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配当金・株主優待スレッド 526 [無断転載禁止]©2ch.net

1 :山師さん:2016/02/23(火) 20:13:01.27 ID:Wz+Gt1R4
■2016年(平成28年)の決算月別期末権利付最終日と品貸日数(予定)
権利日   権利付最終売買日  逆日歩日数
02月20日   02月16日(火)     3日
02月末     02月24日(水)     1日
03月15日   03月10日(木)     1日
03月20日   03月15日(火)     4日
03月末     03月28日(月)     1日
04月末     04月25日(月)     4日
05月15日   05月10日(火)     3日
05月20日   05月17日(火)     3日
05月末     05月26日(木)     1日
06月20日   06月15日(水)     1日
06月末     06月27日(月)     1日
07月20日   07月14日(木)     1日
07月末     07月26日(火)     3日
08月20日   08月16日(火)     3日
08月末     08月26日(金)     1日
09月20日   09月14日(水)     1日
09月末     09月27日(火)     3日
10月20日   10月17日(月)     1日
10月末     10月26日(水)     1日
11月15日   11月10日(木)     1日
11月20日   11月15日(火)     3日
11月末     11月25日(金)     1日
12月20日   12月15日(木)     1日
12月末     12月27日(火)     5日

前スレ
配当金・株主優待スレッド 524 [無断転載禁止]©2ch.net
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/stock/1455405826/
配当金・株主優待スレッド 525
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/stock/1455837167/

2 :山師さん:2016/02/23(火) 20:14:02.87 ID:Wz+Gt1R4
月別優待リスト

ソート順→人気順

2月
http://yutai.amits.net/index/search?month=2

3月
http://yutai.amits.net/index/search?month=3

4月
http://yutai.amits.net/index/search?month=4

5月
http://yutai.amits.net/index/search?month=5

6月
http://yutai.amits.net/index/search?month=6

投資のバイブル
http://blog.livedoor.jp/setuyaku999/

3 :山師さん:2016/02/23(火) 20:50:05.46 ID:uN2r3xPQ
名古屋大学医学部小児科助教 奥野友介医師のアフィ対策 (通報先)

名古屋大学公益通報窓口
・本学における組織又は職員について、法令、本学の規程等に違反し、又は違反するお
それのある行為が生じている旨を通報することをいいます。

名古屋大学監査室
kansakkr@adm.nagoya-u.ac.jp

事由
アフィリエイトサイトamits.net運営、および本サイトに対する2ch公共掲示板(配当金・株主優
待スレッド )における執拗な誘導による公務員の兼業禁止違反

上司アドレス
医局長chiefped@med.nagoya-u.ac.jp
教授kojimas@med.nagoya-u.ac.jp

本人yusukeo@med.nagoya-u.ac.jp

4 :山師さん:2016/02/24(水) 11:41:24.81 ID:w/EKyAHH
>>2
ウイルス注意

ウイルスはあなたの知らない間に感染し潜伏し
知らない間に情報は抜かれ、気が付いた時には取り返しのつかないことになります。

5 :山師さん:2016/02/28(日) 10:39:22.65 ID:eZlpy7SZ
ぬげ

6 :山師さん:2016/03/02(水) 23:18:23.77 ID:6P7JnBUj
あげ

7 :山師さん:2016/03/02(水) 23:20:41.23 ID:FdY/YvC2
はげ

8 :山師さん:2016/03/03(木) 08:57:09.61 ID:gjkZ5NLP
月別優待リスト、投資のバイブルはウィルスの危険があります
クリックしないで下さい

9 :山師さん:2016/03/03(木) 13:00:13.61 ID:P0o0tRXf
正規スレではそれを1の冒頭に入れろよ

10 :山師さん:2016/03/03(木) 21:10:53.72 ID:67TO0Xjm
>>2
(・∀・)ブラクラ危険

11 :山師さん:2016/03/03(木) 22:46:44.84 ID:o5PZ3ri+
どなたか

乱立・・・・・・ 配当金・株主優待スレッド ・・・・・・を

統合するか・・・・整理するか・・・・・・・

お願いします

12 :山師さん:2016/03/04(金) 11:36:53.53 ID:jGmZji3K
どなたか

乱立・・・・・・ 配当金・株主優待スレッド ・・・・・・を

統合するか・・・・整理するか・・・・・・・

お願いします

13 :山師さん:2016/03/04(金) 15:20:31.60 ID:8BwD6BRb
あげ

14 :山師さん:2016/03/04(金) 15:27:46.10 ID:8BwD6BRb
あげ

15 :山師さん:2016/03/04(金) 16:29:51.12 ID:yMfRwFym
上げるな アホ! アフィスレは埋めよう

16 :山師さん:2016/03/06(日) 07:45:24.44 ID:WU5+v2Fd
ヨメサンのジッカからこめキタ━(゚∀゚)━!

17 :山師さん:2016/03/06(日) 07:50:58.02 ID:/tkxZys7
>>11
ヒーローはいないから自分でやれ

18 :山師さん:2016/03/07(月) 13:10:15.12 ID:uAETxnf9
ワッチョイ

19 :山師さん:2016/03/07(月) 20:10:55.30 ID:ZkVKyZYf
age

20 :山師さん:2016/03/07(月) 23:32:44.26 ID:uAETxnf9
あげ

21 :山師さん:2016/03/07(月) 23:49:43.21 ID:czw2SPp4
まずはAge

22 :山師さん:2016/03/08(火) 00:04:37.54 ID:YO/4JJGK
あげんな バカ

23 :山師さん:2016/03/08(火) 10:27:04.80 ID:Kxa6jsm3
当然 あげ

24 :山師さん:2016/03/08(火) 10:35:36.22 ID:Kxa6jsm3
どなたか

乱立・・・・・・ 配当金・株主優待スレッド ・・・・・・を

統合するか・・・・整理するか・・・・・・・

お願いします

25 :山師さん:2016/03/08(火) 21:20:48.13 ID:I7zz7/zN
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下手糞トレード、予想も全然あたらねー。
下手にもほどがある。

皆で叩こう!!!
芸能人の競演してるみたいだが内容は糞ブログ





★下手糞ブログナンバー1★
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26 :山師さん:2016/03/09(水) 02:51:53.33 ID:OpbRqSTs
>>24
ヒーローはいねえんだ!!ヒーローは何処にもいねえんだ。
生きる価値なんてねえんだよ!!

27 :山師さん:2016/03/09(水) 09:04:57.14 ID:k6WwNidD
おは
  Age

28 :山師さん:2016/03/09(水) 10:12:08.40 ID:TABOdg0m
あげれば

29 :山師さん:2016/03/09(水) 16:46:22.53 ID:UD9y1Lcj
いいってもんじゃなかろうに

30 :山師さん:2016/03/10(木) 23:50:54.93 ID:8mFaVn0M
でも、上げた方がいい

31 :山師さん:2016/03/11(金) 09:24:37.76 ID:b0z9XKPu
あげ

32 :山師さん:2016/03/11(金) 18:20:25.26 ID:pWXRvYke
配当金・株主優待スレッド 526

33 :山師さん:2016/03/11(金) 20:53:01.50 ID:7OB6ERtL
スレ番の順番 526

34 :山師さん:2016/03/12(土) 07:32:00.63 ID:alNYcVk3
スレ番の順番通りにしましょう

当スレ番の順番 

・・・・・  526

35 :山師さん:2016/03/12(土) 08:04:12.36 ID:alNYcVk3
スレ番の順番通りにしましょう

当スレ番の順番 

・・・・・  526

36 :山師さん:2016/03/12(土) 09:24:57.43 ID:dN22bqUs
スレ番の順番通りにしましょう

当スレ番の順番 

・・・・・  526

37 :山師さん:2016/03/12(土) 16:40:08.23 ID:5MUc67qC
スレ番の順番通りにしましょう

当スレ番の順番 

・・・・・  526

38 :山師さん:2016/03/14(月) 11:45:28.51 ID:YZStxoTs
スレ番の順番通りにしましょう

当スレ番の順番 

・・・・・  526

39 :山師さん:2016/03/15(火) 21:58:20.55 ID:ut1RsRjY
スレ番の順番通りにしましょう

当スレ番の順番 

・・・・・  526

40 :山師さん:2016/03/16(水) 07:47:49.57 ID:Jf0D8GkU
スレ番の順番通りにしましょう

当スレ番の順番 

・・・・・  526

41 :山師さん:2016/03/24(木) 20:26:32.08 ID:ZVdWO9JQ
次スレのリンク貼ってくれないとどうしていいかわからん

42 :山師さん:2016/03/24(木) 22:35:56.08 ID:vICoKJWq
ここが

正規の・・・・・・・・次 スレッド



43 :山師さん:2016/03/28(月) 23:54:15.51 ID:xU6OHuS7
43

44 :山師さん:2016/03/29(火) 03:48:51.01 ID:xlDhpk6c
どれに書き込むか選べ!!

45 :山師さん:2016/04/02(土) 20:02:04.19 ID:hXCcQ+MJ
45

46 :山師さん:2016/04/04(月) 15:37:18.08 ID:uhbxSrCh
王将の部落解放同盟がらみの資金流出はきちんと報道されない

47 :山師さん:2016/04/07(木) 07:10:34.27 ID:qglAXIKs
[悲報]
隣町にスシローができたので、優待もらおうと思ったけど、非上場が判明

48 :山師さん:2016/04/20(水) 16:12:18.30 ID:+20vZ30u
鳥越製粉から優待そうめんきたでbyゆうパック
買った覚えは無いけどなw

49 :山師さん:2016/04/26(火) 16:03:44.35 ID:xDx7jyda
[吉報]
おいらの[2579]コカウエスト100株2780円+100株(貸し株中)が
[2580]コカイーストと経営統合

[悲報]
おいらの[1606]海洋掘削が赤字幅拡大70億円

海洋掘削はもう諦めた。問題はコーラの次の優待がどうなるかだ

50 :山師さん:2016/04/26(火) 16:07:40.75 ID:8jBigNPF
さすがに資源銘柄は厳しいよなぁ。
あと数年は冬の時代だろう。

51 :山師さん:2016/04/26(火) 19:15:57.41 ID:N1uZx5Ur
51

52 :山師さん:2016/05/02(月) 19:22:31.00 ID:nTDMyhLO
今日は爆下げでとんでもない金額の損失を覚悟していたけどいまチェックしたら
SBI口座のほうでトータル0.2%ちょっとしかくらってなかったでござる
ゴールド4000株とプラチナ1000株のおかげやな
GMO口座のREIT部門はトータルで0.8%安、
野村のごちゃまぜ口座はよくわからんが、景気鈍感株最高やな
株の世界は防御こそ最大の攻撃なりとわかったわい
そして安定すぎる債券、次の償還日は今月19日の平成23年度兵庫県市町共同公募債100万や

53 :山師さん:2016/05/07(土) 13:35:25.24 ID:dVTxQgYF
あげ

54 :山師さん:2016/05/09(月) 13:16:05.94 ID:ooSxszXC
はげ

55 :やぶっち:2016/05/15(日) 20:02:01.67 ID:qEY98My0
投資は好奇心!!をキャッチフレーズに日々の株式投資奮闘記を書いています。

長期投資関係のブログを書いています。
一生懸命書いたので、良かったら読んでください。

『サラリーマンでもできる長期投資のやり方、考え方、コツ!!』
  http://ameblo.jp/yabbuchi/

56 :山師さん:2016/05/18(水) 17:37:55.08 ID:4uTcWgUe
【急騰】今買えばいい株5936【おひさ】 [無断転載禁止]©2ch.net
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/stock/1463550936/ 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

57 :山師さん:2016/05/18(水) 17:38:07.15 ID:4uTcWgUe
き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに

58 :山師さん:2016/05/18(水) 17:38:19.11 ID:4uTcWgUe
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら
ず、毎日役所の行通ゆきかよいには電車を利用して、賑にぎやかな町を二度ずつはきっと往いったり来た
りする習慣になっているのではあるが、身体からだと頭に楽らくがないので、いつでも上うわの空そらで

59 :山師さん:2016/05/18(水) 17:40:21.89 ID:4uTcWgUe
 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

60 :山師さん:2016/05/18(水) 17:40:33.91 ID:4uTcWgUe
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。

61 :山師さん:2016/05/18(水) 17:40:45.93 ID:4uTcWgUe
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら

62 :山師さん:2016/05/18(水) 17:52:54.91 ID:4uTcWgUe
 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

63 :山師さん:2016/05/18(水) 17:53:07.01 ID:4uTcWgUe
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。

64 :山師さん:2016/05/18(水) 17:53:18.97 ID:4uTcWgUe
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら

65 :山師さん:2016/05/18(水) 19:19:52.71 ID:4uTcWgUe
 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

66 :山師さん:2016/05/18(水) 19:20:04.75 ID:4uTcWgUe
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。

67 :山師さん:2016/05/18(水) 19:20:16.66 ID:4uTcWgUe
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら

68 :山師さん:2016/05/18(水) 19:27:20.65 ID:4uTcWgUe
 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

69 :山師さん:2016/05/18(水) 19:27:33.00 ID:4uTcWgUe
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。

70 :山師さん:2016/05/18(水) 19:27:44.99 ID:4uTcWgUe
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら

71 :山師さん:2016/05/18(水) 19:35:42.86 ID:4uTcWgUe
 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

72 :山師さん:2016/05/18(水) 19:35:55.14 ID:4uTcWgUe
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。

73 :山師さん:2016/05/18(水) 19:36:07.08 ID:4uTcWgUe
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら

74 :山師さん:2016/05/18(水) 19:49:57.66 ID:4uTcWgUe
 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

75 :山師さん:2016/05/18(水) 19:50:09.76 ID:4uTcWgUe
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。

76 :山師さん:2016/05/18(水) 19:50:21.76 ID:4uTcWgUe
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら

77 :山師さん:2016/05/18(水) 20:10:27.06 ID:4uTcWgUe
 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

78 :山師さん:2016/05/18(水) 20:10:39.18 ID:4uTcWgUe
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。

79 :山師さん:2016/05/18(水) 20:10:51.15 ID:4uTcWgUe
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら

80 :山師さん:2016/05/18(水) 20:11:03.17 ID:4uTcWgUe
ず、毎日役所の行通ゆきかよいには電車を利用して、賑にぎやかな町を二度ずつはきっと往いったり来た
りする習慣になっているのではあるが、身体からだと頭に楽らくがないので、いつでも上うわの空そらで
素通りをする事になっているから、自分がその賑やかな町の中に活いきていると云う自覚は近来とんと起
った事がない。もっとも平生へいぜいは忙がしさに追われて、別段気にも掛からないが、七日なのかに一
返いっぺんの休日が来て、心がゆったりと落ちつける機会に出逢であうと、不断の生活が急にそわそわし
た上調子うわちょうしに見えて来る。必竟ひっきょう自分は東京の中に住みながら、ついまだ東京という
ものを見た事がないんだという結論に到着すると、彼はそこにいつも妙な物淋さびしさを感ずるのである

 そう云う時には彼は急に思い出したように町へ出る。その上懐ふところに多少余裕よゆうでもあると、
これで一つ豪遊でもしてみようかと考える事もある。けれども彼の淋しみは、彼を思い切った極端に駆か
り去るほどに、強烈の程度なものでないから、彼がそこまで猛進する前に、それも馬鹿馬鹿しくなってや
めてしまう。のみならず、こんな人の常態として、紙入の底が大抵の場合には、軽挙を戒いましめる程度
内に膨ふくらんでいるので、億劫おっくうな工夫を凝こらすよりも、懐手ふところでをして、ぶらりと家
うちへ帰る方が、つい楽になる。だから宗助の淋さびしみは単なる散歩か勧工場かんこうば縦覧ぐらいな
ところで、次の日曜まではどうかこうか慰藉いしゃされるのである。
 この日も宗助はともかくもと思って電車へ乗った。ところが日曜の好天気にもかかわらず、平常よりは
乗客が少ないので例になく乗心地が好かった。その上乗客がみんな平和な顔をして、どれもこれも悠ゆっ
たりと落ちついているように見えた。宗助は腰を掛けながら、毎朝例刻に先を争って席を奪い合いながら
、丸の内方面へ向う自分の運命を顧かえりみた。出勤刻限の電車の道伴みちづれほど殺風景なものはない
。革かわにぶら下がるにしても、天鵞絨びろうどに腰を掛けるにしても、人間的な優やさしい心持の起っ
た試ためしはいまだかつてない。自分もそれでたくさんだと考えて、器械か何ぞと膝ひざを突き合せ肩を
並べたかのごとくに、行きたい所まで同席して不意と下りてしまうだけであった。前の御婆さんが八つぐ
らいになる孫娘の耳の所へ口を付けて何か云っているのを、傍そばに見ていた三十恰好がっこうの商家の
御神おかみさんらしいのが、可愛らしがって、年を聞いたり名を尋ねたりするところを眺ながめていると
、今更いまさらながら別の世界に来たような心持がした。
 頭の上には広告が一面に枠わくに嵌はめて掛けてあった。宗助は平生これにさえ気がつかなかった。何
心なしに一番目のを読んで見ると、引越は容易にできますと云う移転会社の引札ひきふだであった。その
次には経済を心得る人は、衛生に注意する人は、火の用心を好むものは、と三行に並べておいてその後あ
とに瓦斯竈ガスがまを使えと書いて、瓦斯竈から火の出ている画えまで添えてあった。三番目には露国文
豪トルストイ伯傑作「千古の雪」と云うのと、バンカラ喜劇小辰こたつ大一座と云うのが、赤地に白で染
め抜いてあった。
 宗助は約十分もかかって、すべての広告を丁寧ていねいに三返ほど読み直した。別に行って見ようと思
うものも、買って見たいと思うものも無かったが、ただこれらの広告が判然はっきりと自分の頭に映って
、そうしてそれを一々読み終おおせた時間のあった事と、それをことごとく理解し得たと云う心の余裕よ
ゆうが、宗助には少なからぬ満足を与えた。彼の生活はこれほどの余裕にすら誇りを感ずるほどに、日曜
以外の出入ではいりには、落ちついていられないものであった。
 宗助は駿河台下するがだいしたで電車を降りた。降りるとすぐ右側の窓硝子まどガラスの中に美しく並
べてある洋書に眼がついた。宗助はしばらくその前に立って、赤や青や縞しまや模様の上に、鮮あざやか
に叩たたき込んである金文字を眺めた。表題の意味は無論解るが、手に取って、中を検しらべて見ようと
いう好奇心はちっとも起らなかった。本屋の前を通ると、きっと中へ這入はいって見たくなったり、中へ
這入ると必ず何か欲しくなったりするのは、宗助から云うと、すでに一昔ひとむかし前の生活である。た
だ Historyヒストリ ofオフ Gamblingガムブリング(博奕史ばくえきし)と云うの
が、ことさらに美装して、一番真中に飾られてあったので、それが幾分か彼の頭に突飛とっぴな新し味を
加えただけであった。

81 :山師さん:2016/05/18(水) 20:11:15.18 ID:4uTcWgUe
 宗助は微笑しながら、急忙せわしい通りを向側むこうがわへ渡って、今度は時計屋の店を覗のぞき込ん
だ。金時計だの金鎖が幾つも並べてあるが、これもただ美しい色や恰好かっこうとして、彼の眸ひとみに
映るだけで、買いたい了簡りょうけんを誘致するには至らなかった。その癖彼は一々絹糸で釣るした価格
札ねだんふだを読んで、品物と見較みくらべて見た。そうして実際金時計の安価なのに驚ろいた。
 蝙蝠傘屋こうもりがさやの前にもちょっと立ちどまった。西洋小間物こまものを売る店先では、礼帽シ
ルクハットの傍わきにかけてあった襟飾えりかざりに眼がついた。自分の毎日かけているのよりも大変柄
がらが好かったので、価ねを聞いてみようかと思って、半分店の中へ這入はいりかけたが、明日あしたか
ら襟飾りなどをかけ替えたところが下らない事だと思い直すと、急に蟇口がまぐちの口を開けるのが厭い
やになって行き過ぎた。呉服店でもだいぶ立見をした。鶉御召うずらおめしだの、高貴織こうきおりだの
、清凌織せいりょうおりだの、自分の今日こんにちまで知らずに過ぎた名をたくさん覚えた。京都の襟新
えりしんと云う家うちの出店の前で、窓硝子まどガラスへ帽子の鍔つばを突きつけるように近く寄せて、
精巧に刺繍ぬいをした女の半襟はんえりを、いつまでも眺ながめていた。その中うちにちょうど細君に似
合いそうな上品なのがあった。買って行ってやろうかという気がちょっと起るや否いなや、そりゃ五六年
前ぜんの事だと云う考が後あとから出て来て、せっかく心持の好い思いつきをすぐ揉もみ消してしまった
。宗助は苦笑しながら窓硝子を離れてまた歩き出したが、それから半町ほどの間は何だかつまらないよう
な気分がして、往来にも店先にも格段の注意を払わなかった。
 ふと気がついて見ると角に大きな雑誌屋があって、その軒先には新刊の書物が大きな字で広告してある
。梯子はしごのような細長い枠わくへ紙を張ったり、ペンキ塗の一枚板へ模様画みたような色彩を施こし
たりしてある。宗助はそれを一々読んだ。著者の名前も作物さくぶつの名前も、一度は新聞の広告で見た
ようでもあり、また全く新奇のようでもあった。
 この店の曲り角の影になった所で、黒い山高帽を被かぶった三十ぐらいの男が地面の上へ気楽そうに胡
坐あぐらをかいて、ええ御子供衆の御慰おなぐさみと云いながら、大きな護謨風船ゴムふうせんを膨ふく
らましている。それが膨れると自然と達磨だるまの恰好かっこうになって、好加減いいかげんな所に眼口
まで墨で書いてあるのに宗助は感心した。その上一度息を入れると、いつまでも膨れている。かつ指の先
へでも、手の平の上へでも自由に尻が据すわる。それが尻の穴へ楊枝ようじのような細いものを突っ込む
としゅうっと一度に収縮してしまう。
 忙がしい往来の人は何人でも通るが、誰も立ちどまって見るほどのものはない。山高帽の男は賑にぎや
かな町の隅に、冷やかに胡坐あぐらをかいて、身の周囲まわりに何事が起りつつあるかを感ぜざるものの
ごとくに、ええ御子供衆の御慰みと云っては、達磨を膨らましている。宗助は一銭五厘出して、その風船
を一つ買って、しゅっと縮ましてもらって、それを袂たもとへ入れた。奇麗きれいな床屋へ行って、髪を
刈りたくなったが、どこにそんな奇麗なのがあるか、ちょっと見つからないうちに、日が限かぎって来た
ので、また電車へ乗って、宅うちの方へ向った。
 宗助が電車の終点まで来て、運転手に切符を渡した時には、もう空の色が光を失いかけて、湿った往来
に、暗い影が射さし募つのる頃であった。降りようとして、鉄の柱を握ったら、急に寒い心持がした。い
っしょに降りた人は、皆みんな離れ離れになって、事あり気に忙がしく歩いて行く。町のはずれを見ると
、左右の家の軒から家根やねへかけて、仄白ほのしろい煙りが大気の中に動いているように見える。宗助
も樹きの多い方角に向いて早足に歩を移した。今日の日曜も、暢のんびりした御天気も、もうすでにおし
まいだと思うと、少しはかないようなまた淋さみしいような一種の気分が起って来た。そうして明日あし
たからまた例によって例のごとく、せっせと働らかなくてはならない身体からだだと考えると、今日半日
の生活が急に惜しくなって、残る六日半むいかはんの非精神的な行動が、いかにもつまらなく感ぜられた
。歩いているうちにも、日当の悪い、窓の乏しい、大きな部屋の模様や、隣りに坐すわっている同僚の顔
や、野中さんちょっとと云う上官の様子ばかりが眼に浮かんだ。
 魚勝と云う肴屋さかなやの前を通り越して、その五六軒先の露次ろじとも横丁ともつかない所を曲ると

82 :山師さん:2016/05/18(水) 20:11:27.16 ID:4uTcWgUe
、行き当りが高い崖がけで、その左右に四五軒同じ構かまえの貸家が並んでいる。ついこの間までは疎ま
ばらな杉垣の奥に、御家人ごけにんでも住み古したと思われる、物寂ものさびた家も一つ地所のうちに混
まじっていたが、崖の上の坂井さかいという人がここを買ってから、たちまち萱葺かやぶきを壊して、杉
垣を引き抜いて、今のような新らしい普請ふしんに建て易かえてしまった。宗助の家うちは横丁を突き当
って、一番奥の左側で、すぐの崖下だから、多少陰気ではあるが、その代り通りからはもっとも隔ってい
るだけに、まあ幾分か閑静だろうと云うので、細君と相談の上、とくにそこを択えらんだのである。
 宗助は七日なのかに一返の日曜ももう暮れかかったので、早く湯にでも入いって、暇があったら髪でも
刈って、そうして緩ゆっくり晩食ばんめしを食おうと思って、急いで格子こうしを開けた。台所の方で皿
小鉢さらこばちの音がする。上がろうとする拍子ひょうしに、小六ころくの脱ぬぎ棄すてた下駄げたの上
へ、気がつかずに足を乗せた。曲こごんで位置を調ととのえているところへ小六が出て来た。台所の方で
御米およねが、
「誰? 兄さん?」と聞いた。宗助は、
「やあ、来ていたのか」と云いながら座敷へ上った。先刻さっき郵便を出してから、神田を散歩して、電
車を降りて家へ帰るまで、宗助の頭には小六の小の字も閃ひらめかなかった。宗助は小六の顔を見た時、
何となく悪い事でもしたようにきまりが好くなかった。
「御米、御米」と細君を台所から呼んで、
「小六が来たから、何か御馳走ごちそうでもするが好い」と云いつけた。細君は、忙がしそうに、台所の
障子しょうじを開け放したまま出て来て、座敷の入口に立っていたが、この分り切った注意を聞くや否や

「ええ今直じき」と云ったなり、引き返そうとしたが、また戻って来て、
「その代り小六さん、憚はばかり様さま。座敷の戸を閉たてて、洋灯ランプを点つけてちょうだい。今私
わたしも清きよも手が放せないところだから」と依頼たのんだ。小六は簡単に、
「はあ」と云って立ち上がった。
 勝手では清が物を刻む音がする。湯か水をざあと流しへ空あける音がする。「奥様これはどちらへ移し
ます」と云う声がする。「姉さん、ランプの心しんを剪きる鋏はさみはどこにあるんですか」と云う小六
の声がする。しゅうと湯が沸たぎって七輪しちりんの火へかかった様子である。
 宗助は暗い座敷の中で黙然もくねんと手焙てあぶりへ手を翳かざしていた。灰の上に出た火の塊かたま
りだけが色づいて赤く見えた。その時裏の崖がけの上の家主やぬしの家の御嬢さんがピヤノを鳴らし出し
た。宗助は思い出したように立ち上がって、座敷の雨戸を引きに縁側えんがわへ出た。孟宗竹もうそうち
くが薄黒く空の色を乱す上に、一つ二つの星が燦きらめいた。ピヤノの音ねは孟宗竹の後うしろから響い
た。



 宗助そうすけと小六ころくが手拭てぬぐいを下げて、風呂ふろから帰って来た時は、座敷の真中に真四
角な食卓を据すえて、御米およねの手料理が手際てぎわよくその上に並べてあった。手焙てあぶりの火も
出がけよりは濃い色に燃えていた。洋灯ランプも明るかった。
 宗助が机の前の座蒲団ざぶとんを引き寄せて、その上に楽々らくらくと胡坐あぐらを掻かいた時、手拭
と石鹸シャボンを受取った御米は、
「好い御湯だった事?」と聞いた。宗助はただ一言ひとこと、
「うん」と答えただけであったが、その様子は素気そっけないと云うよりも、むしろ湯上りで、精神が弛
緩しかんした気味に見えた。
「なかなか好い湯でした」と小六が御米の方を見て調子を合せた。
「しかしああ込んじゃ溜たまらないよ」と宗助が机の端はじへ肱ひじを持たせながら、倦怠けたるそうに
云った。宗助が風呂に行くのは、いつでも役所が退ひけて、家うちへ帰ってからの事だから、ちょうど人
の立て込む夕食前ゆうめしまえの黄昏たそがれである。彼はこの二三カ月間ついぞ、日の光に透すかして
湯の色を眺ながめた事がない。それならまだしもだが、ややともすると三日も四日もまるで銭湯の敷居を

83 :山師さん:2016/05/18(水) 20:13:15.53 ID:4uTcWgUe
 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」

84 :山師さん:2016/05/18(水) 20:13:27.61 ID:4uTcWgUe
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。

85 :山師さん:2016/05/18(水) 20:13:39.66 ID:4uTcWgUe
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら

86 :山師さん:2016/05/18(水) 20:13:51.66 ID:4uTcWgUe
ず、毎日役所の行通ゆきかよいには電車を利用して、賑にぎやかな町を二度ずつはきっと往いったり来た
りする習慣になっているのではあるが、身体からだと頭に楽らくがないので、いつでも上うわの空そらで
素通りをする事になっているから、自分がその賑やかな町の中に活いきていると云う自覚は近来とんと起
った事がない。もっとも平生へいぜいは忙がしさに追われて、別段気にも掛からないが、七日なのかに一
返いっぺんの休日が来て、心がゆったりと落ちつける機会に出逢であうと、不断の生活が急にそわそわし
た上調子うわちょうしに見えて来る。必竟ひっきょう自分は東京の中に住みながら、ついまだ東京という
ものを見た事がないんだという結論に到着すると、彼はそこにいつも妙な物淋さびしさを感ずるのである

 そう云う時には彼は急に思い出したように町へ出る。その上懐ふところに多少余裕よゆうでもあると、
これで一つ豪遊でもしてみようかと考える事もある。けれども彼の淋しみは、彼を思い切った極端に駆か
り去るほどに、強烈の程度なものでないから、彼がそこまで猛進する前に、それも馬鹿馬鹿しくなってや
めてしまう。のみならず、こんな人の常態として、紙入の底が大抵の場合には、軽挙を戒いましめる程度
内に膨ふくらんでいるので、億劫おっくうな工夫を凝こらすよりも、懐手ふところでをして、ぶらりと家
うちへ帰る方が、つい楽になる。だから宗助の淋さびしみは単なる散歩か勧工場かんこうば縦覧ぐらいな
ところで、次の日曜まではどうかこうか慰藉いしゃされるのである。
 この日も宗助はともかくもと思って電車へ乗った。ところが日曜の好天気にもかかわらず、平常よりは
乗客が少ないので例になく乗心地が好かった。その上乗客がみんな平和な顔をして、どれもこれも悠ゆっ
たりと落ちついているように見えた。宗助は腰を掛けながら、毎朝例刻に先を争って席を奪い合いながら
、丸の内方面へ向う自分の運命を顧かえりみた。出勤刻限の電車の道伴みちづれほど殺風景なものはない
。革かわにぶら下がるにしても、天鵞絨びろうどに腰を掛けるにしても、人間的な優やさしい心持の起っ
た試ためしはいまだかつてない。自分もそれでたくさんだと考えて、器械か何ぞと膝ひざを突き合せ肩を
並べたかのごとくに、行きたい所まで同席して不意と下りてしまうだけであった。前の御婆さんが八つぐ
らいになる孫娘の耳の所へ口を付けて何か云っているのを、傍そばに見ていた三十恰好がっこうの商家の
御神おかみさんらしいのが、可愛らしがって、年を聞いたり名を尋ねたりするところを眺ながめていると
、今更いまさらながら別の世界に来たような心持がした。
 頭の上には広告が一面に枠わくに嵌はめて掛けてあった。宗助は平生これにさえ気がつかなかった。何
心なしに一番目のを読んで見ると、引越は容易にできますと云う移転会社の引札ひきふだであった。その
次には経済を心得る人は、衛生に注意する人は、火の用心を好むものは、と三行に並べておいてその後あ
とに瓦斯竈ガスがまを使えと書いて、瓦斯竈から火の出ている画えまで添えてあった。三番目には露国文
豪トルストイ伯傑作「千古の雪」と云うのと、バンカラ喜劇小辰こたつ大一座と云うのが、赤地に白で染
め抜いてあった。
 宗助は約十分もかかって、すべての広告を丁寧ていねいに三返ほど読み直した。別に行って見ようと思
うものも、買って見たいと思うものも無かったが、ただこれらの広告が判然はっきりと自分の頭に映って
、そうしてそれを一々読み終おおせた時間のあった事と、それをことごとく理解し得たと云う心の余裕よ
ゆうが、宗助には少なからぬ満足を与えた。彼の生活はこれほどの余裕にすら誇りを感ずるほどに、日曜
以外の出入ではいりには、落ちついていられないものであった。
 宗助は駿河台下するがだいしたで電車を降りた。降りるとすぐ右側の窓硝子まどガラスの中に美しく並
べてある洋書に眼がついた。宗助はしばらくその前に立って、赤や青や縞しまや模様の上に、鮮あざやか
に叩たたき込んである金文字を眺めた。表題の意味は無論解るが、手に取って、中を検しらべて見ようと
いう好奇心はちっとも起らなかった。本屋の前を通ると、きっと中へ這入はいって見たくなったり、中へ
這入ると必ず何か欲しくなったりするのは、宗助から云うと、すでに一昔ひとむかし前の生活である。た
だ Historyヒストリ ofオフ Gamblingガムブリング(博奕史ばくえきし)と云うの
が、ことさらに美装して、一番真中に飾られてあったので、それが幾分か彼の頭に突飛とっぴな新し味を
加えただけであった。

87 :山師さん:2016/05/18(水) 20:14:03.70 ID:4uTcWgUe
 宗助は微笑しながら、急忙せわしい通りを向側むこうがわへ渡って、今度は時計屋の店を覗のぞき込ん
だ。金時計だの金鎖が幾つも並べてあるが、これもただ美しい色や恰好かっこうとして、彼の眸ひとみに
映るだけで、買いたい了簡りょうけんを誘致するには至らなかった。その癖彼は一々絹糸で釣るした価格
札ねだんふだを読んで、品物と見較みくらべて見た。そうして実際金時計の安価なのに驚ろいた。
 蝙蝠傘屋こうもりがさやの前にもちょっと立ちどまった。西洋小間物こまものを売る店先では、礼帽シ
ルクハットの傍わきにかけてあった襟飾えりかざりに眼がついた。自分の毎日かけているのよりも大変柄
がらが好かったので、価ねを聞いてみようかと思って、半分店の中へ這入はいりかけたが、明日あしたか
ら襟飾りなどをかけ替えたところが下らない事だと思い直すと、急に蟇口がまぐちの口を開けるのが厭い
やになって行き過ぎた。呉服店でもだいぶ立見をした。鶉御召うずらおめしだの、高貴織こうきおりだの
、清凌織せいりょうおりだの、自分の今日こんにちまで知らずに過ぎた名をたくさん覚えた。京都の襟新
えりしんと云う家うちの出店の前で、窓硝子まどガラスへ帽子の鍔つばを突きつけるように近く寄せて、
精巧に刺繍ぬいをした女の半襟はんえりを、いつまでも眺ながめていた。その中うちにちょうど細君に似
合いそうな上品なのがあった。買って行ってやろうかという気がちょっと起るや否いなや、そりゃ五六年
前ぜんの事だと云う考が後あとから出て来て、せっかく心持の好い思いつきをすぐ揉もみ消してしまった
。宗助は苦笑しながら窓硝子を離れてまた歩き出したが、それから半町ほどの間は何だかつまらないよう
な気分がして、往来にも店先にも格段の注意を払わなかった。
 ふと気がついて見ると角に大きな雑誌屋があって、その軒先には新刊の書物が大きな字で広告してある
。梯子はしごのような細長い枠わくへ紙を張ったり、ペンキ塗の一枚板へ模様画みたような色彩を施こし
たりしてある。宗助はそれを一々読んだ。著者の名前も作物さくぶつの名前も、一度は新聞の広告で見た
ようでもあり、また全く新奇のようでもあった。
 この店の曲り角の影になった所で、黒い山高帽を被かぶった三十ぐらいの男が地面の上へ気楽そうに胡
坐あぐらをかいて、ええ御子供衆の御慰おなぐさみと云いながら、大きな護謨風船ゴムふうせんを膨ふく
らましている。それが膨れると自然と達磨だるまの恰好かっこうになって、好加減いいかげんな所に眼口
まで墨で書いてあるのに宗助は感心した。その上一度息を入れると、いつまでも膨れている。かつ指の先
へでも、手の平の上へでも自由に尻が据すわる。それが尻の穴へ楊枝ようじのような細いものを突っ込む
としゅうっと一度に収縮してしまう。
 忙がしい往来の人は何人でも通るが、誰も立ちどまって見るほどのものはない。山高帽の男は賑にぎや
かな町の隅に、冷やかに胡坐あぐらをかいて、身の周囲まわりに何事が起りつつあるかを感ぜざるものの
ごとくに、ええ御子供衆の御慰みと云っては、達磨を膨らましている。宗助は一銭五厘出して、その風船
を一つ買って、しゅっと縮ましてもらって、それを袂たもとへ入れた。奇麗きれいな床屋へ行って、髪を
刈りたくなったが、どこにそんな奇麗なのがあるか、ちょっと見つからないうちに、日が限かぎって来た
ので、また電車へ乗って、宅うちの方へ向った。
 宗助が電車の終点まで来て、運転手に切符を渡した時には、もう空の色が光を失いかけて、湿った往来
に、暗い影が射さし募つのる頃であった。降りようとして、鉄の柱を握ったら、急に寒い心持がした。い
っしょに降りた人は、皆みんな離れ離れになって、事あり気に忙がしく歩いて行く。町のはずれを見ると
、左右の家の軒から家根やねへかけて、仄白ほのしろい煙りが大気の中に動いているように見える。宗助
も樹きの多い方角に向いて早足に歩を移した。今日の日曜も、暢のんびりした御天気も、もうすでにおし
まいだと思うと、少しはかないようなまた淋さみしいような一種の気分が起って来た。そうして明日あし
たからまた例によって例のごとく、せっせと働らかなくてはならない身体からだだと考えると、今日半日
の生活が急に惜しくなって、残る六日半むいかはんの非精神的な行動が、いかにもつまらなく感ぜられた
。歩いているうちにも、日当の悪い、窓の乏しい、大きな部屋の模様や、隣りに坐すわっている同僚の顔
や、野中さんちょっとと云う上官の様子ばかりが眼に浮かんだ。
 魚勝と云う肴屋さかなやの前を通り越して、その五六軒先の露次ろじとも横丁ともつかない所を曲ると

88 :山師さん:2016/05/18(水) 21:52:16.99 ID:4uTcWgUe
坊っちゃん
夏目漱石

 親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階か
ら飛び降りて一週間ほど腰こしを抜ぬかした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも
知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、
いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃はやしたからである。小使
こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼めをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴
やつがあるかと云いったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
 親類のものから西洋製のナイフを貰もらって奇麗きれいな刃はを日に翳かざして、友達ともだちに見せ
ていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受
け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲こ
うをはすに切り込こんだ。幸さいわいナイフが小さいのと、親指の骨が堅かたかったので、今だに親指は
手に付いている。しかし創痕きずあとは死ぬまで消えぬ。
 庭を東へ二十歩に行き尽つくすと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、真中まんなかに栗くり
の木が一本立っている。これは命より大事な栗だ。実の熟する時分は起き抜けに背戸せどを出て落ちた奴
を拾ってきて、学校で食う。菜園の西側が山城屋やましろやという質屋の庭続きで、この質屋に勘太郎か
んたろうという十三四の倅せがれが居た。勘太郎は無論弱虫である。弱虫の癖くせに四つ目垣を乗りこえ
て、栗を盗ぬすみにくる。ある日の夕方折戸おりどの蔭かげに隠かくれて、とうとう勘太郎を捕つらまえ
てやった。その時勘太郎は逃にげ路みちを失って、一生懸命いっしょうけんめいに飛びかかってきた。向
むこうは二つばかり年上である。弱虫だが力は強い。鉢はちの開いた頭を、こっちの胸へ宛あててぐいぐ
い押おした拍子ひょうしに、勘太郎の頭がすべって、おれの袷あわせの袖そでの中にはいった。邪魔じゃ
まになって手が使えぬから、無暗に手を振ふったら、袖の中にある勘太郎の頭が、右左へぐらぐら靡なび
いた。しまいに苦しがって袖の中から、おれの二の腕うでへ食い付いた。痛かったから勘太郎を垣根へ押
しつけておいて、足搦あしがらをかけて向うへ倒たおしてやった。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い
。勘太郎は四つ目垣を半分崩くずして、自分の領分へ真逆様まっさかさまに落ちて、ぐうと云った。勘太
郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。その晩母が山城屋に詫わびに行っ
たついでに袷の片袖も取り返して来た。
 この外いたずらは大分やった。大工の兼公かねこうと肴屋さかなやの角かくをつれて、茂作もさくの人
参畠にんじんばたけをあらした事がある。人参の芽が出揃でそろわぬ処ところへ藁わらが一面に敷しいて
あったから、その上で三人が半日相撲すもうをとりつづけに取ったら、人参がみんな踏ふみつぶされてし
まった。古川ふるかわの持っている田圃たんぼの井戸いどを埋うめて尻しりを持ち込まれた事もある。太
い孟宗もうそうの節を抜いて、深く埋めた中から水が湧わき出て、そこいらの稲いねにみずがかかる仕掛
しかけであった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ぼうちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿さ
し込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤まっかになって
怒鳴どなり込んで来た。たしか罰金ばっきんを出して済んだようである。
 おやじはちっともおれを可愛かわいがってくれなかった。母は兄ばかり贔屓ひいきにしていた。この兄
はやに色が白くって、芝居しばいの真似まねをして女形おんながたになるのが好きだった。おれを見る度
にこいつはどうせ碌ろくなものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母
が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はな
い。ただ懲役ちょうえきに行かないで生きているばかりである。
 母が病気で死ぬ二三日にさんち前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨あばらぼねを撲うって大いに
痛かった。母が大層怒おこって、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊とまりに行っ
ていた。するととうとう死んだと云う報知しらせが来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病な
ら、もう少し大人おとなしくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、

89 :山師さん:2016/05/18(水) 21:52:29.01 ID:4uTcWgUe
おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜くやしかったから、兄の横っ面を張って大変
叱しかられた。
 母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮くらしていた。おやじは何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば
貴様は駄目だめだ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか今に分らない。妙みょうなおやじ
があったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ず
るいから、仲がよくなかった。十日に一遍いっぺんぐらいの割で喧嘩けんかをしていた。ある時将棋しょ
うぎをさしたら卑怯ひきょうな待駒まちごまをして、人が困ると嬉うれしそうに冷やかした。あんまり腹
が立ったから、手に在った飛車を眉間みけんへ擲たたきつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄が
おやじに言付いつけた。おやじがおれを勘当かんどうすると言い出した。
 その時はもう仕方がないと観念して先方の云う通り勘当されるつもりでいたら、十年来召し使っている
清きよという下女が、泣きながらおやじに詫あやまって、ようやくおやじの怒いかりが解けた。それにも
かかわらずあまりおやじを怖こわいとは思わなかった。かえってこの清と云う下女に気の毒であった。こ
の下女はもと由緒ゆいしょのあるものだったそうだが、瓦解がかいのときに零落れいらくして、つい奉公
ほうこうまでするようになったのだと聞いている。だから婆ばあさんである。この婆さんがどういう因縁
いんえんか、おれを非常に可愛がってくれた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想あいそをつか
した――おやじも年中持て余している――町内では乱暴者の悪太郎と爪弾つまはじきをする――このおれ
を無暗に珍重ちんちょうしてくれた。おれは到底とうてい人に好かれる性たちでないとあきらめていたか
ら、他人から木の端はしのように取り扱あつかわれるのは何とも思わない、かえってこの清のようにちや
ほやしてくれるのを不審ふしんに考えた。清は時々台所で人の居ない時に「あなたは真まっ直すぐでよい
ご気性だ」と賞ほめる事が時々あった。しかしおれには清の云う意味が分からなかった。好いい気性なら
清以外のものも、もう少し善くしてくれるだろうと思った。清がこんな事を云う度におれはお世辞は嫌き
らいだと答えるのが常であった。すると婆さんはそれだから好いご気性ですと云っては、嬉しそうにおれ
の顔を眺ながめている。自分の力でおれを製造して誇ほこってるように見える。少々気味がわるかった。
 母が死んでから清はいよいよおれを可愛がった。時々は小供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思
った。つまらない、廃よせばいいのにと思った。気の毒だと思った。それでも清は可愛がる。折々は自分
の小遣こづかいで金鍔きんつばや紅梅焼こうばいやきを買ってくれる。寒い夜などはひそかに蕎麦粉そば
こを仕入れておいて、いつの間にか寝ねている枕元まくらもとへ蕎麦湯を持って来てくれる。時には鍋焼
饂飩なべやきうどんさえ買ってくれた。ただ食い物ばかりではない。靴足袋くつたびももらった。鉛筆え
んぴつも貰った、帳面も貰った。これはずっと後の事であるが金を三円ばかり貸してくれた事さえある。
何も貸せと云った訳ではない。向うで部屋へ持って来てお小遣いがなくてお困りでしょう、お使いなさい
と云ってくれたんだ。おれは無論入らないと云ったが、是非使えと云うから、借りておいた。実は大変嬉
しかった。その三円を蝦蟇口がまぐちへ入れて、懐ふところへ入れたなり便所へ行ったら、すぽりと後架
こうかの中へ落おとしてしまった。仕方がないから、のそのそ出てきて実はこれこれだと清に話したとこ
ろが、清は早速竹の棒を捜さがして来て、取って上げますと云った。しばらくすると井戸端いどばたでざ
あざあ音がするから、出てみたら竹の先へ蝦蟇口の紐ひもを引き懸かけたのを水で洗っていた。それから
口をあけて壱円札いちえんさつを改めたら茶色になって模様が消えかかっていた。清は火鉢で乾かわかし
て、これでいいでしょうと出した。ちょっとかいでみて臭くさいやと云ったら、それじゃお出しなさい、
取り換かえて来て上げますからと、どこでどう胡魔化ごまかしたか札の代りに銀貨を三円持って来た。こ
の三円は何に使ったか忘れてしまった。今に返すよと云ったぎり、返さない。今となっては十倍にして返
してやりたくても返せない。
 清が物をくれる時には必ずおやじも兄も居ない時に限る。おれは何が嫌いだと云って人に隠れて自分だ
け得をするほど嫌いな事はない。兄とは無論仲がよくないけれども、兄に隠して清から菓子かしや色鉛筆

90 :山師さん:2016/05/18(水) 21:52:41.05 ID:4uTcWgUe
を貰いたくはない。なぜ、おれ一人にくれて、兄さんには遣やらないのかと清に聞く事がある。すると清
は澄すましたものでお兄様あにいさまはお父様とうさまが買ってお上げなさるから構いませんと云う。こ
れは不公平である。おやじは頑固がんこだけれども、そんな依怙贔負えこひいきはせぬ男だ。しかし清の
眼から見るとそう見えるのだろう。全く愛に溺おぼれていたに違ちがいない。元は身分のあるものでも教
育のない婆さんだから仕方がない。単にこればかりではない。贔負目は恐ろしいものだ。清はおれをもっ
て将来立身出世して立派なものになると思い込んでいた。その癖勉強をする兄は色ばかり白くって、とて
も役には立たないと一人できめてしまった。こんな婆さんに逢あっては叶かなわない。自分の好きなもの
は必ずえらい人物になって、嫌いなひとはきっと落ち振れるものと信じている。おれはその時から別段何
になると云う了見りょうけんもなかった。しかし清がなるなると云うものだから、やっぱり何かに成れる
んだろうと思っていた。今から考えると馬鹿馬鹿ばかばかしい。ある時などは清にどんなものになるだろ
うと聞いてみた事がある。ところが清にも別段の考えもなかったようだ。ただ手車てぐるまへ乗って、立
派な玄関げんかんのある家をこしらえるに相違そういないと云った。
 それから清はおれがうちでも持って独立したら、一所いっしょになる気でいた。どうか置いて下さいと
何遍も繰くり返して頼んだ。おれも何だかうちが持てるような気がして、うん置いてやると返事だけはし
ておいた。ところがこの女はなかなか想像の強い女で、あなたはどこがお好き、麹町こうじまちですか麻
布あざぶですか、お庭へぶらんこをおこしらえ遊ばせ、西洋間は一つでたくさんですなどと勝手な計画を
独りで並ならべていた。その時は家なんか欲しくも何ともなかった。西洋館も日本建にほんだても全く不
用であったから、そんなものは欲しくないと、いつでも清に答えた。すると、あなたは欲がすくなくって
、心が奇麗だと云ってまた賞めた。清は何と云っても賞めてくれる。
 母が死んでから五六年の間はこの状態で暮していた。おやじには叱られる。兄とは喧嘩をする。清には
菓子を貰う、時々賞められる。別に望みもない。これでたくさんだと思っていた。ほかの小供も一概いち
がいにこんなものだろうと思っていた。ただ清が何かにつけて、あなたはお可哀想かわいそうだ、不仕合
ふしあわせだと無暗に云うものだから、それじゃ可哀想で不仕合せなんだろうと思った。その外に苦にな
る事は少しもなかった。ただおやじが小遣いをくれないには閉口した。
 母が死んでから六年目の正月におやじも卒中で亡くなった。その年の四月におれはある私立の中学校を
卒業する。六月に兄は商業学校を卒業した。兄は何とか会社の九州の支店に口があって行ゆかなければな
らん。おれは東京でまだ学問をしなければならない。兄は家を売って財産を片付けて任地へ出立しゅった
つすると云い出した。おれはどうでもするがよかろうと返事をした。どうせ兄の厄介やっかいになる気は
ない。世話をしてくれるにしたところで、喧嘩をするから、向うでも何とか云い出すに極きまっている。
なまじい保護を受ければこそ、こんな兄に頭を下げなければならない。牛乳配達をしても食ってられると
覚悟かくごをした。兄はそれから道具屋を呼んで来て、先祖代々の瓦落多がらくたを二束三文にそくさん
もんに売った。家屋敷いえやしきはある人の周旋しゅうせんである金満家に譲った。この方は大分金にな
ったようだが、詳くわしい事は一向知らぬ。おれは一ヶ月以前から、しばらく前途の方向のつくまで神田
の小川町おがわまちへ下宿していた。清は十何年居たうちが人手に渡わたるのを大いに残念がったが、自
分のものでないから、仕様がなかった。あなたがもう少し年をとっていらっしゃれば、ここがご相続が出
来ますものをとしきりに口説いていた。もう少し年をとって相続が出来るものなら、今でも相続が出来る
はずだ。婆さんは何なんにも知らないから年さえ取れば兄の家がもらえると信じている。
 兄とおれはかように分れたが、困ったのは清の行く先である。兄は無論連れて行ける身分でなし、清も
兄の尻にくっ付いて九州下くんだりまで出掛ける気は毛頭なし、と云ってこの時のおれは四畳半よじょう
はんの安下宿に籠こもって、それすらもいざとなれば直ちに引き払はらわねばならぬ始末だ。どうする事
も出来ん。清に聞いてみた。どこかへ奉公でもする気かねと云ったらあなたがおうちを持って、奥おくさ
まをお貰いになるまでは、仕方がないから、甥おいの厄介になりましょうとようやく決心した返事をした

