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配当金・株主優待スレッド 526 [無断転載禁止]©2ch.net

1 :山師さん:2016/02/22(月) 07:06:41.12 ID:EcXkX2bB
■2016年(平成28年)の決算月別期末権利付最終日と品貸日数(予定)
権利日   権利付最終売買日  逆日歩日数
02月末     02月24日(水)     1日
03月15日   03月10日(木)     1日
03月20日   03月15日(火)     4日
03月末     03月28日(月)     1日
04月末     04月25日(月)     4日
05月15日   05月10日(火)     3日
05月20日   05月17日(火)     3日
05月末     05月26日(木)     1日
06月20日   06月15日(水)     1日
06月末     06月27日(月)     1日
07月20日   07月14日(木)     1日
07月末     07月26日(火)     3日
08月20日   08月16日(火)     3日
08月末     08月26日(金)     1日
09月20日   09月14日(水)     1日
09月末     09月27日(火)     3日
10月20日   10月17日(月)     1日
10月末     10月26日(水)     1日
11月15日   11月10日(木)     1日
11月20日   11月15日(火)     3日
11月末     11月25日(金)     1日
12月20日   12月15日(木)     1日
12月末     12月27日(火)     5日

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配当金・株主優待スレッド 525
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181 :山師さん:2016/05/18(水) 20:37:34.92 ID:4uTcWgUe
な利益はありがたいが、そう凝こって身体からだでも悪くしちゃつまらないじゃないかって、この間も笑
ったくらいで」
 叔母はしきりに鰹船と安之助の話をした。そうして大変得意のように見えたが、小六の事はなかなか云
い出さなかった。もう疾とうに帰るはずの宗助もどうしたか帰って来なかった。
 彼はその日役所の帰りがけに駿河台下するがだいしたまで来て、電車を下りて、酸すいものを頬張ほお
ばったような口を穿すぼめて一二町歩いた後のち、ある歯医者の門かどを潜くぐったのである。三四日前
彼は御米と差向いで、夕飯の膳ぜんに着いて、話しながら箸はしを取っている際に、どうした拍子か、前
歯を逆にぎりりと噛かんでから、それが急に痛み出した。指で揺うごかすと、根がぐらぐらする。食事の
時には湯茶が染しみる。口を開けて息をすると風も染みた。宗助はこの朝歯を磨みがくために、わざと痛
い所を避よけて楊枝ようじを使いながら、口の中を鏡に照らして見たら、広島で銀を埋うめた二枚の奥歯
と、研といだように磨すり減らした不揃ぶそろの前歯とが、にわかに寒く光った。洋服に着換える時、
「御米、おれは歯の性しょうがよっぽど悪いと見えるね。こうやると大抵動くぜ」と下歯を指で動かして
見せた。御米は笑いながら、
「もう御年のせいよ」と云って白い襟えりを後へ廻って襯衣シャツへ着けた。
 宗助はその日の午後とうとう思い切って、歯医者へ寄ったのである。応接間へ通ると、大きな洋卓テー
ブルの周囲まわりに天鵞絨びろうどで張った腰掛が并ならんでいて、待ち合している三四人が、うずくま
るように腮あごを襟えりに埋うずめていた。それが皆女であった。奇麗きれいな茶色の瓦斯暖炉ガススト
ーヴには火がまだ焚たいてなかった。宗助は大きな姿見に映る白壁の色を斜ななめに見て、番の来るのを
待っていたが、あまり退屈になったので、洋卓の上に重ねてあった雑誌に眼を着けた。一二冊手に取って
見ると、いずれも婦人用のものであった。宗助はその口絵に出ている女の写真を、何枚も繰り返して眺な
がめた。それから「成功」と云う雑誌を取り上げた。その初めに、成効の秘訣ひけつというようなものが
箇条書にしてあったうちに、何でも猛進しなくってはいけないと云う一カ条と、ただ猛進してもいけない
、立派な根底の上に立って、猛進しなくってはならないと云う一カ条を読んで、それなり雑誌を伏せた。
「成功」と宗助は非常に縁の遠いものであった。宗助はこういう名の雑誌があると云う事さえ、今日こん
にちまで知らなかった。それでまた珍らしくなって、いったん伏せたのをまた開けて見ると、ふと仮名か
なの交らない四角な字が二行ほど並んでいた。それには風かぜ碧落へきらくを吹ふいて浮雲ふうん尽つき
、月つき東山とうざんに上のぼって玉ぎょく一団いちだんとあった。宗助は詩とか歌とかいうものには、
元から余り興味を持たない男であったが、どう云う訳かこの二句を読んだ時に大変感心した。対句ついく
が旨うまくできたとか何とか云う意味ではなくって、こんな景色けしきと同じような心持になれたら、人
間もさぞ嬉うれしかろうと、ひょっと心が動いたのである。宗助は好奇心からこの句の前に付いている論
文を読んで見た。しかしそれはまるで無関係のように思われた。ただこの二句が雑誌を置いた後あとでも
、しきりに彼の頭の中を徘徊はいかいした。彼の生活は実際この四五年来こういう景色に出逢った事がな
かったのである。
 その時向うの戸が開あいて、紙片かみぎれを持った書生が野中さんと宗助を手術室へ呼び入れた。
 中へ這入はいると、そこは応接間よりは倍も広かった。光線がなるべく余計取れるように明るく拵こし
らえた部屋の二側ふたがわに、手術用の椅子いすを四台ほど据すえて、白い胸掛をかけた受持の男が、一
人ずつ別々に療治をしていた。宗助は一番奥の方にある一脚に案内されて、これへと云われるので、踏段
のようなものの上へ乗って、椅子へ腰をおろした。書生が厚い縞入しまいりの前掛で丁寧ていねいに膝ひ
ざから下を包くるんでくれた。
 こう穏おだやかに寝ねかされた時、宗助は例の歯がさほど苦になるほど痛んでいないと云う事を発見し
た。そればかりか、肩も背せなも、腰の周まわりも、心安く落ちついて、いかにも楽に調子が取れている
事に気がついた。彼はただ仰向あおむいて天井てんじょうから下っている瓦斯管ガスかんを眺めた。そう
してこの構かまえと設備では、帰りがけに思ったより高い療治代を取られるかも知れないと気遣きづかっ
た。
 ところへ顔の割に頭の薄くなり過ぎた肥ふとった男が出て来て、大変丁寧ていねいに挨拶あいさつをし

182 :山師さん:2016/05/18(水) 20:37:46.96 ID:4uTcWgUe
たので、宗助は少し椅子の上で狼狽あわてたように首を動かした。肥った男は一応容体を聞いて、口中を
検査して、宗助の痛いと云う歯をちょっと揺ゆすって見たが、
「どうもこう弛ゆるみますと、とても元のように緊しまる訳には参りますまいと思いますが。何しろ中が
エソになっておりますから」と云った。
 宗助はこの宣告を淋さびしい秋の光のように感じた。もうそんな年なんでしょうかと聞いて見たくなっ
たが、少しきまりが悪いので、ただ、
「じゃ癒なおらないんですか」と念を押した。
 肥ふとった男は笑いながらこう云った。――
「まあ癒らないと申し上げるよりほかに仕方がござんせんな。やむを得なければ、思い切って抜いてしま
うんですが、今のところでは、まだそれほどでもございますまいから、ただ御痛みだけを留めておきまし
ょう。何しろエソ――エソと申しても御分りにならないかも知れませんが、中がまるで腐っております」
 宗助は、そうですかと云って、ただ肥った男のなすがままにしておいた。すると彼は器械をぐるぐる廻
して、宗助の歯の根へ穴を開け始めた。そうしてその中へ細長い針のようなものを刺し通しては、その先
を嗅かいでいたが、しまいに糸ほどな筋を引き出して、神経がこれだけ取れましたと云いながら、それを
宗助に見せてくれた。それから薬でその穴を埋うめて、明日みょうにちまたいらっしゃいと注意を与えた

 椅子いすを下りるとき、身体からだが真直まっすぐになったので、視線の位置が天井からふと庭先に移
ったら、そこにあった高さ五尺もあろうと云う大きな鉢栽はちうえの松が宗助の眼に這入はいった。その
根方の所を、草鞋わらじがけの植木屋が丁寧ていねいに薦こもで包くるんでいた。だんだん露が凝こって
霜しもになる時節なので、余裕よゆうのあるものは、もう今時分から手廻しをするのだと気がついた。
 帰りがけに玄関脇の薬局で、粉薬こぐすりのまま含嗽剤がんそうざいを受取って、それを百倍の微温湯
びおんとうに溶解して、一日十数回使用すべき注意を受けた時、宗助は会計の請求した治療代の案外廉れ
んなのを喜んだ。これならば向うで云う通り四五回通かよったところが、さして困難でもないと思って、
靴を穿はこうとすると、今度は靴の底がいつの間にか破れている事に気がついた。
 宅うちへ着いた時は一足違ひとあしちがいで叔母がもう帰ったあとであった。宗助は、
「おお、そうだったか」と云いながら、はなはだ面倒そうに洋服を脱ぎ更かえて、いつもの通り火鉢ひば
ちの前に坐った。御米は襯衣シャツや洋袴ズボンや靴足袋くつたびを一抱ひとかかえにして六畳へ這入は
いった。宗助はぼんやりして、煙草たばこを吹かし始めたが、向うの部屋で、刷毛ブラッシを掛ける音が
し出した時、
「御米、佐伯の叔母さんは何とか云って来たのかい」と聞いた。
 歯痛しつうが自おのずから治おさまったので、秋に襲おそわれるような寒い気分は、少し軽くなったけ
れども、やがて御米が隠袋ポッケットから取り出して来た粉薬を、温ぬるま湯に溶といて貰もらって、し
きりに含嗽うがいを始めた。その時彼は縁側えんがわへ立ったまま、
「どうも日が短かくなったなあ」と云った。
 やがて日が暮れた。昼間からあまり車の音を聞かない町内は、宵よいの口くちから寂しんとしていた。
夫婦は例の通り洋灯ランプの下もとに寄った。広い世の中で、自分達の坐っている所だけが明るく思われ
た。そうしてこの明るい灯影に、宗助は御米だけを、御米は宗助だけを意識して、洋灯の力の届かない暗
い社会は忘れていた。彼らは毎晩こう暮らして行く裡うちに、自分達の生命を見出していたのである。
 この静かな夫婦は、安之助の神戸から土産みやげに買って来たと云う養老昆布ようろうこぶの缶かんを
がらがら振って、中から山椒さんしょ入いりの小さく結んだ奴を撰より出しながら、緩ゆっくり佐伯から
の返事を語り合った。
「しかし月謝と小遣こづかいぐらいは都合してやってくれても好さそうなもんじゃないか」
「それができないんだって。どう見積っても両方寄せると、十円にはなる。十円と云う纏まとまった御金
を、今のところ月々出すのは骨が折れるって云うのよ」
「それじゃことしの暮まで二十何円ずつか出してやるのも無理じゃないか」
「だから、無理をしても、もう一二カ月のところだけは間に合せるから、そのうちにどうかして下さいと
、安さんがそう云うんだって」

183 :山師さん:2016/05/18(水) 20:37:58.94 ID:4uTcWgUe
「実際できないのかな」
「そりゃ私わたしには分らないわ。何しろ叔母さんが、そう云うのよ」
「鰹舟かつおぶねで儲もうけたら、そのくらい訳なさそうなもんじゃないか」
「本当ね」
 御米は低い声で笑った。宗助もちょっと口の端はたを動かしたが、話はそれで途切とぎれてしまった。
しばらくしてから、
「何しろ小六は家うちへ来るときめるよりほかに道はあるまいよ。後あとはその上の事だ。今じゃ学校へ
は出ているんだね」と宗助が云った。
「そうでしょう」と御米が答えるのを聞き流して、彼は珍らしく書斎に這入はいった。一時間ほどして、
御米がそっと襖ふすまを開あけて覗のぞいて見ると、机に向って、何か読んでいた。
「勉強? もう御休みなさらなくって」と誘われた時、彼は振り返って、
「うん、もう寝よう」と答えながら立ち上った。
 寝る時、着物を脱いで、寝巻の上に、絞しぼりの兵児帯へこおびをぐるぐる巻きつけながら、
「今夜は久し振に論語を読んだ」と云った。
「論語に何かあって」と御米が聞き返したら、宗助は、
「いや何にもない」と答えた。それから、「おい、おれの歯はやっぱり年のせいだとさ。ぐらぐらするの
はとても癒なおらないそうだ」と云いつつ、黒い頭を枕の上に着けた。



 小六ころくはともかくも都合しだい下宿を引き払って兄の家へ移る事に相談が調ととのった。御米およ
ねは六畳に置きつけた桑くわの鏡台を眺ながめて、ちょっと残り惜しい顔をしたが、
「こうなると少し遣場やりばに困るのね」と訴えるように宗助そうすけに告げた。実際ここを取り上げら
れては、御米の御化粧おつくりをする場所が無くなってしまうのである。宗助は何の工夫もつかずに、立
ちながら、向うの窓側まどぎわに据すえてある鏡の裏を斜はすに眺ながめた。すると角度の具合で、そこ
に御米の襟元えりもとから片頬が映っていた。それがいかにも血色のわるい横顔なのに驚ろかされて、
「御前おまい、どうかしたのかい。大変色が悪いよ」と云いながら、鏡から眼を放して、実際の御米の姿
を見た。鬢びんが乱れて、襟の後うしろの辺あたりが垢あかで少し汚よごれていた。御米はただ、
「寒いせいなんでしょう」と答えて、すぐ西側に付いている。一間いっけんの戸棚とだなを明けた。下に
は古い創きずだらけの箪笥たんすがあって、上には支那鞄しなかばんと柳行李やなぎごりが二つ三つ載の
っていた。
「こんなもの、どうしたって片づけようがないわね」
「だからそのままにしておくさ」
 小六のここへ引移って来るのは、こう云う点から見て、夫婦のいずれにも、多少迷惑であった。だから
来ると云って約束しておきながら、今だに来ない小六に対しては、別段の催促もしなかった。一日延びれ
ば延びただけ窮屈が逃げたような気がどこかでした。小六にもちょうどそれと同じ憚はばかりがあったの
で、いられる限かぎりは下宿にいる方が便利だと胸をきめたものか、つい一日一日と引越を前さきへ送っ
ていた。その癖くせ彼の性質として、兄夫婦のごとく、荏苒じんぜんの境に落ちついてはいられなかった
のである。
 そのうち薄い霜しもが降おりて、裏の芭蕉ばしょうを見事に摧くだいた。朝は崖上がけうえの家主やぬ
しの庭の方で、鵯ひよどりが鋭どい声を立てた。夕方には表を急ぐ豆腐屋の喇叭らっぱに交って、円明寺
の木魚の音が聞えた。日はますます短かくなった。そうして御米の顔色は、宗助が鏡の中に認めた時より
も、爽さやかにはならなかった。夫おっとが役所から帰って来て見ると、六畳で寝ている事が一二度あっ
た。どうかしたかと尋ねると、ただ少し心持が悪いと答えるだけであった。医者に見て貰えと勧めると、
それには及ばないと云って取り合わなかった。
 宗助は心配した。役所へ出ていてもよく御米の事が気にかかって、用の邪魔になるのを意識する時もあ
った。ところがある日帰りがけに突然電車の中で膝ひざを拍うった。その日は例になく元気よく格子こう

184 :山師さん:2016/05/18(水) 20:38:10.95 ID:4uTcWgUe
しを明けて、すぐと勢いきおいよく今日はどうだいと御米に聞いた。御米がいつもの通り服や靴足袋くつ
たびを一纏ひとまとめにして、六畳へ這入はいる後あとから追ついて来て、
「御米、御前おまい子供ができたんじゃないか」と笑いながら云った。御米は返事もせずに俯向うつむい
てしきりに夫の背広せびろの埃ほこりを払った。刷毛ブラッシの音がやんでもなかなか六畳から出て来な
いので、また行って見ると、薄暗い部屋の中で、御米はたった一人寒そうに、鏡台の前に坐すわっていた
。はいと云って立ったが、その声が泣いた後の声のようであった。
 その晩夫婦は火鉢ひばちに掛けた鉄瓶てつびんを、双方から手で掩おおうようにして差し向った。
「どうですな世の中は」と宗助が例にない浮いた調子を出した。御米の頭の中には、夫婦にならない前の
、宗助と自分の姿が奇麗きれいに浮んだ。
「ちっと、面白くしようじゃないか。この頃ごろはいかにも不景気だよ」と宗助がまた云った。二人はそ
れから今度の日曜にはいっしょにどこへ行こうか、ここへ行こうかと、しばらくそればかり話し合ってい
た。それから二人の春着の事が題目になった。宗助の同僚の高木とか云う男が、細君に小袖こそでとかを
強請ねだられた時、おれは細君の虚栄心を満足させるために稼かせいでるんじゃないと云って跳はねつけ
たら、細君がそりゃ非道ひどい、実際寒くなっても着て出るものがないんだと弁解するので、寒ければや
むを得ない、夜具を着るとか、毛布けっとを被かぶるとかして、当分我慢しろと云った話を、宗助はおか
しく繰り返して御米を笑わした。御米は夫のこの様子を見て、昔がまた眼の前に戻ったような気がした。
「高木の細君は夜具でも構わないが、おれは一つ新らしい外套マントを拵こしらえたいな。この間歯医者
へ行ったら、植木屋が薦こもで盆栽ぼんさいの松の根を包んでいたので、つくづくそう思った」
「外套が欲しいって」
「ああ」
 御米は夫の顔を見て、さも気の毒だと云う風に、
「御拵おこしらえなさいな。月賦で」と云った。宗助は、
「まあ止そうよ」と急に侘わびしく答えた。そうして「時に小六はいつから来る気なんだろう」と聞いた

「来るのは厭なんでしょう」と御米が答えた。御米には、自分が始めから小六に嫌きらわれていると云う
自覚があった。それでも夫の弟だと思うので、なるべくは反そりを合せて、少しでも近づけるように近づ
けるようにと、今日こんにちまで仕向けて来た。そのためか、今では以前と違って、まあ普通の小舅こじ
ゅうとぐらいの親しみはあると信じているようなものの、こんな場合になると、つい実際以上にも気を回
して、自分だけが小六の来ない唯一ゆいいつの原因のように考えられるのであった。
「そりゃ下宿からこんな所へ移るのは好かあないだろうよ。ちょうどこっちが迷惑を感ずる通り、向うで
も窮屈を感ずる訳だから。おれだって、小六が来ないとすれば、今のうち思い切って外套マントを作るだ
けの勇気があるんだけれども」
 宗助は男だけに思い切ってこう云ってしまった。けれどもこれだけでは御米の心を尽していなかった。
御米は返事もせずに、しばらく黙っていたが、細い腮あごを襟えりの中へ埋うめたまま、上眼うわめを使
って、
「小六さんは、まだ私の事を悪にくんでいらっしゃるでしょうか」と聞き出した。宗助が東京へ来た当座
は、時々これに類似の質問を御米から受けて、その都度つど慰めるのにだいぶ骨の折れた事もあったが、
近来は全く忘れたように何も云わなくなったので、宗助もつい気に留めなかったのである。
「またヒステリーが始まったね。好いじゃないか小六なんぞが、どう思ったって。おれさえついてれば」
「論語にそう書いてあって」
 御米はこんな時に、こういう冗談じょうだんを云う女であった。宗助は
「うん、書いてある」と答えた。それで二人の会話がしまいになった。
 翌日宗助が眼を覚さますと、亜鉛張トタンばりの庇ひさしの上で寒い音がした。御米が襷掛たすきがけ
のまま枕元へ来て、
「さあ、もう時間よ」と注意したとき、彼はこの点滴てんてきの音を聞きながら、もう少し暖かい蒲団ふ
とんの中に温ぬくもっていたかった。けれども血色のよくない御米の、かいがいしい姿を見るや否いなや


185 :山師さん:2016/05/18(水) 20:38:23.01 ID:4uTcWgUe
「おい」と云って直すぐ起き上った。
 外は濃い雨に鎖とざされていた。崖がけの上の孟宗竹もうそうちくが時々鬣たてがみを振ふるうように
、雨を吹いて動いた。この侘わびしい空の下へ濡ぬれに出る宗助に取って、力になるものは、暖かい味噌
汁みそしると暖かい飯よりほかになかった。
「また靴の中が濡ぬれる。どうしても二足持っていないと困る」と云って、底に小さい穴のあるのを仕方
なしに穿はいて、洋袴ズボンの裾すそを一寸いっすんばかりまくり上げた。
 午過ひるすぎに帰って来て見ると、御米は金盥かなだらいの中に雑巾ぞうきんを浸つけて、六畳の鏡台
の傍そばに置いていた。その上の所だけ天井てんじょうの色が変って、時々雫しずくが落ちて来た。
「靴ばかりじゃない。家うちの中まで濡ぬれるんだね」と云って宗助は苦笑した。御米はその晩夫のため
に置炬燵おきごたつへ火を入れて、スコッチの靴下と縞羅紗しまらしゃの洋袴ズボンを乾かした。
 明あくる日もまた同じように雨が降った。夫婦もまた同じように同じ事を繰り返した。その明る日もま
だ晴れなかった。三日目の朝になって、宗助は眉まゆを縮めて舌打をした。
「いつまで降る気なんだ。靴がじめじめして我慢にも穿はけやしない」
「六畳だって困るわ、ああ漏もっちゃ」
 夫婦は相談して、雨が晴れしだい、家根を繕つくろって貰うように家主やぬしへ掛け合う事にした。け
れども靴の方は何ともしようがなかった。宗助はきしんで這入はいらないのを無理に穿はいて出て行った

 幸さいわいにその日は十一時頃からからりと晴れて、垣に雀すずめの鳴く小春日和こはるびよりになっ
た。宗助が帰った時、御米は例いつもより冴さえ冴ざえしい顔色をして、
「あなた、あの屏風びょうぶを売っちゃいけなくって」と突然聞いた。抱一ほういつの屏風はせんだって
佐伯さえきから受取ったまま、元の通り書斎の隅に立ててあったのである。二枚折だけれども、座敷の位
置と広さから云っても、実はむしろ邪魔な装飾であった。南へ廻すと、玄関からの入口を半分塞ふさいで
しまうし、東へ出すと暗くなる、と云って、残る一方へ立てれば床の間を隠すので、宗助は、
「せっかく親爺おやじの記念かたみだと思って、取って来たようなものの、しようがないねこれじゃ、場
塞ばふさげで」と零こぼした事も一二度あった。その都度つど御米は真丸な縁ふちの焼けた銀の月と、絹
地からほとんど区別できないような穂芒ほすすきの色を眺ながめて、こんなものを珍重する人の気が知れ
ないと云うような見えをした。けれども、夫を憚はばかって、明白あからさまには何とも云い出さなかっ
た。ただ一返いっぺん
「これでもいい絵なんでしょうかね」と聞いた事があった。その時宗助は始めて抱一の名を御米に説明し
て聞かした。しかしそれは自分が昔むかし父から聞いた覚おぼえのある、朧気おぼろげな記憶を好加減い
いかげんに繰り返すに過ぎなかった。実際の画えの価値や、また抱一についての詳しい歴史などに至ると
宗助にもその実じつはなはだ覚束おぼつかなかったのである。
 ところがそれが偶然御米のために妙な行為の動機を構成かたちづくる原因となった。過去一週間夫と自
分の間に起った会話に、ふとこの知識を結びつけて考え得た彼女はちょっと微笑ほほえんだ。この日雨が
上って、日脚ひあしがさっと茶の間の障子しょうじに射した時、御米は不断着の上へ、妙な色の肩掛とも
、襟巻えりまきともつかない織物を纏まとって外へ出た。通りを二丁目ほど来て、それを電車の方角へ曲
って真直まっすぐに来ると、乾物かんぶつ屋と麺麭パン屋の間に、古道具を売っているかなり大きな店が
あった。御米はかつてそこで足の畳み込める食卓を買った記憶がある。今火鉢ひばちに掛けてある鉄瓶て
つびんも、宗助がここから提さげて帰ったものである。
 御米は手を袖そでにして道具屋の前に立ち留まった。見ると相変らず新らしい鉄瓶がたくさん並べてあ
った。そのほかには時節柄とでも云うのか火鉢ひばちが一番多く眼に着いた。しかし骨董こっとうと名の
つくほどのものは、一つもないようであった。ひとり何とも知れぬ大きな亀の甲こうが、真向まむこうに
釣るしてあって、その下から長い黄ばんだ払子ほっすが尻尾しっぽのように出ていた。それから紫檀した
んの茶棚ちゃだなが一つ二つ飾ってあったが、いずれも狂くるいの出そうな生なまなものばかりであった
。しかし御米にはそんな区別はいっこう映らなかった。ただ掛物も屏風びょうぶも一つも見当らない事だ
け確かめて、中へ這入はいった。
 御米は無論夫が佐伯から受取った屏風びょうぶを、いくらかに売り払うつもりでわざわざここまで足を

186 :山師さん:2016/05/18(水) 20:38:34.97 ID:4uTcWgUe
運んだのであるが、広島以来こう云う事にだいぶ経験を積んだ御蔭おかげで、普通の細君のような努力も
苦痛も感ぜずに、思い切って亭主と口を利きく事ができた。亭主は五十恰好かっこうの色の黒い頬の瘠こ
けた男で、鼈甲べっこうの縁ふちを取った馬鹿に大きな眼鏡めがねを掛けて、新聞を読みながら、疣いぼ
だらけの唐金からかねの火鉢に手を翳かざしていた。
「そうですな、拝見に出てもようがす」と軽く受合ったが、別に気の乗った様子もないので、御米は腹の
中で少し失望した。しかし自分からがすでに大した望を抱いだいて出て来た訳でもないので、こう簡易に
受けられると、こっちから頼むようにしても、見て貰わなければならなかった。
「ようがす。じゃのちほど伺いましょう。今小僧がちょっと出ておりませんからな」
 御米はこの存在ぞんざいな言葉を聞いてそのまま宅うちへ帰ったが、心の中では、はたして道具屋が来
るか来ないかはなはだ疑わしく思った。一人でいつものように簡単な食事を済まして、清きよに膳を下げ
さしていると、いきなり御免下さいと云って、大きな声を出して道具屋が玄関からやって来た。座敷へ上
げて、例の屏風を見せると、なるほどと云って裏だの縁だのを撫なでていたが、
「御払おはらいになるなら」と少し考えて、「六円に頂いておきましょう」と否々いやいやそうに価ねを
付けた。御米には道具屋の付けた相場が至当のように思われた。けれども一応宗助に話してからでなくっ
ては、余り専断過ぎると心づいた上、品物の歴史が歴史だけに、なおさら遠慮して、いずれ帰ったらよく
相談して見た上でと答えたまま、道具屋を帰そうとした。道具屋は出掛に、
「じゃ、奥さんせっかくだから、もう一円奮発しましょう。それで御払い下さい」と云った。御米はその
時思い切って、
「でも、道具屋さん、ありゃ抱一ほういつですよ」と答えて、腹の中ではひやりとした。道具屋は、平気
で、
「抱一は近来流行はやりませんからな」と受け流したが、じろじろ御米の姿を眺ながめた上、
「じゃなおよく御相談なすって」と云い捨てて帰って行った。
 御米はその時の模様を詳しく話した後あとで、
「売っちゃいけなくって」とまた無邪気に聞いた。
 宗助の頭の中には、この間から物質上の欲求が、絶えず動いていた。ただ地味な生活をしなれた結果と
して、足らぬ家計くらしを足ると諦あきらめる癖がついているので、毎月きまって這入はいるもののほか
には、臨時に不意の工面くめんをしてまで、少しでも常以上に寛くつろいでみようと云う働は出なかった
。話を聞いたとき彼はむしろ御米の機敏な才覚に驚ろかされた。同時にはたしてそれだけの必要があるか
を疑った。御米の思おもわくを聞いて見ると、ここで十円足らずの金が入はいれば、宗助の穿はく新らし
い靴を誂あつらえた上、銘仙めいせんの一反ぐらいは買えると云うのである。宗助はそれもそうだと思っ
た。けれども親から伝わった抱一の屏風びょうぶを一方に置いて、片方に新らしい靴及び新らしい銘仙め
いせんを並べて考えて見ると、この二つを交換する事がいかにも突飛とっぴでかつ滑稽こっけいであった

「売るなら売っていいがね。どうせ家うちに在あったって邪魔になるばかりだから。けれどもおれはまだ
靴は買わないでも済むよ。この間中みたように、降り続けに降られると困るが、もう天気も好くなったか
ら」
「だってまた降ると困るわ」
 宗助は御米に対して永久に天気を保証する訳にも行かなかった。御米も降らない前に是非屏風を売れと
も云いかねた。二人は顔を見合して笑っていた。やがて、
「安過ぎるでしょうか」と御米が聞いた。
「そうさな」と宗助が答えた。
 彼は安いと云われれば、安いような気がした。もし買手があれば、買手の出すだけの金はいくらでも取
りたかった。彼は新聞で、近来古書画の入札が非常に高価になった事を見たような心持がした。せめてそ
んなものが一幅でもあったらと思った。けれどもそれは自分の呼吸する空気の届くうちには、落ちていな
いものと諦あきらめていた。
「買手にも因よるだろうが、売手にも因るんだよ。いくら名画だって、おれが持っていた分にはとうてい
そう高く売れっこはないさ。しかし七円や八円てえな、余あんまり安いようだね」

