だけは物にしてやりたい気もあるので、この千円が尽きたあ
とは、またどうにか心配もできようしまたしてくれるだろうぐらいの不慥ふたしかな希望を残して、また
広島へ帰って行った。
 それから半年ばかりして、叔父の自筆で、家はとうとう売れたから安心しろと云う手紙が来たが、いく
らに売れたとも何とも書いてないので、折り返して聞き合せると、二週間ほど経たっての返事に、優に例
の立替を償つぐなうに足る金額だから心配しなくても好いとあった。宗助はこの返事に対して少なからず
不満を感じたには感じたが、同じ書信の中に、委細はいずれ御面会の節云々とあったので、すぐにも東京
へ行きたいような気がして、実はこうこうだがと、相談半分細君に話して見ると、御米は気の毒そうな顔
をして、
「でも、行けないんだから、仕方がないわね」と云って、例のごとく微笑した。その時宗助は始めて細君
から宣告を受けた人のように、しばらく腕組をして考えたが、どう工夫したって、抜ける事のできないよ
うな位地いちと事情の下もとに束縛そくばくされていたので、ついそれなりになってしまった。
 仕方がないから、なお三四回書面で往復を重ねて見たが、結果はいつも同じ事で、版行はんこうで押し
たようにいずれ御面会の節を繰り返して来るだけであった。
「これじゃしようがないよ」と宗助は腹が立ったような顔をして御米を見た。三カ月ばかりして、ようや
く都合がついたので、久し振りに御米を連れて、出京しようと思う矢先に、つい風邪かぜを引いて寝ねた
のが元で、腸窒扶斯ちょうチフスに変化したため、六十日余りを床の上に暮らした上に、あとの三十日ほ
どは充分仕事もできないくらい衰えてしまった。
 病気が本復してから間もなく、宗助はまた広島を去って福岡の方へ移らなければならない身となった。
移る前に、好い機会だからちょっと東京まで出たいものだと考えているうちに、今度もいろいろの事情に

201 :山師さん:2016/05/18(水) 17:00:21.46 ID:4uTcWgUe
制せられて、ついそれも遂行すいこうせずに、やはり下り列車の走る方かたに自己の運命を托した。その
頃は東京の家を畳むとき、懐ふところにして出た金は、ほとんど使い果たしていた。彼の福岡生活は前後
二年を通じて、なかなかの苦闘であった。彼は書生として京都にいる時分、種々の口実の下もとに、父か
ら臨時随意に多額の学資を請求して、勝手しだいに消費した昔をよく思い出して、今の身分と比較しつつ
、しきりに因果いんがの束縛を恐れた。ある時はひそかに過ぎた春を回顧して、あれが己おれの栄華の頂
点だったんだと、始めて醒さめた眼に遠い霞かすみを眺ながめる事もあった。いよいよ苦しくなった時、
「御米、久しく放っておいたが、また東京へ掛合かけあってみようかな」と云い出した。御米は無論逆さ
からいはしなかった。ただ下を向いて、
「駄目よ。だって、叔父さんに全く信用がないんですもの」と心細そうに答えた。
「向うじゃこっちに信用がないかも知れないが、こっちじゃまた向うに信用がないんだ」と宗助は威張っ
て云い出したが、御米の俯目ふしめになっている様子を見ると、急に勇気が挫くじける風に見えた。こん
な問答を最初は月に一二返ぐらい繰り返していたが、後のちには二月ふたつきに一返になり、三月みつき
に一返になり、とうとう、
「好いいや、小六さえどうかしてくれれば。あとの事はいずれ東京へ出たら、逢あった上で話をつけらあ
。ねえ御米、そうすると、しようじゃないか」と云い出した。
「それで、好よござんすとも」と御米は答えた。
 宗助は佐伯の事をそれなり放ってしまった。単なる無心は、自分の過去に対しても、叔父に向って云い
出せるものでないと、宗助は考えていた。したがってその方の談判は、始めからいまだかつて筆にした事
がなかった。小六からは時々手紙が来たが、極きわめて短かい形式的のものが多かった。宗助は父の死ん
だ時、東京で逢った小六を覚えているだけだから、いまだに小六を他愛たわいない小供ぐらいに想像する
ので、自分の代理に叔父と交渉させようなどと云う気は無論起らなかった。
 夫婦は世の中の日の目を見ないものが、寒さに堪たえかねて、抱き合って暖だんを取るような具合に、
御互同志を頼りとして暮らしていた。苦しい時には、御米がいつでも、宗助に、
「でも仕方がないわ」と云った。宗助は御米に、
「まあ我慢するさ」と云った。
 二人の間には諦あきらめとか、忍耐とか云うものが断えず動いていたが、未来とか希望と云うものの影
はほとんど射さないように見えた。彼らは余り多く過去を語らなかった。時としては申し合わせたように
、それを回避する風さえあった。御米が時として、
「そのうちにはまたきっと好い事があってよ。そうそう悪い事ばかり続くものじゃないから」と夫おっと
を慰さめるように云う事があった。すると、宗助にはそれが、真心まごころある妻さいの口を藉かりて、
自分を翻弄ほんろうする運命の毒舌のごとくに感ぜられた。宗助はそう云う場合には何にも答えずにただ
苦笑するだけであった。御米がそれでも気がつかずに、なにか云い続けると、
「我々は、そんな好い事を予期する権利のない人間じゃないか」と思い切って投げ出してしまう。細君は
ようやく気がついて口を噤つぐんでしまう。そうして二人が黙って向き合っていると、いつの間にか、自
分達は自分達の拵こしらえた、過去という暗い大きな窖あなの中に落ちている。
 彼らは自業自得じごうじとくで、彼らの未来を塗抹とまつした。だから歩いている先の方には、花やか
な色彩を認める事ができないものと諦あきらめて、ただ二人手を携たずさえて行く気になった。叔父の売
り払ったと云う地面家作についても、固もとより多くの期待は持っていなかった。時々考え出したように

「だって、近頃の相場なら、捨売すてうりにしたって、あの時叔父の拵らえてくれた金の倍にはなるんだ
もの。あんまり馬鹿馬鹿しいからね」と宗助が云い出すと、御米は淋さみしそうに笑って、
「また地面? いつまでもあの事ばかり考えていらっしゃるのね。だって、あなたが万事宜よろしく願い
ますと、叔父さんにおっしゃったんでしょう」と云う。
「そりゃ仕方がないさ。あの場合ああでもしなければ方ほうがつかないんだもの」と宗助が云う。
「だからさ。叔父さんの方では、御金の代りに家うちと地面を貰ったつもりでいらっしゃるかも知れなく
ってよ」と御米が云う。
 そう云われると、宗助も叔父の処置に一理あるようにも思われて、口では、

202 :山師さん:2016/05/18(水) 17:00:33.44 ID:4uTcWgUe
「そのつもりが好くないじゃないか」と答弁するようなものの、この問題はその都度つどしだいしだいに
背景の奥に遠ざかって行くのであった。
 夫婦がこんな風に淋しく睦むつまじく暮らして来た二年目の末に、宗助はもとの同級生で、学生時代に
は大変懇意であった杉原と云う男に偶然出逢った。杉原は卒業後高等文官試験に合格して、その時すでに
或省に奉職していたのだが、公務上福岡と佐賀へ出張することになって、東京からわざわざやって来たの
である。宗助は所の新聞で、杉原のいつ着いて、どこに泊っているかをよく知ってはいたが、失敗者とし
ての自分に顧かえりみて、成効者せいこうしゃの前に頭を下げる対照を恥ずかしく思った上に、自分は在
学当時の旧友に逢うのを、特に避けたい理由を持っていたので、彼の旅館を訪ねる気は毛頭なかった。
 ところが杉原の方では、妙な引掛りから、宗助のここに燻くすぶっている事を聞き出して、強しいて面
会を希望するので、宗助もやむを得ず我がを折った。宗助が福岡から東京へ移れるようになったのは、全
くこの杉原の御蔭おかげである。杉原から手紙が来て、いよいよ事がきまったとき、宗助は箸はしを置い
て、
「御米、とうとう東京へ行けるよ」と云った。
「まあ結構ね」と御米が夫の顔を見た。
 東京に着いてから二三週間は、眼の回まわるように日が経たった。新らしく世帯を有もって、新らしい
仕事を始める人に、あり勝ちな急忙せわしなさと、自分達を包む大都の空気の、日夜劇はげしく震盪しん
とうする刺戟しげきとに駆かられて、何事をもじっと考える閑ひまもなく、また落ちついて手を下くだす
分別も出なかった。
 夜汽車で新橋へ着いた時は、久しぶりに叔父夫婦の顔を見たが、夫婦とも灯ひのせいか晴れやかな色に
は宗助の眼に映らなかった。途中に事故があって、着ちゃくの時間が珍らしく三十分ほど後れたのを、宗
助の過失ででもあるかのように、待草臥まちくたびれた気色けしきであった。
 宗助がこの時叔母から聞いた言葉は、
「おや宗そうさん、しばらく御目に掛かからないうちに、大変御老おふけなすった事」という一句であっ
た。御米はその折おり始めて叔父夫婦に紹介された。
「これがあの……」と叔母は逡巡ためらって宗助の方を見た。御米は何と挨拶あいさつのしようもないの
で、無言のままただ頭を下げた。
 小六も無論叔父夫婦と共に二人を迎いに来ていた。宗助は一眼その姿を見たとき、いつの間にか自分を
凌しのぐように大きくなった、弟の発育に驚ろかされた。小六はその時中学を出て、これから高等学校へ
這入はいろうという間際まぎわであった。宗助を見て、「兄さん」とも「御帰りなさい」とも云わないで
、ただ不器用に挨拶をした。
 宗助と御米は一週ばかり宿屋住居ずまいをして、それから今の所に引き移った。その時は叔父夫婦がい
ろいろ世話を焼いてくれた。細々こまごましい台所道具のようなものは買うまでもあるまい、古いのでよ
ければと云うので、小人数に必要なだけ一通り取り揃そろえて送って来た。その上、
「御前も新世帯だから、さぞ物要ものいりが多かろう」と云って金を六十円くれた。
 家うちを持ってかれこれ取り紛まぎれているうちに、早はや半月余よも経ったが、地方にいる時分あん
なに気にしていた家邸いえやしきの事は、ついまだ叔父に言い出さずにいた。ある時御米が、
「あなたあの事を叔父さんにおっしゃって」と聞いた。宗助はそれで急に思い出したように、
「うん、まだ云わないよ」と答えた。
「妙ね、あれほど気にしていらしったのに」と御米がうす笑をした。
「だって、落ちついて、そんな事を云い出す暇ひまがないんだもの」と宗助が弁解した。
 また十日ほど経たった。すると今度こんだは宗助の方から、
「御米、あの事はまだ云わないよ。どうも云うのが面倒で厭いやになった」と云い出した。
「厭なのを無理におっしゃらなくってもいいわ」と御米が答えた。
「好いかい」と宗助が聞き返した。
「好いかいって、もともとあなたの事じゃなくって。私は先せんからどうでも好いんだわ」と御米が答え
た。
 その時宗助は、

203 :山師さん:2016/05/18(水) 17:00:45.49 ID:4uTcWgUe
「じゃ、鹿爪しかつめらしく云い出すのも何だか妙だから、そのうち機会おりがあったら、聞くとしよう
。なにそのうち聞いて見る機会おりがきっと出て来るよ」と云って延ばしてしまった。
 小六は何不足なく叔父の家に寝起ねおきしていた。試験を受けて高等学校へ這入はいれれば、寄宿へ入
舎しなければならないと云うので、その相談まですでに叔父と打合せがしてあるようであった。新らしく
出京した兄からは別段学資の世話を受けないせいか、自分の身の上については叔父ほどに親しい相談も持
ち込んで来なかった。従兄弟いとこの安之助とは今までの関係上大変仲が好かった。かえってこの方が兄
弟らしかった。
 宗助は自然叔父の家うちに足が遠くなるようになった。たまに行っても、義理一遍の訪問に終る事が多
いので、帰り路にはいつもつまらない気がしてならなかった。しまいには時候の挨拶あいさつを済ますと
、すぐ帰りたくなる事もあった。こう云う時には三十分と坐すわって、世間話に時間を繋つなぐのにさえ
骨が折れた。向うでも何だか気が置けて窮屈だと云う風が見えた。
「まあいいじゃありませんか」と叔母が留めてくれるのが例であるが、そうすると、なおさらいにくい心
持がした。それでも、たまには行かないと、心のうちで気が咎とがめるような不安を感ずるので、また行
くようになった。折々は、
「どうも小六が御厄介ごやっかいになりまして」とこっちから頭を下げて礼を云う事もあった。けれども
、それ以上は、弟の将来の学資についても、また自分が叔父に頼んで、留守中に売り払って貰もらった地
所家作についても、口を切るのがつい面倒になった。しかし宗助が興味を有もたない叔父の所へ、不精無
精ふしょうぶしょうにせよ、時たま出掛けて行くのは、単に叔父甥おいの血属関係を、世間並に持ち堪こ
たえるための義務心からではなくって、いつか機会があったら、片をつけたい或物を胸の奥に控えていた
結果に過ぎないのは明かであった。
「宗さんはどうもすっかり変っちまいましたね」と叔母が叔父に話す事があった。すると叔父は、
「そうよなあ。やっぱり、ああ云う事があると、永ながくまで後あとへ響くものだからな」と答えて、因
果いんがは恐ろしいと云う風をする。叔母は重ねて、
「本当に、怖こわいもんですね。元はあんな寝入ねいった子こじゃなかったが――どうもはしゃぎ過ぎる
くらい活溌かっぱつでしたからね。それが二三年見ないうちに、まるで別の人みたように老ふけちまって
。今じゃあなたより御爺おじいさん御爺さんしていますよ」と云う。
「真逆まさか」と叔父がまた答える。
「いえ、頭や顔は別として、様子がさ」と叔母がまた弁解する。
 こんな会話が老夫婦の間に取り換わされたのは、宗助が出京して以来一度や二度ではなかった。実際彼
は叔父の所へ来ると、老人の眼に映る通りの人間に見えた。
 御米はどう云うものか、新橋へ着いた時、老人夫婦に紹介されたぎり、かつて叔父の家の敷居を跨また
いだ事がない。むこうから見えれば叔父さん叔母さんと丁寧ていねいに接待するが、帰りがけに、
「どうです、ちと御出かけなすっちゃ」などと云われると、ただ、
「ありがとう」と頭を下げるだけで、ついぞ出掛けた試ためしはなかった。さすがの宗助さえ一度は、
「叔父さんの所へ一度行って見ちゃ、どうだい」と勧すすめた事があるが、
「でも」と変な顔をするので、宗助はそれぎりけっしてその事を云い出さなかった。
 両家族はこの状態で約一年ばかりを送った。すると宗助よりも気分は若いと許された叔父が突然死んだ
。病症は脊髄脳膜炎せきずいのうまくえんとかいう劇症げきしょうで、二三日風邪かぜの気味で寝ねてい
たが、便所へ行った帰りに、手を洗おうとして、柄杓ひしゃくを持ったまま卒倒したなり、一日いちんち
経たつか経たないうちに冷たくなってしまったのである。
「御米、叔父はとうとう話をしずに死んでしまったよ」と宗助が云った。
「あなたまだ、あの事を聞くつもりだったの、あなたも随分執念深しゅうねんぶかいのね」と御米が云っ
た。
 それからまた一年ばかり経ったら、叔父の子の安之助が大学を卒業して、小六が高等学校の二年生にな
った。叔母は安之助といっしょに中六番町に引き移った。
 三年目の夏休みに小六は房州の海水浴へ行った。そこに一月余りも滞在しているうちに九月になり掛け
たので、保田ほたから向うへ突切つっきって、上総かずさの海岸を九十九里伝いに、銚子ちょうしまで来

204 :山師さん:2016/05/18(水) 17:00:57.44 ID:4uTcWgUe
たが、そこから思い出したように東京へ帰った。宗助の所へ見えたのは、帰ってから、まだ二三日しか立
たない、残暑の強い午後である。真黒に焦こげた顔の中に、眼だけ光らして、見違えるように蛮色ばんし
ょくを帯びた彼は、比較的日の遠い座敷へ這入はいったなり横になって、兄の帰りを待ち受けていたが、
宗助の顔を見るや否や、むっくり起き上がって、
「兄さん、少し御話があって来たんですが」と開き直られたので、宗助は少し驚ろいた気味で、暑苦しい
洋服さえ脱ぎ更かえずに、小六の話を聞いた。
 小六の云うところによると、二三日前彼が上総から帰った晩、彼の学資はこの暮限り、気の毒ながら出
してやれないと叔母から申し渡されたのだそうである。小六は父が死んで、すぐと叔父に引き取られて以
来、学校へも行けるし、着物も自然ひとりでにできるし、小遣こづかいも適宜てきぎに貰えるので、父の
存生中ぞんしょうちゅうと同じように、何不足なく暮らせて来た惰性から、その日その晩までも、ついぞ
学資と云う問題を頭に思い浮べた事がなかったため、叔母の宣告を受けた時は、茫然ぼんやりしてとかく
の挨拶あいさつさえできなかったのだと云う。
 叔母は気の毒そうに、なぜ小六の世話ができなくなったかを、女だけに、一時間も掛かって委くわしく
説明してくれたそうである。それには叔父の亡なくなった事やら、継ついで起る経済上の変化やら、また
安之助の卒業やら、卒業後に控えている結婚問題やらが這入っていたのだと云う。
「できるならば、せめて高等学校を卒業するまでと思って、今日きょうまでいろいろ骨を折ったんだけれ
ども」
 叔母はこう云ったと小六は繰り返した。小六はその時ふと兄が、先年父の葬式の時に出京して、万事を
片づけた後、広島へ帰るとき、小六に、御前の学資は叔父さんに預けてあるからと云った事があるのを思
い出して、叔母に始めて聞いて見ると、叔母は案外な顔をして、
「そりゃ、あの時、宗そうさんが若干いくらか置いて行きなすった事は、行きなすったが、それはもうあ
りゃしないよ。叔父さんのまだ生きて御出おいでの時分から、御前の学資は融通して来たんだから」と答
えた。
 小六は兄から自分の学資がどれほどあって、何年分の勘定かんじょうで、叔父に預けられたかを、聞い
ておかなかったから、叔母からこう云われて見ると、一言ひとことも返しようがなかった。
「御前おまえも一人じゃなし、兄さんもある事だからよく相談をして見たら好いだろう。その代り私わた
しも宗さんに逢って、とっくり訳わけを話しましょうから。どうも、宗さんも余あんまり近頃は御出おい
ででないし、私も御無沙汰ごぶさたばかりしているのでね、つい御前の事は御話をする訳にも行かなかっ
たんだよ」と叔母は最後につけ加えたそうである。
 小六から一部始終いちぶしじゅうを聞いた時、宗助はただ弟の顔を眺ながめて、一口、
「困ったな」と云った。昔のように赫かっと激して、すぐ叔母の所へ談判に押し掛ける気色けしきもなけ
れば、今まで自分に対して、世話にならないでも済む人のように、よそよそしく仕向けて来た弟の態度が
、急に方向を転じたのを、悪にくいと思う様子も見えなかった。
 自分の勝手に作り上げた美くしい未来が、半分壊くずれかかったのを、さも傍はたの人のせいででもあ
るかのごとく心を乱している小六の帰る姿を見送った宗助は、暗い玄関の敷居の上に立って、格子こうし
の外に射す夕日をしばらく眺ながめていた。
 その晩宗助は裏から大きな芭蕉ばしょうの葉を二枚剪きって来て、それを座敷の縁に敷いて、その上に
御米と並んで涼すずみながら、小六の事を話した。
「叔母さんは、こっちで、小六さんの世話をしろって云う気なんじゃなくって」と御米が聞いた。
「まあ、逢って聞いて見ないうちは、どう云う料簡りょうけんか分らないがね」と宗助が云うと、御米は