91 :山師さん:2016/05/18(水) 21:52:53.17 ID:4uTcWgUe
。この甥は裁判所の書記でまず今日には差支さしつかえなく暮していたから、今までも清に来るなら来い
と二三度勧めたのだが、清はたとい下女奉公はしても年来住み馴なれた家うちの方がいいと云って応じな
かった。しかし今の場合知らぬ屋敷へ奉公易ほうこうがえをして入らぬ気兼きがねを仕直すより、甥の厄
介になる方がましだと思ったのだろう。それにしても早くうちを持ての、妻さいを貰えの、来て世話をす
るのと云う。親身しんみの甥よりも他人のおれの方が好きなのだろう。
 九州へ立つ二日前兄が下宿へ来て金を六百円出してこれを資本にして商買しょうばいをするなり、学資
にして勉強をするなり、どうでも随意ずいいに使うがいい、その代りあとは構わないと云った。兄にして
は感心なやり方だ、何の六百円ぐらい貰わんでも困りはせんと思ったが、例に似ぬ淡泊たんばくな処置が
気に入ったから、礼を云って貰っておいた。兄はそれから五十円出してこれをついでに清に渡してくれと
云ったから、異議なく引き受けた。二日立って新橋の停車場ていしゃばで分れたぎり兄にはその後一遍も
逢わない。
 おれは六百円の使用法について寝ながら考えた。商買をしたって面倒めんどくさくって旨うまく出来る
ものじゃなし、ことに六百円の金で商買らしい商買がやれる訳でもなかろう。よしやれるとしても、今の
ようじゃ人の前へ出て教育を受けたと威張れないからつまり損になるばかりだ。資本などはどうでもいい
から、これを学資にして勉強してやろう。六百円を三に割って一年に二百円ずつ使えば三年間は勉強が出
来る。三年間一生懸命にやれば何か出来る。それからどこの学校へはいろうと考えたが、学問は生来しょ
うらいどれもこれも好きでない。ことに語学とか文学とか云うものは真平まっぴらご免めんだ。新体詩な
どと来ては二十行あるうちで一行も分らない。どうせ嫌いなものなら何をやっても同じ事だと思ったが、
幸い物理学校の前を通り掛かかったら生徒募集の広告が出ていたから、何も縁だと思って規則書をもらっ
てすぐ入学の手続きをしてしまった。今考えるとこれも親譲りの無鉄砲から起おこった失策だ。
 三年間まあ人並ひとなみに勉強はしたが別段たちのいい方でもないから、席順はいつでも下から勘定か
んじょうする方が便利であった。しかし不思議なもので、三年立ったらとうとう卒業してしまった。自分
でも可笑おかしいと思ったが苦情を云う訳もないから大人しく卒業しておいた。
 卒業してから八日目に校長が呼びに来たから、何か用だろうと思って、出掛けて行ったら、四国辺のあ
る中学校で数学の教師が入る。月給は四十円だが、行ってはどうだという相談である。おれは三年間学問
はしたが実を云うと教師になる気も、田舎いなかへ行く考えも何もなかった。もっとも教師以外に何をし
ようと云うあてもなかったから、この相談を受けた時、行きましょうと即席そくせきに返事をした。これ
も親譲りの無鉄砲が祟たたったのである。
 引き受けた以上は赴任ふにんせねばならぬ。この三年間は四畳半に蟄居ちっきょして小言はただの一度
も聞いた事がない。喧嘩もせずに済んだ。おれの生涯のうちでは比較的ひかくてき呑気のんきな時節であ
った。しかしこうなると四畳半も引き払わなければならん。生れてから東京以外に踏み出したのは、同級
生と一所に鎌倉かまくらへ遠足した時ばかりである。今度は鎌倉どころではない。大変な遠くへ行かねば
ならぬ。地図で見ると海浜で針の先ほど小さく見える。どうせ碌な所ではあるまい。どんな町で、どんな
人が住んでるか分らん。分らんでも困らない。心配にはならぬ。ただ行くばかりである。もっとも少々面
倒臭い。
 家を畳たたんでからも清の所へは折々行った。清の甥というのは存外結構な人である。おれが行ゆくた
びに、居おりさえすれば、何くれと款待もてなしてくれた。清はおれを前へ置いて、いろいろおれの自慢
じまんを甥に聞かせた。今に学校を卒業すると麹町辺へ屋敷を買って役所へ通うのだなどと吹聴ふいちょ
うした事もある。独りで極きめて一人ひとりで喋舌しゃべるから、こっちは困こまって顔を赤くした。そ
れも一度や二度ではない。折々おれが小さい時寝小便をした事まで持ち出すには閉口した。甥は何と思っ
て清の自慢を聞いていたか分らぬ。ただ清は昔風むかしふうの女だから、自分とおれの関係を封建ほうけ
ん時代の主従しゅじゅうのように考えていた。自分の主人なら甥のためにも主人に相違ないと合点がてん
したものらしい。甥こそいい面つらの皮だ。
 いよいよ約束が極まって、もう立つと云う三日前に清を尋たずねたら、北向きの三畳に風邪かぜを引い

92 :山師さん:2016/05/18(水) 21:53:05.14 ID:4uTcWgUe
て寝ていた。おれの来たのを見て起き直るが早いか、坊ぼっちゃんいつ家うちをお持ちなさいますと聞い
た。卒業さえすれば金が自然とポッケットの中に湧いて来ると思っている。そんなにえらい人をつらまえ
て、まだ坊っちゃんと呼ぶのはいよいよ馬鹿気ている。おれは単簡に当分うちは持たない。田舎へ行くん
だと云ったら、非常に失望した容子ようすで、胡麻塩ごましおの鬢びんの乱れをしきりに撫なでた。あま
り気の毒だから「行ゆく事は行くがじき帰る。来年の夏休みにはきっと帰る」と慰なぐさめてやった。そ
れでも妙な顔をしているから「何を見やげに買って来てやろう、何が欲しい」と聞いてみたら「越後えち
ごの笹飴ささあめが食べたい」と云った。越後の笹飴なんて聞いた事もない。第一方角が違う。「おれの
行く田舎には笹飴はなさそうだ」と云って聞かしたら「そんなら、どっちの見当です」と聞き返した。「
西の方だよ」と云うと「箱根はこねのさきですか手前ですか」と問う。随分持てあました。
 出立の日には朝から来て、いろいろ世話をやいた。来る途中とちゅう小間物屋で買って来た歯磨はみが
きと楊子ようじと手拭てぬぐいをズックの革鞄かばんに入れてくれた。そんな物は入らないと云ってもな
かなか承知しない。車を並べて停車場へ着いて、プラットフォームの上へ出た時、車へ乗り込んだおれの
顔をじっと見て「もうお別れになるかも知れません。随分ご機嫌きげんよう」と小さな声で云った。目に
涙なみだが一杯いっぱいたまっている。おれは泣かなかった。しかしもう少しで泣くところであった。汽
車がよっぽど動き出してから、もう大丈夫だいしょうぶだろうと思って、窓から首を出して、振り向いた
ら、やっぱり立っていた。何だか大変小さく見えた。



 ぶうと云いって汽船がとまると、艀はしけが岸を離はなれて、漕こぎ寄せて来た。船頭は真まっ裸ぱだ
かに赤ふんどしをしめている。野蛮やばんな所だ。もっともこの熱さでは着物はきられまい。日が強いの
で水がやに光る。見つめていても眼めがくらむ。事務員に聞いてみるとおれはここへ降りるのだそうだ。
見るところでは大森おおもりぐらいな漁村だ。人を馬鹿ばかにしていらあ、こんな所に我慢がまんが出来
るものかと思ったが仕方がない。威勢いせいよく一番に飛び込んだ。続つづいて五六人は乗ったろう。外
に大きな箱はこを四つばかり積み込んで赤ふんは岸へ漕ぎ戻もどして来た。陸おかへ着いた時も、いの一
番に飛び上がって、いきなり、磯いそに立っていた鼻たれ小僧こぞうをつらまえて中学校はどこだと聞い
た。小僧はぼんやりして、知らんがの、と云った。気の利かぬ田舎いなかものだ。猫ねこの額ほどな町内
の癖くせに、中学校のありかも知らぬ奴やつがあるものか。ところへ妙みょうな筒つつっぽうを着た男が
きて、こっちへ来いと云うから、尾ついて行ったら、港屋とか云う宿屋へ連れて来た。やな女が声を揃そ
ろえてお上がりなさいと云うので、上がるのがいやになった。門口へ立ったなり中学校を教えろと云った
ら、中学校はこれから汽車で二里ばかり行かなくっちゃいけないと聞いて、なお上がるのがいやになった
。おれは、筒っぽうを着た男から、おれの革鞄かばんを二つ引きたくって、のそのそあるき出した。宿屋
のものは変な顔をしていた。
 停車場はすぐ知れた。切符きっぷも訳なく買った。乗り込んでみるとマッチ箱のような汽車だ。ごろご
ろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。たった三銭
である。それから車を傭やとって、中学校へ来たら、もう放課後で誰だれも居ない。宿直はちょっと用達
ようたしに出たと小使こづかいが教えた。随分ずいぶん気楽な宿直がいるものだ。校長でも尋たずねよう
かと思ったが、草臥くたびれたから、車に乗って宿屋へ連れて行けと車夫に云い付けた。車夫は威勢よく
山城屋やましろやと云ううちへ横付けにした。山城屋とは質屋の勘太郎かんたろうの屋号と同じだからち
ょっと面白く思った。
 何だか二階の楷子段はしごだんの下の暗い部屋へ案内した。熱くって居られやしない。こんな部屋はい
やだと云ったらあいにくみんな塞ふさがっておりますからと云いながら革鞄を抛ほうり出したまま出て行
った。仕方がないから部屋の中へはいって汗あせをかいて我慢がまんしていた。やがて湯に入れと云うか
ら、ざぶりと飛び込んで、すぐ上がった。帰りがけに覗のぞいてみると涼すずしそうな部屋がたくさん空
いている。失敬な奴だ。嘘うそをつきゃあがった。それから下女が膳ぜんを持って来た。部屋は熱あつか

93 :山師さん:2016/05/18(水) 21:53:17.19 ID:4uTcWgUe
ったが、飯は下宿のよりも大分旨うまかった。給仕をしながら下女がどちらからおいでになりましたと聞
くから、東京から来たと答えた。すると東京はよい所でございましょうと云ったから当あたり前だと答え
てやった。膳を下げた下女が台所へいった時分、大きな笑い声が聞きこえた。くだらないから、すぐ寝ね
たが、なかなか寝られない。熱いばかりではない。騒々そうぞうしい。下宿の五倍ぐらいやかましい。う
とうとしたら清きよの夢ゆめを見た。清が越後えちごの笹飴ささあめを笹ぐるみ、むしゃむしゃ食ってい
る。笹は毒だからよしたらよかろうと云うと、いえこの笹がお薬でございますと云いって旨そうに食って
いる。おれがあきれ返って大きな口を開いてハハハハと笑ったら眼が覚めた。下女が雨戸を明けている。
相変らず空の底が突つき抜ぬけたような天気だ。
 道中どうちゅうをしたら茶代をやるものだと聞いていた。茶代をやらないと粗末そまつに取り扱われる
と聞いていた。こんな、狭せまくて暗い部屋へ押おし込めるのも茶代をやらないせいだろう。見すぼらし
い服装なりをして、ズックの革鞄と毛繻子けじゅすの蝙蝠傘こうもりを提げてるからだろう。田舎者の癖
に人を見括みくびったな。一番茶代をやって驚おどろかしてやろう。おれはこれでも学資のあまりを三十
円ほど懐ふところに入れて東京を出て来たのだ。汽車と汽船の切符代と雑費を差し引いて、まだ十四円ほ
どある。みんなやったってこれからは月給を貰もらうんだから構わない。田舎者はしみったれだから五円
もやれば驚おどろいて眼を廻まわすに極きまっている。どうするか見ろと済すまして顔を洗って、部屋へ
帰って待ってると、夕べの下女が膳を持って来た。盆ぼんを持って給仕をしながら、やににやにや笑って
る。失敬な奴だ。顔のなかをお祭りでも通りゃしまいし。これでもこの下女の面つらよりよっぽど上等だ
。飯を済ましてからにしようと思っていたが、癪しゃくに障さわったから、中途ちゅうとで五円札さつを
一枚まい出して、あとでこれを帳場へ持って行けと云ったら、下女は変な顔をしていた。それから飯を済
ましてすぐ学校へ出懸でかけた。靴くつは磨みがいてなかった。
 学校は昨日きのう車で乗りつけたから、大概たいがいの見当は分っている。四つ角を二三度曲がったら
すぐ門の前へ出た。門から玄関げんかんまでは御影石みかげいしで敷しきつめてある。きのうこの敷石の
上を車でがらがらと通った時は、無暗むやみに仰山ぎょうさんな音がするので少し弱った。途中から小倉
こくらの制服を着た生徒にたくさん逢あったが、みんなこの門をはいって行く。中にはおれより背が高く
って強そうなのが居る。あんな奴を教えるのかと思ったら何だか気味が悪わるくなった。名刺めいしを出
したら校長室へ通した。校長は薄髯うすひげのある、色の黒い、目の大きな狸たぬきのような男である。
やにもったいぶっていた。まあ精出して勉強してくれと云って、恭うやうやしく大きな印の捺おさった、
辞令を渡わたした。この辞令は東京へ帰るとき丸めて海の中へ抛り込こんでしまった。校長は今に職員に
紹介しょうかいしてやるから、一々その人にこの辞令を見せるんだと云って聞かした。余計な手数だ。そ
んな面倒めんどうな事をするよりこの辞令を三日間職員室へ張り付ける方がましだ。
 教員が控所ひかえじょへ揃そろうには一時間目の喇叭らっぱが鳴らなくてはならぬ。大分時間がある。
校長は時計を出して見て、追々おいおいゆるりと話すつもりだが、まず大体の事を呑のみ込んでおいても
らおうと云って、それから教育の精神について長いお談義を聞かした。おれは無論いい加減に聞いていた
が、途中からこれは飛んだ所へ来たと思った。校長の云うようにはとても出来ない。おれみたような無鉄
砲むてっぽうなものをつらまえて、生徒の模範もはんになれの、一校の師表しひょうと仰あおがれなくて
はいかんの、学問以外に個人の徳化を及およぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をす
る。そんなえらい人が月給四十円で遥々はるばるこんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が
立てば喧嘩けんかの一つぐらいは誰でもするだろうと思ってたが、この様子じゃめったに口も聞けない、
散歩も出来ない。そんなむずかしい役なら雇やとう前にこれこれだと話すがいい。おれは嘘うそをつくの
が嫌きらいだから、仕方がない、だまされて来たのだとあきらめて、思い切りよく、ここで断ことわって
帰っちまおうと思った。宿屋へ五円やったから財布さいふの中には九円なにがししかない。九円じゃ東京
までは帰れない。茶代なんかやらなければよかった。惜おしい事をした。しかし九円だって、どうかなら

94 :山師さん:2016/05/18(水) 21:53:29.12 ID:4uTcWgUe
ない事はない。旅費は足りなくっても嘘をつくよりましだと思って、到底とうていあなたのおっしゃる通
りにゃ、出来ません、この辞令は返しますと云ったら、校長は狸のような眼をぱちつかせておれの顔を見
ていた。やがて、今のはただ希望である、あなたが希望通り出来ないのはよく知っているから心配しなく
ってもいいと云いながら笑った。そのくらいよく知ってるなら、始めから威嚇おどささなければいいのに

 そう、こうする内に喇叭が鳴った。教場の方が急にがやがやする。もう教員も控所へ揃いましたろうと
云うから、校長に尾いて教員控所へはいった。広い細長い部屋の周囲に机を並ならべてみんな腰こしをか
けている。おれがはいったのを見て、みんな申し合せたようにおれの顔を見た。見世物じゃあるまいし。
それから申し付けられた通り一人一人ひとりびとりの前へ行って辞令を出して挨拶あいさつをした。大概
たいがいは椅子いすを離れて腰をかがめるばかりであったが、念の入ったのは差し出した辞令を受け取っ
て一応拝見をしてそれを恭うやうやしく返却へんきゃくした。まるで宮芝居の真似まねだ。十五人目に体
操たいそうの教師へと廻って来た時には、同じ事を何返もやるので少々じれったくなった。向むこうは一
度で済む。こっちは同じ所作しょさを十五返繰り返している。少しはひとの了見りょうけんも察してみる
がいい。
 挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云うのが居た。これは文学士だそうだ。文学士と云えば大学の卒業
生だからえらい人なんだろう。妙みょうに女のような優しい声を出す人だった。もっとも驚いたのはこの
暑いのにフランネルの襯衣しゃつを着ている。いくらか薄うすい地には相違そういなくっても暑いには極
ってる。文学士だけにご苦労千万な服装なりをしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿ばかに
している。あとから聞いたらこの男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。当人
の説明では赤は身体からだに薬になるから、衛生のためにわざわざ誂あつらえるんだそうだが、入らざる
心配だ。そんならついでに着物も袴はかまも赤にすればいい。それから英語の教師に古賀こがとか云う大
変顔色の悪わるい男が居た。大概顔の蒼あおい人は瘠やせてるもんだがこの男は蒼くふくれている。昔む
かし小学校へ行く時分、浅井あさいの民たみさんと云う子が同級生にあったが、この浅井のおやじがやは
り、こんな色つやだった。浅井は百姓ひゃくしょうだから、百姓になるとあんな顔になるかと清に聞いて
みたら、そうじゃありません、あの人はうらなりの唐茄子とうなすばかり食べるから、蒼くふくれるんで
すと教えてくれた。それ以来蒼くふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食った酬むくいだと思う。
この英語の教師もうらなりばかり食ってるに違ちがいない。もっともうらなりとは何の事か今もって知ら
ない。清に聞いてみた事はあるが、清は笑って答えなかった。大方清も知らないんだろう。それからおれ
と同じ数学の教師に堀田ほったというのが居た。これは逞たくましい毬栗坊主いがぐりぼうずで、叡山え
いざんの悪僧あくそうと云うべき面構つらがまえである。人が叮寧ていねいに辞令を見せたら見向きもせ
ず、やあ君が新任の人か、ちと遊びに来給きたまえアハハハと云った。何がアハハハだ。そんな礼儀れい
ぎを心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれはこの時からこの坊主に山嵐やまあらしという渾名あだ
なをつけてやった。漢学の先生はさすがに堅かたいものだ。昨日お着きで、さぞお疲れで、それでもう授
業をお始めで、大分ご励精れいせいで、――とのべつに弁じたのは愛嬌あいきょうのあるお爺じいさんだ
。画学の教師は全く芸人風だ。べらべらした透綾すきやの羽織を着て、扇子せんすをぱちつかせて、お国
はどちらでげす、え? 東京? そりゃ嬉うれしい、お仲間が出来て……私わたしもこれで江戸えどっ子
ですと云った。こんなのが江戸っ子なら江戸には生れたくないもんだと心中に考えた。そのほか一人一人
についてこんな事を書けばいくらでもある。しかし際限がないからやめる。
 挨拶が一通り済んだら、校長が今日はもう引き取ってもいい、もっとも授業上の事は数学の主任と打ち
合せをしておいて、明後日あさってから課業を始めてくれと云った。数学の主任は誰かと聞いてみたら例
の山嵐であった。忌々いまいましい、こいつの下に働くのかおやおやと失望した。山嵐は「おい君どこに
宿とまってるか、山城屋か、うん、今に行って相談する」と云い残して白墨はくぼくを持って教場へ出て
行った。主任の癖に向うから来て相談するなんて不見識な男だ。しかし呼び付けるよりは感心だ。

95 :山師さん:2016/05/18(水) 21:53:41.19 ID:4uTcWgUe
 それから学校の門を出て、すぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないから、少し町を散歩して
やろうと思って、無暗に足の向く方をあるき散らした。県庁も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見
た。麻布あざぶの聯隊れんたいより立派でない。大通りも見た。神楽坂かぐらざかを半分に狭くしたぐら
いな道幅みちはばで町並まちなみはあれより落ちる。二十五万石の城下だって高の知れたものだ。こんな
所に住んでご城下だなどと威張いばってる人間は可哀想かわいそうなものだと考えながらくると、いつし
か山城屋の前に出た。広いようでも狭いものだ。これで大抵たいていは見尽みつくしたのだろう。帰って
飯でも食おうと門口をはいった。帳場に坐すわっていたかみさんが、おれの顔を見ると急に飛び出してき
てお帰り……と板の間へ頭をつけた。靴くつを脱ぬいで上がると、お座敷ざしきがあきましたからと下女
が二階へ案内をした。十五畳じょうの表二階で大きな床とこの間まがついている。おれは生れてからまだ
こんな立派な座敷へはいった事はない。この後いつはいれるか分らないから、洋服を脱いで浴衣ゆかた一
枚になって座敷の真中まんなかへ大の字に寝てみた。いい心持ちである。
 昼飯を食ってから早速清へ手紙をかいてやった。おれは文章がまずい上に字を知らないから手紙を書く
のが大嫌だいきらいだ。またやる所もない。しかし清は心配しているだろう。難船して死にやしないかな
どと思っちゃ困るから、奮発ふんぱつして長いのを書いてやった。その文句はこうである。
「きのう着いた。つまらん所だ。十五畳の座敷に寝ている。宿屋へ茶代を五円やった。かみさんが頭を板
の間へすりつけた。夕べは寝られなかった。清が笹飴を笹ごと食う夢を見た。来年の夏は帰る。今日学校
へ行ってみんなにあだなをつけてやった。校長は狸、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、数学は山
嵐、画学はのだいこ。今にいろいろな事を書いてやる。さようなら」
 手紙をかいてしまったら、いい心持ちになって眠気ねむけがさしたから、最前のように座敷の真中への
びのびと大の字に寝た。今度は夢も何も見ないでぐっすり寝た。この部屋かいと大きな声がするので目が
覚めたら、山嵐がはいって来た。最前は失敬、君の受持ちは……と人が起き上がるや否や談判を開かれた
ので大いに狼狽ろうばいした。受持ちを聞いてみると別段むずかしい事もなさそうだから承知した。この
くらいの事なら、明後日は愚おろか、明日あしたから始めろと云ったって驚ろかない。授業上の打ち合せ
が済んだら、君はいつまでこんな宿屋に居るつもりでもあるまい、僕ぼくがいい下宿を周旋しゅうせんし
てやるから移りたまえ。外のものでは承知しないが僕が話せばすぐ出来る。早い方がいいから、今日見て
、あす移って、あさってから学校へ行けば極りがいいと一人で呑み込んでいる。なるほど十五畳敷にいつ
まで居る訳にも行くまい。月給をみんな宿料しゅくりょうに払はらっても追っつかないかもしれぬ。五円
の茶代を奮発ふんぱつしてすぐ移るのはちと残念だが、どうせ移る者なら、早く引き越こして落ち付く方
が便利だから、そこのところはよろしく山嵐に頼たのむ事にした。すると山嵐はともかくもいっしょに来
てみろと云うから、行った。町はずれの岡の中腹にある家で至極閑静かんせいだ。主人は骨董こっとうを
売買するいか銀と云う男で、女房にょうぼうは亭主ていしゅよりも四つばかり年嵩としかさの女だ。中学
校に居た時ウィッチと云う言葉を習った事があるがこの女房はまさにウィッチに似ている。ウィッチだっ
て人の女房だから構わない。とうとう明日から引き移る事にした。帰りに山嵐は通町とおりちょうで氷水
を一杯ぱい奢おごった。学校で逢った時はやに横風おうふうな失敬な奴だと思ったが、こんなにいろいろ
世話をしてくれるところを見ると、わるい男でもなさそうだ。ただおれと同じようにせっかちで肝癪持か
んしゃくもちらしい。あとで聞いたらこの男が一番生徒に人望があるのだそうだ。



 いよいよ学校へ出た。初めて教場へはいって高い所へ乗った時は、何だか変だった。講釈をしながら、
おれでも先生が勤まるのかと思った。生徒はやかましい。時々図抜ずぬけた大きな声で先生と云いう。先
生には応こたえた。今まで物理学校で毎日先生先生と呼びつけていたが、先生と呼ぶのと、呼ばれるのは
雲泥うんでいの差だ。何だか足の裏がむずむずする。おれは卑怯ひきょうな人間ではない。臆病おくびょ
うな男でもないが、惜おしい事に胆力たんりょくが欠けている。先生と大きな声をされると、腹の減った

96 :山師さん:2016/05/18(水) 21:53:53.10 ID:4uTcWgUe
時に丸の内で午砲どんを聞いたような気がする。最初の一時間は何だかいい加減にやってしまった。しか
し別段困った質問も掛かけられずに済んだ。控所ひかえじょへ帰って来たら、山嵐がどうだいと聞いた。
うんと単簡に返事をしたら山嵐は安心したらしかった。
 二時間目に白墨はくぼくを持って控所を出た時には何だか敵地へ乗り込こむような気がした。教場へ出
ると今度の組は前より大きな奴やつばかりである。おれは江戸えどっ子で華奢きゃしゃに小作りに出来て
いるから、どうも高い所へ上がっても押おしが利かない。喧嘩けんかなら相撲取すもうとりとでもやって
みせるが、こんな大僧おおぞうを四十人も前へ並ならべて、ただ一枚まいの舌をたたいて恐縮きょうしゅ
くさせる手際はない。しかしこんな田舎者いなかものに弱身を見せると癖くせになると思ったから、なる
べく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった。最初のうちは、生徒も烟けむに捲まかれてぼんやり
していたから、それ見ろとますます得意になって、べらんめい調を用いてたら、一番前の列の真中まんな
かに居た、一番強そうな奴が、いきなり起立して先生と云う。そら来たと思いながら、何だと聞いたら、
「あまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆる遣やって、おくれんかな、もし」と云った。おくれん
かな、もしは生温なまぬるい言葉だ。早過ぎるなら、ゆっくり云ってやるが、おれは江戸っ子だから君等
きみらの言葉は使えない、分わからなければ、分るまで待ってるがいいと答えてやった。この調子で二時
間目は思ったより、うまく行った。ただ帰りがけに生徒の一人がちょっとこの問題を解釈をしておくれん
かな、もし、と出来そうもない幾何きかの問題を持って逼せまったには冷汗ひやあせを流した。仕方がな
いから何だか分らない、この次教えてやると急いで引き揚あげたら、生徒がわあと囃はやした。その中に
出来ん出来んと云う声が聞きこえる。箆棒べらぼうめ、先生だって、出来ないのは当り前だ。出来ないの
を出来ないと云うのに不思議があるもんか。そんなものが出来るくらいなら四十円でこんな田舎へくるも
んかと控所へ帰って来た。今度はどうだとまた山嵐が聞いた。うんと云ったが、うんだけでは気が済まな
かったから、この学校の生徒は分らずやだなと云ってやった。山嵐は妙みょうな顔をしていた。
 三時間目も、四時間目も昼過ぎの一時間も大同小異であった。最初の日に出た級は、いずれも少々ずつ
失敗した。教師ははたで見るほど楽じゃないと思った。授業はひと通り済んだが、まだ帰れない、三時ま
でぽつ然ねんとして待ってなくてはならん。三時になると、受持級の生徒が自分の教室を掃除そうじして
報知しらせにくるから検分をするんだそうだ。それから、出席簿しゅっせきぼを一応調べてようやくお暇
ひまが出る。いくら月給で買われた身体からだだって、あいた時間まで学校へ縛しばりつけて机と睨にら
めっくらをさせるなんて法があるものか。しかしほかの連中はみんな大人おとなしくご規則通りやってる
から新参のおればかり、だだを捏こねるのもよろしくないと思って我慢がまんしていた。帰りがけに、君
何でもかんでも三時過すぎまで学校にいさせるのは愚おろかだぜと山嵐に訴えたら、山嵐はそうさアハハ
ハと笑ったが、あとから真面目まじめになって、君あまり学校の不平を云うと、いかんぜ。云うなら僕ぼ
くだけに話せ、随分ずいぶん妙な人も居るからなと忠告がましい事を云った。四つ角で分れたから詳くわ
しい事は聞くひまがなかった。
 それからうちへ帰ってくると、宿の亭主ていしゅがお茶を入れましょうと云ってやって来る。お茶を入
れると云うからご馳走ちそうをするのかと思うと、おれの茶を遠慮えんりょなく入れて自分が飲むのだ。
この様子では留守中るすちゅうも勝手にお茶を入れましょうを一人ひとりで履行りこうしているかも知れ
ない。亭主が云うには手前は書画骨董しょがこっとうがすきで、とうとうこんな商買を内々で始めるよう
になりました。あなたもお見受け申すところ大分ご風流でいらっしゃるらしい。ちと道楽にお始めなすっ
てはいかがですと、飛んでもない勧誘かんゆうをやる。二年前ある人の使つかいに帝国ていこくホテルへ
行った時は錠前じょうまえ直しと間違まちがえられた事がある。ケットを被かぶって、鎌倉かまくらの大
仏を見物した時は車屋から親方と云われた。その外今日こんにちまで見損みそくなわれた事は随分あるが
、まだおれをつらまえて大分ご風流でいらっしゃると云ったものはない。大抵たいていはなりや様子でも
分る。風流人なんていうものは、画えを見ても、頭巾ずきんを被かぶるか短冊たんざくを持ってるものだ

97 :山師さん:2016/05/18(水) 21:54:05.21 ID:4uTcWgUe
。このおれを風流人だなどと真面目に云うのはただの曲者くせものじゃない。おれはそんな呑気のんきな
隠居いんきょのやるような事は嫌きらいだと云ったら、亭主はへへへへと笑いながら、いえ始めから好き
なものは、どなたもございませんが、いったんこの道にはいるとなかなか出られませんと一人で茶を注い
で妙な手付てつきをして飲んでいる。実はゆうべ茶を買ってくれと頼たのんでおいたのだが、こんな苦い
濃こい茶はいやだ。一杯ぱい飲むと胃に答えるような気がする。今度からもっと苦くないのを買ってくれ
と云ったら、かしこまりましたとまた一杯しぼって飲んだ。人の茶だと思って無暗むやみに飲む奴やつだ
。主人が引き下がってから、明日の下読したよみをしてすぐ寝ねてしまった。
 それから毎日毎日学校へ出ては規則通り働く、毎日毎日帰って来ると主人がお茶を入れましょうと出て
くる。一週間ばかりしたら学校の様子もひと通りは飲み込めたし、宿の夫婦の人物も大概たいがいは分っ
た。ほかの教師に聞いてみると辞令を受けて一週間から一ヶ月ぐらいの間は自分の評判がいいだろうか、
悪わるいだろうか非常に気に掛かかるそうであるが、おれは一向そんな感じはなかった。教場で折々しく
じるとその時だけはやな心持ちだが三十分ばかり立つと奇麗きれいに消えてしまう。おれは何事によらず
長く心配しようと思っても心配が出来ない男だ。教場のしくじりが生徒にどんな影響えいきょうを与あた
えて、その影響が校長や教頭にどんな反応を呈ていするかまるで無頓着むとんじゃくであった。おれは前
に云う通りあまり度胸の据すわった男ではないのだが、思い切りはすこぶるいい人間である。この学校が
いけなければすぐどっかへ行ゆく覚悟かくごでいたから、狸たぬきも赤シャツも、ちっとも恐おそろしく
はなかった。まして教場の小僧こぞう共なんかには愛嬌あいきょうもお世辞も使う気になれなかった。学
校はそれでいいのだが下宿の方はそうはいかなかった。亭主が茶を飲みに来るだけなら我慢もするが、い
ろいろな者を持ってくる。始めに持って来たのは何でも印材で、十とおばかり並ならべておいて、みんな
で三円なら安い物だお買いなさいと云う。田舎巡いなかまわりのヘボ絵師じゃあるまいし、そんなものは
入らないと云ったら、今度は華山かざんとか何とか云う男の花鳥の掛物かけものをもって来た。自分で床
とこの間まへかけて、いい出来じゃありませんかと云うから、そうかなと好加減いいかげんに挨拶あいさ
つをすると、華山には二人ふたりある、一人は何とか華山で、一人は何とか華山ですが、この幅ふくはそ
の何とか華山の方だと、くだらない講釈をしたあとで、どうです、あなたなら十五円にしておきます。お
買いなさいと催促さいそくをする。金がないと断わると、金なんか、いつでもようございますとなかなか
頑固がんこだ。金があつても買わないんだと、その時は追っ払ぱらっちまった。その次には鬼瓦おにがわ
らぐらいな大硯おおすずりを担ぎ込んだ。これは端渓たんけいです、端渓ですと二遍へんも三遍も端渓が
るから、面白半分に端渓た何だいと聞いたら、すぐ講釈を始め出した。端渓には上層中層下層とあって、
今時のものはみんな上層ですが、これはたしかに中層です、この眼がんをご覧なさい。眼が三つあるのは
珍めずらしい。溌墨はつぼくの具合も至極よろしい、試してご覧なさいと、おれの前へ大きな硯を突つき
つける。いくらだと聞くと、持主が支那しなから持って帰って来て是非売りたいと云いますから、お安く
して三十円にしておきましょうと云う。この男は馬鹿ばかに相違そういない。学校の方はどうかこうか無
事に勤まりそうだが、こう骨董責こっとうぜめに逢あってはとても長く続きそうにない。
 そのうち学校もいやになった。  ある日の晩大町おおまちと云う所を散歩していたら郵便局の隣とな
りに蕎麦そばとかいて、下に東京と注を加えた看板があった。おれは蕎麦が大好きである。東京に居おっ
た時でも蕎麦屋の前を通って薬味の香においをかぐと、どうしても暖簾のれんがくぐりたくなった。今日
までは数学と骨董で蕎麦を忘れていたが、こうして看板を見ると素通りが出来なくなる。ついでだから一
杯食って行こうと思って上がり込んだ。見ると看板ほどでもない。東京と断ことわる以上はもう少し奇麗
にしそうなものだが、東京を知らないのか、金がないのか、滅法めっぽうきたない。畳たたみは色が変っ
てお負けに砂でざらざらしている。壁かべは煤すすで真黒まっくろだ。天井てんじょうはランプの油烟ゆ
えんで燻くすぼってるのみか、低くって、思わず首を縮めるくらいだ。ただ麗々と蕎麦の名前をかいて張

98 :山師さん:2016/05/18(水) 21:54:17.29 ID:4uTcWgUe
り付けたねだん付けだけは全く新しい。何でも古いうちを買って二三日にさんち前から開業したに違ちが
いなかろう。ねだん付の第一号に天麩羅てんぷらとある。おい天麩羅を持ってこいと大きな声を出した。
するとこの時まで隅すみの方に三人かたまって、何かつるつる、ちゅうちゅう食ってた連中れんじゅうが
、ひとしくおれの方を見た。部屋へやが暗いので、ちょっと気がつかなかったが顔を合せると、みんな学
校の生徒である。先方で挨拶あいさつをしたから、おれも挨拶をした。その晩は久ひさし振ぶりに蕎麦を
食ったので、旨うまかったから天麩羅を四杯平たいらげた。
 翌日何の気もなく教場へはいると、黒板一杯ぐらいな大きな字で、天麩羅先生とかいてある。おれの顔
を見てみんなわあと笑った。おれは馬鹿馬鹿しいから、天麩羅を食っちゃ可笑おかしいかと聞いた。する
と生徒の一人ひとりが、しかし四杯は過ぎるぞな、もし、と云った。四杯食おうが五杯食おうがおれの銭
でおれが食うのに文句があるもんかと、さっさと講義を済まして控所へ帰って来た。十分立って次の教場
へ出ると一つ天麩羅四杯なり。但ただし笑うべからず。と黒板にかいてある。さっきは別に腹も立たなか
ったが今度は癪しゃくに障さわった。冗談じょうだんも度を過ごせばいたずらだ。焼餅やきもちの黒焦く
ろこげのようなもので誰だれも賞ほめ手はない。田舎者はこの呼吸が分からないからどこまで押おして行
っても構わないと云う了見りょうけんだろう。一時間あるくと見物する町もないような狭せまい都に住ん
で、外に何にも芸がないから、天麩羅事件を日露にちろ戦争のように触ふれちらかすんだろう。憐あわれ
な奴等やつらだ。小供の時から、こんなに教育されるから、いやにひねっこびた、植木鉢うえきばちの楓
かえでみたような小人しょうじんが出来るんだ。無邪気むじゃきならいっしょに笑ってもいいが、こりゃ
なんだ。小供の癖くせに乙おつに毒気を持ってる。おれはだまって、天麩羅を消して、こんないたずらが
面白いか、卑怯ひきょうな冗談だ。君等は卑怯と云う意味を知ってるか、と云ったら、自分がした事を笑
われて怒おこるのが卑怯じゃろうがな、もしと答えた奴がある。やな奴だ。わざわざ東京から、こんな奴
を教えに来たのかと思ったら情なくなった。余計な減らず口を利かないで勉強しろと云って、授業を始め
てしまった。それから次の教場へ出たら天麩羅を食うと減らず口が利きたくなるものなりと書いてある。
どうも始末に終えない。あんまり腹が立ったから、そんな生意気な奴は教えないと云ってすたすた帰って
来てやった。生徒は休みになって喜んだそうだ。こうなると学校より骨董の方がまだましだ。
 天麩羅蕎麦もうちへ帰って、一晩寝たらそんなに肝癪かんしゃくに障らなくなった。学校へ出てみると
、生徒も出ている。何だか訳が分らない。それから三日ばかりは無事であったが、四日目の晩に住田すみ
たと云う所へ行って団子だんごを食った。この住田と云う所は温泉のある町で城下から汽車だと十分ばか
り、歩いて三十分で行かれる、料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊廓ゆうかくがある。おれのはいった
団子屋は遊廓の入口にあって、大変うまいという評判だから、温泉に行った帰りがけにちょっと食ってみ
た。今度は生徒にも逢わなかったから、誰だれも知るまいと思って、翌日学校へ行って、一時間目の教場
へはいると団子二皿さら七銭と書いてある。実際おれは二皿食って七銭払はらった。どうも厄介やっかい
な奴等だ。二時間目にもきっと何かあると思うと遊廓の団子旨い旨いと書いてある。あきれ返った奴等だ
。団子がそれで済んだと思ったら今度は赤手拭あかてぬぐいと云うのが評判になった。何の事だと思った
ら、つまらない来歴だ。おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極きめている。ほかの所は何
を見ても東京の足元にも及およばないが温泉だけは立派なものだ。せっかく来た者だから毎日はいってや
ろうという気で、晩飯前に運動かたがた出掛でかける。ところが行くときは必ず西洋手拭の大きな奴をぶ
ら下げて行く。この手拭が湯に染そまった上へ、赤い縞しまが流れ出したのでちょっと見ると紅色べにい
ろに見える。おれはこの手拭を行きも帰りも、汽車に乗ってもあるいても、常にぶら下げている。それで
生徒がおれの事を赤手拭赤手拭と云うんだそうだ。どうも狭い土地に住んでるとうるさいものだ。まだあ
る。温泉は三階の新築で上等は浴衣ゆかたをかして、流しをつけて八銭で済む。その上に女が天目てんも
くへ茶を載のせて出す。おれはいつでも上等へはいった。すると四十円の月給で毎日上等へはいるのは贅

99 :山師さん:2016/05/18(水) 21:54:29.33 ID:4uTcWgUe
沢ぜいたくだと云い出した。余計なお世話だ。まだある。湯壺ゆつぼは花崗石みかげいしを畳たたみ上げ
て、十五畳敷じょうじきぐらいの広さに仕切ってある。大抵たいていは十三四人漬つかってるがたまには
誰も居ない事がある。深さは立って乳の辺まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐのはなかなか愉快
ゆかいだ。おれは人の居ないのを見済みすましては十五畳の湯壺を泳ぎ巡まわって喜んでいた。ところが
ある日三階から威勢いせいよく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を覗のぞいてみると、大きな札へ黒々
と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼はりつけてある。湯の中で泳ぐものは、あまりあるまいから、この貼
札はりふだはおれのために特別に新調したのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは断念した。泳ぐのは
断念したが、学校へ出てみると、例の通り黒板に湯の中で泳ぐべからずと書いてあるには驚おどろいた。
何だか生徒全体がおれ一人を探偵たんていしているように思われた。くさくさした。生徒が何を云ったっ
て、やろうと思った事をやめるようなおれではないが、何でこんな狭苦しい鼻の先がつかえるような所へ
来たのかと思うと情なくなった。それでうちへ帰ると相変らず骨董責である。



 学校には宿直があって、職員が代る代るこれをつとめる。但ただし狸たぬきと赤シャツは例外である。
何でこの両人が当然の義務を免まぬかれるのかと聞いてみたら、奏任待遇そうにんたいぐうだからと云う
。面白くもない。月給はたくさんとる、時間は少ない、それで宿直を逃のがれるなんて不公平があるもの
か。勝手な規則をこしらえて、それが当あたり前まえだというような顔をしている。よくまああんなにず
うずうしく出来るものだ。これについては大分不平であるが、山嵐やまあらしの説によると、いくら一人
ひとりで不平を並ならべたって通るものじゃないそうだ。一人だって二人ふたりだって正しい事なら通り
そうなものだ。山嵐は might is right という英語を引いて説諭せつゆを加えたが、何
だか要領を得ないから、聞き返してみたら強者の権利と云う意味だそうだ。強者の権利ぐらいなら昔むか
しから知っている。今さら山嵐から講釈をきかなくってもいい。強者の権利と宿直とは別問題だ。狸や赤
シャツが強者だなんて、誰だれが承知するものか。議論は議論としてこの宿直がいよいよおれの番に廻ま
わって来た。一体疳性かんしょうだから夜具やぐ蒲団ふとんなどは自分のものへ楽に寝ないと寝たような
心持ちがしない。小供の時から、友達のうちへ泊とまった事はほとんどないくらいだ。友達のうちでさえ
厭いやなら学校の宿直はなおさら厭だ。厭だけれども、これが四十円のうちへ籠こもっているなら仕方が
ない。我慢がまんして勤めてやろう。
 教師も生徒も帰ってしまったあとで、一人ぽかんとしているのは随分ずいぶん間が抜ぬけたものだ。宿
直部屋は教場の裏手にある寄宿舎の西はずれの一室だ。ちょっとはいってみたが、西日をまともに受けて
、苦しくって居たたまれない。田舎いなかだけあって秋がきても、気長に暑いもんだ。生徒の賄まかない
を取りよせて晩飯を済ましたが、まずいには恐おそれ入いった。よくあんなものを食って、あれだけに暴
れられたもんだ。それで晩飯を急いで四時半に片付けてしまうんだから豪傑ごうけつに違ちがいない。飯
は食ったが、まだ日が暮くれないから寝ねる訳に行かない。ちょっと温泉に行きたくなった。宿直をして
、外へ出るのはいい事だか、悪わるい事だかしらないが、こうつくねんとして重禁錮じゅうきんこ同様な
憂目うきめに逢あうのは我慢の出来るもんじゃない。始めて学校へ来た時当直の人はと聞いたら、ちょっ
と用達ようたしに出たと小使こづかいが答えたのを妙みょうだと思ったが、自分に番が廻まわってみると
思い当る。出る方が正しいのだ。おれは小使にちょっと出てくると云ったら、何かご用ですかと聞くから
、用じゃない、温泉へはいるんだと答えて、さっさと出掛でかけた。赤手拭あかてぬぐいは宿へ忘れて来
たのが残念だが今日は先方で借りるとしよう。
 それからかなりゆるりと、出たりはいったりして、ようやく日暮方ひぐれがたになったから、汽車へ乗
って古町こまちの停車場ていしゃばまで来て下りた。学校まではこれから四丁だ。訳はないとあるき出す
と、向うから狸が来た。狸はこれからこの汽車で温泉へ行こうと云う計画なんだろう。すたすた急ぎ足に
やってきたが、擦すれ違ちがった時おれの顔を見たから、ちょっと挨拶あいさつをした。すると狸はあな
たは今日は宿直ではなかったですかねえと真面目まじめくさって聞いた。なかったですかねえもないもん

100 :山師さん:2016/05/18(水) 21:54:41.27 ID:4uTcWgUe
だ。二時間前おれに向って今夜は始めての宿直ですね。ご苦労さま。と礼を云ったじゃないか。校長なん
かになるといやに曲りくねった言葉を使うもんだ。おれは腹が立ったから、ええ宿直です。宿直ですから
、これから帰って泊る事はたしかに泊りますと云い捨てて済ましてあるき出した。竪町たてまちの四つ角
までくると今度は山嵐やまあらしに出っ喰くわした。どうも狭せまい所だ。出てあるきさえすれば必ず誰
かに逢う。「おい君は宿直じゃないか」と聞くから「うん、宿直だ」と答えたら、「宿直が無暗むやみに
出てあるくなんて、不都合ふつごうじゃないか」と云った。「ちっとも不都合なもんか、出てあるかない
方が不都合だ」と威張いばってみせた。「君のずぼらにも困るな、校長か教頭に出逢うと面倒めんどうだ
ぜ」と山嵐に似合わない事を云うから「校長にはたった今逢った。暑い時には散歩でもしないと宿直も骨
でしょうと校長が、おれの散歩をほめたよ」と云って、面倒臭くさいから、さっさと学校へ帰って来た。
 それから日はすぐくれる。くれてから二時間ばかりは小使を宿直部屋へ呼んで話をしたが、それも飽あ
きたから、寝られないまでも床とこへはいろうと思って、寝巻に着換きがえて、蚊帳かやを捲まくって、
赤い毛布けっとを跳はねのけて、とんと尻持しりもちを突ついて、仰向あおむけになった。おれが寝ると
きにとんと尻持をつくのは小供の時からの癖くせだ。わるい癖だと云って小川町おがわまちの下宿に居た
時分、二階下に居た法律学校の書生が苦情を持ち込こんだ事がある。法律の書生なんてものは弱い癖に、
やに口が達者なもので、愚ぐな事を長たらしく述べ立てるから、寝る時にどんどん音がするのはおれの尻
がわるいのじゃない。下宿の建築が粗末そまつなんだ。掛かケ合うなら下宿へ掛ケ合えと凹へこましてや
った。この宿直部屋は二階じゃないから、いくら、どしんと倒たおれても構わない。なるべく勢いきおい
よく倒れないと寝たような心持ちがしない。ああ愉快だと足をうんと延ばすと、何だか両足へ飛び付いた
。ざらざらして蚤のみのようでもないからこいつあと驚おどろいて、足を二三度毛布けっとの中で振ふっ
てみた。するとざらざらと当ったものが、急に殖ふえ出して脛すねが五六カ所、股ももが二三カ所、尻の
下でぐちゃりと踏ふみ潰つぶしたのが一つ、臍へその所まで飛び上がったのが一つ――いよいよ驚ろいた
。早速さっそく起き上あがって、毛布けっとをぱっと後ろへ抛ほうると、蒲団の中から、バッタが五六十
飛び出した。正体の知れない時は多少気味が悪わるかったが、バッタと相場が極きまってみたら急に腹が
立った。バッタの癖に人を驚ろかしやがって、どうするか見ろと、いきなり括くくり枕まくらを取って、
二三度擲たたきつけたが、相手が小さ過ぎるから勢よく抛なげつける割に利目ききめがない。仕方がない
から、また布団の上へ坐すわって、煤掃すすはきの時に蓙ござを丸めて畳たたみを叩たたくように、そこ
ら近辺を無暗にたたいた。バッタが驚ろいた上に、枕の勢で飛び上がるものだから、おれの肩かただの、
頭だの鼻の先だのへくっ付いたり、ぶつかったりする。顔へ付いた奴やつは枕で叩く訳に行かないから、
手で攫つかんで、一生懸命に擲きつける。忌々いまいましい事に、いくら力を出しても、ぶつかる先が蚊
帳だから、ふわりと動くだけで少しも手答がない。バッタは擲きつけられたまま蚊帳へつらまっている。
死にもどうもしない。ようやくの事に三十分ばかりでバッタは退治たいじた。箒ほうきを持って来てバッ
タの死骸しがいを掃き出した。小使が来て何ですかと云うから、何ですかもあるもんか、バッタを床の中
に飼かっとく奴がどこの国にある。間抜まぬけめ。と叱しかったら、私は存じませんと弁解をした。存じ
ませんで済むかと箒を椽側えんがわへ抛ほうり出したら、小使は恐る恐る箒を担いで帰って行った。
 おれは早速寄宿生を三人ばかり総代に呼び出した。すると六人出て来た。六人だろうが十人だろうが構
うものか。寝巻のまま腕うでまくりをして談判を始めた。
「なんでバッタなんか、おれの床の中へ入れた」
「バッタた何ぞな」と真先まっさきの一人がいった。やに落ち付いていやがる。この学校じゃ校長ばかり
じゃない、生徒まで曲りくねった言葉を使うんだろう。
「バッタを知らないのか、知らなけりゃ見せてやろう」と云ったが、生憎あいにく掃き出してしまって一
匹ぴきも居ない。また小使を呼んで、「さっきのバッタを持ってこい」と云ったら、「もう掃溜はきだめ
へ棄すててしまいましたが、拾って参りましょうか」と聞いた。「うんすぐ拾って来い」と云うと小使は

101 :山師さん:2016/05/18(水) 21:54:53.21 ID:4uTcWgUe
急いで馳かけ出したが、やがて半紙の上へ十匹ばかり載のせて来て「どうもお気の毒ですが、生憎夜でこ
れだけしか見当りません。あしたになりましたらもっと拾って参ります」と云う。小使まで馬鹿ばかだ。
おれはバッタの一つを生徒に見せて「バッタたこれだ、大きなずう体をして、バッタを知らないた、何の
事だ」と云うと、一番左の方に居た顔の丸い奴が「そりゃ、イナゴぞな、もし」と生意気におれを遣やり
込こめた。「篦棒べらぼうめ、イナゴもバッタも同じもんだ。第一先生を捕つらまえてなもした何だ。菜
飯なめしは田楽でんがくの時より外に食うもんじゃない」とあべこべに遣り込めてやったら「なもしと菜
飯とは違うぞな、もし」と云った。いつまで行ってもなもしを使う奴だ。
「イナゴでもバッタでも、何でおれの床の中へ入れたんだ。おれがいつ、バッタを入れてくれと頼たのん
だ」
「誰も入れやせんがな」
「入れないものが、どうして床の中に居るんだ」
「イナゴは温ぬくい所が好きじゃけれ、大方一人でおはいりたのじゃあろ」
「馬鹿あ云え。バッタが一人でおはいりになるなんて――バッタにおはいりになられてたまるもんか。―
―さあなぜこんないたずらをしたか、云え」
「云えてて、入れんものを説明しようがないがな」
 けちな奴等やつらだ。自分で自分のした事が云えないくらいなら、てんでしないがいい。証拠しょうこ
さえ挙がらなければ、しらを切るつもりで図太く構えていやがる。おれだって中学に居た時分は少しはい
たずらもしたもんだ。しかしだれがしたと聞かれた時に、尻込みをするような卑怯ひきょうな事はただの
一度もなかった。したものはしたので、しないものはしないに極きまってる。おれなんぞは、いくら、い
たずらをしたって潔白なものだ。嘘を吐ついて罰ばつを逃にげるくらいなら、始めからいたずらなんかや
るものか。いたずらと罰はつきもんだ。罰があるからいたずらも心持ちよく出来る。いたずらだけで罰は
ご免蒙めんこうむるなんて下劣げれつな根性がどこの国に流行はやると思ってるんだ。金は借りるが、返
す事はご免だと云う連中はみんな、こんな奴等が卒業してやる仕事に相違そういない。全体中学校へ何し
にはいってるんだ。学校へはいって、嘘を吐いて、胡魔化ごまかして、陰かげでこせこせ生意気な悪いた
ずらをして、そうして大きな面で卒業すれば教育を受けたもんだと癇違かんちがいをしていやがる。話せ
ない雑兵ぞうひょうだ。
 おれはこんな腐くさった了見りょうけんの奴等と談判するのは胸糞むなくそが悪わるいから、「そんな
に云われなきゃ、聞かなくっていい。中学校へはいって、上品も下品も区別が出来ないのは気の毒なもの
だ」と云って六人を逐おっ放ぱなしてやった。おれは言葉や様子こそあまり上品じゃないが、心はこいつ
らよりも遥はるかに上品なつもりだ。六人は悠々ゆうゆうと引き揚あげた。上部うわべだけは教師のおれ
よりよっぽどえらく見える。実は落ち付いているだけなお悪るい。おれには到底とうていこれほどの度胸
はない。
 それからまた床へはいって横になったら、さっきの騒動そうどうで蚊帳の中はぶんぶん唸うなっている
。手燭てしょくをつけて一匹ずつ焼くなんて面倒な事は出来ないから、釣手つりてをはずして、長く畳た
たんでおいて部屋の中で横竪よこたて十文字に振ふるったら、環かんが飛んで手の甲こうをいやというほ
ど撲ぶった。三度目に床へはいった時は少々落ち付いたがなかなか寝られない。時計を見ると十時半だ。
考えてみると厄介な所へ来たもんだ。一体中学の先生なんて、どこへ行っても、こんなものを相手にする
なら気の毒なものだ。よく先生が品切れにならない。よっぽど辛防しんぼう強い朴念仁ぼくねんじんがな
るんだろう。おれには到底やり切れない。それを思うと清きよなんてのは見上げたものだ。教育もない身
分もない婆ばあさんだが、人間としてはすこぶる尊たっとい。今まではあんなに世話になって別段難有あ
りがたいとも思わなかったが、こうして、一人で遠国へ来てみると、始めてあの親切がわかる。越後えち
ごの笹飴ささあめが食いたければ、わざわざ越後まで買いに行って食わしてやっても、食わせるだけの価
値は充分じゅうぶんある。清はおれの事を欲がなくって、真直まっすぐな気性だと云って、ほめるが、ほ
められるおれよりも、ほめる本人の方が立派な人間だ。何だか清に逢いたくなった。
 清の事を考えながら、のつそつしていると、突然とつぜんおれの頭の上で、数で云ったら三四十人もあ
ろうか、二階が落っこちるほどどん、どん、どんと拍子ひょうしを取って床板を踏みならす音がした。す