187 :山師さん:2016/05/18(水) 20:38:46.93 ID:4uTcWgUe
 宗助は抱一の屏風を弁護すると共に、道具屋をも弁護するような語気を洩もらした。そうしてただ自分
だけが弁護に価あたいしないもののように感じた。御米も少し気を腐らした気味で、屏風の話はそれなり
にした。
 翌日あくるひ宗助は役所へ出て、同僚の誰彼にこの話をした。すると皆申し合せたように、それは価ね
じゃないと云った。けれども誰も自分が周旋して、相当の価に売払ってやろうと云うものはなかった。ま
たどう云う筋を通れば、馬鹿な目に逢わないで済むという手続を教えてくれるものもなかった。宗助はや
っぱり横町の道具屋に屏風を売るよりほかに仕方がなかった。それでなければ元の通り、邪魔でも何でも
座敷へ立てておくよりほかに仕方がなかった。彼は元の通りそれを座敷へ立てておいた。すると道具屋が
来て、あの屏風を十五円に売ってくれと云い出した。夫婦は顔を見合して微笑ほほえんだ。もう少し売ら
ずに置いてみようじゃないかと云って、売らずにおいた。すると道具屋がまた来た。また売らなかった。
御米は断るのが面白くなって来た。四度目よたびめには知らない男を一人連れて来たが、その男とこそこ
そ相談して、とうとう三十五円に価を付けた。その時夫婦も立ちながら相談した。そうしてついに思い切
って屏風を売り払った。



 円明寺の杉が焦こげたように赭黒あかぐろくなった。天気の好い日には、風に洗われた空の端はずれに
、白い筋の嶮けわしく見える山が出た。年は宗助そうすけ夫婦を駆かって日ごとに寒い方へ吹き寄せた。
朝になると欠かさず通る納豆売なっとううりの声が、瓦かわらを鎖とざす霜しもの色を連想せしめた。宗
助は床の中でその声を聞きながら、また冬が来たと思い出した。御米およねは台所で、今年も去年のよう
に水道の栓せんが氷ってくれなければ助かるがと、暮から春へ掛けての取越苦労をした。夜になると夫婦
とも炬燵こたつにばかり親しんだ。そうして広島や福岡の暖かい冬を羨うらやんだ。
「まるで前の本多さんみたようね」と御米が笑った。前の本多さんと云うのは、やはり同じ構内かまえう
ちに住んで、同じ坂井の貸家を借りている隠居夫婦であった。小女こおんなを一人使って、朝から晩まで
ことりと音もしないように静かな生計くらしを立てていた。御米が茶の間で、たった一人裁縫しごとをし
ていると、時々御爺おじいさんと云う声がした。それはこの本多の御婆さんが夫を呼ぶ声であった。門口
かどぐちなどで行き逢うと、丁寧ていねいに時候の挨拶あいさつをして、ちと御話にいらっしゃいと云う
が、ついぞ行った事もなければ、向うからも来た試ためしがない。したがって夫婦の本多さんに関する知
識は極きわめて乏しかった。ただ息子が一人あって、それが朝鮮の統監府とうかんふとかで、立派な役人
になっているから、月々その方の仕送しおくりで、気楽に暮らして行かれるのだと云う事だけを、出入で
いりの商人のあるものから耳にした。
「御爺さんはやっぱり植木を弄いじっているかい」
「だんだん寒くなったから、もうやめたんでしょう。縁の下に植木鉢がたくさん並んでるわ」
 話はそれから前の家うちを離れて、家主やぬしの方へ移った。これは、本多とはまるで反対で、夫婦か
ら見ると、この上もない賑にぎやかそうな家庭に思われた。この頃は庭が荒れているので、大勢の小供が
崖がけの上へ出て騒ぐ事はなくなったが、ピヤノの音は毎晩のようにする。折々は下女か何ぞの、台所の
方で高笑をする声さえ、宗助の茶の間まで響いて来た。
「ありゃいったい何をする男なんだい」と宗助が聞いた。この問は今までも幾度か御米に向って繰り返さ
れたものであった。
「何にもしないで遊あすんでるんでしょう。地面や家作を持って」と御米が答えた。この答も今までにも
う何遍か宗助に向って繰り返されたものであった。
 宗助はこれより以上立ち入って、坂井の事を聞いた事がなかった。学校をやめた当座は、順境にいて得
意な振舞をするものに逢うと、今に見ろと云う気も起った。それがしばらくすると、単なる憎悪ぞうおの
念に変化した。ところが一二年このかたは全く自他の差違に無頓着むとんじゃくになって、自分は自分の
ように生れついたもの、先は先のような運を持って世の中へ出て来たもの、両方共始から別種類の人間だ
から、ただ人間として生息する以外に、何の交渉も利害もないのだと考えるようになってきた。たまに世
間話のついでとして、ありゃいったい何をしている人だぐらいは聞きもするが、それより先は、教えて貰

188 :山師さん:2016/05/18(水) 20:38:59.02 ID:4uTcWgUe
う努力さえ出すのが面倒だった。御米にもこれと同じ傾きがあった。けれどもその夜よは珍らしく、坂井
の主人は四十恰好かっこうの髯ひげのない人であると云う事やら、ピヤノを弾くのは惣領そうりょうの娘
で十二三になると云う事やら、またほかの家うちの小供が遊びに来ても、ブランコへ乗せてやらないと云
う事やらを話した。
「なぜほかの家の子供はブランコへ乗せないんだい」
「つまり吝けちなんでしょう。早く悪くなるから」
 宗助は笑い出した。彼はそのくらい吝嗇けちな家主が、屋根が漏もると云えば、すぐ瓦師かわらしを寄
こしてくれる、垣が腐ったと訴えればすぐ植木屋に手を入れさしてくれるのは矛盾だと思ったのである。
 その晩宗助の夢には本多の植木鉢も坂井のブランコもなかった。彼は十時半頃床に入って、万象に疲れ
た人のように鼾いびきをかいた。この間から頭の具合がよくないため、寝付ねつきの悪いのを苦にしてい
た御米は、時々眼を開けて薄暗い部屋を眺ながめた。細い灯ひが床の間の上に乗せてあった。夫婦は夜中
よじゅう灯火あかりを点つけておく習慣がついているので、寝る時はいつでも心しんを細目にして洋灯ラ
ンプをここへ上げた。
 御米は気にするように枕の位置を動かした。そうしてそのたびに、下にしている方の肩の骨を、蒲団ふ
とんの上で滑すべらした。しまいには腹這はらばいになったまま、両肱りょうひじを突いて、しばらく夫
の方を眺めていた。それから起き上って、夜具の裾すそに掛けてあった不断着を、寝巻ねまきの上へ羽織
はおったなり、床の間の洋灯を取り上げた。
「あなたあなた」と宗助の枕元へ来て曲こごみながら呼んだ。その時夫はもう鼾をかいていなかった。け
れども、元の通り深い眠ねむりから来る呼吸いきを続けていた。御米はまた立ち上って、洋灯を手にした
まま、間あいの襖ふすまを開けて茶の間へ出た。暗い部屋が茫漠ぼんやり手元の灯に照らされた時、御米
は鈍く光る箪笥たんすの環かんを認めた。それを通り過ぎると黒く燻くすぶった台所に、腰障子こししょ
うじの紙だけが白く見えた。御米は火の気けのない真中に、しばらく佇たたずんでいたが、やがて右手に
当る下女部屋の戸を、音のしないようにそっと引いて、中へ洋灯の灯を翳かざした。下女は縞しまも色も
判然はっきり映らない夜具の中に、土竜もぐらのごとく塊かたまって寝ていた。今度は左側の六畳を覗の
ぞいた。がらんとして淋さみしい中に、例の鏡台が置いてあって、鏡の表が夜中だけに凄すごく眼に応こ
たえた。
 御米は家中を一回ひとまわり回った後あと、すべてに異状のない事を確かめた上、また床の中へ戻った
。そうしてようやく眼を眠った。今度は好い具合に、眼蓋まぶたのあたりに気を遣つかわないで済むよう
に覚えて、しばらくするうちに、うとうととした。
 するとまたふと眼が開あいた。何だかずしんと枕元で響いたような心持がする。耳を枕から離して考え
ると、それはある大きな重いものが、裏の崖から自分達の寝ている座敷の縁の外へ転がり落ちたとしか思
われなかった。しかし今眼が覚さめるすぐ前に起った出来事で、けっして夢の続じゃないと考えた時、御
米は急に気味を悪くした。そうして傍に寝ている夫の夜具の袖そでを引いて、今度は真面目まじめに宗助
を起し始めた。
 宗助はそれまで全くよく寝ていたが、急に眼が覚さめると、御米が、
「あなたちょっと起きて下さい」と揺ゆすっていたので、半分は夢中に、
「おい、好し」とすぐ蒲団ふとんの上へ起き直った。御米は小声で先刻さっきからの様子を話した。
「音は一遍した限ぎりなのかい」
「だって今したばかりなのよ」
 二人はそれで黙った。ただじっと外の様子を伺っていた。けれども世間は森しんと静であった。いつま
で耳を峙そばだてていても、再び物の落ちて来る気色けしきはなかった。宗助は寒いと云いながら、単衣
ひとえの寝巻の上へ羽織を被かぶって、縁側えんがわへ出て、雨戸を一枚繰った。外を覗のぞくと何にも
見えない。ただ暗い中から寒い空気がにわかに肌に逼せまって来た。宗助はすぐ戸を閉たてた。
 ※(「金+饌のつくり」、第4水準2-91-37)かきがねをおろして座敷へ戻るや否や、また蒲団
の中へ潜もぐり込んだが、
「何にも変った事はありゃしない。多分御前おまいの夢だろう」と云って、宗助は横になった。御米はけ
っして夢でないと主張した。たしかに頭の上で大きな音がしたのだと固執こしつした。宗助は夜具から半

189 :山師さん:2016/05/18(水) 20:39:11.02 ID:4uTcWgUe
分出した顔を、御米の方へ振り向けて、
「御米、お前は神経が過敏になって、近頃どうかしているよ。もう少し頭を休めてよく寝る工夫でもしな
くっちゃいけない」と云った。
 その時次の間の柱時計が二時を打った。その音で二人ともちょっと言葉を途切らして、黙って見ると、
夜はさらに静まり返ったように思われた。二人は眼が冴さえて、すぐ寝つかれそうにもなかった。御米が

「でもあなたは気楽ね。横になると十分経たたないうちに、もう寝ていらっしゃるんだから」と云った。
「寝る事は寝るが、気が楽で寝られるんじゃない。つまり疲れるからよく寝るんだろう」と宗助が答えた

 こんな話をしているうちに、宗助はまた寝入ってしまった。御米は依然として、のつそつ床の中で動い
ていた。すると表をがらがらと烈はげしい音を立てて車が一台通った。近頃御米は時々夜明前の車の音を
聞いて驚ろかされる事があった。そうしてそれを思い合わせると、いつも似寄った刻限なので、必竟ひっ
きょうは毎朝同じ車が同じ所を通るのだろうと推測した。多分牛乳を配達するためかなどで、ああ急ぐに
違ないときめていたから、この音を聞くと等しく、もう夜が明けて、隣人の活動が始ったごとくに、心丈
夫になった。そうこうしていると、どこかで鶏とりの声が聞えた。またしばらくすると、下駄げたの音を
高く立てて往来を通るものがあった。そのうち清きよが下女部屋の戸を開けて厠かわやへ起きた模様だっ
たが、やがて茶の間へ来て時計を見ているらしかった。この時床の間に置いた洋灯ランプの油が減って、
短かい心しんに届かなくなったので、御米の寝ている所は真暗になっていた。そこへ清の手にした灯火あ
かりの影が、襖ふすまの間から射し込んだ。
「清かい」と御米が声を掛けた。
 清はそれからすぐ起きた。三十分ほど経たって御米も起きた。また三十分ほど経って宗助もついに起き
た。平常いつもは好い時分に御米がやって来て、
「もう起きてもよくってよ」と云うのが例であった。日曜とたまの旗日はたびには、それが、
「さあもう起きてちょうだい」に変るだけであった。しかし今日は昨夕ゆうべの事が何となく気にかかる
ので、御米の迎むかえに来ないうち宗助は床を離れた。そうして直すぐ崖下の雨戸を繰った。
 下から覗のぞくと、寒い竹が朝の空気に鎖とざされてじっとしている後うしろから、霜しもを破る日の
色が射して、幾分か頂いただきを染めていた。その二尺ほど下の勾配こうばいの一番急な所に生えている
枯草が、妙に摺すり剥むけて、赤土の肌を生々なまなましく露出した様子に、宗助はちょっと驚ろかされ
た。それから一直線に降おりて、ちょうど自分の立っている縁鼻えんばなの土が、霜柱を摧くだいたよう
に荒れていた。宗助は大きな犬でも上から転がり落ちたのじゃなかろうかと思った。しかし犬にしてはい
くら大きいにしても、余り勢が烈し過ぎると思った。
 宗助は玄関から下駄を提さげて来て、すぐ庭へ下りた。縁の先へ便所が折れ曲って突き出しているので
、いとど狭い崖下が、裏へ抜ける半間ほどの所はなおさら狭苦しくなっていた。御米は掃除屋そうじやが
来るたびに、この曲り角を気にしては、
「あすこがもう少し広いといいけれども」と危険あぶながるので、よく宗助から笑われた事があった。
 そこを通り抜けると、真直まっすぐに台所まで細い路が付いている。元は枯枝の交った杉垣があって、
隣の庭の仕切りになっていたが、この間家主が手を入れた時、穴だらけの杉葉を奇麗きれいに取り払って
、今では節ふしの多い板塀いたべいが片側を勝手口まで塞ふさいでしまった。日当りの悪い上に、樋とい
から雨滴あまだればかり落ちるので、夏になると秋海棠しゅうかいどうがいっぱい生える。その盛りな頃
は青い葉が重なり合って、ほとんど通り路がなくなるくらい茂って来る。始めて越した年は、宗助も御米
もこの景色けしきを見て驚ろかされたくらいである。この秋海棠は杉垣のまだ引き抜かれない前から、何
年となく地下に蔓はびこっていたもので、古家ふるやの取り毀こぼたれた今でも、時節が来ると昔の通り
芽を吹くものと解った時、御米は、
「でも可愛いわね」と喜んだ。
 宗助が霜を踏んで、この記念の多い横手へ出た時、彼の眼は細長い路次ろじの一点に落ちた。そうして
彼は日の通わない寒さの中にはたと留まった。
 彼の足元には黒塗の蒔絵まきえの手文庫が放り出してあった。中味はわざわざそこへ持って来て置いて

190 :山師さん:2016/05/18(水) 20:39:23.04 ID:4uTcWgUe
行ったように、霜の上にちゃんと据すわっているが、蓋ふたは二三尺離れて、塀へいの根に打ちつけられ
たごとくに引っ繰り返って、中を張った千代紙ちよがみの模様が判然はっきり見えた。文庫の中から洩も
れた、手紙や書付類が、そこいらに遠慮なく散らばっている中に、比較的長い一通がわざわざ二尺ばかり
広げられて、その先が紙屑のごとく丸めてあった。宗助は近づいて、この揉苦茶もみくちゃになった紙の
下を覗のぞいて覚えず苦笑した。下には大便が垂れてあった。
 土の上に散らばっている書類を一纏ひとまとめにして、文庫の中へ入れて、霜と泥に汚れたまま宗助は
勝手口まで持って来た。腰障子こししょうじを開けて、清に
「おいこれをちょっとそこへ置いてくれ」と渡すと、清は妙な顔をして、不思議そうにそれを受取った。
御米は奥で座敷へ払塵はたきを掛けていた。宗助はそれから懐手ふところでをして、玄関だの門の辺あた
りをよく見廻ったが、どこにも平常と異なる点は認められなかった。
 宗助はようやく家うちへ入った。茶の間へ来て例の通り火鉢ひばちの前へ坐すわったが、すぐ大きな声
を出して御米を呼んだ。御米は、
「起き抜けにどこへ行っていらしったの」と云いながら奥から出て来た。
「おい昨夜ゆうべ枕元で大きな音がしたのは、やっぱり夢じゃなかったんだ。泥棒だよ。泥棒が坂井さん
の崖がけの上から宅うちの庭へ飛び下りた音だ。今裏へ回って見たら、この文庫が落ちていて、中にはい
っていた手紙なんぞが、むちゃくちゃに放り出してあった。おまけに御馳走ごちそうまで置いて行った」
 宗助は文庫の中から、二三通の手紙を出して御米に見せた。それには皆みんな坂井の名宛なあてが書い
てあった。御米は吃驚びっくりして立膝のまま、
「坂井さんじゃほかに何か取られたでしょうか」と聞いた。宗助は腕組をして、
「ことに因よると、まだ何かやられたね」と答えた。
 夫婦はともかくもと云うので、文庫をそこへ置いたなり朝飯の膳ぜんに着いた。しかし箸はしを動かす
間まも泥棒の話は忘れなかった。御米は自分の耳と頭のたしかな事を夫に誇った。宗助は耳と頭のたしか
でない事を幸福とした。
「そうおっしゃるけれど、これが坂井さんでなくって、宅で御覧なさい。あなたみたように、ぐうぐう寝
ていらしったら困るじゃないの」と御米が宗助をやり込めた。
「なに、宅なんぞへ這入はいる気遣きづかいはないから大丈夫だ」と宗助も口の減らない返事をした。
 そこへ清が突然台所から顔を出して、
「この間拵こしらえた旦那様の外套マントでも取られようものなら、それこそ騒ぎでございましたね。御
宅おうちでなくって坂井さんだったから、本当に結構でございます」と真面目まじめに悦よろこびの言葉
を述べたので、宗助も御米も少し挨拶あいさつに窮きゅうした。
 食事を済ましても、出勤の時刻にはまだだいぶ間があった。坂井では定めて騒いでるだろうと云うので
、文庫は宗助が自分で持って行ってやる事にした。蒔絵まきえではあるが、ただ黒地に亀甲形きっこうが
たを金きんで置いただけの事で、別に大して金目の物とも思えなかった。御米は唐桟とうざんの風呂敷ふ
ろしきを出してそれを包くるんだ。風呂敷が少し小さいので、四隅よすみを対むこう同志繋つないで、真
中にこま結びを二つ拵こしらえた。宗助がそれを提さげたところは、まるで進物の菓子折のようであった

 座敷で見ればすぐ崖の上だが、表から廻ると、通りを半町ばかり来て、坂を上のぼって、また半町ほど
逆に戻らなければ、坂井の門前へは出られなかった。宗助は石の上へ芝を盛って扇骨木かなめを奇麗きれ
いに植えつけた垣に沿うて門内に入った。
 家いえの内はむしろ静か過ぎるくらいしんとしていた。摺硝子すりガラスの戸が閉たててある玄関へ来
て、ベルを二三度押して見たが、ベルが利きかないと見えて誰も出て来なかった。宗助は仕方なしに勝手
口へ廻った。そこにも摺硝子の嵌はまった腰障子こししょうじが二枚閉ててあった。中では器物を取り扱
う音がした。宗助は戸を開けて、瓦斯七輪ガスしちりんを置いた板の間に蹲踞しゃがんでいる下女に挨拶
あいさつをした。
「これはこちらのでしょう。今朝私わたしの家うちの裏に落ちていましたから持って来ました」と云いな
がら、文庫を出した。
 下女は「そうでございましたか、どうも」と簡単に礼を述べて、文庫を持ったまま、板の間の仕切まで

191 :山師さん:2016/05/18(水) 20:39:35.21 ID:4uTcWgUe
行って、仲働なかばたらきらしい女を呼び出した。そこで小声に説明をして、品物を渡すと、仲働はそれ
を受取ったなり、ちょっと宗助の方を見たがすぐ奥へ入った。入いれ違ちがえに、十二三になる丸顔の眼
の大きな女の子と、その妹らしい揃そろいのリボンを懸かけた子がいっしょに馳かけて来て、小さい首を
二つ並べて台所へ出した。そうして宗助の顔を眺ながめながら、泥棒よと耳語ささやきやった。宗助は文
庫を渡してしまえば、もう用が済んだのだから、奥の挨拶はどうでもいいとして、すぐ帰ろうかと考えた

「文庫は御宅のでしょうね。いいんでしょうね」と念を押して、何なにも知らない下女を気の毒がらして
いるところへ、最前の仲働が出て来て、
「どうぞ御通り下さい」と丁寧ていねいに頭を下げたので、今度は宗助の方が少し痛み入るようになった
。下女はいよいよしとやかに同じ請求を繰り返した。宗助は痛み入る境を通り越して、ついに迷惑を感じ
出した。ところへ主人が自分で出て来た。
 主人は予想通り血色の好い下膨しもぶくれの福相ふくそうを具そなえていたが、御米の云ったように髭
ひげのない男ではなかった。鼻の下に短かく刈り込んだのを生やして、ただ頬ほおから腮あごを奇麗きれ
いに蒼あおくしていた。
「いやどうもとんだ御手数ごてかずで」と主人は眼尻めじりに皺しわを寄せながら礼を述べた。米沢よね
ざわの絣かすりを着た膝ひざを板の間に突いて、宗助からいろいろ様子を聞いている態度が、いかにも緩
ゆっくりしていた。宗助は昨夕ゆうべから今朝へかけての出来事を一通り掻かい撮つまんで話した上、文
庫のほかに何か取られたものがあるかないかを尋ねて見た。主人は机の上に置いた金時計を一つ取られた
由よしを答えた。けれどもまるで他ひとのものでも失なくなした時のように、いっこう困ったと云う気色
けしきはなかった。時計よりはむしろ宗助の叙述の方に多くの興味を有もって、泥棒が果して崖を伝って
裏から逃げるつもりだったろうか、または逃げる拍子ひょうしに、崖から落ちたものだろうかと云うよう
な質問を掛けた。宗助は固もとより返答ができなかった。
 そこへ最前の仲働が、奥から茶や莨たばこを運んで来たので、宗助はまた帰りはぐれた。主人はわざわ
ざ座蒲団ざぶとんまで取り寄せて、とうとうその上へ宗助の尻を据すえさした。そうして今朝けさ早く来
た刑事の話をし始めた。刑事の判定によると、賊は宵よいから邸内に忍び込んで、何でも物置かなぞに隠
れていたに違ない。這入口はいりくちはやはり勝手である。燐寸マッチを擦すって蝋燭ろうそくを点とも
して、それを台所にあった小桶こおけの中へ立てて、茶の間へ出たが、次の部屋には細君と子供が寝てい
るので、廊下伝いに主人の書斎へ来て、そこで仕事をしていると、この間生れた末の男の子が、乳を呑の
む時刻が来たものか、眼を覚さまして泣き出したため、賊は書斎の戸を開けて庭へ逃げたらしい。
「平常いつものように犬がいると好かったんですがね。あいにく病気なので、四五日前病院へ入れてしま
ったもんですから」と主人は残念がった。宗助も、
「それは惜しい事でした」と答えた。すると主人はその犬の種ブリードやら血統やら、時々猟かりに連れ
て行く事や、いろいろな事を話し始めた。
「猟りょうは好ですから。もっとも近来は神経痛で少し休んでいますが。何しろ秋口から冬へ掛けて鴫し
ぎなぞを打ちに行くと、どうしても腰から下は田の中へ浸つかって、二時間も三時間も暮らさなければな
らないんですから、全く身体からだには好くないようです」
 主人は時間に制限のない人と見えて、宗助が、なるほどとか、そうですか、とか云っていると、いつま
でも話しているので、宗助はやむを得ず中途で立ち上がった。
「これからまた例の通り出かけなければなりませんから」と切り上げると、主人は始めて気がついたよう
に、忙がしいところを引き留めた失礼を謝した。そうしていずれまた刑事が現状を見に行くかも知れない
から、その時はよろしく願うと云うような事を述べた。最後に、
「どうかちと御話に。私も近頃はむしろ閑ひまな方ですから、また御邪魔に出ますから」と丁寧ていねい
に挨拶をした。門を出て急ぎ足に宅うちへ帰ると、毎朝出る時刻よりも、もう三十分ほど後れていた。
「あなたどうなすったの」と御米が気を揉もんで玄関へ出た。宗助はすぐ着物を脱いで洋服に着換えなが
ら、
「あの坂井と云う人はよっぽど気楽な人だね。金があるとああ緩ゆっくりできるもんかな」と云った。

192 :山師さん:2016/05/18(水) 20:39:46.99 ID:4uTcWgUe


「小六ころくさん、茶の間から始めて。それとも座敷の方を先にして」と御米およねが聞いた。
 小六は四五日前とうとう兄の所へ引き移った結果として、今日の障子しょうじの張替はりかえを手伝わ
なければならない事となった。彼は昔むかし叔父の家にいた時、安之助やすのすけといっしょになって、
自分の部屋の唐紙からかみを張り替えた経験がある。その時は糊のりを盆に溶といたり、箆へらを使って
見たり、だいぶ本式にやり出したが、首尾好く乾かして、いざ元の所へ建てるという段になると、二枚と
も反そっ繰くり返って敷居の溝みぞへ嵌はまらなかった。それからこれも安之助と共同して失敗した仕事
であるが、叔母の云いつけで、障子を張らせられたときには、水道でざぶざぶ枠わくを洗ったため、やっ
ぱり乾いた後で、惣体そうたいに歪ゆがみができて非常に困難した。
「姉さん、障子を張るときは、よほど慎重にしないと失策しくじるです。洗っちゃ駄目ですぜ」と云いな
がら、小六は茶の間の縁側えんがわからびりびり破き始めた。
 縁先は右の方に小六のいる六畳が折れ曲って、左には玄関が突き出している。その向うを塀へいが縁と
平行に塞ふさいでいるから、まあ四角な囲内かこいうちと云っていい。夏になるとコスモスを一面に茂ら
して、夫婦とも毎朝露の深い景色けしきを喜んだ事もあるし、また塀の下へ細い竹を立てて、それへ朝顔
を絡からませた事もある。その時は起き抜けに、今朝咲いた花の数を勘定かんじょうし合って二人が楽た
のしみにした。けれども秋から冬へかけては、花も草もまるで枯れてしまうので、小さな砂漠さばくみた
ように、眺ながめるのも気の毒なくらい淋さびしくなる。小六はこの霜しもばかり降りた四角な地面を背
にして、しきりに障子の紙を剥はがしていた。
 時々寒い風が来て、後うしろから小六の坊主頭と襟えりの辺あたりを襲おそった。そのたびに彼は吹ふ
き曝さらしの縁から六畳の中へ引っ込みたくなった。彼は赤い手を無言のまま働らかしながら、馬尻バケ
ツの中で雑巾ぞうきんを絞しぼって障子の桟さんを拭き出した。
「寒いでしょう、御気の毒さまね。あいにく御天気が時雨しぐれたもんだから」と御米が愛想あいそを云
って、鉄瓶てつびんの湯を注つぎ注つぎ、昨日きのう煮た糊のりを溶いた。
 小六は実際こんな用をするのを、内心では大いに軽蔑けいべつしていた。ことに昨今自分がやむなく置
かれた境遇からして、この際多少自己を侮辱しているかの観を抱いだいて雑巾を手にしていた。昔し叔父
の家で、これと同じ事をやらせられた時は、暇潰ひまつぶしの慰みとして、不愉快どころかかえって面白
かった記憶さえあるのに、今じゃこのくらいな仕事よりほかにする能力のないものと、強いて周囲から諦
あきらめさせられたような気がして、縁側の寒いのがなおのこと癪しゃくに触った。
 それで嫂あによめには快よい返事さえ碌ろくにしなかった。そうして頭の中で、自分の下宿にいた法科
大学生が、ちょっと散歩に出るついでに、資生堂へ寄って、三つ入りの石鹸シャボンと歯磨を買うのにさ
え、五円近くの金を払う華奢かしゃを思い浮べた。するとどうしても自分一人が、こんな窮境に陥おちい
るべき理由がないように感ぜられた。それから、こんな生活状態に甘んじて一生を送る兄夫婦がいかにも
憫然ふびんに見えた。彼らは障子を張る美濃紙みのがみを買うのにさえ気兼きがねをしやしまいかと思わ
れるほど、小六から見ると、消極的な暮し方をしていた。
「こんな紙じゃ、またすぐ破けますね」と云いながら、小六は巻いた小口を一尺ほど日に透すかして、二
三度力任せに鳴らした。
「そう? でも宅うちじゃ小供がないから、それほどでもなくってよ」と答えた御米は糊を含ました刷毛
はけを取ってとんとんとんと桟の上を渡した。
 二人は長く継ついだ紙を双方から引き合って、なるべく垂たるみのできないように力つとめたが、小六
が時々面倒臭そうな顔をすると、御米はつい遠慮が出て、好加減いいかげんに髪剃かみそりで小口を切り
落してしまう事もあった。したがってでき上ったものには、所々のぶくぶくがだいぶ目についた。御米は
情なさけなさそうに、戸袋に立て懸かけた張り立ての障子を眺ながめた。そうして心の中うちで、相手が
小六でなくって、夫であったならと思った。
「皺しわが少しできたのね」
「どうせ僕の御手際おてぎわじゃ旨うまく行かない」
「なに兄さんだって、そう御上手じゃなくってよ。それに兄さんはあなたよりよっぽど無精ぶしょうね」