「きっとそうよ」と答えながら、暗がりで団扇うちわをはたはた動かした。宗助は何も云わずに、頸くび
を延ばして、庇ひさしと崖がけの間に細く映る空の色を眺めた。二人はそのまましばらく黙っていたが、
良ややあって、
「だってそれじゃ無理ね」と御米がまた云った。
「人間一人大学を卒業させるなんて、おれの手際てぎわじゃ到底とても駄目だ」と宗助は自分の能力だけ
を明らかにした。

205 :山師さん:2016/05/18(水) 17:01:09.45 ID:4uTcWgUe
 会話はそこで別の題目に移って、再び小六の上にも叔母の上にも帰って来なかった。それから二三日す
るとちょうど土曜が来たので、宗助は役所の帰りに、番町の叔母の所へ寄って見た。叔母は、
「おやおや、まあ御珍らしい事」と云って、いつもよりは愛想あいそよく宗助を款待もてなしてくれた。
その時宗助は厭いやなのを我慢して、この四五年来溜めて置いた質問を始めて叔母に掛けた。叔母は固も
とよりできるだけは弁解しない訳に行かなかった。
 叔母の云うところによると、宗助の邸宅やしきを売払った時、叔父の手に這入はいった金は、たしかに
は覚えていないが、何でも、宗助のために、急場の間に合せた借財を返した上、なお四千五百円とか四千
三百円とか余ったそうである。ところが叔父の意見によると、あの屋敷は宗助が自分に提供して行ったの
だから、たといいくら余ろうと、余った分は自分の所得と見傚みなして差支さしつかえない。しかし宗助
の邸宅を売って儲もうけたと云われては心持が悪いから、これは小六の名義で保管して置いて、小六の財
産にしてやる。宗助はあんな事をして廃嫡はいちゃくにまでされかかった奴だから、一文いちもんだって
取る権利はない。
「宗さん怒っちゃいけませんよ。ただ叔父さんの云った通りを話すんだから」と叔母が断った。宗助は黙
ってあとを聞いていた。
 小六の名義で保管されべき財産は、不幸にして、叔父の手腕で、すぐ神田の賑にぎやかな表通りの家屋
に変形した。そうして、まだ保険をつけないうちに、火事で焼けてしまった。小六には始めから話してな
い事だから、そのままにして、わざと知らせずにおいた。
「そう云う訳でね、まことに宗さんにも、御気の毒だけれども、何しろ取って返しのつかない事だから仕
方がない。運だと思って諦あきらめて下さい。もっとも叔父さんさえ生きていれば、またどうともなるん
でしょうさ。小六一人ぐらいそりゃ訳はありますまいよ。よしんば、叔父さんがいなさらない、今にした
って、こっちの都合さえ好ければ、焼けた家うちと同じだけのものを、小六に返すか、それでなくっても
、当人の卒業するまでぐらいは、どうにかして世話もできるんですけれども」と云って叔母はまたほかの
内幕話をして聞かせた。それは安之助の職業についてであった。
 安之助は叔父の一人息子で、この夏大学を出たばかりの青年である。家庭で暖かに育った上に、同級の
学生ぐらいよりほかに交際のない男だから、世の中の事にはむしろ迂濶うかつと云ってもいいが、その迂
濶なところにどこか鷹揚おうような趣おもむきを具そなえて実社会へ顔を出したのである。専門は工科の
器械学だから、企業熱の下火になった今日こんにちといえども、日本中にたくさんある会社に、相応の口
の一つや二つあるのは、もちろんであるが、親譲おやゆずりの山気やまぎがどこかに潜ひそんでいるもの
と見えて、自分で自分の仕事をして見たくてならない矢先へ、同じ科の出身で、小規模ながら専有の工場
こうばを月島辺へんに建てて、独立の経営をやっている先輩に出逢ったのが縁となって、その先輩と相談
の上、自分も幾分かの資本を注つぎ込んで、いっしょに仕事をしてみようという考になった。叔母の内幕
話と云ったのはそこである。
「でね、少しあった株をみんなその方へ廻す事にしたもんだから、今じゃ本当に一文いちもんなし同然な
仕儀しぎでいるんですよ。それは世間から見ると、人数は少なし、家邸いえやしきは持っているし、楽に
見えるのも無理のないところでしょうさ。この間も原の御母おっかさんが来て、まああなたほど気楽な方
はない、いつ来て見ても万年青おもとの葉ばかり丹念に洗っているってね。真逆まさかそうでも無いんで
すけれども」と叔母が云った。
 宗助が叔母の説明を聞いた時は、ぼんやりしてとかくの返事が容易に出なかった。心のなかで、これは
神経衰弱の結果、昔のように機敏で明快な判断を、すぐ作り上げる頭が失なくなった証拠しょうこだろう
と自覚した。叔母は自分の云う通りが、宗助に本当と受けられないのを気にするように、安之助から持ち
出した資本の高まで話した。それは五千円ほどであった。安之助は当分の間、わずかな月給と、この五千
円に対する利益配当とで暮らさなければならないのだそうである。
「その配当だって、まだどうなるか分りゃしないんでさあね。旨うまく行ったところで、一割か一割五分
ぐらいなものでしょうし、また一つ間違えばまるで煙けむにならないとも限らないんですから」と叔母が
つけ加えた。
 宗助は叔母の仕打に、これと云う目立った阿漕あこぎなところも見えないので、心の中うちでは少なか

206 :山師さん:2016/05/18(水) 17:01:21.75 ID:4uTcWgUe
らず困ったが、小六の将来について一口の掛合かけあいもせずに帰るのはいかにも馬鹿馬鹿しい気がした
。そこで今までの問題はそこに据すえっきりにして置いて、自分が当時小六の学資として叔父に預けて行
った千円の所置を聞き糺ただして見ると、叔母は、
「宗さん、あれこそ本当に小六が使っちまったんですよ。小六が高等学校へ這入はいってからでも、もう
かれこれ七百円は掛かっているんですもの」と答えた。
 宗助はついでだから、それと同時に、叔父に保管を頼んだ書画や骨董品こっとうひんの成行なりゆきを
確かめて見た。すると、叔母は、
「ありあとんだ馬鹿な目に逢って」と云いかけたが、宗助の様子を見て、
「宗さん、何ですか、あの事はまだ御話をしなかったんでしたかね」と聞いた。宗助がいいえと答えると

「おやおや、それじゃ叔父さんが忘れちまったんですよ」と云いながら、その顛末てんまつを語って聞か
した。
 宗助が広島へ帰ると間もなく、叔父はその売捌方うりさばきかたを真田さなだとかいう懇意の男に依頼
した。この男は書画骨董の道に明るいとかいうので、平生そんなものの売買の周旋をして諸方へ出入する
そうであったが、すぐさま叔父の依頼を引き受けて、誰某だれそれがしが何を欲しいと云うから、ちょっ
と拝見とか、何々氏がこう云う物を希望だから、見せましょうとか号ごうして、品物を持って行ったぎり
、返して来ない。催促すると、まだ先方から戻って参りませんからとか何とか言訳をするだけでかつて埒
らちの明いた試ためしがなかったが、とうとう持ち切れなくなったと見えて、どこかへ姿を隠してしまっ
た。
「でもね、まだ屏風びょうぶが一つ残っていますよ。この間引越の時に、気がついて、こりゃ宗さんのだ
から、今度こんだついでがあったら届けて上げたらいいだろうって、安がそう云っていましたっけ」
 叔母は宗助の預けて行った品物にはまるで重きを置いていないような、ものの云い方をした。宗助も今
日きょうまで放っておくくらいだから、あまりその方面には興味を有もち得なかったので、少しも良心に
悩まされている気色けしきのない叔母の様子を見ても、別に腹は立たなかった。それでも、叔母が、
「宗さん、どうせ家うちじゃ使っていないんだから、なんなら持っておいでなすっちゃどうです。この頃
はああいうものが、大変価ねが出たと云う話じゃありませんか」と云ったときは、実際それを持って帰る
気になった。
 納戸なんどから取り出して貰って、明るい所で眺ながめると、たしかに見覚みおぼえのある二枚折であ
った。下に萩はぎ、桔梗ききょう、芒すすき、葛くず、女郎花おみなえしを隙間すきまなく描かいた上に
、真丸な月を銀で出して、その横の空あいた所へ、野路のじや空月の中なる女郎花、其一きいちと題して
ある。宗助は膝ひざを突いて銀の色の黒く焦こげた辺あたりから、葛の葉の風に裏を返している色の乾い
た様から、大福だいふくほどな大きな丸い朱の輪廓りんかくの中に、抱一ほういつと行書で書いた落款ら
っかんをつくづくと見て、父の生きている当時を憶おもい起さずにはいられなかった。
 父は正月になると、きっとこの屏風びょうぶを薄暗い蔵くらの中から出して、玄関の仕切りに立てて、
その前へ紫檀したんの角かくな名刺入を置いて、年賀を受けたものである。その時はめでたいからと云う
ので、客間の床とこには必ず虎の双幅そうふくを懸かけた。これは岸駒がんくじゃない岸岱がんたいだと
父が宗助に云って聞かせた事があるのを、宗助はいまだに記憶していた。この虎の画えには墨が着いてい
た。虎が舌を出して谷の水を呑のんでいる鼻柱が少し汚けがされたのを、父は苛ひどく気にして、宗助を
見るたびに、御前ここへ墨を塗った事を覚えているか、これは御前の小さい時分の悪戯いたずらだぞと云
って、おかしいような恨うらめしいような一種の表情をした。
 宗助は屏風びょうぶの前に畏かしこまって、自分が東京にいた昔の事を考えながら、
「叔母さん、じゃこの屏風はちょうだいして行きましょう」と云った。
「ああああ、御持ちなさいとも。何なら使に持たせて上げましょう」と叔母は好意から申し添えた。
 宗助は然しかるべく叔母に頼んで、その日はそれで切り上げて帰った。晩食ばんめしの後のち御米とい
っしょにまた縁側へ出て、暗い所で白地の浴衣ゆかたを並べて、涼みながら、画の話をした。
「安さんには、御逢いなさらなかったの」と御米が聞いた。
「ああ、安さんは土曜でも何でも夕方まで、工場にいるんだそうだ」

207 :山師さん:2016/05/18(水) 17:01:33.50 ID:4uTcWgUe
「随分骨が折れるでしょうね」
 御米はそう云ったなり、叔父や叔母の処置については、一言ひとことの批評も加えなかった。
「小六の事はどうしたものだろう」と宗助が聞くと、
「そうね」と云うだけであった。
「理窟りくつを云えば、こっちにも云い分はあるが、云い出せば、とどのつまりは裁判沙汰になるばかり
だから、証拠しょうこも何もなければ勝てる訳のものじゃなし」と宗助が極端を予想すると、
「裁判なんかに勝たなくたってもいいわ」と御米がすぐ云ったので、宗助は苦笑してやめた。
「つまりおれがあの時東京へ出られなかったからの事さ」
「そうして東京へ出られた時は、もうそんな事はどうでもよかったんですもの」
 夫婦はこんな話をしながら、また細い空を庇ひさしの下から覗のぞいて見て、明日あしたの天気を語り
合って蚊帳かやに這入はいった。
 次の日曜に宗助は小六を呼んで、叔母の云った通りを残らず話して聞かせて、
「叔母さんが御前に詳しい説明をしなかったのは、短兵急な御前の性質を知ってるせいか、それともまだ
小供だと思ってわざと略してしまったのか、そこはおれにも分らないが、何しろ事実は今云った通りなん
だよ」と教えた。
 小六にはいかに詳しい説明も腹の足しにはならなかった。ただ、
「そうですか」と云ってむずかしい不満な顔をして宗助を見た。
「仕方がないよ。叔母さんだって、安さんだって、そう悪い料簡りょうけんはないんだから」
「そりゃ、分っています」と弟は峻けわしい物の云い方をした。
「じゃおれが悪いって云うんだろう。おれは無論悪いよ。昔から今日こんにちまで悪いところだらけな男
だもの」
 宗助は横になって煙草たばこを吹かしながら、これより以上は何とも語らなかった。小六も黙って、座
敷の隅すみに立ててあった二枚折の抱一の屏風びょうぶを眺ながめていた。
「御前あの屏風を覚えているかい」とやがて兄が聞いた。
「ええ」と小六が答えた。
「一昨日おととい佐伯から届けてくれた。御父さんの持ってたもので、おれの手に残ったのは、今じゃこ
れだけだ。これが御前の学資になるなら、今すぐにでもやるが、剥はげた屏風一枚で大学を卒業する訳に
も行かずな」と宗助が云った。そうして苦笑しながら、
「この暑いのに、こんなものを立てて置くのは、気狂きちがいじみているが、入れておく所がないから、
仕方がない」と云う述懐じゅっかいをした。
 小六はこの気楽なような、ぐずのような、自分とは余りに懸かけ隔へだたっている兄を、いつも物足り
なくは思うものの、いざという場合に、けっして喧嘩けんかはし得なかった。この時も急に癇癪かんしゃ
くの角つのを折られた気味で、
「屏風はどうでも好いが、これから先さき僕はどうしたもんでしょう」と聞き出した。
「それは問題だ。何しろことしいっぱいにきまれば好い事だから、まあよく考えるさ。おれも考えて置こ
う」と宗助が云った。
 弟は彼の性質として、そんな中ぶらりんの姿は嫌きらいである、学校へ出ても落ちついて稽古けいこも
できず、下調も手につかないような境遇は、とうてい自分には堪たえられないと云う訴うったえを切にや
り出したが、宗助の態度は依然として変らなかった。小六があまり癇かんの高い不平を並べると、
「そのくらいな事でそれほど不平が並べられれば、どこへ行ったって大丈夫だ。学校をやめたって、いっ
こう差支さしつかえない。御前の方がおれよりよっぽどえらいよ」と兄が云ったので、話はそれぎり頓挫
とんざして、小六はとうとう本郷へ帰って行った。
 宗助はそれから湯を浴びて、晩食ばんめしを済まして、夜は近所の縁日へ御米といっしょに出掛けた。
そうして手頃な花物を二鉢買って、夫婦して一つずつ持って帰って来た。夜露にあてた方がよかろうと云
うので、崖下がけしたの雨戸を明けて、庭先にそれを二つ並べて置いた。
 蚊帳かやの中へ這入はいった時、御米は、
「小六さんの事はどうなって」と夫に聞くと、

208 :山師さん:2016/05/18(水) 17:01:57.49 ID:4uTcWgUe
「とうてい駄目だね」
「どうしたって無理ですわ」と云った。
 夫婦の坐すわっている茶の間の次が台所で、台所の右に下女部屋、左に六畳が一間ひとまある。下女を
入れて三人の小人数こにんずだから、この六畳には余り必要を感じない御米は、東向の窓側にいつも自分
の鏡台を置いた。宗助も朝起きて顔を洗って、飯を済ますと、ここへ来て着物を脱ぬぎ更かえた。
「それよりか、あの六畳を空あけて、あすこへ来ちゃいけなくって」と御米が云い出した。御米の考えで
は、こうして自分の方で部屋と食物だけを分担して、あとのところを月々いくらか佐伯から助すけて貰も
らったら、小六の望み通り大学卒業までやって行かれようと云うのである。
「着物は安さんの古いのや、あなたのを直して上げたら、どうかなるでしょう」と御米が云い添えた。実
は宗助にもこんな考が、多少頭に浮かんでいた。ただ御米に遠慮がある上に、それほど気が進まなかった
ので、つい口へ出さなかったまでだから、細君からこう反対あべこべに相談を掛けられて見ると、固もと
よりそれを拒こばむだけの勇気はなかった。
 小六にその通りを通知して、御前さえそれで差支さしつかえなければ、おれがもう一遍佐伯へ行って掛
合って見るがと、手紙で問い合せると、小六は郵便の着いた晩、すぐ雨の降る中を、傘からかさに音を立
ててやって来て、もう学資ができでもしたように嬉うれしがった。
「何、叔母さんの方じゃ、こっちでいつまでもあなたの事を放り出したまんま、構わずにおくもんだから
、それでああおっしゃるのよ。なに兄さんだって、もう少し都合が好ければ、疾とうにもどうにかしたん
ですけれども、御存じの通りだから実際やむを得なかったんですわ。しかしこっちからこう云って行けば
、叔母さんだって、安さんだって、それでも否いやだとは云われないわ。きっとできるから安心していら
っしゃい。私わたし受合うわ」
 御米にこう受合って貰った小六は、また雨の音を頭の上に受けて本郷へ帰って行った。しかし中一日置
いて、兄さんはまだ行かないんですかと聞きに来た。また三日ばかり過ぎてから、今度は叔母さんの所へ
行って聞いたら、兄さんはまだ来ないそうだから、なるべく早く行くように勧すすめてくれと催促して行
った。
 宗助が行く行くと云って、日を暮らしているうちに世の中はようやく秋になった。その朗らかな或日曜
の午後に、宗助はあまり佐伯へ行くのが後おくれるので、この要件を手紙に認したためて番町へ相談した
のである。すると、叔母から安之助は神戸へ行って留守だと云う返事が来たのである。