102 :山師さん:2016/05/18(水) 21:55:17.32 ID:4uTcWgUe
だろう。血なんか出たければ勝手に出るがいい。そのうち最前からの疲つかれが出て、ついうとうと寝て
しまった。何だか騒がしいので、眼めが覚めた時はえっ糞くそしまったと飛び上がった。おれの坐すわっ
てた右側にある戸が半分あいて、生徒が二人、おれの前に立っている。おれは正気に返って、はっと思う
途端に、おれの鼻の先にある生徒の足を引ひっ攫つかんで、力任せにぐいと引いたら、そいつは、どたり
と仰向あおむけに倒れた。ざまを見ろ。残る一人がちょっと狼狽ろうばいしたところを、飛びかかって、
肩を抑おさえて二三度こづき廻したら、あっけに取られて、眼をぱちぱちさせた。さあおれの部屋まで来
いと引っ立てると、弱虫だと見えて、一も二もなく尾ついて来た。夜よはとうにあけている。
 おれが宿直部屋へ連れてきた奴を詰問きつもんし始めると、豚は、打ぶっても擲いても豚だから、ただ
知らんがなで、どこまでも通す了見と見えて、けっして白状しない。そのうち一人来る、二人来る、だん
だん二階から宿直部屋へ集まってくる。見るとみんな眠ねむそうに瞼まぶたをはらしている。けちな奴等
だ。一晩ぐらい寝ないで、そんな面をして男と云われるか。面でも洗って議論に来いと云ってやったが、
誰も面を洗いに行かない。
 おれは五十人あまりを相手に約一時間ばかり押問答おしもんどうをしていると、ひょっくり狸がやって
来た。あとから聞いたら、小使が学校に騒動がありますって、わざわざ知らせに行ったのだそうだ。これ
しきの事に、校長を呼ぶなんて意気地がなさ過ぎる。それだから中学校の小使なんぞをしてるんだ。
 校長はひと通りおれの説明を聞いた。生徒の言草いいぐさもちょっと聞いた。追って処分するまでは、
今まで通り学校へ出ろ。早く顔を洗って、朝飯を食わないと時間に間に合わないから、早くしろと云って
寄宿生をみんな放免ほうめんした。手温てぬるい事だ。おれなら即席そくせきに寄宿生をことごとく退校
してしまう。こんな悠長ゆうちょうな事をするから生徒が宿直員を馬鹿にするんだ。その上おれに向って
、あなたもさぞご心配でお疲れでしょう、今日はご授業に及およばんと云うから、おれはこう答えた。「
いえ、ちっとも心配じゃありません。こんな事が毎晩あっても、命のある間は心配にゃなりません。授業
はやります、一晩ぐらい寝なくって、授業が出来ないくらいなら、頂戴ちょうだいした月給を学校の方へ
割戻わりもどします」校長は何と思ったものか、しばらくおれの顔を見つめていたが、しかし顔が大分は
れていますよと注意した。なるほど何だか少々重たい気がする。その上べた一面痒かゆい。蚊がよっぽと
刺さしたに相違ない。おれは顔中ぼりぼり掻かきながら、顔はいくら膨はれたって、口はたしかにきけま
すから、授業には差し支つかえませんと答えた。校長は笑いながら、大分元気ですねと賞ほめた。実を云
うと賞めたんじゃあるまい、ひやかしたんだろう。



 君釣つりに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。赤シャツは気味の悪わるいように優しい声を出す
男である。まるで男だか女だか分わかりゃしない。男なら男らしい声を出すもんだ。ことに大学卒業生じ
ゃないか。物理学校でさえおれくらいな声が出るのに、文学士がこれじゃ見っともない。
 おれはそうですなあと少し進まない返事をしたら、君釣をした事がありますかと失敬な事を聞く。あん
まりないが、子供の時、小梅こうめの釣堀つりぼりで鮒ふなを三匹びき釣った事がある。それから神楽坂
かぐらざかの毘沙門びしゃもんの縁日えんにちで八寸ばかりの鯉こいを針で引っかけて、しめたと思った
ら、ぽちゃりと落としてしまったがこれは今考えても惜おしいと云いったら、赤シャツは顋あごを前の方
へ突つき出してホホホホと笑った。何もそう気取って笑わなくっても、よさそうな者だ。「それじゃ、ま
だ釣りの味は分らんですな。お望みならちと伝授しましょう」とすこぶる得意である。だれがご伝授をう
けるものか。一体釣や猟りょうをする連中はみんな不人情な人間ばかりだ。不人情でなくって、殺生せっ
しょうをして喜ぶ訳がない。魚だって、鳥だって殺されるより生きてる方が楽に極きまってる。釣や猟を
しなくっちゃ活計かっけいがたたないなら格別だが、何不足なく暮くらしている上に、生き物を殺さなく
っちゃ寝られないなんて贅沢ぜいたくな話だ。こう思ったが向むこうは文学士だけに口が達者だから、議
論じゃ叶かなわないと思って、だまってた。すると先生このおれを降参させたと疳違かんちがいして、早
速伝授しましょう。おひまなら、今日どうです、いっしょに行っちゃ。吉川よしかわ君と二人ふたりぎり

103 :山師さん:2016/05/18(水) 21:55:29.45 ID:4uTcWgUe
じゃ、淋さむしいから、来たまえとしきりに勧める。吉川君というのは画学の教師で例の野だいこの事だ
。この野だは、どういう了見りょうけんだか、赤シャツのうちへ朝夕出入でいりして、どこへでも随行ず
いこうして行ゆく。まるで同輩どうはいじゃない。主従しゅうじゅうみたようだ。赤シャツの行く所なら
、野だは必ず行くに極きまっているんだから、今さら驚おどろきもしないが、二人で行けば済むところを
、なんで無愛想ぶあいそのおれへ口を掛かけたんだろう。大方高慢こうまんちきな釣道楽で、自分の釣る
ところをおれに見せびらかすつもりかなんかで誘さそったに違いない。そんな事で見せびらかされるおれ
じゃない。鮪まぐろの二匹や三匹釣ったって、びくともするもんか。おれだって人間だ、いくら下手へた
だって糸さえ卸おろしゃ、何かかかるだろう、ここでおれが行かないと、赤シャツの事だから、下手だか
ら行かないんだ、嫌きらいだから行かないんじゃないと邪推じゃすいするに相違そういない。おれはこう
考えたから、行きましょうと答えた。それから、学校をしまって、一応うちへ帰って、支度したくを整え
て、停車場で赤シャツと野だを待ち合せて浜はまへ行った。船頭は一人ひとりで、船ふねは細長い東京辺
では見た事もない恰好かっこうである。さっきから船中見渡みわたすが釣竿つりざおが一本も見えない。
釣竿なしで釣が出来るものか、どうする了見だろうと、野だに聞くと、沖釣おきづりには竿は用いません
、糸だけでげすと顋を撫なでて黒人くろうとじみた事を云った。こう遣やり込こめられるくらいならだま
っていればよかった。
 船頭はゆっくりゆっくり漕こいでいるが熟練は恐おそろしいもので、見返みかえると、浜が小さく見え
るくらいもう出ている。高柏寺こうはくじの五重の塔とうが森の上へ抜ぬけ出して針のように尖とんがっ
てる。向側むこうがわを見ると青嶋あおしまが浮いている。これは人の住まない島だそうだ。よく見ると
石と松まつばかりだ。なるほど石と松ばかりじゃ住めっこない。赤シャツは、しきりに眺望ちょうぼうし
ていい景色だと云ってる。野だは絶景でげすと云ってる。絶景だか何だか知らないが、いい心持ちには相
違ない。ひろびろとした海の上で、潮風に吹ふかれるのは薬だと思った。いやに腹が減る。「あの松を見
たまえ、幹が真直まっすぐで、上が傘かさのように開いてターナーの画にありそうだね」と赤シャツが野
だに云うと、野だは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくり
ですよ」と心得顔である。ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから黙だまっ
ていた。舟は島を右に見てぐるりと廻まわった。波は全くない。これで海だとは受け取りにくいほど平た
いらだ。赤シャツのお陰かげではなはだ愉快ゆかいだ。出来る事なら、あの島の上へ上がってみたいと思
ったから、あの岩のある所へは舟はつけられないんですかと聞いてみた。つけられん事もないですが、釣
をするには、あまり岸じゃいけないですと赤シャツが異議を申し立てた。おれは黙ってた。すると野だが
どうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんかと余計な発議ほつぎをした。
赤シャツはそいつは面白い、吾々われわれはこれからそう云おうと賛成した。この吾々のうちにおれもは
いってるなら迷惑めいわくだ。おれには青嶋でたくさんだ。あの岩の上に、どうです、ラフハエルのマド
ンナを置いちゃ。いい画が出来ますぜと野だが云うと、マドンナの話はよそうじゃないかホホホホと赤シ
ャツが気味の悪るい笑い方をした。なに誰も居ないから大丈夫だいじょうぶですと、ちょっとおれの方を
見たが、わざと顔をそむけてにやにやと笑った。おれは何だかやな心持ちがした。マドンナだろうが、小
旦那こだんなだろうが、おれの関係した事でないから、勝手に立たせるがよかろうが、人に分らない事を
言って分らないから聞いたって構やしませんてえような風をする。下品な仕草だ。これで当人は私わたし
も江戸えどっ子でげすなどと云ってる。マドンナと云うのは何でも赤シャツの馴染なじみの芸者の渾名あ
だなか何かに違いないと思った。なじみの芸者を無人島の松の木の下に立たして眺ながめていれば世話は
ない。それを野だが油絵にでもかいて展覧会へ出したらよかろう。
 ここいらがいいだろうと船頭は船をとめて、錨いかりを卸した。幾尋いくひろあるかねと赤シャツが聞
くと、六尋むひろぐらいだと云う。六尋ぐらいじゃ鯛たいはむずかしいなと、赤シャツは糸を海へなげ込
んだ。大将鯛を釣る気と見える、豪胆ごうたんなものだ。野だは、なに教頭のお手際じゃかかりますよ。

104 :山師さん:2016/05/18(水) 21:55:41.28 ID:4uTcWgUe
それになぎですからとお世辞を云いながら、これも糸を繰くり出して投げ入れる。何だか先に錘おもりの
ような鉛なまりがぶら下がってるだけだ。浮うきがない。浮がなくって釣をするのは寒暖計なしで熱度を
はかるようなものだ。おれには到底とうてい出来ないと見ていると、さあ君もやりたまえ糸はありますか
と聞く。糸はあまるほどあるが、浮がありませんと云ったら、浮がなくっちゃ釣が出来ないのは素人しろ
うとですよ。こうしてね、糸が水底みずそこへついた時分に、船縁ふなべりの所で人指しゆびで呼吸をは
かるんです、食うとすぐ手に答える。――そらきた、と先生急に糸をたぐり始めるから、何かかかったと
思ったら何にもかからない、餌えがなくなってたばかりだ。いい気味きびだ。教頭、残念な事をしました
ね、今のはたしかに大ものに違いなかったんですが、どうも教頭のお手際でさえ逃にげられちゃ、今日は
油断ができませんよ。しかし逃げられても何ですね。浮と睨にらめくらをしている連中よりはましですね
。ちょうど歯どめがなくっちゃ自転車へ乗れないのと同程度ですからねと野だは妙みような事ばかり喋舌
しゃべる。よっぽど撲なぐりつけてやろうかと思った。おれだって人間だ、教頭ひとりで借り切った海じ
ゃあるまいし。広い所だ。鰹かつおの一匹ぐらい義理にだって、かかってくれるだろうと、どぼんと錘と
糸を抛ほうり込んでいい加減に指の先であやつっていた。
 しばらくすると、何だかぴくぴくと糸にあたるものがある。おれは考えた。こいつは魚に相違ない。生
きてるものでなくっちゃ、こうぴくつく訳がない。しめた、釣れたとぐいぐい手繰たぐり寄せた。おや釣
れましたかね、後世恐おそるべしだと野だがひやかすうち、糸はもう大概手繰り込んでただ五尺ばかりほ
どしか、水に浸ついておらん。船縁から覗のぞいてみたら、金魚のような縞しまのある魚が糸にくっつい
て、右左へ漾ただよいながら、手に応じて浮き上がってくる。面白い。水際から上げるとき、ぽちゃりと
跳はねたから、おれの顔は潮水だらけになった。ようやくつらまえて、針をとろうとするがなかなか取れ
ない。捕つらまえた手はぬるぬるする。大いに気味がわるい。面倒だから糸を振ふって胴どうの間まへ擲
たたきつけたら、すぐ死んでしまった。赤シャツと野だは驚ろいて見ている。おれは海の中で手をざぶざ
ぶと洗って、鼻の先へあてがってみた。まだ腥臭なまぐさい。もう懲こり懲ごりだ。何が釣れたって魚は
握にぎりたくない。魚も握られたくなかろう。そうそう糸を捲いてしまった。
 一番槍いちばんやりはお手柄てがらだがゴルキじゃ、と野だがまた生意気を云うと、ゴルキと云うと露
西亜ロシアの文学者みたような名だねと赤シャツが洒落しゃれた。そうですね、まるで露西亜の文学者で
すねと野だはすぐ賛成しやがる。ゴルキが露西亜の文学者で、丸木が芝しばの写真師で、米のなる木が命
の親だろう。一体この赤シャツはわるい癖くせだ。誰だれを捕つらまえても片仮名の唐人とうじんの名を
並べたがる。人にはそれぞれ専門があったものだ。おれのような数学の教師にゴルキだか車力しゃりきだ
か見当がつくものか、少しは遠慮えんりょするがいい。云いうならフランクリンの自伝だとかプッシング
、ツー、ゼ、フロントだとか、おれでも知ってる名を使うがいい。赤シャツは時々帝国文学とかいう真赤
まっかな雑誌を学校へ持って来て難有ありがたそうに読んでいる。山嵐やまあらしに聞いてみたら、赤シ
ャツの片仮名はみんなあの雑誌から出るんだそうだ。帝国文学も罪な雑誌だ。
 それから赤シャツと野だは一生懸命いっしょうけんめいに釣っていたが、約一時間ばかりのうちに二人
ふたりで十五六上げた。可笑おかしい事に釣れるのも、釣れるのも、みんなゴルキばかりだ。鯛なんて薬
にしたくってもありゃしない。今日は露西亜文学の大当りだと赤シャツが野だに話している。あなたの手
腕しゅわんでゴルキなんですから、私わたしなんぞがゴルキなのは仕方がありません。当り前ですなと野
だが答えている。船頭に聞くとこの小魚は骨が多くって、まずくって、とても食えないんだそうだ。ただ
肥料こやしには出来るそうだ。赤シャツと野だは一生懸命に肥料を釣っているんだ。気の毒の至りだ。お
れは一匹ぴきで懲こりたから、胴の間へ仰向あおむけになって、さっきから大空を眺めていた。釣をする
よりこの方がよっぽど洒落しゃれている。
 すると二人は小声で何か話し始めた。おれにはよく聞きこえない、また聞きたくもない。おれは空を見
ながら清きよの事を考えている。金があって、清をつれて、こんな奇麗きれいな所へ遊びに来たらさぞ愉

105 :山師さん:2016/05/18(水) 21:55:53.27 ID:4uTcWgUe
快だろう。いくら景色がよくっても野だなどといっしょじゃつまらない。清は皺苦茶しわくちゃだらけの
婆さんだが、どんな所へ連れて出たって恥はずかしい心持ちはしない。野だのようなのは、馬車に乗ろう
が、船に乗ろうが、凌雲閣りょううんかくへのろうが、到底寄り付けたものじゃない。おれが教頭で、赤
シャツがおれだったら、やっぱりおれにへけつけお世辞を使って赤シャツを冷ひやかすに違いない。江戸
っ子は軽薄けいはくだと云うがなるほどこんなものが田舎巡いなかまわりをして、私わたしは江戸っ子で
げすと繰り返していたら、軽薄は江戸っ子で、江戸っ子は軽薄の事だと田舎者が思うに極まってる。こん
な事を考えていると、何だか二人がくすくす笑い出した。笑い声の間に何か云うが途切とぎれ途切れでと
んと要領を得ない。
「え? どうだか……」「……全くです……知らないんですから……罪ですね」「まさか……」「バッタ
を……本当ですよ」
 おれは外の言葉には耳を傾かたむけなかったが、バッタと云う野だの語ことばを聴きいた時は、思わず
きっとなった。野だは何のためかバッタと云う言葉だけことさら力を入れて、明瞭めいりょうにおれの耳
にはいるようにして、そのあとをわざとぼかしてしまった。おれは動かないでやはり聞いていた。
「また例の堀田ほったが……」「そうかも知れない……」「天麩羅てんぷら……ハハハハハ」「……煽動
せんどうして……」「団子だんごも?」
 言葉はかように途切れ途切れであるけれども、バッタだの天麩羅だの、団子だのというところをもって
推し測ってみると、何でもおれのことについて内所話ないしょばなしをしているに相違ない。話すならも
っと大きな声で話すがいい、また内所話をするくらいなら、おれなんか誘わなければいい。いけ好かない
連中だ。バッタだろうが雪踏せっただろうが、非はおれにある事じゃない。校長がひとまずあずけろと云
ったから、狸たぬきの顔にめんじてただ今のところは控ひかえているんだ。野だの癖に入らぬ批評をしや
がる。毛筆けふででもしゃぶって引っ込んでるがいい。おれの事は、遅おそかれ早かれ、おれ一人で片付
けてみせるから、差支さしつかえはないが、また例の堀田がとか煽動してとか云う文句が気にかかる。堀
田がおれを煽動して騒動そうどうを大きくしたと云う意味なのか、あるいは堀田が生徒を煽動しておれを
いじめたと云うのか方角がわからない。青空を見ていると、日の光がだんだん弱って来て、少しはひやり
とする風が吹き出した。線香せんこうの烟けむりのような雲が、透すき徹とおる底の上を静かに伸のして
行ったと思ったら、いつしか底の奥おくに流れ込んで、うすくもやを掛かけたようになった。
 もう帰ろうかと赤シャツが思い出したように云うと、ええちょうど時分ですね。今夜はマドンナの君に
お逢あいですかと野だが云う。赤シャツは馬鹿ばかあ云っちゃいけない、間違いになると、船縁に身を倚
もたした奴やつを、少し起き直る。エヘヘヘヘ大丈夫ですよ。聞いたって……と野だが振り返った時、お
れは皿さらのような眼めを野だの頭の上へまともに浴びせ掛けてやった。野だはまぼしそうに引っ繰り返
って、や、こいつは降参だと首を縮めて、頭を掻かいた。何という猪口才ちょこざいだろう。
 船は静かな海を岸へ漕こぎ戻もどる。君釣つりはあまり好きでないと見えますねと赤シャツが聞くから
、ええ寝ねていて空を見る方がいいですと答えて、吸いかけた巻烟草まきたばこを海の中へたたき込んだ
ら、ジュと音がして艪ろの足で掻き分けられた浪なみの上を揺ゆられながら漾ただよっていった。「君が
来たんで生徒も大いに喜んでいるから、奮発ふんぱつしてやってくれたまえ」と今度は釣にはまるで縁故
えんこもない事を云い出した。「あんまり喜んでもいないでしょう」「いえ、お世辞じゃない。全く喜ん
でいるんです、ね、吉川君」「喜んでるどころじゃない。大騒おおさわぎです」と野だはにやにやと笑っ
た。こいつの云う事は一々癪しゃくに障さわるから妙だ。「しかし君注意しないと、険呑けんのんですよ
」と赤シャツが云うから「どうせ険呑です。こうなりゃ険呑は覚悟かくごです」と云ってやった。実際お
れは免職めんしょくになるか、寄宿生をことごとくあやまらせるか、どっちか一つにする了見でいた。「
そう云っちゃ、取りつきどころもないが――実は僕も教頭として君のためを思うから云うんだが、わるく
取っちゃ困る」「教頭は全く君に好意を持ってるんですよ。僕も及およばずながら、同じ江戸っ子だから
、なるべく長くご在校を願って、お互たがいに力になろうと思って、これでも蔭ながら尽力じんりょくし

106 :山師さん:2016/05/18(水) 21:55:58.56 ID:+W7NGzrT
ミ´゚〜゚ミ 新着があったからって開くとこれ。正直、スゴくウザい。

107 :山師さん:2016/05/18(水) 21:56:05.34 ID:4uTcWgUe
ているんですよ」と野だが人間並なみの事を云った。野だのお世話になるくらいなら首を縊くくって死ん
じまわあ。
「それでね、生徒は君の来たのを大変歓迎かんげいしているんだが、そこにはいろいろな事情があってね
。君も腹の立つ事もあるだろうが、ここが我慢がまんだと思って、辛防しんぼうしてくれたまえ。決して
君のためにならないような事はしないから」
「いろいろの事情た、どんな事情です」
「それが少し込み入ってるんだが、まあだんだん分りますよ。僕ぼくが話さないでも自然と分って来るで
す、ね吉川君」
「ええなかなか込み入ってますからね。一朝一夕にゃ到底分りません。しかしだんだん分ります、僕が話
さないでも自然と分って来るです」と野だは赤シャツと同じような事を云う。
「そんな面倒めんどうな事情なら聞かなくてもいいんですが、あなたの方から話し出したから伺うかがう
んです」
「そりゃごもっともだ。こっちで口を切って、あとをつけないのは無責任ですね。それじゃこれだけの事
を云っておきましょう。あなたは失礼ながら、まだ学校を卒業したてで、教師は始めての、経験である。
ところが学校というものはなかなか情実のあるもので、そう書生流に淡泊たんぱくには行ゆかないですか
らね」
「淡泊に行かなければ、どんな風に行くんです」
「さあ君はそう率直だから、まだ経験に乏とぼしいと云うんですがね……」
「どうせ経験には乏しいはずです。履歴書りれきしょにもかいときましたが二十三年四ヶ月ですから」
「さ、そこで思わぬ辺から乗ぜられる事があるんです」
「正直にしていれば誰だれが乗じたって怖こわくはないです」
「無論怖くはない、怖くはないが、乗ぜられる。現に君の前任者がやられたんだから、気を付けないとい
けないと云うんです」
 野だが大人おとなしくなったなと気が付いて、ふり向いて見ると、いつしか艫ともの方で船頭と釣の話
をしている。野だが居ないんでよっぽど話しよくなった。
「僕の前任者が、誰だれに乗ぜられたんです」
「だれと指すと、その人の名誉に関係するから云えない。また判然と証拠しょうこのない事だから云うと
こっちの落度になる。とにかく、せっかく君が来たもんだから、ここで失敗しちゃ僕等ぼくらも君を呼ん
だ甲斐かいがない。どうか気を付けてくれたまえ」
「気を付けろったって、これより気の付けようはありません。わるい事をしなけりゃ好いいんでしょう」
 赤シャツはホホホホと笑った。別段おれは笑われるような事を云った覚えはない。今日こんにちただ今
に至るまでこれでいいと堅かたく信じている。考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しょ
うれいしているように思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正
直な純粋じゅんすいな人を見ると、坊ぼっちゃんだの小僧こぞうだのと難癖なんくせをつけて軽蔑けいべ
つする。それじゃ小学校や中学校で嘘うそをつくな、正直にしろと倫理りんりの先生が教えない方がいい
。いっそ思い切って学校で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を教授する方が、世のた
めにも当人のためにもなるだろう。赤シャツがホホホホと笑ったのは、おれの単純なのを笑ったのだ。単
純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない。清はこんな時に決して笑った事はない。大いに感心して聞い
たもんだ。清の方が赤シャツよりよっぽど上等だ。
「無論悪わるい事をしなければ好いんですが、自分だけ悪るい事をしなくっても、人の悪るいのが分らな
くっちゃ、やっぱりひどい目に逢うでしょう。世の中には磊落らいらくなように見えても、淡泊なように
見えても、親切に下宿の世話なんかしてくれても、めったに油断の出来ないのがありますから……。大分
寒くなった。もう秋ですね、浜の方は靄もやでセピヤ色になった。いい景色だ。おい、吉川君どうだい、
あの浜の景色は……」と大きな声を出して野だを呼んだ。なあるほどこりゃ奇絶きぜつですね。時間があ
ると写生するんだが、惜おしいですね、このままにしておくのはと野だは大いにたたく。
 港屋の二階に灯が一つついて、汽車の笛ふえがヒューと鳴るとき、おれの乗っていた舟は磯いその砂へ
ざぐりと、舳へさきをつき込んで動かなくなった。お早うお帰りと、かみさんが、浜に立って赤シャツに
挨拶あいさつする。おれは船端ふなばたから、やっと掛声かけごえをして磯へ飛び下りた。



108 :山師さん:2016/05/18(水) 21:56:29.32 ID:4uTcWgUe
来て昨日は失敬、迷惑めいわくでしたろうと云ったから、迷惑じゃありません、お蔭で腹が減りましたと
答えた。すると赤シャツは山嵐の机の上へ肱ひじを突ついて、あの盤台面ばんだいづらをおれの鼻の側面
へ持って来たから、何をするかと思ったら、君昨日返りがけに船の中で話した事は、秘密にしてくれたま
え。まだ誰だれにも話しやしますまいねと云った。女のような声を出すだけに心配性な男と見える。話さ
ない事はたしかである。しかしこれから話そうと云う心持ちで、すでに一銭五厘手の平に用意しているく
らいだから、ここで赤シャツから口留めをされちゃ、ちと困る。赤シャツも赤シャツだ。山嵐と名を指さ
ないにしろ、あれほど推察の出来る謎なぞをかけておきながら、今さらその謎を解いちゃ迷惑だとは教頭
とも思えぬ無責任だ。元来ならおれが山嵐と戦争をはじめて鎬しのぎを削けずってる真中まんなかへ出て
堂々とおれの肩かたを持つべきだ。それでこそ一校の教頭で、赤シャツを着ている主意も立つというもん
だ。
 おれは教頭に向むかって、まだ誰にも話さないが、これから山嵐と談判するつもりだと云ったら、赤シ
ャツは大いに狼狽ろうばいして、君そんな無法な事をしちゃ困る。僕ぼくは堀田ほった君の事について、
別段君に何も明言した覚えはないんだから――君がもしここで乱暴を働いてくれると、僕は非常に迷惑す
る。君は学校に騒動そうどうを起すつもりで来たんじゃなかろうと妙みょうに常識をはずれた質問をする
から、当あたり前まえです、月給をもらったり、騒動を起したりしちゃ、学校の方でも困るでしょうと云
った。すると赤シャツはそれじゃ昨日の事は君の参考だけにとめて、口外してくれるなと汗をかいて依頼
いらいに及およぶから、よろしい、僕も困るんだが、そんなにあなたが迷惑ならよしましょうと受け合っ
た。君大丈夫だいじょうぶかいと赤シャツは念を押おした。どこまで女らしいんだか奥行おくゆきがわか
らない。文学士なんて、みんなあんな連中ならつまらんものだ。辻褄つじつまの合わない、論理に欠けた
注文をして恬然てんぜんとしている。しかもこのおれを疑ぐってる。憚はばかりながら男だ。受け合った
事を裏へ廻って反古ほごにするようなさもしい了見りょうけんはもってるもんか。
 ところへ両隣りょうどなりの机の所有主も出校したんで、赤シャツは早々自分の席へ帰って行った。赤
シャツは歩あるき方から気取ってる。部屋の中を往来するのでも、音を立てないように靴くつの底をそっ
と落おとす。音を立てないであるくのが自慢じまんになるもんだとは、この時から始めて知った。泥棒ど
ろぼうの稽古けいこじゃあるまいし、当り前にするがいい。やがて始業の喇叭らっぱがなった。山嵐はと
うとう出て来ない。仕方がないから、一銭五厘を机の上へ置いて教場へ出掛でかけた。
 授業の都合つごうで一時間目は少し後おくれて、控所へ帰ったら、ほかの教師はみんな机を控えて話を
している。山嵐もいつの間にか来ている。欠勤だと思ったら遅刻ちこくしたんだ。おれの顔を見るや否や
今日は君のお蔭で遅刻したんだ。罰金ばっきんを出したまえと云った。おれは机の上にあった一銭五厘を
出して、これをやるから取っておけ。先達せんだって通町とおりちょうで飲んだ氷水の代だと山嵐の前へ
置くと、何を云ってるんだと笑いかけたが、おれが存外真面目まじめでいるので、つまらない冗談じょう
だんをするなと銭をおれの机の上に掃はき返した。おや山嵐の癖くせにどこまでも奢る気だな。
「冗談じゃない本当だ。おれは君に氷水を奢られる因縁いんえんがないから、出すんだ。取らない法があ
るか」
「そんなに一銭五厘が気になるなら取ってもいいが、なぜ思い出したように、今時分返すんだ」
「今時分でも、いつ時分でも、返すんだ。奢られるのが、いやだから返すんだ」
 山嵐は冷然とおれの顔を見てふんと云った。赤シャツの依頼がなければ、ここで山嵐の卑劣ひれつをあ
ばいて大喧嘩をしてやるんだが、口外しないと受け合ったんだから動きがとれない。人がこんなに真赤ま
っかになってるのにふんという理窟りくつがあるものか。
「氷水の代は受け取るから、下宿は出てくれ」
「一銭五厘受け取ればそれでいい。下宿を出ようが出まいがおれの勝手だ」
「ところが勝手でない、昨日、あすこの亭主ていしゅが来て君に出てもらいたいと云うから、その訳を聞
いたら亭主の云うのはもっともだ。それでももう一応たしかめるつもりで今朝けさあすこへ寄って詳くわ
しい話を聞いてきたんだ」
 おれには山嵐の云う事が何の意味だか分らない。

109 :山師さん:2016/05/18(水) 21:56:41.37 ID:4uTcWgUe
「亭主が君に何を話したんだか、おれが知ってるもんか。そう自分だけで極めたって仕様があるか。訳が
あるなら、訳を話すが順だ。てんから亭主の云う方がもっともだなんて失敬千万な事を云うな」
「うん、そんなら云ってやろう。君は乱暴であの下宿で持て余あまされているんだ。いくら下宿の女房だ
って、下女たあ違うぜ。足を出して拭ふかせるなんて、威張いばり過ぎるさ」
「おれが、いつ下宿の女房に足を拭かせた」
「拭かせたかどうだか知らないが、とにかく向うじゃ、君に困ってるんだ。下宿料の十円や十五円は懸物
かけものを一幅ぷく売りゃ、すぐ浮ういてくるって云ってたぜ」
「利いた風な事をぬかす野郎やろうだ。そんなら、なぜ置いた」
「なぜ置いたか、僕は知らん、置くことは置いたんだが、いやになったんだから、出ろと云うんだろう。
君出てやれ」
「当り前だ。居てくれと手を合せたって、居るものか。一体そんな云い懸がかりを云うような所へ周旋し
ゅうせんする君からしてが不埒ふらちだ」
「おれが不埒か、君が大人おとなしくないんだか、どっちかだろう」
 山嵐もおれに劣おとらぬ肝癪持かんしゃくもちだから、負け嫌ぎらいな大きな声を出す。控所に居た連
中は何事が始まったかと思って、みんな、おれと山嵐の方を見て、顋あごを長くしてぼんやりしている。
おれは、別に恥はずかしい事をした覚えはないんだから、立ち上がりながら、部屋中一通り見巡みまわし
てやった。みんなが驚おどろいてるなかに野だだけは面白そうに笑っていた。おれの大きな眼めが、貴様
も喧嘩をするつもりかと云う権幕で、野だの干瓢かんぴょうづらを射貫いぬいた時に、野だは突然とつぜ
ん真面目な顔をして、大いにつつしんだ。少し怖こわかったと見える。そのうち喇叭が鳴る。山嵐もおれ
も喧嘩を中止して教場へ出た。

 午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。会議というものは生れて始
めてだからとんと容子ようすが分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてて、それを校長
が好い加減に纏まとめるのだろう。纏めるというのは黒白こくびゃくの決しかねる事柄ことがらについて
云うべき言葉だ。この場合のような、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰
ひまつぶしだ。誰が何と解釈したって異説の出ようはずがない。こんな明白なのは即座そくざに校長が処
分してしまえばいいに。随分ずいぶん決断のない事だ。校長ってものが、これならば、何の事はない、煮
にえ切きらない愚図ぐずの異名だ。
 会議室は校長室の隣となりにある細長い部屋で、平常は食堂の代理を勤める。黒い皮で張った椅子いす
が二十脚きゃくばかり、長いテーブルの周囲に並ならんでちょっと神田の西洋料理屋ぐらいな格だ。その
テーブルの端はじに校長が坐すわって、校長の隣りに赤シャツが構える。あとは勝手次第に席に着くんだ
そうだが、体操たいそうの教師だけはいつも席末に謙遜けんそんするという話だ。おれは様子が分らない
から、博物の教師と漢学の教師の間へはいり込こんだ。向うを見ると山嵐と野だが並んでる。野だの顔は
どう考えても劣等だ。喧嘩はしても山嵐の方が遥はるかに趣おもむきがある。おやじの葬式そうしきの時
に小日向こびなたの養源寺ようげんじの座敷ざしきにかかってた懸物はこの顔によく似ている。坊主ぼう
ずに聞いてみたら韋駄天いだてんと云う怪物だそうだ。今日は怒おこってるから、眼をぐるぐる廻しちゃ
、時々おれの方を見る。そんな事で威嚇おどかされてたまるもんかと、おれも負けない気で、やっぱり眼
をぐりつかせて、山嵐をにらめてやった。おれの眼は恰好かっこうはよくないが、大きい事においては大
抵な人には負けない。あなたは眼が大きいから役者になるときっと似合いますと清がよく云ったくらいだ

 もう大抵お揃そろいでしょうかと校長が云うと、書記の川村と云うのが一つ二つと頭数を勘定かんじょ
うしてみる。一人足りない。一人不足ですがと考えていたが、これは足りないはずだ。唐茄子とうなすの
うらなり君が来ていない。おれとうらなり君とはどう云う宿世すくせの因縁かしらないが、この人の顔を
見て以来どうしても忘れられない。控所へくれば、すぐ、うらなり君が眼に付く、途中とちゅうをあるい
ていても、うらなり先生の様子が心に浮うかぶ。温泉へ行くと、うらなり君が時々蒼あおい顔をして湯壺
ゆつぼのなかに膨ふくれている。挨拶あいさつをするとへえと恐縮きょうしゅくして頭を下げるから気の
毒になる。学校へ出てうらなり君ほど大人しい人は居ない。めったに笑った事もないが、余計な口をきい

110 :山師さん:2016/05/18(水) 21:56:53.36 ID:4uTcWgUe
た事もない。おれは君子という言葉を書物の上で知ってるが、これは字引にあるばかりで、生きてるもの
ではないと思ってたが、うらなり君に逢あってから始めて、やっぱり正体のある文字だと感心したくらい
だ。
 このくらい関係の深い人の事だから、会議室へはいるや否や、うらなり君の居ないのは、すぐ気がつい
た。実を云うと、この男の次へでも坐すわろうかと、ひそかに目標めじるしにして来たくらいだ。校長は
もうやがて見えるでしょうと、自分の前にある紫むらさきの袱紗包ふくさづつみをほどいて、蒟蒻版こん
にゃくばんのような者を読んでいる。赤シャツは琥珀こはくのパイプを絹ハンケチで磨みがき始めた。こ
の男はこれが道楽である。赤シャツ相当のところだろう。ほかの連中は隣り同志で何だか私語ささやき合
っている。手持無沙汰てもちぶさたなのは鉛筆えんぴつの尻しりに着いている、護謨ゴムの頭でテーブル
の上へしきりに何か書いている。野だは時々山嵐に話しかけるが、山嵐は一向応じない。ただうんとかあ
あと云うばかりで、時々怖こわい眼をして、おれの方を見る。おれも負けずに睨にらめ返す。
 ところへ待ちかねた、うらなり君が気の毒そうにはいって来て少々用事がありまして、遅刻致いたしま
したと慇懃いんぎんに狸たぬきに挨拶あいさつをした。では会議を開きますと狸はまず書記の川村君に蒟
蒻版を配布させる。見ると最初が処分の件、次が生徒取締とりしまりの件、その他二三ヶ条である。狸は
例の通りもったいぶって、教育の生霊いきりょうという見えでこんな意味の事を述べた。「学校の職員や
生徒に過失のあるのは、みんな自分の寡徳かとくの致すところで、何か事件がある度に、自分はよくこれ
で校長が勤まるとひそかに慚愧ざんきの念に堪たえんが、不幸にして今回もまたかかる騒動を引き起した
のは、深く諸君に向って謝罪しなければならん。しかしひとたび起った以上は仕方がない、どうにか処分
をせんければならん、事実はすでに諸君のご承知の通りであるからして、善後策について腹蔵のない事を
参考のためにお述べ下さい」
 おれは校長の言葉を聞いて、なるほど校長だの狸だのと云うものは、えらい事を云うもんだと感心した
。こう校長が何もかも責任を受けて、自分の咎とがだとか、不徳だとか云うくらいなら、生徒を処分する
のは、やめにして、自分から先へ免職めんしょくになったら、よさそうなもんだ。そうすればこんな面倒
めんどうな会議なんぞを開く必要もなくなる訳だ。第一常識から云いっても分ってる。おれが大人しく宿
直をする。生徒が乱暴をする。わるいのは校長でもなけりゃ、おれでもない、生徒だけに極きまってる。
もし山嵐が煽動せんどうしたとすれば、生徒と山嵐を退治たいじればそれでたくさんだ。人の尻しりを自
分で背負しょい込こんで、おれの尻だ、おれの尻だと吹き散らかす奴が、どこの国にあるもんか、狸でな
くっちゃ出来る芸当じゃない。彼かれはこんな条理じょうりに適かなわない議論を吐はいて、得意気に一
同を見廻した。ところが誰も口を開くものがない。博物の教師は第一教場の屋根に烏からすがとまってる
のを眺ながめている。漢学の先生は蒟蒻版こんにゃくばんを畳たたんだり、延ばしたりしてる。山嵐はま
だおれの顔をにらめている。会議と云うものが、こんな馬鹿気ばかげたものなら、欠席して昼寝でもして
いる方がましだ。
 おれは、じれったくなったから、一番大いに弁じてやろうと思って、半分尻をあげかけたら、赤シャツ
が何か云い出したから、やめにした。見るとパイプをしまって、縞しまのある絹ハンケチで顔をふきなが
ら、何か云っている。あの手巾はんけちはきっとマドンナから巻き上げたに相違そういない。男は白い麻
あさを使うもんだ。「私も寄宿生の乱暴を聞いてはなはだ教頭として不行届ふゆきとどきであり、かつ平
常の徳化が少年に及ばなかったのを深く慚はずるのであります。でこう云う事は、何か陥欠かんけつがあ
ると起るもので、事件その物を見ると何だか生徒だけがわるいようであるが、その真相を極めると責任は
かえって学校にあるかも知れない。だから表面上にあらわれたところだけで厳重な制裁を加えるのは、か
えって未来のためによくないかとも思われます。かつ少年血気のものであるから活気があふれて、善悪の
考えはなく、半ば無意識にこんな悪戯いたずらをやる事はないとも限らん。でもとより処分法は校長のお
考えにある事だから、私の容喙ようかいする限りではないが、どうかその辺をご斟酌しんしゃくになって
、なるべく寛大なお取計とりはからいを願いたいと思います」

111 :山師さん:2016/05/18(水) 21:57:05.35 ID:4uTcWgUe
 なるほど狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。生徒があばれるのは、生徒がわるいんじゃない教師が悪
るいんだと公言している。気狂きちがいが人の頭を撲なぐり付けるのは、なぐられた人がわるいから、気
狂がなぐるんだそうだ。難有ありがたい仕合せだ。活気にみちて困るなら運動場へ出て相撲すもうでも取
るがいい、半ば無意識に床の中へバッタを入れられてたまるものか。この様子じゃ寝頸ねくびをかかれて
も、半ば無意識だって放免するつもりだろう。
 おれはこう考えて何か云おうかなと考えてみたが、云うなら人を驚ろすかように滔々とうとうと述べた
てなくっちゃつまらない、おれの癖として、腹が立ったときに口をきくと、二言か三言で必ず行き塞つま
ってしまう。狸でも赤シャツでも人物から云うと、おれよりも下等だが、弁舌はなかなか達者だから、ま
ずい事を喋舌しゃべって揚足あげあしを取られちゃ面白くない。ちょっと腹案を作ってみようと、胸のな
かで文章を作ってる。すると前に居た野だが突然起立したには驚ろいた。野だの癖に意見を述べるなんて
生意気だ。野だは例のへらへら調で「実に今回のバッタ事件及び咄喊とっかん事件は吾々われわれ心ある
職員をして、ひそかに吾わが校将来の前途ぜんとに危惧きぐの念を抱いだかしむるに足る珍事ちんじであ
りまして、吾々職員たるものはこの際奮ふるって自ら省りみて、全校の風紀を振粛しんしゅくしなければ
なりません。それでただ今校長及び教頭のお述べになったお説は、実に肯綮こうけいに中あたった剴切が
いせつなお考えで私は徹頭徹尾てっとうてつび賛成致します。どうかなるべく寛大かんだいのご処分を仰
あおぎたいと思います」と云った。野だの云う事は言語はあるが意味がない、漢語をのべつに陳列ちんれ
つするぎりで訳が分らない。分ったのは徹頭徹尾賛成致しますと云う言葉だけだ。
 おれは野だの云う意味は分らないけれども、何だか非常に腹が立ったから、腹案も出来ないうちに起た
ち上がってしまった。「私は徹頭徹尾反対です……」と云ったがあとが急に出て来ない。「……そんな頓
珍漢とんちんかんな、処分は大嫌だいきらいです」とつけたら、職員が一同笑い出した。「一体生徒が全
然悪わるいです。どうしても詫あやまらせなくっちゃ、癖になります。退校さしても構いません。……何
だ失敬な、新しく来た教師だと思って……」と云って着席した。すると右隣りに居る博物が「生徒がわる
い事も、わるいが、あまり厳重な罰などをするとかえって反動を起していけないでしょう。やっぱり教頭
のおっしゃる通り、寛な方に賛成します」と弱い事を云った。左隣の漢学は穏便説おんびんせつに賛成と
云った。歴史も教頭と同説だと云った。忌々いまいましい、大抵のものは赤シャツ党だ。こんな連中が寄
り合って学校を立てていりゃ世話はない。おれは生徒をあやまらせるか、辞職するか二つのうち一つに極
めてるんだから、もし赤シャツが勝ちを制したら、早速うちへ帰って荷作りをする覚悟かくごでいた。ど
うせ、こんな手合てあいを弁口べんこうで屈伏くっぷくさせる手際はなし、させたところでいつまでご交
際を願うのは、こっちでご免だ。学校に居ないとすればどうなったって構うもんか。また何か云うと笑う
に違いない。だれが云うもんかと澄すましていた。
 すると今までだまって聞いていた山嵐が奮然として、起ち上がった。野郎また赤シャツ賛成の意を表す
るな、どうせ、貴様とは喧嘩だ、勝手にしろと見ていると山嵐は硝子ガラス窓を振ふるわせるような声で
「私わたくしは教頭及びその他諸君のお説には全然不同意であります。というものはこの事件はどの点か
ら見ても、五十名の寄宿生が新来の教師某氏ぼうしを軽侮けいぶしてこれを翻弄ほんろうしようとした所
為しょいとより外ほかには認められんのであります。教頭はその源因を教師の人物いかんにお求めになる
ようでありますが失礼ながらそれは失言かと思います。某氏が宿直にあたられたのは着後早々の事で、ま
だ生徒に接せられてから二十日に満たぬ頃ころであります。この短かい二十日間において生徒は君の学問
人物を評価し得る余地がないのであります。軽侮されべき至当な理由があって、軽侮を受けたのなら生徒
の行為に斟酌しんしゃくを加える理由もありましょうが、何らの源因もないのに新来の先生を愚弄ぐろう
するような軽薄な生徒を寛仮かんかしては学校の威信いしんに関わる事と思います。教育の精神は単に学
問を授けるばかりではない、高尚こうしょうな、正直な、武士的な元気を鼓吹こすいすると同時に、野卑
やひな、軽躁けいそうな、暴慢ぼうまんな悪風を掃蕩そうとうするにあると思います。もし反動が恐おそ

112 :山師さん:2016/05/18(水) 21:57:17.40 ID:4uTcWgUe
ろしいの、騒動が大きくなるのと姑息こそくな事を云った日にはこの弊風へいふうはいつ矯正きょうせい
出来るか知れません。かかる弊風を杜絶とぜつするためにこそ吾々はこの学校に職を奉じているので、こ
れを見逃みのがすくらいなら始めから教師にならん方がいいと思います。私は以上の理由で寄宿生一同を
厳罰げんばつに処する上に、当該とうがい教師の面前において公けに謝罪の意を表せしむるのを至当の所
置と心得ます」と云いながら、どんと腰こしを卸おろした。一同はだまって何にも言わない。赤シャツは
またパイプを拭ふき始めた。おれは何だか非常に嬉うれしかった。おれの云おうと思うところをおれの代
りに山嵐がすっかり言ってくれたようなものだ。おれはこう云う単純な人間だから、今までの喧嘩はまる
で忘れて、大いに難有ありがたいと云う顔をもって、腰を卸した山嵐の方を見たら、山嵐は一向知らん面
かおをしている。
 しばらくして山嵐はまた起立した。「ただ今ちょっと失念して言い落おとしましたから、申します。当
夜の宿直員は宿直中外出して温泉に行かれたようであるが、あれはもっての外の事と考えます。いやしく
も自分が一校の留守番を引き受けながら、咎とがめる者のないのを幸さいわいに、場所もあろうに温泉な
どへ入湯にいくなどと云うのは大きな失体である。生徒は生徒として、この点については校長からとくに
責任者にご注意あらん事を希望します」
 妙な奴だ、ほめたと思ったら、あとからすぐ人の失策をあばいている。おれは何の気もなく、前の宿直
が出あるいた事を知って、そんな習慣だと思って、つい温泉まで行ってしまったんだが、なるほどそう云
われてみると、これはおれが悪るかった。攻撃こうげきされても仕方がない。そこでおれはまた起って「
私は正に宿直中に温泉に行きました。これは全くわるい。あやまります」と云って着席したら、一同がま
た笑い出した。おれが何か云いさえすれば笑う。つまらん奴等やつらだ。貴様等これほど自分のわるい事
を公けにわるかったと断言出来るか、出来ないから笑うんだろう。
 それから校長は、もう大抵ご意見もないようでありますから、よく考えた上で処分しましょうと云った
。ついでだからその結果を云うと、寄宿生は一週間の禁足になった上に、おれの前へ出て謝罪をした。謝
罪をしなければその時辞職して帰るところだったがなまじい、おれのいう通りになったのでとうとう大変
な事になってしまった。それはあとから話すが、校長はこの時会議の引き続きだと号してこんな事を云っ
た。生徒の風儀ふうぎは、教師の感化で正していかなくてはならん、その一着手として、教師はなるべく
飲食店などに出入しゅつにゅうしない事にしたい。もっとも送別会などの節は特別であるが、単独にあま
り上等でない場所へ行くのはよしたい――たとえば蕎麦屋そばやだの、団子屋だんごやだの――と云いか
けたらまた一同が笑った。野だが山嵐を見て天麩羅てんぷらと云って目くばせをしたが山嵐は取り合わな
かった。いい気味きびだ。
 おれは脳がわるいから、狸の云うことなんか、よく分らないが、蕎麦屋や団子屋へ行って、中学の教師
が勤まらなくっちゃ、おれみたような食い心棒しんぼうにゃ到底とうてい出来っ子ないと思った。それな
ら、それでいいから、初手から蕎麦と団子の嫌いなものと注文して雇やとうがいい。だんまりで辞令を下
げておいて、蕎麦を食うな、団子を食うなと罪なお布令ふれを出すのは、おれのような外に道楽のないも
のにとっては大変な打撃だ。すると赤シャツがまた口を出した。「元来中学の教師なぞは社会の上流にく
らいするものだからして、単に物質的の快楽ばかり求めるべきものでない。その方に耽ふけるとつい品性
にわるい影響えいきょうを及ぼすようになる。しかし人間だから、何か娯楽ごらくがないと、田舎いなか
へ来て狭せまい土地では到底暮くらせるものではない。それで釣つりに行くとか、文学書を読むとか、ま
たは新体詩や俳句を作るとか、何でも高尚こうしょうな精神的娯楽を求めなくってはいけない……」
 だまって聞いてると勝手な熱を吹く。沖おきへ行って肥料こやしを釣ったり、ゴルキが露西亜ロシアの
文学者だったり、馴染なじみの芸者が松まつの木の下に立ったり、古池へ蛙かわずが飛び込んだりするの
が精神的娯楽なら、天麩羅を食って団子を呑のみ込むのも精神的娯楽だ。そんな下さらない娯楽を授ける
より赤シャツの洗濯せんたくでもするがいい。あんまり腹が立ったから「マドンナに逢あうのも精神的娯
楽ですか」と聞いてやった。すると今度は誰も笑わない。妙な顔をして互たがいに眼と眼を見合せている