193 :山師さん:2016/05/18(水) 20:39:59.07 ID:4uTcWgUe
 小六は何にも答えなかった。台所から清きよが持って来た含嗽茶碗うがいぢゃわんを受け取って、戸袋
の前へ立って、紙が一面に濡ぬれるほど霧を吹いた。二枚目を張ったときは、先に霧を吹いた分がほぼ乾
いて皺しわがおおかた平らになっていた。三枚目を張ったとき、小六は腰が痛くなったと云い出した。実
を云うと御米の方は今朝けさから頭が痛かったのである。
「もう一枚張って、茶の間だけ済ましてから休みましょう」と云った。
 茶の間を済ましているうちに午ひるになったので、二人は食事を始めた。小六が引き移ってからこの四
五日しごんち、御米は宗助そうすけのいない午飯ひるはんを、いつも小六と差向さしむかいで食べる事に
なった。宗助といっしょになって以来、御米の毎日膳ぜんを共にしたものは、夫よりほかになかった。夫
の留守の時は、ただ独ひとり箸はしを執とるのが多年の習慣ならわしであった。だから突然この小舅こじ
ゅうとと自分の間に御櫃おはちを置いて、互に顔を見合せながら、口を動かすのが、御米に取っては一種
異いな経験であった。それも下女が台所で働らいているときは、まだしもだが、清の影も音もしないとな
ると、なおのこと変に窮屈な感じが起った。無論小六よりも御米の方が年上であるし、また従来の関係か
ら云っても、両性を絡からみつける艶つやっぽい空気は、箝束的けんそくてきな初期においてすら、二人
の間に起り得べきはずのものではなかった。御米は小六と差向さしむかいに膳に着くときのこの気ぶっせ
いな心持が、いつになったら消えるだろうと、心の中うちで私ひそかに疑ぐった。小六が引き移るまでは
、こんな結果が出ようとは、まるで気がつかなかったのだからなおさら当惑した。仕方がないからなるべ
く食事中に話をして、せめて手持無沙汰てもちぶさたな隙間すきまだけでも補おうと力つとめた。不幸に
して今の小六は、この嫂あによめの態度に対してほどの好い調子を出すだけの余裕と分別ふんべつを頭の
中に発見し得なかったのである。
「小六さん、下宿は御馳走ごちそうがあって」
 こんな質問に逢うと、小六は下宿から遊びに来た時分のように、淡泊たんぱくな遠慮のない答をする訳
に行かなくなった。やむを得ず、
「なにそうでもありません」ぐらいにしておくと、その語気がからりと澄んでいないので、御米の方では
、自分の待遇が悪いせいかと解釈する事もあった。それがまた無言の間あいだに、小六の頭に映る事もあ
った。
 ことに今日は頭の具合が好くないので、膳に向っても、御米はいつものように力つとめるのが退儀たい
ぎであった。力つとめて失敗するのはなお厭いやであった。それで二人とも障子しょうじを張るときより
も言葉少なに食事を済ました。
 午後は手が慣なれたせいか、朝に比べると仕事が少し果取はかどった。しかし二人の気分は飯前よりも
かえって縁遠くなった。ことに寒い天気が二人の頭に応こたえた。起きた時は、日を載のせた空がしだい
に遠退とおのいて行くかと思われるほどに、好く晴れていたが、それが真蒼まっさおに色づく頃から急に
雲が出て、暗い中で粉雪こゆきでも醸かもしているように、日の目を密封した。二人は交かわる交がわる
火鉢に手を翳かざした。
「兄さんは来年になると月給が上がるんでしょう」
 ふと小六がこんな問を御米にかけた。御米はその時畳の上の紙片かみぎれを取って、糊に汚よごれた手
を拭いていたが、全く思も寄らないという顔をした。
「どうして」
「でも新聞で見ると、来年から一般に官吏の増俸があると云う話じゃありませんか」
 御米はそんな消息を全く知らなかった。小六から詳しい説明を聞いて、始めてなるほどと首肯うなずい
た。
「全くね。これじゃ誰だって、やって行けないわ。御肴おさかなの切身なんか、私わたしが東京へ来てか
らでも、もう倍になってるんですもの」と云った。肴の切身の値段になると小六の方が全く無識であった
。御米に注意されて始めてそれほどむやみに高くなるものかと思った。
 小六にちょっとした好奇心の出たため、二人の会話は存外素直に流れて行った。御米は裏の家主の十八
九時代に物価の大変安かった話を、この間宗助から聞いた通り繰り返した。その時分は蕎麦そばを食うに
しても、盛もりかけが八厘、種たねものが二銭五厘であった。牛肉は普通なみが一人前いちにんまえ四銭
で、ロースは六銭であった。寄席よせは三銭か四銭であった。学生は月に七円ぐらい国から貰もらえば中

194 :山師さん:2016/05/18(水) 20:40:11.07 ID:4uTcWgUe
ちゅうの部であった。十円も取るとすでに贅沢ぜいたくと思われた。
「小六さんも、その時分だと訳なく大学が卒業できたのにね」と御米が云った。
「兄さんもその時分だと大変暮しやすい訳ですね」と小六が答えた。
 座敷の張易はりかえが済んだときにはもう三時過になった。そうこうしているうちには、宗助も帰って
来るし、晩の支度したくも始めなくってはならないので、二人はこれを一段落として、糊や髪剃かみそり
を片づけた。小六は大きな伸のびを一つして、握にぎり拳こぶしで自分の頭をこんこんと叩たたいた。
「どうも御苦労さま。疲れたでしょう」と御米は小六を労いたわった。小六はそれよりも口淋くちさむし
い思がした。この間文庫を届けてやった礼に、坂井からくれたと云う菓子を、戸棚とだなから出して貰っ
て食べた。御米は御茶を入れた。
「坂井と云う人は大学出なんですか」
「ええ、やっぱりそうなんですって」
 小六は茶を飲んで煙草たばこを吹いた。やがて、
「兄さんは増俸の事をまだあなたに話さないんですか」と聞いた。
「いいえ、ちっとも」と御米が答えた。
「兄さんみたようになれたら好いだろうな。不平も何もなくって」
 御米は特別の挨拶あいさつもしなかった。小六はそのまま起たって六畳へ這入はいったが、やがて火が
消えたと云って、火鉢を抱かかえてまた出て来た。彼は兄の家いえに厄介やっかいになりながら、もう少
し立てば都合がつくだろうと慰めた安之助の言葉を信じて、学校は表向おもてむき休学の体ていにして一
時の始末をつけたのである。



 裏の坂井と宗助そうすけとは文庫が縁になって思わぬ関係がついた。それまでは月に一度こちらから清
きよに家賃を持たしてやると、向むこうからその受取を寄こすだけの交渉に過ぎなかったのだから、崖が
けの上に西洋人が住んでいると同様で、隣人としての親みは、まるで存在していなかったのである。
 宗助が文庫を届けた日の午後に、坂井の云った通り、刑事が宗助の家の裏手から崖下を検しらべに来た
が、その時坂井もいっしょだったので、御米およねは始めて噂うわさに聞いた家主の顔を見た。髭ひげの
ないと思ったのに、髭を生やしているのと、自分なぞに対しても、存外丁寧ていねいな言葉を使うのが、
御米には少し案外であった。
「あなた、坂井さんはやっぱり髭を生やしていてよ」と宗助が帰ったとき、御米はわざわざ注意した。
 それから二日ばかりして、坂井の名刺を添えた立派な菓子折を持って、下女が礼に来たが、せんだって
はいろいろ御世話になりまして、ありがとう存じます、いずれ主人が自身に伺うはずでございますがと云
いおいて、帰って行った。
 その晩宗助は到来の菓子折の葢ふたを開けて、唐饅頭とうまんじゅうを頬張ほおばりながら、
「こんなものをくれるところをもって見ると、それほど吝けちでもないようだね。他ひとの家うちの子を
ブランコへ乗せてやらないって云うのは嘘だろう」と云った。御米も、
「きっと嘘よ」と坂井を弁護した。
 夫婦と坂井とは泥棒の這入はいらない前より、これだけ親しみの度が増したようなものの、それ以上に
接近しようと云う念は、宗助の頭にも、御米の胸にも宿らなかった。利害の打算から云えば無論の事、単
に隣人の交際とか情誼じょうぎとか云う点から見ても、夫婦はこれよりも前進する勇気を有もたなかった
のである。もし自然がこのままに無為むいの月日を駆かったなら、久しからぬうちに、坂井は昔の坂井に
なり、宗助は元の宗助になって、崖の上と崖の下に互の家が懸かけ隔へだたるごとく、互の心も離れ離れ
になったに違なかった。
 ところがそれからまた二日置いて、三日目の暮れ方に、獺かわうその襟えりの着いた暖かそうな外套マ
ントを着て、突然坂井が宗助の所へやって来た。夜間客に襲おそわれつけない夫婦は、軽微の狼狽ろうば
いを感じたくらい驚ろかされたが、座敷へ上げて話して見ると、坂井は丁寧に先日の礼を述べた後のち、
「御蔭で取られた品物がまた戻りましたよ」と云いながら、白縮緬しろちりめんの兵児帯へこおびに巻き

195 :山師さん:2016/05/18(水) 20:40:23.09 ID:4uTcWgUe
付けた金鎖を外はずして、両葢りょうぶたの金時計を出して見せた。
 規則だから警察へ届ける事は届けたが、実はだいぶ古い時計なので、取られてもそれほど惜しくもない
ぐらいに諦あきらめていたら、昨日きのうになって、突然差出人の不明な小包が着いて、その中にちゃん
と自分の失なくしたのが包くるんであったんだと云う。
「泥棒も持ち扱かったんでしょう。それとも余り金にならないんで、やむを得ず返してくれる気になった
んですかね。何しろ珍らしい事で」と坂井は笑っていた。それから、
「何私から云うと、実はあの文庫の方がむしろ大切な品でしてね。祖母ばばが昔し御殿へ勤めていた時分
、戴いただいたんだとか云って、まあ記念かたみのようなものですから」と云うような事も説明して聞か
した。
 その晩坂井はそんな話を約二時間もして帰って行ったが、相手になった宗助も、茶の間で聞いていた御
米も、大変談話の材料に富んだ人だと思わぬ訳に行かなかった。後あとで、
「世間の広い方かたね」と御米が評した。
「閑ひまだからさ」と宗助が解釈した。
 次の日宗助が役所の帰りがけに、電車を降りて横町の道具屋の前まで来ると、例の獺かわうその襟えり
を着けた坂井の外套マントがちょっと眼に着いた。横顔を往来の方へ向けて、主人を相手に何か云ってい
る。主人は大きな眼鏡を掛けたまま、下から坂井の顔を見上げている。宗助は挨拶あいさつをすべき折で
もないと思ったから、そのまま行き過ぎようとして、店の正面まで来ると、坂井の眼が往来へ向いた。
「やあ昨夜は。今御帰りですか」と気軽に声をかけられたので、宗助も愛想あいそなく通り過ぎる訳にも
行かなくなって、ちょっと歩調を緩ゆるめながら、帽子を取った。すると坂井は、用はもう済んだと云う
風をして、店から出て来た。
「何か御求めですか」と宗助が聞くと、
「いえ、何」と答えたまま、宗助と並んで家うちの方へ歩き出した。六七間来たとき、
「あの爺じじい、なかなか猾ずるい奴ですよ。崋山かざんの偽物にせものを持って来て押付おっつけよう
としやがるから、今叱りつけてやったんです」と云い出した。宗助は始めて、この坂井も余裕よゆうある
人に共通な好事こうずを道楽にしているのだと心づいた。そうしてこの間売り払った抱一ほういつの屏風
びょうぶも、最初からこう云う人に見せたら、好かったろうにと、腹の中で考えた。
「あれは書画には明るい男なんですか」
「なに書画どころか、まるで何も分らない奴です。あの店の様子を見ても分るじゃありませんか。骨董こ
っとうらしいものは一つも並んでいやしない。もとが紙屑屋かみくずやから出世してあれだけになったん
ですからね」
 坂井は道具屋の素性すじょうをよく知っていた。出入でいりの八百屋の阿爺おやじの話によると、坂井
の家は旧幕の頃何とかの守かみと名乗ったもので、この界隈かいわいでは一番古い門閥家もんばつかなの
だそうである。瓦解がかいの際、駿府すんぷへ引き上げなかったんだとか、あるいは引き上げてまた出て
来たんだとか云う事も耳にしたようであるが、それは判然はっきり宗助の頭に残っていなかった。
「小さい内から悪戯いたずらものでね。あいつが餓鬼大将がきだいしょうになってよく喧嘩けんかをしに
行った事がありますよ」と坂井は御互の子供の時の事まで一口洩もらした。それがまたどうして崋山の贋
物にせものを売り込もうと巧たくんだのかと聞くと、坂井は笑って、こう説明した。――
「なに親父おやじの代から贔屓ひいきにしてやってるものですから、時々何なんだ蚊かだって持って来る
んです。ところが眼も利きかない癖に、ただ慾ばりたがってね、まことに取扱い悪にくい代物しろもので
す。それについこの間抱一の屏風を買って貰って、味を占めたんでね」
 宗助は驚ろいた。けれども話の途中を遮さえぎる訳に行かなかったので、黙っていた。坂井は道具屋が
それ以来乗気になって、自身に分りもしない書画類をしきりに持ち込んで来る事やら、大坂出来の高麗焼
こうらいやきを本物だと思って、大事に飾っておいた事やら話した末、
「まあ台所だいどこで使う食卓ちゃぶだいか、たかだか新あらの鉄瓶てつびんぐらいしか、あんな所じゃ
買えたもんじゃありません」と云った。
 そのうち二人は坂の上へ出た。坂井はそこを右へ曲る、宗助はそこを下へ下りなければならなかった。
宗助はもう少しいっしょに歩いて、屏風びょうぶの事を聞きたかったが、わざわざ回まわり路みちをする

196 :山師さん:2016/05/18(水) 20:40:35.08 ID:4uTcWgUe
のも変だと心づいて、それなり分れた。分れる時、
「近い中うち御邪魔に出てもようございますか」と聞くと、坂井は、
「どうぞ」と快よく答えた。
 その日は風もなくひとしきり日も照ったが、家うちにいると底冷そこびえのする寒さに襲おそわれると
か云って、御米はわざわざ置炬燵おきごたつに宗助の着物を掛けて、それを座敷の真中に据すえて、夫の
帰りを待ち受けていた。
 この冬になって、昼のうち炬燵こたつを拵こしらえたのは、その日が始めてであった。夜は疾とうから
用いていたが、いつも六畳に置くだけであった。
「座敷の真中にそんなものを据えて、今日はどうしたんだい」
「でも、御客も何もないからいいでしょう。だって六畳の方は小六ころくさんがいて、塞ふさがっている
んですもの」
 宗助は始めて自分の家に小六のいる事に気がついた。襯衣シャツの上から暖かい紡績織ぼうせきおりを
掛けて貰って、帯をぐるぐる巻きつけたが、
「ここは寒帯だから炬燵でも置かなくっちゃ凌しのげない」と云った。小六の部屋になった六畳は、畳こ
そ奇麗きれいでないが、南と東が開あいていて、家中うちじゅうで一番暖かい部屋なのである。
 宗助は御米の汲くんで来た熱い茶を湯呑ゆのみから二口ほど飲んで、
「小六はいるのかい」と聞いた。小六は固もとよりいたはずである。けれども六畳はひっそりして人のい
るようにも思われなかった。御米が呼びに立とうとするのを、用はないからいいと留めたまま、宗助は炬
燵蒲団ぶとんの中へ潜もぐり込んで、すぐ横になった。一方口いっぽうぐちに崖を控えている座敷には、
もう暮方の色が萌きざしていた。宗助は手枕をして、何を考えるともなく、ただこの暗く狭い景色けしき
を眺ながめていた。すると御米と清が台所で働く音が、自分に関係のない隣の人の活動のごとくに聞えた
。そのうち、障子だけがただ薄白く宗助の眼に映るように、部屋の中が暮れて来た。彼はそれでもじっと
して動かずにいた。声を出して洋灯ランプの催促もしなかった。
 彼が暗い所から出て、晩食ばんめしの膳ぜんに着いた時は、小六も六畳から出て来て、兄の向うに坐す
わった。御米は忙しいので、つい忘れたと云って、座敷の戸を締しめに立った。宗助は弟に夕方になった
ら、ちと洋灯ランプを点つけるとか、戸を閉たてるとかして、忙せわしい姉の手伝でもしたら好かろうと
注意したかったが、昨今引き移ったばかりのものに、気まずい事を云うのも悪かろうと思ってやめた。
 御米が座敷から帰って来るのを待って、兄弟は始めて茶碗に手を着けた。その時宗助はようやく今日役
所の帰りがけに、道具屋の前で坂井に逢った事と、坂井があの大きな眼鏡めがねを掛けている道具屋から
、抱一ほういつの屏風びょうぶを買ったと云う話をした。御米は、
「まあ」と云ったなり、しばらく宗助の顔を見ていた。
「じゃきっとあれよ。きっとあれに違ないわね」
 小六は始めのうち何にも口を出さなかったが、だんだん兄夫婦の話を聞いているうちに、ほぼ関係が明
暸めいりょうになったので、
「全体いくらで売ったのです」と聞いた。御米は返事をする前にちょっと夫の顔を見た。
 食事が終ると、小六はじきに六畳へ這入はいった。宗助はまた炬燵こたつへ帰った。しばらくして御米
も足を温ぬくめに来た。そうして次の土曜か日曜には坂井へ行って、一つ屏風を見て来たらいいだろうと
云うような事を話し合った。
 次の日曜になると、宗助は例の通り一週に一返いっぺんの楽寝らくねを貪ぼったため、午前ひるまえ半
日をとうとう空くうに潰つぶしてしまった。御米はまた頭が重いとか云って、火鉢ひばちの縁ふちに倚よ
りかかって、何をするのも懶ものうそうに見えた。こんな時に六畳が空あいていれば、朝からでも引込む
場所があるのにと思うと、宗助は小六に六畳をあてがった事が、間接に御米の避難場を取り上げたと同じ
結果に陥おちいるので、ことに済まないような気がした。
 心持が悪ければ、座敷へ床を敷いて寝たら好かろうと注意しても、御米は遠慮して容易に応じなかった
。それではまた炬燵でも拵こしらえたらどうだ、自分も当るからと云って、とうとう櫓やぐらと掛蒲団か
けぶとんを清きよに云いつけて、座敷へ運ばした。
 小六は宗助が起きる少し前に、どこかへ出て行って、今朝けさは顔さえ見せなかった。宗助は御米に向

197 :山師さん:2016/05/18(水) 20:40:47.12 ID:4uTcWgUe
って別段その行先を聞き糺ただしもしなかった。この頃では小六に関係した事を云い出して、御米にその
返事をさせるのが、気の毒になって来た。御米の方から、進んで弟の讒訴ざんそでもするようだと、叱る
にしろ、慰さめるにしろ、かえって始末が好いと考える時もあった。
 午ひるになっても御米は炬燵から出なかった。宗助はいっそ静かに寝かしておく方が身体からだのため
によかろうと思ったので、そっと台所へ出て、清にちょっと上の坂井まで行ってくるからと告げて、不断
着の上へ、袂たもとの出る短いインヴァネスを纏まとって表へ出た。
 今まで陰気な室へやにいた所為せいか、通とおりへ来ると急にからりと気が晴れた。肌の筋肉が寒い風
に抵抗して、一時に緊縮するような冬の心持の鋭どく出るうちに、ある快感を覚えたので、宗助は御米も
ああ家うちにばかり置いては善よくない、気候が好くなったら、ちと戸外の空気を呼吸させるようにして
やらなくては毒だと思いながら歩いた。
 坂井の家の門を入ったら、玄関と勝手口の仕切になっている生垣いけがきの目に、冬に似合わないぱっ
とした赤いものが見えた。傍そばへ寄ってわざわざ検しらべると、それは人形に掛ける小さい夜具であっ
た。細い竹を袖そでに通して、落ちないように、扇骨木かなめの枝に寄せ掛けた手際てぎわが、いかにも
女の子の所作しょさらしく殊勝しゅしょうに思われた。こう云う悪戯いたずらをする年頃の娘は固もとよ
りの事、子供と云う子供を育て上げた経験のない宗助は、この小さい赤い夜具の尋常に日に干してある有
様をしばらく立って眺ながめていた。そうして二十年も昔に父母が、死んだ妹いもとのために飾った、赤
い雛段ひなだんと五人囃ごにんばやしと、模様の美くしい干菓子と、それから甘いようで辛からい白酒を
思い出した。
 坂井の主人は在宅ではあったけれども、食事中だと云うので、しばらく待たせられた。宗助は座に着く
や否や、隣の室へやで小さい夜具を干した人達の騒ぐ声を耳にした。下女が茶を運ぶために襖ふすまを開
けると、襖の影から大きな眼が四つほどすでに宗助を覗のぞいていた。火鉢を持って出ると、その後あと
からまた違った顔が見えた。始めてのせいか、襖の開閉あけたてのたびに出る顔がことごとく違っていて
、子供の数が何人あるか分らないように思われた。ようやく下女が退さがりきりに退がると、今度は誰だ
か唐紙からかみを一寸ほど細目に開けて、黒い光る眼だけをその間から出した。宗助も面白くなって、黙
って手招ぎをして見た。すると唐紙をぴたりと閉たてて、向う側で三四人が声を合して笑い出した。
 やがて一人の女の子が、
「よう、御姉様またいつものように叔母さんごっこしましょうよ」と云い出した。すると姉らしいのが、
「ええ、今日は西洋の叔母さんごっこよ。東作さんは御父さまだからパパで、雪子さんは御母さまだから
ママって云うのよ。よくって」と説明した。その時また別の声で、
「おかしいわね。ママだって」と云って嬉うれしそうに笑ったものがあった。
「私わたしそれでもいつも御祖母おばばさまなのよ。御祖母さまの西洋の名がなくっちゃいけないわねえ
。御祖母さまは何て云うの」と聞いたものもあった。
「御祖母さまはやっぱりババでいいでしょう」と姉がまた説明した。
 それから当分の間は、御免下さいましだの、どちらからいらっしゃいましたのと盛さかんに挨拶あいさ
つの言葉が交換されていた。その間にはちりんちりんと云う電話の仮色こわいろも交った。すべてが宗助
には陽気で珍らしく聞えた。
 そこへ奥の方から足音がして、主人がこっちへ出て来たらしかったが、次の間へ入るや否や、
「さあ、御前達はここで騒ぐんじゃない。あっちへ行っておいで。御客さまだから」と制した。その時、
誰だかすぐに、
「厭いやだよ。御父おとっちゃんべい。大きい御馬買ってくれなくっちゃ、あっちへ行かないよ」と答え
た。声は小さい男の子の声であった。年が行かないためか、舌がよく回らないので、抗弁のしようがいか
にも億劫おっくうで手間がかかった。宗助はそこを特に面白く思った。
 主人が席に着いて、長い間待たした失礼を詫わびている間に、子供は遠くへ行ってしまった。
「大変御賑おにぎやかで結構です」と宗助が今自分の感じた通を述べると、主人はそれを愛嬌あいきょう
と受取ったものと見えて、
「いや御覧のごとく乱雑な有様で」と言訳らしい返事をしたが、それを緒いとくちに、子供の世話の焼け
て、夥おびただしく手のかかる事などをいろいろ宗助に話して聞かした。その中うちで綺麗きれいな支那

198 :山師さん:2016/05/18(水) 20:40:59.11 ID:4uTcWgUe
製の花籃はなかごのなかへ炭団たどんを一杯盛もって床の間に飾ったと云う滑稽こっけいと、主人の編上
の靴のなかへ水を汲み込んで、金魚を放したと云う悪戯いたずらが、宗助には大変耳新しかった。しかし
、女の子が多いので服装に物が要いるとか、二週間も旅行して帰ってくると、急にみんなの背が一寸いっ
すんずつも伸びているので、何だか後うしろから追いつかれるような心持がするとか、もう少しすると、
嫁入の支度で忙殺ぼうさつされるのみならず、きっと貧殺ひんさつされるだろうとか云う話になると、子
供のない宗助の耳にはそれほどの同情も起し得なかった。かえって主人が口で子供を煩冗うるさがる割に
、少しもそれを苦にする様子の、顔にも態度にも見えないのを羨うらやましく思った。
 好い加減な頃を見計みはからって宗助は、せんだって話のあった屏風びょうぶをちょっと見せて貰えま
いかと、主人に申し出た。主人はさっそく引き受けて、ぱちぱちと手を鳴らして、召使を呼んだが、蔵く
らの中にしまってあるのを取り出して来るように命じた。そうして宗助の方を向いて、
「つい二三日前までそこへ立てておいたのですが、例の子供が面白半分にわざと屏風の影へ集まって、い
ろいろな悪戯をするものですから、傷でもつけられちゃ大変だと思ってしまい込んでしまいました」と云
った。
 宗助は主人のこの言葉を聞いた時、今更手数てかずをかけて、屏風を見せて貰うのが、気の毒にもなり
、また面倒にもなった。実を云うと彼の好奇心は、それほど強くなかったのである。なるほどいったん他
ひとの所有に帰したものは、たとい元が自分のであったにしろ、無かったにしろ、そこを突き留めたとこ
ろで、実際上には何の効果もない話に違なかった。
 けれども、屏風は宗助の申し出た通り、間もなく奥から縁伝いに運び出されて、彼の眼の前に現れた。
そうしてそれが予想通りついこの間まで自分の座敷に立ててあった物であった。この事実を発見した時、
宗助の頭には、これと云って大した感動も起らなかった。ただ自分が今坐っている畳の色や、天井の柾目
まさめや、床の置物や、襖ふすまの模様などの中に、この屏風を立てて見て、それに、召使が二人がかり
で、蔵の中から大事そうに取り出して来たと云う所作しょさを付け加えて考えると、自分が持っていた時
よりは、たしかに十倍以上貴たっとい品のように眺ながめられただけであった。彼は即座に云うべき言葉
を見出し得なかったので、いたずらに、見慣れたものの上に、さらに新らしくもない眼を据すえていた。
 主人は宗助をもってある程度の鑑賞家と誤解した。立ちながら屏風の縁ふちへ手を掛けて、宗助の面お
もてと屏風の面とを比較していたが、宗助が容易に批評を下さないので、
「これは素性すじょうのたしかなものです。出が出ですからね」と云った。宗助は、ただ
「なるほど」と云った。
 主人はやがて宗助の後へ回って来て、指でそこここを指さしながら、品評やら説明やらした。その中う
ちには、さすが御大名だけあって、好い絵の具を惜気おしげもなく使うのがこの画家の特色だから、色が
いかにもみごとであると云うような、宗助には耳新らしいけれども、普通一般に知れ渡った事もだいぶ交
っていた。
 宗助は好い加減な頃を見計らって、丁寧ていねいに礼を述べて元の席に復した。主人も蒲団ふとんの上
に直った。そうして、今度は野路のじや空云々という題句やら書体やらについて語り出した。宗助から見
ると、主人は書にも俳句にも多くの興味を有もっていた。いつの間にこれほどの知識を頭の中へ貯たくわ
え得らるるかと思うくらい、すべてに心得のある男らしく思われた。宗助は己おのれを恥じて、なるべく
物数ものかずを云わないようにして、ただ向うの話だけに耳を借す事を力つとめた。
 主人は客がこの方面の興味に乏しい様子を見て、再び話を画えの方へ戻した。碌ろくなものはないけれ
ども、望ならば所蔵の画帖がじょうや幅物を見せてもいいと親切に申し出した。宗助はせっかくの好意を
辞退しない訳に行かなかった。その代りに、失礼ですがと前置をして、主人がこの屏風を手に入れるにつ
いて、どれほどの金額を払ったかを尋ねた。
「まあ掘出し物ですね。八十円で買いました」と主人はすぐ答えた。
 宗助は主人の前に坐って、この屏風に関するいっさいの事を自白しようか、しまいかと思案したが、ふ
と打ち明けるのも一興だろうと心づいて、とうとう実はこれこれだと、今までの顛末てんまつを詳しく話
し出した。主人は時々へえ、へえと驚ろいたような言葉を挟はさんで聞いていたが、しまいに、

199 :山師さん:2016/05/18(水) 20:41:11.17 ID:4uTcWgUe
「じゃあなたは別に書画が好きで、見にいらしった訳でもないんですね」と自分の誤解を、さも面白い経
験でもしたように笑い出した。同時に、そう云う訳なら、自分が直じかに宗助から相当の値で譲って貰え
ばよかったに、惜しい事をしたと云った。最後に横町の道具屋をひどく罵ののしって、怪けしからん奴や
つだと云った。
 宗助と坂井とはこれからだいぶ親しくなった。