 佐伯さえきの叔母の尋ねて来たのは、土曜の午後の二時過であった。その日は例になく朝から雲が出て
、突然と風が北に変ったように寒かった。叔母は竹で編んだ丸い火桶ひおけの上へ手を翳かざして、
「何ですね、御米およねさん。この御部屋は夏は涼しそうで結構だが、これからはちと寒うござんすね」
と云った。叔母は癖のある髪を、奇麗きれいに髷まげに結いって、古風な丸打の羽織の紐ひもを、胸の所
で結んでいた。酒の好きな質たちで、今でも少しずつは晩酌をやるせいか、色沢いろつやもよく、でっぷ
り肥ふとっているから、年よりはよほど若く見える。御米は叔母が来るたんびに、叔母さんは若いのねと
、後あとでよく宗助そうすけに話した。すると宗助がいつでも、若いはずだ、あの年になるまで、子供を
たった一人しか生まないんだからと説明した。御米は実際そうかも知れないと思った。そうしてこう云わ
れた後では、折々そっと六畳へ這入はいって、自分の顔を鏡に映して見た。その時は何だか自分の頬ほお
が見るたびに瘠こけて行くような気がした。御米には自分と子供とを連想して考えるほど辛つらい事はな
かったのである。裏の家主の宅うちに、小さい子供が大勢いて、それが崖がけの上の庭へ出て、ブランコ
へ乗ったり、鬼ごっこをやったりして騒ぐ声が、よく聞えると、御米はいつでも、はかないような恨うら
めしいような心持になった。今自分の前に坐っている叔母は、たった一人の男の子を生んで、その男の子
が順当に育って、立派な学士になったればこそ、叔父が死んだ今日こんにちでも、何不足のない顔をして
、腮あごなどは二重ふたえに見えるくらいに豊ゆたかなのである。御母さんは肥っているから剣呑けんの
んだ、気をつけないと卒中でやられるかも知れないと、安之助やすのすけが始終しじゅう心配するそうだ
けれども、御米から云わせると、心配する安之助も、心配される叔母も、共に幸福を享うけ合っているも

209 :山師さん:2016/05/18(水) 17:02:09.62 ID:4uTcWgUe
のとしか思われなかった。
「安さんは」と御米が聞いた。
「ええようやくね、あなた。一昨日おとといの晩帰りましてね。それでついつい御返事も後おくれちまっ
て、まことに済みませんような訳で」と云ったが、返事の方はそれなりにして、話はまた安之助へ戻って
来た。
「あれもね、御蔭おかげさまでようやく学校だけは卒業しましたが、これからが大事のところで、心配で
ございます。――それでもこの九月から、月島の工場の方へ出る事になりまして、まあさいわいとこの分
で勉強さえして行ってくれれば、この末ともに、そう悪い事も無かろうかと思ってるんですけれども、ま
あ若いものの事ですから、これから先どう変化へんげるか分りゃしませんよ」
 御米はただ結構でございますとか、おめでとうございますとか云う言葉を、間々あいだあいだに挟はさ
んでいた。
「神戸へ参ったのも、全くその方の用向なので。石油発動機とか何とか云うものを鰹船かつおぶねへ据す
え付けるんだとかってねあなた」
 御米にはまるで意味が分らなかった。分らないながらただへええと受けていると、叔母はすぐ後あとを
話した。
「私にも何のこったか、ちっとも分らなかったんですが、安之助の講釈を聞いて始めて、おやそうかいと
云うような訳でしてね。――もっとも石油発動機は今もって分らないんですけれども」と云いながら、大
きな声を出して笑った。「何でも石油を焚たいて、それで船を自由にする器械なんだそうですが、聞いて
見るとよほど重宝なものらしいんですよ。それさえ付ければ、舟を漕こぐ手間てまがまるで省けるとかで
ね。五里も十里も沖へ出るのに、大変楽なんですとさ。ところがあなた、この日本全国で鰹船の数ったら
、それこそ大したものでしょう。その鰹船が一つずつこの器械を具そなえ付けるようになったら、莫大ば
くだいな利益だって云うんで、この頃は夢中になってその方ばっかりに掛かかっているようですよ。莫大
な利益はありがたいが、そう凝こって身体からだでも悪くしちゃつまらないじゃないかって、この間も笑
ったくらいで」
 叔母はしきりに鰹船と安之助の話をした。そうして大変得意のように見えたが、小六の事はなかなか云
い出さなかった。もう疾とうに帰るはずの宗助もどうしたか帰って来なかった。
 彼はその日役所の帰りがけに駿河台下するがだいしたまで来て、電車を下りて、酸すいものを頬張ほお
ばったような口を穿すぼめて一二町歩いた後のち、ある歯医者の門かどを潜くぐったのである。三四日前
彼は御米と差向いで、夕飯の膳ぜんに着いて、話しながら箸はしを取っている際に、どうした拍子か、前
歯を逆にぎりりと噛かんでから、それが急に痛み出した。指で揺うごかすと、根がぐらぐらする。食事の
時には湯茶が染しみる。口を開けて息をすると風も染みた。宗助はこの朝歯を磨みがくために、わざと痛
い所を避よけて楊枝ようじを使いながら、口の中を鏡に照らして見たら、広島で銀を埋うめた二枚の奥歯
と、研といだように磨すり減らした不揃ぶそろの前歯とが、にわかに寒く光った。洋服に着換える時、
「御米、おれは歯の性しょうがよっぽど悪いと見えるね。こうやると大抵動くぜ」と下歯を指で動かして
見せた。御米は笑いながら、
「もう御年のせいよ」と云って白い襟えりを後へ廻って襯衣シャツへ着けた。
 宗助はその日の午後とうとう思い切って、歯医者へ寄ったのである。応接間へ通ると、大きな洋卓テー
ブルの周囲まわりに天鵞絨びろうどで張った腰掛が并ならんでいて、待ち合している三四人が、うずくま
るように腮あごを襟えりに埋うずめていた。それが皆女であった。奇麗きれいな茶色の瓦斯暖炉ガススト
ーヴには火がまだ焚たいてなかった。宗助は大きな姿見に映る白壁の色を斜ななめに見て、番の来るのを
待っていたが、あまり退屈になったので、洋卓の上に重ねてあった雑誌に眼を着けた。一二冊手に取って
見ると、いずれも婦人用のものであった。宗助はその口絵に出ている女の写真を、何枚も繰り返して眺な
がめた。それから「成功」と云う雑誌を取り上げた。その初めに、成効の秘訣ひけつというようなものが
箇条書にしてあったうちに、何でも猛進しなくってはいけないと云う一カ条と、ただ猛進してもいけない
、立派な根底の上に立って、猛進しなくってはならないと云う一カ条を読んで、それなり雑誌を伏せた。
「成功」と宗助は非常に縁の遠いものであった。宗助はこういう名の雑誌があると云う事さえ、今日こん
にちまで知らなかった。それでまた珍らしくなって、いったん伏せたのをまた開けて見ると、ふと仮名か

210 :山師さん:2016/05/18(水) 17:02:21.56 ID:4uTcWgUe
なの交らない四角な字が二行ほど並んでいた。それには風かぜ碧落へきらくを吹ふいて浮雲ふうん尽つき
、月つき東山とうざんに上のぼって玉ぎょく一団いちだんとあった。宗助は詩とか歌とかいうものには、
元から余り興味を持たない男であったが、どう云う訳かこの二句を読んだ時に大変感心した。対句ついく
が旨うまくできたとか何とか云う意味ではなくって、こんな景色けしきと同じような心持になれたら、人
間もさぞ嬉うれしかろうと、ひょっと心が動いたのである。宗助は好奇心からこの句の前に付いている論
文を読んで見た。しかしそれはまるで無関係のように思われた。ただこの二句が雑誌を置いた後あとでも
、しきりに彼の頭の中を徘徊はいかいした。彼の生活は実際この四五年来こういう景色に出逢った事がな
かったのである。
 その時向うの戸が開あいて、紙片かみぎれを持った書生が野中さんと宗助を手術室へ呼び入れた。
 中へ這入はいると、そこは応接間よりは倍も広かった。光線がなるべく余計取れるように明るく拵こし
らえた部屋の二側ふたがわに、手術用の椅子いすを四台ほど据すえて、白い胸掛をかけた受持の男が、一
人ずつ別々に療治をしていた。宗助は一番奥の方にある一脚に案内されて、これへと云われるので、踏段
のようなものの上へ乗って、椅子へ腰をおろした。書生が厚い縞入しまいりの前掛で丁寧ていねいに膝ひ
ざから下を包くるんでくれた。
 こう穏おだやかに寝ねかされた時、宗助は例の歯がさほど苦になるほど痛んでいないと云う事を発見し
た。そればかりか、肩も背せなも、腰の周まわりも、心安く落ちついて、いかにも楽に調子が取れている
事に気がついた。彼はただ仰向あおむいて天井てんじょうから下っている瓦斯管ガスかんを眺めた。そう
してこの構かまえと設備では、帰りがけに思ったより高い療治代を取られるかも知れないと気遣きづかっ
た。
 ところへ顔の割に頭の薄くなり過ぎた肥ふとった男が出て来て、大変丁寧ていねいに挨拶あいさつをし
たので、宗助は少し椅子の上で狼狽あわてたように首を動かした。肥った男は一応容体を聞いて、口中を
検査して、宗助の痛いと云う歯をちょっと揺ゆすって見たが、
「どうもこう弛ゆるみますと、とても元のように緊しまる訳には参りますまいと思いますが。何しろ中が
エソになっておりますから」と云った。
 宗助はこの宣告を淋さびしい秋の光のように感じた。もうそんな年なんでしょうかと聞いて見たくなっ
たが、少しきまりが悪いので、ただ、
「じゃ癒なおらないんですか」と念を押した。
 肥ふとった男は笑いながらこう云った。――
「まあ癒らないと申し上げるよりほかに仕方がござんせんな。やむを得なければ、思い切って抜いてしま
うんですが、今のところでは、まだそれほどでもございますまいから、ただ御痛みだけを留めておきまし
ょう。何しろエソ――エソと申しても御分りにならないかも知れませんが、中がまるで腐っております」
 宗助は、そうですかと云って、ただ肥った男のなすがままにしておいた。すると彼は器械をぐるぐる廻
して、宗助の歯の根へ穴を開け始めた。そうしてその中へ細長い針のようなものを刺し通しては、その先
を嗅かいでいたが、しまいに糸ほどな筋を引き出して、神経がこれだけ取れましたと云いながら、それを
宗助に見せてくれた。それから薬でその穴を埋うめて、明日みょうにちまたいらっしゃいと注意を与えた

 椅子いすを下りるとき、身体からだが真直まっすぐになったので、視線の位置が天井からふと庭先に移
ったら、そこにあった高さ五尺もあろうと云う大きな鉢栽はちうえの松が宗助の眼に這入はいった。その
根方の所を、草鞋わらじがけの植木屋が丁寧ていねいに薦こもで包くるんでいた。だんだん露が凝こって
霜しもになる時節なので、余裕よゆうのあるものは、もう今時分から手廻しをするのだと気がついた。
 帰りがけに玄関脇の薬局で、粉薬こぐすりのまま含嗽剤がんそうざいを受取って、それを百倍の微温湯
びおんとうに溶解して、一日十数回使用すべき注意を受けた時、宗助は会計の請求した治療代の案外廉れ
んなのを喜んだ。これならば向うで云う通り四五回通かよったところが、さして困難でもないと思って、
靴を穿はこうとすると、今度は靴の底がいつの間にか破れている事に気がついた。
 宅うちへ着いた時は一足違ひとあしちがいで叔母がもう帰ったあとであった。宗助は、
「おお、そうだったか」と云いながら、はなはだ面倒そうに洋服を脱ぎ更かえて、いつもの通り火鉢ひば
ちの前に坐った。御米は襯衣シャツや洋袴ズボンや靴足袋くつたびを一抱ひとかかえにして六畳へ這入は

211 :山師さん:2016/05/18(水) 17:02:33.50 ID:4uTcWgUe
いった。宗助はぼんやりして、煙草たばこを吹かし始めたが、向うの部屋で、刷毛ブラッシを掛ける音が
し出した時、
「御米、佐伯の叔母さんは何とか云って来たのかい」と聞いた。
 歯痛しつうが自おのずから治おさまったので、秋に襲おそわれるような寒い気分は、少し軽くなったけ
れども、やがて御米が隠袋ポッケットから取り出して来た粉薬を、温ぬるま湯に溶といて貰もらって、し
きりに含嗽うがいを始めた。その時彼は縁側えんがわへ立ったまま、
「どうも日が短かくなったなあ」と云った。
 やがて日が暮れた。昼間からあまり車の音を聞かない町内は、宵よいの口くちから寂しんとしていた。
夫婦は例の通り洋灯ランプの下もとに寄った。広い世の中で、自分達の坐っている所だけが明るく思われ
た。そうしてこの明るい灯影に、宗助は御米だけを、御米は宗助だけを意識して、洋灯の力の届かない暗
い社会は忘れていた。彼らは毎晩こう暮らして行く裡うちに、自分達の生命を見出していたのである。
 この静かな夫婦は、安之助の神戸から土産みやげに買って来たと云う養老昆布ようろうこぶの缶かんを
がらがら振って、中から山椒さんしょ入いりの小さく結んだ奴を撰より出しながら、緩ゆっくり佐伯から
の返事を語り合った。
「しかし月謝と小遣こづかいぐらいは都合してやってくれても好さそうなもんじゃないか」
「それができないんだって。どう見積っても両方寄せると、十円にはなる。十円と云う纏まとまった御金
を、今のところ月々出すのは骨が折れるって云うのよ」
「それじゃことしの暮まで二十何円ずつか出してやるのも無理じゃないか」
「だから、無理をしても、もう一二カ月のところだけは間に合せるから、そのうちにどうかして下さいと
、安さんがそう云うんだって」
「実際できないのかな」
「そりゃ私わたしには分らないわ。何しろ叔母さんが、そう云うのよ」
「鰹舟かつおぶねで儲もうけたら、そのくらい訳なさそうなもんじゃないか」
「本当ね」
 御米は低い声で笑った。宗助もちょっと口の端はたを動かしたが、話はそれで途切とぎれてしまった。
しばらくしてから、
「何しろ小六は家うちへ来るときめるよりほかに道はあるまいよ。後あとはその上の事だ。今じゃ学校へ
は出ているんだね」と宗助が云った。
「そうでしょう」と御米が答えるのを聞き流して、彼は珍らしく書斎に這入はいった。一時間ほどして、
御米がそっと襖ふすまを開あけて覗のぞいて見ると、机に向って、何か読んでいた。
「勉強? もう御休みなさらなくって」と誘われた時、彼は振り返って、
「うん、もう寝よう」と答えながら立ち上った。
 寝る時、着物を脱いで、寝巻の上に、絞しぼりの兵児帯へこおびをぐるぐる巻きつけながら、
「今夜は久し振に論語を読んだ」と云った。
「論語に何かあって」と御米が聞き返したら、宗助は、
「いや何にもない」と答えた。それから、「おい、おれの歯はやっぱり年のせいだとさ。ぐらぐらするの
はとても癒なおらないそうだ」と云いつつ、黒い頭を枕の上に着けた。



 小六ころくはともかくも都合しだい下宿を引き払って兄の家へ移る事に相談が調ととのった。御米およ
ねは六畳に置きつけた桑くわの鏡台を眺ながめて、ちょっと残り惜しい顔をしたが、
「こうなると少し遣場やりばに困るのね」と訴えるように宗助そうすけに告げた。実際ここを取り上げら
れては、御米の御化粧おつくりをする場所が無くなってしまうのである。宗助は何の工夫もつかずに、立
ちながら、向うの窓側まどぎわに据すえてある鏡の裏を斜はすに眺ながめた。すると角度の具合で、そこ
に御米の襟元えりもとから片頬が映っていた。それがいかにも血色のわるい横顔なのに驚ろかされて、
「御前おまい、どうかしたのかい。大変色が悪いよ」と云いながら、鏡から眼を放して、実際の御米の姿

212 :山師さん:2016/05/18(水) 17:02:45.52 ID:4uTcWgUe
を見た。鬢びんが乱れて、襟の後うしろの辺あたりが垢あかで少し汚よごれていた。御米はただ、
「寒いせいなんでしょう」と答えて、すぐ西側に付いている。一間いっけんの戸棚とだなを明けた。下に
は古い創きずだらけの箪笥たんすがあって、上には支那鞄しなかばんと柳行李やなぎごりが二つ三つ載の
っていた。
「こんなもの、どうしたって片づけようがないわね」
「だからそのままにしておくさ」
 小六のここへ引移って来るのは、こう云う点から見て、夫婦のいずれにも、多少迷惑であった。だから
来ると云って約束しておきながら、今だに来ない小六に対しては、別段の催促もしなかった。一日延びれ
ば延びただけ窮屈が逃げたような気がどこかでした。小六にもちょうどそれと同じ憚はばかりがあったの
で、いられる限かぎりは下宿にいる方が便利だと胸をきめたものか、つい一日一日と引越を前さきへ送っ
ていた。その癖くせ彼の性質として、兄夫婦のごとく、荏苒じんぜんの境に落ちついてはいられなかった
のである。
 そのうち薄い霜しもが降おりて、裏の芭蕉ばしょうを見事に摧くだいた。朝は崖上がけうえの家主やぬ
しの庭の方で、鵯ひよどりが鋭どい声を立てた。夕方には表を急ぐ豆腐屋の喇叭らっぱに交って、円明寺
の木魚の音が聞えた。日はますます短かくなった。そうして御米の顔色は、宗助が鏡の中に認めた時より
も、爽さやかにはならなかった。夫おっとが役所から帰って来て見ると、六畳で寝ている事が一二度あっ
た。どうかしたかと尋ねると、ただ少し心持が悪いと答えるだけであった。医者に見て貰えと勧めると、
それには及ばないと云って取り合わなかった。
 宗助は心配した。役所へ出ていてもよく御米の事が気にかかって、用の邪魔になるのを意識する時もあ
った。ところがある日帰りがけに突然電車の中で膝ひざを拍うった。その日は例になく元気よく格子こう
しを明けて、すぐと勢いきおいよく今日はどうだいと御米に聞いた。御米がいつもの通り服や靴足袋くつ
たびを一纏ひとまとめにして、六畳へ這入はいる後あとから追ついて来て、
「御米、御前おまい子供ができたんじゃないか」と笑いながら云った。御米は返事もせずに俯向うつむい
てしきりに夫の背広せびろの埃ほこりを払った。刷毛ブラッシの音がやんでもなかなか六畳から出て来な
いので、また行って見ると、薄暗い部屋の中で、御米はたった一人寒そうに、鏡台の前に坐すわっていた
。はいと云って立ったが、その声が泣いた後の声のようであった。
 その晩夫婦は火鉢ひばちに掛けた鉄瓶てつびんを、双方から手で掩おおうようにして差し向った。
「どうですな世の中は」と宗助が例にない浮いた調子を出した。御米の頭の中には、夫婦にならない前の
、宗助と自分の姿が奇麗きれいに浮んだ。
「ちっと、面白くしようじゃないか。この頃ごろはいかにも不景気だよ」と宗助がまた云った。二人はそ
れから今度の日曜にはいっしょにどこへ行こうか、ここへ行こうかと、しばらくそればかり話し合ってい
た。それから二人の春着の事が題目になった。宗助の同僚の高木とか云う男が、細君に小袖こそでとかを
強請ねだられた時、おれは細君の虚栄心を満足させるために稼かせいでるんじゃないと云って跳はねつけ
たら、細君がそりゃ非道ひどい、実際寒くなっても着て出るものがないんだと弁解するので、寒ければや
むを得ない、夜具を着るとか、毛布けっとを被かぶるとかして、当分我慢しろと云った話を、宗助はおか
しく繰り返して御米を笑わした。御米は夫のこの様子を見て、昔がまた眼の前に戻ったような気がした。
「高木の細君は夜具でも構わないが、おれは一つ新らしい外套マントを拵こしらえたいな。この間歯医者
へ行ったら、植木屋が薦こもで盆栽ぼんさいの松の根を包んでいたので、つくづくそう思った」
「外套が欲しいって」
「ああ」
 御米は夫の顔を見て、さも気の毒だと云う風に、
「御拵おこしらえなさいな。月賦で」と云った。宗助は、
「まあ止そうよ」と急に侘わびしく答えた。そうして「時に小六はいつから来る気なんだろう」と聞いた