113 :山師さん:2016/05/18(水) 21:57:29.38 ID:4uTcWgUe
。赤シャツ自身は苦しそうに下を向いた。それ見ろ。利いたろう。ただ気の毒だったのはうらなり君で、
おれが、こう云ったら蒼い顔をますます蒼くした。



 おれは即夜そくや下宿を引き払はらった。宿へ帰って荷物をまとめていると、女房にょうぼうが何か不
都合ふつごうでもございましたか、お腹の立つ事があるなら、云いっておくれたら改めますと云う。どう
も驚おどろく。世の中にはどうして、こんな要領を得ない者ばかり揃そろってるんだろう。出てもらいた
いんだか、居てもらいたいんだか分わかりゃしない。まるで気狂きちがいだ。こんな者を相手に喧嘩けん
かをしたって江戸えどっ子の名折れだから、車屋をつれて来てさっさと出てきた。
 出た事は出たが、どこへ行くというあてもない。車屋が、どちらへ参りますと云うから、だまって尾つ
いて来い、今にわかる、と云って、すたすたやって来た。面倒めんどうだから山城屋へ行こうかとも考え
たが、また出なければならないから、つまり手数だ。こうして歩いてるうちには下宿とか、何とか看板の
あるうちを目付け出すだろう。そうしたら、そこが天意に叶かなったわが宿と云う事にしよう。とぐるぐ
る、閑静かんせいで住みよさそうな所をあるいているうち、とうとう鍛冶屋町かじやちょうへ出てしまっ
た。ここは士族屋敷やしきで下宿屋などのある町ではないから、もっと賑にぎやかな方へ引き返そうかと
も思ったが、ふといい事を考え付いた。おれが敬愛するうらなり君はこの町内に住んでいる。うらなり君
は土地の人で先祖代々の屋敷を控ひかえているくらいだから、この辺の事情には通じているに相違そうい
ない。あの人を尋たずねて聞いたら、よさそうな下宿を教えてくれるかも知れない。幸さいわい一度挨拶
あいさつに来て勝手は知ってるから、捜さがしてあるく面倒はない。ここだろうと、いい加減に見当をつ
けて、ご免めんご免と二返ばかり云うと、奥おくから五十ぐらいな年寄としよりが古風な紙燭しそくをつ
けて、出て来た。おれは若い女も嫌きらいではないが、年寄を見ると何だかなつかしい心持ちがする。大
方清きよがすきだから、その魂たましいが方々のお婆ばあさんに乗り移るんだろう。これは大方うらなり
君のおっ母かさんだろう。切り下げの品格のある婦人だが、よくうらなり君に似ている。まあお上がりと
云うところを、ちょっとお目にかかりたいからと、主人を玄関げんかんまで呼び出して実はこれこれだが
君どこか心当りはありませんかと尋ねてみた。うらなり先生それはさぞお困りでございましょう、としば
らく考えていたが、この裏町に萩野はぎのと云って老人夫婦ぎりで暮くらしているものがある、いつぞや
座敷ざしきを明けておいても無駄むだだから、たしかな人があるなら貸してもいいから周旋しゅうせんし
てくれと頼たのんだ事がある。今でも貸すかどうか分らんが、まあいっしょに行って聞いてみましょうと
、親切に連れて行ってくれた。
 その夜から萩野の家の下宿人となった。驚おどろいたのは、おれがいか銀の座敷を引き払うと、翌日あ
くるひから入れ違ちがいに野だが平気な顔をして、おれの居た部屋を占領せんりょうした事だ。さすがの
おれもこれにはあきれた。世の中はいかさま師ばかりで、お互たがいに乗せっこをしているのかも知れな
い。いやになった。
 世間がこんなものなら、おれも負けない気で、世間並せけんなみにしなくちゃ、遣やりきれない訳にな
る。巾着切きんちゃくきりの上前をはねなければ三度のご膳ぜんが戴いただけないと、事が極きまればこ
うして、生きてるのも考え物だ。と云ってぴんぴんした達者なからだで、首を縊くくっちゃ先祖へ済まな
い上に、外聞が悪い。考えると物理学校などへはいって、数学なんて役にも立たない芸を覚えるよりも、
六百円を資本もとでにして牛乳屋でも始めればよかった。そうすれば清もおれの傍そばを離はなれずに済
むし、おれも遠くから婆さんの事を心配しずに暮くらされる。いっしょに居るうちは、そうでもなかった
が、こうして田舎いなかへ来てみると清はやっぱり善人だ。あんな気立きだてのいい女は日本中さがして
歩いたってめったにはない。婆さん、おれの立つときに、少々風邪かぜを引いていたが今頃いまごろはど
うしてるか知らん。先だっての手紙を見たらさぞ喜んだろう。それにしても、もう返事がきそうなものだ
が――おれはこんな事ばかり考えて二三日暮していた。
 気になるから、宿のお婆さんに、東京から手紙は来ませんかと時々尋たずねてみるが、聞くたんびに何
にも参りませんと気の毒そうな顔をする。ここの夫婦はいか銀とは違って、もとが士族だけに双方そうほ

114 :山師さん:2016/05/18(水) 21:57:41.45 ID:4uTcWgUe
う共上品だ。爺じいさんが夜よるになると、変な声を出して謡うたいをうたうには閉口するが、いか銀の
ようにお茶を入れましょうと無暗むやみに出て来ないから大きに楽だ。お婆さんは時々部屋へ来ていろい
ろな話をする。どうして奥さんをお連れなさって、いっしょにお出いでなんだのぞなもしなどと質問をす
る。奥さんがあるように見えますかね。可哀想かわいそうにこれでもまだ二十四ですぜと云ったらそれで
も、あなた二十四で奥さんがおありなさるのは当り前ぞなもしと冒頭ぼうとうを置いて、どこの誰だれさ
んは二十でお嫁よめをお貰もらいたの、どこの何とかさんは二十二で子供を二人ふたりお持ちたのと、何
でも例を半ダースばかり挙げて反駁はんばくを試みたには恐おそれ入った。それじゃ僕ぼくも二十四でお
嫁をお貰いるけれ、世話をしておくれんかなと田舎言葉を真似まねて頼んでみたら、お婆さん正直に本当
かなもしと聞いた。
「本当の本当ほんまのって僕あ、嫁が貰いたくって仕方がないんだ」
「そうじゃろうがな、もし。若いうちは誰もそんなものじゃけれ」この挨拶あいさつには痛み入って返事
が出来なかった。
「しかし先生はもう、お嫁がおありなさるに極きまっとらい。私はちゃんと、もう、睨ねらんどるぞなも
し」
「へえ、活眼かつがんだね。どうして、睨らんどるんですか」
「どうしててて。東京から便りはないか、便りはないかてて、毎日便りを待ち焦こがれておいでるじゃな
いかなもし」
「こいつあ驚おどろいた。大変な活眼だ」
「中あたりましたろうがな、もし」
「そうですね。中ったかも知れませんよ」
「しかし今時の女子おなごは、昔むかしと違ちごうて油断が出来んけれ、お気をお付けたがええぞなもし

「何ですかい、僕の奥さんが東京で間男でもこしらえていますかい」
「いいえ、あなたの奥さんはたしかじゃけれど……」
「それで、やっと安心した。それじゃ何を気を付けるんですい」
「あなたのはたしか――あなたのはたしかじゃが――」
「どこに不たしかなのが居ますかね」
「ここ等らにも大分居おります。先生、あの遠山のお嬢じょうさんをご存知かなもし」
「いいえ、知りませんね」
「まだご存知ないかなもし。ここらであなた一番の別嬪べっぴんさんじゃがなもし。あまり別嬪さんじゃ
けれ、学校の先生方はみんなマドンナマドンナと言うといでるぞなもし。まだお聞きんのかなもし」
「うん、マドンナですか。僕あ芸者の名かと思った」
「いいえ、あなた。マドンナと云うと唐人とうじんの言葉で、別嬪さんの事じゃろうがなもし」
「そうかも知れないね。驚いた」
「大方画学の先生がお付けた名ぞなもし」
「野だがつけたんですかい」
「いいえ、あの吉川よしかわ先生がお付けたのじゃがなもし」
「そのマドンナが不たしかなんですかい」
「そのマドンナさんが不たしかなマドンナさんでな、もし」
「厄介やっかいだね。渾名あだなの付いてる女にゃ昔から碌ろくなものは居ませんからね。そうかも知れ
ませんよ」
「ほん当にそうじゃなもし。鬼神きじんのお松まつじゃの、妲妃だっきのお百じゃのてて怖こわい女が居
おりましたなもし」
「マドンナもその同類なんですかね」
「そのマドンナさんがなもし、あなた。そらあの、あなたをここへ世話をしておくれた古賀先生なもし―
―あの方の所へお嫁よめに行く約束やくそくが出来ていたのじゃがなもし――」
「へえ、不思議なもんですね。あのうらなり君が、そんな艶福えんぷくのある男とは思わなかった。人は
見懸みかけによらない者だな。ちっと気を付けよう」
「ところが、去年あすこのお父さんが、お亡くなりて、――それまではお金もあるし、銀行の株も持って
お出いでるし、万事都合つごうがよかったのじゃが――それからというものは、どういうものか急に暮し
向きが思わしくなくなって――つまり古賀さんがあまりお人が好過よすぎるけれ、お欺だまされたんぞな

115 :山師さん:2016/05/18(水) 21:57:53.42 ID:4uTcWgUe
もし。それや、これやでお輿入こしいれも延びているところへ、あの教頭さんがお出いでて、是非お嫁に
ほしいとお云いるのじゃがなもし」
「あの赤シャツがですか。ひどい奴やつだ。どうもあのシャツはただのシャツじゃないと思ってた。それ
から?」
「人を頼んで懸合かけおうておみると、遠山さんでも古賀さんに義理があるから、すぐには返事は出来か
ねて――まあよう考えてみようぐらいの挨拶をおしたのじゃがなもし。すると赤シャツさんが、手蔓てづ
るを求めて遠山さんの方へ出入でいりをおしるようになって、とうとうあなた、お嬢さんを手馴付てなづ
けておしまいたのじゃがなもし。赤シャツさんも赤シャツさんじゃが、お嬢さんもお嬢さんじゃてて、み
んなが悪わるく云いますのよ。いったん古賀さんへ嫁に行くてて承知をしときながら、今さら学士さんが
お出いでたけれ、その方に替かえよてて、それじゃ今日様こんにちさまへ済むまいがなもし、あなた」
「全く済まないね。今日様どころか明日様にも明後日様にも、いつまで行ったって済みっこありませんね

「それで古賀さんにお気の毒じゃてて、お友達の堀田ほったさんが教頭の所へ意見をしにお行きたら、赤
シャツさんが、あしは約束のあるものを横取りするつもりはない。破約になれば貰うかも知れんが、今の
ところは遠山家とただ交際をしているばかりじゃ、遠山家と交際をするには別段古賀さんに済まん事もな
かろうとお云いるけれ、堀田さんも仕方がなしにお戻もどりたそうな。赤シャツさんと堀田さんは、それ
以来折合おりあいがわるいという評判ぞなもし」
「よくいろいろな事を知ってますね。どうして、そんな詳くわしい事が分るんですか。感心しちまった」
「狭せまいけれ何でも分りますぞなもし」
 分り過ぎて困るくらいだ。この容子ようすじゃおれの天麩羅てんぷらや団子だんごの事も知ってるかも
知れない。厄介やっかいな所だ。しかしお蔭様かげさまでマドンナの意味もわかるし、山嵐と赤シャツの
関係もわかるし大いに後学になった。ただ困るのはどっちが悪る者だか判然しない。おれのような単純な
ものには白とか黒とか片づけてもらわないと、どっちへ味方をしていいか分らない。
「赤シャツと山嵐たあ、どっちがいい人ですかね」
「山嵐て何ぞなもし」
「山嵐というのは堀田の事ですよ」
「そりゃ強い事は堀田さんの方が強そうじゃけれど、しかし赤シャツさんは学士さんじゃけれ、働きはあ
る方かたぞな、もし。それから優しい事も赤シャツさんの方が優しいが、生徒の評判は堀田さんの方がえ
えというぞなもし」
「つまりどっちがいいんですかね」
「つまり月給の多い方が豪えらいのじゃろうがなもし」
 これじゃ聞いたって仕方がないから、やめにした。それから二三日して学校から帰るとお婆さんがにこ
にこして、へえお待遠さま。やっと参りました。と一本の手紙を持って来てゆっくりご覧と云って出て行
った。取り上げてみると清からの便りだ。符箋ふせんが二三枚まいついてるから、よく調べると、山城屋
から、いか銀の方へ廻まわして、いか銀から、萩野はぎのへ廻って来たのである。その上山城屋では一週
間ばかり逗留とうりゅうしている。宿屋だけに手紙まで泊とめるつもりなんだろう。開いてみると、非常
に長いもんだ。坊ぼっちゃんの手紙を頂いてから、すぐ返事をかこうと思ったが、あいにく風邪を引いて
一週間ばかり寝ねていたものだから、つい遅おそくなって済まない。その上今時のお嬢さんのように読み
書きが達者でないものだから、こんなまずい字でも、かくのによっぽど骨が折れる。甥おいに代筆を頼も
うと思ったが、せっかくあげるのに自分でかかなくっちゃ、坊っちゃんに済まないと思って、わざわざ下
したがきを一返して、それから清書をした。清書をするには二日で済んだが、下た書きをするには四日か
かった。読みにくいかも知れないが、これでも一生懸命いっしょうけんめいにかいたのだから、どうぞし
まいまで読んでくれ。という冒頭ぼうとうで四尺ばかり何やらかやら認したためてある。なるほど読みに
くい。字がまずいばかりではない、大抵たいてい平仮名だから、どこで切れて、どこで始まるのだか句読
くとうをつけるのによっぽど骨が折れる。おれは焦せっ勝かちな性分だから、こんな長くて、分りにくい
手紙は、五円やるから読んでくれと頼まれても断わるのだが、この時ばかりは真面目まじめになって、始
はじめから終しまいまで読み通した。読み通した事は事実だが、読む方に骨が折れて、意味がつながらな
いから、また頭から読み直してみた。部屋のなかは少し暗くなって、前の時より見にくく、なったから、

116 :山師さん:2016/05/18(水) 21:58:05.37 ID:4uTcWgUe
とうとう椽鼻えんばなへ出て腰こしをかけながら鄭寧ていねいに拝見した。すると初秋はつあきの風が芭
蕉ばしょうの葉を動かして、素肌すはだに吹ふきつけた帰りに、読みかけた手紙を庭の方へなびかしたか
ら、しまいぎわには四尺あまりの半切れがさらりさらりと鳴って、手を放すと、向むこうの生垣まで飛ん
で行きそうだ。おれはそんな事には構っていられない。坊っちゃんは竹を割ったような気性だが、ただ肝
癪かんしゃくが強過ぎてそれが心配になる。――ほかの人に無暗むやみに渾名あだななんか、つけるのは
人に恨うらまれるもとになるから、やたらに使っちゃいけない、もしつけたら、清だけに手紙で知らせろ
。――田舎者は人がわるいそうだから、気をつけてひどい目に遭あわないようにしろ。――気候だって東
京より不順に極ってるから、寝冷ねびえをして風邪を引いてはいけない。坊っちゃんの手紙はあまり短過
ぎて、容子がよくわからないから、この次にはせめてこの手紙の半分ぐらいの長さのを書いてくれ。――
宿屋へ茶代を五円やるのはいいが、あとで困りゃしないか、田舎へ行って頼たよりになるはお金ばかりだ
から、なるべく倹約けんやくして、万一の時に差支さしつかえないようにしなくっちゃいけない。――お
小遣こづかいがなくて困るかも知れないから、為替かわせで十円あげる。――先せんだって坊っちゃんか
らもらった五十円を、坊っちゃんが、東京へ帰って、うちを持つ時の足しにと思って、郵便局へ預けてお
いたが、この十円を引いてもまだ四十円あるから大丈夫だ。――なるほど女と云うものは細かいものだ。
 おれが椽鼻で清の手紙をひらつかせながら、考え込こんでいると、しきりの襖ふすまをあけて、萩野の
お婆さんが晩めしを持ってきた。まだ見てお出いでるのかなもし。えっぽど長いお手紙じゃなもし、と云
ったから、ええ大事な手紙だから風に吹かしては見、吹かしては見るんだと、自分でも要領を得ない返事
をして膳ぜんについた。見ると今夜も薩摩芋さつまいもの煮につけだ。ここのうちは、いか銀よりも鄭寧
ていねいで、親切で、しかも上品だが、惜おしい事に食い物がまずい。昨日も芋、一昨日おとといも芋で
今夜も芋だ。おれは芋は大好きだと明言したには相違ないが、こう立てつづけに芋を食わされては命がつ
づかない。うらなり君を笑うどころか、おれ自身が遠からぬうちに、芋のうらなり先生になっちまう。清
ならこんな時に、おれの好きな鮪まぐろのさし身か、蒲鉾かまぼこのつけ焼を食わせるんだが、貧乏びん
ぼう士族のけちん坊ぼうと来ちゃ仕方がない。どう考えても清といっしょでなくっちあ駄目だめだ。もし
あの学校に長くでも居る模様なら、東京から召よび寄よせてやろう。天麩羅蕎麦そばを食っちゃならない
、団子を食っちゃならない、それで下宿に居て芋ばかり食って黄色くなっていろなんて、教育者はつらい
ものだ。禅宗ぜんしゅう坊主だって、これよりは口に栄耀えようをさせているだろう。――おれは一皿の
芋を平げて、机の抽斗ひきだしから生卵を二つ出して、茶碗ちゃわんの縁ふちでたたき割って、ようやく
凌しのいだ。生卵ででも営養をとらなくっちあ一週二十一時間の授業が出来るものか。
 今日は清の手紙で湯に行く時間が遅くなった。しかし毎日行きつけたのを一日でも欠かすのは心持ちが
わるい。汽車にでも乗って出懸でかけようと、例の赤手拭あかてぬぐいをぶら下げて停車場ていしゃばま
で来ると二三分前に発車したばかりで、少々待たなければならぬ。ベンチへ腰を懸けて、敷島しきしまを
吹かしていると、偶然ぐうぜんにもうらなり君がやって来た。おれはさっきの話を聞いてから、うらなり
君がなおさら気の毒になった。平常ふだんから天地の間に居候いそうろうをしているように、小さく構え
ているのがいかにも憐あわれに見えたが、今夜は憐れどころの騒さわぎではない。出来るならば月給を倍
にして、遠山のお嬢さんと明日あしたから結婚けっこんさして、一ヶ月ばかり東京へでも遊びにやってや
りたい気がした矢先だから、やお湯ですか、さあ、こっちへお懸けなさいと威勢いせいよく席を譲ゆずる
と、うらなり君は恐おそれ入った体裁で、いえ構かもうておくれなさるな、と遠慮えんりょだか何だかや
っぱり立ってる。少し待たなくっちゃ出ません、草臥くたびれますからお懸けなさいとまた勧めてみた。
実はどうかして、そばへ懸けてもらいたかったくらいに気の毒でたまらない。それではお邪魔じゃまを致
いたしましょうとようやくおれの云う事を聞いてくれた。世の中には野だみたように生意気な、出ないで
済む所へ必ず顔を出す奴もいる。山嵐のようにおれが居なくっちゃ日本にっぽんが困るだろうと云うよう

117 :山師さん:2016/05/18(水) 21:58:17.43 ID:4uTcWgUe
な面を肩かたの上へ載のせてる奴もいる。そうかと思うと、赤シャツのようにコスメチックと色男の問屋
をもって自ら任じているのもある。教育が生きてフロックコートを着ればおれになるんだと云わぬばかり
の狸たぬきもいる。皆々みなみなそれ相応に威張ってるんだが、このうらなり先生のように在れどもなき
がごとく、人質に取られた人形のように大人おとなしくしているのは見た事がない。顔はふくれているが
、こんな結構な男を捨てて赤シャツに靡なびくなんて、マドンナもよっぼど気の知れないおきゃんだ。赤
シャツが何ダース寄ったって、これほど立派な旦那様だんなさまが出来るもんか。
「あなたはどっか悪いんじゃありませんか。大分たいぎそうに見えますが……」「いえ、別段これという
持病もないですが……」
「そりゃ結構です。からだが悪いと人間も駄目ですね」
「あなたは大分ご丈夫じょうぶのようですな」
「ええ瘠やせても病気はしません。病気なんてものあ大嫌いですから」
 うらなり君は、おれの言葉を聞いてにやにやと笑った。
 ところへ入口で若々しい女の笑声が聞きこえたから、何心なく振ふり返ってみるとえらい奴が来た。色
の白い、ハイカラ頭の、背の高い美人と、四十五六の奥さんとが並ならんで切符きっぷを売る窓の前に立
っている。おれは美人の形容などが出来る男でないから何にも云えないが全く美人に相違ない。何だか水
晶すいしょうの珠たまを香水こうすいで暖あっためて、掌てのひらへ握にぎってみたような心持ちがした
。年寄の方が背は低い。しかし顔はよく似ているから親子だろう。おれは、や、来たなと思う途端とたん
に、うらなり君の事は全然すっかり忘れて、若い女の方ばかり見ていた。すると、うらなり君が突然とつ
ぜんおれの隣となりから、立ち上がって、そろそろ女の方へ歩き出したんで、少し驚いた。マドンナじゃ
ないかと思った。三人は切符所の前で軽く挨拶している。遠いから何を云ってるのか分らない。
 停車場の時計を見るともう五分で発車だ。早く汽車がくればいいがなと、話し相手が居なくなったので
待ち遠しく思っていると、また一人あわてて場内へ馳かけ込こんで来たものがある。見れば赤シャツだ。
何だかべらべら然たる着物へ縮緬ちりめんの帯をだらしなく巻き付けて、例の通り金鎖きんぐさりをぶら
つかしている。あの金鎖りは贋物にせものである。赤シャツは誰だれも知るまいと思って、見せびらかし
ているが、おれはちゃんと知ってる。赤シャツは馳け込んだなり、何かきょろきょろしていたが、切符売
下所うりさげじょの前に話している三人へ慇懃いんぎんにお辞儀じぎをして、何か二こと、三こと、云っ
たと思ったら、急にこっちへ向いて、例のごとく猫足ねこあしにあるいて来て、や君も湯ですか、僕は乗
り後れやしないかと思って心配して急いで来たら、まだ三四分ある。あの時計はたしかかしらんと、自分
の金側きんがわを出して、二分ほどちがってると云いながら、おれの傍そばへ腰を卸おろした。女の方は
ちっとも見返らないで杖つえの上に顋あごをのせて、正面ばかり眺ながめている。年寄の婦人は時々赤シ
ャツを見るが、若い方は横を向いたままである。いよいよマドンナに違いない。
 やがて、ピューと汽笛きてきが鳴って、車がつく。待ち合せた連中はぞろぞろ吾われ勝がちに乗り込む
。赤シャツはいの一号に上等へ飛び込んだ。上等へ乗ったって威張れるどころではない、住田すみたまで
上等が五銭で下等が三銭だから、わずか二銭違いで上下の区別がつく。こういうおれでさえ上等を奮発ふ
んぱつして白切符を握にぎってるんでもわかる。もっとも田舎者はけちだから、たった二銭の出入でもす
こぶる苦になると見えて、大抵たいていは下等へ乗る。赤シャツのあとからマドンナとマドンナのお袋が
上等へはいり込んだ。うらなり君は活版で押おしたように下等ばかりへ乗る男だ。先生、下等の車室の入
口へ立って、何だか躊躇ちゅうちょの体ていであったが、おれの顔を見るや否や思いきって、飛び込んで
しまった。おれはこの時何となく気の毒でたまらなかったから、うらなり君のあとから、すぐ同じ車室へ
乗り込んだ。上等の切符で下等へ乗るに不都合はなかろう。
 温泉へ着いて、三階から、浴衣ゆかたのなりで湯壺ゆつぼへ下りてみたら、またうらなり君に逢った。
おれは会議や何かでいざと極まると、咽喉のどが塞ふさがって饒舌しゃべれない男だが、平常ふだんは随
分ずいぶん弁ずる方だから、いろいろ湯壺のなかでうらなり君に話しかけてみた。何だか憐れぽくってた
まらない。こんな時に一口でも先方の心を慰なぐさめてやるのは、江戸えどっ子の義務だと思ってる。と

118 :山師さん:2016/05/18(水) 21:58:29.53 ID:4uTcWgUe
ころがあいにくうらなり君の方では、うまい具合にこっちの調子に乗ってくれない。何を云っても、えと
かいえとかぎりで、しかもそのえといえが大分面倒めんどうらしいので、しまいにはとうとう切り上げて
、こっちからご免蒙めんこうむった。
 湯の中では赤シャツに逢わなかった。もっとも風呂ふろの数はたくさんあるのだから、同じ汽車で着い
ても、同じ湯壺で逢うとは極まっていない。別段不思議にも思わなかった。風呂を出てみるといい月だ。
町内の両側に柳やなぎが植うわって、柳の枝えだが丸まるい影を往来の中へ落おとしている。少し散歩で
もしよう。北へ登って町のはずれへ出ると、左に大きな門があって、門の突き当りがお寺で、左右が妓楼
ぎろうである。山門のなかに遊廓ゆうかくがあるなんて、前代未聞の現象だ。ちょっとはいってみたいが
、また狸から会議の時にやられるかも知れないから、やめて素通りにした。門の並びに黒い暖簾のれんを
かけた、小さな格子窓こうしまどの平屋はおれが団子を食って、しくじった所だ。丸提灯まるぢょうちん
に汁粉しるこ、お雑煮ぞうにとかいたのがぶらさがって、提灯の火が、軒端のきばに近い一本の柳の幹を
照らしている。食いたいなと思ったが我慢して通り過ぎた。
 食いたい団子の食えないのは情ない。しかし自分の許嫁いいなずけが他人に心を移したのは、なお情な
いだろう。うらなり君の事を思うと、団子は愚おろか、三日ぐらい断食だんじきしても不平はこぼせない
訳だ。本当に人間ほどあてにならないものはない。あの顔を見ると、どうしたって、そんな不人情な事を
しそうには思えないんだが――うつくしい人が不人情で、冬瓜とうがんの水膨みずぶくれのような古賀さ
んが善良な君子なのだから、油断が出来ない。淡泊たんぱくだと思った山嵐は生徒を煽動せんどうしたと
云うし。生徒を煽動したのかと思うと、生徒の処分を校長に逼せまるし。厭味いやみで練りかためたよう
な赤シャツが存外親切で、おれに余所よそながら注意をしてくれるかと思うと、マドンナを胡魔化ごまか
したり、胡魔化したのかと思うと、古賀の方が破談にならなければ結婚は望まないんだと云うし。いか銀
が難癖なんくせをつけて、おれを追い出すかと思うと、すぐ野だ公が入いれ替かわったり――どう考えて
もあてにならない。こんな事を清にかいてやったら定めて驚く事だろう。箱根はこねの向うだから化物ば
けものが寄り合ってるんだと云うかも知れない。
 おれは、性来しょうらい構わない性分だから、どんな事でも苦にしないで今日まで凌いで来たのだが、
ここへ来てからまだ一ヶ月立つか、立たないうちに、急に世のなかを物騒ぶっそうに思い出した。別段際
だった大事件にも出逢わないのに、もう五つ六つ年を取ったような気がする。早く切り上げて東京へ帰る
のが一番よかろう。などとそれからそれへ考えて、いつか石橋を渡わたって野芹川のぜりがわの堤どてへ
出た。川と云うとえらそうだが実は一間ぐらいな、ちょろちょろした流れで、土手に沿うて十二丁ほど下
ると相生村あいおいむらへ出る。村には観音様かんのんさまがある。
 温泉ゆの町を振り返ると、赤い灯が、月の光の中にかがやいている。太鼓たいこが鳴るのは遊廓に相違
ない。川の流れは浅いけれども早いから、神経質の水のようにやたらに光る。ぶらぶら土手の上をあるき
ながら、約三丁も来たと思ったら、向うに人影ひとかげが見え出した。月に透すかしてみると影は二つあ
る。温泉ゆへ来て村へ帰る若い衆しゅかも知れない。それにしては唄うたもうたわない。存外静かだ。
 だんだん歩いて行くと、おれの方が早足だと見えて、二つの影法師が、次第に大きくなる。一人は女ら
しい。おれの足音を聞きつけて、十間ぐらいの距離きょりに逼った時、男がたちまち振り向いた。月は後
うしろからさしている。その時おれは男の様子を見て、はてなと思った。男と女はまた元の通りにあるき
出した。おれは考えがあるから、急に全速力で追っ懸かけた。先方は何の気もつかずに最初の通り、ゆる
ゆる歩を移している。今は話し声も手に取るように聞える。土手の幅は六尺ぐらいだから、並んで行けば
三人がようやくだ。おれは苦もなく後ろから追い付いて、男の袖そでを擦すり抜ぬけざま、二足前へ出し
た踵くびすをぐるりと返して男の顔を覗のぞき込こんだ。月は正面からおれの五分刈がりの頭から顋の辺
あたりまで、会釈えしゃくもなく照てらす。男はあっと小声に云ったが、急に横を向いて、もう帰ろうと
女を促うながすが早いか、温泉ゆの町の方へ引き返した。
 赤シャツは図太くて胡魔化すつもりか、気が弱くて名乗り損そくなったのかしら。ところが狭くて困っ

119 :山師さん:2016/05/18(水) 21:58:41.43 ID:4uTcWgUe
てるのは、おればかりではなかった。



 赤シャツに勧められて釣つりに行った帰りから、山嵐やまあらしを疑ぐり出した。無い事を種に下宿を
出ろと云われた時は、いよいよ不埒ふらちな奴やつだと思った。ところが会議の席では案に相違そういし
て滔々とうとうと生徒厳罰論げんばつろんを述べたから、おや変だなと首を捩ひねった。萩野はぎのの婆
ばあさんから、山嵐が、うらなり君のために赤シャツと談判をしたと聞いた時は、それは感心だと手を拍
うった。この様子ではわる者は山嵐じゃあるまい、赤シャツの方が曲ってるんで、好加減いいかげんな邪
推じゃすいを実まことしやかに、しかも遠廻とおまわしに、おれの頭の中へ浸しみ込こましたのではある
まいかと迷ってる矢先へ、野芹川のぜりがわの土手で、マドンナを連れて散歩なんかしている姿を見たか
ら、それ以来赤シャツは曲者くせものだと極きめてしまった。曲者だか何だかよくは分わからないが、と
もかくも善いい男じゃない。表と裏とは違ちがった男だ。人間は竹のように真直まっすぐでなくっちゃ頼
たのもしくない。真直なものは喧嘩けんかをしても心持ちがいい。赤シャツのようなやさしいのと、親切
なのと、高尚こうしょうなのと、琥珀こはくのパイプとを自慢じまんそうに見せびらかすのは油断が出来
ない、めったに喧嘩も出来ないと思った。喧嘩をしても、回向院えこういんの相撲すもうのような心持ち
のいい喧嘩は出来ないと思った。そうなると一銭五厘の出入でいりで控所ひかえじょ全体を驚おどろかし
た議論の相手の山嵐の方がはるかに人間らしい。会議の時に金壺眼かなつぼまなこをぐりつかせて、おれ
を睨にらめた時は憎にくい奴だと思ったが、あとで考えると、それも赤シャツのねちねちした猫撫声ねこ
なでごえよりはましだ。実はあの会議が済んだあとで、よっぽど仲直りをしようかと思って、一こと二こ
と話しかけてみたが、野郎やろう返事もしないで、まだ眼めを剥むくってみせたから、こっちも腹が立っ
てそのままにしておいた。
 それ以来山嵐はおれと口を利かない。机の上へ返した一銭五厘はいまだに机の上に乗っている。ほこり
だらけになって乗っている。おれは無論手が出せない、山嵐は決して持って帰らない。この一銭五厘が二
人の間の墻壁しょうへきになって、おれは話そうと思っても話せない、山嵐は頑がんとして黙だまってる
。おれと山嵐には一銭五厘が祟たたった。しまいには学校へ出て一銭五厘を見るのが苦になった。
 山嵐とおれが絶交の姿となったに引き易かえて、赤シャツとおれは依然いぜんとして在来の関係を保っ
て、交際をつづけている。野芹川で逢あった翌日などは、学校へ出ると第一番におれの傍そばへ来て、君
今度の下宿はいいですかのまたいっしょに露西亜ロシア文学を釣つりに行こうじゃないかのといろいろな
事を話しかけた。おれは少々憎にくらしかったから、昨夜ゆうべは二返逢いましたねと云いったら、ええ
停車場ていしゃばで――君はいつでもあの時分出掛でかけるのですか、遅いじゃないかと云う。野芹川の
土手でもお目に懸かかりましたねと喰くらわしてやったら、いいえ僕ぼくはあっちへは行かない、湯には
いって、すぐ帰ったと答えた。何もそんなに隠かくさないでもよかろう、現に逢ってるんだ。よく嘘うそ
をつく男だ。これで中学の教頭が勤まるなら、おれなんか大学総長がつとまる。おれはこの時からいよい
よ赤シャツを信用しなくなった。信用しない赤シャツとは口をきいて、感心している山嵐とは話をしない
。世の中は随分妙ずいぶんみょうなものだ。
 ある日の事赤シャツがちょっと君に話があるから、僕のうちまで来てくれと云うから、惜おしいと思っ
たが温泉行きを欠勤して四時頃ごろ出掛けて行った。赤シャツは一人ものだが、教頭だけに下宿はとくの
昔むかしに引き払はらって立派な玄関げんかんを構えている。家賃は九円五拾銭じっせんだそうだ。田舎
いなかへ来て九円五拾銭払えばこんな家へはいれるなら、おれも一つ奮発ふんぱつして、東京から清を呼
び寄せて喜ばしてやろうと思ったくらいな玄関だ。頼むと云ったら、赤シャツの弟が取次とりつぎに出て
来た。この弟は学校で、おれに代数と算術を教わる至って出来のわるい子だ。その癖渡くせわたりものだ
から、生れ付いての田舎者よりも人が悪わるい。
 赤シャツに逢って用事を聞いてみると、大将例の琥珀のパイプで、きな臭くさい烟草たばこをふかしな
がら、こんな事を云った。「君が来てくれてから、前任者の時代よりも成績せいせきがよくあがって、校
長も大いにいい人を得たと喜んでいるので――どうか学校でも信頼しんらいしているのだから、そのつも

120 :山師さん:2016/05/18(水) 21:58:53.44 ID:4uTcWgUe
りで勉強していただきたい」
「へえ、そうですか、勉強って今より勉強は出来ませんが――」
「今のくらいで充分じゅうぶんです。ただ先だってお話しした事ですね、あれを忘れずにいて下さればい
いのです」
「下宿の世話なんかするものあ剣呑けんのんだという事ですか」
「そう露骨ろこつに云うと、意味もない事になるが――まあ善いさ――精神は君にもよく通じている事と
思うから。そこで君が今のように出精しゅっせいして下されば、学校の方でも、ちゃんと見ているんだか
ら、もう少しして都合つごうさえつけば、待遇たいぐうの事も多少はどうにかなるだろうと思うんですが
ね」
「へえ、俸給ほうきゅうですか。俸給なんかどうでもいいんですが、上がれば上がった方がいいですね」
「それで幸い今度転任者が一人出来るから――もっとも校長に相談してみないと無論受け合えない事だが
――その俸給から少しは融通ゆうずうが出来るかも知れないから、それで都合をつけるように校長に話し
てみようと思うんですがね」
「どうも難有ありがとう。だれが転任するんですか」
「もう発表になるから話しても差し支つかえないでしょう。実は古賀君です」
「古賀さんは、だってここの人じゃありませんか」
「ここの地じの人ですが、少し都合があって――半分は当人の希望です」
「どこへ行ゆくんです」
「日向ひゅうがの延岡のべおかで――土地が土地だから一級俸上あがって行く事になりました」
「誰だれか代りが来るんですか」
「代りも大抵たいてい極まってるんです。その代りの具合で君の待遇上の都合もつくんです」
「はあ、結構です。しかし無理に上がらないでも構いません」
「とも角も僕は校長に話すつもりです。それで校長も同意見らしいが、追っては君にもっと働いて頂いた
だかなくってはならんようになるかも知れないから、どうか今からそのつもりで覚悟かくごをしてやって
もらいたいですね」
「今より時間でも増すんですか」
「いいえ、時間は今より減るかも知れませんが――」
「時間が減って、もっと働くんですか、妙だな」
「ちょっと聞くと妙だが、――判然とは今言いにくいが――まあつまり、君にもっと重大な責任を持って
もらうかも知れないという意味なんです」
 おれには一向分らない。今より重大な責任と云えば、数学の主任だろうが、主任は山嵐だから、やっこ
さんなかなか辞職する気遣きづかいはない。それに、生徒の人望があるから転任や免職めんしょくは学校
の得策であるまい。赤シャツの談話はいつでも要領を得ない。要領を得なくっても用事はこれで済んだ。
それから少し雑談をしているうちに、うらなり君の送別会をやる事や、ついてはおれが酒を飲むかと云う
問や、うらなり先生は君子で愛すべき人だと云う事や――赤シャツはいろいろ弁じた。しまいに話をかえ
て君俳句をやりますかと来たから、こいつは大変だと思って、俳句はやりません、さようならと、そこそ
こに帰って来た。発句ほっくは芭蕉ばしょうか髪結床かみいどこの親方のやるもんだ。数学の先生が朝顔
やに釣瓶つるべをとられてたまるものか。
 帰ってうんと考え込んだ。世間には随分気の知れない男が居る。家屋敷はもちろん、勤める学校に不足
のない故郷がいやになったからと云って、知らぬ他国へ苦労を求めに出る。それも花の都の電車が通かよ
ってる所なら、まだしもだが、日向の延岡とは何の事だ。おれは船つきのいいここへ来てさえ、一ヶ月立
たないうちにもう帰りたくなった。延岡と云えば山の中も山の中も大変な山の中だ。赤シャツの云うとこ
ろによると船から上がって、一日いちんち馬車へ乗って、宮崎へ行って、宮崎からまた一日いちんち車へ
乗らなくっては着けないそうだ。名前を聞いてさえ、開けた所とは思えない。猿さると人とが半々に住ん
でるような気がする。いかに聖人のうらなり君だって、好んで猿の相手になりたくもないだろうに、何と
いう物数奇ものずきだ。
 ところへあいかわらず婆ばあさんが夕食ゆうめしを運んで出る。今日もまた芋いもですかいと聞いてみ
たら、いえ今日はお豆腐とうふぞなもしと云った。どっちにしたって似たものだ。
「お婆さん古賀さんは日向へ行くそうですね」
「ほん当にお気の毒じゃな、もし」
「お気の毒だって、好んで行くんなら仕方がないですね」

121 :山師さん:2016/05/18(水) 21:59:05.41 ID:4uTcWgUe
「好んで行くて、誰がぞなもし」
「誰がぞなもしって、当人がさ。古賀先生が物数奇に行くんじゃありませんか」
「そりゃあなた、大違いの勘五郎かんごろうぞなもし」
「勘五郎かね。だって今赤シャツがそう云いましたぜ。それが勘五郎なら赤シャツは嘘つきの法螺右衛門
ほらえもんだ」
「教頭さんが、そうお云いるのはもっともじゃが、古賀さんのお往いきともないのももっともぞなもし」
「そんなら両方もっともなんですね。お婆さんは公平でいい。一体どういう訳なんですい」
「今朝古賀のお母さんが見えて、だんだん訳をお話したがなもし」
「どんな訳をお話したんです」
「あそこもお父さんがお亡くなりてから、あたし達が思うほど暮くらし向むきが豊かになうてお困りじゃ
けれ、お母さんが校長さんにお頼みて、もう四年も勤めているものじゃけれ、どうぞ毎月頂くものを、今
少しふやしておくれんかてて、あなた」
「なるほど」
「校長さんが、ようまあ考えてみとこうとお云いたげな。それでお母さんも安心して、今に増給のご沙汰
さたがあろぞ、今月か来月かと首を長くして待っておいでたところへ、校長さんがちょっと来てくれと古
賀さんにお云いるけれ、行ってみると、気の毒だが学校は金が足りんけれ、月給を上げる訳にゆかん。し
かし延岡になら空いた口があって、そっちなら毎月五円余分にとれるから、お望み通りでよかろうと思う
て、その手続きにしたから行くがええと云われたげな。――」
「じゃ相談じゃない、命令じゃありませんか」
「さよよ。古賀さんはよそへ行って月給が増すより、元のままでもええから、ここに居おりたい。屋敷も
あるし、母もあるからとお頼みたけれども、もうそう極めたあとで、古賀さんの代りは出来ているけれ仕
方がないと校長がお云いたげな」
「へん人を馬鹿ばかにしてら、面白おもしろくもない。じゃ古賀さんは行く気はないんですね。どうれで
変だと思った。五円ぐらい上がったって、あんな山の中へ猿のお相手をしに行く唐変木とうへんぼくはま
ずないからね」
「唐変木て、先生なんぞなもし」
「何でもいいでさあ、――全く赤シャツの作略さりゃくだね。よくない仕打しうちだ。まるで欺撃だまし
うちですね。それでおれの月給を上げるなんて、不都合ふつごうな事があるものか。上げてやるったって
、誰が上がってやるものか」
「先生は月給がお上りるのかなもし」
「上げてやるって云うから、断ことわろうと思うんです」
「何で、お断わりるのぞなもし」
「何でもお断わりだ。お婆さん、あの赤シャツは馬鹿ですぜ。卑怯ひきょうでさあ」
「卑怯でもあんた、月給を上げておくれたら、大人おとなしく頂いておく方が得ぞなもし。若いうちはよ
く腹の立つものじゃが、年をとってから考えると、も少しの我慢がまんじゃあったのに惜しい事をした。
腹立てたためにこないな損をしたと悔くやむのが当り前じゃけれ、お婆の言う事をきいて、赤シャツさん
が月給をあげてやろとお言いたら、難有ありがとうと受けておおきなさいや」
「年寄としよりの癖に余計な世話を焼かなくってもいい。おれの月給は上がろうと下がろうとおれの月給
だ」
 婆さんはだまって引き込んだ。爺じいさんは呑気のんきな声を出して謡うたいをうたってる。謡という
ものは読んでわかる所を、やにむずかしい節をつけて、わざと分らなくする術だろう。あんな者を毎晩飽
あきずに唸うなる爺さんの気が知れない。おれは謡どころの騒さわぎじゃない。月給を上げてやろうと云
うから、別段欲しくもなかったが、入らない金を余しておくのももったいないと思って、よろしいと承知
したのだが、転任したくないものを無理に転任させてその男の月給の上前を跳はねるなんて不人情な事が
出来るものか。当人がもとの通りでいいと云うのに延岡下くんだりまで落ちさせるとは一体どう云う了見
りょうけんだろう。太宰権帥だざいごんのそつでさえ博多はかた近辺で落ちついたものだ。河合又五郎か
あいまたごろうだって相良さがらでとまってるじゃないか。とにかく赤シャツの所へ行って断わって来な
くっちあ気が済まない。
 小倉こくらの袴はかまをつけてまた出掛けた。大きな玄関へ突つっ立って頼むと云うと、また例の弟が
取次に出て来た。おれの顔を見てまた来たかという眼付めつきをした。用があれば二度だって三度だって
来る。よる夜なかだって叩たたき起おこさないとは限らない。教頭の所へご機嫌伺きげんうかがいにくる

122 :山師さん:2016/05/18(水) 21:59:17.53 ID:4uTcWgUe
ようなおれと見損みそくなってるか。これでも月給が入らないから返しに来きたんだ。すると弟が今来客
中だと云うから、玄関でいいからちょっとお目にかかりたいと云ったら奥おくへ引き込んだ。足元を見る
と、畳付たたみつきの薄っぺらな、のめりの駒下駄こまげたがある。奥でもう万歳ばんざいですよと云う
声が聞きこえる。お客とは野だだなと気がついた。野だでなくては、あんな黄色い声を出して、こんな芸
人じみた下駄を穿はくものはない。
 しばらくすると、赤シャツがランプを持って玄関まで出て来て、まあ上がりたまえ、外の人じゃない吉
川君だ、と云うから、いえここでたくさんです。ちょっと話せばいいんです、と云って、赤シャツの顔を
見ると金時のようだ。野だ公と一杯いっぱい飲んでると見える。
「さっき僕の月給を上げてやるというお話でしたが、少し考えが変ったから断わりに来たんです」
 赤シャツはランプを前へ出して、奥の方からおれの顔を眺ながめたが、とっさの場合返事をしかねて茫
然ぼうぜんとしている。増給を断わる奴が世の中にたった一人飛び出して来たのを不審ふしんに思ったの
か、断わるにしても、今帰ったばかりで、すぐ出直してこなくってもよさそうなものだと、呆あきれ返っ
たのか、または双方合併そうほうがっぺいしたのか、妙な口をして突っ立ったままである。
「あの時承知したのは、古賀君が自分の希望で転任するという話でしたからで……」
「古賀君は全く自分の希望で半ば転任するんです」
「そうじゃないんです、ここに居たいんです。元の月給でもいいから、郷里に居たいのです」
「君は古賀君から、そう聞いたのですか」
「そりゃ当人から、聞いたんじゃありません」
「じゃ誰からお聞きです」
「僕の下宿の婆さんが、古賀さんのおっ母かさんから聞いたのを今日僕に話したのです」
「じゃ、下宿の婆さんがそう云ったのですね」
「まあそうです」
「それは失礼ながら少し違うでしょう。あなたのおっしゃる通りだと、下宿屋の婆さんの云う事は信ずる
が、教頭の云う事は信じないと云うように聞えるが、そういう意味に解釈して差支さしつかえないでしょ
うか」
 おれはちょっと困った。文学士なんてものはやっぱりえらいものだ。妙な所へこだわって、ねちねち押
おし寄せてくる。おれはよく親父おやじから貴様はそそっかしくて駄目だめだ駄目だと云われたが、なる
ほど少々そそっかしいようだ。婆さんの話を聞いてはっと思って飛び出して来たが、実はうらなり君にも
うらなりのおっ母さんにも逢って詳くわしい事情は聞いてみなかったのだ。だからこう文学士流に斬きり
付けられると、ちょっと受け留めにくい。
 正面からは受け留めにくいが、おれはもう赤シャツに対して不信任を心の中うちで申し渡してしまった
。下宿の婆さんもけちん坊ぼうの欲張り屋に相違ないが、嘘は吐つかない女だ、赤シャツのように裏表は
ない。おれは仕方がないから、こう答えた。
「あなたの云う事は本当かも知れないですが――とにかく増給はご免蒙めんこうむります」
「それはますます可笑おかしい。今君がわざわざお出いでになったのは増俸を受けるには忍しのびない、
理由を見出したからのように聞えたが、その理由が僕の説明で取り去られたにもかかわらず増俸を否まれ
るのは少し解しかねるようですね」
「解しかねるかも知れませんがね。とにかく断わりますよ」
「そんなに否いやなら強いてとまでは云いませんが、そう二三時間のうちに、特別の理由もないのに豹変
ひょうへんしちゃ、将来君の信用にかかわる」
「かかわっても構わないです」
「そんな事はないはずです、人間に信用ほど大切なものはありませんよ。よしんば今一歩譲ゆずって、下
宿の主人が……」
「主人じゃない、婆さんです」
「どちらでもよろしい。下宿の婆さんが君に話した事を事実としたところで、君の増給は古賀君の所得を
削けずって得たものではないでしょう。古賀君は延岡へ行かれる。その代りがくる。その代りが古賀君よ
りも多少低給で来てくれる。その剰余じょうよを君に廻まわすと云うのだから、君は誰にも気の毒がる必
要はないはずです。古賀君は延岡でただ今よりも栄進される。新任者は最初からの約束やくそくで安くく
る。それで君が上がられれば、これほど都合つごうのいい事はないと思うですがね。いやなら否いやでも
いいが、もう一返うちでよく考えてみませんか」
 おれの頭はあまりえらくないのだから、いつもなら、相手がこういう巧妙こうみょうな弁舌を揮ふるえ

123 :山師さん:2016/05/18(水) 21:59:29.49 ID:4uTcWgUe
ば、おやそうかな、それじゃ、おれが間違ってたと恐おそれ入って引きさがるのだけれども、今夜はそう
は行かない。ここへ来た最初から赤シャツは何だか虫が好かなかった。途中とちゅうで親切な女みたよう
な男だと思い返した事はあるが、それが親切でも何でもなさそうなので、反動の結果今じゃよっぽど厭い
やになっている。だから先がどれほどうまく論理的に弁論を逞たくましくしようとも、堂々たる教頭流に
おれを遣り込めようとも、そんな事は構わない。議論のいい人が善人とはきまらない。遣り込められる方
が悪人とは限らない。表向きは赤シャツの方が重々もっともだが、表向きがいくら立派だって、腹の中ま
で惚ほれさせる訳には行かない。金や威力いりょくや理屈りくつで人間の心が買える者なら、高利貸でも
巡査じゅんさでも大学教授でも一番人に好かれなくてはならない。中学の教頭ぐらいな論法でおれの心が
どう動くものか。人間は好き嫌いで働くものだ。論法で働くものじゃない。
「あなたの云う事はもっともですが、僕は増給がいやになったんですから、まあ断わります。考えたって
同じ事です。さようなら」と云いすてて門を出た。頭の上には天の川が一筋かかっている。



 うらなり君の送別会のあるという日の朝、学校へ出たら、山嵐やまあらしが突然とつぜん、君先だって
はいか銀が来て、君が乱暴して困るから、どうか出るように話してくれと頼たのんだから、真面目まじめ
に受けて、君に出てやれと話したのだが、あとから聞いてみると、あいつは悪わるい奴やつで、よく偽筆
ぎひつへ贋落款にせらっかんなどを押おして売りつけるそうだから、全く君の事も出鱈目でたらめに違ち
がいない。君に懸物かけものや骨董こっとうを売りつけて、商売にしようと思ってたところが、君が取り
合わないで儲もうけがないものだから、あんな作りごとをこしらえて胡魔化ごまかしたのだ。僕はあの人
物を知らなかったので君に大変失敬した勘弁かんべんしたまえと長々しい謝罪をした。
 おれは何とも云わずに、山嵐の机の上にあった、一銭五厘りんをとって、おれの蝦蟇口がまぐちのなか
へ入れた。山嵐は君それを引き込こめるのかと不審ふしんそうに聞くから、うんおれは君に奢おごられる
のが、いやだったから、是非返すつもりでいたが、その後だんだん考えてみると、やっぱり奢ってもらう
方がいいようだから、引き込ますんだと説明した。山嵐は大きな声をしてアハハハと笑いながら、そんな
ら、なぜ早く取らなかったのだと聞いた。実は取ろう取ろうと思ってたが、何だか妙みょうだからそのま
まにしておいた。近来は学校へ来て一銭五厘を見るのが苦になるくらいいやだったと云ったら、君はよっ
ぽど負け惜おしみの強い男だと云うから、君はよっぽど剛情張ごうじょうっぱりだと答えてやった。それ
から二人の間にこんな問答が起おこった。
「君は一体どこの産だ」
「おれは江戸えどっ子だ」
「うん、江戸っ子か、道理で負け惜しみが強いと思った」
「きみはどこだ」
「僕は会津あいづだ」
「会津っぽか、強情な訳だ。今日の送別会へ行くのかい」
「行くとも、君は?」
「おれは無論行くんだ。古賀さんが立つ時は、浜はままで見送りに行こうと思ってるくらいだ」
「送別会は面白いぜ、出て見たまえ。今日は大いに飲むつもりだ」
「勝手に飲むがいい。おれは肴さかなを食ったら、すぐ帰る。酒なんか飲む奴は馬鹿ばかだ」
「君はすぐ喧嘩けんかを吹ふき懸かける男だ。なるほど江戸っ子の軽跳けいちょうな風を、よく、あらわ
してる」
「何でもいい、送別会へ行く前にちょっとおれのうちへお寄り、話はなしがあるから」