 佐伯さえきの叔母も安之助やすのすけもその後とんと宗助そうすけの宅うちへは見えなかった。宗助は
固もとより麹町こうじまちへ行く余暇を有もたなかった。またそれだけの興味もなかった。親類とは云い
ながら、別々の日が二人の家を照らしていた。
 ただ小六ころくだけが時々話しに出かける様子であったが、これとても、そう繁々しげしげ足を運ぶ訳
でもないらしかった。それに彼は帰って来て、叔母の家の消息をほとんど御米およねに語らないのを常と
しておった。御米はこれを故意こいから出る小六の仕打かとも疑うたぐった。しかし自分が佐伯に対して
特別の利害を感じない以上、御米は叔母の動静を耳にしない方を、かえって喜こんだ。
 それでも時々は、先方さきの様子を、小六と兄の対話から聞き込む事もあった。一週間ほど前に、小六
は兄に、安之助がまた新発明の応用に苦心している話をした。それは印気インキの助けを借らないで、鮮
明な印刷物を拵こしらえるとか云う、ちょっと聞くとすこぶる重宝な器械についてであった。話題の性質
から云っても、自分とは全く利害の交渉のないむずかしい事なので、御米は例の通り黙って口を出さずに
いたが、宗助は男だけに幾分か好奇心が動いたと見えて、どうして印気を使わずに印刷ができるかなどと
問い糺ただしていた。
 専門上の知識のない小六が、精密な返答をし得るはずは無論なかった。彼はただ安之助から聞いたまま
を、覚えている限り念を入れて説明した。この印刷術は近来英国で発明になったもので、根本的にいうと
やはり電気の利用に過ぎなかった。電気の一極を活字と結びつけておいて、他の一極を紙に通じて、その
紙を活字の上へ圧おしつけさえすれば、すぐできるのだと小六が云った。色は普通黒であるが、手加減し
だいで赤にも青にもなるから色刷などの場合には、絵の具を乾かす時間が省はぶけるだけでも大変重宝で
、これを新聞に応用すれば、印気インキや印気ロールの費ついえを節約する上に、全体から云って、少く
とも従来の四分の一の手数がなくなる点から見ても、前途は非常に有望な事業であると、小六はまた安之
助の話した通りを繰り返した。そうしてその有望な前途を、安之助がすでに手の中うちに握ったかのごと
き口気こうきであった。かつその多望な安之助の未来のなかには、同じく多望な自分の影が、含まれてい
るように、眼を輝やかした。その時宗助はいつもの調子で、むしろ穏やかに、弟の云う事を聞いていたが
、聞いてしまった後あとでも、別にこれという眼立った批評は加えなかった。実際こんな発明は、宗助か
ら見ると、本当のようでもあり、また嘘のようでもあり、いよいよそれが世間に行われるまでは、賛成も
反対もできかねたのである。
「じゃ鰹船かつおぶねの方はもう止したの」と、今まで黙っていた御米が、この時始めて口を出した。
「止したんじゃないんですが、あの方は費用が随分かかるので、いくら便利でも、そう誰も彼も拵こしら
える訳に行かないんだそうです」と小六が答えた。小六は幾分か安之助の利害を代表しているような口振
であった。それから三人の間に、しばらく談話が交換されたが、しまいに、
「やっぱり何をしたって、そう旨うまく行くもんじゃあるまいよ」と云った宗助の言葉と、
「坂井さんみたように、御金があって遊んでいるのが一番いいわね」と云った御米の言葉を聞いて、小六
はまた自分の部屋へ帰って行った。
 こう云う機会に、佐伯の消息は折々夫婦の耳へ洩もれる事はあるが、そのほかには、全く何をして暮ら
しているか、互に知らないで過す月日が多かった。
 ある時御米は宗助にこんな問を掛けた。
「小六さんは、安さんの所へ行くたんびに、小遣こづかいでも貰もらって来るんでしょうか」
 今まで小六について、それほどの注意を払っていなかった宗助は、突然この問に逢って、すぐ、「なぜ
」と聞き返した。御米はしばらく逡巡ためらった末、

200 :山師さん:2016/05/18(水) 20:41:23.15 ID:4uTcWgUe
「だって、この頃よく御酒を呑のんで帰って来る事があるのよ」と注意した。
「安さんが例の発明や、金儲かねもうけの話をするとき、その聞き賃に奢おごるのかも知れない」と云っ
て宗助は笑っていた。会話はそれなりでつい発展せずにしまった。
 越えて三日目の夕方に、小六はまた飯時めしどきを外はずして帰って来なかった。しばらく待ち合せて
いたが、宗助はついに空腹だとか云い出して、ちょっと湯にでも行って時間を延ばしたらという御米の小
六に対する気兼きがねに頓着とんじゃくなく、食事を始めた。その時御米は夫に、
「小六さんに御酒を止やめるように、あなたから云っちゃいけなくって」と切り出した。
「そんなに意見しなければならないほど飲むのか」と宗助は少し案外な顔をした。
 御米はそれほどでもないと、弁護しなければならなかった。けれども実際は誰もいない昼間のうちなど
に、あまり顔を赤くして帰って来られるのが、不安だったのである。宗助はそれなり放っておいた。しか
し腹の中では、はたして御米の云うごとく、どこかで金を借りるか、貰うかして、それほど好きもしない
ものを、わざと飲むのではなかろうかと疑ぐった。
 そのうち年がだんだん片寄って、夜が世界の三分の二を領りょうするように押しつまって来た。風が毎
日吹いた。その音を聞いているだけでも生活ライフに陰気な響を与えた。小六はどうしても、六畳に籠こ
もって、一日を送るに堪たえなかった。落ちついて考えれば考えるほど、頭が淋さむしくって、いたたま
れなくなるばかりであった。茶の間へ出て嫂あによめと話すのはなお厭いやであった。やむを得ず外へ出
た。そうして友達の宅うちをぐるぐる回って歩いた。友達も始のうちは、平生いつもの小六に対するよう
に、若い学生のしたがる面白い話をいくらでもした。けれども小六はそう云う話が尽きても、まだやって
来た。それでしまいには、友達が、小六は、退屈の余りに訪問をして、談話の復習に耽ふけるものだと評
した。たまには学校の下読したよみやら研究やらに追われている多忙の身だと云う風もして見せた。小六
は友達からそう呑気のんきな怠けもののように取り扱われるのを、大変不愉快に感じた。けれども宅に落
ちついては、読書も思索も、まるでできなかった。要するに彼ぐらいの年輩の青年が、一人前の人間にな
る階梯かいていとして、修おさむべき事、力つとむべき事には、内部の動揺やら、外部の束縛やらで、い
っさい手が着かなかったのである。
 それでも冷たい雨が横に降ったり、雪融ゆきどけの道がはげしく泥ぬかったりする時は、着物を濡ぬら
さなければならず、足袋たびの泥を乾かさなければならない面倒があるので、いかな小六も時によると、
外出を見合せる事があった。そう云う日には、実際困却すると見えて、時々六畳から出て来て、のそりと
火鉢の傍そばへ坐って、茶などを注ついで飲んだ。そうしてそこに御米でもいると、世間話の一つや二つ
はしないとも限らなかった。
「小六さん御酒好き」と御米が聞いた事があった。
「もう直じき御正月ね。あなた御雑煮おぞうにいくつ上がって」と聞いた事もあった。
 そう云う場合が度重たびかさなるに連つれて、二人の間は少しずつ近寄る事ができた。しまいには、姉
さんちょっとここを縫って下さいと、小六の方から進んで、御米に物を頼むようになった。そうして御米
が絣かすりの羽織を受取って、袖口そでくちの綻ほころびを繕つくろっている間、小六は何にもせずにそ
こへ坐すわって、御米の手先を見つめていた。これが夫だと、いつまでも黙って針を動かすのが、御米の
例であったが、相手が小六の時には、そう投遣なげやりにできないのが、また御米の性質であった。だか
らそんな時には力めても話をした。話の題目で、ややともすると小六の口に宿りたがるものは、彼の未来
をどうしたら好かろうと云う心配であった。
「だって小六さんなんか、まだ若いじゃありませんか。何をしたってこれからだわ。そりゃ兄さんの事よ
。そう悲観してもいいのは」
 御米は二度ばかりこういう慰め方をした。三度目には、
「来年になれば、安さんの方でどうか都合して上げるって受合って下すったんじゃなくって」と聞いた。
小六はその時不慥ふたしかな表情をして、
「そりゃ安さんの計画が、口でいう通り旨うまく行けば訳はないんでしょうが、だんだん考えると、何だ
か少し当にならないような気がし出してね。鰹船かつおぶねもあんまり儲もうからないようだから」と云
った。御米は小六の憮然ぶぜんとしている姿を見て、それを時々酒気を帯びて帰って来る、どこかに殺気

201 :山師さん:2016/05/18(水) 20:41:35.19 ID:4uTcWgUe
さっきを含んだ、しかも何が癪しゃくに障さわるんだか訳が分らないでいてはなはだ不平らしい小六と比
較すると、心の中うちで気の毒にもあり、またおかしくもあった。その時は、
「本当にね。兄さんにさえ御金があると、どうでもして上げる事ができるんだけれども」と、御世辞でも
何でもない、同情の意を表した。
 その夕暮であったか、小六はまた寒い身体からだを外套マントに包くるんで出て行ったが、八時過に帰
って来て、兄夫婦の前で、袂たもとから白い細長い袋を出して、寒いから蕎麦掻そばがきを拵こしらえて
食おうと思って、佐伯へ行った帰りに買って来たと云った。そうして御米が湯を沸わかしているうちに、
煮出しを拵えるとか云って、しきりに鰹節かつぶしを掻かいた。
 その時宗助夫婦は、最近の消息として、安之助の結婚がとうとう春まで延びた事を聞いた。この縁談は
安之助が学校を卒業すると間もなく起ったもので、小六が房州から帰って、叔母に学資の供給を断わられ
る時分には、もうだいぶ話が進んでいたのである。正式の通知が来ないので、いつ纏まとまったか、宗助
はまるで知らなかったが、ただ折々佐伯へ行っては、何か聞いて来る小六を通じてのみ、彼は年内に式を
挙げるはずの新夫婦を予想した。その他には、嫁の里がある会社員で、有福な生計くらしをしている事と
、その学校が女学館であるという事と、兄弟がたくさんあると云う事だけを、同じく小六を通じて耳にし
た。写真にせよ顔を知ってるのは小六ばかりであった。
「好い器量?」と御米が聞いた事がある。
「まあ好い方でしょう」と小六が答えた事がある。
 その晩はなぜ暮のうちに式を済まさないかと云うのが、蕎麦掻のでき上る間、三人の話題になった。御
米は方位でも悪いのだろうと臆測おくそくした。宗助は押しつまって日がないからだろうと考えた。独ひ
とり小六だけが、
「やっぱり物質的の必要かららしいです。先が何でもよほど派出はでな家うちなんで、叔母さんの方でも
そう単簡たんかんに済まされないんでしょう」といつにない世帯染みた事を云った。

十一

 御米およねのぶらぶらし出したのは、秋も半なかば過ぎて、紅葉もみじの赤黒く縮ちぢれる頃であった
。京都にいた時分は別として、広島でも福岡でも、あまり健康な月日を送った経験のない御米は、この点
に掛けると、東京へ帰ってからも、やはり仕合せとは云えなかった。この女には生れ故郷の水が、性しょ
うに合わないのだろうと、疑ぐれば疑ぐられるくらい、御米は一時悩んだ事もあった。
 近頃はそれがだんだん落ちついて来て、宗助そうすけの気を揉もむ機会ばあいも、年に幾度と勘定かん
じょうができるくらい少なくなったから、宗助は役所の出入でいりに、御米はまた夫の留守の立居たちい
に、等しく安心して時間を過す事ができたのである。だからことしの秋が暮れて、薄い霜しもを渡る風が
、つらく肌を吹く時分になって、また少し心持が悪くなり出しても、御米はそれほど苦にもならなかった
。始のうちは宗助にさえ知らせなかった。宗助が見つけて、医者に掛かれと勧めても、容易に掛からなか
った。
 そこへ小六ころくが引越して来た。宗助はその頃の御米を観察して、体質の状態やら、精神の模様やら
、夫おっとだけによく知っていたから、なるべくは、人数ひとかずを殖ふやして宅うちの中を混雑ごたつ
かせたくないとは思ったが、事情やむを得ないので、成るがままにしておくよりほかに、手段の講じよう
もなかった。ただ口の先で、なるべく安静にしていなくてはいけないと云う矛盾した助言は与えた。御米
は微笑して、
「大丈夫よ」と云った。この答を得た時、宗助はなおの事安心ができなくなった。ところが不思議にも、
御米の気分は、小六が引越して来てから、ずっと引立った。自分に責任の少しでも加わったため、心が緊
張したものと見えて、かえって平生よりは、かいがいしく夫や小六の世話をした。小六にはそれがまるで
通じなかったが、宗助から見ると、御米が在来よりどれほど力つとめているかがよく解った。宗助は心の
うちで、このまめやかな細君に新らしい感謝の念を抱いだくと同時に、こう気を張り過ぎる結果が、一度
に身体からだに障さわるような騒ぎでも引き起してくれなければいいがと心配した。
 不幸にも、この心配が暮の二十日過はつかすぎになって、突然事実になりかけたので、宗助は予期の恐

202 :山師さん:2016/05/18(水) 20:41:47.28 ID:4uTcWgUe
怖に火が点ついたように、いたく狼狽ろうばいした。その日は判然はっきり土に映らない空が、朝から重
なり合って、重い寒さが終日人の頭を抑おさえつけていた。御米は前の晩にまた寝られないで、休ませ損
そくなった頭を抱えながら、辛抱して働らき出したが、起たったり動いたりするたびに、多少脳に応こた
える苦痛はあっても、比較的明るい外界の刺戟しげきに紛まぎれたためか、じっと寝ていながら、頭だけ
が冴さえて痛むよりは、かえって凌しのぎやすかった。とかくして夫を送り出すまでは、しばらくしたら
またいつものように折り合って来る事と思って我慢していた。ところが宗助がいなくなって、自分の義務
に一段落が着いたという気の弛ゆるみが出ると等しく、濁った天気がそろそろ御米の頭を攻め始めた。空
を見ると凍こおっているようであるし、家うちの中にいると、陰気な障子しょうじの紙を透とおして、寒
さが浸しみ込んで来るかと思われるくらいだのに、御米の頭はしきりに熱ほてって来た。仕方がないから
、今朝あげた蒲団ふとんをまた出して来て、座敷へ延べたまま横になった。それでも堪たえられないので
、清に濡手拭ぬれてぬぐいを絞しぼらして頭へ乗せた。それが直じき生温なまぬるくなるので、枕元に金
盥かなだらいを取り寄せて時々絞しぼり易かえた。
 午ひるまでこんな姑息手段こそくしゅだんで断えず額を冷やして見たが、いっこうはかばかしい験げん
もないので、御米は小六のために、わざわざ起きて、いっしょに食事をする根気もなかった。清きよにい
いつけて膳立ぜんだてをさせて、それを小六に薦すすめさしたまま、自分はやはり床を離れずにいた。そ
うして、平生夫のする柔やわらかい括枕くくりまくらを持って来て貰って、堅いのと取り替えた。御米は
髪の損こわれるのを、女らしく苦にする勇気にさえ乏しかったのである。
 小六は六畳から出て来て、ちょっと襖ふすまを開けて、御米の姿を覗のぞき込んだが、御米が半なかば
床の間の方を向いて、眼を塞ふさいでいたので、寝ついたとでも思ったものか、一言ひとことの口も利き
かずに、またそっと襖を閉めた。そうして、たった一人大きな食卓を専領して、始めからさらさらと茶漬
を掻かき込む音をさせた。
 二時頃になって、御米はやっとの事、とろとろと眠ったが、眼が覚さめたら額を捲まいた濡れ手拭がほ
とんど乾くくらい暖かになっていた。その代り頭の方は少し楽になった。ただ肩から背筋せすじへ掛けて
、全体に重苦しいような感じが新らしく加わった。御米は何でも精をつけなくては毒だという考から、一
人で起きて遅い午飯ひるはんを軽く食べた。
「御気分はいかがでございます」と清が御給仕をしながら、しきりに聞いた。御米はだいぶいいようだっ
たので、床を上げて貰って、火鉢に倚よったなり、宗助の帰りを待ち受けた。
 宗助は例刻に帰って来た。神田の通りで、門並かどなみ旗を立てて、もう暮の売出しを始めた事だの、
勧工場かんこうばで紅白の幕を張って楽隊に景気をつけさしている事だのを話した末、
「賑にぎやかだよ。ちょっと行って御覧。なに電車に乗って行けば訳はない」と勧めた。そうして自分は
寒さに腐蝕ふしょくされたように赤い顔をしていた。
 御米はこう宗助から労いたわられた時、何だか自分の身体の悪い事を訴たえるに忍びない心持がした。
実際またそれほど苦しくもなかった。それでいつもの通り何気なにげない顔をして、夫に着物を着換えさ
したり、洋服を畳んだりして夜よに入いった。
 ところが九時近くになって、突然宗助に向って、少し加減が悪いから先へ寝たいと云い出した。今まで
平生の通り機嫌よく話していただけに、宗助はこの言葉を聞いてちょっと驚ろいたが、大した事でもない
と云う御米の保証に、ようやく安心してすぐ休む支度をさせた。
 御米が床とこへ這入はいってから、約二十分ばかりの間、宗助は耳の傍はたに鉄瓶てつびんの音を聞き
ながら、静な夜を丸心まるじんの洋灯ランプに照らしていた。彼は来年度に一般官吏に増俸の沙汰さたが
あるという評判を思い浮べた。またその前に改革か淘汰とうたが行われるに違ないという噂に思い及んだ
。そうして自分はどっちの方へ編入されるのだろうと疑った。彼は自分を東京へ呼んでくれた杉原が、今
もなお課長として本省にいないのを遺憾いかんとした。彼は東京へ移ってから不思議とまだ病気をした事
がなかった。したがってまだ欠勤届を出した事がなかった。学校を中途でやめたなり、本はほとんど読ま
ないのだから、学問は人並にできないが、役所でやる仕事に差支さしつかえるほどの頭脳ではなかった。

203 :山師さん:2016/05/18(水) 20:41:59.18 ID:4uTcWgUe
 彼はいろいろな事情を綜合そうごうして考えた上、まあ大丈夫だろうと腹の中できめた。そうして爪の
先で軽く鉄瓶の縁ふちを敲たたいた。その時座敷で、
「あなたちょっと」と云う御米の苦しそうな声が聞えたので、我知らず立ち上がった。
 座敷へ来て見ると、御米は眉まゆを寄せて、右の手で自分の肩を抑おさえながら、胸まで蒲団ふとんの
外へ乗り出していた。宗助はほとんど器械的に、同じ所へ手を出した。そうして御米の抑えている上から
、固く骨の角かどを攫つかんだ。
「もう少し後うしろの方」と御米が訴えるように云った。宗助の手が御米の思う所へ落ちつくまでには、
二度も三度もそこここと位置を易かえなければならなかった。指で圧おしてみると、頸くびと肩の継目の
少し背中へ寄った局部が、石のように凝こっていた。御米は男の力いっぱいにそれを抑えてくれと頼んだ
。宗助の額からは汗が煮染にじみ出した。それでも御米の満足するほどは力が出なかった。
 宗助は昔の言葉で早打肩はやうちかたというのを覚えていた。小さい時祖父じじいから聞いた話に、あ
る侍さむらいが馬に乗ってどこかへ行く途中で、急にこの早打肩はやうちかたに冒おかされたので、すぐ
馬から飛んで下りて、たちまち小柄こづかを抜くや否いなや、肩先を切って血を出したため、危うい命を
取り留めたというのがあったが、その話が今明らかに記憶の焼点しょうてんに浮んで出た。その時宗助は
これはならんと思った。けれどもはたして刃物を用いて、肩の肉を突いていいものやら、悪いものやら、
決しかねた。
 御米はいつになく逆上のぼせて、耳まで赤くしていた。頭が熱いかと聞くと苦しそうに熱いと答えた。
宗助は大きな声を出して清に氷嚢こおりぶくろへ冷たい水を入れて来いと命じた。氷嚢があいにく無かっ
たので、清は朝の通り金盥かなだらいに手拭てぬぐいを浸つけて持って来た。清が頭を冷やしているうち
、宗助はやはり精いっぱい肩を抑えていた。時々少しはいいかと聞いても、御米は微かすかに苦しいと答
えるだけであった。宗助は全く心細くなった。思い切って、自分で馳かけ出して医者を迎むかいに行こう
としたが、後あとが心配で一足も表へ出る気にはなれなかった。
「清、御前急いで通りへ行って、氷嚢を買って医者を呼んで来い。まだ早いから起きてるだろう」
 清はすぐ立って茶の間の時計を見て、
「九時十五分でございます」と云いながら、それなり勝手口へ回って、ごそごそ下駄を探さがしていると
ころへ、旨うまい具合に外から小六が帰って来た。例の通り兄には挨拶あいさつもしないで、自分の部屋
へ這入はいろうとするのを、宗助はおい小六と烈はげしく呼び止めた。小六は茶の間で少し躊躇ちゅうち
ょしていたが、兄からまた二声ほど続けざまに大きな声を掛けられたので、やむを得ず低い返事をして、
襖ふすまから顔を出した。その顔は酒気しゅきのまだ醒さめない赤い色を眼の縁ふちに帯びていた。部屋
の中を覗のぞき込んで、始めて吃驚びっくりした様子で、
「どうかなすったんですか」と酔よいが一時に去ったような表情をした。
 宗助は清に命じた通りを、小六に繰り返して、早くしてくれと急せき立てた。小六は外套マントも脱ぬ
がずに、すぐ玄関へ取って返した。
「兄さん、医者まで行くのは急いでも時間が掛かりますから、坂井さんの電話を借りて、すぐ来るように
頼みましょう」
「ああ。そうしてくれ」と宗助は答えた。そうして小六の帰る間、清に何返なんべんとなく金盥の水を易
かえさしては、一生懸命に御米の肩を圧おしつけたり、揉もんだりしてみた。御米の苦しむのを、何もせ
ずにただ見ているに堪たえなかったから、こうして自分の気を紛まぎらしていたのである。
 この時の宗助に取って、医者の来るのを今か今かと待ち受ける心ほど苛つらいものはなかった。彼は御
米の肩を揉みながらも、絶えず表の物音に気を配った。
 ようやく医者が来たときは、始めて夜が明けたような心持がした。医者は商売柄だけあって、少しも狼
狽うろたえた様子を見せなかった。小さい折鞄おりかばんを脇に引き付けて、落ちつき払った態度で、慢
性病の患者でも取り扱うように緩ゆっくりした診察をした。その逼せまらない顔色を傍はたで見ていたせ
いか、わくわくした宗助の胸もようやく治おさまった。
 医者は芥子からしを局部へ貼はる事と、足を湿布しっぷで温める事と、それから頭を氷で冷す事とを、
応急手段として宗助に注意した。そうして自分で芥子を掻かいて、御米の肩から頸くびの根へ貼りつけて
くれた。湿布は清と小六とで受持った。宗助は手拭てぬぐいの上から氷嚢こおりぶくろを額の上に当てが

204 :山師さん:2016/05/18(水) 20:42:11.20 ID:4uTcWgUe
った。
 とかくするうち約一時間も経った。医者はしばらく経過を見て行こうと云って、それまで御米の枕元に
坐すわっていた。世間話も折々は交まじえたが、おおかたは無言のまま二人共に御米の容体を見守る事が
多かった。夜よは例のごとく静しずかに更ふけた。
「だいぶ冷えますな」と医者が云った。宗助は気の毒になったので、あとの注意をよく聞いた上、遠慮な
く引き取ってくれるようにと頼んだ。その時御米は先刻さっきよりはだいぶ軽快になっていたからである

「もう大丈夫でしょう。頓服とんぷくを一回上げますから今夜飲んで御覧なさい。多分寝られるだろうと
思います」と云って医者は帰った。小六はすぐその後あとを追って出て行った。
 小六が薬取に行った間に、御米は
「もう何時」と云いながら、枕元の宗助を見上げた。宵よいとは違って頬から血が退ひいて、洋灯ランプ
に照らされた所が、ことに蒼白あおじろく映った。宗助は黒い毛の乱れたせいだろうと思って、わざわざ
鬢びんの毛を掻き上げてやった。そうして、
「少しはいいだろう」と聞いた。
「ええよっぽど楽になったわ」と御米はいつもの通り微笑を洩もらした。御米は大抵苦しい場合でも、宗
助に微笑を見せる事を忘れなかった。茶の間では、清が突伏したまま鼾いびきをかいていた。
「清を寝かしてやって下さい」と御米が宗助に頼んだ。
 小六が薬取りから帰って来て、医者の云いつけ通り服薬を済ましたのは、もうかれこれ十二時近くであ
った。それから二十分と経たないうちに、病人はすやすや寝入った。
「好い塩梅あんばいだ」と宗助が御米の顔を見ながら云った。小六もしばらく嫂あによめの様子を見守っ
ていたが、
「もう大丈夫でしょう」と答えた。二人は氷嚢を額からおろした。
 やがて小六は自分の部屋へ這入はいる。宗助は御米の傍そばへ床を延べていつものごとく寝た。五六時
間の後のち冬の夜は錐きりのような霜しもを挟さしはさんで、からりと明け渡った。それから一時間する
と、大地を染める太陽が、遮さえぎるもののない蒼空あおぞらに憚はばかりなく上のぼった。御米はまだ
すやすや寝ていた。
 そのうち朝餉あさげも済んで、出勤の時刻がようやく近づいた。けれども御米は眠りから覚さめる気色
けしきもなかった。宗助は枕辺まくらべに曲こごんで、深い寝息を聞きながら、役所へ行こうか休もうか
と考えた。

十二

 朝の内は役所で常のごとく事務を執とっていたが、折々昨夕ゆうべの光景が眼に浮ぶに連れて、自然御
米およねの病気が気に罹かかるので、仕事は思うように運ばなかった。時には変な間違をさえした。宗助
そうすけは午ひるになるのを待って、思い切って宅うちへ帰って来た。
 電車の中では、御米の眼がいつ頃覚さめたろう、覚めた後は心持がだいぶ好くなったろう、発作ほっさ
ももう起る気遣きづかいなかろうと、すべて悪くない想像ばかり思い浮べた。いつもと違って、乗客の非
常に少ない時間に乗り合わせたので、宗助は周囲の刺戟しげきに気を使う必要がほとんどなかった。それ
で自由に頭の中へ現われる画を何枚となく眺ながめた。そのうちに、電車は終点に来た。
 宅の門口かどぐちまで来ると、家の中はひっそりして、誰もいないようであった。格子こうしを開けて
、靴を脱いで、玄関に上がっても、出て来るものはなかった。宗助はいつものように縁側えんがわから茶
の間へ行かずに、すぐ取付とっつきの襖ふすまを開けて、御米の寝ている座敷へ這入はいった。見ると、
御米は依然として寝ていた。枕元の朱塗の盆に散薬さんやくの袋と洋杯が載のっていて、その洋杯コップ
の水が半分残っているところも朝と同じであった。頭を床の間の方へ向けて、左の頬と芥子からしを貼っ
た襟元えりもとが少し見えるところも朝と同じであった。呼息いきよりほかに現実世界と交通のないよう
に思われる深い眠ねむりも朝見た通りであった。すべてが今朝出掛に頭の中へ収めて行った光景と少しも
変っていなかった。宗助は外套マントも脱がずに、上から曲こごんで、すうすういう御米の寝息をしばら