「来るのは厭なんでしょう」と御米が答えた。御米には、自分が始めから小六に嫌きらわれていると云う
自覚があった。それでも夫の弟だと思うので、なるべくは反そりを合せて、少しでも近づけるように近づ
けるようにと、今日こんにちまで仕向けて来た。そのためか、今では以前と違って、まあ普通の小舅こじ

213 :山師さん:2016/05/18(水) 17:02:57.55 ID:4uTcWgUe
ゅうとぐらいの親しみはあると信じているようなものの、こんな場合になると、つい実際以上にも気を回
して、自分だけが小六の来ない唯一ゆいいつの原因のように考えられるのであった。
「そりゃ下宿からこんな所へ移るのは好かあないだろうよ。ちょうどこっちが迷惑を感ずる通り、向うで
も窮屈を感ずる訳だから。おれだって、小六が来ないとすれば、今のうち思い切って外套マントを作るだ
けの勇気があるんだけれども」
 宗助は男だけに思い切ってこう云ってしまった。けれどもこれだけでは御米の心を尽していなかった。
御米は返事もせずに、しばらく黙っていたが、細い腮あごを襟えりの中へ埋うめたまま、上眼うわめを使
って、
「小六さんは、まだ私の事を悪にくんでいらっしゃるでしょうか」と聞き出した。宗助が東京へ来た当座
は、時々これに類似の質問を御米から受けて、その都度つど慰めるのにだいぶ骨の折れた事もあったが、
近来は全く忘れたように何も云わなくなったので、宗助もつい気に留めなかったのである。
「またヒステリーが始まったね。好いじゃないか小六なんぞが、どう思ったって。おれさえついてれば」
「論語にそう書いてあって」
 御米はこんな時に、こういう冗談じょうだんを云う女であった。宗助は
「うん、書いてある」と答えた。それで二人の会話がしまいになった。
 翌日宗助が眼を覚さますと、亜鉛張トタンばりの庇ひさしの上で寒い音がした。御米が襷掛たすきがけ
のまま枕元へ来て、
「さあ、もう時間よ」と注意したとき、彼はこの点滴てんてきの音を聞きながら、もう少し暖かい蒲団ふ
とんの中に温ぬくもっていたかった。けれども血色のよくない御米の、かいがいしい姿を見るや否いなや

「おい」と云って直すぐ起き上った。
 外は濃い雨に鎖とざされていた。崖がけの上の孟宗竹もうそうちくが時々鬣たてがみを振ふるうように
、雨を吹いて動いた。この侘わびしい空の下へ濡ぬれに出る宗助に取って、力になるものは、暖かい味噌
汁みそしると暖かい飯よりほかになかった。
「また靴の中が濡ぬれる。どうしても二足持っていないと困る」と云って、底に小さい穴のあるのを仕方
なしに穿はいて、洋袴ズボンの裾すそを一寸いっすんばかりまくり上げた。
 午過ひるすぎに帰って来て見ると、御米は金盥かなだらいの中に雑巾ぞうきんを浸つけて、六畳の鏡台
の傍そばに置いていた。その上の所だけ天井てんじょうの色が変って、時々雫しずくが落ちて来た。
「靴ばかりじゃない。家うちの中まで濡ぬれるんだね」と云って宗助は苦笑した。御米はその晩夫のため
に置炬燵おきごたつへ火を入れて、スコッチの靴下と縞羅紗しまらしゃの洋袴ズボンを乾かした。
 明あくる日もまた同じように雨が降った。夫婦もまた同じように同じ事を繰り返した。その明る日もま
だ晴れなかった。三日目の朝になって、宗助は眉まゆを縮めて舌打をした。
「いつまで降る気なんだ。靴がじめじめして我慢にも穿はけやしない」
「六畳だって困るわ、ああ漏もっちゃ」
 夫婦は相談して、雨が晴れしだい、家根を繕つくろって貰うように家主やぬしへ掛け合う事にした。け
れども靴の方は何ともしようがなかった。宗助はきしんで這入はいらないのを無理に穿はいて出て行った

 幸さいわいにその日は十一時頃からからりと晴れて、垣に雀すずめの鳴く小春日和こはるびよりになっ
た。宗助が帰った時、御米は例いつもより冴さえ冴ざえしい顔色をして、
「あなた、あの屏風びょうぶを売っちゃいけなくって」と突然聞いた。抱一ほういつの屏風はせんだって
佐伯さえきから受取ったまま、元の通り書斎の隅に立ててあったのである。二枚折だけれども、座敷の位
置と広さから云っても、実はむしろ邪魔な装飾であった。南へ廻すと、玄関からの入口を半分塞ふさいで
しまうし、東へ出すと暗くなる、と云って、残る一方へ立てれば床の間を隠すので、宗助は、
「せっかく親爺おやじの記念かたみだと思って、取って来たようなものの、しようがないねこれじゃ、場
塞ばふさげで」と零こぼした事も一二度あった。その都度つど御米は真丸な縁ふちの焼けた銀の月と、絹
地からほとんど区別できないような穂芒ほすすきの色を眺ながめて、こんなものを珍重する人の気が知れ
ないと云うような見えをした。けれども、夫を憚はばかって、明白あからさまには何とも云い出さなかっ

214 :山師さん:2016/05/18(水) 17:03:09.60 ID:4uTcWgUe
た。ただ一返いっぺん
「これでもいい絵なんでしょうかね」と聞いた事があった。その時宗助は始めて抱一の名を御米に説明し
て聞かした。しかしそれは自分が昔むかし父から聞いた覚おぼえのある、朧気おぼろげな記憶を好加減い
いかげんに繰り返すに過ぎなかった。実際の画えの価値や、また抱一についての詳しい歴史などに至ると
宗助にもその実じつはなはだ覚束おぼつかなかったのである。
 ところがそれが偶然御米のために妙な行為の動機を構成かたちづくる原因となった。過去一週間夫と自
分の間に起った会話に、ふとこの知識を結びつけて考え得た彼女はちょっと微笑ほほえんだ。この日雨が
上って、日脚ひあしがさっと茶の間の障子しょうじに射した時、御米は不断着の上へ、妙な色の肩掛とも
、襟巻えりまきともつかない織物を纏まとって外へ出た。通りを二丁目ほど来て、それを電車の方角へ曲
って真直まっすぐに来ると、乾物かんぶつ屋と麺麭パン屋の間に、古道具を売っているかなり大きな店が
あった。御米はかつてそこで足の畳み込める食卓を買った記憶がある。今火鉢ひばちに掛けてある鉄瓶て
つびんも、宗助がここから提さげて帰ったものである。
 御米は手を袖そでにして道具屋の前に立ち留まった。見ると相変らず新らしい鉄瓶がたくさん並べてあ
った。そのほかには時節柄とでも云うのか火鉢ひばちが一番多く眼に着いた。しかし骨董こっとうと名の
つくほどのものは、一つもないようであった。ひとり何とも知れぬ大きな亀の甲こうが、真向まむこうに
釣るしてあって、その下から長い黄ばんだ払子ほっすが尻尾しっぽのように出ていた。それから紫檀した
んの茶棚ちゃだなが一つ二つ飾ってあったが、いずれも狂くるいの出そうな生なまなものばかりであった
。しかし御米にはそんな区別はいっこう映らなかった。ただ掛物も屏風びょうぶも一つも見当らない事だ
け確かめて、中へ這入はいった。
 御米は無論夫が佐伯から受取った屏風びょうぶを、いくらかに売り払うつもりでわざわざここまで足を
運んだのであるが、広島以来こう云う事にだいぶ経験を積んだ御蔭おかげで、普通の細君のような努力も
苦痛も感ぜずに、思い切って亭主と口を利きく事ができた。亭主は五十恰好かっこうの色の黒い頬の瘠こ
けた男で、鼈甲べっこうの縁ふちを取った馬鹿に大きな眼鏡めがねを掛けて、新聞を読みながら、疣いぼ
だらけの唐金からかねの火鉢に手を翳かざしていた。
「そうですな、拝見に出てもようがす」と軽く受合ったが、別に気の乗った様子もないので、御米は腹の
中で少し失望した。しかし自分からがすでに大した望を抱いだいて出て来た訳でもないので、こう簡易に
受けられると、こっちから頼むようにしても、見て貰わなければならなかった。
「ようがす。じゃのちほど伺いましょう。今小僧がちょっと出ておりませんからな」
 御米はこの存在ぞんざいな言葉を聞いてそのまま宅うちへ帰ったが、心の中では、はたして道具屋が来
るか来ないかはなはだ疑わしく思った。一人でいつものように簡単な食事を済まして、清きよに膳を下げ
さしていると、いきなり御免下さいと云って、大きな声を出して道具屋が玄関からやって来た。座敷へ上
げて、例の屏風を見せると、なるほどと云って裏だの縁だのを撫なでていたが、
「御払おはらいになるなら」と少し考えて、「六円に頂いておきましょう」と否々いやいやそうに価ねを
付けた。御米には道具屋の付けた相場が至当のように思われた。けれども一応宗助に話してからでなくっ
ては、余り専断過ぎると心づいた上、品物の歴史が歴史だけに、なおさら遠慮して、いずれ帰ったらよく
相談して見た上でと答えたまま、道具屋を帰そうとした。道具屋は出掛に、
「じゃ、奥さんせっかくだから、もう一円奮発しましょう。それで御払い下さい」と云った。御米はその
時思い切って、
「でも、道具屋さん、ありゃ抱一ほういつですよ」と答えて、腹の中ではひやりとした。道具屋は、平気
で、
「抱一は近来流行はやりませんからな」と受け流したが、じろじろ御米の姿を眺ながめた上、
「じゃなおよく御相談なすって」と云い捨てて帰って行った。
 御米はその時の模様を詳しく話した後あとで、
「売っちゃいけなくって」とまた無邪気に聞いた。
 宗助の頭の中には、この間から物質上の欲求が、絶えず動いていた。ただ地味な生活をしなれた結果と
して、足らぬ家計くらしを足ると諦あきらめる癖がついているので、毎月きまって這入はいるもののほか
には、臨時に不意の工面くめんをしてまで、少しでも常以上に寛くつろいでみようと云う働は出なかった

215 :山師さん:2016/05/18(水) 17:03:21.61 ID:4uTcWgUe
。話を聞いたとき彼はむしろ御米の機敏な才覚に驚ろかされた。同時にはたしてそれだけの必要があるか
を疑った。御米の思おもわくを聞いて見ると、ここで十円足らずの金が入はいれば、宗助の穿はく新らし
い靴を誂あつらえた上、銘仙めいせんの一反ぐらいは買えると云うのである。宗助はそれもそうだと思っ
た。けれども親から伝わった抱一の屏風びょうぶを一方に置いて、片方に新らしい靴及び新らしい銘仙め
いせんを並べて考えて見ると、この二つを交換する事がいかにも突飛とっぴでかつ滑稽こっけいであった

「売るなら売っていいがね。どうせ家うちに在あったって邪魔になるばかりだから。けれどもおれはまだ
靴は買わないでも済むよ。この間中みたように、降り続けに降られると困るが、もう天気も好くなったか
ら」
「だってまた降ると困るわ」
 宗助は御米に対して永久に天気を保証する訳にも行かなかった。御米も降らない前に是非屏風を売れと
も云いかねた。二人は顔を見合して笑っていた。やがて、
「安過ぎるでしょうか」と御米が聞いた。
「そうさな」と宗助が答えた。
 彼は安いと云われれば、安いような気がした。もし買手があれば、買手の出すだけの金はいくらでも取
りたかった。彼は新聞で、近来古書画の入札が非常に高価になった事を見たような心持がした。せめてそ
んなものが一幅でもあったらと思った。けれどもそれは自分の呼吸する空気の届くうちには、落ちていな
いものと諦あきらめていた。
「買手にも因よるだろうが、売手にも因るんだよ。いくら名画だって、おれが持っていた分にはとうてい
そう高く売れっこはないさ。しかし七円や八円てえな、余あんまり安いようだね」
 宗助は抱一の屏風を弁護すると共に、道具屋をも弁護するような語気を洩もらした。そうしてただ自分
だけが弁護に価あたいしないもののように感じた。御米も少し気を腐らした気味で、屏風の話はそれなり
にした。
 翌日あくるひ宗助は役所へ出て、同僚の誰彼にこの話をした。すると皆申し合せたように、それは価ね
じゃないと云った。けれども誰も自分が周旋して、相当の価に売払ってやろうと云うものはなかった。ま
たどう云う筋を通れば、馬鹿な目に逢わないで済むという手続を教えてくれるものもなかった。宗助はや
っぱり横町の道具屋に屏風を売るよりほかに仕方がなかった。それでなければ元の通り、邪魔でも何でも
座敷へ立てておくよりほかに仕方がなかった。彼は元の通りそれを座敷へ立てておいた。すると道具屋が
来て、あの屏風を十五円に売ってくれと云い出した。夫婦は顔を見合して微笑ほほえんだ。もう少し売ら
ずに置いてみようじゃないかと云って、売らずにおいた。すると道具屋がまた来た。また売らなかった。
御米は断るのが面白くなって来た。四度目よたびめには知らない男を一人連れて来たが、その男とこそこ
そ相談して、とうとう三十五円に価を付けた。その時夫婦も立ちながら相談した。そうしてついに思い切
って屏風を売り払った。



 円明寺の杉が焦こげたように赭黒あかぐろくなった。天気の好い日には、風に洗われた空の端はずれに
、白い筋の嶮けわしく見える山が出た。年は宗助そうすけ夫婦を駆かって日ごとに寒い方へ吹き寄せた。
朝になると欠かさず通る納豆売なっとううりの声が、瓦かわらを鎖とざす霜しもの色を連想せしめた。宗
助は床の中でその声を聞きながら、また冬が来たと思い出した。御米およねは台所で、今年も去年のよう
に水道の栓せんが氷ってくれなければ助かるがと、暮から春へ掛けての取越苦労をした。夜になると夫婦
とも炬燵こたつにばかり親しんだ。そうして広島や福岡の暖かい冬を羨うらやんだ。
「まるで前の本多さんみたようね」と御米が笑った。前の本多さんと云うのは、やはり同じ構内かまえう
ちに住んで、同じ坂井の貸家を借りている隠居夫婦であった。小女こおんなを一人使って、朝から晩まで
ことりと音もしないように静かな生計くらしを立てていた。御米が茶の間で、たった一人裁縫しごとをし
ていると、時々御爺おじいさんと云う声がした。それはこの本多の御婆さんが夫を呼ぶ声であった。門口
かどぐちなどで行き逢うと、丁寧ていねいに時候の挨拶あいさつをして、ちと御話にいらっしゃいと云う