 山嵐は約束やくそく通りおれの下宿へ寄った。おれはこの間から、うらなり君の顔を見る度に気の毒で
たまらなかったが、いよいよ送別の今日となったら、何だか憐あわれっぽくって、出来る事なら、おれが
代りに行ってやりたい様な気がしだした。それで送別会の席上で、大いに演説でもしてその行を盛さかん
にしてやりたいと思うのだが、おれのべらんめえ調子じゃ、到底とうてい物にならないから、大きな声を
出す山嵐を雇やとって、一番赤シャツの荒肝あらぎもを挫ひしいでやろうと考え付いたから、わざわざ山
嵐を呼んだのである。
 おれはまず冒頭ぼうとうとしてマドンナ事件から説き出したが、山嵐は無論マドンナ事件はおれより詳
くわしく知っている。おれが野芹川のぜりがわの土手の話をして、あれは馬鹿野郎ばかやろうだと云った

124 :山師さん:2016/05/18(水) 21:59:41.53 ID:4uTcWgUe
ら、山嵐は君はだれを捕つらまえても馬鹿呼よばわりをする。今日学校で自分の事を馬鹿と云ったじゃな
いか。自分が馬鹿なら、赤シャツは馬鹿じゃない。自分は赤シャツの同類じゃないと主張した。それじゃ
赤シャツは腑抜ふぬけの呆助ほうすけだと云ったら、そうかもしれないと山嵐は大いに賛成した。山嵐は
強い事は強いが、こんな言葉になると、おれより遥はるかに字を知っていない。会津っぽなんてものはみ
んな、こんな、ものなんだろう。
 それから増給事件と将来重く登用すると赤シャツが云った話をしたら山嵐はふふんと鼻から声を出して
、それじゃ僕を免職めんしょくする考えだなと云った。免職するつもりだって、君は免職になる気かと聞
いたら、誰だれがなるものか、自分が免職になるなら、赤シャツもいっしょに免職させてやると大いに威
張いばった。どうしていっしょに免職させる気かと押し返して尋たずねたら、そこはまだ考えていないと
答えた。山嵐は強そうだが、智慧ちえはあまりなさそうだ。おれが増給を断ことわったと話したら、大将
大きに喜んでさすが江戸っ子だ、えらいと賞ほめてくれた。
 うらなりが、そんなに厭いやがっているなら、なぜ留任の運動をしてやらなかったと聞いてみたら、う
らなりから話を聞いた時は、既すでにきまってしまって、校長へ二度、赤シャツへ一度行って談判してみ
たが、どうする事も出来なかったと話した。それについても古賀があまり好人物過ぎるから困る。赤シャ
ツから話があった時、断然断わるか、一応考えてみますと逃にげればいいのに、あの弁舌に胡魔化されて
、即席そくせきに許諾きょだくしたものだから、あとからお母っかさんが泣きついても、自分が談判に行
っても役に立たなかったと非常に残念がった。
 今度の事件は全く赤シャツが、うらなりを遠ざけて、マドンナを手に入れる策略なんだろうとおれが云
ったら、無論そうに違いない。あいつは大人おとなしい顔をして、悪事を働いて、人が何か云うと、ちゃ
んと逃道にげみちを拵こしらえて待ってるんだから、よっぽど奸物かんぶつだ。あんな奴にかかっては鉄
拳制裁てっけんせいさいでなくっちゃ利かないと、瘤こぶだらけの腕うでをまくってみせた。おれはつい
でだから、君の腕は強そうだな柔術じゅうじゅつでもやるかと聞いてみた。すると大将二の腕へ力瘤を入
れて、ちょっと攫つかんでみろと云うから、指の先で揉もんでみたら、何の事はない湯屋にある軽石の様
なものだ。
 おれはあまり感心したから、君そのくらいの腕なら、赤シャツの五人や六人は一度に張り飛ばされるだ
ろうと聞いたら、無論さと云いながら、曲げた腕を伸のばしたり、縮ましたりすると、力瘤がぐるりぐる
りと皮のなかで廻転かいてんする。すこぶる愉快ゆかいだ。山嵐の証明する所によると、かんじん綯より
を二本より合せて、この力瘤の出る所へ巻きつけて、うんと腕を曲げると、ぷつりと切れるそうだ。かん
じんよりなら、おれにも出来そうだと云ったら、出来るものか、出来るならやってみろと来た。切れない
と外聞がわるいから、おれは見合せた。
 君どうだ、今夜の送別会に大いに飲んだあと、赤シャツと野だを撲なぐってやらないかと面白半分に勧
めてみたら、山嵐はそうだなと考えていたが、今夜はまあよそうと云った。なぜと聞くと、今夜は古賀に
気の毒だから――それにどうせ撲るくらいなら、あいつらの悪るい所を見届けて現場で撲らなくっちゃ、
こっちの落度になるからと、分別のありそうな事を附加つけたした。山嵐でもおれよりは考えがあると見
える。
 じゃ演説をして古賀君を大いにほめてやれ、おれがすると江戸っ子のぺらぺらになって重みがなくてい
けない。そうして、きまった所へ出ると、急に溜飲りゅういんが起って咽喉のどの所へ、大きな丸たまが
上がって来て言葉が出ないから、君に譲ゆずるからと云ったら、妙な病気だな、じゃ君は人中じゃ口は利
けないんだね、困るだろう、と聞くから、何そんなに困りゃしないと答えておいた。
 そうこうするうち時間が来たから、山嵐と一所に会場へ行く。会場は花晨亭かしんていといって、当地
ここで第一等の料理屋だそうだが、おれは一度も足を入れた事がない。もとの家老とかの屋敷やしきを買
い入れて、そのまま開業したという話だが、なるほど見懸みかけからして厳いかめしい構えだ。家老の屋
敷が料理屋になるのは、陣羽織じんばおりを縫ぬい直して、胴着どうぎにする様なものだ。
 二人が着いた頃ころには、人数にんずももう大概たいがい揃そろって、五十畳じょうの広間に二つ三つ
人間の塊かたまりが出来ている。五十畳だけに床とこは素敵に大きい。おれが山城屋で占領せんりょうし

125 :山師さん:2016/05/18(水) 21:59:53.65 ID:4uTcWgUe
た十五畳敷の床とは比較にならない。尺を取ってみたら二間あった。右の方に、赤い模様のある瀬戸物の
瓶かめを据すえて、その中に松まつの大きな枝えだが挿さしてある。松の枝を挿して何にする気か知らな
いが、何ヶ月立っても散る気遣いがないから、銭が懸らなくって、よかろう。あの瀬戸物はどこで出来る
んだと博物の教師に聞いたら、あれは瀬戸物じゃありません、伊万里いまりですと云った。伊万里だって
瀬戸物じゃないかと、云ったら、博物はえへへへへと笑っていた。あとで聞いてみたら、瀬戸で出来る焼
物だから、瀬戸と云うのだそうだ。おれは江戸っ子だから、陶器とうきの事を瀬戸物というのかと思って
いた。床の真中に大きな懸物があって、おれの顔くらいな大きさな字が二十八字かいてある。どうも下手
へたなものだ。あんまり不味まずいから、漢学の先生に、なぜあんなまずいものを麗々れいれいと懸けて
おくんですと尋たずねたところ、先生はあれは海屋かいおくといって有名な書家のかいた者だと教えてく
れた。海屋だか何だか、おれは今だに下手だと思っている。
 やがて書記の川村がどうかお着席をと云うから、柱があって靠よりかかるのに都合のいい所へ坐すわっ
た。海屋の懸物の前に狸たぬきが羽織はおり、袴はかまで着席すると、左に赤シャツが同じく羽織袴で陣
取じんどった。右の方は主人公だというのでうらなり先生、これも日本服で控ひかえている。おれは洋服
だから、かしこまるのが窮屈きゅうくつだったから、すぐ胡坐あぐらをかいた。隣となりの体操たいそう
教師は黒ずぼんで、ちゃんとかしこまっている。体操の教師だけにいやに修行が積んでいる。やがてお膳
ぜんが出る。徳利とくりが並ならぶ。幹事が立って、一言いちごん開会の辞を述べる。それから狸が立つ
。赤シャツが起たつ。ことごとく送別の辞を述べたが、三人共申し合せたようにうらなり君の、良教師で
好人物な事を吹聴ふいちょうして、今回去られるのはまことに残念である、学校としてのみならず、個人
として大いに惜しむところであるが、ご一身上のご都合で、切に転任をご希望になったのだから致いたし
方かたがないという意味を述べた。こんな嘘うそをついて送別会を開いて、それでちっとも恥はずかしい
とも思っていない。ことに赤シャツに至って三人のうちで一番うらなり君をほめた。この良友を失うのは
実に自分にとって大なる不幸であるとまで云った。しかもそのいい方がいかにも、もっともらしくって、
例のやさしい声を一層やさしくして、述べ立てるのだから、始めて聞いたものは、誰でもきっとだまされ
るに極きまってる。マドンナも大方この手で引掛ひっかけたんだろう。赤シャツが送別の辞を述べ立てて
いる最中、向側むかいがわに坐っていた山嵐がおれの顔を見てちょっと稲光いなびかりをさした。おれは
返電として、人指し指でべっかんこうをして見せた。
 赤シャツが座に復するのを待ちかねて、山嵐がぬっと立ち上がったから、おれは嬉うれしかったので、
思わず手をぱちぱちと拍うった。すると狸を始め一同がことごとくおれの方を見たには少々困った。山嵐
は何を云うかと思うとただ今校長始めことに教頭は古賀君の転任を非常に残念がられたが、私は少々反対
で古賀君が一日いちじつも早く当地を去られるのを希望しております。延岡は僻遠へきえんの地で、当地
に比べたら物質上の不便はあるだろう。が、聞くところによれば風俗のすこぶる淳朴じゅんぼくな所で、
職員生徒ことごとく上代樸直じょうだいぼくちょくの気風を帯びているそうである。心にもないお世辞を
振ふり蒔まいたり、美しい顔をして君子を陥おとしいれたりするハイカラ野郎は一人もないと信ずるから
して、君のごとき温良篤厚とっこうの士は必ずその地方一般の歓迎かんげいを受けられるに相違そういな
い。吾輩わがはいは大いに古賀君のためにこの転任を祝するのである。終りに臨んで君が延岡に赴任ふに
んされたら、その地の淑女しゅくじょにして、君子の好逑こうきゅうとなるべき資格あるものを択えらん
で一日いちじつも早く円満なる家庭をかたち作って、かの不貞無節なるお転婆てんばを事実の上において
慚死ざんしせしめん事を希望します。えへんえへんと二つばかり大きな咳払せきばらいをして席に着いた
。おれは今度も手を叩たたこうと思ったが、またみんながおれの面かおを見るといやだから、やめにして
おいた。山嵐が坐ると今度はうらなり先生が起った。先生はご鄭寧ていねいに、自席から、座敷の端はし
の末座まで行って、慇懃いんぎんに一同に挨拶あいさつをした上、今般は一身上の都合で九州へ参る事に

126 :山師さん:2016/05/18(水) 22:00:05.59 ID:4uTcWgUe
なりましたについて、諸先生方が小生のためにこの盛大せいだいなる送別会をお開き下さったのは、まこ
とに感銘かんめいの至りに堪たえぬ次第で――ことにただ今は校長、教頭その他諸君の送別の辞を頂戴ち
ょうだいして、大いに難有ありがたく服膺ふくようする訳であります。私はこれから遠方へ参りますが、
なにとぞ従前の通りお見捨てなくご愛顧あいこのほどを願います。とへえつく張って席に戻もどった。う
らなり君はどこまで人が好いんだか、ほとんど底が知れない。自分がこんなに馬鹿にされている校長や、
教頭に恭うやうやしくお礼を云っている。それも義理一遍いっぺんの挨拶ならだが、あの様子や、あの言
葉つきや、あの顔つきから云うと、心しんから感謝しているらしい。こんな聖人に真面目にお礼を云われ
たら、気の毒になって、赤面しそうなものだが狸も赤シャツも真面目に謹聴きんちょうしているばかりだ

 挨拶が済んだら、あちらでもチュー、こちらでもチュー、という音がする。おれも真似をして汁しるを
飲んでみたがまずいもんだ。口取くちとりに蒲鉾かまぼこはついてるが、どす黒くて竹輪の出来損できそ
こないである。刺身さしみも並んでるが、厚くって鮪まぐろの切り身を生で食うと同じ事だ。それでも隣
となり近所の連中はむしゃむしゃ旨うまそうに食っている。大方江戸前の料理を食った事がないんだろう

 そのうち燗徳利かんどくりが頻繁ひんぱんに往来し始めたら、四方が急に賑にぎやかになった。野だ公
は恭しく校長の前へ出て盃さかずきを頂いてる。いやな奴だ。うらなり君は順々に献酬けんしゅうをして
、一巡周いちじゅんめぐるつもりとみえる。はなはだご苦労である。うらなり君がおれの前へ来て、一つ
頂戴致しましょうと袴のひだを正して申し込まれたから、おれも窮屈にズボンのままかしこまって、一盃
ぱい差し上げた。せっかく参って、すぐお別れになるのは残念ですね。ご出立しゅったつはいつです、是
非浜までお見送りをしましょうと云ったら、うらなり君はいえご用多おおのところ決してそれには及およ
びませんと答えた。うらなり君が何と云ったって、おれは学校を休んで送る気でいる。
 それから一時間ほどするうちに席上は大分乱れて来る。まあ一杯ぱい、おや僕が飲めと云うのに……な
どと呂律ろれつの巡まわりかねるのも一人二人ひとりふたり出来て来た。少々退屈たいくつしたから便所
へ行って、昔風な庭を星明りにすかして眺ながめていると山嵐が来た。どうださっきの演説はうまかった
ろう。と大分得意である。大賛成だが一ヶ所気に入らないと抗議こうぎを申し込んだら、どこが不賛成だ
と聞いた。
「美しい顔をして人を陥れるようなハイカラ野郎は延岡に居おらないから……と君は云ったろう」
「うん」
「ハイカラ野郎だけでは不足だよ」

「じゃ何と云うんだ」
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被ねこっかぶりの、香具師やしの、モモンガーの、岡
っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云うがいい」
「おれには、そう舌は廻らない。君は能弁だ。第一単語を大変たくさん知ってる。それで演舌えんぜつが
出来ないのは不思議だ」
「なにこれは喧嘩けんかのときに使おうと思って、用心のために取っておく言葉さ。演舌となっちゃ、こ
うは出ない」
「そうかな、しかしぺらぺら出るぜ。もう一遍やって見たまえ」
「何遍でもやるさいいか。――ハイカラ野郎のペテン師の、イカサマ師の……」と云いかけていると、椽
側えんがわをどたばた云わして、二人ばかり、よろよろしながら馳かけ出して来た。
「両君そりゃひどい、――逃げるなんて、――僕が居るうちは決して逃にがさない、さあのみたまえ。―
―いかさま師?――面白い、いかさま面白い。――さあ飲みたまえ」
とおれと山嵐をぐいぐい引っ張って行く。実はこの両人共便所に来たのだが、酔よってるもんだから、便
所へはいるのを忘れて、おれ等を引っ張るのだろう。酔っ払いは目の中あたる所へ用事を拵えて、前の事
はすぐ忘れてしまうんだろう。
「さあ、諸君、いかさま師を引っ張って来た。さあ飲ましてくれたまえ。いかさま師をうんと云うほど、
酔わしてくれたまえ。君逃げちゃいかん」
と逃げもせぬ、おれを壁際かべぎわへ圧おし付けた。諸方を見廻してみると、膳の上に満足な肴の乗って
いるのは一つもない。自分の分を奇麗きれいに食い尽つくして、五六間先へ遠征えんせいに出た奴もいる
。校長はいつ帰ったか姿が見えない。
 ところへお座敷はこちら? と芸者が三四人はいって来た。おれも少し驚おどろいたが、壁際へ圧し付

127 :山師さん:2016/05/18(水) 22:00:17.53 ID:4uTcWgUe
けられているんだから、じっとしてただ見ていた。すると今まで床柱とこばしらへもたれて例の琥珀こは
くのパイプを自慢じまんそうに啣くわえていた、赤シャツが急に起たって、座敷を出にかかった。向むこ
うからはいって来た芸者の一人が、行き違いながら、笑って挨拶をした。その一人は一番若くて一番奇麗
な奴だ。遠くで聞きこえなかったが、おや今晩はぐらい云ったらしい。赤シャツは知らん顔をして出て行
ったぎり、顔を出さなかった。大方校長のあとを追懸おいかけて帰ったんだろう。
 芸者が来たら座敷中急に陽気になって、一同が鬨ときの声を揚あげて歓迎かんげいしたのかと思うくら
い、騒々そうぞうしい。そうしてある奴はなんこを攫つかむ。その声の大きな事、まるで居合抜いあいぬ
きの稽古けいこのようだ。こっちでは拳けんを打ってる。よっ、はっ、と夢中むちゅうで両手を振るとこ
ろは、ダーク一座の操人形あやつりにんぎょうよりよっぽど上手じょうずだ。向うの隅すみではおいお酌
しゃくだ、と徳利を振ってみて、酒だ酒だと言い直している。どうもやかましくて騒々しくってたまらな
い。そのうちで手持無沙汰てもちぶさたに下を向いて考え込んでるのはうらなり君ばかりである。自分の
ために送別会を開いてくれたのは、自分の転任を惜おしんでくれるんじゃない。みんなが酒を呑のんで遊
ぶためだ。自分独りが手持無沙汰で苦しむためだ。こんな送別会なら、開いてもらわない方がよっぽどま
しだ。
 しばらくしたら、めいめい胴間声どうまごえを出して何か唄うたい始めた。おれの前へ来た一人の芸者
が、あんた、なんぞ、唄いなはれ、と三味線を抱かかえたから、おれは唄わない、貴様唄ってみろと云っ
たら、金かねや太鼓たいこでねえ、迷子の迷子の三太郎と、どんどこ、どんのちゃんちきりん。叩いて廻
って逢あわれるものならば、わたしなんぞも、金や太鼓でどんどこ、どんのちゃんちきりんと叩いて廻っ
て逢いたい人がある、と二た息にうたって、おおしんどと云った。おおしんどなら、もっと楽なものをや
ればいいのに。
 すると、いつの間にか傍そばへ来て坐った、野だが、鈴ちゃん逢いたい人に逢ったと思ったら、すぐお
帰りで、お気の毒さまみたようでげすと相変らず噺はなし家みたような言葉使いをする。知りまへんと芸
者はつんと済ました。野だは頓着とんじゃくなく、たまたま逢いは逢いながら……と、いやな声を出して
義太夫ぎだゆうの真似まねをやる。おきなはれやと芸者は平手で野だの膝ひざを叩いたら野だは恐悦きょ
うえつして笑ってる。この芸者は赤シャツに挨拶をした奴だ。芸者に叩かれて笑うなんて、野だもおめで
たい者だ。鈴ちゃん僕が紀伊きの国を踴おどるから、一つ弾ひいて頂戴と云い出した。野だはこの上まだ
踴る気でいる。
 向うの方で漢学のお爺じいさんが歯のない口を歪ゆがめて、そりゃ聞えません伝兵衛でんべいさん、お
前とわたしのその中は……とまでは無事に済すましたが、それから? と芸者に聞いている。爺さんなん
て物覚えのわるいものだ。一人が博物を捕つらまえて近頃ちかごろこないなのが、でけましたぜ、弾いて
みまほうか。よう聞いて、いなはれや――花月巻かげつまき、白いリボンのハイカラ頭、乗るは自転車、
弾くはヴァイオリン、半可はんかの英語でぺらぺらと、I am glad to see you と
唄うと、博物はなるほど面白い、英語入りだねと感心している。
 山嵐は馬鹿に大きな声を出して、芸者、芸者と呼んで、おれが剣舞けんぶをやるから、三味線を弾けと
号令を下した。芸者はあまり乱暴な声なので、あっけに取られて返事もしない。山嵐は委細構わず、ステ
ッキを持って来て、踏破千山万岳烟ふみやぶるせんざんばんがくのけむりと真中まんなかへ出て独りで隠
かくし芸を演じている。ところへ野だがすでに紀伊きの国を済まして、かっぽれを済まして、棚たなの達
磨だるまさんを済して丸裸まるはだかの越中褌えっちゅうふんどし一つになって、棕梠箒しゅろぼうきを
小脇に抱かい込んで、日清談判破裂はれつして……と座敷中練りあるき出した。まるで気違きちがいだ。
 おれはさっきから苦しそうに袴も脱ぬがず控えているうらなり君が気の毒でたまらなかったが、なんぼ
自分の送別会だって、越中褌の裸踴はだかおどりまで羽織袴で我慢がまんしてみている必要はあるまいと
思ったから、そばへ行って、古賀さんもう帰りましょうと退去を勧めてみた。するとうらなり君は今日は
私の送別会だから、私が先へ帰っては失礼です、どうぞご遠慮えんりょなくと動く景色もない。なに構う
もんですか、送別会なら、送別会らしくするがいいです、あの様をご覧なさい。気狂会きちがいかいです

128 :山師さん:2016/05/18(水) 22:00:29.61 ID:4uTcWgUe
。さあ行きましょうと、進まないのを無理に勧めて、座敷を出かかるところへ、野だが箒を振り振り進行
して来て、やご主人が先へ帰るとはひどい。日清談判だ。帰せないと箒を横にして行く手を塞ふさいだ。
おれはさっきから肝癪かんしゃくが起っているところだから、日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろうと
、いきなり拳骨げんこつで、野だの頭をぽかりと喰くわしてやった。野だは二三秒の間毒気を抜かれた体
ていで、ぼんやりしていたが、おやこれはひどい。お撲ぶちになったのは情ない。この吉川をご打擲ちょ
うちゃくとは恐れ入った。いよいよもって日清談判だ。とわからぬ事をならべているところへ、うしろか
ら山嵐が何か騒動そうどうが始まったと見てとって、剣舞をやめて、飛んできたが、このていたらくを見
て、いきなり頸筋くびすじをうんと攫つかんで引き戻もどした。日清……いたい。いたい。どうもこれは
乱暴だと振りもがくところを横に捩ねじったら、すとんと倒たおれた。あとはどうなったか知らない。途
中とちゅうでうらなり君に別れて、うちへ帰ったら十一時過ぎだった。



 祝勝会で学校はお休みだ。練兵場れんぺいばで式があるというので、狸たぬきは生徒を引率して参列し
なくてはならない。おれも職員の一人ひとりとしていっしょにくっついて行くんだ。町へ出ると日の丸だ
らけで、まぼしいくらいである。学校の生徒は八百人もあるのだから、体操の教師が隊伍たいごを整えて
、一組一組の間を少しずつ明けて、それへ職員が一人か二人ふたりずつ監督かんとくとして割り込こむ仕
掛しかけである。仕掛しかけだけはすこぶる巧妙こうみょうなものだが、実際はすこぶる不手際である。
生徒は小供こどもの上に、生意気で、規律を破らなくっては生徒の体面にかかわると思ってる奴等やつら
だから、職員が幾人いくたりついて行ったって何の役に立つもんか。命令も下さないのに勝手な軍歌をう
たったり、軍歌をやめるとワーと訳もないのに鬨ときの声を揚あげたり、まるで浪人ろうにんが町内をね
りあるいてるようなものだ。軍歌も鬨の声も揚げない時はがやがや何か喋舌しゃべってる。喋舌らないで
も歩けそうなもんだが、日本人はみな口から先へ生れるのだから、いくら小言を云いったって聞きっこな
い。喋舌るのもただ喋舌るのではない、教師のわる口を喋舌るんだから、下等だ。おれは宿直事件で生徒
を謝罪さして、まあこれならよかろうと思っていた。ところが実際は大違おおちがいである。下宿の婆ば
あさんの言葉を借りて云えば、正に大違いの勘五郎かんごろうである。生徒があやまったのは心しんから
後悔こうかいしてあやまったのではない。ただ校長から、命令されて、形式的に頭を下げたのである。商
人が頭ばかり下げて、狡ずるい事をやめないのと一般で生徒も謝罪だけはするが、いたずらは決してやめ
るものでない。よく考えてみると世の中はみんなこの生徒のようなものから成立しているかも知れない。
人があやまったり詫わびたりするのを、真面目まじめに受けて勘弁するのは正直過ぎる馬鹿ばかと云うん
だろう。あやまるのも仮りにあやまるので、勘弁するのも仮りに勘弁するのだと思ってれば差さし支つか
えない。もし本当にあやまらせる気なら、本当に後悔するまで叩たたきつけなくてはいけない。
 おれが組と組の間にはいって行くと、天麩羅てんぷらだの、団子だんごだの、と云う声が絶えずする。
しかも大勢だから、誰だれが云うのだか分らない。よし分ってもおれの事を天麩羅と云ったんじゃありま
せん、団子と申したのじゃありません、それは先生が神経衰弱しんけいすいじゃくだから、ひがんで、そ
う聞くんだぐらい云うに極きまってる。こんな卑劣ひれつな根性は封建時代から、養成したこの土地の習
慣なんだから、いくら云って聞かしたって、教えてやったって、到底とうてい直りっこない。こんな土地
に一年も居ると、潔白なおれも、この真似まねをしなければならなく、なるかも知れない。向むこうでう
まく言い抜ぬけられるような手段で、おれの顔を汚よごすのを抛ほうっておく、樗蒲一ちょぼいちはない
。向こうが人ならおれも人だ。生徒だって、子供だって、ずう体はおれより大きいや。だから刑罰けいば
つとして何か返報をしてやらなくっては義理がわるい。ところがこっちから返報をする時分に尋常じんじ
ょうの手段で行くと、向うから逆捩さかねじを食わして来る。貴様がわるいからだと云うと、初手から逃
にげ路みちが作ってある事だから滔々とうとうと弁じ立てる。弁じ立てておいて、自分の方を表向きだけ
立派にしてそれからこっちの非を攻撃こうげきする。もともと返報にした事だから、こちらの弁護は向う

129 :山師さん:2016/05/18(水) 22:00:41.62 ID:4uTcWgUe
の非が挙がらない上は弁護にならない。つまりは向うから手を出しておいて、世間体はこっちが仕掛けた
喧嘩けんかのように、見傚みなされてしまう。大変な不利益だ。それなら向うのやるなり、愚迂多良童子
ぐうたらどうじを極め込んでいれば、向うはますます増長するばかり、大きく云えば世の中のためになら
ない。そこで仕方がないから、こっちも向うの筆法を用いて捕つらまえられないで、手の付けようのない
返報をしなくてはならなくなる。そうなっては江戸えどっ子も駄目だめだ。駄目だが一年もこうやられる
以上は、おれも人間だから駄目でも何でもそうならなくっちゃ始末がつかない。どうしても早く東京へ帰
って清きよといっしょになるに限る。こんな田舎いなかに居るのは堕落だらくしに来ているようなものだ
。新聞配達をしたって、ここまで堕落するよりはましだ。
 こう考えて、いやいや、附ついてくると、何だか先鋒せんぽうが急にがやがや騒さわぎ出した。同時に
列はぴたりと留まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、大手町おおてまちを突つき当って薬
師町やくしまちへ曲がる角の所で、行き詰づまったぎり、押おし返したり、押し返されたりして揉もみ合
っている。前方から静かに静かにと声を涸からして来た体操教師に何ですと聞くと、曲り角で中学校と師
範しはん学校が衝突しょうとつしたんだと云う。
 中学と師範とはどこの県下でも犬と猿さるのように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで
気風が合わない。何かあると喧嘩をする。大方狭せまい田舎で退屈たいくつだから、暇潰ひまつぶしにや
る仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に馳かけ出して行った。する
と前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖くせに、引き込めと、怒鳴どなってる。後ろからは押せ
押せと大きな声を出す。おれは邪魔じゃまになる生徒の間をくぐり抜けて、曲がり角へもう少しで出よう
とした時に、前へ! と云う高く鋭するどい号令が聞きこえたと思ったら師範学校の方は粛粛しゅくしゅ
くとして行進を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには相違そういないが、つまり中学校が一歩を
譲ゆずったのである。資格から云うと師範学校の方が上だそうだ。
 祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む、参列者が万歳ばん
ざいを唱える。それでおしまいだ。余興は午後にあると云う話だから、ひとまず下宿へ帰って、こないだ
じゅうから、気に掛かかっていた、清への返事をかきかけた。今度はもっと詳くわしく書いてくれとの注
文だから、なるべく念入ねんいりに認したためなくっちゃならない。しかしいざとなって、半切はんきれ
を取り上げると、書く事はたくさんあるが、何から書き出していいか、わからない。あれにしようか、あ
れは面倒臭めんどうくさい。これにしようか、これはつまらない。何か、すらすらと出て、骨が折れなく
って、そうして清が面白がるようなものはないかしらん、と考えてみると、そんな注文通りの事件は一つ
もなさそうだ。おれは墨すみを磨すって、筆をしめして、巻紙を睨にらめて、――巻紙を睨めて、筆をし
めして、墨を磨って――同じ所作を同じように何返も繰くり返したあと、おれには、とても手紙は書ける
ものではないと、諦あきらめて硯すずりの蓋ふたをしてしまった。手紙なんぞをかくのは面倒臭い。やっ
ぱり東京まで出掛けて行って、逢あって話をするのが簡便だ。清の心配は察しないでもないが、清の注文
通りの手紙を書くのは三七日の断食だんじきよりも苦しい。
 おれは筆と巻紙を抛ほうり出して、ごろりと転がって肱枕ひじまくらをして庭にわの方を眺ながめてみ
たが、やっぱり清の事が気にかかる。その時おれはこう思った。こうして遠くへ来てまで、清の身の上を
案じていてやりさえすれば、おれの真心まことは清に通じるに違いない。通じさえすれば手紙なんぞやる
必要はない。やらなければ無事で暮くらしてると思ってるだろう。たよりは死んだ時か病気の時か、何か
事の起った時にやりさえすればいい訳だ。
 庭は十坪とつぼほどの平庭で、これという植木もない。ただ一本の蜜柑みかんがあって、塀へいのそと
から、目標めじるしになるほど高い。おれはうちへ帰ると、いつでもこの蜜柑を眺める。東京を出た事の
ないものには蜜柑の生なっているところはすこぶる珍めずらしいものだ。あの青い実がだんだん熟してき
て、黄色になるんだろうが、定めて奇麗きれいだろう。今でももう半分色の変ったのがある。婆ばあさん
に聞いてみると、すこぶる水気の多い、旨うまい蜜柑だそうだ。今に熟うれたら、たんと召めし上がれと

130 :山師さん:2016/05/18(水) 22:00:53.55 ID:4uTcWgUe
云ったから、毎日少しずつ食ってやろう。もう三週間もしたら、充分じゅうぶん食えるだろう。まさか三
週間以内にここを去る事もなかろう。
 おれが蜜柑の事を考えているところへ、偶然ぐうぜん山嵐やまあらしが話しにやって来た。今日は祝勝
会だから、君といっしょにご馳走ちそうを食おうと思って牛肉を買って来たと、竹の皮の包つつみを袂た
もとから引きずり出して、座敷ざしきの真中まんなかへ抛り出した。おれは下宿で芋責いもぜめ豆腐責に
なってる上、蕎麦そば屋行き、団子だんご屋行きを禁じられてる際だから、そいつは結構だと、すぐ婆さ
んから鍋なべと砂糖をかり込んで、煮方にかたに取りかかった。
 山嵐は無暗むやみに牛肉を頬張ほおばりながら、君あの赤シャツが芸者に馴染なじみのある事を知って
るかと聞くから、知ってるとも、この間うらなりの送別会の時に来た一人がそうだろうと云ったら、そう
だ僕ぼくはこの頃ごろようやく勘づいたのに、君はなかなか敏捷びんしょうだと大いにほめた。
「あいつは、ふた言目には品性だの、精神的娯楽ごらくだのと云う癖くせに、裏へ廻まわって、芸者と関
係なんかつけとる、怪けしからん奴やつだ。それもほかの人が遊ぶのを寛容かんようするならいいが、君
が蕎麦屋へ行ったり、団子屋へはいるのさえ取締上とりしまりじょう害になると云って、校長の口を通し
て注意を加えたじゃないか」
「うん、あの野郎の考えじゃ芸者買は精神的娯楽で、天麩羅や、団子は物理的娯楽なんだろう。精神的娯
楽なら、もっと大べらにやるがいい。何だあの様ざまは。馴染の芸者がはいってくると、入れ代りに席を
はずして、逃げるなんて、どこまでも人を胡魔化ごまかす気だから気に食わない。そうして人が攻撃こう
げきすると、僕は知らないとか、露西亜ロシア文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとか云って、人を烟
けむに捲まくつもりなんだ。あんな弱虫は男じゃないよ。全く御殿女中ごてんじょちゅうの生れ変りか何
かだぜ。ことによると、あいつのおやじは湯島のかげまかもしれない」
「湯島のかげまた何だ」
「何でも男らしくないもんだろう。――君そこのところはまだ煮えていないぜ。そんなのを食うと絛虫さ
なだむしが湧わくぜ」
「そうか、大抵たいてい大丈夫だいじょうぶだろう。それで赤シャツは人に隠かくれて、温泉ゆの町の角
屋かどやへ行って、芸者と会見するそうだ」
「角屋って、あの宿屋か」
「宿屋兼料理屋さ。だからあいつを一番へこますためには、あいつが芸者をつれて、あすこへはいり込む
ところを見届けておいて面詰めんきつするんだね」
「見届けるって、夜番よばんでもするのかい」
「うん、角屋の前に枡屋ますやという宿屋があるだろう。あの表二階をかりて、障子しょうじへ穴をあけ
て、見ているのさ」
「見ているときに来るかい」
「来るだろう。どうせひと晩じゃいけない。二週間ばかりやるつもりでなくっちゃ」
「随分ずいぶん疲れるぜ。僕あ、おやじの死ぬとき一週間ばかり徹夜てつやして看病した事があるが、あ
とでぼんやりして、大いに弱った事がある」
「少しぐらい身体が疲れたって構わんさ。あんな奸物かんぶつをあのままにしておくと、日本のためにな
らないから、僕が天に代って誅戮ちゅうりくを加えるんだ」
「愉快ゆかいだ。そう事が極まれば、おれも加勢してやる。それで今夜から夜番をやるのかい」
「まだ枡屋に懸合かけあってないから、今夜は駄目だ」
「それじゃ、いつから始めるつもりだい」
「近々のうちやるさ。いずれ君に報知をするから、そうしたら、加勢してくれたまえ」
「よろしい、いつでも加勢する。僕ぼくは計略はかりごとは下手へただが、喧嘩とくるとこれでなかなか
すばしこいぜ」
 おれと山嵐がしきりに赤シャツ退治の計略はかりごとを相談していると、宿の婆さんが出て来て、学校
の生徒さんが一人、堀田ほった先生にお目にかかりたいててお出いでたぞなもし。今お宅へ参じたのじゃ
が、お留守るすじゃけれ、大方ここじゃろうてて捜さがし当ててお出でたのじゃがなもしと、閾しきいの
所へ膝ひざを突ついて山嵐の返事を待ってる。山嵐はそうですかと玄関げんかんまで出て行ったが、やが
て帰って来て、君、生徒が祝勝会の余興を見に行かないかって誘さそいに来たんだ。今日は高知こうちか
ら、何とか踴おどりをしに、わざわざここまで多人数たにんず乗り込んで来ているのだから、是非見物し
ろ、めったに見られない踴おどりだというんだ、君もいっしょに行ってみたまえと山嵐は大いに乗り気で
、おれに同行を勧める。おれは踴なら東京でたくさん見ている。毎年八幡様はちまんさまのお祭りには屋

131 :山師さん:2016/05/18(水) 22:01:05.75 ID:4uTcWgUe
台が町内へ廻ってくるんだから汐酌しおくみでも何でもちゃんと心得ている。土佐っぽの馬鹿踴なんか、
見たくもないと思ったけれども、せっかく山嵐が勧めるもんだから、つい行く気になって門へ出た。山嵐
を誘いに来たものは誰かと思ったら赤シャツの弟だ。妙みょうな奴やつが来たもんだ。
 会場へはいると、回向院えこういんの相撲すもうか本門寺ほんもんじの御会式おえしきのように幾旒い
くながれとなく長い旗を所々に植え付けた上に、世界万国の国旗をことごとく借りて来たくらい、縄なわ
から縄、綱つなから綱へ渡わたしかけて、大きな空が、いつになく賑にぎやかに見える。東の隅すみに一
夜作りの舞台ぶたいを設けて、ここでいわゆる高知の何とか踴りをやるんだそうだ。舞台を右へ半町ばか
りくると葭簀よしずの囲いをして、活花いけばなが陳列ちんれつしてある。みんなが感心して眺めている
が、一向くだらないものだ。あんなに草や竹を曲げて嬉うれしがるなら、背虫の色男や、跛びっこの亭主
ていしゅを持って自慢じまんするがよかろう。
 舞台とは反対の方面で、しきりに花火を揚げる。花火の中から風船が出た。帝国万歳ていこくばんざい
とかいてある。天主の松の上をふわふわ飛んで営所のなかへ落ちた。次はぽんと音がして、黒い団子が、
しょっと秋の空を射抜いぬくように揚あがると、それがおれの頭の上で、ぽかりと割れて、青い烟けむり
が傘かさの骨のように開いて、だらだらと空中に流れ込んだ。風船がまた上がった。今度は陸海軍万歳と
赤地に白く染め抜いた奴が風に揺られて、温泉ゆの町から、相生村あいおいむらの方へ飛んでいった。大
方観音様の境内けいだいへでも落ちたろう。
 式の時はさほどでもなかったが、今度は大変な人出だ。田舎にもこんなに人間が住んでるかと驚おどろ
いたぐらいうじゃうじゃしている。利口りこうな顔はあまり見当らないが、数から云うとたしかに馬鹿に
出来ない。そのうち評判の高知の何とか踴が始まった。踴というから藤間か何ぞのやる踴りかと早合点し
ていたが、これは大間違いであった。
 いかめしい後鉢巻うしろはちまきをして、立たっ付つけ袴ばかまを穿はいた男が十人ばかりずつ、舞台
の上に三列に並ならんで、その三十人がことごとく抜き身を携さげているには魂消たまげた。前列と後列
の間はわずか一尺五寸ぐらいだろう、左右の間隔かんかくはそれより短いとも長くはない。たった一人列
を離はなれて舞台の端はしに立ってるのがあるばかりだ。この仲間外はずれの男は袴だけはつけているが
、後鉢巻は倹約して、抜身の代りに、胸へ太鼓たいこを懸かけている。太鼓は太神楽だいかぐらの太鼓と
同じ物だ。この男がやがて、いやあ、はああと呑気のんきな声を出して、妙な謡うたをうたいながら、太
鼓をぼこぼん、ぼこぼんと叩たたく。歌の調子は前代未聞の不思議なものだ。三河万歳みかわまんざいと
普陀洛ふだらくやの合併がっぺいしたものと思えば大した間違いにはならない。
 歌はすこぶる悠長ゆうちょうなもので、夏分の水飴みずあめのように、だらしがないが、句切りをとる
ためにぼこぼんを入れるから、のべつのようでも拍子ひょうしは取れる。この拍子に応じて三十人の抜き
身がぴかぴかと光るのだが、これはまたすこぶる迅速じんそくなお手際で、拝見していても冷々ひやひや
する。隣となりも後ろも一尺五寸以内に生きた人間が居て、その人間がまた切れる抜き身を自分と同じよ
うに振ふり舞まわすのだから、よほど調子が揃そろわなければ、同志撃どうしうちを始めて怪我けがをす
る事になる。それも動かないで刀だけ前後とか上下とかに振るのなら、まだ危険あぶなくもないが、三十
人が一度に足踏あしぶみをして横を向く時がある。ぐるりと廻る事がある。膝を曲げる事がある。隣りの
ものが一秒でも早過ぎるか、遅おそ過ぎれば、自分の鼻は落ちるかも知れない。隣りの頭はそがれるかも
知れない。抜き身の動くのは自由自在だが、その動く範囲はんいは一尺五寸角の柱のうちにかぎられた上
に、前後左右のものと同方向に同速度にひらめかなければならない。こいつは驚いた、なかなかもって汐
酌しおくみや関せきの戸との及およぶところでない。聞いてみると、これははなはだ熟練の入るもので容
易な事では、こういう風に調子が合わないそうだ。ことにむずかしいのは、かの万歳節のぼこぼん先生だ
そうだ。三十人の足の運びも、手の働きも、腰こしの曲げ方も、ことごとくこのぼこぼん君の拍子一つで
極まるのだそうだ。傍はたで見ていると、この大将が一番呑気そうに、いやあ、はああと気楽にうたって
るが、その実ははなはだ責任が重くって非常に骨が折れるとは不思議なものだ。

132 :山師さん:2016/05/18(水) 22:01:17.62 ID:4uTcWgUe
 おれと山嵐が感心のあまりこの踴を余念なく見物していると、半町ばかり、向うの方で急にわっと云う
鬨の声がして、今まで穏おだやかに諸所を縦覧していた連中が、にわかに波を打って、右左りに揺うごき
始める。喧嘩だ喧嘩だと云う声がすると思うと、人の袖そでを潜くぐり抜ぬけて来た赤シャツの弟が、先
生また喧嘩です、中学の方で、今朝けさの意趣返いしゅがえしをするんで、また師範しはんの奴と決戦を
始めたところです、早く来て下さいと云いながらまた人の波のなかへ潜もぐり込こんでどっかへ行ってし
まった。
 山嵐は世話の焼ける小僧だまた始めたのか、いい加減にすればいいのにと逃げる人を避よけながら一散
に馳かけ出した。見ている訳にも行かないから取り鎮しずめるつもりだろう。おれは無論の事逃げる気は
ない。山嵐の踵かかとを踏んであとからすぐ現場へ馳けつけた。喧嘩は今が真最中まっさいちゅうである
。師範の方は五六十人もあろうか、中学はたしかに三割方多い。師範は制服をつけているが、中学は式後
大抵たいていは日本服に着換きがえているから、敵味方はすぐわかる。しかし入り乱れて組んづ、解ほご
れつ戦ってるから、どこから、どう手を付けて引き分けていいか分らない。山嵐は困ったなと云う風で、
しばらくこの乱雑な有様を眺めていたが、こうなっちゃ仕方がない。巡査じゅんさがくると面倒だ。飛び
込んで分けようと、おれの方を見て云うから、おれは返事もしないで、いきなり、一番喧嘩の烈はげしそ
うな所へ躍おどり込こんだ。止よせ止せ。そんな乱暴をすると学校の体面に関わる。よさないかと、出る
だけの声を出して敵と味方の分界線らしい所を突つき貫ぬけようとしたが、なかなかそう旨うまくは行か
ない。一二間はいったら、出る事も引く事も出来なくなった。目の前に比較的ひかくてき大きな師範生が
、十五六の中学生と組み合っている。止せと云ったら、止さないかと師範生の肩かたを持って、無理に引
き分けようとする途端とたんにだれか知らないが、下からおれの足をすくった。おれは不意を打たれて握
にぎった、肩を放して、横に倒たおれた。堅かたい靴くつでおれの背中の上へ乗った奴がある。両手と膝
を突いて下から、跳はね起きたら、乗った奴は右の方へころがり落ちた。起き上がって見ると、三間ばか
り向うに山嵐の大きな身体が生徒の間に挟はさまりながら、止せ止せ、喧嘩は止せ止せと揉み返されてる
のが見えた。おい到底駄目だと云ってみたが聞えないのか返事もしない。
 ひゅうと風を切って飛んで来た石が、いきなりおれの頬骨ほおぼねへ中あたったなと思ったら、後ろか
らも、背中を棒ぼうでどやした奴がある。教師の癖くせに出ている、打ぶて打てと云う声がする。教師は
二人だ。大きい奴と、小さい奴だ。石を抛なげろ。と云う声もする。おれは、なに生意気な事をぬかすな
、田舎者の癖にと、いきなり、傍そばに居た師範生の頭を張りつけてやった。石がまたひゅうと来る。今
度はおれの五分ぶ刈がりの頭を掠かすめて後ろの方へ飛んで行った。山嵐はどうなったか見えない。こう
なっちゃ仕方がない。始めは喧嘩をとめにはいったんだが、どやされたり、石をなげられたりして、恐お
それ入って引き下がるうんでれがんがあるものか。おれを誰だと思うんだ。身長なりは小さくっても喧嘩
の本場で修行を積んだ兄さんだと無茶苦茶に張り飛ばしたり、張り飛ばされたりしていると、やがて巡査
だ巡査だ逃げろ逃げろと云う声がした。今まで葛練くずねりの中で泳いでるように身動きも出来なかった
のが、急に楽になったと思ったら、敵も味方も一度に引上げてしまった。田舎者でも退却たいきゃくは巧
妙だ。クロパトキンより旨いくらいである。
 山嵐はどうしたかと見ると、紋付もんつきの一重羽織ひとえばおりをずたずたにして、向うの方で鼻を
拭ふいている。鼻柱をなぐられて大分出血したんだそうだ。鼻がふくれ上がって真赤まっかになってすこ
ぶる見苦しい。おれは飛白かすりの袷あわせを着ていたから泥どろだらけになったけれども、山嵐の羽織
ほどな損害はない。しかし頬ほっぺたがぴりぴりしてたまらない。山嵐は大分血が出ているぜと教えてく
れた。
 巡査は十五六名来たのだが、生徒は反対の方面から退却したので、捕つらまったのは、おれと山嵐だけ
である。おれらは姓名せいめいを告げて、一部始終を話したら、ともかくも警察まで来いと云うから、警
察へ行って、署長の前で事の顛末てんまつを述べて下宿へ帰った。

十一

 あくる日眼めが覚めてみると、身体中からだじゅう痛くてたまらない。久しく喧嘩けんかをしつけなか

133 :山師さん:2016/05/18(水) 22:01:29.61 ID:4uTcWgUe
ったから、こんなに答えるんだろう。これじゃあんまり自慢じまんもできないと床とこの中で考えている
と、婆ばあさんが四国新聞を持ってきて枕元まくらもとへ置いてくれた。実は新聞を見るのも退儀たいぎ
なんだが、男がこれしきの事に閉口へこたれて仕様があるものかと無理に腹這はらばいになって、寝ねな
がら、二頁を開けてみると驚おどろいた。昨日の喧嘩がちゃんと出ている。喧嘩の出ているのは驚ろかな
いのだが、中学の教師堀田某ほったぼうと、近頃ちかごろ東京から赴任ふにんした生意気なる某とが、順
良なる生徒を使嗾しそうしてこの騒動そうどうを喚起かんきせるのみならず、両人は現場にあって生徒を
指揮したる上、みだりに師範生に向むかって暴行をほしいままにしたりと書いて、次にこんな意見が附記
ふきしてある。本県の中学は昔時せきじより善良温順の気風をもって全国の羨望せんぼうするところなり
しが、軽薄けいはくなる二豎子じゅしのために吾校わがこうの特権を毀損きそんせられて、この不面目を
全市に受けたる以上は、吾人ごじんは奮然ふんぜんとして起たってその責任を問わざるを得ず。吾人は信
ず、吾人が手を下す前に、当局者は相当の処分をこの無頼漢ぶらいかんの上に加えて、彼等かれらをして
再び教育界に足を入るる余地なからしむる事を。そうして一字ごとにみんな黒点を加えて、お灸きゅうを
据すえたつもりでいる。おれは床の中で、糞くそでも喰くらえと云いいながら、むっくり飛び起きた。不
思議な事に今まで身体の関節ふしぶしが非常に痛かったのが、飛び起きると同時に忘れたように軽くなっ
た。
 おれは新聞を丸めて庭へ抛なげつけたが、それでもまだ気に入らなかったから、わざわざ後架こうかへ
持って行って棄すてて来た。新聞なんて無暗むやみな嘘うそを吐つくもんだ。世の中に何が一番法螺ほら
を吹ふくと云って、新聞ほどの法螺吹きはあるまい。おれの云ってしかるべき事をみんな向むこうで並な
らべていやがる。それに近頃東京から赴任した生意気な某とは何だ。天下に某と云う名前の人があるか。
考えてみろ。これでもれっきとした姓せいもあり名もあるんだ。系図が見たけりゃ、多田満仲ただのまん
じゅう以来の先祖を一人ひとり残らず拝ましてやらあ。――顔を洗ったら、頬ほっぺたが急に痛くなった
。婆さんに鏡をかせと云ったら、けさの新聞をお見たかなもしと聞く。読んで後架へ棄てて来た。欲しけ
りゃ拾って来いと云ったら、驚おどろいて引き下がった。鏡で顔を見ると昨日きのうと同じように傷がつ
いている。これでも大事な顔だ、顔へ傷まで付けられた上へ生意気なる某などと、某呼ばわりをされれば
たくさんだ。
 今日の新聞に辟易へきえきして学校を休んだなどと云われちゃ一生の名折れだから、飯を食っていの一
号に出頭した。出てくる奴やつも、出てくる奴もおれの顔を見て笑っている。何がおかしいんだ。貴様達
にこしらえてもらった顔じゃあるまいし。そのうち、野だが出て来て、いや昨日はお手柄てがらで、――
名誉めいよのご負傷でげすか、と送別会の時に撲なぐった返報と心得たのか、いやに冷ひやかしたから、
余計な事を言わずに絵筆でも舐なめていろと云ってやった。するとこりゃ恐入おそれいりやした。しかし
さぞお痛い事でげしょうと云うから、痛かろうが、痛くなかろうがおれの面だ。貴様の世話になるもんか
と怒鳴どなりつけてやったら、向むこう側の自席へ着いて、やっぱりおれの顔を見て、隣となりの歴史の
教師と何か内所話をして笑っている。
 それから山嵐が出頭した。山嵐の鼻に至っては、紫色むらさきいろに膨張ぼうちょうして、掘ほったら
中から膿うみが出そうに見える。自惚うぬぼれのせいか、おれの顔よりよっぽど手ひどく遣やられている
。おれと山嵐は机を並べて、隣り同志の近しい仲で、お負けにその机が部屋の戸口から真正面にあるんだ
から運がわるい。妙な顔が二つ塊かたまっている。ほかの奴は退屈たいくつにさえなるときっとこっちば
かり見る。飛んだ事でと口で云うが、心のうちではこの馬鹿ばかがと思ってるに相違そういない。それで
なければああいう風に私語合ささやきあってはくすくす笑う訳がない。教場へ出ると生徒は拍手をもって
迎むかえた。先生万歳ばんざいと云うものが二三人あった。景気がいいんだか、馬鹿にされてるんだか分
からない。おれと山嵐がこんなに注意の焼点しょうてんとなってるなかに、赤シャツばかりは平常の通り
傍そばへ来て、どうも飛んだ災難でした。僕は君等に対してお気の毒でなりません。新聞の記事は校長と
も相談して、正誤を申し込こむ手続きにしておいたから、心配しなくてもいい。僕の弟が堀田君を誘さそ