205 :山師さん:2016/05/18(水) 20:42:23.22 ID:4uTcWgUe
く聞いていた。御米は容易に覚めそうにも見えなかった。宗助は昨夕ゆうべ御米が散薬を飲んでから以後
の時間を指を折って勘定した。そうしてようやく不安の色を面おもてに表わした。昨夕までは寝られない
のが心配になったが、こう前後不覚に長く寝るところを眼まのあたりに見ると、寝る方が何かの異状では
ないかと考え出した。
 宗助は蒲団ふとんへ手を掛けて二三度軽く御米を揺振ゆすぶった。御米の髪が括枕くくりまくらの上で
、波を打つように動いたが、御米は依然としてすうすう寝ていた。宗助は御米を置いて、茶の間から台所
へ出た。流し元の小桶こおけの中に茶碗と塗椀が洗わないまま浸つけてあった。下女部屋を覗のぞくと、
清きよが自分の前に小さな膳ぜんを控えたなり、御櫃おはちに倚よりかかって突伏していた。宗助はまた
六畳の戸を引いて首を差し込んだ。そこには小六ころくが掛蒲団を一枚頭から引被って寝ていた。
 宗助は一人で着物を着換えたが、脱ぎ捨てた洋服も、人手を借りずに自分で畳んで、押入にしまった。
それから火鉢へ火を継ついで、湯を沸わかす用意をした。二三分は火鉢に持たれて考えていたが、やがて
立ち上がって、まず小六から起しにかかった。次に清を起した。二人とも驚ろいて飛び起きた。小六に御
米の今朝から今までの様子を聞くと、実は余り眠いので、十一時半頃飯を食って寝たのだが、それまでは
御米もよく熟睡していたのだと云う。
「医者へ行ってね。昨夜ゆうべの薬を戴いただいてから寝出して、今になっても眼が覚めませんが、差支
さしつかえないでしょうかって聞いて来てくれ」
「はあ」
 小六は簡単な返事をして出て行った。宗助はまた座敷へ来て御米の顔を熟視した。起してやらなくって
は悪いような、また起しては身体からだへ障さわるような、分別ふんべつのつかない惑まどいを抱いだい
て腕組をした。
 間もなく小六が帰って来て、医者はちょうど往診に出かけるところであった、訳を話したら、では今か
ら一二軒寄ってすぐ行こうと答えた、と告げた。宗助は医者が見えるまで、こうして放っておいて構わな
いのかと小六に問い返したが、小六は医者が以上よりほかに何にも語らなかったと云うだけなので、やむ
を得ず元のごとく枕辺まくらべにじっと坐っていた。そうして心の中うちで、医者も小六も不親切過ぎる
ように感じた。彼はその上昨夕ゆうべ御米を介抱している時に帰って来た小六の顔を思い出して、なお不
愉快になった。小六が酒を呑のむ事は、御米の注意で始めて知ったのであるが、その後気をつけて弟の様
子をよく見ていると、なるほど何だか真面目まじめでないところもあるようなので、いつかみっちり異見
でもしなければなるまいくらいに考えてはいたが、面白くもない二人の顔を御米に見せるのが、気の毒な
ので、今日きょうまでわざと遠慮していたのである。
「云い出すなら御米の寝ている今である。今ならどんな気不味きまずいことを双方で言い募つのったって
、御米の神経に障る気遣きづかいはない」
 ここまで考えついたけれども、知覚のない御米の顔を見ると、またその方が気がかりになって、すぐに
でも起したい心持がするので、つい決し兼てぐずぐずしていた。そこへようやく医者が来てくれた。
 昨夕の折鞄おりかばんをまた丁寧ていねいに傍わきへ引きつけて、緩ゆっくり巻煙草まきたばこを吹か
しながら、宗助の云うことを、はあはあと聞いていたが、どれ拝見致しましょうと御米の方へ向き直った
。彼は普通の場合のように病人の脈を取って、長い間自分の時計を見つめていた。それから黒い聴診器を
心臓の上に当てた。それを丁寧にあちらこちらと動かした。最後に丸い穴の開あいた反射鏡を出して、宗
助に蝋燭ろうそくを点つけてくれと云った。宗助は蝋燭を持たないので、清に洋灯ランプを点つけさした
。医者は眠っている御米の眼を押し開けて、仔細しさいに反射鏡の光を睫まつげの奥に集めた。診察はそ
れで終った。
「少し薬が利きき過ぎましたね」と云って宗助の方へ向き直ったが、宗助の眼の色を見るや否いなや、す
ぐ、
「しかし御心配になる事はありません。こう云う場合に、もし悪い結果が起るとすると、きっと心臓か脳
を冒おかすものですが、今拝見したところでは双方共異状は認められませんから」と説明してくれた。宗
助はそれでようやく安心した。医者はまた自分の用いた眠り薬が比較的新らしいもので、学理上、他の睡
眠剤のように有害でない事や、またその効目ききめが患者の体質に因よって、程度に大変な相違のある事
などを語って帰った。帰るとき宗助は、

206 :山師さん:2016/05/18(水) 20:42:35.24 ID:4uTcWgUe
「では寝られるだけ寝かしておいても差支さしつかえありませんか」と聞いたら、医者は用さえなければ
別に起す必要もあるまいと答えた。
 医者が帰ったあとで、宗助は急に空腹になった。茶の間へ出ると、先刻さっき掛けておいた鉄瓶てつび
んがちんちん沸たぎっていた。清を呼んで、膳ぜんを出せと命ずると、清は困った顔つきをして、まだ何
の用意もできていないと答えた。なるほど晩食ばんめしには少し間があった。宗助は楽々と火鉢の傍そば
に胡坐あぐらを掻かいて、大根の香こうの物ものを噛かみながら湯漬ゆづけを四杯ほどつづけざまに掻か
き込んだ。それから約三十分ほどしたら御米の眼がひとりでに覚さめた。

十三

 新年の頭を拵こしらえようという気になって、宗助そうすけは久し振に髪結床かみゆいどこの敷居を跨
またいだ。暮のせいか客がだいぶ立て込んでいるので、鋏はさみの音が二三カ所で、同時にちょきちょき
鳴った。この寒さを無理に乗り越して、一日も早く春に入ろうと焦慮あせるような表通の活動を、宗助は
今見て来たばかりなので、その鋏の音が、いかにも忙せわしない響となって彼の鼓膜を打った。
 しばらく煖炉ストーブの傍はたで煙草たばこを吹かして待っている間に、宗助は自分と関係のない大き
な世間の活動に否応なしに捲まき込まれて、やむを得ず年を越さなければならない人のごとくに感じた。
正月を眼の前へ控えた彼は、実際これという新らしい希望もないのに、いたずらに周囲から誘われて、何
だかざわざわした心持を抱いだいていたのである。
 御米およねの発作ほっさはようやく落ちついた。今では平日いつものごとく外へ出ても、家うちの事が
それほど気にかからないぐらいになった。余所よそに比べると閑静な春の支度も、御米から云えば、年に
一度の忙がしさには違なかったので、あるいはいつも通りの準備さえ抜いて、常よりも簡単に年を越す覚
悟をした宗助は、蘇生よみがえったようにはっきりした妻さいの姿を見て、恐ろしい悲劇が一歩遠退とお
のいた時のごとくに、胸を撫なでおろした。しかしその悲劇がまたいついかなる形で、自分の家族を捕と
らえに来るか分らないと云う、ぼんやりした掛念けねんが、折々彼の頭のなかに霧きりとなってかかった

 年の暮に、事を好むとしか思われない世間の人が、故意わざと短い日を前へ押し出したがって齷齪あく
せくする様子を見ると、宗助はなおの事この茫漠ぼうばくたる恐怖の念に襲おそわれた。成ろうことなら
、自分だけは陰気な暗い師走しわすの中うちに一人残っていたい思さえ起った。ようやく自分の番が来て
、彼は冷たい鏡のうちに、自分の影を見出した時、ふとこの影は本来何者だろうと眺ながめた。首から下
は真白な布に包まれて、自分の着ている着物の色も縞しまも全く見えなかった。その時彼はまた床屋の亭
主が飼っている小鳥の籠かごが、鏡の奥に映っている事に気がついた。鳥が止とまり木ぎの上をちらりち
らりと動いた。
 頭へ香においのする油を塗られて、景気のいい声を後うしろから掛けられて、表へ出たときは、それで
も清々せいせいした心持であった。御米の勧め通り髪を刈った方が、結局つまり気を新たにする効果があ
ったのを、冷たい空気の中で、宗助は自覚した。
 水道税の事でちょっと聞き合せる必要が生じたので、宗助は帰り路に坂井へ寄った。下女が出て来て、
こちらへと云うから、いつもの座敷へ案内するかと思うと、そこを通り越して、茶の間へ導びいていった
。すると茶の間の襖ふすまが二尺ばかり開あいていて、中から三四人の笑い声が聞えた。坂井の家庭は相
変らず陽気であった。
 主人は光沢つやの好い長火鉢ながひばちの向側に坐っていた。細君は火鉢を離れて、少し縁側えんがわ
の障子しょうじの方へ寄って、やはりこちらを向いていた。主人の後うしろに細長い黒い枠わくに嵌はめ
た柱時計がかかっていた。時計の右が壁で、左が袋戸棚ふくろとだなになっていた。その張交はりまぜに
石摺いしずりだの、俳画だの、扇の骨を抜いたものなどが見えた。
 主人と細君のほかに、筒袖つつそでの揃そろいの模様の被布ひふを着た女の子が二人肩を擦すりつけ合
って坐っていた。片方は十二三で、片方は十とおぐらいに見えた。大きな眼を揃えて、襖ふすまの陰から
入って来た宗助の方を向いたが、二人の眼元にも口元にも、今笑ったばかりの影が、まだゆたかに残って
いた。宗助は一応室へやの内を見回して、この親子のほかに、まだ一人妙な男が、一番入口に近い所に畏

207 :山師さん:2016/05/18(水) 20:42:47.21 ID:4uTcWgUe
かしこまっているのを見出した。
 宗助は坐って五分と立たないうちに、先刻さっきの笑声は、この変な男と坂井の家族との間に取り換わ
された問答から出る事を知った。男は砂埃すなほこりでざらつきそうな赤い毛と、日に焼けて生涯しょう
がい褪さめっこない強い色を有もっていた。瀬戸物の釦ボタンの着いた白木綿しろもめんの襯衣シャツを
着て、手織の硬こわい布子ぬのこの襟えりから財布の紐ひもみたような長い丸打まるうちをかけた様子は
、滅多めったに東京などへ出る機会のない遠い山の国のものとしか受け取れなかった。その上男はこの寒
いのに膝小僧ひざこぞうを少し出して、紺こんの落ちた小倉こくらの帯の尻に差した手拭てぬぐいを抜い
ては鼻の下を擦こすった。
「これは甲斐かいの国から反物たんものを背負しょってわざわざ東京まで出て来る男なんです」と坂井の
主人が紹介すると、男は宗助の方を向いて、
「どうか旦那、一つ買っておくれ」と挨拶あいさつをした。
 なるほど銘仙めいせんだの御召おめしだの、白紬しろつむぎだのがそこら一面に取り散らしてあった。
宗助はこの男の形装なりや言葉遣ことばづかいのおかしい割に、立派な品物を背中へ乗せて歩行あるくの
をむしろ不思議に思った。主人の細君の説明によると、この織屋の住んでいる村は焼石ばかりで、米も粟
あわも収とれないから、やむを得ず桑くわを植えて蚕かいこを飼うんだそうであるが、よほど貧しい所と
見えて、柱時計を持っている家が一軒だけで、高等小学へ通う小供が三人しかないという話であった。
「字の書けるものは、この人ぎりなんだそうですよ」と云って細君は笑った。すると織屋も、
「本当のこんだよ、奥さん。読み書き算筆さんぴつのできるものは、おれよりほかにねえんだからね。全
く非道ひどい所にゃ違ない」と真面目に細君の云う事を首肯うけがった。
 織屋はいろいろの反物を主人や細君の前へ突きつけては、「買っておくれ」という言葉をしきりに繰り
返した。そりゃ高いよいくらいくらに御負けなどと云われると、「値じゃねえね」とか、「拝むからそれ
で買っておくれ」とか、「まあ目方を見ておくれ」とかすべて異様な田舎いなかびた答をした。そのたび
に皆みんなが笑った。主人夫婦はまた閑ひまだと見えて、面白半分にいつまでも織屋を相手にした。
「織屋、御前そうして荷を背負しょって、外へ出て、時分どきになったら、やっぱり御膳ごぜんを食べる
んだろうね」と細君が聞いた。
「飯を食わねえでいられるもんじゃないよ。腹の減る事ちゅうたら」
「どんな所で食べるの」
「どんな所で食べるちゅうて、やっぱり茶屋で食うだね」
 主人は笑いながら茶屋とは何だと聞いた。織屋は、飯を食わす所が茶屋だと答えた。それから東京へ出
立でたてには飯が非常に旨うまいので、腹を据すえて食い出すと、大抵の宿屋は叶かなわない、三度三度
食っちゃ気の毒だと云うような事を話して、また皆みんなを笑わした。
 織屋はしまいに撚糸よりいとの紬つむぎと、白絽しろろを一匹いっぴき細君に売りつけた。宗助はこの
押しつまった暮に、夏の絽を買う人を見て余裕よゆうのあるものはまた格別だと感じた。すると、主人が
宗助に向って、
「どうですあなたも、ついでに何か一つ。奥さんの不断着でも」と勧めた。細君もこう云う機会に買って
置くと、幾割か値安に買える便宜べんぎを説いた。そうして、
「なに、御払おはらいはいつでもいいんです」と受合ってくれた。宗助はとうとう御米のために銘仙めい
せんを一反買う事にした。主人はそれをさんざん値切って三円に負けさした。
 織屋は負けた後あとでまた、
「全く値じゃねえね。泣きたくなるね」と云ったので、大勢がまた一度に笑った。
 織屋はどこへ行ってもこういう鄙ひなびた言葉を使って通しているらしかった。毎日馴染なじみの家を
ぐるぐる回まわって歩いているうちには、背中の荷がだんだん軽かろくなって、しまいに紺こんの風呂敷
ふろしきと真田紐さなだひもだけが残る。その時分にはちょうど旧の正月が来るので、ひとまず国元へ帰
って、古い春を山の中で越して、それからまた新らしい反物を背負えるだけ背負って出て来るのだと云っ
た。そうして養蚕ようさんの忙せわしい四月の末か五月の初までに、それを悉皆すっかり金に換えて、ま
た富士の北影の焼石ばかりころがっている小村へ帰って行くのだそうである。
「宅うちへ来出してから、もう四五年になりますが、いつ見ても同じ事で、少しも変らないんですよ」と

208 :山師さん:2016/05/18(水) 20:42:59.22 ID:4uTcWgUe
細君が注意した。
「実際珍らしい男です」と主人も評語を添えた。三日も外へ出ないと、町幅がいつの間にか取り広げられ
ていたり、一日新聞を読まないと、電車の開通を知らずに過したりする今の世に、年に二度も東京へ出な
がら、こう山男の特色をどこまでも維持して行くのは、実際珍らしいに違なかった。宗助はつくづくこの
織屋の容貌ようぼうやら態度やら服装やら言葉使やらを観察して、一種気の毒な思をなした。
 彼は坂井を辞して、家うちへ帰る途中にも、折々インヴァネスの羽根の下に抱えて来た銘仙の包つつみ
を持ち易かえながら、それを三円という安い価ねで売った男の、粗末な布子ぬのこの縞しまと、赤くてば
さばさした髪の毛と、その油気あぶらけのない硬こわい髪の毛が、どういう訳か、頭の真中で立派に左右
に分けられている様を、絶えず眼の前に浮べた。
 宅では御米が、宗助に着せる春の羽織をようやく縫い上げて、圧おしの代りに坐蒲団ざぶとんの下へ入
れて、自分でその上へ坐っているところであった。
「あなた今夜敷いて寝て下さい」と云って、御米は宗助を顧かえりみた。夫から、坂井へ来ていた甲斐か
いの男の話を聞いた時は、御米もさすがに大きな声を出して笑った。そうして宗助の持って帰った銘仙め
いせんの縞柄しまがらと地合じあいを飽あかず眺ながめては、安い安いと云った。銘仙は全く品しなの良
いいものであった。
「どうして、そう安く売って割に合うんでしょう」としまいに聞き出した。
「なに中へ立つ呉服屋が儲もうけ過ぎてるのさ」と宗助はその道に明るいような事を、この一反の銘仙か
ら推断して答えた。
 夫婦の話はそれから、坂井の生活に余裕のある事と、その余裕のために、横町の道具屋などに意外な儲
もうけ方かたをされる代りに、時とするとこう云う織屋などから、差し向き不用のものを廉価れんかに買
っておく便宜べんぎを有している事などに移って、しまいにその家庭のいかにも陽気で、賑にぎやかな模
様に落ちて行った。宗助はその時突然語調を更かえて、
「なに金があるばかりじゃない。一つは子供が多いからさ。子供さえあれば、大抵貧乏な家うちでも陽気
になるものだ」と御米を覚さとした。
 その云い方が、自分達の淋さみしい生涯しょうがいを、多少自みずから窘たしなめるような苦にがい調
子を、御米の耳に伝えたので、御米は覚えず膝ひざの上の反物から手を放して夫の顔を見た。宗助は坂井
から取って来た品が、御米の嗜好しこうに合ったので、久しぶりに細君を喜ばせてやった自覚があるばか
りだったから、別段そこには気がつかなかった。御米もちょっと宗助の顔を見たなりその時は何にも云わ
なかった。けれども夜よに入いって寝る時間が来るまで御米はそれをわざと延ばしておいたのである。
 二人はいつもの通り十時過床に入ったが、夫の眼がまだ覚さめている頃を見計らって、御米は宗助の方
を向いて話しかけた。
「あなた先刻さっき小供がないと淋さむしくっていけないとおっしゃってね」
 宗助はこれに類似の事を普般的に云った覚おぼえはたしかにあった。けれどもそれは強あながちに、自
分達の身の上について、特に御米の注意を惹ひくために口にした、故意の観察でないのだから、こう改た
まって聞き糺ただされると、困るよりほかはなかった。
「何も宅うちの事を云ったのじゃないよ」
 この返事を受けた御米は、しばらく黙っていた。やがて、
「でも宅の事を始終淋しい淋しいと思っていらっしゃるから、必竟つまりあんな事をおっしゃるんでしょ
う」と前とほぼ似たような問を繰り返した。宗助は固もとよりそうだと答えなければならない或物を頭の
中に有もっていた。けれども御米を憚はばかって、それほど明白地あからさまな自白をあえてし得なかっ
た。この病気上りの細君の心を休めるためには、かえってそれを冗談じょうだんにして笑ってしまう方が
善よかろうと考えたので、
「淋しいと云えば、そりゃ淋しくないでもないがね」と調子を易かえてなるべく陽気に出たが、そこで詰
まったぎり、新らしい文句も、面白い言葉も容易に思いつけなかった。やむを得ず、
「まあいいや。心配するな」と云った。御米はまた何とも答えなかった。宗助は話題を変えようと思って

「昨夕ゆうべも火事があったね」と世間話をし出した。すると御米は急に、

209 :山師さん:2016/05/18(水) 20:43:11.37 ID:4uTcWgUe
「私は実にあなたに御気の毒で」と切なそうに言訳を半分して、またそれなり黙ってしまった。洋灯ラン
プはいつものように床の間の上に据すえてあった。御米は灯ひに背そむいていたから、宗助には顔の表情
が判然はっきり分らなかったけれども、その声は多少涙でうるんでいるように思われた。今まで仰向あお
むいて天井を見ていた彼は、すぐ妻の方へ向き直った。そうして薄暗い影になった御米の顔をじっと眺な
がめた。御米も暗い中からじっと宗助を見ていた。そうして、
「疾とうからあなたに打ち明けて謝罪あやまろう謝罪まろうと思っていたんですが、つい言い悪にくかっ
たもんだから、それなりにしておいたのです」と途切れ途切れに云った。宗助には何の意味かまるで解ら
なかった。多少はヒステリーのせいかとも思ったが、全然そうとも決しかねて、しばらく茫然ぼんやりし
ていた。すると御米が思い詰めた調子で、
「私にはとても子供のできる見込はないのよ」と云い切って泣き出した。
 宗助はこの可憐な自白をどう慰さめていいか分別に余って当惑していたうちにも、御米に対してはなは
だ気の毒だという思が非常に高まった。
「子供なんざ、無くてもいいじゃないか。上の坂井さんみたようにたくさん生れて御覧、傍はたから見て
いても気の毒だよ。まるで幼稚園のようで」
「だって一人もできないときまっちまったら、あなただって好よかないでしょう」
「まだできないときまりゃしないじゃないか。これから生れるかも知れないやね」
 御米はなおと泣き出した。宗助も途方とほうに暮れて、発作の治まるのを穏やかに待っていた。そうし
て、緩ゆっくり御米の説明を聞いた。
 夫婦は和合同棲どうせいという点において、人並以上に成功したと同時に、子供にかけては、一般の隣
人よりも不幸であった。それも始から宿る種がなかったのなら、まだしもだが、育つべきものを中途で取
り落したのだから、さらに不幸の感が深かった。
 始めて身重みおもになったのは、二人が京都を去って、広島に瘠世帯やせじょたいを張っている時であ
った。懐妊かいにんと事がきまったとき、御米はこの新らしい経験に対して、恐ろしい未来と、嬉うれし
い未来を一度に夢に見るような心持を抱いだいて日を過ごした。宗助はそれを眼に見えない愛の精に、一
種の確証となるべき形を与えた事実と、ひとり解釈して少なからず喜んだ。そうして自分の命を吹き込ん
だ肉の塊かたまりが、目の前に踊る時節を指を折って楽しみに待った。ところが胎児は、夫婦の予期に反
して、五カ月まで育って突然下おりてしまった。その時分の夫婦の活計くらしは苦しい苛つらい月ばかり
続いていた。宗助は流産した御米の蒼あおい顔を眺めて、これも必竟つまりは世帯の苦労から起るんだと
判じた。そうして愛情の結果が、貧のために打ち崩くずされて、永く手の裡うちに捕える事のできなくな
ったのを残念がった。御米はひたすら泣いた。
 福岡へ移ってから間もなく、御米はまた酸すいものを嗜たしむ人となった。一度流産すると癖になると
聞いたので、御米は万よろずに注意して、つつましやかに振舞っていた。そのせいか経過は至極しごく順
当に行ったが、どうした訳か、これという原因もないのに、月足らずで生れてしまった。産婆は首を傾け
て、一度医者に見せるように勧めた。医者に診みて貰うと、発育が充分でないから、室内の温度を一定の
高さにして、昼夜とも変らないくらい、人工的に暖めなければいけないと云った。宗助の手際てぎわでは
、室内に煖炉だんろを据えつける設備をするだけでも容易ではなかった。夫婦はわが時間と算段の許す限
りを尽して、専念に赤児の命を護まもった。けれどもすべては徒労に帰した。一週間の後、二人の血を分
けた情なさけの塊かたまりはついに冷たくなった。御米は幼児の亡骸なきがらを抱だいて、
「どうしましょう」と啜すすり泣いた。宗助は再度の打撃を男らしく受けた。冷たい肉が灰になって、そ
の灰がまた黒い土に和かするまで、一口も愚痴ぐちらしい言葉は出さなかった。そのうちいつとなく、二
人の間に挟はさまっていた影のようなものが、しだいに遠退とおのいて、ほどなく消えてしまった。
 すると三度目の記憶が来た。宗助が東京に移って始ての年に、御米はまた懐妊したのである。出京の当
座は、だいぶん身体からだが衰ろえていたので、御米はもちろん、宗助もひどくそこを気遣きづかったが
、今度こそはという腹は両方にあったので、張のある月を無事にだんだんと重ねて行った。ところがちょ
うど五月目いつつきめになって、御米はまた意外の失敗しくじりをやった。その頃はまだ水道も引いてな

210 :山師さん:2016/05/18(水) 20:43:23.37 ID:4uTcWgUe
かったから、朝晩下女が井戸端へ出て水を汲んだり、洗濯をしなければならなかった。御米はある日裏に
いる下女に云いつける用ができたので、井戸流いどながしの傍そばに置いた盥たらいの傍まで行って話を
したついでに、流ながしを向むこうへ渡ろうとして、青い苔こけの生えている濡ぬれた板の上へ尻持しり
もちを突いた。御米はまたやり損そくなったとは思ったが、自分の粗忽そこつを面目ながって、宗助には
わざと何事も語らずにその場を通した。けれどもこの震動が、いつまで経っても胎児の発育にこれという
影響も及ぼさず、したがって自分の身体からだにも少しの異状を引き起さなかった事がたしかに分った時
、御米はようやく安心して、過去の失しつを改めて宗助の前に告げた。宗助は固もとより妻を咎とがめる
意もなかった。ただ、
「よく気をつけないと危ないよ」と穏やかに注意を加えて過ぎた。
 とかくするうちに月が満ちた。いよいよ生れるという間際まぎわまで日が詰ったとき、宗助は役所へ出
ながらも、御米の事がしきりに気にかかった。帰りにはいつも、今日はことによると留守のうちになどと
案じ続けては、自分の家の格子こうしの前に立った。そうして半ば予期している赤児の泣声が聞えないと
、かえって何かの変でも起ったらしく感じて、急いで宅うちへ飛び込んで、自分と自分の粗忽を恥ずる事
があった。
 幸さいわいに御米の産気さんけづいたのは、宗助の外に用のない夜中だったので、傍にいて世話のでき
ると云う点から見ればはなはだ都合が好かった。産婆も緩ゆっくり間に合うし、脱脂綿その他の準備もこ
とごとく不足なく取り揃そろえてあった。産も案外軽かった。けれども肝心かんじんの小児こどもは、た
だ子宮を逃のがれて広い所へ出たというまでで、浮世の空気を一口も呼吸しなかった。産婆は細い硝子ガ
ラスの管のようなものを取って、小ちさい口の内なかへ強い呼息いきをしきりに吹き込んだが、効目きき
めはまるでなかった。生れたものは肉だけであった。夫婦はこの肉に刻みつけられた、眼と鼻と口とを髣
髴ほうふつした。しかしその咽喉のどから出る声はついに聞く事ができなかった。
 産婆は出産のあったつい一週間前に来て、丁寧ていねいに胎児の心臓まで聴診して、至極しごく御健全
だと保証して行ったのである。よし産婆の云う事に間違があって、腹の児この発育が今までのうちにどこ
かで止っていたにしたところで、それが直すぐ取り出されない以上、母体は今日こんにちまで平気に持ち
応こたえる訳がなかった。そこをだんだん調べて見て、宗助は自分がいまだかつて聞いた事のない事実を
発見した時に、思わず恐れ驚ろいた。胎児は出る間際まで健康であったのである。けれども臍帯纏絡さい
たいてんらくと云って、俗に云う胞えなを頸くびへ捲まきつけていた。こう云う異常の場合には、固もと
より産婆の腕で切り抜けるよりほかにしようのないもので、経験のある婆さんなら、取り上げる時に、旨
うまく頸に掛かった胞を外はずして引き出すはずであった。宗助の頼んだ産婆もかなり年を取っているだ
けに、このくらいのことは心得ていた。しかし胎児の頸を絡からんでいた臍帯は、時たまあるごとく一重
ひとえではなかった。二重ふたえに細い咽喉のどを巻いている胞を、あの細い所を通す時に外し損そくな
ったので、小児こどもはぐっと気管を絞しめられて窒息してしまったのである。
 罪は産婆にもあった。けれどもなかば以上は御米の落度おちどに違なかった。臍帯纏絡の変状は、御米
が井戸端で滑って痛く尻餅しりもちを搗ついた五カ月前すでに自みずから醸かもしたものと知れた。御米
は産後の蓐中じょくちゅうにその始末を聞いて、ただ軽く首肯うなずいたぎり何にも云わなかった。そう
して、疲労に少し落ち込んだ眼を霑うるませて、長い睫毛まつげをしきりに動かした。宗助は慰さめなが
ら、手帛ハンケチで頬に流れる涙を拭ふいてやった。
 これが子供に関する夫婦の過去であった。この苦にがい経験を甞なめた彼らは、それ以後幼児について
余り多くを語るを好まなかった。けれども二人の生活の裏側は、この記憶のために淋さむしく染めつけら
れて、容易に剥はげそうには見えなかった。時としては、彼我ひがの笑声を通してさえ、御互の胸に、こ
の裏側が薄暗く映る事もあった。こういう訳だから、過去の歴史を今夫に向って新たに繰り返そうとは、
御米も思い寄らなかったのである。宗助も今更妻からそれを聞かせられる必要は少しも認めていなかった
のである。
 御米の夫に打ち明けると云ったのは、固より二人の共有していた事実についてではなかった。彼女は三

211 :山師さん:2016/05/18(水) 20:43:47.30 ID:4uTcWgUe
明人と同じように、遊戯的に外に現われるだけで済んでいた。それが実生活の厳かな部分を冒おかすよう
になったのは、全く珍らしいと云わなければならなかった。御米はその時真面目まじめな態度と真面目な
心を有もって、易者の前に坐って、自分が将来子を生むべき、また子を育てるべき運命を天から与えられ
るだろうかを確めた。易者は大道に店を出して、往来の人の身の上を一二銭で占うらなう人と、少しも違
った様子もなく、算木さんぎをいろいろに並べて見たり、筮竹ぜいちくを揉もんだり数えたりした後で、
仔細しさいらしく腮あごの下の髯ひげを握って何か考えたが、終りに御米の顔をつくづく眺ながめた末、
「あなたには子供はできません」と落ちつき払って宣告した。御米は無言のまま、しばらく易者の言葉を
頭の中で噛かんだり砕くだいたりした。それから顔を上げて、
「なぜでしょう」と聞き返した。その時御米は易者が返事をする前に、また考えるだろうと思った。とこ
ろが彼はまともに御米の眼の間を見詰めたまま、すぐ
「あなたは人に対してすまない事をした覚おぼえがある。その罪が祟たたっているから、子供はけっして
育たない」と云い切った。御米はこの一言いちげんに心臓を射抜かれる思があった。くしゃりと首を折っ
たなり家うちへ帰って、その夜は夫の顔さえろくろく見上げなかった。
 御米の宗助に打ち明けないで、今まで過したというのは、この易者の判断であった。宗助は床の間に乗
せた細い洋灯ランプの灯ひが、夜の中に沈んで行きそうな静かな晩に、始めて御米の口からその話を聞い
たとき、さすがに好い気味はしなかった。
「神経の起った時、わざわざそんな馬鹿な所へ出かけるからさ。銭ぜにを出して下らない事を云われてつ
まらないじゃないか。その後もその占うらないの宅うちへ行くのかい」
「恐ろしいから、もうけっして行かないわ」
「行かないがいい。馬鹿気ている」
 宗助はわざと鷹揚おうような答をしてまた寝てしまった。