216 :山師さん:2016/05/18(水) 17:03:33.58 ID:4uTcWgUe
が、ついぞ行った事もなければ、向うからも来た試ためしがない。したがって夫婦の本多さんに関する知
識は極きわめて乏しかった。ただ息子が一人あって、それが朝鮮の統監府とうかんふとかで、立派な役人
になっているから、月々その方の仕送しおくりで、気楽に暮らして行かれるのだと云う事だけを、出入で
いりの商人のあるものから耳にした。
「御爺さんはやっぱり植木を弄いじっているかい」
「だんだん寒くなったから、もうやめたんでしょう。縁の下に植木鉢がたくさん並んでるわ」
 話はそれから前の家うちを離れて、家主やぬしの方へ移った。これは、本多とはまるで反対で、夫婦か
ら見ると、この上もない賑にぎやかそうな家庭に思われた。この頃は庭が荒れているので、大勢の小供が
崖がけの上へ出て騒ぐ事はなくなったが、ピヤノの音は毎晩のようにする。折々は下女か何ぞの、台所の
方で高笑をする声さえ、宗助の茶の間まで響いて来た。
「ありゃいったい何をする男なんだい」と宗助が聞いた。この問は今までも幾度か御米に向って繰り返さ
れたものであった。
「何にもしないで遊あすんでるんでしょう。地面や家作を持って」と御米が答えた。この答も今までにも
う何遍か宗助に向って繰り返されたものであった。
 宗助はこれより以上立ち入って、坂井の事を聞いた事がなかった。学校をやめた当座は、順境にいて得
意な振舞をするものに逢うと、今に見ろと云う気も起った。それがしばらくすると、単なる憎悪ぞうおの
念に変化した。ところが一二年このかたは全く自他の差違に無頓着むとんじゃくになって、自分は自分の
ように生れついたもの、先は先のような運を持って世の中へ出て来たもの、両方共始から別種類の人間だ
から、ただ人間として生息する以外に、何の交渉も利害もないのだと考えるようになってきた。たまに世
間話のついでとして、ありゃいったい何をしている人だぐらいは聞きもするが、それより先は、教えて貰
う努力さえ出すのが面倒だった。御米にもこれと同じ傾きがあった。けれどもその夜よは珍らしく、坂井
の主人は四十恰好かっこうの髯ひげのない人であると云う事やら、ピヤノを弾くのは惣領そうりょうの娘
で十二三になると云う事やら、またほかの家うちの小供が遊びに来ても、ブランコへ乗せてやらないと云
う事やらを話した。
「なぜほかの家の子供はブランコへ乗せないんだい」
「つまり吝けちなんでしょう。早く悪くなるから」
 宗助は笑い出した。彼はそのくらい吝嗇けちな家主が、屋根が漏もると云えば、すぐ瓦師かわらしを寄
こしてくれる、垣が腐ったと訴えればすぐ植木屋に手を入れさしてくれるのは矛盾だと思ったのである。
 その晩宗助の夢には本多の植木鉢も坂井のブランコもなかった。彼は十時半頃床に入って、万象に疲れ
た人のように鼾いびきをかいた。この間から頭の具合がよくないため、寝付ねつきの悪いのを苦にしてい
た御米は、時々眼を開けて薄暗い部屋を眺ながめた。細い灯ひが床の間の上に乗せてあった。夫婦は夜中
よじゅう灯火あかりを点つけておく習慣がついているので、寝る時はいつでも心しんを細目にして洋灯ラ
ンプをここへ上げた。
 御米は気にするように枕の位置を動かした。そうしてそのたびに、下にしている方の肩の骨を、蒲団ふ
とんの上で滑すべらした。しまいには腹這はらばいになったまま、両肱りょうひじを突いて、しばらく夫
の方を眺めていた。それから起き上って、夜具の裾すそに掛けてあった不断着を、寝巻ねまきの上へ羽織
はおったなり、床の間の洋灯を取り上げた。
「あなたあなた」と宗助の枕元へ来て曲こごみながら呼んだ。その時夫はもう鼾をかいていなかった。け
れども、元の通り深い眠ねむりから来る呼吸いきを続けていた。御米はまた立ち上って、洋灯を手にした
まま、間あいの襖ふすまを開けて茶の間へ出た。暗い部屋が茫漠ぼんやり手元の灯に照らされた時、御米
は鈍く光る箪笥たんすの環かんを認めた。それを通り過ぎると黒く燻くすぶった台所に、腰障子こししょ
うじの紙だけが白く見えた。御米は火の気けのない真中に、しばらく佇たたずんでいたが、やがて右手に
当る下女部屋の戸を、音のしないようにそっと引いて、中へ洋灯の灯を翳かざした。下女は縞しまも色も
判然はっきり映らない夜具の中に、土竜もぐらのごとく塊かたまって寝ていた。今度は左側の六畳を覗の
ぞいた。がらんとして淋さみしい中に、例の鏡台が置いてあって、鏡の表が夜中だけに凄すごく眼に応こ
たえた。
 御米は家中を一回ひとまわり回った後あと、すべてに異状のない事を確かめた上、また床の中へ戻った

217 :山師さん:2016/05/18(水) 17:03:45.63 ID:4uTcWgUe
。そうしてようやく眼を眠った。今度は好い具合に、眼蓋まぶたのあたりに気を遣つかわないで済むよう
に覚えて、しばらくするうちに、うとうととした。
 するとまたふと眼が開あいた。何だかずしんと枕元で響いたような心持がする。耳を枕から離して考え
ると、それはある大きな重いものが、裏の崖から自分達の寝ている座敷の縁の外へ転がり落ちたとしか思
われなかった。しかし今眼が覚さめるすぐ前に起った出来事で、けっして夢の続じゃないと考えた時、御
米は急に気味を悪くした。そうして傍に寝ている夫の夜具の袖そでを引いて、今度は真面目まじめに宗助
を起し始めた。
 宗助はそれまで全くよく寝ていたが、急に眼が覚さめると、御米が、
「あなたちょっと起きて下さい」と揺ゆすっていたので、半分は夢中に、
「おい、好し」とすぐ蒲団ふとんの上へ起き直った。御米は小声で先刻さっきからの様子を話した。
「音は一遍した限ぎりなのかい」
「だって今したばかりなのよ」
 二人はそれで黙った。ただじっと外の様子を伺っていた。けれども世間は森しんと静であった。いつま
で耳を峙そばだてていても、再び物の落ちて来る気色けしきはなかった。宗助は寒いと云いながら、単衣
ひとえの寝巻の上へ羽織を被かぶって、縁側えんがわへ出て、雨戸を一枚繰った。外を覗のぞくと何にも
見えない。ただ暗い中から寒い空気がにわかに肌に逼せまって来た。宗助はすぐ戸を閉たてた。
 ※(「金+饌のつくり」、第4水準2-91-37)かきがねをおろして座敷へ戻るや否や、また蒲団
の中へ潜もぐり込んだが、
「何にも変った事はありゃしない。多分御前おまいの夢だろう」と云って、宗助は横になった。御米はけ
っして夢でないと主張した。たしかに頭の上で大きな音がしたのだと固執こしつした。宗助は夜具から半
分出した顔を、御米の方へ振り向けて、
「御米、お前は神経が過敏になって、近頃どうかしているよ。もう少し頭を休めてよく寝る工夫でもしな
くっちゃいけない」と云った。
 その時次の間の柱時計が二時を打った。その音で二人ともちょっと言葉を途切らして、黙って見ると、
夜はさらに静まり返ったように思われた。二人は眼が冴さえて、すぐ寝つかれそうにもなかった。御米が

「でもあなたは気楽ね。横になると十分経たたないうちに、もう寝ていらっしゃるんだから」と云った。
「寝る事は寝るが、気が楽で寝られるんじゃない。つまり疲れるからよく寝るんだろう」と宗助が答えた

 こんな話をしているうちに、宗助はまた寝入ってしまった。御米は依然として、のつそつ床の中で動い
ていた。すると表をがらがらと烈はげしい音を立てて車が一台通った。近頃御米は時々夜明前の車の音を
聞いて驚ろかされる事があった。そうしてそれを思い合わせると、いつも似寄った刻限なので、必竟ひっ
きょうは毎朝同じ車が同じ所を通るのだろうと推測した。多分牛乳を配達するためかなどで、ああ急ぐに
違ないときめていたから、この音を聞くと等しく、もう夜が明けて、隣人の活動が始ったごとくに、心丈
夫になった。そうこうしていると、どこかで鶏とりの声が聞えた。またしばらくすると、下駄げたの音を
高く立てて往来を通るものがあった。そのうち清きよが下女部屋の戸を開けて厠かわやへ起きた模様だっ
たが、やがて茶の間へ来て時計を見ているらしかった。この時床の間に置いた洋灯ランプの油が減って、
短かい心しんに届かなくなったので、御米の寝ている所は真暗になっていた。そこへ清の手にした灯火あ
かりの影が、襖ふすまの間から射し込んだ。
「清かい」と御米が声を掛けた。
 清はそれからすぐ起きた。三十分ほど経たって御米も起きた。また三十分ほど経って宗助もついに起き
た。平常いつもは好い時分に御米がやって来て、
「もう起きてもよくってよ」と云うのが例であった。日曜とたまの旗日はたびには、それが、
「さあもう起きてちょうだい」に変るだけであった。しかし今日は昨夕ゆうべの事が何となく気にかかる
ので、御米の迎むかえに来ないうち宗助は床を離れた。そうして直すぐ崖下の雨戸を繰った。
 下から覗のぞくと、寒い竹が朝の空気に鎖とざされてじっとしている後うしろから、霜しもを破る日の
色が射して、幾分か頂いただきを染めていた。その二尺ほど下の勾配こうばいの一番急な所に生えている

218 :山師さん:2016/05/18(水) 17:03:57.66 ID:4uTcWgUe
枯草が、妙に摺すり剥むけて、赤土の肌を生々なまなましく露出した様子に、宗助はちょっと驚ろかされ
た。それから一直線に降おりて、ちょうど自分の立っている縁鼻えんばなの土が、霜柱を摧くだいたよう
に荒れていた。宗助は大きな犬でも上から転がり落ちたのじゃなかろうかと思った。しかし犬にしてはい
くら大きいにしても、余り勢が烈し過ぎると思った。
 宗助は玄関から下駄を提さげて来て、すぐ庭へ下りた。縁の先へ便所が折れ曲って突き出しているので
、いとど狭い崖下が、裏へ抜ける半間ほどの所はなおさら狭苦しくなっていた。御米は掃除屋そうじやが
来るたびに、この曲り角を気にしては、
「あすこがもう少し広いといいけれども」と危険あぶながるので、よく宗助から笑われた事があった。
 そこを通り抜けると、真直まっすぐに台所まで細い路が付いている。元は枯枝の交った杉垣があって、
隣の庭の仕切りになっていたが、この間家主が手を入れた時、穴だらけの杉葉を奇麗きれいに取り払って
、今では節ふしの多い板塀いたべいが片側を勝手口まで塞ふさいでしまった。日当りの悪い上に、樋とい
から雨滴あまだればかり落ちるので、夏になると秋海棠しゅうかいどうがいっぱい生える。その盛りな頃
は青い葉が重なり合って、ほとんど通り路がなくなるくらい茂って来る。始めて越した年は、宗助も御米
もこの景色けしきを見て驚ろかされたくらいである。この秋海棠は杉垣のまだ引き抜かれない前から、何
年となく地下に蔓はびこっていたもので、古家ふるやの取り毀こぼたれた今でも、時節が来ると昔の通り
芽を吹くものと解った時、御米は、
「でも可愛いわね」と喜んだ。
 宗助が霜を踏んで、この記念の多い横手へ出た時、彼の眼は細長い路次ろじの一点に落ちた。そうして
彼は日の通わない寒さの中にはたと留まった。
 彼の足元には黒塗の蒔絵まきえの手文庫が放り出してあった。中味はわざわざそこへ持って来て置いて
行ったように、霜の上にちゃんと据すわっているが、蓋ふたは二三尺離れて、塀へいの根に打ちつけられ
たごとくに引っ繰り返って、中を張った千代紙ちよがみの模様が判然はっきり見えた。文庫の中から洩も
れた、手紙や書付類が、そこいらに遠慮なく散らばっている中に、比較的長い一通がわざわざ二尺ばかり
広げられて、その先が紙屑のごとく丸めてあった。宗助は近づいて、この揉苦茶もみくちゃになった紙の
下を覗のぞいて覚えず苦笑した。下には大便が垂れてあった。
 土の上に散らばっている書類を一纏ひとまとめにして、文庫の中へ入れて、霜と泥に汚れたまま宗助は
勝手口まで持って来た。腰障子こししょうじを開けて、清に
「おいこれをちょっとそこへ置いてくれ」と渡すと、清は妙な顔をして、不思議そうにそれを受取った。
御米は奥で座敷へ払塵はたきを掛けていた。宗助はそれから懐手ふところでをして、玄関だの門の辺あた
りをよく見廻ったが、どこにも平常と異なる点は認められなかった。
 宗助はようやく家うちへ入った。茶の間へ来て例の通り火鉢ひばちの前へ坐すわったが、すぐ大きな声
を出して御米を呼んだ。御米は、
「起き抜けにどこへ行っていらしったの」と云いながら奥から出て来た。
「おい昨夜ゆうべ枕元で大きな音がしたのは、やっぱり夢じゃなかったんだ。泥棒だよ。泥棒が坂井さん
の崖がけの上から宅うちの庭へ飛び下りた音だ。今裏へ回って見たら、この文庫が落ちていて、中にはい
っていた手紙なんぞが、むちゃくちゃに放り出してあった。おまけに御馳走ごちそうまで置いて行った」
 宗助は文庫の中から、二三通の手紙を出して御米に見せた。それには皆みんな坂井の名宛なあてが書い
てあった。御米は吃驚びっくりして立膝のまま、
「坂井さんじゃほかに何か取られたでしょうか」と聞いた。宗助は腕組をして、
「ことに因よると、まだ何かやられたね」と答えた。
 夫婦はともかくもと云うので、文庫をそこへ置いたなり朝飯の膳ぜんに着いた。しかし箸はしを動かす
間まも泥棒の話は忘れなかった。御米は自分の耳と頭のたしかな事を夫に誇った。宗助は耳と頭のたしか
でない事を幸福とした。
「そうおっしゃるけれど、これが坂井さんでなくって、宅で御覧なさい。あなたみたように、ぐうぐう寝
ていらしったら困るじゃないの」と御米が宗助をやり込めた。
「なに、宅なんぞへ這入はいる気遣きづかいはないから大丈夫だ」と宗助も口の減らない返事をした。
 そこへ清が突然台所から顔を出して、

219 :山師さん:2016/05/18(水) 17:04:09.63 ID:4uTcWgUe
「この間拵こしらえた旦那様の外套マントでも取られようものなら、それこそ騒ぎでございましたね。御
宅おうちでなくって坂井さんだったから、本当に結構でございます」と真面目まじめに悦よろこびの言葉
を述べたので、宗助も御米も少し挨拶あいさつに窮きゅうした。
 食事を済ましても、出勤の時刻にはまだだいぶ間があった。坂井では定めて騒いでるだろうと云うので
、文庫は宗助が自分で持って行ってやる事にした。蒔絵まきえではあるが、ただ黒地に亀甲形きっこうが
たを金きんで置いただけの事で、別に大して金目の物とも思えなかった。御米は唐桟とうざんの風呂敷ふ
ろしきを出してそれを包くるんだ。風呂敷が少し小さいので、四隅よすみを対むこう同志繋つないで、真
中にこま結びを二つ拵こしらえた。宗助がそれを提さげたところは、まるで進物の菓子折のようであった

 座敷で見ればすぐ崖の上だが、表から廻ると、通りを半町ばかり来て、坂を上のぼって、また半町ほど
逆に戻らなければ、坂井の門前へは出られなかった。宗助は石の上へ芝を盛って扇骨木かなめを奇麗きれ
いに植えつけた垣に沿うて門内に入った。
 家いえの内はむしろ静か過ぎるくらいしんとしていた。摺硝子すりガラスの戸が閉たててある玄関へ来
て、ベルを二三度押して見たが、ベルが利きかないと見えて誰も出て来なかった。宗助は仕方なしに勝手
口へ廻った。そこにも摺硝子の嵌はまった腰障子こししょうじが二枚閉ててあった。中では器物を取り扱
う音がした。宗助は戸を開けて、瓦斯七輪ガスしちりんを置いた板の間に蹲踞しゃがんでいる下女に挨拶
あいさつをした。
「これはこちらのでしょう。今朝私わたしの家うちの裏に落ちていましたから持って来ました」と云いな
がら、文庫を出した。
 下女は「そうでございましたか、どうも」と簡単に礼を述べて、文庫を持ったまま、板の間の仕切まで
行って、仲働なかばたらきらしい女を呼び出した。そこで小声に説明をして、品物を渡すと、仲働はそれ
を受取ったなり、ちょっと宗助の方を見たがすぐ奥へ入った。入いれ違ちがえに、十二三になる丸顔の眼
の大きな女の子と、その妹らしい揃そろいのリボンを懸かけた子がいっしょに馳かけて来て、小さい首を
二つ並べて台所へ出した。そうして宗助の顔を眺ながめながら、泥棒よと耳語ささやきやった。宗助は文
庫を渡してしまえば、もう用が済んだのだから、奥の挨拶はどうでもいいとして、すぐ帰ろうかと考えた

「文庫は御宅のでしょうね。いいんでしょうね」と念を押して、何なにも知らない下女を気の毒がらして
いるところへ、最前の仲働が出て来て、
「どうぞ御通り下さい」と丁寧ていねいに頭を下げたので、今度は宗助の方が少し痛み入るようになった
。下女はいよいよしとやかに同じ請求を繰り返した。宗助は痛み入る境を通り越して、ついに迷惑を感じ
出した。ところへ主人が自分で出て来た。
 主人は予想通り血色の好い下膨しもぶくれの福相ふくそうを具そなえていたが、御米の云ったように髭
ひげのない男ではなかった。鼻の下に短かく刈り込んだのを生やして、ただ頬ほおから腮あごを奇麗きれ
いに蒼あおくしていた。
「いやどうもとんだ御手数ごてかずで」と主人は眼尻めじりに皺しわを寄せながら礼を述べた。米沢よね
ざわの絣かすりを着た膝ひざを板の間に突いて、宗助からいろいろ様子を聞いている態度が、いかにも緩
ゆっくりしていた。宗助は昨夕ゆうべから今朝へかけての出来事を一通り掻かい撮つまんで話した上、文
庫のほかに何か取られたものがあるかないかを尋ねて見た。主人は机の上に置いた金時計を一つ取られた
由よしを答えた。けれどもまるで他ひとのものでも失なくなした時のように、いっこう困ったと云う気色
けしきはなかった。時計よりはむしろ宗助の叙述の方に多くの興味を有もって、泥棒が果して崖を伝って
裏から逃げるつもりだったろうか、または逃げる拍子ひょうしに、崖から落ちたものだろうかと云うよう
な質問を掛けた。宗助は固もとより返答ができなかった。
 そこへ最前の仲働が、奥から茶や莨たばこを運んで来たので、宗助はまた帰りはぐれた。主人はわざわ
ざ座蒲団ざぶとんまで取り寄せて、とうとうその上へ宗助の尻を据すえさした。そうして今朝けさ早く来
た刑事の話をし始めた。刑事の判定によると、賊は宵よいから邸内に忍び込んで、何でも物置かなぞに隠
れていたに違ない。這入口はいりくちはやはり勝手である。燐寸マッチを擦すって蝋燭ろうそくを点とも
して、それを台所にあった小桶こおけの中へ立てて、茶の間へ出たが、次の部屋には細君と子供が寝てい

220 :山師さん:2016/05/18(水) 17:04:21.74 ID:4uTcWgUe
るので、廊下伝いに主人の書斎へ来て、そこで仕事をしていると、この間生れた末の男の子が、乳を呑の
む時刻が来たものか、眼を覚さまして泣き出したため、賊は書斎の戸を開けて庭へ逃げたらしい。
「平常いつものように犬がいると好かったんですがね。あいにく病気なので、四五日前病院へ入れてしま
ったもんですから」と主人は残念がった。宗助も、
「それは惜しい事でした」と答えた。すると主人はその犬の種ブリードやら血統やら、時々猟かりに連れ
て行く事や、いろいろな事を話し始めた。
「猟りょうは好ですから。もっとも近来は神経痛で少し休んでいますが。何しろ秋口から冬へ掛けて鴫し
ぎなぞを打ちに行くと、どうしても腰から下は田の中へ浸つかって、二時間も三時間も暮らさなければな
らないんですから、全く身体からだには好くないようです」
 主人は時間に制限のない人と見えて、宗助が、なるほどとか、そうですか、とか云っていると、いつま
でも話しているので、宗助はやむを得ず中途で立ち上がった。
「これからまた例の通り出かけなければなりませんから」と切り上げると、主人は始めて気がついたよう
に、忙がしいところを引き留めた失礼を謝した。そうしていずれまた刑事が現状を見に行くかも知れない
から、その時はよろしく願うと云うような事を述べた。最後に、
「どうかちと御話に。私も近頃はむしろ閑ひまな方ですから、また御邪魔に出ますから」と丁寧ていねい
に挨拶をした。門を出て急ぎ足に宅うちへ帰ると、毎朝出る時刻よりも、もう三十分ほど後れていた。
「あなたどうなすったの」と御米が気を揉もんで玄関へ出た。宗助はすぐ着物を脱いで洋服に着換えなが
ら、
「あの坂井と云う人はよっぽど気楽な人だね。金があるとああ緩ゆっくりできるもんかな」と云った。