134 :山師さん:2016/05/18(水) 22:01:41.60 ID:4uTcWgUe
いに行ったから、こんな事が起おこったので、僕は実に申し訳がない。それでこの件についてはあくまで
尽力じんりょくするつもりだから、どうかあしからず、などと半分謝罪的な言葉を並べている。校長は三
時間目に校長室から出てきて、困った事を新聞がかき出しましたね。むずかしくならなければいいがと多
少心配そうに見えた。おれには心配なんかない、先で免職めんしょくをするなら、免職される前に辞表を
出してしまうだけだ。しかし自分がわるくないのにこっちから身を引くのは法螺吹きの新聞屋をますます
増長させる訳だから、新聞屋を正誤させて、おれが意地にも務めるのが順当だと考えた。帰りがけに新聞
屋に談判に行こうと思ったが、学校から取消とりけしの手続きはしたと云うから、やめた。
 おれと山嵐は校長と教頭に時間の合間を見計みはからって、嘘のないところを一応説明した。校長と教
頭はそうだろう、新聞屋が学校に恨うらみを抱いだいて、あんな記事をことさらに掲かかげたんだろうと
論断した。赤シャツはおれ等の行為こういを弁解しながら控所ひかえじょを一人ごとに廻まわってあるい
ていた。ことに自分の弟が山嵐を誘い出したのを自分の過失であるかのごとく吹聴ふいちょうしていた。
みんなは全く新聞屋がわるい、怪けしからん、両君は実に災難だと云った。
 帰りがけに山嵐は、君赤シャツは臭くさいぜ、用心しないとやられるぜと注意した。どうせ臭いんだ、
今日から臭くなったんじゃなかろうと云うと、君まだ気が付かないか、きのうわざわざ、僕等を誘い出し
て喧嘩のなかへ、捲まき込こんだのは策だぜと教えてくれた。なるほどそこまでは気がつかなかった。山
嵐は粗暴そぼうなようだが、おれより智慧ちえのある男だと感心した。
「ああやって喧嘩をさせておいて、すぐあとから新聞屋へ手を廻してあんな記事をかかせたんだ。実に奸
物かんぶつだ」
「新聞までも赤シャツか。そいつは驚いた。しかし新聞が赤シャツの云う事をそう容易たやすく聴きくか
ね」
「聴かなくって。新聞屋に友達が居りゃ訳はないさ」
「友達が居るのかい」
「居なくても訳ないさ。嘘をついて、事実これこれだと話しゃ、すぐ書くさ」
「ひどいもんだな。本当に赤シャツの策なら、僕等はこの事件で免職になるかも知れないね」
「わるくすると、遣やられるかも知れない」
「そんなら、おれは明日あした辞表を出してすぐ東京へ帰っちまわあ。こんな下等な所に頼たのんだって
居るのはいやだ」
「君が辞表を出したって、赤シャツは困らない」
「それもそうだな。どうしたら困るだろう」
「あんな奸物の遣る事は、何でも証拠しょうこの挙がらないように、挙がらないようにと工夫するんだか
ら、反駁はんばくするのはむずかしいね」
「厄介やっかいだな。それじゃ濡衣ぬれぎぬを着るんだね。面白おもしろくもない。天道是耶非てんどう
ぜかひかだ」
「まあ、もう二三日様子を見ようじゃないか。それでいよいよとなったら、温泉ゆの町で取って抑おさえ
るより仕方がないだろう」
「喧嘩事件は、喧嘩事件としてか」
「そうさ。こっちはこっちで向うの急所を抑えるのさ」
「それもよかろう。おれは策略は下手へたなんだから、万事よろしく頼む。いざとなれば何でもする」
 俺と山嵐はこれで分わかれた。赤シャツが果はたたして山嵐の推察通りをやったのなら、実にひどい奴
だ。到底とうてい智慧比べで勝てる奴ではない。どうしても腕力わんりょくでなくっちゃ駄目だめだ。な
るほど世界に戦争は絶えない訳だ。個人でも、とどの詰つまりは腕力だ。
 あくる日、新聞のくるのを待ちかねて、披ひらいてみると、正誤どころか取り消しも見えない。学校へ
行って狸たぬきに催促さいそくすると、あしたぐらい出すでしょうと云う。明日になって六号活字で小さ
く取消が出た。しかし新聞屋の方で正誤は無論しておらない。また校長に談判すると、あれより手続きの
しようはないのだと云う答だ。校長なんて狸のような顔をして、いやにフロック張っているが存外無勢力
なものだ。虚偽きょぎの記事を掲げた田舎新聞一つ詫あやまらせる事が出来ない。あんまり腹が立ったか
ら、それじゃ私が一人で行って主筆に談判すると云ったら、それはいかん、君が談判すればまた悪口を書
かれるばかりだ。つまり新聞屋にかかれた事は、うそにせよ、本当にせよ、つまりどうする事も出来ない
ものだ。あきらめるより外に仕方がないと、坊主の説教じみた説諭せつゆを加えた。新聞がそんな者なら
、一日も早く打ぶっ潰つぶしてしまった方が、われわれの利益だろう。新聞にかかれるのと、泥鼈すっぽ

135 :山師さん:2016/05/18(水) 22:01:53.58 ID:4uTcWgUe
んに食いつかれるとが似たり寄ったりだとは今日こんにちただ今狸の説明によって始めて承知仕つかまつ
った。
 それから三日ばかりして、ある日の午後、山嵐が憤然ふんぜんとやって来て、いよいよ時機が来た、お
れは例の計画を断行するつもりだと云うから、そうかそれじゃおれもやろうと、即座そくざに一味徒党に
加盟した。ところが山嵐が、君はよす方がよかろうと首を傾かたむけた。なぜと聞くと君は校長に呼ばれ
て辞表を出せと云われたかと尋たずねるから、いや云われない。君は? と聴き返すと、今日校長室で、
まことに気の毒だけれども、事情やむをえんから処決しょけつしてくれと云われたとの事だ。
「そんな裁判はないぜ。狸は大方腹鼓はらつづみを叩たたき過ぎて、胃の位置が顛倒てんどうしたんだ。
君とおれは、いっしょに、祝勝会へ出てさ、いっしょに高知のぴかぴか踴おどりを見てさ、いっしょに喧
嘩をとめにはいったんじゃないか。辞表を出せというなら公平に両方へ出せと云うがいい。なんで田舎い
なかの学校はそう理窟りくつが分らないんだろう。焦慮じれったいな」
「それが赤シャツの指金さしがねだよ。おれと赤シャツとは今までの行懸ゆきがかり上到底とうてい両立
しない人間だが、君の方は今の通り置いても害にならないと思ってるんだ」
「おれだって赤シャツと両立するものか。害にならないと思うなんて生意気だ」
「君はあまり単純過ぎるから、置いたって、どうでも胡魔化ごまかされると考えてるのさ」
「なお悪いや。誰だれが両立してやるものか」
「それに先だって古賀が去ってから、まだ後任が事故のために到着とうちゃくしないだろう。その上に君
と僕を同時に追い出しちゃ、生徒の時間に明きが出来て、授業にさし支つかえるからな」
「それじゃおれを間あいのくさびに一席伺うかがわせる気なんだな。こん畜生ちくしょう、だれがその手
に乗るものか」

 翌日あくるひおれは学校へ出て校長室へ入って談判を始めた。
「何で私に辞表を出せと云わないんですか」
「へえ?」と狸はあっけに取られている。
「堀田には出せ、私には出さないで好いいと云う法がありますか」
「それは学校の方の都合つごうで……」
「その都合が間違まちがってまさあ。私が出さなくって済むなら堀田だって、出す必要はないでしょう」
「その辺は説明が出来かねますが――堀田君は去られてもやむをえんのですが、あなたは辞表をお出しに
なる必要を認めませんから」
 なるほど狸だ、要領を得ない事ばかり並べて、しかも落ち付き払はらってる。おれは仕様がないから
「それじゃ私も辞表を出しましょう。堀田君一人辞職させて、私が安閑あんかんとして、留まっていられ
ると思っていらっしゃるかも知れないが、私にはそんな不人情な事は出来ません」
「それは困る。堀田も去りあなたも去ったら、学校の数学の授業がまるで出来なくなってしまうから……

「出来なくなっても私の知った事じゃありません」
「君そう我儘わがままを云うものじゃない、少しは学校の事情も察してくれなくっちゃ困る。それに、来
てから一月立つか立たないのに辞職したと云うと、君の将来の履歴りれきに関係するから、その辺も少し
は考えたらいいでしょう」
「履歴なんか構うもんですか、履歴より義理が大切です」
「そりゃごもっとも――君の云うところは一々ごもっともだが、わたしの云う方も少しは察して下さい。
君が是非辞職すると云うなら辞職されてもいいから、代りのあるまでどうかやってもらいたい。とにかく
、うちでもう一返考え直してみて下さい」
 考え直すって、直しようのない明々白々たる理由だが、狸が蒼あおくなったり、赤くなったりして、可
愛想かわいそうになったからひとまず考え直す事として引き下がった。赤シャツには口もきかなかった。
どうせ遣っつけるなら塊かためて、うんと遣っつける方がいい。
 山嵐に狸と談判した模様を話したら、大方そんな事だろうと思った。辞表の事はいざとなるまでそのま
まにしておいても差支さしつかえあるまいとの話だったから、山嵐の云う通りにした。どうも山嵐の方が
おれよりも利巧りこうらしいから万事山嵐の忠告に従う事にした。
 山嵐はいよいよ辞表を出して、職員一同に告別の挨拶あいさつをして浜はまの港屋まで下さがったが、
人に知れないように引き返して、温泉ゆの町の枡屋ますやの表二階へ潜ひそんで、障子しょうじへ穴をあ
けて覗のぞき出した。これを知ってるものはおればかりだろう。赤シャツが忍しのんで来ればどうせ夜だ

136 :山師さん:2016/05/18(水) 22:02:05.59 ID:4uTcWgUe
。しかも宵よいの口は生徒やその他の目があるから、少なくとも九時過ぎに極きまってる。最初の二晩は
おれも十一時頃ごろまで張番はりばんをしたが、赤シャツの影かげも見えない。三日目には九時から十時
半まで覗いたがやはり駄目だ。駄目を踏ふんで夜なかに下宿へ帰るほど馬鹿気た事はない。四五日しごん
ちすると、うちの婆さんが少々心配を始めて、奥おくさんのおありるのに、夜遊びはおやめたがええぞな
もしと忠告した。そんな夜遊びとは夜遊びが違う。こっちのは天に代って誅戮ちゅうりくを加える夜遊び
だ。とはいうものの一週間も通って、少しも験げんが見えないと、いやになるもんだ。おれは性急せっか
ちな性分だから、熱心になると徹夜てつやでもして仕事をするが、その代り何によらず長持ちのした試し
がない。いかに天誅党でも飽あきる事に変りはない。六日目には少々いやになって、七日目にはもう休も
うかと思った。そこへ行くと山嵐は頑固がんこなものだ。宵よいから十二時過すぎまでは眼を障子へつけ
て、角屋の丸ぼやの瓦斯燈がすとうの下を睨にらめっきりである。おれが行くと今日は何人客があって、
泊とまりが何人、女が何人といろいろな統計を示すのには驚ろいた。どうも来ないようじゃないかと云う
と、うん、たしかに来るはずだがと時々腕組うでぐみをして溜息ためいきをつく。可愛想に、もし赤シャ
ツがここへ一度来てくれなければ、山嵐は、生涯しょうがい天誅を加える事は出来ないのである。
 八日目には七時頃から下宿を出て、まずゆるりと湯に入って、それから町で鶏卵けいらんを八つ買った
。これは下宿の婆さんの芋責いもぜめに応ずる策である。その玉子を四つずつ左右の袂たもとへ入れて、
例の赤手拭あかてぬぐいを肩かたへ乗せて、懐手ふところでをしながら、枡屋ますやの楷子段はしごだん
を登って山嵐の座敷ざしきの障子をあけると、おい有望有望と韋駄天いだてんのような顔は急に活気を呈
ていした。昨夜ゆうべまでは少し塞ふさぎの気味で、はたで見ているおれさえ、陰気臭いんきくさいと思
ったくらいだが、この顔色を見たら、おれも急にうれしくなって、何も聞かない先から、愉快ゆかい愉快
と云った。
「今夜七時半頃あの小鈴こすずと云う芸者が角屋へはいった」
「赤シャツといっしょか」
「いいや」
「それじゃ駄目だ」
「芸者は二人づれだが、――どうも有望らしい」
「どうして」
「どうしてって、ああ云う狡ずるい奴だから、芸者を先へよこして、後から忍んでくるかも知れない」
「そうかも知れない。もう九時だろう」
「今九時十二分ばかりだ」と帯の間からニッケル製の時計を出して見ながら云ったが「おい洋燈らんぷを
消せ、障子へ二つ坊主頭が写ってはおかしい。狐きつねはすぐ疑ぐるから」
 おれは一貫張いっかんばりの机の上にあった置き洋燈らんぷをふっと吹きけした。星明りで障子だけは
少々あかるい。月はまだ出ていない。おれと山嵐は一生懸命いっしょうけんめいに障子へ面かおをつけて
、息を凝こらしている。チーンと九時半の柱時計が鳴った。
「おい来るだろうかな。今夜来なければ僕はもう厭いやだぜ」
「おれは銭のつづく限りやるんだ」
「銭っていくらあるんだい」
「今日までで八日分五円六十銭払った。いつ飛び出しても都合つごうのいいように毎晩勘定かんじょうす
るんだ」
「それは手廻しがいい。宿屋で驚いてるだろう」
「宿屋はいいが、気が放せないから困る」
「その代り昼寝ひるねをするだろう」
「昼寝はするが、外出が出来ないんで窮屈きゅうくつでたまらない」
「天誅も骨が折れるな。これで天網恢々てんもうかいかい疎そにして洩もらしちまったり、何かしちゃ、
つまらないぜ」
「なに今夜はきっとくるよ。――おい見ろ見ろ」と小声になったから、おれは思わずどきりとした。黒い
帽子ぼうしを戴いただいた男が、角屋の瓦斯燈を下から見上げたまま暗い方へ通り過ぎた。違っている。
おやおやと思った。そのうち帳場の時計が遠慮えんりょなく十時を打った。今夜もとうとう駄目らしい。
 世間は大分静かになった。遊廓ゆうかくで鳴らす太鼓たいこが手に取るように聞きこえる。月が温泉ゆ
の山の後うしろからのっと顔を出した。往来はあかるい。すると、下しもの方から人声が聞えだした。窓
から首を出す訳には行かないから、姿を突つき留める事は出来ないが、だんだん近づいて来る模様だ。か
らんからんと駒下駄こまげたを引き擦ずる音がする。眼を斜ななめにするとやっと二人の影法師かげぼう

137 :山師さん:2016/05/18(水) 22:02:17.66 ID:4uTcWgUe
しが見えるくらいに近づいた。
「もう大丈夫だいじょうぶですね。邪魔じゃまものは追っ払ったから」正まさしく野だの声である。「強
がるばかりで策がないから、仕様がない」これは赤シャツだ。「あの男もべらんめえに似ていますね。あ
のべらんめえと来たら、勇み肌はだの坊ぼっちゃんだから愛嬌あいきょうがありますよ」「増給がいやだ
の辞表を出したいのって、ありゃどうしても神経に異状があるに相違ない」おれは窓をあけて、二階から
飛び下りて、思う様打ぶちのめしてやろうと思ったが、やっとの事で辛防しんぼうした。二人はハハハハ
と笑いながら、瓦斯燈の下を潜くぐって、角屋の中へはいった。
「おい」
「おい」
「来たぜ」
「とうとう来た」
「これでようやく安心した」
「野だの畜生、おれの事を勇み肌の坊っちゃんだと抜ぬかしやがった」
「邪魔物と云うのは、おれの事だぜ。失敬千万な」
 おれと山嵐は二人の帰路を要撃ようげきしなければならない。しかし二人はいつ出てくるか見当がつか
ない。山嵐は下へ行って今夜ことによると夜中に用事があって出るかも知れないから、出られるようにし
ておいてくれと頼たのんで来た。今思うと、よく宿のものが承知したものだ。大抵たいていなら泥棒どろ
ぼうと間違えられるところだ。
 赤シャツの来るのを待ち受けたのはつらかったが、出て来るのをじっとして待ってるのはなおつらい。
寝る訳には行かないし、始終障子の隙すきから睨めているのもつらいし、どうも、こうも心が落ちつかな
くって、これほど難儀なんぎな思いをした事はいまだにない。いっその事角屋へ踏み込んで現場を取って
抑おさえようと発議ほつぎしたが、山嵐は一言にして、おれの申し出を斥しりぞけた。自分共が今時分飛
び込んだって、乱暴者だと云って途中とちゅうで遮さえぎられる。訳を話して面会を求めれば居ないと逃
にげるか別室へ案内をする。不用意のところへ踏み込めると仮定したところで何十とある座敷のどこに居
るか分るものではない、退屈でも出るのを待つより外に策はないと云うから、ようやくの事でとうとう朝
の五時まで我慢がまんした。
 角屋から出る二人の影を見るや否や、おれと山嵐はすぐあとを尾つけた。一番汽車はまだないから、二
人とも城下まであるかなければならない。温泉ゆの町をはずれると一丁ばかりの杉並木すぎなみきがあっ
て左右は田圃たんぼになる。それを通りこすとここかしこに藁葺わらぶきがあって、畠はたけの中を一筋
に城下まで通る土手へ出る。町さえはずれれば、どこで追いついても構わないが、なるべくなら、人家の
ない、杉並木で捕つらまえてやろうと、見えがくれについて来た。町を外はずれると急に馳かけ足あしの
姿勢で、はやてのように後ろから、追いついた。何が来たかと驚ろいて振ふり向く奴を待てと云って肩に
手をかけた。野だは狼狽ろうばいの気味で逃げ出そうという景色けしきだったから、おれが前へ廻って行
手を塞ふさいでしまった。
「教頭の職を持ってるものが何で角屋へ行って泊とまった」と山嵐はすぐ詰なじりかけた。
「教頭は角屋へ泊って悪わるいという規則がありますか」と赤シャツは依然いぜんとして鄭寧ていねいな
言葉を使ってる。顔の色は少々蒼い。
「取締上とりしまりじょう不都合だから、蕎麦屋そばやや団子屋だんごやへさえはいってはいかんと、云
うくらい謹直きんちょくな人が、なぜ芸者といっしょに宿屋へとまり込んだ」野だは隙を見ては逃げ出そ
うとするからおれはすぐ前に立ち塞がって「べらんめえの坊っちゃんた何だ」と怒鳴り付けたら、「いえ
君の事を云ったんじゃないんです、全くないんです」と鉄面皮に言訳がましい事をぬかした。おれはこの
時気がついてみたら、両手で自分の袂を握にぎってる。追っかける時に袂の中の卵がぶらぶらして困るか
ら、両手で握りながら来たのである。おれはいきなり袂へ手を入れて、玉子を二つ取り出して、やっと云
いながら、野だの面へ擲たたきつけた。玉子がぐちゃりと割れて鼻の先から黄味がだらだら流れだした。
野だはよっぽど仰天ぎょうてんした者と見えて、わっと言いながら、尻持しりもちをついて、助けてくれ
と云った。おれは食うために玉子は買ったが、打ぶつけるために袂へ入れてる訳ではない。ただ肝癪かん
しゃくのあまりに、ついぶつけるともなしに打つけてしまったのだ。しかし野だが尻持を突いたところを
見て始めて、おれの成功した事に気がついたから、こん畜生ちくしょう、こん畜生と云いながら残る六つ
を無茶苦茶に擲たたきつけたら、野だは顔中黄色になった。

138 :山師さん:2016/05/18(水) 22:02:29.71 ID:4uTcWgUe
 おれが玉子をたたきつけているうち、山嵐と赤シャツはまだ談判最中である。
「芸者をつれて僕が宿屋へ泊ったと云う証拠しょうこがありますか」
「宵に貴様のなじみの芸者が角屋へはいったのを見て云う事だ。胡魔化せるものか」
「胡魔化す必要はない。僕は吉川君と二人で泊ったのである。芸者が宵にはいろうが、はいるまいが、僕
の知った事ではない」
「だまれ」と山嵐は拳骨げんこつを食わした。赤シャツはよろよろしたが「これは乱暴だ、狼藉ろうぜき
である。理非を弁じないで腕力に訴えるのは無法だ」
「無法でたくさんだ」とまたぽかりと撲なぐる。「貴様のような奸物はなぐらなくっちゃ、答えないんだ
」とぽかぽかなぐる。おれも同時に野だを散々に擲き据えた。しまいには二人とも杉の根方にうずくまっ
て動けないのか、眼がちらちらするのか逃げようともしない。
「もうたくさんか、たくさんでなけりゃ、まだ撲なぐってやる」とぽかんぽかんと両人ふたりでなぐった
ら「もうたくさんだ」と云った。野だに「貴様もたくさんか」と聞いたら「無論たくさんだ」と答えた。
「貴様等は奸物だから、こうやって天誅を加えるんだ。これに懲こりて以来つつしむがいい。いくら言葉
巧たくみに弁解が立っても正義は許さんぞ」と山嵐が云ったら両人共ふたりともだまっていた。ことによ
ると口をきくのが退儀たいぎなのかも知れない。
「おれは逃げも隠かくれもせん。今夜五時までは浜の港屋に居る。用があるなら巡査じゅんさなりなんな
り、よこせ」と山嵐が云うから、おれも「おれも逃げも隠れもしないぞ。堀田と同じ所に待ってるから警
察へ訴うったえたければ、勝手に訴えろ」と云って、二人してすたすたあるき出した。
 おれが下宿へ帰ったのは七時少し前である。部屋へはいるとすぐ荷作りを始めたら、婆さんが驚いて、
どうおしるのぞなもしと聞いた。お婆さん、東京へ行って奥さんを連れてくるんだと答えて勘定を済まし
て、すぐ汽車へ乗って浜へ来て港屋へ着くと、山嵐は二階で寝ていた。おれは早速辞表を書こうと思った
が、何と書いていいか分らないから、私儀わたくしぎ都合有之これあり辞職の上東京へ帰り申候もうしそ
ろにつき左様御承知被下度候さようごしょうちくだされたくそろ以上とかいて校長宛あてにして郵便で出
した。
 汽船は夜六時の出帆しゅっぱんである。山嵐もおれも疲れて、ぐうぐう寝込んで眼が覚めたら、午後二
時であった。下女に巡査は来ないかと聞いたら参りませんと答えた。「赤シャツも野だも訴えなかったな
あ」と二人は大きに笑った。
 その夜おれと山嵐はこの不浄ふじょうな地を離はなれた。船が岸を去れば去るほどいい心持ちがした。
神戸から東京までは直行で新橋へ着いた時は、ようやく娑婆しゃばへ出たような気がした。山嵐とはすぐ
分れたぎり今日まで逢う機会がない。
 清きよの事を話すのを忘れていた。――おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄かばんを提げたまま
、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙なみだをぽた
ぽたと落した。おれもあまり嬉うれしかったから、もう田舎いなかへは行かない、東京で清とうちを持つ
んだと云った。
 その後ある人の周旋しゅうせんで街鉄がいてつの技手になった。月給は二十五円で、家賃は六円だ。清
は玄関げんかん付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月肺炎はいえんに
罹かかって死んでしまった。死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんのお
寺へ埋うめて下さい。お墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待っておりますと云った。だから清の
墓は小日向こびなたの養源寺にある。
(明治三十九年四月)

 宗助そうすけは先刻さっきから縁側えんがわへ坐蒲団ざぶとんを持ち出して、日当りの好さそうな所へ
気楽に胡坐あぐらをかいて見たが、やがて手に持っている雑誌を放り出すと共に、ごろりと横になった。
秋日和あきびよりと名のつくほどの上天気なので、往来を行く人の下駄げたの響が、静かな町だけに、朗
らかに聞えて来る。肱枕ひじまくらをして軒から上を見上げると、奇麗きれいな空が一面に蒼あおく澄ん
でいる。その空が自分の寝ている縁側の、窮屈な寸法に較くらべて見ると、非常に広大である。たまの日
曜にこうして緩ゆっくり空を見るだけでもだいぶ違うなと思いながら、眉まゆを寄せて、ぎらぎらする日
をしばらく見つめていたが、眩まぼ[#ルビの「まぼ」はママ]しくなったので、今度はぐるりと寝返り
をして障子しょうじの方を向いた。障子の中では細君が裁縫しごとをしている。

139 :山師さん:2016/05/18(水) 22:02:41.88 ID:4uTcWgUe
「おい、好い天気だな」と話しかけた。細君は、
「ええ」と云いったなりであった。宗助も別に話がしたい訳でもなかったと見えて、それなり黙ってしま
った。しばらくすると今度は細君の方から、
「ちっと散歩でもしていらっしゃい」と云った。しかしその時は宗助がただうんと云う生返事なまへんじ
を返しただけであった。
 二三分して、細君は障子しょうじの硝子ガラスの所へ顔を寄せて、縁側に寝ている夫の姿を覗のぞいて
見た。夫はどう云う了見りょうけんか両膝りょうひざを曲げて海老えびのように窮屈になっている。そう
して両手を組み合わして、その中へ黒い頭を突っ込んでいるから、肱ひじに挟はさまれて顔がちっとも見
えない。
「あなたそんな所へ寝ると風邪かぜ引ひいてよ」と細君が注意した。細君の言葉は東京のような、東京で
ないような、現代の女学生に共通な一種の調子を持っている。
 宗助は両肱の中で大きな眼をぱちぱちさせながら、
「寝やせん、大丈夫だ」と小声で答えた。
 それからまた静かになった。外を通る護謨車ゴムぐるまのベルの音が二三度鳴った後あとから、遠くで
鶏の時音ときをつくる声が聞えた。宗助は仕立したておろしの紡績織ぼうせきおりの背中へ、自然じねん
と浸み込んで来る光線の暖味あたたかみを、襯衣シャツの下で貪むさぼるほど味あじわいながら、表の音
を聴きくともなく聴いていたが、急に思い出したように、障子越しの細君を呼んで、
「御米およね、近来きんらいの近きんの字はどう書いたっけね」と尋ねた。細君は別に呆あきれた様子も
なく、若い女に特有なけたたましい笑声も立てず、
「近江おうみのおうの字じゃなくって」と答えた。
「その近江おうみのおうの字が分らないんだ」
 細君は立て切った障子を半分ばかり開けて、敷居の外へ長い物指ものさしを出して、その先で近の字を
縁側へ書いて見せて、
「こうでしょう」と云ったぎり、物指の先を、字の留った所へ置いたなり、澄み渡った空を一しきり眺な
がめ入った。宗助は細君の顔も見ずに、
「やっぱりそうか」と云ったが、冗談じょうだんでもなかったと見えて、別に笑もしなかった。細君も近
の字はまるで気にならない様子で、
「本当に好い御天気だわね」と半なかば独ひとり言ごとのように云いながら、障子を開けたまままた裁縫
しごとを始めた。すると宗助は肱で挟んだ頭を少し擡もたげて、
「どうも字と云うものは不思議だよ」と始めて細君の顔を見た。
「なぜ」
「なぜって、いくら容易やさしい字でも、こりゃ変だと思って疑ぐり出すと分らなくなる。この間も今日
こんにちの今こんの字で大変迷った。紙の上へちゃんと書いて見て、じっと眺めていると、何だか違った
ような気がする。しまいには見れば見るほど今こんらしくなくなって来る。――御前おまいそんな事を経
験した事はないかい」
「まさか」
「おれだけかな」と宗助は頭へ手を当てた。
「あなたどうかしていらっしゃるのよ」
「やっぱり神経衰弱のせいかも知れない」
「そうよ」と細君は夫の顔を見た。夫はようやく立ち上った。
 針箱と糸屑いとくずの上を飛び越すように跨またいで、茶の間の襖ふすまを開けると、すぐ座敷である
。南が玄関で塞ふさがれているので、突き当りの障子が、日向ひなたから急に這入はいって来た眸ひとみ
には、うそ寒く映った。そこを開けると、廂ひさしに逼せまるような勾配こうばいの崖がけが、縁鼻えん
ばなから聳そびえているので、朝の内は当って然しかるべきはずの日も容易に影を落さない。崖には草が
生えている。下からして一側ひとかわも石で畳んでないから、いつ壊くずれるか分らない虞おそれがある
のだけれども、不思議にまだ壊れた事がないそうで、そのためか家主やぬしも長い間昔のままにして放っ
てある。もっとも元は一面の竹藪たけやぶだったとかで、それを切り開く時に根だけは掘り返さずに土堤
どての中に埋めて置いたから、地じは存外緊しまっていますからねと、町内に二十年も住んでいる八百屋
の爺おやじが勝手口でわざわざ説明してくれた事がある。その時宗助はだって根が残っていれば、また竹
が生えて藪になりそうなものじゃないかと聞き返して見た。すると爺は、それがね、ああ切り開かれて見
ると、そう甘うまく行くもんじゃありませんよ。しかし崖だけは大丈夫です。どんな事があったって壊く

140 :山師さん:2016/05/18(水) 22:02:53.65 ID:4uTcWgUe
えっこはねえんだからと、あたかも自分のものを弁護でもするように力りきんで帰って行った。
 崖は秋に入いっても別に色づく様子もない。ただ青い草の匂においが褪さめて、不揃ぶそろにもじゃも
じゃするばかりである。薄すすきだの蔦つただのと云う洒落しゃれたものに至ってはさらに見当らない。
その代り昔の名残なごりの孟宗もうそうが中途に二本、上の方に三本ほどすっくりと立っている。それが
多少黄に染まって、幹に日の射さすときなぞは、軒から首を出すと、土手の上に秋の暖味あたたかみを眺
ながめられるような心持がする。宗助は朝出て四時過に帰る男だから、日の詰つまるこの頃は、滅多めっ
たに崖の上を覗のぞく暇ひまを有もたなかった。暗い便所から出て、手水鉢ちょうずばちの水を手に受け
ながら、ふと廂ひさしの外を見上げた時、始めて竹の事を思い出した。幹の頂いただきに濃こまかな葉が
集まって、まるで坊主頭ぼうずあたまのように見える。それが秋の日に酔って重く下を向いて、寂ひっそ
りと重なった葉が一枚も動かない。
 宗助は障子を閉たてて座敷へ帰って、机の前へ坐った。座敷とは云いながら客を通すからそう名づける
までで、実は書斎とか居間とか云う方が穏当である。北側に床とこがあるので、申訳のために変な軸じく
を掛けて、その前に朱泥しゅでいの色をした拙せつな花活はないけが飾ってある。欄間らんまには額がく
も何もない。ただ真鍮しんちゅうの折釘おれくぎだけが二本光っている。その他には硝子戸ガラスどの張
った書棚が一つある。けれども中には別にこれと云って目立つほどの立派なものも這入っていない。
 宗助は銀金具ぎんかなぐの付いた机の抽出ひきだしを開けてしきりに中を検しらべ出したが、別に何も
見つけ出さないうちに、はたりと締あきらめてしまった。それから硯箱すずりばこの葢ふたを取って、手
紙を書き始めた。一本書いて封をして、ちょっと考えたが、
「おい、佐伯さえきのうちは中六番町なかろくばんちょう何番地だったかね」と襖越ごしに細君に聞いた

「二十五番地じゃなくって」と細君は答えたが、宗助が名宛を書き終る頃になって、
「手紙じゃ駄目よ、行ってよく話をして来なくっちゃ」と付け加えた。
「まあ、駄目までも手紙を一本出しておこう。それでいけなかったら出掛けるとするさ」と云い切ったが
、細君が返事をしないので、
「ねえ、おい、それで好いだろう」と念を押した。
 細君は悪いとも云い兼ねたと見えて、その上争いもしなかった。宗助は郵便を持ったまま、座敷から直
すぐ玄関に出た。細君は夫の足音を聞いて始めて、座を立ったが、これは茶の間の縁伝えんづたいに玄関
に出た。
「ちょっと散歩に行って来るよ」
「行っていらっしゃい」と細君は微笑しながら答えた。
 三十分ばかりして格子こうしががらりと開あいたので、御米はまた裁縫しごとの手をやめて、縁伝いに
玄関へ出て見ると、帰ったと思う宗助の代りに、高等学校の制帽を被かぶった、弟の小六ころくが這入は
いって来た。袴はかまの裾すそが五六寸しか出ないくらいの長い黒羅紗くろらしゃのマントの釦ボタンを
外はずしながら、
「暑い」と云っている。
「だって余あんまりだわ。この御天気にそんな厚いものを着て出るなんて」
「何、日が暮れたら寒いだろうと思って」と小六は云訳いいわけを半分しながら、嫂あによめの後あとに
跟ついて、茶の間へ通ったが、縫い掛けてある着物へ眼を着けて、
「相変らず精が出ますね」と云ったなり、長火鉢ながひばちの前へ胡坐あぐらをかいた。嫂は裁縫を隅す
みの方へ押しやっておいて、小六の向むこうへ来て、ちょっと鉄瓶てつびんをおろして炭を継つぎ始めた

「御茶ならたくさんです」と小六が云った。
「厭いや?」と女学生流に念を押した御米は、
「じゃ御菓子は」と云って笑いかけた。
「あるんですか」と小六が聞いた。
「いいえ、無いの」と正直に答えたが、思い出したように、「待ってちょうだい、あるかも知れないわ」
と云いながら立ち上がる拍子ひょうしに、横にあった炭取を取り退のけて、袋戸棚ふくろとだなを開けた
。小六は御米の後姿うしろすがたの、羽織はおりが帯で高くなった辺あたりを眺ながめていた。何を探さ
がすのだかなかなか手間てまが取れそうなので、
「じゃ御菓子も廃よしにしましょう。それよりか、今日は兄さんはどうしました」と聞いた。
「兄さんは今ちょいと」と後向のまま答えて、御米はやはり戸棚の中を探している。やがてぱたりと戸を

141 :山師さん:2016/05/18(水) 22:03:05.70 ID:4uTcWgUe
締めて、
「駄目よ。いつの間まにか兄さんがみんな食べてしまった」と云いながら、また火鉢の向むこうへ帰って
来た。
「じゃ晩に何か御馳走ごちそうなさい」
「ええしてよ」と柱時計を見ると、もう四時近くである。御米は「四時、五時、六時」と時間を勘定かん
じょうした。小六は黙って嫂の顔を見ていた。彼は実際嫂の御馳走には余り興味を持ち得なかったのであ
る。
「姉さん、兄さんは佐伯さえきへ行ってくれたんですかね」と聞いた。
「この間から行く行くって云ってる事は云ってるのよ。だけど、兄さんも朝出て夕方に帰るんでしょう。
帰ると草臥くたびれちまって、御湯に行くのも大儀そうなんですもの。だから、そう責めるのも実際御気
の毒よ」
「そりゃ兄さんも忙がしいには違なかろうけれども、僕もあれがきまらないと気がかりで落ちついて勉強
もできないんだから」と云いながら、小六は真鍮しんちゅうの火箸ひばしを取って火鉢ひばちの灰の中へ
何かしきりに書き出した。御米はその動く火箸の先を見ていた。
「だから先刻さっき手紙を出しておいたのよ」と慰めるように云った。
「何て」
「そりゃ私わたしもつい見なかったの。けれども、きっとあの相談よ。今に兄さんが帰って来たら聞いて
御覧なさい。きっとそうよ」
「もし手紙を出したのなら、その用には違ないでしょう」
「ええ、本当に出したのよ。今兄さんがその手紙を持って、出しに行ったところなの」
 小六はこれ以上弁解のような慰藉いしゃのような嫂あによめの言葉に耳を借したくなかった。散歩に出
る閑ひまがあるなら、手紙の代りに自分で足を運んでくれたらよさそうなものだと思うと余り好い心持で
もなかった。座敷へ来て、書棚の中から赤い表紙の洋書を出して、方々頁ページを剥はぐって見ていた。



 そこに気のつかなかった宗助そうすけは、町の角かどまで来て、切手と「敷島しきしま」を同じ店で買
って、郵便だけはすぐ出したが、その足でまた同じ道を戻るのが何だか不足だったので、啣くわえ煙草た
ばこの煙けむを秋の日に揺ゆらつかせながら、ぶらぶら歩いているうちに、どこか遠くへ行って、東京と
云う所はこんな所だと云う印象をはっきり頭の中へ刻みつけて、そうしてそれを今日の日曜の土産みやげ
に家うちへ帰って寝ねようと云う気になった。彼は年来東京の空気を吸って生きている男であるのみなら
ず、毎日役所の行通ゆきかよいには電車を利用して、賑にぎやかな町を二度ずつはきっと往いったり来た
りする習慣になっているのではあるが、身体からだと頭に楽らくがないので、いつでも上うわの空そらで
素通りをする事になっているから、自分がその賑やかな町の中に活いきていると云う自覚は近来とんと起
った事がない。もっとも平生へいぜいは忙がしさに追われて、別段気にも掛からないが、七日なのかに一
返いっぺんの休日が来て、心がゆったりと落ちつける機会に出逢であうと、不断の生活が急にそわそわし
た上調子うわちょうしに見えて来る。必竟ひっきょう自分は東京の中に住みながら、ついまだ東京という
ものを見た事がないんだという結論に到着すると、彼はそこにいつも妙な物淋さびしさを感ずるのである

 そう云う時には彼は急に思い出したように町へ出る。その上懐ふところに多少余裕よゆうでもあると、
これで一つ豪遊でもしてみようかと考える事もある。けれども彼の淋しみは、彼を思い切った極端に駆か
り去るほどに、強烈の程度なものでないから、彼がそこまで猛進する前に、それも馬鹿馬鹿しくなってや
めてしまう。のみならず、こんな人の常態として、紙入の底が大抵の場合には、軽挙を戒いましめる程度
内に膨ふくらんでいるので、億劫おっくうな工夫を凝こらすよりも、懐手ふところでをして、ぶらりと家
うちへ帰る方が、つい楽になる。だから宗助の淋さびしみは単なる散歩か勧工場かんこうば縦覧ぐらいな
ところで、次の日曜まではどうかこうか慰藉いしゃされるのである。
 この日も宗助はともかくもと思って電車へ乗った。ところが日曜の好天気にもかかわらず、平常よりは
乗客が少ないので例になく乗心地が好かった。その上乗客がみんな平和な顔をして、どれもこれも悠ゆっ
たりと落ちついているように見えた。宗助は腰を掛けながら、毎朝例刻に先を争って席を奪い合いながら
、丸の内方面へ向う自分の運命を顧かえりみた。出勤刻限の電車の道伴みちづれほど殺風景なものはない
。革かわにぶら下がるにしても、天鵞絨びろうどに腰を掛けるにしても、人間的な優やさしい心持の起っ

142 :山師さん:2016/05/18(水) 22:03:17.73 ID:4uTcWgUe
た試ためしはいまだかつてない。自分もそれでたくさんだと考えて、器械か何ぞと膝ひざを突き合せ肩を
並べたかのごとくに、行きたい所まで同席して不意と下りてしまうだけであった。前の御婆さんが八つぐ
らいになる孫娘の耳の所へ口を付けて何か云っているのを、傍そばに見ていた三十恰好がっこうの商家の
御神おかみさんらしいのが、可愛らしがって、年を聞いたり名を尋ねたりするところを眺ながめていると
、今更いまさらながら別の世界に来たような心持がした。
 頭の上には広告が一面に枠わくに嵌はめて掛けてあった。宗助は平生これにさえ気がつかなかった。何
心なしに一番目のを読んで見ると、引越は容易にできますと云う移転会社の引札ひきふだであった。その
次には経済を心得る人は、衛生に注意する人は、火の用心を好むものは、と三行に並べておいてその後あ
とに瓦斯竈ガスがまを使えと書いて、瓦斯竈から火の出ている画えまで添えてあった。三番目には露国文
豪トルストイ伯傑作「千古の雪」と云うのと、バンカラ喜劇小辰こたつ大一座と云うのが、赤地に白で染
め抜いてあった。
 宗助は約十分もかかって、すべての広告を丁寧ていねいに三返ほど読み直した。別に行って見ようと思
うものも、買って見たいと思うものも無かったが、ただこれらの広告が判然はっきりと自分の頭に映って
、そうしてそれを一々読み終おおせた時間のあった事と、それをことごとく理解し得たと云う心の余裕よ
ゆうが、宗助には少なからぬ満足を与えた。彼の生活はこれほどの余裕にすら誇りを感ずるほどに、日曜
以外の出入ではいりには、落ちついていられないものであった。
 宗助は駿河台下するがだいしたで電車を降りた。降りるとすぐ右側の窓硝子まどガラスの中に美しく並
べてある洋書に眼がついた。宗助はしばらくその前に立って、赤や青や縞しまや模様の上に、鮮あざやか
に叩たたき込んである金文字を眺めた。表題の意味は無論解るが、手に取って、中を検しらべて見ようと
いう好奇心はちっとも起らなかった。本屋の前を通ると、きっと中へ這入はいって見たくなったり、中へ
這入ると必ず何か欲しくなったりするのは、宗助から云うと、すでに一昔ひとむかし前の生活である。た
だ Historyヒストリ ofオフ Gamblingガムブリング(博奕史ばくえきし)と云うの
が、ことさらに美装して、一番真中に飾られてあったので、それが幾分か彼の頭に突飛とっぴな新し味を
加えただけであった。
 宗助は微笑しながら、急忙せわしい通りを向側むこうがわへ渡って、今度は時計屋の店を覗のぞき込ん
だ。金時計だの金鎖が幾つも並べてあるが、これもただ美しい色や恰好かっこうとして、彼の眸ひとみに
映るだけで、買いたい了簡りょうけんを誘致するには至らなかった。その癖彼は一々絹糸で釣るした価格
札ねだんふだを読んで、品物と見較みくらべて見た。そうして実際金時計の安価なのに驚ろいた。
 蝙蝠傘屋こうもりがさやの前にもちょっと立ちどまった。西洋小間物こまものを売る店先では、礼帽シ
ルクハットの傍わきにかけてあった襟飾えりかざりに眼がついた。自分の毎日かけているのよりも大変柄
がらが好かったので、価ねを聞いてみようかと思って、半分店の中へ這入はいりかけたが、明日あしたか
ら襟飾りなどをかけ替えたところが下らない事だと思い直すと、急に蟇口がまぐちの口を開けるのが厭い
やになって行き過ぎた。呉服店でもだいぶ立見をした。鶉御召うずらおめしだの、高貴織こうきおりだの
、清凌織せいりょうおりだの、自分の今日こんにちまで知らずに過ぎた名をたくさん覚えた。京都の襟新
えりしんと云う家うちの出店の前で、窓硝子まどガラスへ帽子の鍔つばを突きつけるように近く寄せて、
精巧に刺繍ぬいをした女の半襟はんえりを、いつまでも眺ながめていた。その中うちにちょうど細君に似
合いそうな上品なのがあった。買って行ってやろうかという気がちょっと起るや否いなや、そりゃ五六年
前ぜんの事だと云う考が後あとから出て来て、せっかく心持の好い思いつきをすぐ揉もみ消してしまった
。宗助は苦笑しながら窓硝子を離れてまた歩き出したが、それから半町ほどの間は何だかつまらないよう
な気分がして、往来にも店先にも格段の注意を払わなかった。
 ふと気がついて見ると角に大きな雑誌屋があって、その軒先には新刊の書物が大きな字で広告してある
。梯子はしごのような細長い枠わくへ紙を張ったり、ペンキ塗の一枚板へ模様画みたような色彩を施こし
たりしてある。宗助はそれを一々読んだ。著者の名前も作物さくぶつの名前も、一度は新聞の広告で見た

143 :山師さん:2016/05/18(水) 22:03:29.68 ID:4uTcWgUe
ようでもあり、また全く新奇のようでもあった。
 この店の曲り角の影になった所で、黒い山高帽を被かぶった三十ぐらいの男が地面の上へ気楽そうに胡
坐あぐらをかいて、ええ御子供衆の御慰おなぐさみと云いながら、大きな護謨風船ゴムふうせんを膨ふく
らましている。それが膨れると自然と達磨だるまの恰好かっこうになって、好加減いいかげんな所に眼口
まで墨で書いてあるのに宗助は感心した。その上一度息を入れると、いつまでも膨れている。かつ指の先
へでも、手の平の上へでも自由に尻が据すわる。それが尻の穴へ楊枝ようじのような細いものを突っ込む
としゅうっと一度に収縮してしまう。
 忙がしい往来の人は何人でも通るが、誰も立ちどまって見るほどのものはない。山高帽の男は賑にぎや
かな町の隅に、冷やかに胡坐あぐらをかいて、身の周囲まわりに何事が起りつつあるかを感ぜざるものの
ごとくに、ええ御子供衆の御慰みと云っては、達磨を膨らましている。宗助は一銭五厘出して、その風船
を一つ買って、しゅっと縮ましてもらって、それを袂たもとへ入れた。奇麗きれいな床屋へ行って、髪を
刈りたくなったが、どこにそんな奇麗なのがあるか、ちょっと見つからないうちに、日が限かぎって来た
ので、また電車へ乗って、宅うちの方へ向った。
 宗助が電車の終点まで来て、運転手に切符を渡した時には、もう空の色が光を失いかけて、湿った往来
に、暗い影が射さし募つのる頃であった。降りようとして、鉄の柱を握ったら、急に寒い心持がした。い
っしょに降りた人は、皆みんな離れ離れになって、事あり気に忙がしく歩いて行く。町のはずれを見ると
、左右の家の軒から家根やねへかけて、仄白ほのしろい煙りが大気の中に動いているように見える。宗助
も樹きの多い方角に向いて早足に歩を移した。今日の日曜も、暢のんびりした御天気も、もうすでにおし
まいだと思うと、少しはかないようなまた淋さみしいような一種の気分が起って来た。そうして明日あし
たからまた例によって例のごとく、せっせと働らかなくてはならない身体からだだと考えると、今日半日
の生活が急に惜しくなって、残る六日半むいかはんの非精神的な行動が、いかにもつまらなく感ぜられた
。歩いているうちにも、日当の悪い、窓の乏しい、大きな部屋の模様や、隣りに坐すわっている同僚の顔
や、野中さんちょっとと云う上官の様子ばかりが眼に浮かんだ。
 魚勝と云う肴屋さかなやの前を通り越して、その五六軒先の露次ろじとも横丁ともつかない所を曲ると
、行き当りが高い崖がけで、その左右に四五軒同じ構かまえの貸家が並んでいる。ついこの間までは疎ま
ばらな杉垣の奥に、御家人ごけにんでも住み古したと思われる、物寂ものさびた家も一つ地所のうちに混
まじっていたが、崖の上の坂井さかいという人がここを買ってから、たちまち萱葺かやぶきを壊して、杉
垣を引き抜いて、今のような新らしい普請ふしんに建て易かえてしまった。宗助の家うちは横丁を突き当
って、一番奥の左側で、すぐの崖下だから、多少陰気ではあるが、その代り通りからはもっとも隔ってい
るだけに、まあ幾分か閑静だろうと云うので、細君と相談の上、とくにそこを択えらんだのである。
 宗助は七日なのかに一返の日曜ももう暮れかかったので、早く湯にでも入いって、暇があったら髪でも
刈って、そうして緩ゆっくり晩食ばんめしを食おうと思って、急いで格子こうしを開けた。台所の方で皿
小鉢さらこばちの音がする。上がろうとする拍子ひょうしに、小六ころくの脱ぬぎ棄すてた下駄げたの上
へ、気がつかずに足を乗せた。曲こごんで位置を調ととのえているところへ小六が出て来た。台所の方で
御米およねが、
「誰? 兄さん?」と聞いた。宗助は、
「やあ、来ていたのか」と云いながら座敷へ上った。先刻さっき郵便を出してから、神田を散歩して、電
車を降りて家へ帰るまで、宗助の頭には小六の小の字も閃ひらめかなかった。宗助は小六の顔を見た時、
何となく悪い事でもしたようにきまりが好くなかった。
「御米、御米」と細君を台所から呼んで、
「小六が来たから、何か御馳走ごちそうでもするが好い」と云いつけた。細君は、忙がしそうに、台所の
障子しょうじを開け放したまま出て来て、座敷の入口に立っていたが、この分り切った注意を聞くや否や

「ええ今直じき」と云ったなり、引き返そうとしたが、また戻って来て、
「その代り小六さん、憚はばかり様さま。座敷の戸を閉たてて、洋灯ランプを点つけてちょうだい。今私
わたしも清きよも手が放せないところだから」と依頼たのんだ。小六は簡単に、

144 :山師さん:2016/05/18(水) 22:03:41.78 ID:4uTcWgUe
「はあ」と云って立ち上がった。
 勝手では清が物を刻む音がする。湯か水をざあと流しへ空あける音がする。「奥様これはどちらへ移し
ます」と云う声がする。「姉さん、ランプの心しんを剪きる鋏はさみはどこにあるんですか」と云う小六
の声がする。しゅうと湯が沸たぎって七輪しちりんの火へかかった様子である。
 宗助は暗い座敷の中で黙然もくねんと手焙てあぶりへ手を翳かざしていた。灰の上に出た火の塊かたま
りだけが色づいて赤く見えた。その時裏の崖がけの上の家主やぬしの家の御嬢さんがピヤノを鳴らし出し
た。宗助は思い出したように立ち上がって、座敷の雨戸を引きに縁側えんがわへ出た。孟宗竹もうそうち
くが薄黒く空の色を乱す上に、一つ二つの星が燦きらめいた。ピヤノの音ねは孟宗竹の後うしろから響い
た。



 宗助そうすけと小六ころくが手拭てぬぐいを下げて、風呂ふろから帰って来た時は、座敷の真中に真四
角な食卓を据すえて、御米およねの手料理が手際てぎわよくその上に並べてあった。手焙てあぶりの火も
出がけよりは濃い色に燃えていた。洋灯ランプも明るかった。
 宗助が机の前の座蒲団ざぶとんを引き寄せて、その上に楽々らくらくと胡坐あぐらを掻かいた時、手拭
と石鹸シャボンを受取った御米は、
「好い御湯だった事?」と聞いた。宗助はただ一言ひとこと、
「うん」と答えただけであったが、その様子は素気そっけないと云うよりも、むしろ湯上りで、精神が弛
緩しかんした気味に見えた。
「なかなか好い湯でした」と小六が御米の方を見て調子を合せた。
「しかしああ込んじゃ溜たまらないよ」と宗助が机の端はじへ肱ひじを持たせながら、倦怠けたるそうに
云った。宗助が風呂に行くのは、いつでも役所が退ひけて、家うちへ帰ってからの事だから、ちょうど人
の立て込む夕食前ゆうめしまえの黄昏たそがれである。彼はこの二三カ月間ついぞ、日の光に透すかして
湯の色を眺ながめた事がない。それならまだしもだが、ややともすると三日も四日もまるで銭湯の敷居を
跨またがずに過してしまう。日曜になったら、朝早く起きて何よりも第一に奇麗きれいな湯に首だけ浸つ
かってみようと、常は考えているが、さてその日曜が来て見ると、たまに悠ゆっくり寝られるのは、今日
ばかりじゃないかと云う気になって、つい床のうちでぐずぐずしているうちに、時間が遠慮なく過ぎて、
ええ面倒だ、今日はやめにして、その代り今度こんだの日曜に行こうと思い直すのが、ほとんど惰性のよ
うになっている。
「どうかして、朝湯にだけは行きたいね」と宗助が云った。
「その癖朝湯に行ける日は、きっと寝坊ねぼうなさるのね」と細君は調戯からかうような口調であった。
小六は腹の中でこれが兄の性来うまれつきの弱点であると思い込んでいた。彼は自分で学校生活をしてい
るにもかかわらず、兄の日曜が、いかに兄にとって貴たっといかを会得えとくできなかった。六日間の暗
い精神作用を、ただこの一日で暖かに回復すべく、兄は多くの希望を二十四時間のうちに投げ込んでいる
。だからやりたい事があり過ぎて、十の二三も実行できない。否、その二三にしろ進んで実行にかかると
、かえってそのために費やす時間の方が惜しくなって来て、ついまた手を引込めて、じっとしているうち
に日曜はいつか暮れてしまうのである。自分の気晴しや保養や、娯楽もしくは好尚こうしょうについてで
すら、かように節倹しなければならない境遇にある宗助が、小六のために尽さないのは、尽さないのでは
ない、頭に尽す余裕よゆうのないのだとは、小六から見ると、どうしても受取れなかった。兄はただ手前
勝手な男で、暇があればぶらぶらして細君と遊んでばかりいて、いっこう頼りにも力にもなってくれない
、真底は情合じょうあいに薄い人だぐらいに考えていた。
 けれども、小六がそう感じ出したのは、つい近頃の事で、実を云うと、佐伯との交渉が始まって以来の
話である。年の若いだけ、すべてに性急な小六は、兄に頼めば今日明日きょうあすにも方かたがつくもの
と、思い込んでいたのに、何日いつまでも埒らちが明かないのみか、まだ先方へ出かけてもくれないので
、だいぶ不平になったのである。
 ところが今日帰りを待ち受けて逢あって見ると、そこが兄弟で、別に御世辞も使わないうちに、どこか
暖味あたたかみのある仕打も見えるので、つい云いたい事も後廻しにして、いっしょに湯になんぞ這入は
いって、穏やかに打ち解けて話せるようになって来た。
 兄弟は寛くつろいで膳ぜんについた。御米も遠慮なく食卓の一隅ひとすみを領りょうした。宗助も小六