十四

 宗助そうすけと御米およねとは仲の好い夫婦に違なかった。いっしょになってから今日こんにちまで六
年ほどの長い月日を、まだ半日も気不味きまずく暮した事はなかった。言逆いさかいに顔を赤らめ合った
試ためしはなおなかった。二人は呉服屋の反物を買って着た。米屋から米を取って食った。けれどもその
他には一般の社会に待つところのきわめて少ない人間であった。彼らは、日常の必要品を供給する以上の
意味において、社会の存在をほとんど認めていなかった。彼らに取って絶対に必要なものは御互だけで、
その御互だけが、彼らにはまた充分であった。彼らは山の中にいる心を抱いだいて、都会に住んでいた。
 自然の勢いきおいとして、彼らの生活は単調に流れない訳に行かなかった。彼らは複雑な社会の煩わず
らいを避け得たと共に、その社会の活動から出るさまざまの経験に直接触れる機会を、自分と塞ふさいで
しまって、都会に住みながら、都会に住む文明人の特権を棄すてたような結果に到着した。彼らも自分達
の日常に変化のない事は折々自覚した。御互が御互に飽あきるの、物足りなくなるのという心は微塵みじ
んも起らなかったけれども、御互の頭に受け入れる生活の内容には、刺戟しげきに乏しい或物が潜んでい
るような鈍にぶい訴うったえがあった。それにもかかわらず、彼らが毎日同じ判を同じ胸に押して、長の
月日を倦うまず渡って来たのは、彼らが始から一般の社会に興味を失っていたためではなかった。社会の
方で彼らを二人ぎりに切りつめて、その二人に冷かな背そびらを向けた結果にほかならなかった。外に向
って生長する余地を見出し得なかった二人は、内に向って深く延び始めたのである。彼らの生活は広さを
失なうと同時に、深さを増して来た。彼らは六年の間世間に散漫な交渉を求めなかった代りに、同じ六年
の歳月さいげつを挙あげて、互の胸を掘り出した。彼らの命は、いつの間にか互の底にまで喰い入った。
二人は世間から見れば依然として二人であった。けれども互から云えば、道義上切り離す事のできない一
つの有機体になった。二人の精神を組み立てる神経系は、最後の繊維に至るまで、互に抱き合ってでき上
っていた。彼らは大きな水盤の表に滴したたった二点の油のようなものであった。水を弾はじいて二つが
いっしょに集まったと云うよりも、水に弾かれた勢で、丸く寄り添った結果、離れる事ができなくなった
と評する方が適当であった。
 彼らはこの抱合ほうごうの中うちに、尋常の夫婦に見出しがたい親和と飽満ほうまんと、それに伴なう

212 :山師さん:2016/05/18(水) 20:43:59.33 ID:4uTcWgUe
倦怠けんたいとを兼ね具えていた。そうしてその倦怠の慵ものうい気分に支配されながら、自己を幸福と
評価する事だけは忘れなかった。倦怠は彼らの意識に眠のような幕を掛けて、二人の愛をうっとり霞かす
ます事はあった。けれども簓ささらで神経を洗われる不安はけっして起し得なかった。要するに彼らは世
間に疎うといだけそれだけ仲の好い夫婦であったのである。
 彼らは人並以上に睦むつましい月日を渝かわらずに今日きょうから明日あすへと繋つないで行きながら
、常はそこに気がつかずに顔を見合わせているようなものの、時々自分達の睦まじがる心を、自分で確し
かと認める事があった。その場合には必ず今まで睦まじく過ごした長の歳月としつきを溯さかのぼって、
自分達がいかな犠牲を払って、結婚をあえてしたかと云う当時を憶い出さない訳には行かなかった。彼ら
は自然が彼らの前にもたらした恐るべき復讐ふくしゅうの下もとに戦おののきながら跪ひざまずいた。同
時にこの復讐を受けるために得た互の幸福に対して、愛の神に一弁いちべんの香こうを焚たく事を忘れな
かった。彼らは鞭むちうたれつつ死に赴くものであった。ただその鞭の先に、すべてを癒いやす甘い蜜の
着いている事を覚さとったのである。
 宗助は相当に資産のある東京ものの子弟として、彼らに共通な派出はでな嗜好しこうを、学生時代には
遠慮なく充みたした男である。彼はその時服装なりにも、動作にも、思想にも、ことごとく当世らしい才
人の面影おもかげを漲みなぎらして、昂たかい首を世間に擡もたげつつ、行こうと思う辺あたりを濶歩か
っぽした。彼の襟えりの白かったごとく、彼の洋袴ズボンの裾すそが奇麗きれいに折り返されていたごと
く、その下から見える彼の靴足袋くつたびが模様入のカシミヤであったごとく、彼の頭は華奢きゃしゃな
世間向きであった。
 彼は生れつき理解の好い男であった。したがって大した勉強をする気にはなれなかった。学問は社会へ
出るための方便と心得ていたから、社会を一歩退しりぞかなくっては達する事のできない、学者という地
位には、余り多くの興味を有もっていなかった。彼はただ教場へ出て、普通の学生のする通り、多くのノ
ートブックを黒くした。けれども宅うちへ帰って来て、それを読み直したり、手を入れたりした事は滅多
めったになかった。休んで抜けた所さえ大抵はそのままにして放って置いた。彼は下宿の机の上に、この
ノートブックを奇麗に積み上げて、いつ見ても整然と秩序のついた書斎を空からにしては、外を出歩るい
た。友達は多く彼の寛濶かんかつを羨うらやんだ。宗助も得意であった。彼の未来は虹にじのように美く
しく彼の眸ひとみを照らした。
 その頃の宗助は今と違って多くの友達を持っていた。実を云うと、軽快な彼の眼に映ずるすべての人は
、ほとんど誰彼の区別なく友達であった。彼は敵という言葉の意味を正当に解し得ない楽天家として、若
い世をのびのびと渡った。
「なに不景気な顔さえしなければ、どこへ行ったって驩迎かんげいされるもんだよ」と学友の安井によく
話した事があった。実際彼の顔は、他ひとを不愉快にするほど深刻な表情を示し得た試ためしがなかった

「君は身体からだが丈夫だから結構だ」とよくどこかに故障の起る安井が羨うらやましがった。この安井
というのは国は越前えちぜんだが、長く横浜にいたので、言葉や様子は毫ごうも東京ものと異なる点がな
かった。着物道楽で、髪の毛を長くして真中から分ける癖があった。高等学校は違っていたけれども、講
義のときよく隣合せに並んで、時々聞き損そくなった所などを後から質問するので、口を利きき出したの
が元になって、つい懇意になった。それが学年の始はじまりだったので、京都へ来て日のまだ浅い宗助に
はだいぶんの便宜べんぎであった。彼は安井の案内で新らしい土地の印象を酒のごとく吸い込んだ。二人
は毎晩のように三条とか四条とかいう賑にぎやかな町を歩いた。時によると京極きょうごくも通り抜けた
。橋の真中に立って鴨川かもがわの水を眺めた。東山ひがしやまの上に出る静かな月を見た。そうして京
都の月は東京の月よりも丸くて大きいように感じた。町や人に厭あきたときは、土曜と日曜を利用して遠
い郊外に出た。宗助は至る所の大竹藪おおたけやぶに緑の籠こもる深い姿を喜んだ。松の幹の染めたよう
に赤いのが、日を照り返して幾本となく並ぶ風情ふぜいを楽しんだ。ある時は大悲閣だいひかくへ登って
、即非そくひの額の下に仰向あおむきながら、谷底の流を下くだる櫓ろの音を聞いた。その音が雁かりの
鳴声によく似ているのを二人とも面白がった。ある時は、平八茶屋へいはちぢゃやまで出掛けて行って、

213 :山師さん:2016/05/18(水) 20:44:11.36 ID:4uTcWgUe
そこに一日寝ていた。そうして不味まずい河魚の串くしに刺したのを、かみさんに焼かして酒を呑のんだ
。そのかみさんは、手拭てぬぐいを被かぶって、紺こんの立付たっつけみたようなものを穿はいていた。
 宗助はこんな新らしい刺戟しげきの下もとに、しばらくは慾求の満足を得た。けれどもひととおり古い
都の臭においを嗅かいで歩くうちに、すべてがやがて、平板に見えだして来た。その時彼は美くしい山の
色と清い水の色が、最初ほど鮮明な影を自分の頭に宿さないのを物足らず思い始めた。彼は暖かな若い血
を抱いだいて、その熱ほてりを冷さます深い緑に逢えなくなった。そうかといって、この情熱を焚やき尽
すほどの烈はげしい活動には無論出会わなかった。彼の血は高い脈を打って、いたずらにむず痒がゆく彼
の身体の中を流れた。彼は腕組をして、坐いながら四方の山を眺めた。そうして、
「もうこんな古臭い所には厭きた」と云った。
 安井は笑いながら、比較のため、自分の知っている或友達の故郷の物語をして宗助に聞かした。それは
浄瑠璃じょうるりの間あいの土山つちやま雨が降るとある有名な宿しゅくの事であった。朝起きてから夜
寝るまで、眼に入るものは山よりほかにない所で、まるで擂鉢すりばちの底に住んでいると同じ有様だと
告げた上、安井はその友達の小さい時分の経験として、五月雨さみだれの降りつづく折などは、小供心に
、今にも自分の住んでいる宿しゅくが、四方の山から流れて来る雨の中に浸つかってしまいそうで、心配
でならなかったと云う話をした。宗助はそんな擂鉢の底で一生を過す人の運命ほど情ないものはあるまい
と考えた。
「そう云う所に、人間がよく生きていられるな」と不思議そうな顔をして安井に云った。安井も笑ってい
た。そうして土山つちやまから出た人物の中うちでは、千両函せんりょうばこを摩すり替かえて磔はりつ
けになったのが一番大きいのだと云う一口話をやはり友達から聞いた通り繰り返した。狭い京都に飽きた
宗助は、単調な生活を破る色彩として、そう云う出来事も百年に一度ぐらいは必要だろうとまで思った。
 その時分の宗助の眼は、常に新らしい世界にばかり注そそがれていた。だから自然がひととおり四季の
色を見せてしまったあとでは、再び去年の記憶を呼び戻すために、花や紅葉もみじを迎える必要がなくな
った。強く烈はげしい命に生きたと云う証券を飽あくまで握りたかった彼には、活いきた現在と、これか
ら生れようとする未来が、当面の問題であったけれども、消えかかる過去は、夢同様に価あたいの乏しい
幻影に過ぎなかった。彼は多くの剥はげかかった社やしろと、寂果さびはてた寺を見尽して、色の褪さめ
た歴史の上に、黒い頭を振り向ける勇気を失いかけた。寝耄ねぼけた昔に※(「彳+低のつくり」、第3
水準1-84-31)徊ていかいするほど、彼の気分は枯れていなかったのである。
 学年の終りに宗助と安井とは再会を約して手を分った。安井はひとまず郷里の福井へ帰って、それから
横浜へ行くつもりだから、もしその時には手紙を出して通知をしよう、そうしてなるべくならいっしょの
汽車で京都へ下くだろう、もし時間が許すなら、興津おきつあたりで泊って、清見寺せいけんじや三保み
ほの松原や、久能山くのうざんでも見ながら緩ゆっくり遊んで行こうと云った。宗助は大いによかろうと
答えて、腹のなかではすでに安井の端書はがきを手にする時の心持さえ予想した。
 宗助が東京へ帰ったときは、父は固もとよりまだ丈夫であった。小六ころくは子供であった。彼は一年
ぶりに殷さかんな都の炎熱と煤煙ばいえんを呼吸するのをかえって嬉うれしく感じた。燬やくような日の
下に、渦うずを捲まいて狂い出しそうな瓦かわらの色が、幾里となく続く景色けしきを、高い所から眺め
て、これでこそ東京だと思う事さえあった。今の宗助なら目を眩まわしかねない事々物々が、ことごとく
壮快の二字を彼の額に焼き付けべく、その時は反射して来たのである。
 彼の未来は封じられた蕾つぼみのように、開かない先は他ひとに知れないばかりでなく、自分にも確し
かとは分らなかった。宗助はただ洋々の二字が彼の前途に棚引たなびいている気がしただけであった。彼
はこの暑い休暇中にも卒業後の自分に対する謀はかりごとを忽ゆるがせにはしなかった。彼は大学を出て
から、官途につこうか、または実業に従おうか、それすら、まだ判然はっきりと心にきめていなかったに
かかわらず、どちらの方面でも構わず、今のうちから、進めるだけ進んでおく方が利益だと心づいた。彼
は直接父の紹介を得た。父を通して間接にその知人の紹介を得た。そうして自分の将来を影響し得るよう

214 :山師さん:2016/05/18(水) 20:44:23.37 ID:4uTcWgUe
な人を物色して、二三の訪問を試みた。彼らのあるものは、避暑という名義の下もとに、すでに東京を離
れていた。あるものは不在であった。またあるものは多忙のため時を期して、勤務先で会おうと云った。
宗助は日のまだ高くならない七時頃に、昇降器エレヴェーターで煉瓦造れんがづくりの三階へ案内されて
、そこの応接間に、もう七八人も自分と同じように、同じ人を待っている光景を見て驚ろいた事もあった
。彼はこうして新らしい所へ行って、新らしい物に接するのが、用向の成否に関わらず、今まで眼に付か
ずに過ぎた活いきた世界の断片を頭へ詰め込むような気がして何となく愉快であった。
 父の云いつけで、毎年の通り虫干の手伝をさせられるのも、こんな時には、かえって興味の多い仕事の
一部分に数えられた。彼は冷たい風の吹き通す土蔵の戸前とまえの湿しめっぽい石の上に腰を掛けて、古
くから家にあった江戸名所図会えどめいしょずえと、江戸砂子えどすなごという本を物珍しそうに眺めた
。畳まで熱くなった座敷の真中へ胡坐あぐらを掻かいて、下女の買って来た樟脳しょうのうを、小さな紙
片かみぎれに取り分けては、医者でくれる散薬のような形に畳んだ。宗助は小供の時から、この樟脳の高
い香かおりと、汗の出る土用と、炮烙灸ほうろくぎゅうと、蒼空あおぞらを緩ゆるく舞う鳶とびとを連想
していた。
 とかくするうちに節せつは立秋に入った。二百十日の前には、風が吹いて、雨が降った。空には薄墨う
すずみの煮染にじんだような雲がしきりに動いた。寒暖計が二三日下がり切りに下がった。宗助はまた行
李こうりを麻縄で絡からげて、京都へ向う支度をしなければならなくなった。
 彼はこの間にも安井と約束のある事は忘れなかった。家うちへ帰った当座は、まだ二カ月も先の事だか
らと緩くり構えていたが、だんだん時日が逼せまるに従って、安井の消息が気になってきた。安井はその
後一枚の端書はがきさえ寄こさなかったのである。宗助は安井の郷里の福井へ向けて手紙を出して見た。
けれども返事はついに来なかった。宗助は横浜の方へ問い合わせて見ようと思ったが、つい番地も町名も
聞いて置かなかったので、どうする事もできなかった。
 立つ前の晩に、父は宗助を呼んで、宗助の請求通り、普通の旅費以外に、途中で二三日滞在した上、京
都へ着いてからの当分の小遣こづかいを渡して、
「なるたけ節倹せっけんしなくちゃいけない」と諭さとした。
 宗助はそれを、普通の子が普通の親の訓戒を聞く時のごとくに聞いた。父はまた、
「来年また帰って来るまでは会わないから、随分気をつけて」と云った。その帰って来る時節には、宗助
はもう帰れなくなっていたのである。そうして帰って来た時は、父の亡骸なきがらがもう冷たくなってい
たのである。宗助は今に至るまでその時の父の面影おもかげを思い浮べてはすまないような気がした。
 いよいよ立つと云う間際まぎわに、宗助は安井から一通の封書を受取った。開いて見ると、約束通りい
っしょに帰るつもりでいたが、少し事情があって先へ立たなければならない事になったからと云う断こと
わりを述べた末に、いずれ京都で緩ゆっくり会おうと書いてあった。宗助はそれを洋服の内懐うちぶとこ
ろに押し込んで汽車に乗った。約束の興津おきつへ来たとき彼は一人でプラットフォームへ降りて、細長
い一筋町を清見寺せいけんじの方へ歩いた。夏もすでに過ぎた九月の初なので、おおかたの避暑客は早く
引き上げた後だから、宿屋は比較的閑静であった。宗助は海の見える一室の中に腹這はらばいになって、
安井へ送る絵端書えはがきへ二三行の文句を書いた。そのなかに、君が来ないから僕一人でここへ来たと
いう言葉を入れた。
 翌日も約束通り一人で三保みほと竜華寺りゅうげじを見物して、京都へ行ってから安井に話す材料をで
きるだけ拵こしらえた。しかし天気のせいか、当あてにした連つれのないためか、海を見ても、山へ登っ
ても、それほど面白くなかった。宿にじっとしているのは、なお退屈であった。宗助は匆々そうそうにま
た宿の浴衣ゆかたを脱ぬぎ棄すてて、絞しぼりの三尺と共に欄干らんかんに掛けて、興津を去った。
 京都へ着いた一日目は、夜汽車の疲れやら、荷物の整理やらで、往来の日影を知らずに暮らした。二日
目になってようやく学校へ出て見ると、教師はまだ出揃でそろっていなかった。学生も平日いつもよりは
数が不足であった。不審な事には、自分より三四さんよっ日か前に帰っているべきはずの安井の顔さえど
こにも見えなかった。宗助はそれが気にかかるので、帰りにわざわざ安井の下宿へ回って見た。安井のい

215 :山師さん:2016/05/18(水) 20:44:35.39 ID:4uTcWgUe
る所は樹と水の多い加茂かもの社やしろの傍であった。彼は夏休み前から、少し閑静な町外れへ移って勉
強するつもりだとか云って、わざわざこの不便な村同様な田舎いなかへ引込んだのである。彼の見つけ出
した家からが寂さびた土塀どべいを二方に回めぐらして、すでに古風に片づいていた。宗助は安井から、
そこの主人はもと加茂神社の神官の一人であったと云う話を聞いた。非常に能弁な京都言葉を操あやつる
四十ばかりの細君がいて、安井の世話をしていた。
「世話って、ただ不味まずい菜さいを拵こしらえて、三度ずつ室へやへ運んでくれるだけだよ」と安井は
移り立てからこの細君の悪口を利きいていた。宗助は安井をここに二三度訪ねた縁故で、彼のいわゆる不
味い菜を拵らえる主ぬしを知っていた。細君の方でも宗助の顔を覚えていた。細君は宗助を見るや否や、
例の柔かい舌で慇懃いんぎんな挨拶あいさつを述べた後、こっちから聞こうと思って来た安井の消息を、
かえって向うから尋ねた。細君の云うところによると、彼は郷里へ帰ってから当日に至るまで、一片の音
信さえ下宿へは出さなかったのである。宗助は案外な思で自分の下宿へ帰って来た。
 それから一週間ほどは、学校へ出るたんびに、今日は安井の顔が見えるか、明日あすは安井の声がする
かと、毎日漠然ばくぜんとした予期を抱いだいては教室の戸を開けた。そうして毎日また漠然とした不足
を感じては帰って来た。もっとも最後の三四日における宗助は早く安井に会いたいと思うよりも、少し事
情があるから、失敬して先へ立つとわざわざ通知しながら、いつまで待っても影も見せない彼の安否を、
関係者としてむしろ気にかけていたのである。彼は学友の誰彼に万遍まんべんなく安井の動静を聞いて見
た。しかし誰も知るものはなかった。ただ一人が、昨夕ゆうべ四条の人込の中で、安井によく似た浴衣ゆ
かたがけの男を見たと答えた事があった。しかし宗助にはそれが安井だろうとは信じられなかった。とこ
ろがその話を聞いた翌日、すなわち宗助が京都へ着いてから約一週間の後、話の通りの服装なりをした安
井が、突然宗助の所へ尋ねて来た。
 宗助は着流しのまま麦藁帽むぎわらぼうを手に持った友達の姿を久し振に眺めた時、夏休み前の彼の顔
の上に、新らしい何物かがさらに付け加えられたような気がした。安井は黒い髪に油を塗って、目立つほ
ど奇麗きれいに頭を分けていた。そうして今床屋へ行って来たところだと言訳らしい事を云った。
 その晩彼は宗助と一時間余りも雑談に耽ふけった。彼の重々しい口の利き方、自分を憚はばかって、思
い切れないような話の調子、「しかるに」と云う口癖、すべて平生の彼と異なる点はなかった。ただ彼は
なぜ宗助より先へ横浜を立ったかを語らなかった。また途中どこで暇取ひまどったため、宗助より後おく
れて京都へ着いたかを判然はっきり告げなかった。しかし彼は三四日前ようやく京都へ着いた事だけを明
かにした。そうして、夏休み前にいた下宿へはまだ帰らずにいると云った。
「それでどこに」と宗助が聞いたとき、彼は自分の今泊っている宿屋の名前を、宗助に教えた。それは三
条辺へんの三流位の家いえであった。宗助はその名前を知っていた。
「どうして、そんな所へ這入はいったのだ。当分そこにいるつもりなのかい」と宗助は重ねて聞いた。安
井はただ少し都合があってとばかり答えたが、
「下宿生活はもうやめて、小さい家うちでも借りようかと思っている」と思いがけない計画を打ち明けて
、宗助を驚ろかした。
 それから一週間ばかりの中に、安井はとうとう宗助に話した通り、学校近くの閑静な所に一戸を構えた
。それは京都に共通な暗い陰気な作りの上に、柱や格子こうしを黒赤く塗って、わざと古臭ふるくさく見
せた狭い貸家であった。門口かどぐちに誰の所有ともつかない柳が一本あって、長い枝がほとんど軒に触
さわりそうに風に吹かれる様を宗助は見た。庭も東京と違って、少しは整っていた。石の自由になる所だ
けに、比較的大きなのが座敷の真正面に据すえてあった。その下には涼しそうな苔こけがいくらでも生え
た。裏には敷居の腐った物置が空からのままがらんと立っている後うしろに、隣の竹藪たけやぶが便所の
出入ではいりに望まれた。
 宗助のここを訪問したのは、十月に少し間のある学期の始めであった。残暑がまだ強いので宗助は学校
の往復に、蝙蝠傘こうもりがさを用いていた事を今に記憶していた。彼は格子の前で傘を畳んで、内を覗
のぞき込んだ時、粗あらい縞しまの浴衣ゆかたを着た女の影をちらりと認めた。格子の内は三和土たたき

216 :山師さん:2016/05/18(水) 21:08:25.44 ID:4uTcWgUe
お可哀想かわいそうだ、不仕合
ふしあわせだと無暗に云うものだから、それじゃ可哀想で不仕合せなんだろうと思った。その外に苦にな
る事は少しもなかった。ただおやじが小遣いをくれないには閉口した。

217 :山師さん:2016/05/18(水) 21:42:42.24 ID:4uTcWgUe
ていた。やがて、今のはただ希望である、あなたが希望通り出来ないのはよく知っているから心配しなく
ってもいいと云いながら笑った。そのくらいよく知ってるなら、始めから威嚇おどささなければいいのに

 そう、こうする内に喇叭が鳴った。教場の方が急にがやがやする。もう教員も控所へ揃いましたろうと
云うから、校長に尾いて教員控所へはいった。広い細長い部屋の周囲に机を並ならべてみんな腰こしをか
けている。おれがはいったのを見て、みんな申し合せたようにおれの顔を見た。見世物じゃあるまいし。
それから申し付けられた通り一人一人ひとりびとりの前へ行って辞令を出して挨拶あいさつをした。大概
たいがいは椅子いすを離れて腰をかがめるばかりであったが、念の入ったのは差し出した辞令を受け取っ
て一応拝見をしてそれを恭うやうやしく返却へんきゃくした。まるで宮芝居の真似まねだ。十五人目に体
操たいそうの教師へと廻って来た時には、同じ事を何返もやるので少々じれったくなった。向むこうは一
度で済む。こっちは同じ所作しょさを十五返繰り返している。少しはひとの了見りょうけんも察してみる
がいい。
 挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云うのが居た。これは文学士だそうだ。文学士と云えば大学の卒業
生だからえらい人なんだろう。妙みょうに女のような優しい声を出す人だった。もっとも驚いたのはこの
暑いのにフランネルの襯衣しゃつを着ている。いくらか薄うすい地には相違そういなくっても暑いには極
ってる。文学士だけにご苦労千万な服装なりをしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿ばかに
している。あとから聞いたらこの男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。当人
の説明では赤は身体からだに薬になるから、衛生のためにわざわざ誂あつらえるんだそうだが、入らざる
心配だ。そんならついでに着物も袴はかまも赤にすればいい。それから英語の教師に古賀こがとか云う大
変顔色の悪わるい男が居た。大概顔の蒼あおい人は瘠やせてるもんだがこの男は蒼くふくれている。昔む
かし小学校へ行く時分、浅井あさいの民たみさんと云う子が同級生にあったが、この浅井のおやじがやは
り、こんな色つやだった。浅井は百姓ひゃくしょうだから、百姓になるとあんな顔になるかと清に聞いて
みたら、そうじゃありません、あの人はうらなりの唐茄子とうなすばかり食べるから、蒼くふくれるんで
すと教えてくれた。それ以来蒼くふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食った酬むくいだと思う。
この英語の教師もうらなりばかり食ってるに違ちがいない。もっともうらなりとは何の事か今もって知ら
ない。清に聞いてみた事はあるが、清は笑って答えなかった。大方清も知らないんだろう。それからおれ
と同じ数学の教師に堀田ほったというのが居た。これは逞たくましい毬栗坊主いがぐりぼうずで、叡山え
いざんの悪僧あくそうと云うべき面構つらがまえである。人が叮寧ていねいに辞令を見せたら見向きもせ
ず、やあ君が新任の人か、ちと遊びに来給きたまえアハハハと云った。何がアハハハだ。そんな礼儀れい
ぎを心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれはこの時からこの坊主に山嵐やまあらしという渾名あだ
なをつけてやった。漢学の先生はさすがに堅かたいものだ。昨日お着きで、さぞお疲れで、それでもう授
業をお始めで、大分ご励精れいせいで、――とのべつに弁じたのは愛嬌あいきょうのあるお爺じいさんだ
。画学の教師は全く芸人風だ。べらべらした透綾すきやの羽織を着て、扇子せんすをぱちつかせて、お国
はどちらでげす、え? 東京? そりゃ嬉うれしい、お仲間が出来て……私わたしもこれで江戸えどっ子
ですと云った。こんなのが江戸っ子なら江戸には生れたくないもんだと心中に考えた。そのほか一人一人
についてこんな事を書けばいくらでもある。しかし際限がないからやめる。
 挨拶が一通り済んだら、校長が今日はもう引き取ってもいい、もっとも授業上の事は数学の主任と打ち
合せをしておいて、明後日あさってから課業を始めてくれと云った。数学の主任は誰かと聞いてみたら例
の山嵐であった。忌々いまいましい、こいつの下に働くのかおやおやと失望した。山嵐は「おい君どこに
宿とまってるか、山城屋か、うん、今に行って相談する」と云い残して白墨はくぼくを持って教場へ出て
行った。主任の癖に向うから来て相談するなんて不見識な男だ。しかし呼び付けるよりは感心だ。
 それから学校の門を出て、すぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないから、少し町を散歩して
やろうと思って、無暗に足の向く方をあるき散らした。県庁も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見