「小六ころくさん、茶の間から始めて。それとも座敷の方を先にして」と御米およねが聞いた。
 小六は四五日前とうとう兄の所へ引き移った結果として、今日の障子しょうじの張替はりかえを手伝わ
なければならない事となった。彼は昔むかし叔父の家にいた時、安之助やすのすけといっしょになって、
自分の部屋の唐紙からかみを張り替えた経験がある。その時は糊のりを盆に溶といたり、箆へらを使って
見たり、だいぶ本式にやり出したが、首尾好く乾かして、いざ元の所へ建てるという段になると、二枚と
も反そっ繰くり返って敷居の溝みぞへ嵌はまらなかった。それからこれも安之助と共同して失敗した仕事
であるが、叔母の云いつけで、障子を張らせられたときには、水道でざぶざぶ枠わくを洗ったため、やっ
ぱり乾いた後で、惣体そうたいに歪ゆがみができて非常に困難した。
「姉さん、障子を張るときは、よほど慎重にしないと失策しくじるです。洗っちゃ駄目ですぜ」と云いな
がら、小六は茶の間の縁側えんがわからびりびり破き始めた。
 縁先は右の方に小六のいる六畳が折れ曲って、左には玄関が突き出している。その向うを塀へいが縁と
平行に塞ふさいでいるから、まあ四角な囲内かこいうちと云っていい。夏になるとコスモスを一面に茂ら
して、夫婦とも毎朝露の深い景色けしきを喜んだ事もあるし、また塀の下へ細い竹を立てて、それへ朝顔
を絡からませた事もある。その時は起き抜けに、今朝咲いた花の数を勘定かんじょうし合って二人が楽た
のしみにした。けれども秋から冬へかけては、花も草もまるで枯れてしまうので、小さな砂漠さばくみた
ように、眺ながめるのも気の毒なくらい淋さびしくなる。小六はこの霜しもばかり降りた四角な地面を背
にして、しきりに障子の紙を剥はがしていた。
 時々寒い風が来て、後うしろから小六の坊主頭と襟えりの辺あたりを襲おそった。そのたびに彼は吹ふ
き曝さらしの縁から六畳の中へ引っ込みたくなった。彼は赤い手を無言のまま働らかしながら、馬尻バケ
ツの中で雑巾ぞうきんを絞しぼって障子の桟さんを拭き出した。
「寒いでしょう、御気の毒さまね。あいにく御天気が時雨しぐれたもんだから」と御米が愛想あいそを云
って、鉄瓶てつびんの湯を注つぎ注つぎ、昨日きのう煮た糊のりを溶いた。
 小六は実際こんな用をするのを、内心では大いに軽蔑けいべつしていた。ことに昨今自分がやむなく置
かれた境遇からして、この際多少自己を侮辱しているかの観を抱いだいて雑巾を手にしていた。昔し叔父
の家で、これと同じ事をやらせられた時は、暇潰ひまつぶしの慰みとして、不愉快どころかかえって面白

221 :山師さん:2016/05/18(水) 17:04:33.63 ID:4uTcWgUe
かった記憶さえあるのに、今じゃこのくらいな仕事よりほかにする能力のないものと、強いて周囲から諦
あきらめさせられたような気がして、縁側の寒いのがなおのこと癪しゃくに触った。
 それで嫂あによめには快よい返事さえ碌ろくにしなかった。そうして頭の中で、自分の下宿にいた法科
大学生が、ちょっと散歩に出るついでに、資生堂へ寄って、三つ入りの石鹸シャボンと歯磨を買うのにさ
え、五円近くの金を払う華奢かしゃを思い浮べた。するとどうしても自分一人が、こんな窮境に陥おちい
るべき理由がないように感ぜられた。それから、こんな生活状態に甘んじて一生を送る兄夫婦がいかにも
憫然ふびんに見えた。彼らは障子を張る美濃紙みのがみを買うのにさえ気兼きがねをしやしまいかと思わ
れるほど、小六から見ると、消極的な暮し方をしていた。
「こんな紙じゃ、またすぐ破けますね」と云いながら、小六は巻いた小口を一尺ほど日に透すかして、二
三度力任せに鳴らした。
「そう? でも宅うちじゃ小供がないから、それほどでもなくってよ」と答えた御米は糊を含ました刷毛
はけを取ってとんとんとんと桟の上を渡した。
 二人は長く継ついだ紙を双方から引き合って、なるべく垂たるみのできないように力つとめたが、小六
が時々面倒臭そうな顔をすると、御米はつい遠慮が出て、好加減いいかげんに髪剃かみそりで小口を切り
落してしまう事もあった。したがってでき上ったものには、所々のぶくぶくがだいぶ目についた。御米は
情なさけなさそうに、戸袋に立て懸かけた張り立ての障子を眺ながめた。そうして心の中うちで、相手が
小六でなくって、夫であったならと思った。
「皺しわが少しできたのね」
「どうせ僕の御手際おてぎわじゃ旨うまく行かない」
「なに兄さんだって、そう御上手じゃなくってよ。それに兄さんはあなたよりよっぽど無精ぶしょうね」
 小六は何にも答えなかった。台所から清きよが持って来た含嗽茶碗うがいぢゃわんを受け取って、戸袋
の前へ立って、紙が一面に濡ぬれるほど霧を吹いた。二枚目を張ったときは、先に霧を吹いた分がほぼ乾
いて皺しわがおおかた平らになっていた。三枚目を張ったとき、小六は腰が痛くなったと云い出した。実
を云うと御米の方は今朝けさから頭が痛かったのである。
「もう一枚張って、茶の間だけ済ましてから休みましょう」と云った。
 茶の間を済ましているうちに午ひるになったので、二人は食事を始めた。小六が引き移ってからこの四
五日しごんち、御米は宗助そうすけのいない午飯ひるはんを、いつも小六と差向さしむかいで食べる事に
なった。宗助といっしょになって以来、御米の毎日膳ぜんを共にしたものは、夫よりほかになかった。夫
の留守の時は、ただ独ひとり箸はしを執とるのが多年の習慣ならわしであった。だから突然この小舅こじ
ゅうとと自分の間に御櫃おはちを置いて、互に顔を見合せながら、口を動かすのが、御米に取っては一種
異いな経験であった。それも下女が台所で働らいているときは、まだしもだが、清の影も音もしないとな
ると、なおのこと変に窮屈な感じが起った。無論小六よりも御米の方が年上であるし、また従来の関係か
ら云っても、両性を絡からみつける艶つやっぽい空気は、箝束的けんそくてきな初期においてすら、二人
の間に起り得べきはずのものではなかった。御米は小六と差向さしむかいに膳に着くときのこの気ぶっせ
いな心持が、いつになったら消えるだろうと、心の中うちで私ひそかに疑ぐった。小六が引き移るまでは
、こんな結果が出ようとは、まるで気がつかなかったのだからなおさら当惑した。仕方がないからなるべ
く食事中に話をして、せめて手持無沙汰てもちぶさたな隙間すきまだけでも補おうと力つとめた。不幸に
して今の小六は、この嫂あによめの態度に対してほどの好い調子を出すだけの余裕と分別ふんべつを頭の
中に発見し得なかったのである。
「小六さん、下宿は御馳走ごちそうがあって」
 こんな質問に逢うと、小六は下宿から遊びに来た時分のように、淡泊たんぱくな遠慮のない答をする訳
に行かなくなった。やむを得ず、
「なにそうでもありません」ぐらいにしておくと、その語気がからりと澄んでいないので、御米の方では
、自分の待遇が悪いせいかと解釈する事もあった。それがまた無言の間あいだに、小六の頭に映る事もあ
った。
 ことに今日は頭の具合が好くないので、膳に向っても、御米はいつものように力つとめるのが退儀たい
ぎであった。力つとめて失敗するのはなお厭いやであった。それで二人とも障子しょうじを張るときより

222 :山師さん:2016/05/18(水) 17:04:45.78 ID:4uTcWgUe
も言葉少なに食事を済ました。
 午後は手が慣なれたせいか、朝に比べると仕事が少し果取はかどった。しかし二人の気分は飯前よりも
かえって縁遠くなった。ことに寒い天気が二人の頭に応こたえた。起きた時は、日を載のせた空がしだい
に遠退とおのいて行くかと思われるほどに、好く晴れていたが、それが真蒼まっさおに色づく頃から急に
雲が出て、暗い中で粉雪こゆきでも醸かもしているように、日の目を密封した。二人は交かわる交がわる
火鉢に手を翳かざした。
「兄さんは来年になると月給が上がるんでしょう」
 ふと小六がこんな問を御米にかけた。御米はその時畳の上の紙片かみぎれを取って、糊に汚よごれた手
を拭いていたが、全く思も寄らないという顔をした。
「どうして」
「でも新聞で見ると、来年から一般に官吏の増俸があると云う話じゃありませんか」
 御米はそんな消息を全く知らなかった。小六から詳しい説明を聞いて、始めてなるほどと首肯うなずい
た。
「全くね。これじゃ誰だって、やって行けないわ。御肴おさかなの切身なんか、私わたしが東京へ来てか
らでも、もう倍になってるんですもの」と云った。肴の切身の値段になると小六の方が全く無識であった
。御米に注意されて始めてそれほどむやみに高くなるものかと思った。
 小六にちょっとした好奇心の出たため、二人の会話は存外素直に流れて行った。御米は裏の家主の十八
九時代に物価の大変安かった話を、この間宗助から聞いた通り繰り返した。その時分は蕎麦そばを食うに
しても、盛もりかけが八厘、種たねものが二銭五厘であった。牛肉は普通なみが一人前いちにんまえ四銭
で、ロースは六銭であった。寄席よせは三銭か四銭であった。学生は月に七円ぐらい国から貰もらえば中
ちゅうの部であった。十円も取るとすでに贅沢ぜいたくと思われた。
「小六さんも、その時分だと訳なく大学が卒業できたのにね」と御米が云った。
「兄さんもその時分だと大変暮しやすい訳ですね」と小六が答えた。
 座敷の張易はりかえが済んだときにはもう三時過になった。そうこうしているうちには、宗助も帰って
来るし、晩の支度したくも始めなくってはならないので、二人はこれを一段落として、糊や髪剃かみそり
を片づけた。小六は大きな伸のびを一つして、握にぎり拳こぶしで自分の頭をこんこんと叩たたいた。
「どうも御苦労さま。疲れたでしょう」と御米は小六を労いたわった。小六はそれよりも口淋くちさむし
い思がした。この間文庫を届けてやった礼に、坂井からくれたと云う菓子を、戸棚とだなから出して貰っ
て食べた。御米は御茶を入れた。
「坂井と云う人は大学出なんですか」
「ええ、やっぱりそうなんですって」
 小六は茶を飲んで煙草たばこを吹いた。やがて、
「兄さんは増俸の事をまだあなたに話さないんですか」と聞いた。
「いいえ、ちっとも」と御米が答えた。
「兄さんみたようになれたら好いだろうな。不平も何もなくって」
 御米は特別の挨拶あいさつもしなかった。小六はそのまま起たって六畳へ這入はいったが、やがて火が
消えたと云って、火鉢を抱かかえてまた出て来た。彼は兄の家いえに厄介やっかいになりながら、もう少
し立てば都合がつくだろうと慰めた安之助の言葉を信じて、学校は表向おもてむき休学の体ていにして一
時の始末をつけたのである。



 裏の坂井と宗助そうすけとは文庫が縁になって思わぬ関係がついた。それまでは月に一度こちらから清
きよに家賃を持たしてやると、向むこうからその受取を寄こすだけの交渉に過ぎなかったのだから、崖が
けの上に西洋人が住んでいると同様で、隣人としての親みは、まるで存在していなかったのである。
 宗助が文庫を届けた日の午後に、坂井の云った通り、刑事が宗助の家の裏手から崖下を検しらべに来た
が、その時坂井もいっしょだったので、御米およねは始めて噂うわさに聞いた家主の顔を見た。髭ひげの

223 :山師さん:2016/05/18(水) 17:04:57.67 ID:4uTcWgUe
ないと思ったのに、髭を生やしているのと、自分なぞに対しても、存外丁寧ていねいな言葉を使うのが、
御米には少し案外であった。
「あなた、坂井さんはやっぱり髭を生やしていてよ」と宗助が帰ったとき、御米はわざわざ注意した。
 それから二日ばかりして、坂井の名刺を添えた立派な菓子折を持って、下女が礼に来たが、せんだって
はいろいろ御世話になりまして、ありがとう存じます、いずれ主人が自身に伺うはずでございますがと云
いおいて、帰って行った。
 その晩宗助は到来の菓子折の葢ふたを開けて、唐饅頭とうまんじゅうを頬張ほおばりながら、
「こんなものをくれるところをもって見ると、それほど吝けちでもないようだね。他ひとの家うちの子を
ブランコへ乗せてやらないって云うのは嘘だろう」と云った。御米も、
「きっと嘘よ」と坂井を弁護した。
 夫婦と坂井とは泥棒の這入はいらない前より、これだけ親しみの度が増したようなものの、それ以上に
接近しようと云う念は、宗助の頭にも、御米の胸にも宿らなかった。利害の打算から云えば無論の事、単
に隣人の交際とか情誼じょうぎとか云う点から見ても、夫婦はこれよりも前進する勇気を有もたなかった
のである。もし自然がこのままに無為むいの月日を駆かったなら、久しからぬうちに、坂井は昔の坂井に
なり、宗助は元の宗助になって、崖の上と崖の下に互の家が懸かけ隔へだたるごとく、互の心も離れ離れ
になったに違なかった。
 ところがそれからまた二日置いて、三日目の暮れ方に、獺かわうその襟えりの着いた暖かそうな外套マ
ントを着て、突然坂井が宗助の所へやって来た。夜間客に襲おそわれつけない夫婦は、軽微の狼狽ろうば
いを感じたくらい驚ろかされたが、座敷へ上げて話して見ると、坂井は丁寧に先日の礼を述べた後のち、
「御蔭で取られた品物がまた戻りましたよ」と云いながら、白縮緬しろちりめんの兵児帯へこおびに巻き
付けた金鎖を外はずして、両葢りょうぶたの金時計を出して見せた。
 規則だから警察へ届ける事は届けたが、実はだいぶ古い時計なので、取られてもそれほど惜しくもない
ぐらいに諦あきらめていたら、昨日きのうになって、突然差出人の不明な小包が着いて、その中にちゃん
と自分の失なくしたのが包くるんであったんだと云う。
「泥棒も持ち扱かったんでしょう。それとも余り金にならないんで、やむを得ず返してくれる気になった
んですかね。何しろ珍らしい事で」と坂井は笑っていた。それから、
「何私から云うと、実はあの文庫の方がむしろ大切な品でしてね。祖母ばばが昔し御殿へ勤めていた時分
、戴いただいたんだとか云って、まあ記念かたみのようなものですから」と云うような事も説明して聞か
した。
 その晩坂井はそんな話を約二時間もして帰って行ったが、相手になった宗助も、茶の間で聞いていた御
米も、大変談話の材料に富んだ人だと思わぬ訳に行かなかった。後あとで、
「世間の広い方かたね」と御米が評した。
「閑ひまだからさ」と宗助が解釈した。
 次の日宗助が役所の帰りがけに、電車を降りて横町の道具屋の前まで来ると、例の獺かわうその襟えり
を着けた坂井の外套マントがちょっと眼に着いた。横顔を往来の方へ向けて、主人を相手に何か云ってい
る。主人は大きな眼鏡を掛けたまま、下から坂井の顔を見上げている。宗助は挨拶あいさつをすべき折で
もないと思ったから、そのまま行き過ぎようとして、店の正面まで来ると、坂井の眼が往来へ向いた。
「やあ昨夜は。今御帰りですか」と気軽に声をかけられたので、宗助も愛想あいそなく通り過ぎる訳にも
行かなくなって、ちょっと歩調を緩ゆるめながら、帽子を取った。すると坂井は、用はもう済んだと云う
風をして、店から出て来た。
「何か御求めですか」と宗助が聞くと、
「いえ、何」と答えたまま、宗助と並んで家うちの方へ歩き出した。六七間来たとき、
「あの爺じじい、なかなか猾ずるい奴ですよ。崋山かざんの偽物にせものを持って来て押付おっつけよう
としやがるから、今叱りつけてやったんです」と云い出した。宗助は始めて、この坂井も余裕よゆうある
人に共通な好事こうずを道楽にしているのだと心づいた。そうしてこの間売り払った抱一ほういつの屏風
びょうぶも、最初からこう云う人に見せたら、好かったろうにと、腹の中で考えた。
「あれは書画には明るい男なんですか」