145 :山師さん:2016/05/18(水) 22:03:53.70 ID:4uTcWgUe
も猪口ちょくを二三杯ずつ干した。飯にかかる前に、宗助は笑いながら、
「うん、面白いものが有ったっけ」と云いながら、袂たもとから買って来た護謨風船ゴムふうせんの達磨
だるまを出して、大きく膨ふくらませて見せた。そうして、それを椀わんの葢ふたの上へ載のせて、その
特色を説明して聞かせた。御米も小六も面白がって、ふわふわした玉を見ていた。しまいに小六が、ふう
っと吹いたら達磨は膳ぜんの上から畳の上へ落ちた。それでも、まだ覆かえらなかった。
「それ御覧」と宗助が云った。
 御米は女だけに声を出して笑ったが、御櫃おはちの葢ふたを開けて、夫の飯を盛よそいながら、
「兄さんも随分呑気のんきね」と小六の方を向いて、半ば夫を弁護するように云った。宗助は細君から茶
碗を受取って、一言ひとことの弁解もなく食事を始めた。小六も正式に箸はしを取り上げた。
 達磨はそれぎり話題に上のぼらなかったが、これが緒いとくちになって、三人は飯の済むまで無邪気に
長閑のどかな話をつづけた。しまいに小六が気を換えて、
「時に伊藤さんもとんだ事になりましたね」と云い出した。宗助は五六日前伊藤公暗殺の号外を見たとき
、御米の働いている台所へ出て来て、「おい大変だ、伊藤さんが殺された」と云って、手に持った号外を
御米のエプロンの上に乗せたなり書斎へ這入はいったが、その語気からいうと、むしろ落ちついたもので
あった。
「あなた大変だって云う癖に、ちっとも大変らしい声じゃなくってよ」と御米が後あとから冗談じょうだ
ん半分にわざわざ注意したくらいである。その後日ごとの新聞に伊藤公の事が五六段ずつ出ない事はない
が、宗助はそれに目を通しているんだか、いないんだか分らないほど、暗殺事件については平気に見えた
。夜帰って来て、御米が飯の御給仕をするときなどに、「今日も伊藤さんの事が何か出ていて」と聞く事
があるが、その時には「うんだいぶ出ている」と答えるぐらいだから、夫の隠袋かくしの中に畳んである
今朝の読殻よみがらを、後あとから出して読んで見ないと、その日の記事は分らなかった。御米もつまり
は夫が帰宅後の会話の材料として、伊藤公を引合に出すぐらいのところだから、宗助が進まない方向へは
、たって話を引張りたくはなかった。それでこの二人の間には、号外発行の当日以後、今夜小六がそれを
云い出したまでは、公おおやけには天下を動かしつつある問題も、格別の興味をもって迎えられていなか
ったのである。
「どうして、まあ殺されたんでしょう」と御米は号外を見たとき、宗助に聞いたと同じ事をまた小六に向
って聞いた。
「短銃ピストルをポンポン連発したのが命中めいちゅうしたんです」と小六は正直に答えた。
「だけどさ。どうして、まあ殺されたんでしょう」
 小六は要領を得ないような顔をしている。宗助は落ちついた調子で、
「やっぱり運命だなあ」と云って、茶碗の茶を旨うまそうに飲んだ。御米はこれでも納得なっとくができ
なかったと見えて、
「どうしてまた満洲まんしゅうなどへ行ったんでしょう」と聞いた。
「本当にな」と宗助は腹が張って充分物足りた様子であった。
「何でも露西亜ロシアに秘密な用があったんだそうです」と小六が真面目まじめな顔をして云った。御米
は、
「そう。でも厭いやねえ。殺されちゃ」と云った。
「おれみたような腰弁こしべんは、殺されちゃ厭だが、伊藤さんみたような人は、哈爾賓ハルピンへ行っ
て殺される方がいいんだよ」と宗助が始めて調子づいた口を利きいた。
「あら、なぜ」
「なぜって伊藤さんは殺されたから、歴史的に偉い人になれるのさ。ただ死んで御覧、こうはいかないよ

「なるほどそんなものかも知れないな」と小六は少し感服したようだったが、やがて、
「とにかく満洲だの、哈爾賓だのって物騒な所ですね。僕は何だか危険なような心持がしてならない」と
云った。
「そりゃ、色んな人が落ち合ってるからね」
 この時御米は妙な顔をして、こう答えた夫の顔を見た。宗助もそれに気がついたらしく、
「さあ、もう御膳おぜんを下げたら好かろう」と細君を促うながして、先刻さっきの達磨だるまをまた畳
の上から取って、人指指ひとさしゆびの先へ載のせながら、
「どうも妙だよ。よくこう調子好くできるものだと思ってね」と云っていた。
 台所から清きよが出て来て、食い散らした皿小鉢さらこばちを食卓ごと引いて行った後で、御米も茶を

146 :山師さん:2016/05/18(水) 22:04:05.78 ID:4uTcWgUe
入れ替えるために、次の間へ立ったから、兄弟は差向いになった。
「ああ奇麗きれいになった。どうも食った後は汚ないものでね」と宗助は全く食卓に未練のない顔をした
。勝手の方で清がしきりに笑っている。
「何がそんなにおかしいの、清」と御米が障子越しょうじごしに話しかける声が聞えた。清はへえと云っ
てなお笑い出した。兄弟は何にも云わず、半なかば下女の笑い声に耳を傾けていた。
 しばらくして、御米が菓子皿と茶盆を両手に持って、また出て来た。藤蔓ふじづるの着いた大きな急須
きゅうすから、胃にも頭にも応こたえない番茶を、湯呑ゆのみほどな大きな茶碗ちゃわんに注ついで、両
人ふたりの前へ置いた。
「何だって、あんなに笑うんだい」と夫が聞いた。けれども御米の顔は見ずにかえって菓子皿の中を覗の
ぞいていた。
「あなたがあんな玩具おもちゃを買って来て、面白そうに指の先へ乗せていらっしゃるからよ。子供もな
い癖に」
 宗助は意にも留めないように、軽く「そうか」と云ったが、後あとから緩ゆっくり、
「これでも元は子供があったんだがね」と、さも自分で自分の言葉を味わっている風につけ足して、生温
なまぬるい眼を挙げて細君を見た。御米はぴたりと黙ってしまった。
「あなた御菓子食べなくって」と、しばらくしてから小六の方へ向いて話し掛けたが、
「ええ食べます」と云う小六の返事を聞き流して、ついと茶の間へ立って行った。兄弟はまた差向いにな
った。
 電車の終点から歩くと二十分近くもかかる山の手の奥だけあって、まだ宵よいの口くちだけれども、四
隣あたりは存外静かである。時々表を通る薄歯の下駄の響が冴さえて、夜寒よさむがしだいに増して来る
。宗助は懐手ふところでをして、
「昼間は暖あったかいが、夜になると急に寒くなるね。寄宿じゃもう蒸汽スチームを通しているかい」と
聞いた。
「いえ、まだです。学校じゃよっぽど寒くならなくっちゃ、蒸汽なんか焚たきゃしません」
「そうかい。それじゃ寒いだろう」
「ええ。しかし寒いくらいどうでも構わないつもりですが」と云ったまま、小六はすこし云い淀よどんで
いたが、しまいにとうとう思い切って、
「兄さん、佐伯さえきの方はいったいどうなるんでしょう。先刻さっき姉さんから聞いたら、今日手紙を
出して下すったそうですが」
「ああ出した。二三日中に何とか云って来るだろう。その上でまたおれが行くともどうともしようよ」
 小六は兄の平気な態度を、心の中うちでは飽足らず眺ながめた。しかし宗助の様子にどこと云って、他
ひとを激させるような鋭するどいところも、自みずからを庇護かばうような卑いやしい点もないので、喰
くってかかる勇気はさらに出なかった。ただ
「じゃ今日きょうまであのままにしてあったんですか」と単に事実を確めた。
「うん、実は済まないがあのままだ。手紙も今日やっとの事で書いたくらいだ。どうも仕方がないよ。近
頃神経衰弱でね」と真面目まじめに云う。小六は苦笑した。
「もし駄目なら、僕は学校をやめて、いっそ今のうち、満洲か朝鮮へでも行こうかと思ってるんです」
「満洲か朝鮮? ひどくまた思い切ったもんだね。だって、御前先刻さっき満洲は物騒で厭いやだって云
ったじゃないか」
 用談はこんなところに往ったり来たりして、ついに要領を得なかった。しまいに宗助が、
「まあ、好いや、そう心配しないでも、どうかなるよ。何しろ返事の来しだい、おれがすぐ知らせてやる
。その上でまた相談するとしよう」と云ったので、談話はなしに区切がついた。
 小六が帰りがけに茶の間を覗のぞいたら、御米は何にもしずに、長火鉢ながひばちに倚よりかかってい
た。
「姉さん、さようなら」と声を掛けたら、「おや御帰り」と云いながらようやく立って来た。



 小六ころくの苦くにしていた佐伯さえきからは、予期の通り二三日して返事があったが、それは極きわ
めて簡単なもので、端書はがきでも用の足りるところを、鄭重ていちょうに封筒へ入れて三銭の切手を貼
はった、叔母の自筆に過ぎなかった。

147 :山師さん:2016/05/18(水) 22:04:17.70 ID:4uTcWgUe
 役所から帰って、筒袖つつそでの仕事着を、窮屈そうに脱ぬぎ易かえて、火鉢ひばちの前へ坐すわるや
否や、抽出ひきだしから一寸ほどわざと余して差し込んであった状袋に眼が着いたので、御米およねの汲
んで出す番茶を一口呑のんだまま、宗助そうすけはすぐ封を切った。
「へえ、安やすさんは神戸へ行ったんだってね」と手紙を読みながら云った。
「いつ?」と御米は湯呑を夫の前に出した時の姿勢のままで聞いた。
「いつとも書いてないがね。何しろ遠からぬうちには帰京仕るべく候間と書いてあるから、もうじき帰っ
て来るんだろう」
「遠からぬうちなんて、やっぱり叔母さんね」
 宗助は御米の批評に、同意も不同意も表しなかった。読んだ手紙を巻き納めて、投げるようにそこへ放
り出して、四五日目になる、ざらざらした腮あごを、気味わるそうに撫なで廻した。
 御米はすぐその手紙を拾ったが、別に読もうともしなかった。それを膝ひざの上へ乗せたまま、夫の顔
を見て、
「遠からぬうちには帰京仕つかまつるべく候間、どうだって云うの」と聞いた。
「いずれ帰ったら、安之助やすのすけと相談して何とか御挨拶ごあいさつを致しますと云うのさ」
「遠からぬうちじゃ曖昧あいまいね。いつ帰るとも書いてなくって」
「いいや」
 御米は念のため、膝の上の手紙を始めて開いて見た。そうしてそれを元のように畳んで、
「ちょっとその状袋を」と手を夫おっとの方へ出した。宗助は自分と火鉢の間に挟まっている青い封筒を
取って細君に渡した。御米はそれをふっと吹いて、中を膨ふくらまして手紙を収めた。そうして台所へ立
った。
 宗助はそれぎり手紙の事には気を留めなかった。今日役所で同僚が、この間英吉利イギリスから来遊し
たキチナー元帥に、新橋の傍そばで逢あったと云う話を思い出して、ああ云う人間になると、世界中どこ
へ行っても、世間を騒がせるようにできているようだが、実際そういう風に生れついて来たものかも知れ
ない。自分の過去から引き摺ずってきた運命や、またその続きとして、これから自分の眼前に展開されべ
き[#「展開されべき」はママ]将来を取って、キチナーと云う人のそれに比べて見ると、とうてい同じ
人間とは思えないぐらい懸かけ隔へだたっている。
 こう考えて宗助はしきりに煙草たばこを吹かした。表は夕方から風が吹き出して、わざと遠くの方から
襲おそって来るような音がする。それが時々やむと、やんだ間は寂しんとして、吹き荒れる時よりはなお
淋さびしい。宗助は腕組をしながら、もうそろそろ火事の半鐘はんしょうが鳴り出す時節だと思った。
 台所へ出て見ると、細君は七輪しちりんの火を赤くして、肴さかなの切身を焼いていた。清きよは流し
元に曲こごんで漬物を洗っていた。二人とも口を利きかずにせっせと自分のやる事をやっている。宗助は
障子しょうじを開けたなり、しばらく肴から垂たる汁つゆか膏あぶらの音を聞いていたが、無言のままま
た障子を閉たてて元の座へ戻った。細君は眼さえ肴から離さなかった。
 食事を済まして、夫婦が火鉢を間あいに向い合った時、御米はまた
「佐伯の方は困るのね」と云い出した。
「まあ仕方がない。安さんが神戸から帰るまで待つよりほかに道はあるまい」
「その前にちょっと叔母さんに逢って話をしておいた方が好かなくって」
「そうさ。まあそのうち何とか云って来るだろう。それまで打遣うっちゃっておこうよ」
「小六さんが怒ってよ。よくって」と御米はわざと念を押しておいて微笑した。宗助は下眼を使って、手
に持った小楊枝こようじを着物の襟えりへ差した。
 中一日なかいちんち置いて、宗助はようやく佐伯からの返事を小六に知らせてやった。その時も手紙の
尻しりに、まあそのうちどうかなるだろうと云う意味を、例のごとく付け加えた。そうして当分はこの事
件について肩が抜けたように感じた。自然の経過なりゆきがまた窮屈に眼の前に押し寄せて来るまでは、
忘れている方が面倒がなくって好いぐらいな顔をして、毎日役所へ出てはまた役所から帰って来た。帰り
も遅いが、帰ってから出かけるなどという億劫おっくうな事は滅多めったになかった。客はほとんど来な
い。用のない時は清を十時前に寝ねかす事さえあった。夫婦は毎夜同じ火鉢の両側に向き合って、食後一
時間ぐらい話をした。話の題目は彼らの生活状態に相応した程度のものであった。けれども米屋の払を、
この三十日みそかにはどうしたものだろうという、苦しい世帯話は、いまだかつて一度も彼らの口には上
らなかった。と云って、小説や文学の批評はもちろんの事、男と女の間を陽炎かげろうのように飛び廻る

148 :山師さん:2016/05/18(水) 22:04:29.93 ID:4uTcWgUe
、花やかな言葉のやりとりはほとんど聞かれなかった。彼らはそれほどの年輩でもないのに、もうそこを
通り抜けて、日ごとに地味になって行く人のようにも見えた。または最初から、色彩の薄い極きわめて通
俗の人間が、習慣的に夫婦の関係を結ぶために寄り合ったようにも見えた。
 上部うわべから見ると、夫婦ともそう物に屈托くったくする気色けしきはなかった。それは彼らが小六
の事に関して取った態度について見てもほぼ想像がつく。さすが女だけに御米は一二度、
「安さんは、まだ帰らないんでしょうかね。あなた今度こんだの日曜ぐらいに番町まで行って御覧なさら
なくって」と注意した事があるが、宗助は、
「うん、行っても好い」ぐらいな返事をするだけで、その行っても好い日曜が来ると、まるで忘れたよう
に済ましている。御米もそれを見て、責める様子もない。天気が好いと、
「ちと散歩でもしていらっしゃい」と云う。雨が降ったり、風が吹いたりすると、
「今日は日曜で仕合せね」と云う。
 幸にして小六はその後ご一度もやって来ない。この青年は、至って凝こり性しょうの神経質で、こうと
思うとどこまでも進んで来るところが、書生時代の宗助によく似ている代りに、ふと気が変ると、昨日き
のうの事はまるで忘れたように引っ繰り返って、けろりとした顔をしている。そこも兄弟だけあって、昔
の宗助にそのままである。それから、頭脳が比較的明暸めいりょうで、理路に感情を注つぎ込むのか、ま
たは感情に理窟りくつの枠わくを張るのか、どっちか分らないが、とにかく物に筋道を付けないと承知し
ないし、また一返いっぺん筋道が付くと、その筋道を生かさなくってはおかないように熱中したがる。そ
の上体質の割合に精力がつづくから、若い血気に任せて大抵の事はする。
 宗助は弟を見るたびに、昔の自分が再び蘇生そせいして、自分の眼の前に活動しているような気がして
ならなかった。時には、はらはらする事もあった。また苦々にがにがしく思う折もあった。そう云う場合
には、心のうちに、当時の自分が一図に振舞った苦い記憶を、できるだけしばしば呼び起させるために、
とくに天が小六を自分の眼の前に据すえ付けるのではなかろうかと思った。そうして非常に恐ろしくなっ
た。こいつもあるいはおれと同一の運命に陥おちいるために生れて来たのではなかろうかと考えると、今
度は大いに心がかりになった。時によると心がかりよりは不愉快であった。
 けれども、今日こんにちまで宗助は、小六に対して意見がましい事を云った事もなければ、将来につい
て注意を与えた事もなかった。彼の弟に対する待遇方ほうはただ普通凡庸ぼんようのものであった。彼の
今の生活が、彼のような過去を有っている人とは思えないほどに、沈んでいるごとく、彼の弟を取り扱う
様子にも、過去と名のつくほどの経験を有もった年長者の素振そぶりは容易に出なかった。
 宗助と小六の間には、まだ二人ほど男の子が挟はさまっていたが、いずれも早世そうせいしてしまった
ので、兄弟とは云いながら、年は十とおばかり違っている。その上宗助はある事情のために、一年の時京
都へ転学したから、朝夕ちょうせきいっしょに生活していたのは、小六の十二三の時までである。宗助は
剛情ごうじょうな聴きかぬ気の腕白小僧としての小六をいまだに記憶している。その時分は父も生きてい
たし、家うちの都合も悪くはなかったので、抱車夫かかえしゃふを邸内の長屋に住まわして、楽に暮して
いた。この車夫に小六よりは三つほど年下の子供があって、始終しじゅう小六の御相手をして遊んでいた
。ある夏の日盛りに、二人して、長い竿さおのさきへ菓子袋を括くくり付けて、大きな柿の木の下で蝉せ
みの捕りくらをしているのを、宗助が見て、兼坊けんぼうそんなに頭を日に照らしつけると霍乱かくらん
になるよ、さあこれを被かぶれと云って、小六の古い夏帽を出してやった。すると、小六は自分の所有物
を兄が無断で他ひとにくれてやったのが、癪しゃくに障さわったので、突然いきなり兼坊の受取った帽子
を引ったくって、それを地面の上へ抛なげつけるや否や、馳かけ上がるようにその上へ乗って、くしゃり
と麦藁帽むぎわらぼうを踏み潰つぶしてしまった。宗助は縁から跣足はだしで飛んで下りて、小六の頭を
擲なぐりつけた。その時から、宗助の眼には、小六が小悪こにくらしい小僧として映った。
 二年の時宗助は大学を去らなければならない事になった。東京の家うちへも帰かえれない事になった。
京都からすぐ広島へ行って、そこに半年ばかり暮らしているうちに父が死んだ。母は父よりも六年ほど前

149 :山師さん:2016/05/18(水) 22:04:41.76 ID:4uTcWgUe
に死んでいた。だから後には二十五六になる妾めかけと、十六になる小六が残っただけであった。
 佐伯から電報を受け取って、久しぶりに出京した宗助は、葬式を済ました上、家うちの始末をつけよう
と思ってだんだん調べて見ると、あると思った財産は案外に少なくって、かえって無いつもりの借金がだ
いぶあったに驚ろかされた。叔父の佐伯に相談すると、仕方がないから邸やしきを売るが好かろうと云う
話であった。妾めかけは相当の金をやってすぐ暇を出す事にきめた。小六は当分叔父の家に引き取って世
話をして貰もらう事にした。しかし肝心かんじんの家屋敷はすぐ右から左へと売れる訳わけには行かなか
った。仕方がないから、叔父に一時の工面くめんを頼んで、当座の片をつけて貰った。叔父は事業家でい
ろいろな事に手を出しては失敗する、云わば山気やまぎの多い男であった。宗助が東京にいる時分も、よ
く宗助の父を説きつけては、旨うまい事を云って金を引き出したものである。宗助の父にも慾があったか
も知れないが、この伝でんで叔父の事業に注つぎ込んだ金高はけっして少ないものではなかった。
 父の亡くなったこの際にも、叔父の都合は元と余り変っていない様子であったが、生前の義理もあるし
、またこう云う男の常として、いざと云う場合には比較的融通のつくものと見えて、叔父は快よく整理を
引き受けてくれた。その代り宗助は自分の家屋敷の売却方についていっさいの事を叔父に一任してしまっ
た。早く云うと、急場の金策に対する報酬として土地家屋を提供したようなものである。叔父は、
「何しろ、こう云うものは買手を見て売らないと損だからね」と云った。
 道具類も積せきばかり取って、金目にならないものは、ことごとく売り払ったが、五六幅の掛物と十二
三点の骨董品こっとうひんだけは、やはり気長に欲しがる人を探さがさないと損だと云う叔父の意見に同
意して、叔父に保管を頼む事にした。すべてを差し引いて手元に残った有金は、約二千円ほどのものであ
ったが、宗助はそのうちの幾分を、小六の学資として、使わなければならないと気がついた。しかし月々
自分の方から送るとすると、今日こんにちの位置が堅固でない当時、はなはだ実行しにくい結果に陥おち
いりそうなので、苦しくはあったが、思い切って、半分だけを叔父に渡して、何分宜よろしくと頼んだ。
自分が中途で失敗しくじったから、せめて弟だけは物にしてやりたい気もあるので、この千円が尽きたあ
とは、またどうにか心配もできようしまたしてくれるだろうぐらいの不慥ふたしかな希望を残して、また
広島へ帰って行った。
 それから半年ばかりして、叔父の自筆で、家はとうとう売れたから安心しろと云う手紙が来たが、いく
らに売れたとも何とも書いてないので、折り返して聞き合せると、二週間ほど経たっての返事に、優に例
の立替を償つぐなうに足る金額だから心配しなくても好いとあった。宗助はこの返事に対して少なからず
不満を感じたには感じたが、同じ書信の中に、委細はいずれ御面会の節云々とあったので、すぐにも東京
へ行きたいような気がして、実はこうこうだがと、相談半分細君に話して見ると、御米は気の毒そうな顔
をして、
「でも、行けないんだから、仕方がないわね」と云って、例のごとく微笑した。その時宗助は始めて細君
から宣告を受けた人のように、しばらく腕組をして考えたが、どう工夫したって、抜ける事のできないよ
うな位地いちと事情の下もとに束縛そくばくされていたので、ついそれなりになってしまった。
 仕方がないから、なお三四回書面で往復を重ねて見たが、結果はいつも同じ事で、版行はんこうで押し
たようにいずれ御面会の節を繰り返して来るだけであった。
「これじゃしようがないよ」と宗助は腹が立ったような顔をして御米を見た。三カ月ばかりして、ようや
く都合がついたので、久し振りに御米を連れて、出京しようと思う矢先に、つい風邪かぜを引いて寝ねた
のが元で、腸窒扶斯ちょうチフスに変化したため、六十日余りを床の上に暮らした上に、あとの三十日ほ
どは充分仕事もできないくらい衰えてしまった。
 病気が本復してから間もなく、宗助はまた広島を去って福岡の方へ移らなければならない身となった。
移る前に、好い機会だからちょっと東京まで出たいものだと考えているうちに、今度もいろいろの事情に
制せられて、ついそれも遂行すいこうせずに、やはり下り列車の走る方かたに自己の運命を托した。その
頃は東京の家を畳むとき、懐ふところにして出た金は、ほとんど使い果たしていた。彼の福岡生活は前後
二年を通じて、なかなかの苦闘であった。彼は書生として京都にいる時分、種々の口実の下もとに、父か

150 :山師さん:2016/05/18(水) 22:04:53.72 ID:4uTcWgUe
ら臨時随意に多額の学資を請求して、勝手しだいに消費した昔をよく思い出して、今の身分と比較しつつ
、しきりに因果いんがの束縛を恐れた。ある時はひそかに過ぎた春を回顧して、あれが己おれの栄華の頂
点だったんだと、始めて醒さめた眼に遠い霞かすみを眺ながめる事もあった。いよいよ苦しくなった時、
「御米、久しく放っておいたが、また東京へ掛合かけあってみようかな」と云い出した。御米は無論逆さ
からいはしなかった。ただ下を向いて、
「駄目よ。だって、叔父さんに全く信用がないんですもの」と心細そうに答えた。
「向うじゃこっちに信用がないかも知れないが、こっちじゃまた向うに信用がないんだ」と宗助は威張っ
て云い出したが、御米の俯目ふしめになっている様子を見ると、急に勇気が挫くじける風に見えた。こん
な問答を最初は月に一二返ぐらい繰り返していたが、後のちには二月ふたつきに一返になり、三月みつき
に一返になり、とうとう、
「好いいや、小六さえどうかしてくれれば。あとの事はいずれ東京へ出たら、逢あった上で話をつけらあ
。ねえ御米、そうすると、しようじゃないか」と云い出した。
「それで、好よござんすとも」と御米は答えた。
 宗助は佐伯の事をそれなり放ってしまった。単なる無心は、自分の過去に対しても、叔父に向って云い
出せるものでないと、宗助は考えていた。したがってその方の談判は、始めからいまだかつて筆にした事
がなかった。小六からは時々手紙が来たが、極きわめて短かい形式的のものが多かった。宗助は父の死ん
だ時、東京で逢った小六を覚えているだけだから、いまだに小六を他愛たわいない小供ぐらいに想像する
ので、自分の代理に叔父と交渉させようなどと云う気は無論起らなかった。
 夫婦は世の中の日の目を見ないものが、寒さに堪たえかねて、抱き合って暖だんを取るような具合に、
御互同志を頼りとして暮らしていた。苦しい時には、御米がいつでも、宗助に、
「でも仕方がないわ」と云った。宗助は御米に、
「まあ我慢するさ」と云った。
 二人の間には諦あきらめとか、忍耐とか云うものが断えず動いていたが、未来とか希望と云うものの影
はほとんど射さないように見えた。彼らは余り多く過去を語らなかった。時としては申し合わせたように
、それを回避する風さえあった。御米が時として、
「そのうちにはまたきっと好い事があってよ。そうそう悪い事ばかり続くものじゃないから」と夫おっと
を慰さめるように云う事があった。すると、宗助にはそれが、真心まごころある妻さいの口を藉かりて、
自分を翻弄ほんろうする運命の毒舌のごとくに感ぜられた。宗助はそう云う場合には何にも答えずにただ
苦笑するだけであった。御米がそれでも気がつかずに、なにか云い続けると、
「我々は、そんな好い事を予期する権利のない人間じゃないか」と思い切って投げ出してしまう。細君は
ようやく気がついて口を噤つぐんでしまう。そうして二人が黙って向き合っていると、いつの間にか、自
分達は自分達の拵こしらえた、過去という暗い大きな窖あなの中に落ちている。
 彼らは自業自得じごうじとくで、彼らの未来を塗抹とまつした。だから歩いている先の方には、花やか
な色彩を認める事ができないものと諦あきらめて、ただ二人手を携たずさえて行く気になった。叔父の売
り払ったと云う地面家作についても、固もとより多くの期待は持っていなかった。時々考え出したように

「だって、近頃の相場なら、捨売すてうりにしたって、あの時叔父の拵らえてくれた金の倍にはなるんだ
もの。あんまり馬鹿馬鹿しいからね」と宗助が云い出すと、御米は淋さみしそうに笑って、
「また地面? いつまでもあの事ばかり考えていらっしゃるのね。だって、あなたが万事宜よろしく願い
ますと、叔父さんにおっしゃったんでしょう」と云う。
「そりゃ仕方がないさ。あの場合ああでもしなければ方ほうがつかないんだもの」と宗助が云う。
「だからさ。叔父さんの方では、御金の代りに家うちと地面を貰ったつもりでいらっしゃるかも知れなく
ってよ」と御米が云う。
 そう云われると、宗助も叔父の処置に一理あるようにも思われて、口では、
「そのつもりが好くないじゃないか」と答弁するようなものの、この問題はその都度つどしだいしだいに
背景の奥に遠ざかって行くのであった。
 夫婦がこんな風に淋しく睦むつまじく暮らして来た二年目の末に、宗助はもとの同級生で、学生時代に
は大変懇意であった杉原と云う男に偶然出逢った。杉原は卒業後高等文官試験に合格して、その時すでに

151 :山師さん:2016/05/18(水) 22:05:05.78 ID:4uTcWgUe
或省に奉職していたのだが、公務上福岡と佐賀へ出張することになって、東京からわざわざやって来たの
である。宗助は所の新聞で、杉原のいつ着いて、どこに泊っているかをよく知ってはいたが、失敗者とし
ての自分に顧かえりみて、成効者せいこうしゃの前に頭を下げる対照を恥ずかしく思った上に、自分は在
学当時の旧友に逢うのを、特に避けたい理由を持っていたので、彼の旅館を訪ねる気は毛頭なかった。
 ところが杉原の方では、妙な引掛りから、宗助のここに燻くすぶっている事を聞き出して、強しいて面
会を希望するので、宗助もやむを得ず我がを折った。宗助が福岡から東京へ移れるようになったのは、全
くこの杉原の御蔭おかげである。杉原から手紙が来て、いよいよ事がきまったとき、宗助は箸はしを置い
て、
「御米、とうとう東京へ行けるよ」と云った。
「まあ結構ね」と御米が夫の顔を見た。
 東京に着いてから二三週間は、眼の回まわるように日が経たった。新らしく世帯を有もって、新らしい
仕事を始める人に、あり勝ちな急忙せわしなさと、自分達を包む大都の空気の、日夜劇はげしく震盪しん
とうする刺戟しげきとに駆かられて、何事をもじっと考える閑ひまもなく、また落ちついて手を下くだす
分別も出なかった。
 夜汽車で新橋へ着いた時は、久しぶりに叔父夫婦の顔を見たが、夫婦とも灯ひのせいか晴れやかな色に
は宗助の眼に映らなかった。途中に事故があって、着ちゃくの時間が珍らしく三十分ほど後れたのを、宗
助の過失ででもあるかのように、待草臥まちくたびれた気色けしきであった。
 宗助がこの時叔母から聞いた言葉は、
「おや宗そうさん、しばらく御目に掛かからないうちに、大変御老おふけなすった事」という一句であっ
た。御米はその折おり始めて叔父夫婦に紹介された。
「これがあの……」と叔母は逡巡ためらって宗助の方を見た。御米は何と挨拶あいさつのしようもないの
で、無言のままただ頭を下げた。
 小六も無論叔父夫婦と共に二人を迎いに来ていた。宗助は一眼その姿を見たとき、いつの間にか自分を
凌しのぐように大きくなった、弟の発育に驚ろかされた。小六はその時中学を出て、これから高等学校へ
這入はいろうという間際まぎわであった。宗助を見て、「兄さん」とも「御帰りなさい」とも云わないで
、ただ不器用に挨拶をした。
 宗助と御米は一週ばかり宿屋住居ずまいをして、それから今の所に引き移った。その時は叔父夫婦がい
ろいろ世話を焼いてくれた。細々こまごましい台所道具のようなものは買うまでもあるまい、古いのでよ
ければと云うので、小人数に必要なだけ一通り取り揃そろえて送って来た。その上、
「御前も新世帯だから、さぞ物要ものいりが多かろう」と云って金を六十円くれた。
 家うちを持ってかれこれ取り紛まぎれているうちに、早はや半月余よも経ったが、地方にいる時分あん
なに気にしていた家邸いえやしきの事は、ついまだ叔父に言い出さずにいた。ある時御米が、
「あなたあの事を叔父さんにおっしゃって」と聞いた。宗助はそれで急に思い出したように、
「うん、まだ云わないよ」と答えた。
「妙ね、あれほど気にしていらしったのに」と御米がうす笑をした。
「だって、落ちついて、そんな事を云い出す暇ひまがないんだもの」と宗助が弁解した。
 また十日ほど経たった。すると今度こんだは宗助の方から、
「御米、あの事はまだ云わないよ。どうも云うのが面倒で厭いやになった」と云い出した。
「厭なのを無理におっしゃらなくってもいいわ」と御米が答えた。
「好いかい」と宗助が聞き返した。
「好いかいって、もともとあなたの事じゃなくって。私は先せんからどうでも好いんだわ」と御米が答え
た。
 その時宗助は、
「じゃ、鹿爪しかつめらしく云い出すのも何だか妙だから、そのうち機会おりがあったら、聞くとしよう
。なにそのうち聞いて見る機会おりがきっと出て来るよ」と云って延ばしてしまった。
 小六は何不足なく叔父の家に寝起ねおきしていた。試験を受けて高等学校へ這入はいれれば、寄宿へ入
舎しなければならないと云うので、その相談まですでに叔父と打合せがしてあるようであった。新らしく
出京した兄からは別段学資の世話を受けないせいか、自分の身の上については叔父ほどに親しい相談も持
ち込んで来なかった。従兄弟いとこの安之助とは今までの関係上大変仲が好かった。かえってこの方が兄
弟らしかった。
 宗助は自然叔父の家うちに足が遠くなるようになった。たまに行っても、義理一遍の訪問に終る事が多

152 :山師さん:2016/05/18(水) 22:05:17.80 ID:4uTcWgUe
いので、帰り路にはいつもつまらない気がしてならなかった。しまいには時候の挨拶あいさつを済ますと
、すぐ帰りたくなる事もあった。こう云う時には三十分と坐すわって、世間話に時間を繋つなぐのにさえ
骨が折れた。向うでも何だか気が置けて窮屈だと云う風が見えた。
「まあいいじゃありませんか」と叔母が留めてくれるのが例であるが、そうすると、なおさらいにくい心
持がした。それでも、たまには行かないと、心のうちで気が咎とがめるような不安を感ずるので、また行
くようになった。折々は、
「どうも小六が御厄介ごやっかいになりまして」とこっちから頭を下げて礼を云う事もあった。けれども
、それ以上は、弟の将来の学資についても、また自分が叔父に頼んで、留守中に売り払って貰もらった地
所家作についても、口を切るのがつい面倒になった。しかし宗助が興味を有もたない叔父の所へ、不精無
精ふしょうぶしょうにせよ、時たま出掛けて行くのは、単に叔父甥おいの血属関係を、世間並に持ち堪こ
たえるための義務心からではなくって、いつか機会があったら、片をつけたい或物を胸の奥に控えていた
結果に過ぎないのは明かであった。
「宗さんはどうもすっかり変っちまいましたね」と叔母が叔父に話す事があった。すると叔父は、
「そうよなあ。やっぱり、ああ云う事があると、永ながくまで後あとへ響くものだからな」と答えて、因
果いんがは恐ろしいと云う風をする。叔母は重ねて、
「本当に、怖こわいもんですね。元はあんな寝入ねいった子こじゃなかったが――どうもはしゃぎ過ぎる
くらい活溌かっぱつでしたからね。それが二三年見ないうちに、まるで別の人みたように老ふけちまって
。今じゃあなたより御爺おじいさん御爺さんしていますよ」と云う。
「真逆まさか」と叔父がまた答える。
「いえ、頭や顔は別として、様子がさ」と叔母がまた弁解する。
 こんな会話が老夫婦の間に取り換わされたのは、宗助が出京して以来一度や二度ではなかった。実際彼
は叔父の所へ来ると、老人の眼に映る通りの人間に見えた。
 御米はどう云うものか、新橋へ着いた時、老人夫婦に紹介されたぎり、かつて叔父の家の敷居を跨また
いだ事がない。むこうから見えれば叔父さん叔母さんと丁寧ていねいに接待するが、帰りがけに、
「どうです、ちと御出かけなすっちゃ」などと云われると、ただ、
「ありがとう」と頭を下げるだけで、ついぞ出掛けた試ためしはなかった。さすがの宗助さえ一度は、
「叔父さんの所へ一度行って見ちゃ、どうだい」と勧すすめた事があるが、
「でも」と変な顔をするので、宗助はそれぎりけっしてその事を云い出さなかった。
 両家族はこの状態で約一年ばかりを送った。すると宗助よりも気分は若いと許された叔父が突然死んだ
。病症は脊髄脳膜炎せきずいのうまくえんとかいう劇症げきしょうで、二三日風邪かぜの気味で寝ねてい
たが、便所へ行った帰りに、手を洗おうとして、柄杓ひしゃくを持ったまま卒倒したなり、一日いちんち
経たつか経たないうちに冷たくなってしまったのである。
「御米、叔父はとうとう話をしずに死んでしまったよ」と宗助が云った。
「あなたまだ、あの事を聞くつもりだったの、あなたも随分執念深しゅうねんぶかいのね」と御米が云っ
た。
 それからまた一年ばかり経ったら、叔父の子の安之助が大学を卒業して、小六が高等学校の二年生にな
った。叔母は安之助といっしょに中六番町に引き移った。
 三年目の夏休みに小六は房州の海水浴へ行った。そこに一月余りも滞在しているうちに九月になり掛け
たので、保田ほたから向うへ突切つっきって、上総かずさの海岸を九十九里伝いに、銚子ちょうしまで来
たが、そこから思い出したように東京へ帰った。宗助の所へ見えたのは、帰ってから、まだ二三日しか立
たない、残暑の強い午後である。真黒に焦こげた顔の中に、眼だけ光らして、見違えるように蛮色ばんし
ょくを帯びた彼は、比較的日の遠い座敷へ這入はいったなり横になって、兄の帰りを待ち受けていたが、
宗助の顔を見るや否や、むっくり起き上がって、
「兄さん、少し御話があって来たんですが」と開き直られたので、宗助は少し驚ろいた気味で、暑苦しい
洋服さえ脱ぎ更かえずに、小六の話を聞いた。
 小六の云うところによると、二三日前彼が上総から帰った晩、彼の学資はこの暮限り、気の毒ながら出
してやれないと叔母から申し渡されたのだそうである。小六は父が死んで、すぐと叔父に引き取られて以
来、学校へも行けるし、着物も自然ひとりでにできるし、小遣こづかいも適宜てきぎに貰えるので、父の

153 :山師さん:2016/05/18(水) 22:05:29.87 ID:4uTcWgUe
存生中ぞんしょうちゅうと同じように、何不足なく暮らせて来た惰性から、その日その晩までも、ついぞ
学資と云う問題を頭に思い浮べた事がなかったため、叔母の宣告を受けた時は、茫然ぼんやりしてとかく
の挨拶あいさつさえできなかったのだと云う。
 叔母は気の毒そうに、なぜ小六の世話ができなくなったかを、女だけに、一時間も掛かって委くわしく
説明してくれたそうである。それには叔父の亡なくなった事やら、継ついで起る経済上の変化やら、また
安之助の卒業やら、卒業後に控えている結婚問題やらが這入っていたのだと云う。
「できるならば、せめて高等学校を卒業するまでと思って、今日きょうまでいろいろ骨を折ったんだけれ
ども」
 叔母はこう云ったと小六は繰り返した。小六はその時ふと兄が、先年父の葬式の時に出京して、万事を
片づけた後、広島へ帰るとき、小六に、御前の学資は叔父さんに預けてあるからと云った事があるのを思
い出して、叔母に始めて聞いて見ると、叔母は案外な顔をして、
「そりゃ、あの時、宗そうさんが若干いくらか置いて行きなすった事は、行きなすったが、それはもうあ
りゃしないよ。叔父さんのまだ生きて御出おいでの時分から、御前の学資は融通して来たんだから」と答
えた。
 小六は兄から自分の学資がどれほどあって、何年分の勘定かんじょうで、叔父に預けられたかを、聞い
ておかなかったから、叔母からこう云われて見ると、一言ひとことも返しようがなかった。
「御前おまえも一人じゃなし、兄さんもある事だからよく相談をして見たら好いだろう。その代り私わた
しも宗さんに逢って、とっくり訳わけを話しましょうから。どうも、宗さんも余あんまり近頃は御出おい
ででないし、私も御無沙汰ごぶさたばかりしているのでね、つい御前の事は御話をする訳にも行かなかっ
たんだよ」と叔母は最後につけ加えたそうである。
 小六から一部始終いちぶしじゅうを聞いた時、宗助はただ弟の顔を眺ながめて、一口、
「困ったな」と云った。昔のように赫かっと激して、すぐ叔母の所へ談判に押し掛ける気色けしきもなけ
れば、今まで自分に対して、世話にならないでも済む人のように、よそよそしく仕向けて来た弟の態度が
、急に方向を転じたのを、悪にくいと思う様子も見えなかった。
 自分の勝手に作り上げた美くしい未来が、半分壊くずれかかったのを、さも傍はたの人のせいででもあ
るかのごとく心を乱している小六の帰る姿を見送った宗助は、暗い玄関の敷居の上に立って、格子こうし
の外に射す夕日をしばらく眺ながめていた。
 その晩宗助は裏から大きな芭蕉ばしょうの葉を二枚剪きって来て、それを座敷の縁に敷いて、その上に
御米と並んで涼すずみながら、小六の事を話した。
「叔母さんは、こっちで、小六さんの世話をしろって云う気なんじゃなくって」と御米が聞いた。
「まあ、逢って聞いて見ないうちは、どう云う料簡りょうけんか分らないがね」と宗助が云うと、御米は

「きっとそうよ」と答えながら、暗がりで団扇うちわをはたはた動かした。宗助は何も云わずに、頸くび
を延ばして、庇ひさしと崖がけの間に細く映る空の色を眺めた。二人はそのまましばらく黙っていたが、
良ややあって、
「だってそれじゃ無理ね」と御米がまた云った。
「人間一人大学を卒業させるなんて、おれの手際てぎわじゃ到底とても駄目だ」と宗助は自分の能力だけ
を明らかにした。
 会話はそこで別の題目に移って、再び小六の上にも叔母の上にも帰って来なかった。それから二三日す
るとちょうど土曜が来たので、宗助は役所の帰りに、番町の叔母の所へ寄って見た。叔母は、
「おやおや、まあ御珍らしい事」と云って、いつもよりは愛想あいそよく宗助を款待もてなしてくれた。
その時宗助は厭いやなのを我慢して、この四五年来溜めて置いた質問を始めて叔母に掛けた。叔母は固も
とよりできるだけは弁解しない訳に行かなかった。
 叔母の云うところによると、宗助の邸宅やしきを売払った時、叔父の手に這入はいった金は、たしかに
は覚えていないが、何でも、宗助のために、急場の間に合せた借財を返した上、なお四千五百円とか四千
三百円とか余ったそうである。ところが叔父の意見によると、あの屋敷は宗助が自分に提供して行ったの
だから、たといいくら余ろうと、余った分は自分の所得と見傚みなして差支さしつかえない。しかし宗助
の邸宅を売って儲もうけたと云われては心持が悪いから、これは小六の名義で保管して置いて、小六の財
産にしてやる。宗助はあんな事をして廃嫡はいちゃくにまでされかかった奴だから、一文いちもんだって

154 :山師さん:2016/05/18(水) 22:05:41.83 ID:4uTcWgUe
取る権利はない。
「宗さん怒っちゃいけませんよ。ただ叔父さんの云った通りを話すんだから」と叔母が断った。宗助は黙
ってあとを聞いていた。
 小六の名義で保管されべき財産は、不幸にして、叔父の手腕で、すぐ神田の賑にぎやかな表通りの家屋
に変形した。そうして、まだ保険をつけないうちに、火事で焼けてしまった。小六には始めから話してな
い事だから、そのままにして、わざと知らせずにおいた。
「そう云う訳でね、まことに宗さんにも、御気の毒だけれども、何しろ取って返しのつかない事だから仕
方がない。運だと思って諦あきらめて下さい。もっとも叔父さんさえ生きていれば、またどうともなるん
でしょうさ。小六一人ぐらいそりゃ訳はありますまいよ。よしんば、叔父さんがいなさらない、今にした
って、こっちの都合さえ好ければ、焼けた家うちと同じだけのものを、小六に返すか、それでなくっても
、当人の卒業するまでぐらいは、どうにかして世話もできるんですけれども」と云って叔母はまたほかの
内幕話をして聞かせた。それは安之助の職業についてであった。
 安之助は叔父の一人息子で、この夏大学を出たばかりの青年である。家庭で暖かに育った上に、同級の
学生ぐらいよりほかに交際のない男だから、世の中の事にはむしろ迂濶うかつと云ってもいいが、その迂
濶なところにどこか鷹揚おうような趣おもむきを具そなえて実社会へ顔を出したのである。専門は工科の
器械学だから、企業熱の下火になった今日こんにちといえども、日本中にたくさんある会社に、相応の口
の一つや二つあるのは、もちろんであるが、親譲おやゆずりの山気やまぎがどこかに潜ひそんでいるもの
と見えて、自分で自分の仕事をして見たくてならない矢先へ、同じ科の出身で、小規模ながら専有の工場
こうばを月島辺へんに建てて、独立の経営をやっている先輩に出逢ったのが縁となって、その先輩と相談
の上、自分も幾分かの資本を注つぎ込んで、いっしょに仕事をしてみようという考になった。叔母の内幕
話と云ったのはそこである。
「でね、少しあった株をみんなその方へ廻す事にしたもんだから、今じゃ本当に一文いちもんなし同然な
仕儀しぎでいるんですよ。それは世間から見ると、人数は少なし、家邸いえやしきは持っているし、楽に
見えるのも無理のないところでしょうさ。この間も原の御母おっかさんが来て、まああなたほど気楽な方
はない、いつ来て見ても万年青おもとの葉ばかり丹念に洗っているってね。真逆まさかそうでも無いんで
すけれども」と叔母が云った。
 宗助が叔母の説明を聞いた時は、ぼんやりしてとかくの返事が容易に出なかった。心のなかで、これは
神経衰弱の結果、昔のように機敏で明快な判断を、すぐ作り上げる頭が失なくなった証拠しょうこだろう
と自覚した。叔母は自分の云う通りが、宗助に本当と受けられないのを気にするように、安之助から持ち
出した資本の高まで話した。それは五千円ほどであった。安之助は当分の間、わずかな月給と、この五千
円に対する利益配当とで暮らさなければならないのだそうである。
「その配当だって、まだどうなるか分りゃしないんでさあね。旨うまく行ったところで、一割か一割五分
ぐらいなものでしょうし、また一つ間違えばまるで煙けむにならないとも限らないんですから」と叔母が
つけ加えた。
 宗助は叔母の仕打に、これと云う目立った阿漕あこぎなところも見えないので、心の中うちでは少なか
らず困ったが、小六の将来について一口の掛合かけあいもせずに帰るのはいかにも馬鹿馬鹿しい気がした
。そこで今までの問題はそこに据すえっきりにして置いて、自分が当時小六の学資として叔父に預けて行
った千円の所置を聞き糺ただして見ると、叔母は、
「宗さん、あれこそ本当に小六が使っちまったんですよ。小六が高等学校へ這入はいってからでも、もう
かれこれ七百円は掛かっているんですもの」と答えた。
 宗助はついでだから、それと同時に、叔父に保管を頼んだ書画や骨董品こっとうひんの成行なりゆきを
確かめて見た。すると、叔母は、
「ありあとんだ馬鹿な目に逢って」と云いかけたが、宗助の様子を見て、
「宗さん、何ですか、あの事はまだ御話をしなかったんでしたかね」と聞いた。宗助がいいえと答えると

「おやおや、それじゃ叔父さんが忘れちまったんですよ」と云いながら、その顛末てんまつを語って聞か
した。
 宗助が広島へ帰ると間もなく、叔父はその売捌方うりさばきかたを真田さなだとかいう懇意の男に依頼
した。この男は書画骨董の道に明るいとかいうので、平生そんなものの売買の周旋をして諸方へ出入する