218 :山師さん:2016/05/18(水) 21:43:33.84 ID:4uTcWgUe
答え
てやった。膳を下げた下女が台所へいった時分、大きな笑い声が聞きこえた。くだらないから、すぐ寝ね
たが、なかなか寝られない。熱いばかりではない。騒々そうぞうしい。下宿の五倍ぐらいやかましい。う
とうとしたら清きよの夢ゆめを見た。清が越後えちごの笹飴ささあめを笹ぐるみ、むしゃむしゃ食ってい
る。笹は毒だからよしたらよかろうと云うと、いえこの笹がお薬でございますと云いって旨そうに食って
いる。おれがあきれ返って大きな口を開いてハハハハと笑ったら眼が覚めた。下女が雨戸を明けている。
相変らず空の底が突つき抜ぬけたような天気だ。
 道中どうちゅうをしたら茶代をやるものだと聞いていた。茶代をやらないと粗末そまつに取り扱われる
と聞いていた。こんな、狭せまくて暗い部屋へ押おし込めるのも茶代をやらないせいだろう。見すぼらし
い服装なりをして、ズックの革鞄と毛繻子けじゅすの蝙蝠傘こうもりを提げてるからだろう。田舎者の癖
に人を見括みくびったな。一番茶代をやって驚おどろかしてやろう。おれはこれでも学資のあまりを三十
円ほど懐ふところに入れて東京を出て来たのだ。汽車と汽船の切符代と雑費を差し引いて、まだ十四円ほ
どある。みんなやったってこれからは月給を貰もらうんだから構わない。田舎者はしみったれだから五円
もやれば驚おどろいて眼を廻まわすに極きまっている。どうするか見ろと済すまして顔を洗って、部屋へ
帰って待ってると、夕べの下女が膳を持って来た。盆ぼんを持って給仕をしながら、やににやにや笑って
る。失敬な奴だ。顔のなかをお祭りでも通りゃしまいし。これでもこの下女の面つらよりよっぽど上等だ
。飯を済ましてからにしようと思っていたが、癪しゃくに障さわったから、中途ちゅうとで五円札さつを
一枚まい出して、あとでこれを帳場へ持って行けと云ったら、下女は変な顔をしていた。それから飯を済
ましてすぐ学校へ出懸でかけた。靴くつは磨みがいてなかった。
 学校は昨日きのう車で乗りつけたから、大概たいがいの見当は分っている。四つ角を二三度曲がったら
すぐ門の前へ出た。門から玄関げんかんまでは御影石みかげいしで敷しきつめてある。きのうこの敷石の
上を車でがらがらと通った時は、無暗むやみに仰山ぎょうさんな音がするので少し弱った。途中から小倉
こくらの制服を着た生徒にたくさん逢あったが、みんなこの門をはいって行く。中にはおれより背が高く
って強そうなのが居る。あんな奴を教えるのかと思ったら何だか気味が悪わるくなった。名刺めいしを出
したら校長室へ通した。校長は薄髯うすひげのある、色の黒い、目の大きな狸たぬきのような男である。
やにもったいぶっていた。まあ精出して勉強してくれと云って、恭うやうやしく大きな印の捺おさった、
辞令を渡わたした。この辞令は東京へ帰るとき丸めて海の中へ抛り込こんでしまった。校長は今に職員に
紹介しょうかいしてやるから、一々その人にこの辞令を見せるんだと云って聞かした。余計な手数だ。そ
んな面倒めんどうな事をするよりこの辞令を三日間職員室へ張り付ける方がましだ。
 教員が控所ひかえじょへ揃そろうには一時間目の喇叭らっぱが鳴らなくてはならぬ。大分時間がある。
校長は時計を出して見て、追々おいおいゆるりと話すつもりだが、まず大体の事を呑のみ込んでおいても
らおうと云って、それから教育の精神について長いお談義を聞かした。おれは無論いい加減に聞いていた
が、途中からこれは飛んだ所へ来たと思った。校長の云うようにはとても出来ない。おれみたような無鉄
砲むてっぽうなものをつらまえて、生徒の模範もはんになれの、一校の師表しひょうと仰あおがれなくて
はいかんの、学問以外に個人の徳化を及およぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をす
る。そんなえらい人が月給四十円で遥々はるばるこんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が
立てば喧嘩けんかの一つぐらいは誰でもするだろうと思ってたが、この様子じゃめったに口も聞けない、
散歩も出来ない。そんなむずかしい役なら雇やとう前にこれこれだと話すがいい。おれは嘘うそをつくの
が嫌きらいだから、仕方がない、だまされて来たのだとあきらめて、思い切りよく、ここで断ことわって
帰っちまおうと思った。宿屋へ五円やったから財布さいふの中には九円なにがししかない。九円じゃ東京
までは帰れない。茶代なんかやらなければよかった。惜おしい事をした。しかし九円だって、どうかなら
ない事はない。旅費は足りなくっても嘘をつくよりましだと思って、到底とうていあなたのおっしゃる通

219 :山師さん:2016/05/18(水) 21:43:45.91 ID:4uTcWgUe
りにゃ、出来ません、この辞令は返しますと云ったら、校長は狸のような眼をぱちつかせておれの顔を見
ていた。やがて、今のはただ希望である、あなたが希望通り出来ないのはよく知っているから心配しなく
ってもいいと云いながら笑った。そのくらいよく知ってるなら、始めから威嚇おどささなければいいのに

 そう、こうする内に喇叭が鳴った。教場の方が急にがやがやする。もう教員も控所へ揃いましたろうと
云うから、校長に尾いて教員控所へはいった。広い細長い部屋の周囲に机を並ならべてみんな腰こしをか
けている。おれがはいったのを見て、みんな申し合せたようにおれの顔を見た。見世物じゃあるまいし。
それから申し付けられた通り一人一人ひとりびとりの前へ行って辞令を出して挨拶あいさつをした。大概
たいがいは椅子いすを離れて腰をかがめるばかりであったが、念の入ったのは差し出した辞令を受け取っ
て一応拝見をしてそれを恭うやうやしく返却へんきゃくした。まるで宮芝居の真似まねだ。十五人目に体
操たいそうの教師へと廻って来た時には、同じ事を何返もやるので少々じれったくなった。向むこうは一
度で済む。こっちは同じ所作しょさを十五返繰り返している。少しはひとの了見りょうけんも察してみる
がいい。
 挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云うのが居た。これは文学士だそうだ。文学士と云えば大学の卒業
生だからえらい人なんだろう。妙みょうに女のような優しい声を出す人だった。もっとも驚いたのはこの
暑いのにフランネルの襯衣しゃつを着ている。いくらか薄うすい地には相違そういなくっても暑いには極
ってる。文学士だけにご苦労千万な服装なりをしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿ばかに
している。あとから聞いたらこの男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。当人
の説明では赤は身体からだに薬になるから、衛生のためにわざわざ誂あつらえるんだそうだが、入らざる
心配だ。そんならついでに着物も袴はかまも赤にすればいい。それから英語の教師に古賀こがとか云う大
変顔色の悪わるい男が居た。大概顔の蒼あおい人は瘠やせてるもんだがこの男は蒼くふくれている。昔む
かし小学校へ行く時分、浅井あさいの民たみさんと云う子が同級生にあったが、この浅井のおやじがやは
り、こんな色つやだった。浅井は百姓ひゃくしょうだから、百姓になるとあんな顔になるかと清に聞いて
みたら、そうじゃありません、あの人はうらなりの唐茄子とうなすばかり食べるから、蒼くふくれるんで
すと教えてくれた。それ以来蒼くふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食った酬むくいだと思う。
この英語の教師もうらなりばかり食ってるに違ちがいない。もっともうらなりとは何の事か今もって知ら
ない。清に聞いてみた事はあるが、清は笑って答えなかった。大方清も知らないんだろう。それからおれ
と同じ数学の教師に堀田ほったというのが居た。これは逞たくましい毬栗坊主いがぐりぼうずで、叡山え
いざんの悪僧あくそうと云うべき面構つらがまえである。人が叮寧ていねいに辞令を見せたら見向きもせ
ず、やあ君が新任の人か、ちと遊びに来給きたまえアハハハと云った。何がアハハハだ。そんな礼儀れい
ぎを心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれはこの時からこの坊主に山嵐やまあらしという渾名あだ
なをつけてやった。漢学の先生はさすがに堅かたいものだ。昨日お着きで、さぞお疲れで、それでもう授
業をお始めで、大分ご励精れいせいで、――とのべつに弁じたのは愛嬌あいきょうのあるお爺じいさんだ
。画学の教師は全く芸人風だ。べらべらした透綾すきやの羽織を着て、扇子せんすをぱちつかせて、お国
はどちらでげす、え? 東京? そりゃ嬉うれしい、お仲間が出来て……私わたしもこれで江戸えどっ子
ですと云った。こんなのが江戸っ子なら江戸には生れたくないもんだと心中に考えた。そのほか一人一人
についてこんな事を書けばいくらでもある。しかし際限がないからやめる。
 挨拶が一通り済んだら、校長が今日はもう引き取ってもいい、もっとも授業上の事は数学の主任と打ち
合せをしておいて、明後日あさってから課業を始めてくれと云った。数学の主任は誰かと聞いてみたら例
の山嵐であった。忌々いまいましい、こいつの下に働くのかおやおやと失望した。山嵐は「おい君どこに
宿とまってるか、山城屋か、うん、今に行って相談する」と云い残して白墨はくぼくを持って教場へ出て
行った。主任の癖に向うから来て相談するなんて不見識な男だ。しかし呼び付けるよりは感心だ。
 それから学校の門を出て、すぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないから、少し町を散歩して

220 :山師さん:2016/05/18(水) 21:43:59.68 ID:4uTcWgUe
坊っちゃん
夏目漱石

 親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階か
ら飛び降りて一週間ほど腰こしを抜ぬかした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも
知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、
いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃はやしたからである。小使
こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼めをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴
やつがあるかと云いったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
 親類のものから西洋製のナイフを貰もらって奇麗きれいな刃はを日に翳かざして、友達ともだちに見せ
ていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受
け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲こ
うをはすに切り込こんだ。幸さいわいナイフが小さいのと、親指の骨が堅かたかったので、今だに親指は
手に付いている。しかし創痕きずあとは死ぬまで消えぬ。
 庭を東へ二十歩に行き尽つくすと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、真中まんなかに栗くり
の木が一本立っている。これは命より大事な栗だ。実の熟する時分は起き抜けに背戸せどを出て落ちた奴
を拾ってきて、学校で食う。菜園の西側が山城屋やましろやという質屋の庭続きで、この質屋に勘太郎か
んたろうという十三四の倅せがれが居た。勘太郎は無論弱虫である。弱虫の癖くせに四つ目垣を乗りこえ
て、栗を盗ぬすみにくる。ある日の夕方折戸おりどの蔭かげに隠かくれて、とうとう勘太郎を捕つらまえ
てやった。その時勘太郎は逃にげ路みちを失って、一生懸命いっしょうけんめいに飛びかかってきた。向
むこうは二つばかり年上である。弱虫だが力は強い。鉢はちの開いた頭を、こっちの胸へ宛あててぐいぐ
い押おした拍子ひょうしに、勘太郎の頭がすべって、おれの袷あわせの袖そでの中にはいった。邪魔じゃ
まになって手が使えぬから、無暗に手を振ふったら、袖の中にある勘太郎の頭が、右左へぐらぐら靡なび
いた。しまいに苦しがって袖の中から、おれの二の腕うでへ食い付いた。痛かったから勘太郎を垣根へ押
しつけておいて、足搦あしがらをかけて向うへ倒たおしてやった。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い
。勘太郎は四つ目垣を半分崩くずして、自分の領分へ真逆様まっさかさまに落ちて、ぐうと云った。勘太
郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。その晩母が山城屋に詫わびに行っ
たついでに袷の片袖も取り返して来た。
 この外いたずらは大分やった。大工の兼公かねこうと肴屋さかなやの角かくをつれて、茂作もさくの人
参畠にんじんばたけをあらした事がある。人参の芽が出揃でそろわぬ処ところへ藁わらが一面に敷しいて
あったから、その上で三人が半日相撲すもうをとりつづけに取ったら、人参がみんな踏ふみつぶされてし
まった。古川ふるかわの持っている田圃たんぼの井戸いどを埋うめて尻しりを持ち込まれた事もある。太
い孟宗もうそうの節を抜いて、深く埋めた中から水が湧わき出て、そこいらの稲いねにみずがかかる仕掛
しかけであった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ぼうちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿さ
し込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤まっかになって
怒鳴どなり込んで来た。たしか罰金ばっきんを出して済んだようである。
 おやじはちっともおれを可愛かわいがってくれなかった。母は兄ばかり贔屓ひいきにしていた。この兄
はやに色が白くって、芝居しばいの真似まねをして女形おんながたになるのが好きだった。おれを見る度
にこいつはどうせ碌ろくなものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母
が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はな
い。ただ懲役ちょうえきに行かないで生きているばかりである。
 母が病気で死ぬ二三日にさんち前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨あばらぼねを撲うって大いに
痛かった。母が大層怒おこって、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊とまりに行っ
ていた。するととうとう死んだと云う報知しらせが来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病な
ら、もう少し大人おとなしくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、

221 :山師さん:2016/05/18(水) 21:44:11.62 ID:4uTcWgUe
おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜くやしかったから、兄の横っ面を張って大変
叱しかられた。
 母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮くらしていた。おやじは何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば
貴様は駄目だめだ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか今に分らない。妙みょうなおやじ
があったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ず
るいから、仲がよくなかった。十日に一遍いっぺんぐらいの割で喧嘩けんかをしていた。ある時将棋しょ
うぎをさしたら卑怯ひきょうな待駒まちごまをして、人が困ると嬉うれしそうに冷やかした。あんまり腹
が立ったから、手に在った飛車を眉間みけんへ擲たたきつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄が
おやじに言付いつけた。おやじがおれを勘当かんどうすると言い出した。
 その時はもう仕方がないと観念して先方の云う通り勘当されるつもりでいたら、十年来召し使っている
清きよという下女が、泣きながらおやじに詫あやまって、ようやくおやじの怒いかりが解けた。それにも
かかわらずあまりおやじを怖こわいとは思わなかった。かえってこの清と云う下女に気の毒であった。こ
の下女はもと由緒ゆいしょのあるものだったそうだが、瓦解がかいのときに零落れいらくして、つい奉公
ほうこうまでするようになったのだと聞いている。だから婆ばあさんである。この婆さんがどういう因縁
いんえんか、おれを非常に可愛がってくれた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想あいそをつか
した――おやじも年中持て余している――町内では乱暴者の悪太郎と爪弾つまはじきをする――このおれ
を無暗に珍重ちんちょうしてくれた。おれは到底とうてい人に好かれる性たちでないとあきらめていたか
ら、他人から木の端はしのように取り扱あつかわれるのは何とも思わない、かえってこの清のようにちや
ほやしてくれるのを不審ふしんに考えた。清は時々台所で人の居ない時に「あなたは真まっ直すぐでよい
ご気性だ」と賞ほめる事が時々あった。しかしおれには清の云う意味が分からなかった。好いい気性なら
清以外のものも、もう少し善くしてくれるだろうと思った。清がこんな事を云う度におれはお世辞は嫌き
らいだと答えるのが常であった。すると婆さんはそれだから好いご気性ですと云っては、嬉しそうにおれ
の顔を眺ながめている。自分の力でおれを製造して誇ほこってるように見える。少々気味がわるかった。
 母が死んでから清はいよいよおれを可愛がった。時々は小供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思
った。つまらない、廃よせばいいのにと思った。気の毒だと思った。それでも清は可愛がる。折々は自分
の小遣こづかいで金鍔きんつばや紅梅焼こうばいやきを買ってくれる。寒い夜などはひそかに蕎麦粉そば
こを仕入れておいて、いつの間にか寝ねている枕元まくらもとへ蕎麦湯を持って来てくれる。時には鍋焼
饂飩なべやきうどんさえ買ってくれた。ただ食い物ばかりではない。靴足袋くつたびももらった。鉛筆え
んぴつも貰った、帳面も貰った。これはずっと後の事であるが金を三円ばかり貸してくれた事さえある。
何も貸せと云った訳ではない。向うで部屋へ持って来てお小遣いがなくてお困りでしょう、お使いなさい
と云ってくれたんだ。おれは無論入らないと云ったが、是非使えと云うから、借りておいた。実は大変嬉
しかった。その三円を蝦蟇口がまぐちへ入れて、懐ふところへ入れたなり便所へ行ったら、すぽりと後架
こうかの中へ落おとしてしまった。仕方がないから、のそのそ出てきて実はこれこれだと清に話したとこ
ろが、清は早速竹の棒を捜さがして来て、取って上げますと云った。しばらくすると井戸端いどばたでざ
あざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口の紐ひもを引き懸かけたのを水で洗っていた。それから
口をあけて壱円札いちえんさつを改めたら茶色になって模様が消えかかっていた。清は火鉢で乾かわかし
て、これでいいでしょうと出した。ちょっとかいでみて臭くさいやと云ったら、それじゃお出しなさい、
取り換かえて来て上げますからと、どこでどう胡魔化ごまかしたか札の代りに銀貨を三円持って来た。こ
の三円は何に使ったか忘れてしまった。今に返すよと云ったぎり、返さない。今となっては十倍にして返
してやりたくても返せない。
 清が物をくれる時には必ずおやじも兄も居ない時に限る。おれは何が嫌いだと云って人に隠れて自分だ
け得をするほど嫌いな事はない。兄とは無論仲がよくないけれども、兄に隠して清から菓子かしや色鉛筆

222 :山師さん:2016/05/18(水) 21:44:47.98 ID:4uTcWgUe


 親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階か
ら飛び降りて一週間ほど腰こしを抜ぬかした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも
知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、
いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃はやしたからである。小使
こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼めをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴
やつがあるかと云いったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
 親類のものから西洋製のナイフを貰もらって奇麗きれいな刃はを日に翳かざして、友達ともだちに見せ
ていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受
け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲こ
うをはすに切り込こんだ。幸さいわいナイフが小さいのと、親指の骨が堅かたかったので、今だに親指は
手に付いている。しかし創痕きずあとは死ぬまで消えぬ。
 庭を東へ二十歩に行き尽つくすと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、真中まんなかに栗くり
の木が一本立っている。これは命より大事な栗だ。実の熟する時分は起き抜けに背戸せどを出て落ちた奴
を拾ってきて、学校で食う。菜園の西側が山城屋やましろやという質屋の庭続きで、この質屋に勘太郎か
んたろうという十三四の倅せがれが居た。勘太郎は無論弱虫である。弱虫の癖くせに四つ目垣を乗りこえ
て、栗を盗ぬすみにくる。ある日の夕方折戸おりどの蔭かげに隠かくれて、とうとう勘太郎を捕つらまえ
てやった。その時勘太郎は逃にげ路みちを失って、一生懸命いっしょうけんめいに飛びかかってきた。向
むこうは二つばかり年上である。弱虫だが力は強い。鉢はちの開いた頭を、こっちの胸へ宛あててぐいぐ
い押おした拍子ひょうしに、勘太郎の頭がすべって、おれの袷あわせの袖そでの中にはいった。邪魔じゃ
まになって手が使えぬから、無暗に手を振ふったら、袖の中にある勘太郎の頭が、右左へぐらぐら靡なび
いた。しまいに苦しがって袖の中から、おれの二の腕うでへ食い付いた。痛かったから勘太郎を垣根へ押
しつけておいて、足搦あしがらをかけて向うへ倒たおしてやった。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い
。勘太郎は四つ目垣を半分崩くずして、自分の領分へ真逆様まっさかさまに落ちて、ぐうと云った。勘太
郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。その晩母が山城屋に詫わびに行っ
たついでに袷の片袖も取り返して来た。
 この外いたずらは大分やった。大工の兼公かねこうと肴屋さかなやの角かくをつれて、茂作もさくの人
参畠にんじんばたけをあらした事がある。人参の芽が出揃でそろわぬ処ところへ藁わらが一面に敷しいて
あったから、その上で三人が半日相撲すもうをとりつづけに取ったら、人参がみんな踏ふみつぶされてし
まった。古川ふるかわの持っている田圃たんぼの井戸いどを埋うめて尻しりを持ち込まれた事もある。太
い孟宗もうそうの節を抜いて、深く埋めた中から水が湧わき出て、そこいらの稲いねにみずがかかる仕掛
しかけであった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ぼうちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿さ
し込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤まっかになって
怒鳴どなり込んで来た。たしか罰金ばっきんを出して済んだようである。
 おやじはちっともおれを可愛かわいがってくれなかった。母は兄ばかり贔屓ひいきにしていた。この兄
はやに色が白くって、芝居しばいの真似まねをして女形おんながたになるのが好きだった。おれを見る度
にこいつはどうせ碌ろくなものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母
が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はな
い。ただ懲役ちょうえきに行かないで生きているばかりである。
 母が病気で死ぬ二三日にさんち前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨あばらぼねを撲うって大いに
痛かった。母が大層怒おこって、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊とまりに行っ
ていた。するととうとう死んだと云う報知しらせが来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病な
ら、もう少し大人おとなしくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、

223 :山師さん:2016/05/18(水) 21:45:14.71 ID:4uTcWgUe
攫つかんで、力任せにぐいと引いたら、そいつは、どたり
と仰向あおむけに倒れた。ざまを見ろ。残る一人がちょっと狼狽ろうばいしたところを、飛びかかって、
肩を抑おさえて二三度こづき廻したら、あっけに取られて、眼をぱちぱちさせた。さあおれの部屋まで来
いと引っ立てると、弱虫だと見えて、一も二もなく尾ついて来た。夜よはとうにあけている。
 おれが宿直部屋へ連れてきた奴を詰問きつもんし始めると、豚は、打ぶっても擲いても豚だから、ただ
知らんがなで、どこまでも通す了見と見えて、けっして白状しない。そのうち一人来る、二人来る、だん
だん二階から宿直部屋へ集まってくる。見るとみんな眠ねむそうに瞼まぶたをはらしている。けちな奴等
だ。一晩ぐらい寝ないで、そんな面をして男と云われるか。面でも洗って議論に来いと云ってやったが、
誰も面を洗いに行かない。
 おれは五十人あまりを相手に約一時間ばかり押問答おしもんどうをしていると、ひょっくり狸がやって
来た。あとから聞いたら、小使が学校に騒動がありますって、わざわざ知らせに行ったのだそうだ。これ
しきの事に、校長を呼ぶなんて意気地がなさ過ぎる。それだから中学校の小使なんぞをしてるんだ。
 校長はひと通りおれの説明を聞いた。生徒の言草いいぐさもちょっと聞いた。追って処分するまでは、
今まで通り学校へ出ろ。早く顔を洗って、朝飯を食わないと時間に間に合わないから、早くしろと云って
寄宿生をみんな放免ほうめんした。手温てぬるい事だ。おれなら即席そくせきに寄宿生をことごとく退校
してしまう。こんな悠長ゆうちょうな事をするから生徒が宿直員を馬鹿にするんだ。その上おれに向って
、あなたもさぞご心配でお疲れでしょう、今日はご授業に及およばんと云うから、おれはこう答えた。「
いえ、ちっとも心配じゃありません。こんな事が毎晩あっても、命のある間は心配にゃなりません。授業
はやります、一晩ぐらい寝なくって、授業が出来ないくらいなら、頂戴ちょうだいした月給を学校の方へ
割戻わりもどします」校長は何と思ったものか、しばらくおれの顔を見つめていたが、しかし顔が大分は
れていますよと注意した。なるほど何だか少々重たい気がする。その上べた一面痒かゆい。蚊がよっぽと
刺さしたに相違ない。おれは顔中ぼりぼり掻かきながら、顔はいくら膨はれたって、口はたしかにきけま
すから、授業には差し支つかえませんと答えた。校長は笑いながら、大分元気ですねと賞ほめた。実を云
うと賞めたんじゃあるまい、ひやかしたんだろう。



 君釣つりに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。赤シャツは気味の悪わるいように優しい声を出す
男である。まるで男だか女だか分わかりゃしない。男なら男らしい声を出すもんだ。ことに大学卒業生じ
ゃないか。物理学校でさえおれくらいな声が出るのに、文学士がこれじゃ見っともない。
 おれはそうですなあと少し進まない返事をしたら、君釣をした事がありますかと失敬な事を聞く。あん
まりないが、子供の時、小梅こうめの釣堀つりぼりで鮒ふなを三匹びき釣った事がある。それから神楽坂
かぐらざかの毘沙門びしゃもんの縁日えんにちで八寸ばかりの鯉こいを針で引っかけて、しめたと思った
ら、ぽちゃりと落としてしまったがこれは今考えても惜おしいと云いったら、赤シャツは顋あごを前の方
へ突つき出してホホホホと笑った。何もそう気取って笑わなくっても、よさそうな者だ。「それじゃ、ま
だ釣りの味は分らんですな。お望みならちと伝授しましょう」とすこぶる得意である。だれがご伝授をう
けるものか。一体釣や猟りょうをする連中はみんな不人情な人間ばかりだ。不人情でなくって、殺生せっ
しょうをして喜ぶ訳がない。魚だって、鳥だって殺されるより生きてる方が楽に極きまってる。釣や猟を
しなくっちゃ活計かっけいがたたないなら格別だが、何不足なく暮くらしている上に、生き物を殺さなく
っちゃ寝られないなんて贅沢ぜいたくな話だ。こう思ったが向むこうは文学士だけに口が達者だから、議
論じゃ叶かなわないと思って、だまってた。すると先生このおれを降参させたと疳違かんちがいして、早
速伝授しましょう。おひまなら、今日どうです、いっしょに行っちゃ。吉川よしかわ君と二人ふたりぎり
じゃ、淋さむしいから、来たまえとしきりに勧める。吉川君というのは画学の教師で例の野だいこの事だ
。この野だは、どういう了見りょうけんだか、赤シャツのうちへ朝夕出入でいりして、どこへでも随行ず
いこうして行ゆく。まるで同輩どうはいじゃない。主従しゅうじゅうみたようだ。赤シャツの行く所なら

224 :山師さん:2016/05/18(水) 21:45:26.48 ID:4uTcWgUe
、野だは必ず行くに極きまっているんだから、今さら驚おどろきもしないが、二人で行けば済むところを
、なんで無愛想ぶあいそのおれへ口を掛かけたんだろう。大方高慢こうまんちきな釣道楽で、自分の釣る
ところをおれに見せびらかすつもりかなんかで誘さそったに違いない。そんな事で見せびらかされるおれ
じゃない。鮪まぐろの二匹や三匹釣ったって、びくともするもんか。おれだって人間だ、いくら下手へた
だって糸さえ卸おろしゃ、何かかかるだろう、ここでおれが行かないと、赤シャツの事だから、下手だか
ら行かないんだ、嫌きらいだから行かないんじゃないと邪推じゃすいするに相違そういない。おれはこう
考えたから、行きましょうと答えた。それから、学校をしまって、一応うちへ帰って、支度したくを整え
て、停車場で赤シャツと野だを待ち合せて浜はまへ行った。船頭は一人ひとりで、船ふねは細長い東京辺
では見た事もない恰好かっこうである。さっきから船中見渡みわたすが釣竿つりざおが一本も見えない。
釣竿なしで釣が出来るものか、どうする了見だろうと、野だに聞くと、沖釣おきづりには竿は用いません
、糸だけでげすと顋を撫なでて黒人くろうとじみた事を云った。こう遣やり込こめられるくらいならだま
っていればよかった。
 船頭はゆっくりゆっくり漕こいでいるが熟練は恐おそろしいもので、見返みかえると、浜が小さく見え
るくらいもう出ている。高柏寺こうはくじの五重の塔とうが森の上へ抜ぬけ出して針のように尖とんがっ
てる。向側むこうがわを見ると青嶋あおしまが浮いている。これは人の住まない島だそうだ。よく見ると
石と松まつばかりだ。なるほど石と松ばかりじゃ住めっこない。赤シャツは、しきりに眺望ちょうぼうし
ていい景色だと云ってる。野だは絶景でげすと云ってる。絶景だか何だか知らないが、いい心持ちには相
違ない。ひろびろとした海の上で、潮風に吹ふかれるのは薬だと思った。いやに腹が減る。「あの松を見
たまえ、幹が真直まっすぐで、上が傘かさのように開いてターナーの画にありそうだね」と赤シャツが野
だに云うと、野だは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくり
ですよ」と心得顔である。ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから黙だまっ
ていた。舟は島を右に見てぐるりと廻まわった。波は全くない。これで海だとは受け取りにくいほど平た
いらだ。赤シャツのお陰かげではなはだ愉快ゆかいだ。出来る事なら、あの島の上へ上がってみたいと思
ったから、あの岩のある所へは舟はつけられないんですかと聞いてみた。つけられん事もないですが、釣
をするには、あまり岸じゃいけないですと赤シャツが異議を申し立てた。おれは黙ってた。すると野だが
どうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんかと余計な発議ほつぎをした。
赤シャツはそいつは面白い、吾々われわれはこれからそう云おうと賛成した。この吾々のうちにおれもは
いってるなら迷惑めいわくだ。おれには青嶋でたくさんだ。あの岩の上に、どうです、ラフハエルのマド
ンナを置いちゃ。いい画が出来ますぜと野だが云うと、マドンナの話はよそうじゃないかホホホホと赤シ
ャツが気味の悪るい笑い方をした。なに誰も居ないから大丈夫だいじょうぶですと、ちょっとおれの方を
見たが、わざと顔をそむけてにやにやと笑った。おれは何だかやな心持ちがした。マドンナだろうが、小
旦那こだんなだろうが、おれの関係した事でないから、勝手に立たせるがよかろうが、人に分らない事を
言って分らないから聞いたって構やしませんてえような風をする。下品な仕草だ。これで当人は私わたし
も江戸えどっ子でげすなどと云ってる。マドンナと云うのは何でも赤シャツの馴染なじみの芸者の渾名あ
だなか何かに違いないと思った。なじみの芸者を無人島の松の木の下に立たして眺ながめていれば世話は
ない。それを野だが油絵にでもかいて展覧会へ出したらよかろう。
 ここいらがいいだろうと船頭は船をとめて、錨いかりを卸した。幾尋いくひろあるかねと赤シャツが聞
くと、六尋むひろぐらいだと云う。六尋ぐらいじゃ鯛たいはむずかしいなと、赤シャツは糸を海へなげ込
んだ。大将鯛を釣る気と見える、豪胆ごうたんなものだ。野だは、なに教頭のお手際じゃかかりますよ。
それになぎですからとお世辞を云いながら、これも糸を繰くり出して投げ入れる。何だか先に錘おもりの
ような鉛なまりがぶら下がってるだけだ。浮うきがない。浮がなくって釣をするのは寒暖計なしで熱度を
はかるようなものだ。おれには到底とうてい出来ないと見ていると、さあ君もやりたまえ糸はありますか