224 :山師さん:2016/05/18(水) 17:05:09.72 ID:4uTcWgUe
「なに書画どころか、まるで何も分らない奴です。あの店の様子を見ても分るじゃありませんか。骨董こ
っとうらしいものは一つも並んでいやしない。もとが紙屑屋かみくずやから出世してあれだけになったん
ですからね」
 坂井は道具屋の素性すじょうをよく知っていた。出入でいりの八百屋の阿爺おやじの話によると、坂井
の家は旧幕の頃何とかの守かみと名乗ったもので、この界隈かいわいでは一番古い門閥家もんばつかなの
だそうである。瓦解がかいの際、駿府すんぷへ引き上げなかったんだとか、あるいは引き上げてまた出て
来たんだとか云う事も耳にしたようであるが、それは判然はっきり宗助の頭に残っていなかった。
「小さい内から悪戯いたずらものでね。あいつが餓鬼大将がきだいしょうになってよく喧嘩けんかをしに
行った事がありますよ」と坂井は御互の子供の時の事まで一口洩もらした。それがまたどうして崋山の贋
物にせものを売り込もうと巧たくんだのかと聞くと、坂井は笑って、こう説明した。――
「なに親父おやじの代から贔屓ひいきにしてやってるものですから、時々何なんだ蚊かだって持って来る
んです。ところが眼も利きかない癖に、ただ慾ばりたがってね、まことに取扱い悪にくい代物しろもので
す。それについこの間抱一の屏風を買って貰って、味を占めたんでね」
 宗助は驚ろいた。けれども話の途中を遮さえぎる訳に行かなかったので、黙っていた。坂井は道具屋が
それ以来乗気になって、自身に分りもしない書画類をしきりに持ち込んで来る事やら、大坂出来の高麗焼
こうらいやきを本物だと思って、大事に飾っておいた事やら話した末、
「まあ台所だいどこで使う食卓ちゃぶだいか、たかだか新あらの鉄瓶てつびんぐらいしか、あんな所じゃ
買えたもんじゃありません」と云った。
 そのうち二人は坂の上へ出た。坂井はそこを右へ曲る、宗助はそこを下へ下りなければならなかった。
宗助はもう少しいっしょに歩いて、屏風びょうぶの事を聞きたかったが、わざわざ回まわり路みちをする
のも変だと心づいて、それなり分れた。分れる時、
「近い中うち御邪魔に出てもようございますか」と聞くと、坂井は、
「どうぞ」と快よく答えた。
 その日は風もなくひとしきり日も照ったが、家うちにいると底冷そこびえのする寒さに襲おそわれると
か云って、御米はわざわざ置炬燵おきごたつに宗助の着物を掛けて、それを座敷の真中に据すえて、夫の
帰りを待ち受けていた。
 この冬になって、昼のうち炬燵こたつを拵こしらえたのは、その日が始めてであった。夜は疾とうから
用いていたが、いつも六畳に置くだけであった。
「座敷の真中にそんなものを据えて、今日はどうしたんだい」
「でも、御客も何もないからいいでしょう。だって六畳の方は小六ころくさんがいて、塞ふさがっている
んですもの」
 宗助は始めて自分の家に小六のいる事に気がついた。襯衣シャツの上から暖かい紡績織ぼうせきおりを
掛けて貰って、帯をぐるぐる巻きつけたが、
「ここは寒帯だから炬燵でも置かなくっちゃ凌しのげない」と云った。小六の部屋になった六畳は、畳こ
そ奇麗きれいでないが、南と東が開あいていて、家中うちじゅうで一番暖かい部屋なのである。
 宗助は御米の汲くんで来た熱い茶を湯呑ゆのみから二口ほど飲んで、
「小六はいるのかい」と聞いた。小六は固もとよりいたはずである。けれども六畳はひっそりして人のい
るようにも思われなかった。御米が呼びに立とうとするのを、用はないからいいと留めたまま、宗助は炬
燵蒲団ぶとんの中へ潜もぐり込んで、すぐ横になった。一方口いっぽうぐちに崖を控えている座敷には、
もう暮方の色が萌きざしていた。宗助は手枕をして、何を考えるともなく、ただこの暗く狭い景色けしき
を眺ながめていた。すると御米と清が台所で働く音が、自分に関係のない隣の人の活動のごとくに聞えた
。そのうち、障子だけがただ薄白く宗助の眼に映るように、部屋の中が暮れて来た。彼はそれでもじっと
して動かずにいた。声を出して洋灯ランプの催促もしなかった。
 彼が暗い所から出て、晩食ばんめしの膳ぜんに着いた時は、小六も六畳から出て来て、兄の向うに坐す
わった。御米は忙しいので、つい忘れたと云って、座敷の戸を締しめに立った。宗助は弟に夕方になった
ら、ちと洋灯ランプを点つけるとか、戸を閉たてるとかして、忙せわしい姉の手伝でもしたら好かろうと
注意したかったが、昨今引き移ったばかりのものに、気まずい事を云うのも悪かろうと思ってやめた。

225 :山師さん:2016/05/18(水) 17:05:26.68 ID:4uTcWgUe
 御米が座敷から帰って来るのを待って、兄弟は始めて茶碗に手を着けた。その時宗助はようやく今日役
所の帰りがけに、道具屋の前で坂井に逢った事と、坂井があの大きな眼鏡めがねを掛けている道具屋から
、抱一ほういつの屏風びょうぶを買ったと云う話をした。御米は、
「まあ」と云ったなり、しばらく宗助の顔を見ていた。
「じゃきっとあれよ。きっとあれに違ないわね」
 小六は始めのうち何にも口を出さなかったが、だんだん兄夫婦の話を聞いているうちに、ほぼ関係が明
暸めいりょうになったので、
「全体いくらで売ったのです」と聞いた。御米は返事をする前にちょっと夫の顔を見た。
 食事が終ると、小六はじきに六畳へ這入はいった。宗助はまた炬燵こたつへ帰った。しばらくして御米
も足を温ぬくめに来た。そうして次の土曜か日曜には坂井へ行って、一つ屏風を見て来たらいいだろうと
云うような事を話し合った。
 次の日曜になると、宗助は例の通り一週に一返いっぺんの楽寝らくねを貪ぼったため、午前ひるまえ半
日をとうとう空くうに潰つぶしてしまった。御米はまた頭が重いとか云って、火鉢ひばちの縁ふちに倚よ
りかかって、何をするのも懶ものうそうに見えた。こんな時に六畳が空あいていれば、朝からでも引込む
場所があるのにと思うと、宗助は小六に六畳をあてがった事が、間接に御米の避難場を取り上げたと同じ
結果に陥おちいるので、ことに済まないような気がした。
 心持が悪ければ、座敷へ床を敷いて寝たら好かろうと注意しても、御米は遠慮して容易に応じなかった
。それではまた炬燵でも拵こしらえたらどうだ、自分も当るからと云って、とうとう櫓やぐらと掛蒲団か
けぶとんを清きよに云いつけて、座敷へ運ばした。
 小六は宗助が起きる少し前に、どこかへ出て行って、今朝けさは顔さえ見せなかった。宗助は御米に向
って別段その行先を聞き糺ただしもしなかった。この頃では小六に関係した事を云い出して、御米にその
返事をさせるのが、気の毒になって来た。御米の方から、進んで弟の讒訴ざんそでもするようだと、叱る
にしろ、慰さめるにしろ、かえって始末が好いと考える時もあった。
 午ひるになっても御米は炬燵から出なかった。宗助はいっそ静かに寝かしておく方が身体からだのため
によかろうと思ったので、そっと台所へ出て、清にちょっと上の坂井まで行ってくるからと告げて、不断
着の上へ、袂たもとの出る短いインヴァネスを纏まとって表へ出た。
 今まで陰気な室へやにいた所為せいか、通とおりへ来ると急にからりと気が晴れた。肌の筋肉が寒い風
に抵抗して、一時に緊縮するような冬の心持の鋭どく出るうちに、ある快感を覚えたので、宗助は御米も
ああ家うちにばかり置いては善よくない、気候が好くなったら、ちと戸外の空気を呼吸させるようにして
やらなくては毒だと思いながら歩いた。
 坂井の家の門を入ったら、玄関と勝手口の仕切になっている生垣いけがきの目に、冬に似合わないぱっ
とした赤いものが見えた。傍そばへ寄ってわざわざ検しらべると、それは人形に掛ける小さい夜具であっ
た。細い竹を袖そでに通して、落ちないように、扇骨木かなめの枝に寄せ掛けた手際てぎわが、いかにも
女の子の所作しょさらしく殊勝しゅしょうに思われた。こう云う悪戯いたずらをする年頃の娘は固もとよ
りの事、子供と云う子供を育て上げた経験のない宗助は、この小さい赤い夜具の尋常に日に干してある有
様をしばらく立って眺ながめていた。そうして二十年も昔に父母が、死んだ妹いもとのために飾った、赤
い雛段ひなだんと五人囃ごにんばやしと、模様の美くしい干菓子と、それから甘いようで辛からい白酒を
思い出した。
 坂井の主人は在宅ではあったけれども、食事中だと云うので、しばらく待たせられた。宗助は座に着く
や否や、隣の室へやで小さい夜具を干した人達の騒ぐ声を耳にした。下女が茶を運ぶために襖ふすまを開
けると、襖の影から大きな眼が四つほどすでに宗助を覗のぞいていた。火鉢を持って出ると、その後あと
からまた違った顔が見えた。始めてのせいか、襖の開閉あけたてのたびに出る顔がことごとく違っていて
、子供の数が何人あるか分らないように思われた。ようやく下女が退さがりきりに退がると、今度は誰だ
か唐紙からかみを一寸ほど細目に開けて、黒い光る眼だけをその間から出した。宗助も面白くなって、黙
って手招ぎをして見た。すると唐紙をぴたりと閉たてて、向う側で三四人が声を合して笑い出した。
 やがて一人の女の子が、
「よう、御姉様またいつものように叔母さんごっこしましょうよ」と云い出した。すると姉らしいのが、

226 :山師さん:2016/05/18(水) 17:05:45.71 ID:4uTcWgUe
「なるほど」と云った。
 主人はやがて宗助の後へ回って来て、指でそこここを指さしながら、品評やら説明やらした。その中う
ちには、さすが御大名だけあって、好い絵の具を惜気おしげもなく使うのがこの画家の特色だから、色が
いかにもみごとであると云うような、宗助には耳新らしいけれども、普通一般に知れ渡った事もだいぶ交
っていた。
 宗助は好い加減な頃を見計らって、丁寧ていねいに礼を述べて元の席に復した。主人も蒲団ふとんの上
に直った。そうして、今度は野路のじや空云々という題句やら書体やらについて語り出した。宗助から見
ると、主人は書にも俳句にも多くの興味を有もっていた。いつの間にこれほどの知識を頭の中へ貯たくわ
え得らるるかと思うくらい、すべてに心得のある男らしく思われた。宗助は己おのれを恥じて、なるべく
物数ものかずを云わないようにして、ただ向うの話だけに耳を借す事を力つとめた。
 主人は客がこの方面の興味に乏しい様子を見て、再び話を画えの方へ戻した。碌ろくなものはないけれ
ども、望ならば所蔵の画帖がじょうや幅物を見せてもいいと親切に申し出した。宗助はせっかくの好意を
辞退しない訳に行かなかった。その代りに、失礼ですがと前置をして、主人がこの屏風を手に入れるにつ
いて、どれほどの金額を払ったかを尋ねた。
「まあ掘出し物ですね。八十円で買いました」と主人はすぐ答えた。
 宗助は主人の前に坐って、この屏風に関するいっさいの事を自白しようか、しまいかと思案したが、ふ
と打ち明けるのも一興だろうと心づいて、とうとう実はこれこれだと、今までの顛末てんまつを詳しく話
し出した。主人は時々へえ、へえと驚ろいたような言葉を挟はさんで聞いていたが、しまいに、
「じゃあなたは別に書画が好きで、見にいらしった訳でもないんですね」と自分の誤解を、さも面白い経
験でもしたように笑い出した。同時に、そう云う訳なら、自分が直じかに宗助から相当の値で譲って貰え
ばよかったに、惜しい事をしたと云った。最後に横町の道具屋をひどく罵ののしって、怪けしからん奴や
つだと云った。
 宗助と坂井とはこれからだいぶ親しくなった。



 佐伯さえきの叔母も安之助やすのすけもその後とんと宗助そうすけの宅うちへは見えなかった。宗助は
固もとより麹町こうじまちへ行く余暇を有もたなかった。またそれだけの興味もなかった。親類とは云い
ながら、別々の日が二人の家を照らしていた。
 ただ小六ころくだけが時々話しに出かける様子であったが、これとても、そう繁々しげしげ足を運ぶ訳
でもないらしかった。それに彼は帰って来て、叔母の家の消息をほとんど御米およねに語らないのを常と
しておった。御米はこれを故意こいから出る小六の仕打かとも疑うたぐった。しかし自分が佐伯に対して
特別の利害を感じない以上、御米は叔母の動静を耳にしない方を、かえって喜こんだ。
 それでも時々は、先方さきの様子を、小六と兄の対話から聞き込む事もあった。一週間ほど前に、小六
は兄に、安之助がまた新発明の応用に苦心している話をした。それは印気インキの助けを借らないで、鮮
明な印刷物を拵こしらえるとか云う、ちょっと聞くとすこぶる重宝な器械についてであった。話題の性質
から云っても、自分とは全く利害の交渉のないむずかしい事なので、御米は例の通り黙って口を出さずに
いたが、宗助は男だけに幾分か好奇心が動いたと見えて、どうして印気を使わずに印刷ができるかなどと
問い糺ただしていた。
 専門上の知識のない小六が、精密な返答をし得るはずは無論なかった。彼はただ安之助から聞いたまま
を、覚えている限り念を入れて説明した。この印刷術は近来英国で発明になったもので、根本的にいうと
やはり電気の利用に過ぎなかった。電気の一極を活字と結びつけておいて、他の一極を紙に通じて、その
紙を活字の上へ圧おしつけさえすれば、すぐできるのだと小六が云った。色は普通黒であるが、手加減し
だいで赤にも青にもなるから色刷などの場合には、絵の具を乾かす時間が省はぶけるだけでも大変重宝で
、これを新聞に応用すれば、印気インキや印気ロールの費ついえを節約する上に、全体から云って、少く
とも従来の四分の一の手数がなくなる点から見ても、前途は非常に有望な事業であると、小六はまた安之
助の話した通りを繰り返した。そうしてその有望な前途を、安之助がすでに手の中うちに握ったかのごと

227 :山師さん:2016/05/18(水) 17:05:57.76 ID:4uTcWgUe
き口気こうきであった。かつその多望な安之助の未来のなかには、同じく多望な自分の影が、含まれてい
るように、眼を輝やかした。その時宗助はいつもの調子で、むしろ穏やかに、弟の云う事を聞いていたが
、聞いてしまった後あとでも、別にこれという眼立った批評は加えなかった。実際こんな発明は、宗助か
ら見ると、本当のようでもあり、また嘘のようでもあり、いよいよそれが世間に行われるまでは、賛成も
反対もできかねたのである。
「じゃ鰹船かつおぶねの方はもう止したの」と、今まで黙っていた御米が、この時始めて口を出した。
「止したんじゃないんですが、あの方は費用が随分かかるので、いくら便利でも、そう誰も彼も拵こしら
える訳に行かないんだそうです」と小六が答えた。小六は幾分か安之助の利害を代表しているような口振
であった。それから三人の間に、しばらく談話が交換されたが、しまいに、
「やっぱり何をしたって、そう旨うまく行くもんじゃあるまいよ」と云った宗助の言葉と、
「坂井さんみたように、御金があって遊んでいるのが一番いいわね」と云った御米の言葉を聞いて、小六
はまた自分の部屋へ帰って行った。
 こう云う機会に、佐伯の消息は折々夫婦の耳へ洩もれる事はあるが、そのほかには、全く何をして暮ら
しているか、互に知らないで過す月日が多かった。
 ある時御米は宗助にこんな問を掛けた。
「小六さんは、安さんの所へ行くたんびに、小遣こづかいでも貰もらって来るんでしょうか」
 今まで小六について、それほどの注意を払っていなかった宗助は、突然この問に逢って、すぐ、「なぜ
」と聞き返した。御米はしばらく逡巡ためらった末、
「だって、この頃よく御酒を呑のんで帰って来る事があるのよ」と注意した。
「安さんが例の発明や、金儲かねもうけの話をするとき、その聞き賃に奢おごるのかも知れない」と云っ
て宗助は笑っていた。会話はそれなりでつい発展せずにしまった。
 越えて三日目の夕方に、小六はまた飯時めしどきを外はずして帰って来なかった。しばらく待ち合せて
いたが、宗助はついに空腹だとか云い出して、ちょっと湯にでも行って時間を延ばしたらという御米の小
六に対する気兼きがねに頓着とんじゃくなく、食事を始めた。その時御米は夫に、
「小六さんに御酒を止やめるように、あなたから云っちゃいけなくって」と切り出した。
「そんなに意見しなければならないほど飲むのか」と宗助は少し案外な顔をした。
 御米はそれほどでもないと、弁護しなければならなかった。けれども実際は誰もいない昼間のうちなど
に、あまり顔を赤くして帰って来られるのが、不安だったのである。宗助はそれなり放っておいた。しか
し腹の中では、はたして御米の云うごとく、どこかで金を借りるか、貰うかして、それほど好きもしない
ものを、わざと飲むのではなかろうかと疑ぐった。
 そのうち年がだんだん片寄って、夜が世界の三分の二を領りょうするように押しつまって来た。風が毎
日吹いた。その音を聞いているだけでも生活ライフに陰気な響を与えた。小六はどうしても、六畳に籠こ
もって、一日を送るに堪たえなかった。落ちついて考えれば考えるほど、頭が淋さむしくって、いたたま
れなくなるばかりであった。茶の間へ出て嫂あによめと話すのはなお厭いやであった。やむを得ず外へ出
た。そうして友達の宅うちをぐるぐる回って歩いた。友達も始のうちは、平生いつもの小六に対するよう
に、若い学生のしたがる面白い話をいくらでもした。けれども小六はそう云う話が尽きても、まだやって
来た。それでしまいには、友達が、小六は、退屈の余りに訪問をして、談話の復習に耽ふけるものだと評
した。たまには学校の下読したよみやら研究やらに追われている多忙の身だと云う風もして見せた。小六
は友達からそう呑気のんきな怠けもののように取り扱われるのを、大変不愉快に感じた。けれども宅に落
ちついては、読書も思索も、まるでできなかった。要するに彼ぐらいの年輩の青年が、一人前の人間にな
る階梯かいていとして、修おさむべき事、力つとむべき事には、内部の動揺やら、外部の束縛やらで、い
っさい手が着かなかったのである。
 それでも冷たい雨が横に降ったり、雪融ゆきどけの道がはげしく泥ぬかったりする時は、着物を濡ぬら
さなければならず、足袋たびの泥を乾かさなければならない面倒があるので、いかな小六も時によると、
外出を見合せる事があった。そう云う日には、実際困却すると見えて、時々六畳から出て来て、のそりと
火鉢の傍そばへ坐って、茶などを注ついで飲んだ。そうしてそこに御米でもいると、世間話の一つや二つ