225 :山師さん:2016/05/18(水) 21:45:38.50 ID:4uTcWgUe
と聞く。糸はあまるほどあるが、浮がありませんと云ったら、浮がなくっちゃ釣が出来ないのは素人しろ
うとですよ。こうしてね、糸が水底みずそこへついた時分に、船縁ふなべりの所で人指しゆびで呼吸をは
かるんです、食うとすぐ手に答える。――そらきた、と先生急に糸をたぐり始めるから、何かかかったと
思ったら何にもかからない、餌えがなくなってたばかりだ。いい気味きびだ。教頭、残念な事をしました
ね、今のはたしかに大ものに違いなかったんですが、どうも教頭のお手際でさえ逃にげられちゃ、今日は
油断ができませんよ。しかし逃げられても何ですね。浮と睨にらめくらをしている連中よりはましですね
。ちょうど歯どめがなくっちゃ自転車へ乗れないのと同程度ですからねと野だは妙みような事ばかり喋舌
しゃべる。よっぽど撲なぐりつけてやろうかと思った。おれだって人間だ、教頭ひとりで借り切った海じ
ゃあるまいし。広い所だ。鰹かつおの一匹ぐらい義理にだって、かかってくれるだろうと、どぼんと錘と
糸を抛ほうり込んでいい加減に指の先であやつっていた。
 しばらくすると、何だかぴくぴくと糸にあたるものがある。おれは考えた。こいつは魚に相違ない。生
きてるものでなくっちゃ、こうぴくつく訳がない。しめた、釣れたとぐいぐい手繰たぐり寄せた。おや釣
れましたかね、後世恐おそるべしだと野だがひやかすうち、糸はもう大概手繰り込んでただ五尺ばかりほ
どしか、水に浸ついておらん。船縁から覗のぞいてみたら、金魚のような縞しまのある魚が糸にくっつい
て、右左へ漾ただよいながら、手に応じて浮き上がってくる。面白い。水際から上げるとき、ぽちゃりと
跳はねたから、おれの顔は潮水だらけになった。ようやくつらまえて、針をとろうとするがなかなか取れ
ない。捕つらまえた手はぬるぬるする。大いに気味がわるい。面倒だから糸を振ふって胴どうの間まへ擲
たたきつけたら、すぐ死んでしまった。赤シャツと野だは驚ろいて見ている。おれは海の中で手をざぶざ
ぶと洗って、鼻の先へあてがってみた。まだ腥臭なまぐさい。もう懲こり懲ごりだ。何が釣れたって魚は
握にぎりたくない。魚も握られたくなかろう。そうそう糸を捲いてしまった。
 一番槍いちばんやりはお手柄てがらだがゴルキじゃ、と野だがまた生意気を云うと、ゴルキと云うと露
西亜ロシアの文学者みたような名だねと赤シャツが洒落しゃれた。そうですね、まるで露西亜の文学者で
すねと野だはすぐ賛成しやがる。ゴルキが露西亜の文学者で、丸木が芝しばの写真師で、米のなる木が命
の親だろう。一体この赤シャツはわるい癖くせだ。誰だれを捕つらまえても片仮名の唐人とうじんの名を
並べたがる。人にはそれぞれ専門があったものだ。おれのような数学の教師にゴルキだか車力しゃりきだ
か見当がつくものか、少しは遠慮えんりょするがいい。云いうならフランクリンの自伝だとかプッシング
、ツー、ゼ、フロントだとか、おれでも知ってる名を使うがいい。赤シャツは時々帝国文学とかいう真赤
まっかな雑誌を学校へ持って来て難有ありがたそうに読んでいる。山嵐やまあらしに聞いてみたら、赤シ
ャツの片仮名はみんなあの雑誌から出るんだそうだ。帝国文学も罪な雑誌だ。
 それから赤シャツと野だは一生懸命いっしょうけんめいに釣っていたが、約一時間ばかりのうちに二人
ふたりで十五六上げた。可笑おかしい事に釣れるのも、釣れるのも、みんなゴルキばかりだ。鯛なんて薬
にしたくってもありゃしない。今日は露西亜文学の大当りだと赤シャツが野だに話している。あなたの手
腕しゅわんでゴルキなんですから、私わたしなんぞがゴルキなのは仕方がありません。当り前ですなと野
だが答えている。船頭に聞くとこの小魚は骨が多くって、まずくって、とても食えないんだそうだ。ただ
肥料こやしには出来るそうだ。赤シャツと野だは一生懸命に肥料を釣っているんだ。気の毒の至りだ。お
れは一匹ぴきで懲こりたから、胴の間へ仰向あおむけになって、さっきから大空を眺めていた。釣をする
よりこの方がよっぽど洒落しゃれている。
 すると二人は小声で何か話し始めた。おれにはよく聞きこえない、また聞きたくもない。おれは空を見
ながら清きよの事を考えている。金があって、清をつれて、こんな奇麗きれいな所へ遊びに来たらさぞ愉
快だろう。いくら景色がよくっても野だなどといっしょじゃつまらない。清は皺苦茶しわくちゃだらけの
婆さんだが、どんな所へ連れて出たって恥はずかしい心持ちはしない。野だのようなのは、馬車に乗ろう
が、船に乗ろうが、凌雲閣りょううんかくへのろうが、到底寄り付けたものじゃない。おれが教頭で、赤

226 :山師さん:2016/05/18(水) 21:45:50.53 ID:4uTcWgUe
シャツがおれだったら、やっぱりおれにへけつけお世辞を使って赤シャツを冷ひやかすに違いない。江戸
っ子は軽薄けいはくだと云うがなるほどこんなものが田舎巡いなかまわりをして、私わたしは江戸っ子で
げすと繰り返していたら、軽薄は江戸っ子で、江戸っ子は軽薄の事だと田舎者が思うに極まってる。こん
な事を考えていると、何だか二人がくすくす笑い出した。笑い声の間に何か云うが途切とぎれ途切れでと
んと要領を得ない。
「え? どうだか……」「……全くです……知らないんですから……罪ですね」「まさか……」「バッタ
を……本当ですよ」
 おれは外の言葉には耳を傾かたむけなかったが、バッタと云う野だの語ことばを聴きいた時は、思わず
きっとなった。野だは何のためかバッタと云う言葉だけことさら力を入れて、明瞭めいりょうにおれの耳
にはいるようにして、そのあとをわざとぼかしてしまった。おれは動かないでやはり聞いていた。
「また例の堀田ほったが……」「そうかも知れない……」「天麩羅てんぷら……ハハハハハ」「……煽動
せんどうして……」「団子だんごも?」
 言葉はかように途切れ途切れであるけれども、バッタだの天麩羅だの、団子だのというところをもって
推し測ってみると、何でもおれのことについて内所話ないしょばなしをしているに相違ない。話すならも
っと大きな声で話すがいい、また内所話をするくらいなら、おれなんか誘わなければいい。いけ好かない
連中だ。バッタだろうが雪踏せっただろうが、非はおれにある事じゃない。校長がひとまずあずけろと云
ったから、狸たぬきの顔にめんじてただ今のところは控ひかえているんだ。野だの癖に入らぬ批評をしや
がる。毛筆けふででもしゃぶって引っ込んでるがいい。おれの事は、遅おそかれ早かれ、おれ一人で片付
けてみせるから、差支さしつかえはないが、また例の堀田がとか煽動してとか云う文句が気にかかる。堀
田がおれを煽動して騒動そうどうを大きくしたと云う意味なのか、あるいは堀田が生徒を煽動しておれを
いじめたと云うのか方角がわからない。青空を見ていると、日の光がだんだん弱って来て、少しはひやり
とする風が吹き出した。線香せんこうの烟けむりのような雲が、透すき徹とおる底の上を静かに伸のして
行ったと思ったら、いつしか底の奥おくに流れ込んで、うすくもやを掛かけたようになった。
 もう帰ろうかと赤シャツが思い出したように云うと、ええちょうど時分ですね。今夜はマドンナの君に
お逢あいですかと野だが云う。赤シャツは馬鹿ばかあ云っちゃいけない、間違いになると、船縁に身を倚
もたした奴やつを、少し起き直る。エヘヘヘヘ大丈夫ですよ。聞いたって……と野だが振り返った時、お
れは皿さらのような眼めを野だの頭の上へまともに浴びせ掛けてやった。野だはまぼしそうに引っ繰り返
って、や、こいつは降参だと首を縮めて、頭を掻かいた。何という猪口才ちょこざいだろう。
 船は静かな海を岸へ漕こぎ戻もどる。君釣つりはあまり好きでないと見えますねと赤シャツが聞くから
、ええ寝ねていて空を見る方がいいですと答えて、吸いかけた巻烟草まきたばこを海の中へたたき込んだ
ら、ジュと音がして艪ろの足で掻き分けられた浪なみの上を揺ゆられながら漾ただよっていった。「君が
来たんで生徒も大いに喜んでいるから、奮発ふんぱつしてやってくれたまえ」と今度は釣にはまるで縁故
えんこもない事を云い出した。「あんまり喜んでもいないでしょう」「いえ、お世辞じゃない。全く喜ん
でいるんです、ね、吉川君」「喜んでるどころじゃない。大騒おおさわぎです」と野だはにやにやと笑っ
た。こいつの云う事は一々癪しゃくに障さわるから妙だ。「しかし君注意しないと、険呑けんのんですよ
」と赤シャツが云うから「どうせ険呑です。こうなりゃ険呑は覚悟かくごです」と云ってやった。実際お
れは免職めんしょくになるか、寄宿生をことごとくあやまらせるか、どっちか一つにする了見でいた。「
そう云っちゃ、取りつきどころもないが――実は僕も教頭として君のためを思うから云うんだが、わるく
取っちゃ困る」「教頭は全く君に好意を持ってるんですよ。僕も及およばずながら、同じ江戸っ子だから
、なるべく長くご在校を願って、お互たがいに力になろうと思って、これでも蔭ながら尽力じんりょくし
ているんですよ」と野だが人間並なみの事を云った。野だのお世話になるくらいなら首を縊くくって死ん
じまわあ。
「それでね、生徒は君の来たのを大変歓迎かんげいしているんだが、そこにはいろいろな事情があってね
。君も腹の立つ事もあるだろうが、ここが我慢がまんだと思って、辛防しんぼうしてくれたまえ。決して

227 :山師さん:2016/05/18(水) 21:46:02.56 ID:4uTcWgUe
君のためにならないような事はしないから」
「いろいろの事情た、どんな事情です」
「それが少し込み入ってるんだが、まあだんだん分りますよ。僕ぼくが話さないでも自然と分って来るで
す、ね吉川君」
「ええなかなか込み入ってますからね。一朝一夕にゃ到底分りません。しかしだんだん分ります、僕が話
さないでも自然と分って来るです」と野だは赤シャツと同じような事を云う。
「そんな面倒めんどうな事情なら聞かなくてもいいんですが、あなたの方から話し出したから伺うかがう
んです」
「そりゃごもっともだ。こっちで口を切って、あとをつけないのは無責任ですね。それじゃこれだけの事
を云っておきましょう。あなたは失礼ながら、まだ学校を卒業したてで、教師は始めての、経験である。
ところが学校というものはなかなか情実のあるもので、そう書生流に淡泊たんぱくには行ゆかないですか
らね」
「淡泊に行かなければ、どんな風に行くんです」
「さあ君はそう率直だから、まだ経験に乏とぼしいと云うんですがね……」
「どうせ経験には乏しいはずです。履歴書りれきしょにもかいときましたが二十三年四ヶ月ですから」
「さ、そこで思わぬ辺から乗ぜられる事があるんです」
「正直にしていれば誰だれが乗じたって怖こわくはないです」
「無論怖くはない、怖くはないが、乗ぜられる。現に君の前任者がやられたんだから、気を付けないとい
けないと云うんです」
 野だが大人おとなしくなったなと気が付いて、ふり向いて見ると、いつしか艫ともの方で船頭と釣の話
をしている。野だが居ないんでよっぽど話しよくなった。
「僕の前任者が、誰だれに乗ぜられたんです」
「だれと指すと、その人の名誉に関係するから云えない。また判然と証拠しょうこのない事だから云うと
こっちの落度になる。とにかく、せっかく君が来たもんだから、ここで失敗しちゃ僕等ぼくらも君を呼ん
だ甲斐かいがない。どうか気を付けてくれたまえ」
「気を付けろったって、これより気の付けようはありません。わるい事をしなけりゃ好いいんでしょう」
 赤シャツはホホホホと笑った。別段おれは笑われるような事を云った覚えはない。今日こんにちただ今
に至るまでこれでいいと堅かたく信じている。考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しょ
うれいしているように思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正
直な純粋じゅんすいな人を見ると、坊ぼっちゃんだの小僧こぞうだのと難癖なんくせをつけて軽蔑けいべ
つする。それじゃ小学校や中学校で嘘うそをつくな、正直にしろと倫理りんりの先生が教えない方がいい
。いっそ思い切って学校で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を教授する方が、世のた
めにも当人のためにもなるだろう。赤シャツがホホホホと笑ったのは、おれの単純なのを笑ったのだ。単
純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない。清はこんな時に決して笑った事はない。大いに感心して聞い
たもんだ。清の方が赤シャツよりよっぽど上等だ。
「無論悪わるい事をしなければ好いんですが、自分だけ悪るい事をしなくっても、人の悪るいのが分らな
くっちゃ、やっぱりひどい目に逢うでしょう。世の中には磊落らいらくなように見えても、淡泊なように
見えても、親切に下宿の世話なんかしてくれても、めったに油断の出来ないのがありますから……。大分
寒くなった。もう秋ですね、浜の方は靄もやでセピヤ色になった。いい景色だ。おい、吉川君どうだい、
あの浜の景色は……」と大きな声を出して野だを呼んだ。なあるほどこりゃ奇絶きぜつですね。時間があ
ると写生するんだが、惜おしいですね、このままにしておくのはと野だは大いにたたく。
 港屋の二階に灯が一つついて、汽車の笛ふえがヒューと鳴るとき、おれの乗っていた舟は磯いその砂へ
ざぐりと、舳へさきをつき込んで動かなくなった。お早うお帰りと、かみさんが、浜に立って赤シャツに
挨拶あいさつする。おれは船端ふなばたから、やっと掛声かけごえをして磯へ飛び下りた。



 野だは大嫌だいきらいだ。こんな奴やつは沢庵石たくあんいしをつけて海の底へ沈しずめちまう方が日
本のためだ。赤シャツは声が気に食わない。あれは持前の声をわざと気取ってあんな優しいように見せて
るんだろう。いくら気取ったって、あの面じゃ駄目だめだ。惚ほれるものがあったってマドンナぐらいな
ものだ。しかし教頭だけに野だよりむずかしい事を云いう。うちへ帰って、あいつの申し条を考えてみる

228 :山師さん:2016/05/18(水) 21:46:16.44 ID:4uTcWgUe
と一応もっとものようでもある。はっきりとした事は云わないから、見当がつきかねるが、何でも山嵐や
まあらしがよくない奴だから用心しろと云うのらしい。それならそうとはっきり断言するがいい、男らし
くもない。そうして、そんな悪わるい教師なら、早く免職めんしょくさしたらよかろう。教頭なんて文学
士の癖くせに意気地いくじのないもんだ。蔭口かげぐちをきくのでさえ、公然と名前が云えないくらいな
男だから、弱虫に極きまってる。弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女のような親切ものなんだろ
う。親切は親切、声は声だから、声が気に入らないって、親切を無にしちゃ筋が違ちがう。それにしても
世の中は不思議なものだ、虫の好かない奴が親切で、気のあった友達が悪漢わるものだなんて、人を馬鹿
ばかにしている。大方田舎いなかだから万事東京のさかに行くんだろう。物騒ぶっそうな所だ。今に火事
が氷って、石が豆腐とうふになるかも知れない。しかし、あの山嵐が生徒を煽動するなんて、いたずらを
しそうもないがな。一番人望のある教師だと云うから、やろうと思ったら大抵たいていの事は出来るかも
知れないが、――第一そんな廻まわりくどい事をしないでも、じかにおれを捕つらまえて喧嘩けんかを吹
き懸かけりゃ手数が省ける訳だ。おれが邪魔じゃまになるなら、実はこれこれだ、邪魔だから辞職してく
れと云や、よさそうなもんだ。物は相談ずくでどうでもなる。向むこうの云い条がもっともなら、明日に
でも辞職してやる。ここばかり米が出来る訳でもあるまい。どこの果はてへ行ったって、のたれ死じには
しないつもりだ。山嵐もよっぽど話せない奴だな。
 ここへ来た時第一番に氷水を奢おごったのは山嵐だ。そんな裏表のある奴から、氷水でも奢ってもらっ
ちゃ、おれの顔に関わる。おれはたった一杯ぱいしか飲まなかったから一銭五厘りんしか払はらわしちゃ
ない。しかし一銭だろうが五厘だろうが、詐欺師さぎしの恩になっては、死ぬまで心持ちがよくない。あ
した学校へ行ったら、一銭五厘返しておこう。おれは清きよから三円借りている。その三円は五年経たっ
た今日までまだ返さない。返せないんじゃない。返さないんだ。清は今に返すだろうなどと、かりそめに
もおれの懐中かいちゅうをあてにしてはいない。おれも今に返そうなどと他人がましい義理立てはしない
つもりだ。こっちがこんな心配をすればするほど清の心を疑ぐるようなもので、清の美しい心にけちを付
けると同じ事になる。返さないのは清を踏ふみつけるのじゃない、清をおれの片破かたわれと思うからだ
。清と山嵐とはもとより比べ物にならないが、たとい氷水だろうが、甘茶あまちゃだろうが、他人から恵
めぐみを受けて、だまっているのは向うをひとかどの人間と見立てて、その人間に対する厚意の所作だ。
割前を出せばそれだけの事で済むところを、心のうちで難有ありがたいと恩に着るのは銭金で買える返礼
じゃない。無位無冠でも一人前の独立した人間だ。独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊たっとい
お礼と思わなければならない。
 おれはこれでも山嵐に一銭五厘奮発ふんぱつさせて、百万両より尊とい返礼をした気でいる。山嵐は難
有ありがたいと思ってしかるべきだ。それに裏へ廻って卑劣ひれつな振舞ふるまいをするとは怪けしから
ん野郎やろうだ。あした行って一銭五厘返してしまえば借りも貸しもない。そうしておいて喧嘩をしてや
ろう。
 おれはここまで考えたら、眠ねむくなったからぐうぐう寝ねてしまった。あくる日は思う仔細しさいが
あるから、例刻より早ヤ目に出校して山嵐を待ち受けた。ところがなかなか出て来ない。うらなりが出て
来る。漢学の先生が出て来る。野だが出て来る。しまいには赤シャツまで出て来たが山嵐の机の上は白墨
はくぼくが一本竪たてに寝ているだけで閑静かんせいなものだ。おれは、控所ひかえじょへはいるや否や
返そうと思って、うちを出る時から、湯銭のように手の平へ入れて一銭五厘、学校まで握にぎって来た。
おれは膏あぶらっ手だから、開けてみると一銭五厘が汗あせをかいている。汗をかいてる銭を返しちゃ、
山嵐が何とか云うだろうと思ったから、机の上へ置いてふうふう吹いてまた握った。ところへ赤シャツが
来て昨日は失敬、迷惑めいわくでしたろうと云ったから、迷惑じゃありません、お蔭で腹が減りましたと
答えた。すると赤シャツは山嵐の机の上へ肱ひじを突ついて、あの盤台面ばんだいづらをおれの鼻の側面
へ持って来たから、何をするかと思ったら、君昨日返りがけに船の中で話した事は、秘密にしてくれたま
え。まだ誰だれにも話しやしますまいねと云った。女のような声を出すだけに心配性な男と見える。話さ

229 :山師さん:2016/05/18(水) 21:46:26.57 ID:4uTcWgUe
ない事はたしかである。しかしこれから話そうと云う心持ちで、すでに一銭五厘手の平に用意しているく
らいだから、ここで赤シャツから口留めをされちゃ、ちと困る。赤シャツも赤シャツだ。山嵐と名を指さ
ないにしろ、あれほど推察の出来る謎なぞをかけておきながら、今さらその謎を解いちゃ迷惑だとは教頭
とも思えぬ無責任だ。元来ならおれが山嵐と戦争をはじめて鎬しのぎを削けずってる真中まんなかへ出て
堂々とおれの肩かたを持つべきだ。それでこそ一校の教頭で、赤シャツを着ている主意も立つというもん
だ。
 おれは教頭に向むかって、まだ誰にも話さないが、これから山嵐と談判するつもりだと云ったら、赤シ
ャツは大いに狼狽ろうばいして、君そんな無法な事をしちゃ困る。僕ぼくは堀田ほった君の事について、
別段君に何も明言した覚えはないんだから――君がもしここで乱暴を働いてくれると、僕は非常に迷惑す
る。君は学校に騒動そうどうを起すつもりで来たんじゃなかろうと妙みょうに常識をはずれた質問をする
から、当あたり前まえです、月給をもらったり、騒動を起したりしちゃ、学校の方でも困るでしょうと云
った。すると赤シャツはそれじゃ昨日の事は君の参考だけにとめて、口外してくれるなと汗をかいて依頼
いらいに及およぶから、よろしい、僕も困るんだが、そんなにあなたが迷惑ならよしましょうと受け合っ
た。君大丈夫だいじょうぶかいと赤シャツは念を押おした。どこまで女らしいんだか奥行おくゆきがわか
らない。文学士なんて、みんなあんな連中ならつまらんものだ。辻褄つじつまの合わない、論理に欠けた
注文をして恬然てんぜんとしている。しかもこのおれを疑ぐってる。憚はばかりながら男だ。受け合った
事を裏へ廻って反古ほごにするようなさもしい了見りょうけんはもってるもんか。
 ところへ両隣りょうどなりの机の所有主も出校したんで、赤シャツは早々自分の席へ帰って行った。赤
シャツは歩あるき方から気取ってる。部屋の中を往来するのでも、音を立てないように靴くつの底をそっ
と落おとす。音を立てないであるくのが自慢じまんになるもんだとは、この時から始めて知った。泥棒ど
ろぼうの稽古けいこじゃあるまいし、当り前にするがいい。やがて始業の喇叭らっぱがなった。山嵐はと
うとう出て来ない。仕方がないから、一銭五厘を机の上へ置いて教場へ出掛でかけた。
 授業の都合つごうで一時間目は少し後おくれて、控所へ帰ったら、ほかの教師はみんな机を控えて話を
している。山嵐もいつの間にか来ている。欠勤だと思ったら遅刻ちこくしたんだ。おれの顔を見るや否や
今日は君のお蔭で遅刻したんだ。罰金ばっきんを出したまえと云った。おれは机の上にあった一銭五厘を
出して、これをやるから取っておけ。先達せんだって通町とおりちょうで飲んだ氷水の代だと山嵐の前へ
置くと、何を云ってるんだと笑いかけたが、おれが存外真面目まじめでいるので、つまらない冗談じょう
だんをするなと銭をおれの机の上に掃はき返した。おや山嵐の癖くせにどこまでも奢る気だな。
「冗談じゃない本当だ。おれは君に氷水を奢られる因縁いんえんがないから、出すんだ。取らない法があ
るか」
「そんなに一銭五厘が気になるなら取ってもいいが、なぜ思い出したように、今時分返すんだ」
「今時分でも、いつ時分でも、返すんだ。奢られるのが、いやだから返すんだ」
 山嵐は冷然とおれの顔を見てふんと云った。赤シャツの依頼がなければ、ここで山嵐の卑劣ひれつをあ
ばいて大喧嘩をしてやるんだが、口外しないと受け合ったんだから動きがとれない。人がこんなに真赤ま
っかになってるのにふんという理窟りくつがあるものか。
「氷水の代は受け取るから、下宿は出てくれ」
「一銭五厘受け取ればそれでいい。下宿を出ようが出まいがおれの勝手だ」
「ところが勝手でない、昨日、あすこの亭主ていしゅが来て君に出てもらいたいと云うから、その訳を聞
いたら亭主の云うのはもっともだ。それでももう一応たしかめるつもりで今朝けさあすこへ寄って詳くわ
しい話を聞いてきたんだ」
 おれには山嵐の云う事が何の意味だか分らない。
「亭主が君に何を話したんだか、おれが知ってるもんか。そう自分だけで極めたって仕様があるか。訳が
あるなら、訳を話すが順だ。てんから亭主の云う方がもっともだなんて失敬千万な事を云うな」
「うん、そんなら云ってやろう。君は乱暴であの下宿で持て余あまされているんだ。いくら下宿の女房だ
って、下女たあ違うぜ。足を出して拭ふかせるなんて、威張いばり過ぎるさ」
「おれが、いつ下宿の女房に足を拭かせた」

230 :山師さん:2016/05/18(水) 21:46:38.76 ID:4uTcWgUe
「拭かせたかどうだか知らないが、とにかく向うじゃ、君に困ってるんだ。下宿料の十円や十五円は懸物
かけものを一幅ぷく売りゃ、すぐ浮ういてくるって云ってたぜ」
「利いた風な事をぬかす野郎やろうだ。そんなら、なぜ置いた」
「なぜ置いたか、僕は知らん、置くことは置いたんだが、いやになったんだから、出ろと云うんだろう。
君出てやれ」
「当り前だ。居てくれと手を合せたって、居るものか。一体そんな云い懸がかりを云うような所へ周旋し
ゅうせんする君からしてが不埒ふらちだ」
「おれが不埒か、君が大人おとなしくないんだか、どっちかだろう」
 山嵐もおれに劣おとらぬ肝癪持かんしゃくもちだから、負け嫌ぎらいな大きな声を出す。控所に居た連
中は何事が始まったかと思って、みんな、おれと山嵐の方を見て、顋あごを長くしてぼんやりしている。
おれは、別に恥はずかしい事をした覚えはないんだから、立ち上がりながら、部屋中一通り見巡みまわし
てやった。みんなが驚おどろいてるなかに野だだけは面白そうに笑っていた。おれの大きな眼めが、貴様
も喧嘩をするつもりかと云う権幕で、野だの干瓢かんぴょうづらを射貫いぬいた時に、野だは突然とつぜ
ん真面目な顔をして、大いにつつしんだ。少し怖こわかったと見える。そのうち喇叭が鳴る。山嵐もおれ
も喧嘩を中止して教場へ出た。

 午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。会議というものは生れて始
めてだからとんと容子ようすが分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてて、それを校長
が好い加減に纏まとめるのだろう。纏めるというのは黒白こくびゃくの決しかねる事柄ことがらについて
云うべき言葉だ。この場合のような、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰
ひまつぶしだ。誰が何と解釈したって異説の出ようはずがない。こんな明白なのは即座そくざに校長が処
分してしまえばいいに。随分ずいぶん決断のない事だ。校長ってものが、これならば、何の事はない、煮
にえ切きらない愚図ぐずの異名だ。
 会議室は校長室の隣となりにある細長い部屋で、平常は食堂の代理を勤める。黒い皮で張った椅子いす
が二十脚きゃくばかり、長いテーブルの周囲に並ならんでちょっと神田の西洋料理屋ぐらいな格だ。その
テーブルの端はじに校長が坐すわって、校長の隣りに赤シャツが構える。あとは勝手次第に席に着くんだ
そうだが、体操たいそうの教師だけはいつも席末に謙遜けんそんするという話だ。おれは様子が分らない
から、博物の教師と漢学の教師の間へはいり込こんだ。向うを見ると山嵐と野だが並んでる。野だの顔は
どう考えても劣等だ。喧嘩はしても山嵐の方が遥はるかに趣おもむきがある。おやじの葬式そうしきの時
に小日向こびなたの養源寺ようげんじの座敷ざしきにかかってた懸物はこの顔によく似ている。坊主ぼう
ずに聞いてみたら韋駄天いだてんと云う怪物だそうだ。今日は怒おこってるから、眼をぐるぐる廻しちゃ
、時々おれの方を見る。そんな事で威嚇おどかされてたまるもんかと、おれも負けない気で、やっぱり眼
をぐりつかせて、山嵐をにらめてやった。おれの眼は恰好かっこうはよくないが、大きい事においては大
抵な人には負けない。あなたは眼が大きいから役者になるときっと似合いますと清がよく云ったくらいだ

 もう大抵お揃そろいでしょうかと校長が云うと、書記の川村と云うのが一つ二つと頭数を勘定かんじょ
うしてみる。一人足りない。一人不足ですがと考えていたが、これは足りないはずだ。唐茄子とうなすの
うらなり君が来ていない。おれとうらなり君とはどう云う宿世すくせの因縁かしらないが、この人の顔を
見て以来どうしても忘れられない。控所へくれば、すぐ、うらなり君が眼に付く、途中とちゅうをあるい
ていても、うらなり先生の様子が心に浮うかぶ。温泉へ行くと、うらなり君が時々蒼あおい顔をして湯壺
ゆつぼのなかに膨ふくれている。挨拶あいさつをするとへえと恐縮きょうしゅくして頭を下げるから気の
毒になる。学校へ出てうらなり君ほど大人しい人は居ない。めったに笑った事もないが、余計な口をきい
た事もない。おれは君子という言葉を書物の上で知ってるが、これは字引にあるばかりで、生きてるもの
ではないと思ってたが、うらなり君に逢あってから始めて、やっぱり正体のある文字だと感心したくらい
だ。
 このくらい関係の深い人の事だから、会議室へはいるや否や、うらなり君の居ないのは、すぐ気がつい
た。実を云うと、この男の次へでも坐すわろうかと、ひそかに目標めじるしにして来たくらいだ。校長は

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