228 :山師さん:2016/05/18(水) 17:06:09.83 ID:4uTcWgUe
はしないとも限らなかった。
「小六さん御酒好き」と御米が聞いた事があった。
「もう直じき御正月ね。あなた御雑煮おぞうにいくつ上がって」と聞いた事もあった。
 そう云う場合が度重たびかさなるに連つれて、二人の間は少しずつ近寄る事ができた。しまいには、姉
さんちょっとここを縫って下さいと、小六の方から進んで、御米に物を頼むようになった。そうして御米
が絣かすりの羽織を受取って、袖口そでくちの綻ほころびを繕つくろっている間、小六は何にもせずにそ
こへ坐すわって、御米の手先を見つめていた。これが夫だと、いつまでも黙って針を動かすのが、御米の
例であったが、相手が小六の時には、そう投遣なげやりにできないのが、また御米の性質であった。だか
らそんな時には力めても話をした。話の題目で、ややともすると小六の口に宿りたがるものは、彼の未来
をどうしたら好かろうと云う心配であった。
「だって小六さんなんか、まだ若いじゃありませんか。何をしたってこれからだわ。そりゃ兄さんの事よ
。そう悲観してもいいのは」
 御米は二度ばかりこういう慰め方をした。三度目には、
「来年になれば、安さんの方でどうか都合して上げるって受合って下すったんじゃなくって」と聞いた。
小六はその時不慥ふたしかな表情をして、
「そりゃ安さんの計画が、口でいう通り旨うまく行けば訳はないんでしょうが、だんだん考えると、何だ
か少し当にならないような気がし出してね。鰹船かつおぶねもあんまり儲もうからないようだから」と云
った。御米は小六の憮然ぶぜんとしている姿を見て、それを時々酒気を帯びて帰って来る、どこかに殺気
さっきを含んだ、しかも何が癪しゃくに障さわるんだか訳が分らないでいてはなはだ不平らしい小六と比
較すると、心の中うちで気の毒にもあり、またおかしくもあった。その時は、
「本当にね。兄さんにさえ御金があると、どうでもして上げる事ができるんだけれども」と、御世辞でも
何でもない、同情の意を表した。
 その夕暮であったか、小六はまた寒い身体からだを外套マントに包くるんで出て行ったが、八時過に帰
って来て、兄夫婦の前で、袂たもとから白い細長い袋を出して、寒いから蕎麦掻そばがきを拵こしらえて
食おうと思って、佐伯へ行った帰りに買って来たと云った。そうして御米が湯を沸わかしているうちに、
煮出しを拵えるとか云って、しきりに鰹節かつぶしを掻かいた。
 その時宗助夫婦は、最近の消息として、安之助の結婚がとうとう春まで延びた事を聞いた。この縁談は
安之助が学校を卒業すると間もなく起ったもので、小六が房州から帰って、叔母に学資の供給を断わられ
る時分には、もうだいぶ話が進んでいたのである。正式の通知が来ないので、いつ纏まとまったか、宗助
はまるで知らなかったが、ただ折々佐伯へ行っては、何か聞いて来る小六を通じてのみ、彼は年内に式を
挙げるはずの新夫婦を予想した。その他には、嫁の里がある会社員で、有福な生計くらしをしている事と
、その学校が女学館であるという事と、兄弟がたくさんあると云う事だけを、同じく小六を通じて耳にし
た。写真にせよ顔を知ってるのは小六ばかりであった。
「好い器量?」と御米が聞いた事がある。
「まあ好い方でしょう」と小六が答えた事がある。
 その晩はなぜ暮のうちに式を済まさないかと云うのが、蕎麦掻のでき上る間、三人の話題になった。御
米は方位でも悪いのだろうと臆測おくそくした。宗助は押しつまって日がないからだろうと考えた。独ひ
とり小六だけが、
「やっぱり物質的の必要かららしいです。先が何でもよほど派出はでな家うちなんで、叔母さんの方でも
そう単簡たんかんに済まされないんでしょう」といつにない世帯染みた事を云った。

十一

 御米およねのぶらぶらし出したのは、秋も半なかば過ぎて、紅葉もみじの赤黒く縮ちぢれる頃であった
。京都にいた時分は別として、広島でも福岡でも、あまり健康な月日を送った経験のない御米は、この点
に掛けると、東京へ帰ってからも、やはり仕合せとは云えなかった。この女には生れ故郷の水が、性しょ
うに合わないのだろうと、疑ぐれば疑ぐられるくらい、御米は一時悩んだ事もあった。

229 :山師さん:2016/05/18(水) 17:06:21.76 ID:4uTcWgUe
 近頃はそれがだんだん落ちついて来て、宗助そうすけの気を揉もむ機会ばあいも、年に幾度と勘定かん
じょうができるくらい少なくなったから、宗助は役所の出入でいりに、御米はまた夫の留守の立居たちい
に、等しく安心して時間を過す事ができたのである。だからことしの秋が暮れて、薄い霜しもを渡る風が
、つらく肌を吹く時分になって、また少し心持が悪くなり出しても、御米はそれほど苦にもならなかった
。始のうちは宗助にさえ知らせなかった。宗助が見つけて、医者に掛かれと勧めても、容易に掛からなか
った。
 そこへ小六ころくが引越して来た。宗助はその頃の御米を観察して、体質の状態やら、精神の模様やら
、夫おっとだけによく知っていたから、なるべくは、人数ひとかずを殖ふやして宅うちの中を混雑ごたつ
かせたくないとは思ったが、事情やむを得ないので、成るがままにしておくよりほかに、手段の講じよう
もなかった。ただ口の先で、なるべく安静にしていなくてはいけないと云う矛盾した助言は与えた。御米
は微笑して、
「大丈夫よ」と云った。この答を得た時、宗助はなおの事安心ができなくなった。ところが不思議にも、
御米の気分は、小六が引越して来てから、ずっと引立った。自分に責任の少しでも加わったため、心が緊
張したものと見えて、かえって平生よりは、かいがいしく夫や小六の世話をした。小六にはそれがまるで
通じなかったが、宗助から見ると、御米が在来よりどれほど力つとめているかがよく解った。宗助は心の
うちで、このまめやかな細君に新らしい感謝の念を抱いだくと同時に、こう気を張り過ぎる結果が、一度
に身体からだに障さわるような騒ぎでも引き起してくれなければいいがと心配した。
 不幸にも、この心配が暮の二十日過はつかすぎになって、突然事実になりかけたので、宗助は予期の恐
怖に火が点ついたように、いたく狼狽ろうばいした。その日は判然はっきり土に映らない空が、朝から重
なり合って、重い寒さが終日人の頭を抑おさえつけていた。御米は前の晩にまた寝られないで、休ませ損
そくなった頭を抱えながら、辛抱して働らき出したが、起たったり動いたりするたびに、多少脳に応こた
える苦痛はあっても、比較的明るい外界の刺戟しげきに紛まぎれたためか、じっと寝ていながら、頭だけ
が冴さえて痛むよりは、かえって凌しのぎやすかった。とかくして夫を送り出すまでは、しばらくしたら
またいつものように折り合って来る事と思って我慢していた。ところが宗助がいなくなって、自分の義務
に一段落が着いたという気の弛ゆるみが出ると等しく、濁った天気がそろそろ御米の頭を攻め始めた。空
を見ると凍こおっているようであるし、家うちの中にいると、陰気な障子しょうじの紙を透とおして、寒
さが浸しみ込んで来るかと思われるくらいだのに、御米の頭はしきりに熱ほてって来た。仕方がないから
、今朝あげた蒲団ふとんをまた出して来て、座敷へ延べたまま横になった。それでも堪たえられないので
、清に濡手拭ぬれてぬぐいを絞しぼらして頭へ乗せた。それが直じき生温なまぬるくなるので、枕元に金
盥かなだらいを取り寄せて時々絞しぼり易かえた。
 午ひるまでこんな姑息手段こそくしゅだんで断えず額を冷やして見たが、いっこうはかばかしい験げん
もないので、御米は小六のために、わざわざ起きて、いっしょに食事をする根気もなかった。清きよにい
いつけて膳立ぜんだてをさせて、それを小六に薦すすめさしたまま、自分はやはり床を離れずにいた。そ
うして、平生夫のする柔やわらかい括枕くくりまくらを持って来て貰って、堅いのと取り替えた。御米は
髪の損こわれるのを、女らしく苦にする勇気にさえ乏しかったのである。
 小六は六畳から出て来て、ちょっと襖ふすまを開けて、御米の姿を覗のぞき込んだが、御米が半なかば
床の間の方を向いて、眼を塞ふさいでいたので、寝ついたとでも思ったものか、一言ひとことの口も利き
かずに、またそっと襖を閉めた。そうして、たった一人大きな食卓を専領して、始めからさらさらと茶漬
を掻かき込む音をさせた。
 二時頃になって、御米はやっとの事、とろとろと眠ったが、眼が覚さめたら額を捲まいた濡れ手拭がほ
とんど乾くくらい暖かになっていた。その代り頭の方は少し楽になった。ただ肩から背筋せすじへ掛けて
、全体に重苦しいような感じが新らしく加わった。御米は何でも精をつけなくては毒だという考から、一
人で起きて遅い午飯ひるはんを軽く食べた。
「御気分はいかがでございます」と清が御給仕をしながら、しきりに聞いた。御米はだいぶいいようだっ
たので、床を上げて貰って、火鉢に倚よったなり、宗助の帰りを待ち受けた。

230 :山師さん:2016/05/18(水) 17:06:33.85 ID:4uTcWgUe
 宗助は例刻に帰って来た。神田の通りで、門並かどなみ旗を立てて、もう暮の売出しを始めた事だの、
勧工場かんこうばで紅白の幕を張って楽隊に景気をつけさしている事だのを話した末、
「賑にぎやかだよ。ちょっと行って御覧。なに電車に乗って行けば訳はない」と勧めた。そうして自分は
寒さに腐蝕ふしょくされたように赤い顔をしていた。
 御米はこう宗助から労いたわられた時、何だか自分の身体の悪い事を訴たえるに忍びない心持がした。
実際またそれほど苦しくもなかった。それでいつもの通り何気なにげない顔をして、夫に着物を着換えさ
したり、洋服を畳んだりして夜よに入いった。
 ところが九時近くになって、突然宗助に向って、少し加減が悪いから先へ寝たいと云い出した。今まで
平生の通り機嫌よく話していただけに、宗助はこの言葉を聞いてちょっと驚ろいたが、大した事でもない
と云う御米の保証に、ようやく安心してすぐ休む支度をさせた。
 御米が床とこへ這入はいってから、約二十分ばかりの間、宗助は耳の傍はたに鉄瓶てつびんの音を聞き
ながら、静な夜を丸心まるじんの洋灯ランプに照らしていた。彼は来年度に一般官吏に増俸の沙汰さたが
あるという評判を思い浮べた。またその前に改革か淘汰とうたが行われるに違ないという噂に思い及んだ
。そうして自分はどっちの方へ編入されるのだろうと疑った。彼は自分を東京へ呼んでくれた杉原が、今
もなお課長として本省にいないのを遺憾いかんとした。彼は東京へ移ってから不思議とまだ病気をした事
がなかった。したがってまだ欠勤届を出した事がなかった。学校を中途でやめたなり、本はほとんど読ま
ないのだから、学問は人並にできないが、役所でやる仕事に差支さしつかえるほどの頭脳ではなかった。
 彼はいろいろな事情を綜合そうごうして考えた上、まあ大丈夫だろうと腹の中できめた。そうして爪の
先で軽く鉄瓶の縁ふちを敲たたいた。その時座敷で、
「あなたちょっと」と云う御米の苦しそうな声が聞えたので、我知らず立ち上がった。
 座敷へ来て見ると、御米は眉まゆを寄せて、右の手で自分の肩を抑おさえながら、胸まで蒲団ふとんの
外へ乗り出していた。宗助はほとんど器械的に、同じ所へ手を出した。そうして御米の抑えている上から
、固く骨の角かどを攫つかんだ。
「もう少し後うしろの方」と御米が訴えるように云った。宗助の手が御米の思う所へ落ちつくまでには、
二度も三度もそこここと位置を易かえなければならなかった。指で圧おしてみると、頸くびと肩の継目の
少し背中へ寄った局部が、石のように凝こっていた。御米は男の力いっぱいにそれを抑えてくれと頼んだ
。宗助の額からは汗が煮染にじみ出した。それでも御米の満足するほどは力が出なかった。
 宗助は昔の言葉で早打肩はやうちかたというのを覚えていた。小さい時祖父じじいから聞いた話に、あ
る侍さむらいが馬に乗ってどこかへ行く途中で、急にこの早打肩はやうちかたに冒おかされたので、すぐ
馬から飛んで下りて、たちまち小柄こづかを抜くや否いなや、肩先を切って血を出したため、危うい命を
取り留めたというのがあったが、その話が今明らかに記憶の焼点しょうてんに浮んで出た。その時宗助は
これはならんと思った。けれどもはたして刃物を用いて、肩の肉を突いていいものやら、悪いものやら、
決しかねた。
 御米はいつになく逆上のぼせて、耳まで赤くしていた。頭が熱いかと聞くと苦しそうに熱いと答えた。
宗助は大きな声を出して清に氷嚢こおりぶくろへ冷たい水を入れて来いと命じた。氷嚢があいにく無かっ
たので、清は朝の通り金盥かなだらいに手拭てぬぐいを浸つけて持って来た。清が頭を冷やしているうち
、宗助はやはり精いっぱい肩を抑えていた。時々少しはいいかと聞いても、御米は微かすかに苦しいと答
えるだけであった。宗助は全く心細くなった。思い切って、自分で馳かけ出して医者を迎むかいに行こう
としたが、後あとが心配で一足も表へ出る気にはなれなかった。
「清、御前急いで通りへ行って、氷嚢を買って医者を呼んで来い。まだ早いから起きてるだろう」
 清はすぐ立って茶の間の時計を見て、
「九時十五分でございます」と云いながら、それなり勝手口へ回って、ごそごそ下駄を探さがしていると
ころへ、旨うまい具合に外から小六が帰って来た。例の通り兄には挨拶あいさつもしないで、自分の部屋
へ這入はいろうとするのを、宗助はおい小六と烈はげしく呼び止めた。小六は茶の間で少し躊躇ちゅうち
ょしていたが、兄からまた二声ほど続けざまに大きな声を掛けられたので、やむを得ず低い返事をして、

231 :山師さん:2016/05/18(水) 17:06:45.75 ID:4uTcWgUe
襖ふすまから顔を出した。その顔は酒気しゅきのまだ醒さめない赤い色を眼の縁ふちに帯びていた。部屋
の中を覗のぞき込んで、始めて吃驚びっくりした様子で、
「どうかなすったんですか」と酔よいが一時に去ったような表情をした。
 宗助は清に命じた通りを、小六に繰り返して、早くしてくれと急せき立てた。小六は外套マントも脱ぬ
がずに、すぐ玄関へ取って返した。
「兄さん、医者まで行くのは急いでも時間が掛かりますから、坂井さんの電話を借りて、すぐ来るように
頼みましょう」
「ああ。そうしてくれ」と宗助は答えた。そうして小六の帰る間、清に何返なんべんとなく金盥の水を易
かえさしては、一生懸命に御米の肩を圧おしつけたり、揉もんだりしてみた。御米の苦しむのを、何もせ
ずにただ見ているに堪たえなかったから、こうして自分の気を紛まぎらしていたのである。
 この時の宗助に取って、医者の来るのを今か今かと待ち受ける心ほど苛つらいものはなかった。彼は御
米の肩を揉みながらも、絶えず表の物音に気を配った。
 ようやく医者が来たときは、始めて夜が明けたような心持がした。医者は商売柄だけあって、少しも狼
狽うろたえた様子を見せなかった。小さい折鞄おりかばんを脇に引き付けて、落ちつき払った態度で、慢
性病の患者でも取り扱うように緩ゆっくりした診察をした。その逼せまらない顔色を傍はたで見ていたせ
いか、わくわくした宗助の胸もようやく治おさまった。
 医者は芥子からしを局部へ貼はる事と、足を湿布しっぷで温める事と、それから頭を氷で冷す事とを、
応急手段として宗助に注意した。そうして自分で芥子を掻かいて、御米の肩から頸くびの根へ貼りつけて
くれた。湿布は清と小六とで受持った。宗助は手拭てぬぐいの上から氷嚢こおりぶくろを額の上に当てが
った。
 とかくするうち約一時間も経った。医者はしばらく経過を見て行こうと云って、それまで御米の枕元に
坐すわっていた。世間話も折々は交まじえたが、おおかたは無言のまま二人共に御米の容体を見守る事が
多かった。夜よは例のごとく静しずかに更ふけた。
「だいぶ冷えますな」と医者が云った。宗助は気の毒になったので、あとの注意をよく聞いた上、遠慮な
く引き取ってくれるようにと頼んだ。その時御米は先刻さっきよりはだいぶ軽快になっていたからである

「もう大丈夫でしょう。頓服とんぷくを一回上げますから今夜飲んで御覧なさい。多分寝られるだろうと
思います」と云って医者は帰った。小六はすぐその後あとを追って出て行った。
 小六が薬取に行った間に、御米は
「もう何時」と云いながら、枕元の宗助を見上げた。宵よいとは違って頬から血が退ひいて、洋灯ランプ
に照らされた所が、ことに蒼白あおじろく映った。宗助は黒い毛の乱れたせいだろうと思って、わざわざ
鬢びんの毛を掻き上げてやった。そうして、
「少しはいいだろう」と聞いた。
「ええよっぽど楽になったわ」と御米はいつもの通り微笑を洩もらした。御米は大抵苦しい場合でも、宗
助に微笑を見せる事を忘れなかった。茶の間では、清が突伏したまま鼾いびきをかいていた。
「清を寝かしてやって下さい」と御米が宗助に頼んだ。
 小六が薬取りから帰って来て、医者の云いつけ通り服薬を済ましたのは、もうかれこれ十二時近くであ
った。それから二十分と経たないうちに、病人はすやすや寝入った。
「好い塩梅あんばいだ」と宗助が御米の顔を見ながら云った。小六もしばらく嫂あによめの様子を見守っ
ていたが、
「もう大丈夫でしょう」と答えた。二人は氷嚢を額からおろした。
 やがて小六は自分の部屋へ這入はいる。宗助は御米の傍そばへ床を延べていつものごとく寝た。五六時
間の後のち冬の夜は錐きりのような霜しもを挟さしはさんで、からりと明け渡った。それから一時間する
と、大地を染める太陽が、遮さえぎるもののない蒼空あおぞらに憚はばかりなく上のぼった。御米はまだ
すやすや寝ていた。
 そのうち朝餉あさげも済んで、出勤の時刻がようやく近づいた。けれども御米は眠りから覚さめる気色
けしきもなかった。宗助は枕辺まくらべに曲こごんで、深い寝息を聞きながら、役所へ行こうか休もうか

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