155 :山師さん:2016/05/18(水) 22:05:53.90 ID:4uTcWgUe
そうであったが、すぐさま叔父の依頼を引き受けて、誰某だれそれがしが何を欲しいと云うから、ちょっ
と拝見とか、何々氏がこう云う物を希望だから、見せましょうとか号ごうして、品物を持って行ったぎり
、返して来ない。催促すると、まだ先方から戻って参りませんからとか何とか言訳をするだけでかつて埒
らちの明いた試ためしがなかったが、とうとう持ち切れなくなったと見えて、どこかへ姿を隠してしまっ
た。
「でもね、まだ屏風びょうぶが一つ残っていますよ。この間引越の時に、気がついて、こりゃ宗さんのだ
から、今度こんだついでがあったら届けて上げたらいいだろうって、安がそう云っていましたっけ」
 叔母は宗助の預けて行った品物にはまるで重きを置いていないような、ものの云い方をした。宗助も今
日きょうまで放っておくくらいだから、あまりその方面には興味を有もち得なかったので、少しも良心に
悩まされている気色けしきのない叔母の様子を見ても、別に腹は立たなかった。それでも、叔母が、
「宗さん、どうせ家うちじゃ使っていないんだから、なんなら持っておいでなすっちゃどうです。この頃
はああいうものが、大変価ねが出たと云う話じゃありませんか」と云ったときは、実際それを持って帰る
気になった。
 納戸なんどから取り出して貰って、明るい所で眺ながめると、たしかに見覚みおぼえのある二枚折であ
った。下に萩はぎ、桔梗ききょう、芒すすき、葛くず、女郎花おみなえしを隙間すきまなく描かいた上に
、真丸な月を銀で出して、その横の空あいた所へ、野路のじや空月の中なる女郎花、其一きいちと題して
ある。宗助は膝ひざを突いて銀の色の黒く焦こげた辺あたりから、葛の葉の風に裏を返している色の乾い
た様から、大福だいふくほどな大きな丸い朱の輪廓りんかくの中に、抱一ほういつと行書で書いた落款ら
っかんをつくづくと見て、父の生きている当時を憶おもい起さずにはいられなかった。
 父は正月になると、きっとこの屏風びょうぶを薄暗い蔵くらの中から出して、玄関の仕切りに立てて、
その前へ紫檀したんの角かくな名刺入を置いて、年賀を受けたものである。その時はめでたいからと云う
ので、客間の床とこには必ず虎の双幅そうふくを懸かけた。これは岸駒がんくじゃない岸岱がんたいだと
父が宗助に云って聞かせた事があるのを、宗助はいまだに記憶していた。この虎の画えには墨が着いてい
た。虎が舌を出して谷の水を呑のんでいる鼻柱が少し汚けがされたのを、父は苛ひどく気にして、宗助を
見るたびに、御前ここへ墨を塗った事を覚えているか、これは御前の小さい時分の悪戯いたずらだぞと云
って、おかしいような恨うらめしいような一種の表情をした。
 宗助は屏風びょうぶの前に畏かしこまって、自分が東京にいた昔の事を考えながら、
「叔母さん、じゃこの屏風はちょうだいして行きましょう」と云った。
「ああああ、御持ちなさいとも。何なら使に持たせて上げましょう」と叔母は好意から申し添えた。
 宗助は然しかるべく叔母に頼んで、その日はそれで切り上げて帰った。晩食ばんめしの後のち御米とい
っしょにまた縁側へ出て、暗い所で白地の浴衣ゆかたを並べて、涼みながら、画の話をした。
「安さんには、御逢いなさらなかったの」と御米が聞いた。
「ああ、安さんは土曜でも何でも夕方まで、工場にいるんだそうだ」
「随分骨が折れるでしょうね」
 御米はそう云ったなり、叔父や叔母の処置については、一言ひとことの批評も加えなかった。
「小六の事はどうしたものだろう」と宗助が聞くと、
「そうね」と云うだけであった。
「理窟りくつを云えば、こっちにも云い分はあるが、云い出せば、とどのつまりは裁判沙汰になるばかり
だから、証拠しょうこも何もなければ勝てる訳のものじゃなし」と宗助が極端を予想すると、
「裁判なんかに勝たなくたってもいいわ」と御米がすぐ云ったので、宗助は苦笑してやめた。
「つまりおれがあの時東京へ出られなかったからの事さ」
「そうして東京へ出られた時は、もうそんな事はどうでもよかったんですもの」
 夫婦はこんな話をしながら、また細い空を庇ひさしの下から覗のぞいて見て、明日あしたの天気を語り
合って蚊帳かやに這入はいった。
 次の日曜に宗助は小六を呼んで、叔母の云った通りを残らず話して聞かせて、
「叔母さんが御前に詳しい説明をしなかったのは、短兵急な御前の性質を知ってるせいか、それともまだ
小供だと思ってわざと略してしまったのか、そこはおれにも分らないが、何しろ事実は今云った通りなん
だよ」と教えた。

156 :山師さん:2016/05/18(水) 22:06:05.83 ID:4uTcWgUe
 小六にはいかに詳しい説明も腹の足しにはならなかった。ただ、
「そうですか」と云ってむずかしい不満な顔をして宗助を見た。
「仕方がないよ。叔母さんだって、安さんだって、そう悪い料簡りょうけんはないんだから」
「そりゃ、分っています」と弟は峻けわしい物の云い方をした。
「じゃおれが悪いって云うんだろう。おれは無論悪いよ。昔から今日こんにちまで悪いところだらけな男
だもの」
 宗助は横になって煙草たばこを吹かしながら、これより以上は何とも語らなかった。小六も黙って、座
敷の隅すみに立ててあった二枚折の抱一の屏風びょうぶを眺ながめていた。
「御前あの屏風を覚えているかい」とやがて兄が聞いた。
「ええ」と小六が答えた。
「一昨日おととい佐伯から届けてくれた。御父さんの持ってたもので、おれの手に残ったのは、今じゃこ
れだけだ。これが御前の学資になるなら、今すぐにでもやるが、剥はげた屏風一枚で大学を卒業する訳に
も行かずな」と宗助が云った。そうして苦笑しながら、
「この暑いのに、こんなものを立てて置くのは、気狂きちがいじみているが、入れておく所がないから、
仕方がない」と云う述懐じゅっかいをした。
 小六はこの気楽なような、ぐずのような、自分とは余りに懸かけ隔へだたっている兄を、いつも物足り
なくは思うものの、いざという場合に、けっして喧嘩けんかはし得なかった。この時も急に癇癪かんしゃ
くの角つのを折られた気味で、
「屏風はどうでも好いが、これから先さき僕はどうしたもんでしょう」と聞き出した。
「それは問題だ。何しろことしいっぱいにきまれば好い事だから、まあよく考えるさ。おれも考えて置こ
う」と宗助が云った。
 弟は彼の性質として、そんな中ぶらりんの姿は嫌きらいである、学校へ出ても落ちついて稽古けいこも
できず、下調も手につかないような境遇は、とうてい自分には堪たえられないと云う訴うったえを切にや
り出したが、宗助の態度は依然として変らなかった。小六があまり癇かんの高い不平を並べると、
「そのくらいな事でそれほど不平が並べられれば、どこへ行ったって大丈夫だ。学校をやめたって、いっ
こう差支さしつかえない。御前の方がおれよりよっぽどえらいよ」と兄が云ったので、話はそれぎり頓挫
とんざして、小六はとうとう本郷へ帰って行った。
 宗助はそれから湯を浴びて、晩食ばんめしを済まして、夜は近所の縁日へ御米といっしょに出掛けた。
そうして手頃な花物を二鉢買って、夫婦して一つずつ持って帰って来た。夜露にあてた方がよかろうと云
うので、崖下がけしたの雨戸を明けて、庭先にそれを二つ並べて置いた。
 蚊帳かやの中へ這入はいった時、御米は、
「小六さんの事はどうなって」と夫に聞くと、
「まだどうもならないさ」と宗助は答えたが、十分ばかりの後のち夫婦ともすやすや寝入ねいった。
 翌日眼が覚めて役所の生活が始まると、宗助はもう小六の事を考える暇を有もたなかった。家うちへ帰
って、のっそりしている時ですら、この問題を確的はっきり眼の前に描えがいて明らかにそれを眺ながめ
る事を憚はばかった。髪の毛の中に包んである彼の脳は、その煩わずらわしさに堪たえなかった。昔は数
学が好きで、随分込み入った幾何きかの問題を、頭の中で明暸めいりょうな図にして見るだけの根気があ
った事を憶おもい出すと、時日の割には非常に烈はげしく来たこの変化が自分にも恐ろしく映った。
 それでも日に一度ぐらいは小六の姿がぼんやり頭の奥に浮いて来る事があって、その時だけは、あいつ
の将来も何とか考えておかなくっちゃならないと云う気も起った。しかしすぐあとから、まあ急ぐにも及
ぶまいぐらいに、自分と打ち消してしまうのが常であった。そうして、胸の筋きんが一本鉤かぎに引っ掛
ったような心を抱いだいて、日を暮らしていた。
 そのうち九月も末になって、毎晩天あまの河がわが濃く見えるある宵よいの事、空から降ったように安
之助がやって来た。宗助にも御米にも思い掛けないほど稀たまな客なので、二人とも何か用があっての訪
問だろうと推すいしたが、はたして小六に関する件であった。
 この間月島の工場へひょっくり小六がやって来て云うには、自分の学資についての詳しい話は兄から聞
いたが、自分も今まで学問をやって来て、とうとう大学へ這入はいれずじまいになるのはいかにも残念だ
から、借金でも何でもして、行けるところまで行きたいが、何か好い工夫はあるまいかと相談をかけるの
で、安之助はよく宗さんにも話して見ようと答えると、小六はたちまちそれを遮さえぎって、兄はとうて

157 :山師さん:2016/05/18(水) 22:06:17.81 ID:4uTcWgUe
い相談になってくれる人じゃない。自分が大学を卒業しないから、他ひとも中途でやめるのは当然だぐら
いに考えている。元来今度の事も元を糺ただせば兄が責任者であるのに、あの通りいっこう平気なもので
、他が何を云っても取り合ってくれない。だから、ただ頼りにするのは君だけだ。叔母さんに正式に断わ
られながら、また君に依頼するのはおかしいようだが、君の方が叔母さんより話が分るだろうと思って来
たと云って、なかなか動きそうもなかったそうである。
 安之助は、そんな事はない、宗さんも君の事ではだいぶ心配して、近いうちまた家うちへ相談に来るは
ずになっているんだからと慰めて、小六を帰したんだと云う。帰るときに、小六は袂たもとから半紙を何
枚も出して、欠席届が入用にゅうようだからこれに判を押してくれと請求して、僕は退学か在学か片がつ
くまでは勉強ができないから、毎日学校へ出る必要はないんだと云ったそうである。
 安之助は忙がしいとかで、一時間足らず話して帰って行ったが、小六の所置については、両人の間に具
体的の案は別に出なかった。いずれ緩ゆっくりみんなで寄ってきめよう、都合がよければ小六も列席する
が好かろうというのが別れる時の言葉であった。二人になったとき、御米は宗助に、
「何を考えていらっしゃるの」と聞いた。宗助は両手を兵児帯へこおびの間に挟はさんで、心持肩を高く
したなり、
「おれももう一返小六みたようになって見たい」と云った。「こっちじゃ、向むこうがおれのような運命
に陥おちいるだろうと思って心配しているのに、向じゃ兄貴なんざあ眼中にないから偉いや」
 御米は茶器を引いて台所へ出た。夫婦はそれぎり話を切り上げて、また床とこを延べて寝ねた。夢の上
に高い銀河あまのがわが涼しく懸かかった。
 次の週間には、小六も来ず、佐伯からの音信たよりもなく、宗助の家庭はまた平日の無事に帰った。夫
婦は毎朝露に光る頃起きて、美しい日を廂ひさしの上に見た。夜は煤竹すすだけの台を着けた洋灯ランプ
の両側に、長い影を描えがいて坐っていた。話が途切れた時はひそりとして、柱時計の振子の音だけが聞
える事も稀まれではなかった。
 それでも夫婦はこの間に小六の事を相談した。小六がもしどうしても学問を続ける気なら無論の事、そ
うでなくても、今の下宿を一時引き上げなければならなくなるのは知れているが、そうすればまた佐伯へ
帰るか、あるいは宗助の所へ置くよりほかに途みちはない。佐伯ではいったんああ云い出したようなもの
の、頼んで見たら、当分宅うちへ置くぐらいの事は、好意上してくれまいものでもない。が、その上修業
をさせるとなると、月謝小遣その他は宗助の方で担任たんにんしなければ義理が悪い。ところがそれは家
計上宗助の堪たえるところでなかった。月々の収支を事細かに計算して見た両人ふたりは、
「とうてい駄目だね」
「どうしたって無理ですわ」と云った。
 夫婦の坐すわっている茶の間の次が台所で、台所の右に下女部屋、左に六畳が一間ひとまある。下女を
入れて三人の小人数こにんずだから、この六畳には余り必要を感じない御米は、東向の窓側にいつも自分
の鏡台を置いた。宗助も朝起きて顔を洗って、飯を済ますと、ここへ来て着物を脱ぬぎ更かえた。
「それよりか、あの六畳を空あけて、あすこへ来ちゃいけなくって」と御米が云い出した。御米の考えで
は、こうして自分の方で部屋と食物だけを分担して、あとのところを月々いくらか佐伯から助すけて貰も
らったら、小六の望み通り大学卒業までやって行かれようと云うのである。
「着物は安さんの古いのや、あなたのを直して上げたら、どうかなるでしょう」と御米が云い添えた。実
は宗助にもこんな考が、多少頭に浮かんでいた。ただ御米に遠慮がある上に、それほど気が進まなかった
ので、つい口へ出さなかったまでだから、細君からこう反対あべこべに相談を掛けられて見ると、固もと
よりそれを拒こばむだけの勇気はなかった。
 小六にその通りを通知して、御前さえそれで差支さしつかえなければ、おれがもう一遍佐伯へ行って掛
合って見るがと、手紙で問い合せると、小六は郵便の着いた晩、すぐ雨の降る中を、傘からかさに音を立
ててやって来て、もう学資ができでもしたように嬉うれしがった。
「何、叔母さんの方じゃ、こっちでいつまでもあなたの事を放り出したまんま、構わずにおくもんだから
、それでああおっしゃるのよ。なに兄さんだって、もう少し都合が好ければ、疾とうにもどうにかしたん
ですけれども、御存じの通りだから実際やむを得なかったんですわ。しかしこっちからこう云って行けば

158 :山師さん:2016/05/18(水) 22:06:29.87 ID:4uTcWgUe
、叔母さんだって、安さんだって、それでも否いやだとは云われないわ。きっとできるから安心していら
っしゃい。私わたし受合うわ」
 御米にこう受合って貰った小六は、また雨の音を頭の上に受けて本郷へ帰って行った。しかし中一日置
いて、兄さんはまだ行かないんですかと聞きに来た。また三日ばかり過ぎてから、今度は叔母さんの所へ
行って聞いたら、兄さんはまだ来ないそうだから、なるべく早く行くように勧すすめてくれと催促して行
った。
 宗助が行く行くと云って、日を暮らしているうちに世の中はようやく秋になった。その朗らかな或日曜
の午後に、宗助はあまり佐伯へ行くのが後おくれるので、この要件を手紙に認したためて番町へ相談した
のである。すると、叔母から安之助は神戸へ行って留守だと云う返事が来たのである。



 佐伯さえきの叔母の尋ねて来たのは、土曜の午後の二時過であった。その日は例になく朝から雲が出て
、突然と風が北に変ったように寒かった。叔母は竹で編んだ丸い火桶ひおけの上へ手を翳かざして、
「何ですね、御米およねさん。この御部屋は夏は涼しそうで結構だが、これからはちと寒うござんすね」
と云った。叔母は癖のある髪を、奇麗きれいに髷まげに結いって、古風な丸打の羽織の紐ひもを、胸の所
で結んでいた。酒の好きな質たちで、今でも少しずつは晩酌をやるせいか、色沢いろつやもよく、でっぷ
り肥ふとっているから、年よりはよほど若く見える。御米は叔母が来るたんびに、叔母さんは若いのねと
、後あとでよく宗助そうすけに話した。すると宗助がいつでも、若いはずだ、あの年になるまで、子供を
たった一人しか生まないんだからと説明した。御米は実際そうかも知れないと思った。そうしてこう云わ
れた後では、折々そっと六畳へ這入はいって、自分の顔を鏡に映して見た。その時は何だか自分の頬ほお
が見るたびに瘠こけて行くような気がした。御米には自分と子供とを連想して考えるほど辛つらい事はな
かったのである。裏の家主の宅うちに、小さい子供が大勢いて、それが崖がけの上の庭へ出て、ブランコ
へ乗ったり、鬼ごっこをやったりして騒ぐ声が、よく聞えると、御米はいつでも、はかないような恨うら
めしいような心持になった。今自分の前に坐っている叔母は、たった一人の男の子を生んで、その男の子
が順当に育って、立派な学士になったればこそ、叔父が死んだ今日こんにちでも、何不足のない顔をして
、腮あごなどは二重ふたえに見えるくらいに豊ゆたかなのである。御母さんは肥っているから剣呑けんの
んだ、気をつけないと卒中でやられるかも知れないと、安之助やすのすけが始終しじゅう心配するそうだ
けれども、御米から云わせると、心配する安之助も、心配される叔母も、共に幸福を享うけ合っているも
のとしか思われなかった。
「安さんは」と御米が聞いた。
「ええようやくね、あなた。一昨日おとといの晩帰りましてね。それでついつい御返事も後おくれちまっ
て、まことに済みませんような訳で」と云ったが、返事の方はそれなりにして、話はまた安之助へ戻って
来た。
「あれもね、御蔭おかげさまでようやく学校だけは卒業しましたが、これからが大事のところで、心配で
ございます。――それでもこの九月から、月島の工場の方へ出る事になりまして、まあさいわいとこの分
で勉強さえして行ってくれれば、この末ともに、そう悪い事も無かろうかと思ってるんですけれども、ま
あ若いものの事ですから、これから先どう変化へんげるか分りゃしませんよ」
 御米はただ結構でございますとか、おめでとうございますとか云う言葉を、間々あいだあいだに挟はさ
んでいた。
「神戸へ参ったのも、全くその方の用向なので。石油発動機とか何とか云うものを鰹船かつおぶねへ据す
え付けるんだとかってねあなた」
 御米にはまるで意味が分らなかった。分らないながらただへええと受けていると、叔母はすぐ後あとを
話した。
「私にも何のこったか、ちっとも分らなかったんですが、安之助の講釈を聞いて始めて、おやそうかいと
云うような訳でしてね。――もっとも石油発動機は今もって分らないんですけれども」と云いながら、大
きな声を出して笑った。「何でも石油を焚たいて、それで船を自由にする器械なんだそうですが、聞いて
見るとよほど重宝なものらしいんですよ。それさえ付ければ、舟を漕こぐ手間てまがまるで省けるとかで
ね。五里も十里も沖へ出るのに、大変楽なんですとさ。ところがあなた、この日本全国で鰹船の数ったら
、それこそ大したものでしょう。その鰹船が一つずつこの器械を具そなえ付けるようになったら、莫大ば

159 :山師さん:2016/05/18(水) 22:06:42.03 ID:4uTcWgUe
くだいな利益だって云うんで、この頃は夢中になってその方ばっかりに掛かかっているようですよ。莫大
な利益はありがたいが、そう凝こって身体からだでも悪くしちゃつまらないじゃないかって、この間も笑
ったくらいで」
 叔母はしきりに鰹船と安之助の話をした。そうして大変得意のように見えたが、小六の事はなかなか云
い出さなかった。もう疾とうに帰るはずの宗助もどうしたか帰って来なかった。
 彼はその日役所の帰りがけに駿河台下するがだいしたまで来て、電車を下りて、酸すいものを頬張ほお
ばったような口を穿すぼめて一二町歩いた後のち、ある歯医者の門かどを潜くぐったのである。三四日前
彼は御米と差向いで、夕飯の膳ぜんに着いて、話しながら箸はしを取っている際に、どうした拍子か、前
歯を逆にぎりりと噛かんでから、それが急に痛み出した。指で揺うごかすと、根がぐらぐらする。食事の
時には湯茶が染しみる。口を開けて息をすると風も染みた。宗助はこの朝歯を磨みがくために、わざと痛
い所を避よけて楊枝ようじを使いながら、口の中を鏡に照らして見たら、広島で銀を埋うめた二枚の奥歯
と、研といだように磨すり減らした不揃ぶそろの前歯とが、にわかに寒く光った。洋服に着換える時、
「御米、おれは歯の性しょうがよっぽど悪いと見えるね。こうやると大抵動くぜ」と下歯を指で動かして
見せた。御米は笑いながら、
「もう御年のせいよ」と云って白い襟えりを後へ廻って襯衣シャツへ着けた。
 宗助はその日の午後とうとう思い切って、歯医者へ寄ったのである。応接間へ通ると、大きな洋卓テー
ブルの周囲まわりに天鵞絨びろうどで張った腰掛が并ならんでいて、待ち合している三四人が、うずくま
るように腮あごを襟えりに埋うずめていた。それが皆女であった。奇麗きれいな茶色の瓦斯暖炉ガススト
ーヴには火がまだ焚たいてなかった。宗助は大きな姿見に映る白壁の色を斜ななめに見て、番の来るのを
待っていたが、あまり退屈になったので、洋卓の上に重ねてあった雑誌に眼を着けた。一二冊手に取って
見ると、いずれも婦人用のものであった。宗助はその口絵に出ている女の写真を、何枚も繰り返して眺な
がめた。それから「成功」と云う雑誌を取り上げた。その初めに、成効の秘訣ひけつというようなものが
箇条書にしてあったうちに、何でも猛進しなくってはいけないと云う一カ条と、ただ猛進してもいけない
、立派な根底の上に立って、猛進しなくってはならないと云う一カ条を読んで、それなり雑誌を伏せた。
「成功」と宗助は非常に縁の遠いものであった。宗助はこういう名の雑誌があると云う事さえ、今日こん
にちまで知らなかった。それでまた珍らしくなって、いったん伏せたのをまた開けて見ると、ふと仮名か
なの交らない四角な字が二行ほど並んでいた。それには風かぜ碧落へきらくを吹ふいて浮雲ふうん尽つき
、月つき東山とうざんに上のぼって玉ぎょく一団いちだんとあった。宗助は詩とか歌とかいうものには、
元から余り興味を持たない男であったが、どう云う訳かこの二句を読んだ時に大変感心した。対句ついく
が旨うまくできたとか何とか云う意味ではなくって、こんな景色けしきと同じような心持になれたら、人
間もさぞ嬉うれしかろうと、ひょっと心が動いたのである。宗助は好奇心からこの句の前に付いている論
文を読んで見た。しかしそれはまるで無関係のように思われた。ただこの二句が雑誌を置いた後あとでも
、しきりに彼の頭の中を徘徊はいかいした。彼の生活は実際この四五年来こういう景色に出逢った事がな
かったのである。
 その時向うの戸が開あいて、紙片かみぎれを持った書生が野中さんと宗助を手術室へ呼び入れた。
 中へ這入はいると、そこは応接間よりは倍も広かった。光線がなるべく余計取れるように明るく拵こし
らえた部屋の二側ふたがわに、手術用の椅子いすを四台ほど据すえて、白い胸掛をかけた受持の男が、一
人ずつ別々に療治をしていた。宗助は一番奥の方にある一脚に案内されて、これへと云われるので、踏段
のようなものの上へ乗って、椅子へ腰をおろした。書生が厚い縞入しまいりの前掛で丁寧ていねいに膝ひ
ざから下を包くるんでくれた。
 こう穏おだやかに寝ねかされた時、宗助は例の歯がさほど苦になるほど痛んでいないと云う事を発見し
た。そればかりか、肩も背せなも、腰の周まわりも、心安く落ちついて、いかにも楽に調子が取れている
事に気がついた。彼はただ仰向あおむいて天井てんじょうから下っている瓦斯管ガスかんを眺めた。そう
してこの構かまえと設備では、帰りがけに思ったより高い療治代を取られるかも知れないと気遣きづかっ

160 :山師さん:2016/05/18(水) 22:06:53.87 ID:4uTcWgUe
た。
 ところへ顔の割に頭の薄くなり過ぎた肥ふとった男が出て来て、大変丁寧ていねいに挨拶あいさつをし
たので、宗助は少し椅子の上で狼狽あわてたように首を動かした。肥った男は一応容体を聞いて、口中を
検査して、宗助の痛いと云う歯をちょっと揺ゆすって見たが、
「どうもこう弛ゆるみますと、とても元のように緊しまる訳には参りますまいと思いますが。何しろ中が
エソになっておりますから」と云った。
 宗助はこの宣告を淋さびしい秋の光のように感じた。もうそんな年なんでしょうかと聞いて見たくなっ
たが、少しきまりが悪いので、ただ、
「じゃ癒なおらないんですか」と念を押した。
 肥ふとった男は笑いながらこう云った。――
「まあ癒らないと申し上げるよりほかに仕方がござんせんな。やむを得なければ、思い切って抜いてしま
うんですが、今のところでは、まだそれほどでもございますまいから、ただ御痛みだけを留めておきまし
ょう。何しろエソ――エソと申しても御分りにならないかも知れませんが、中がまるで腐っております」
 宗助は、そうですかと云って、ただ肥った男のなすがままにしておいた。すると彼は器械をぐるぐる廻
して、宗助の歯の根へ穴を開け始めた。そうしてその中へ細長い針のようなものを刺し通しては、その先
を嗅かいでいたが、しまいに糸ほどな筋を引き出して、神経がこれだけ取れましたと云いながら、それを
宗助に見せてくれた。それから薬でその穴を埋うめて、明日みょうにちまたいらっしゃいと注意を与えた

 椅子いすを下りるとき、身体からだが真直まっすぐになったので、視線の位置が天井からふと庭先に移
ったら、そこにあった高さ五尺もあろうと云う大きな鉢栽はちうえの松が宗助の眼に這入はいった。その
根方の所を、草鞋わらじがけの植木屋が丁寧ていねいに薦こもで包くるんでいた。だんだん露が凝こって
霜しもになる時節なので、余裕よゆうのあるものは、もう今時分から手廻しをするのだと気がついた。
 帰りがけに玄関脇の薬局で、粉薬こぐすりのまま含嗽剤がんそうざいを受取って、それを百倍の微温湯
びおんとうに溶解して、一日十数回使用すべき注意を受けた時、宗助は会計の請求した治療代の案外廉れ
んなのを喜んだ。これならば向うで云う通り四五回通かよったところが、さして困難でもないと思って、
靴を穿はこうとすると、今度は靴の底がいつの間にか破れている事に気がついた。
 宅うちへ着いた時は一足違ひとあしちがいで叔母がもう帰ったあとであった。宗助は、
「おお、そうだったか」と云いながら、はなはだ面倒そうに洋服を脱ぎ更かえて、いつもの通り火鉢ひば
ちの前に坐った。御米は襯衣シャツや洋袴ズボンや靴足袋くつたびを一抱ひとかかえにして六畳へ這入は
いった。宗助はぼんやりして、煙草たばこを吹かし始めたが、向うの部屋で、刷毛ブラッシを掛ける音が
し出した時、
「御米、佐伯の叔母さんは何とか云って来たのかい」と聞いた。
 歯痛しつうが自おのずから治おさまったので、秋に襲おそわれるような寒い気分は、少し軽くなったけ
れども、やがて御米が隠袋ポッケットから取り出して来た粉薬を、温ぬるま湯に溶といて貰もらって、し
きりに含嗽うがいを始めた。その時彼は縁側えんがわへ立ったまま、
「どうも日が短かくなったなあ」と云った。
 やがて日が暮れた。昼間からあまり車の音を聞かない町内は、宵よいの口くちから寂しんとしていた。
夫婦は例の通り洋灯ランプの下もとに寄った。広い世の中で、自分達の坐っている所だけが明るく思われ
た。そうしてこの明るい灯影に、宗助は御米だけを、御米は宗助だけを意識して、洋灯の力の届かない暗
い社会は忘れていた。彼らは毎晩こう暮らして行く裡うちに、自分達の生命を見出していたのである。
 この静かな夫婦は、安之助の神戸から土産みやげに買って来たと云う養老昆布ようろうこぶの缶かんを
がらがら振って、中から山椒さんしょ入いりの小さく結んだ奴を撰より出しながら、緩ゆっくり佐伯から
の返事を語り合った。
「しかし月謝と小遣こづかいぐらいは都合してやってくれても好さそうなもんじゃないか」
「それができないんだって。どう見積っても両方寄せると、十円にはなる。十円と云う纏まとまった御金
を、今のところ月々出すのは骨が折れるって云うのよ」
「それじゃことしの暮まで二十何円ずつか出してやるのも無理じゃないか」
「だから、無理をしても、もう一二カ月のところだけは間に合せるから、そのうちにどうかして下さいと
、安さんがそう云うんだって」

161 :山師さん:2016/05/18(水) 22:07:06.05 ID:4uTcWgUe
「実際できないのかな」
「そりゃ私わたしには分らないわ。何しろ叔母さんが、そう云うのよ」
「鰹舟かつおぶねで儲もうけたら、そのくらい訳なさそうなもんじゃないか」
「本当ね」
 御米は低い声で笑った。宗助もちょっと口の端はたを動かしたが、話はそれで途切とぎれてしまった。
しばらくしてから、
「何しろ小六は家うちへ来るときめるよりほかに道はあるまいよ。後あとはその上の事だ。今じゃ学校へ
は出ているんだね」と宗助が云った。
「そうでしょう」と御米が答えるのを聞き流して、彼は珍らしく書斎に這入はいった。一時間ほどして、
御米がそっと襖ふすまを開あけて覗のぞいて見ると、机に向って、何か読んでいた。
「勉強? もう御休みなさらなくって」と誘われた時、彼は振り返って、
「うん、もう寝よう」と答えながら立ち上った。
 寝る時、着物を脱いで、寝巻の上に、絞しぼりの兵児帯へこおびをぐるぐる巻きつけながら、
「今夜は久し振に論語を読んだ」と云った。
「論語に何かあって」と御米が聞き返したら、宗助は、
「いや何にもない」と答えた。それから、「おい、おれの歯はやっぱり年のせいだとさ。ぐらぐらするの
はとても癒なおらないそうだ」と云いつつ、黒い頭を枕の上に着けた。



 小六ころくはともかくも都合しだい下宿を引き払って兄の家へ移る事に相談が調ととのった。御米およ
ねは六畳に置きつけた桑くわの鏡台を眺ながめて、ちょっと残り惜しい顔をしたが、
「こうなると少し遣場やりばに困るのね」と訴えるように宗助そうすけに告げた。実際ここを取り上げら
れては、御米の御化粧おつくりをする場所が無くなってしまうのである。宗助は何の工夫もつかずに、立
ちながら、向うの窓側まどぎわに据すえてある鏡の裏を斜はすに眺ながめた。すると角度の具合で、そこ
に御米の襟元えりもとから片頬が映っていた。それがいかにも血色のわるい横顔なのに驚ろかされて、
「御前おまい、どうかしたのかい。大変色が悪いよ」と云いながら、鏡から眼を放して、実際の御米の姿
を見た。鬢びんが乱れて、襟の後うしろの辺あたりが垢あかで少し汚よごれていた。御米はただ、
「寒いせいなんでしょう」と答えて、すぐ西側に付いている。一間いっけんの戸棚とだなを明けた。下に
は古い創きずだらけの箪笥たんすがあって、上には支那鞄しなかばんと柳行李やなぎごりが二つ三つ載の
っていた。
「こんなもの、どうしたって片づけようがないわね」
「だからそのままにしておくさ」
 小六のここへ引移って来るのは、こう云う点から見て、夫婦のいずれにも、多少迷惑であった。だから
来ると云って約束しておきながら、今だに来ない小六に対しては、別段の催促もしなかった。一日延びれ
ば延びただけ窮屈が逃げたような気がどこかでした。小六にもちょうどそれと同じ憚はばかりがあったの
で、いられる限かぎりは下宿にいる方が便利だと胸をきめたものか、つい一日一日と引越を前さきへ送っ
ていた。その癖くせ彼の性質として、兄夫婦のごとく、荏苒じんぜんの境に落ちついてはいられなかった
のである。
 そのうち薄い霜しもが降おりて、裏の芭蕉ばしょうを見事に摧くだいた。朝は崖上がけうえの家主やぬ
しの庭の方で、鵯ひよどりが鋭どい声を立てた。夕方には表を急ぐ豆腐屋の喇叭らっぱに交って、円明寺
の木魚の音が聞えた。日はますます短かくなった。そうして御米の顔色は、宗助が鏡の中に認めた時より
も、爽さやかにはならなかった。夫おっとが役所から帰って来て見ると、六畳で寝ている事が一二度あっ
た。どうかしたかと尋ねると、ただ少し心持が悪いと答えるだけであった。医者に見て貰えと勧めると、
それには及ばないと云って取り合わなかった。
 宗助は心配した。役所へ出ていてもよく御米の事が気にかかって、用の邪魔になるのを意識する時もあ
った。ところがある日帰りがけに突然電車の中で膝ひざを拍うった。その日は例になく元気よく格子こう
しを明けて、すぐと勢いきおいよく今日はどうだいと御米に聞いた。御米がいつもの通り服や靴足袋くつ
たびを一纏ひとまとめにして、六畳へ這入はいる後あとから追ついて来て、
「御米、御前おまい子供ができたんじゃないか」と笑いながら云った。御米は返事もせずに俯向うつむい
てしきりに夫の背広せびろの埃ほこりを払った。刷毛ブラッシの音がやんでもなかなか六畳から出て来な

162 :山師さん:2016/05/18(水) 22:07:17.96 ID:4uTcWgUe
いので、また行って見ると、薄暗い部屋の中で、御米はたった一人寒そうに、鏡台の前に坐すわっていた
。はいと云って立ったが、その声が泣いた後の声のようであった。
 その晩夫婦は火鉢ひばちに掛けた鉄瓶てつびんを、双方から手で掩おおうようにして差し向った。
「どうですな世の中は」と宗助が例にない浮いた調子を出した。御米の頭の中には、夫婦にならない前の
、宗助と自分の姿が奇麗きれいに浮んだ。
「ちっと、面白くしようじゃないか。この頃ごろはいかにも不景気だよ」と宗助がまた云った。二人はそ
れから今度の日曜にはいっしょにどこへ行こうか、ここへ行こうかと、しばらくそればかり話し合ってい
た。それから二人の春着の事が題目になった。宗助の同僚の高木とか云う男が、細君に小袖こそでとかを
強請ねだられた時、おれは細君の虚栄心を満足させるために稼かせいでるんじゃないと云って跳はねつけ
たら、細君がそりゃ非道ひどい、実際寒くなっても着て出るものがないんだと弁解するので、寒ければや
むを得ない、夜具を着るとか、毛布けっとを被かぶるとかして、当分我慢しろと云った話を、宗助はおか
しく繰り返して御米を笑わした。御米は夫のこの様子を見て、昔がまた眼の前に戻ったような気がした。
「高木の細君は夜具でも構わないが、おれは一つ新らしい外套マントを拵こしらえたいな。この間歯医者
へ行ったら、植木屋が薦こもで盆栽ぼんさいの松の根を包んでいたので、つくづくそう思った」
「外套が欲しいって」
「ああ」
 御米は夫の顔を見て、さも気の毒だと云う風に、
「御拵おこしらえなさいな。月賦で」と云った。宗助は、
「まあ止そうよ」と急に侘わびしく答えた。そうして「時に小六はいつから来る気なんだろう」と聞いた

「来るのは厭なんでしょう」と御米が答えた。御米には、自分が始めから小六に嫌きらわれていると云う
自覚があった。それでも夫の弟だと思うので、なるべくは反そりを合せて、少しでも近づけるように近づ
けるようにと、今日こんにちまで仕向けて来た。そのためか、今では以前と違って、まあ普通の小舅こじ
ゅうとぐらいの親しみはあると信じているようなものの、こんな場合になると、つい実際以上にも気を回
して、自分だけが小六の来ない唯一ゆいいつの原因のように考えられるのであった。
「そりゃ下宿からこんな所へ移るのは好かあないだろうよ。ちょうどこっちが迷惑を感ずる通り、向うで
も窮屈を感ずる訳だから。おれだって、小六が来ないとすれば、今のうち思い切って外套マントを作るだ
けの勇気があるんだけれども」
 宗助は男だけに思い切ってこう云ってしまった。けれどもこれだけでは御米の心を尽していなかった。
御米は返事もせずに、しばらく黙っていたが、細い腮あごを襟えりの中へ埋うめたまま、上眼うわめを使
って、
「小六さんは、まだ私の事を悪にくんでいらっしゃるでしょうか」と聞き出した。宗助が東京へ来た当座
は、時々これに類似の質問を御米から受けて、その都度つど慰めるのにだいぶ骨の折れた事もあったが、
近来は全く忘れたように何も云わなくなったので、宗助もつい気に留めなかったのである。
「またヒステリーが始まったね。好いじゃないか小六なんぞが、どう思ったって。おれさえついてれば」
「論語にそう書いてあって」
 御米はこんな時に、こういう冗談じょうだんを云う女であった。宗助は
「うん、書いてある」と答えた。それで二人の会話がしまいになった。
 翌日宗助が眼を覚さますと、亜鉛張トタンばりの庇ひさしの上で寒い音がした。御米が襷掛たすきがけ
のまま枕元へ来て、
「さあ、もう時間よ」と注意したとき、彼はこの点滴てんてきの音を聞きながら、もう少し暖かい蒲団ふ
とんの中に温ぬくもっていたかった。けれども血色のよくない御米の、かいがいしい姿を見るや否いなや

「おい」と云って直すぐ起き上った。
 外は濃い雨に鎖とざされていた。崖がけの上の孟宗竹もうそうちくが時々鬣たてがみを振ふるうように
、雨を吹いて動いた。この侘わびしい空の下へ濡ぬれに出る宗助に取って、力になるものは、暖かい味噌
汁みそしると暖かい飯よりほかになかった。
「また靴の中が濡ぬれる。どうしても二足持っていないと困る」と云って、底に小さい穴のあるのを仕方
なしに穿はいて、洋袴ズボンの裾すそを一寸いっすんばかりまくり上げた。
 午過ひるすぎに帰って来て見ると、御米は金盥かなだらいの中に雑巾ぞうきんを浸つけて、六畳の鏡台
の傍そばに置いていた。その上の所だけ天井てんじょうの色が変って、時々雫しずくが落ちて来た。

163 :山師さん:2016/05/18(水) 22:07:29.90 ID:4uTcWgUe
「靴ばかりじゃない。家うちの中まで濡ぬれるんだね」と云って宗助は苦笑した。御米はその晩夫のため
に置炬燵おきごたつへ火を入れて、スコッチの靴下と縞羅紗しまらしゃの洋袴ズボンを乾かした。
 明あくる日もまた同じように雨が降った。夫婦もまた同じように同じ事を繰り返した。その明る日もま
だ晴れなかった。三日目の朝になって、宗助は眉まゆを縮めて舌打をした。
「いつまで降る気なんだ。靴がじめじめして我慢にも穿はけやしない」
「六畳だって困るわ、ああ漏もっちゃ」
 夫婦は相談して、雨が晴れしだい、家根を繕つくろって貰うように家主やぬしへ掛け合う事にした。け
れども靴の方は何ともしようがなかった。宗助はきしんで這入はいらないのを無理に穿はいて出て行った

 幸さいわいにその日は十一時頃からからりと晴れて、垣に雀すずめの鳴く小春日和こはるびよりになっ
た。宗助が帰った時、御米は例いつもより冴さえ冴ざえしい顔色をして、
「あなた、あの屏風びょうぶを売っちゃいけなくって」と突然聞いた。抱一ほういつの屏風はせんだって
佐伯さえきから受取ったまま、元の通り書斎の隅に立ててあったのである。二枚折だけれども、座敷の位
置と広さから云っても、実はむしろ邪魔な装飾であった。南へ廻すと、玄関からの入口を半分塞ふさいで
しまうし、東へ出すと暗くなる、と云って、残る一方へ立てれば床の間を隠すので、宗助は、
「せっかく親爺おやじの記念かたみだと思って、取って来たようなものの、しようがないねこれじゃ、場
塞ばふさげで」と零こぼした事も一二度あった。その都度つど御米は真丸な縁ふちの焼けた銀の月と、絹
地からほとんど区別できないような穂芒ほすすきの色を眺ながめて、こんなものを珍重する人の気が知れ
ないと云うような見えをした。けれども、夫を憚はばかって、明白あからさまには何とも云い出さなかっ
た。ただ一返いっぺん
「これでもいい絵なんでしょうかね」と聞いた事があった。その時宗助は始めて抱一の名を御米に説明し
て聞かした。しかしそれは自分が昔むかし父から聞いた覚おぼえのある、朧気おぼろげな記憶を好加減い
いかげんに繰り返すに過ぎなかった。実際の画えの価値や、また抱一についての詳しい歴史などに至ると
宗助にもその実じつはなはだ覚束おぼつかなかったのである。
 ところがそれが偶然御米のために妙な行為の動機を構成かたちづくる原因となった。過去一週間夫と自
分の間に起った会話に、ふとこの知識を結びつけて考え得た彼女はちょっと微笑ほほえんだ。この日雨が
上って、日脚ひあしがさっと茶の間の障子しょうじに射した時、御米は不断着の上へ、妙な色の肩掛とも
、襟巻えりまきともつかない織物を纏まとって外へ出た。通りを二丁目ほど来て、それを電車の方角へ曲
って真直まっすぐに来ると、乾物かんぶつ屋と麺麭パン屋の間に、古道具を売っているかなり大きな店が
あった。御米はかつてそこで足の畳み込める食卓を買った記憶がある。今火鉢ひばちに掛けてある鉄瓶て
つびんも、宗助がここから提さげて帰ったものである。
 御米は手を袖そでにして道具屋の前に立ち留まった。見ると相変らず新らしい鉄瓶がたくさん並べてあ
った。そのほかには時節柄とでも云うのか火鉢ひばちが一番多く眼に着いた。しかし骨董こっとうと名の
つくほどのものは、一つもないようであった。ひとり何とも知れぬ大きな亀の甲こうが、真向まむこうに
釣るしてあって、その下から長い黄ばんだ払子ほっすが尻尾しっぽのように出ていた。それから紫檀した
んの茶棚ちゃだなが一つ二つ飾ってあったが、いずれも狂くるいの出そうな生なまなものばかりであった
。しかし御米にはそんな区別はいっこう映らなかった。ただ掛物も屏風びょうぶも一つも見当らない事だ
け確かめて、中へ這入はいった。
 御米は無論夫が佐伯から受取った屏風びょうぶを、いくらかに売り払うつもりでわざわざここまで足を
運んだのであるが、広島以来こう云う事にだいぶ経験を積んだ御蔭おかげで、普通の細君のような努力も
苦痛も感ぜずに、思い切って亭主と口を利きく事ができた。亭主は五十恰好かっこうの色の黒い頬の瘠こ
けた男で、鼈甲べっこうの縁ふちを取った馬鹿に大きな眼鏡めがねを掛けて、新聞を読みながら、疣いぼ
だらけの唐金からかねの火鉢に手を翳かざしていた。
「そうですな、拝見に出てもようがす」と軽く受合ったが、別に気の乗った様子もないので、御米は腹の
中で少し失望した。しかし自分からがすでに大した望を抱いだいて出て来た訳でもないので、こう簡易に
受けられると、こっちから頼むようにしても、見て貰わなければならなかった。

164 :山師さん:2016/05/18(水) 22:07:41.92 ID:4uTcWgUe
「ようがす。じゃのちほど伺いましょう。今小僧がちょっと出ておりませんからな」
 御米はこの存在ぞんざいな言葉を聞いてそのまま宅うちへ帰ったが、心の中では、はたして道具屋が来
るか来ないかはなはだ疑わしく思った。一人でいつものように簡単な食事を済まして、清きよに膳を下げ
さしていると、いきなり御免下さいと云って、大きな声を出して道具屋が玄関からやって来た。座敷へ上
げて、例の屏風を見せると、なるほどと云って裏だの縁だのを撫なでていたが、
「御払おはらいになるなら」と少し考えて、「六円に頂いておきましょう」と否々いやいやそうに価ねを
付けた。御米には道具屋の付けた相場が至当のように思われた。けれども一応宗助に話してからでなくっ
ては、余り専断過ぎると心づいた上、品物の歴史が歴史だけに、なおさら遠慮して、いずれ帰ったらよく
相談して見た上でと答えたまま、道具屋を帰そうとした。道具屋は出掛に、
「じゃ、奥さんせっかくだから、もう一円奮発しましょう。それで御払い下さい」と云った。御米はその
時思い切って、
「でも、道具屋さん、ありゃ抱一ほういつですよ」と答えて、腹の中ではひやりとした。道具屋は、平気
で、
「抱一は近来流行はやりませんからな」と受け流したが、じろじろ御米の姿を眺ながめた上、
「じゃなおよく御相談なすって」と云い捨てて帰って行った。
 御米はその時の模様を詳しく話した後あとで、
「売っちゃいけなくって」とまた無邪気に聞いた。
 宗助の頭の中には、この間から物質上の欲求が、絶えず動いていた。ただ地味な生活をしなれた結果と
して、足らぬ家計くらしを足ると諦あきらめる癖がついているので、毎月きまって這入はいるもののほか
には、臨時に不意の工面くめんをしてまで、少しでも常以上に寛くつろいでみようと云う働は出なかった
。話を聞いたとき彼はむしろ御米の機敏な才覚に驚ろかされた。同時にはたしてそれだけの必要があるか
を疑った。御米の思おもわくを聞いて見ると、ここで十円足らずの金が入はいれば、宗助の穿はく新らし
い靴を誂あつらえた上、銘仙めいせんの一反ぐらいは買えると云うのである。宗助はそれもそうだと思っ
た。けれども親から伝わった抱一の屏風びょうぶを一方に置いて、片方に新らしい靴及び新らしい銘仙め
いせんを並べて考えて見ると、この二つを交換する事がいかにも突飛とっぴでかつ滑稽こっけいであった

「売るなら売っていいがね。どうせ家うちに在あったって邪魔になるばかりだから。けれどもおれはまだ
靴は買わないでも済むよ。この間中みたように、降り続けに降られると困るが、もう天気も好くなったか
ら」
「だってまた降ると困るわ」
 宗助は御米に対して永久に天気を保証する訳にも行かなかった。御米も降らない前に是非屏風を売れと
も云いかねた。二人は顔を見合して笑っていた。やがて、
「安過ぎるでしょうか」と御米が聞いた。
「そうさな」と宗助が答えた。
 彼は安いと云われれば、安いような気がした。もし買手があれば、買手の出すだけの金はいくらでも取
りたかった。彼は新聞で、近来古書画の入札が非常に高価になった事を見たような心持がした。せめてそ
んなものが一幅でもあったらと思った。けれどもそれは自分の呼吸する空気の届くうちには、落ちていな
いものと諦あきらめていた。
「買手にも因よるだろうが、売手にも因るんだよ。いくら名画だって、おれが持っていた分にはとうてい
そう高く売れっこはないさ。しかし七円や八円てえな、余あんまり安いようだね」
 宗助は抱一の屏風を弁護すると共に、道具屋をも弁護するような語気を洩もらした。そうしてただ自分
だけが弁護に価あたいしないもののように感じた。御米も少し気を腐らした気味で、屏風の話はそれなり
にした。
 翌日あくるひ宗助は役所へ出て、同僚の誰彼にこの話をした。すると皆申し合せたように、それは価ね
じゃないと云った。けれども誰も自分が周旋して、相当の価に売払ってやろうと云うものはなかった。ま
たどう云う筋を通れば、馬鹿な目に逢わないで済むという手続を教えてくれるものもなかった。宗助はや
っぱり横町の道具屋に屏風を売るよりほかに仕方がなかった。それでなければ元の通り、邪魔でも何でも
座敷へ立てておくよりほかに仕方がなかった。彼は元の通りそれを座敷へ立てておいた。すると道具屋が
来て、あの屏風を十五円に売ってくれと云い出した。夫婦は顔を見合して微笑ほほえんだ。もう少し売ら
ずに置いてみようじゃないかと云って、売らずにおいた。すると道具屋がまた来た。また売らなかった。

165 :山師さん:2016/05/18(水) 22:07:53.91 ID:4uTcWgUe
御米は断るのが面白くなって来た。四度目よたびめには知らない男を一人連れて来たが、その男とこそこ
そ相談して、とうとう三十五円に価を付けた。その時夫婦も立ちながら相談した。そうしてついに思い切
って屏風を売り払った。



 円明寺の杉が焦こげたように赭黒あかぐろくなった。天気の好い日には、風に洗われた空の端はずれに
、白い筋の嶮けわしく見える山が出た。年は宗助そうすけ夫婦を駆かって日ごとに寒い方へ吹き寄せた。
朝になると欠かさず通る納豆売なっとううりの声が、瓦かわらを鎖とざす霜しもの色を連想せしめた。宗
助は床の中でその声を聞きながら、また冬が来たと思い出した。御米およねは台所で、今年も去年のよう
に水道の栓せんが氷ってくれなければ助かるがと、暮から春へ掛けての取越苦労をした。夜になると夫婦
とも炬燵こたつにばかり親しんだ。そうして広島や福岡の暖かい冬を羨うらやんだ。
「まるで前の本多さんみたようね」と御米が笑った。前の本多さんと云うのは、やはり同じ構内かまえう
ちに住んで、同じ坂井の貸家を借りている隠居夫婦であった。小女こおんなを一人使って、朝から晩まで
ことりと音もしないように静かな生計くらしを立てていた。御米が茶の間で、たった一人裁縫しごとをし
ていると、時々御爺おじいさんと云う声がした。それはこの本多の御婆さんが夫を呼ぶ声であった。門口
かどぐちなどで行き逢うと、丁寧ていねいに時候の挨拶あいさつをして、ちと御話にいらっしゃいと云う
が、ついぞ行った事もなければ、向うからも来た試ためしがない。したがって夫婦の本多さんに関する知
識は極きわめて乏しかった。ただ息子が一人あって、それが朝鮮の統監府とうかんふとかで、立派な役人
になっているから、月々その方の仕送しおくりで、気楽に暮らして行かれるのだと云う事だけを、出入で
いりの商人のあるものから耳にした。
「御爺さんはやっぱり植木を弄いじっているかい」
「だんだん寒くなったから、もうやめたんでしょう。縁の下に植木鉢がたくさん並んでるわ」
 話はそれから前の家うちを離れて、家主やぬしの方へ移った。これは、本多とはまるで反対で、夫婦か
ら見ると、この上もない賑にぎやかそうな家庭に思われた。この頃は庭が荒れているので、大勢の小供が
崖がけの上へ出て騒ぐ事はなくなったが、ピヤノの音は毎晩のようにする。折々は下女か何ぞの、台所の
方で高笑をする声さえ、宗助の茶の間まで響いて来た。
「ありゃいったい何をする男なんだい」と宗助が聞いた。この問は今までも幾度か御米に向って繰り返さ
れたものであった。
「何にもしないで遊あすんでるんでしょう。地面や家作を持って」と御米が答えた。この答も今までにも
う何遍か宗助に向って繰り返されたものであった。
 宗助はこれより以上立ち入って、坂井の事を聞いた事がなかった。学校をやめた当座は、順境にいて得
意な振舞をするものに逢うと、今に見ろと云う気も起った。それがしばらくすると、単なる憎悪ぞうおの
念に変化した。ところが一二年このかたは全く自他の差違に無頓着むとんじゃくになって、自分は自分の
ように生れついたもの、先は先のような運を持って世の中へ出て来たもの、両方共始から別種類の人間だ
から、ただ人間として生息する以外に、何の交渉も利害もないのだと考えるようになってきた。たまに世
間話のついでとして、ありゃいったい何をしている人だぐらいは聞きもするが、それより先は、教えて貰
う努力さえ出すのが面倒だった。御米にもこれと同じ傾きがあった。けれどもその夜よは珍らしく、坂井
の主人は四十恰好かっこうの髯ひげのない人であると云う事やら、ピヤノを弾くのは惣領そうりょうの娘
で十二三になると云う事やら、またほかの家うちの小供が遊びに来ても、ブランコへ乗せてやらないと云
う事やらを話した。
「なぜほかの家の子供はブランコへ乗せないんだい」
「つまり吝けちなんでしょう。早く悪くなるから」
 宗助は笑い出した。彼はそのくらい吝嗇けちな家主が、屋根が漏もると云えば、すぐ瓦師かわらしを寄
こしてくれる、垣が腐ったと訴えればすぐ植木屋に手を入れさしてくれるのは矛盾だと思ったのである。
 その晩宗助の夢には本多の植木鉢も坂井のブランコもなかった。彼は十時半頃床に入って、万象に疲れ
た人のように鼾いびきをかいた。この間から頭の具合がよくないため、寝付ねつきの悪いのを苦にしてい
た御米は、時々眼を開けて薄暗い部屋を眺ながめた。細い灯ひが床の間の上に乗せてあった。夫婦は夜中
よじゅう灯火あかりを点つけておく習慣がついているので、寝る時はいつでも心しんを細目にして洋灯ラ

166 :山師さん:2016/05/18(水) 22:08:05.94 ID:4uTcWgUe
ンプをここへ上げた。
 御米は気にするように枕の位置を動かした。そうしてそのたびに、下にしている方の肩の骨を、蒲団ふ
とんの上で滑すべらした。しまいには腹這はらばいになったまま、両肱りょうひじを突いて、しばらく夫
の方を眺めていた。それから起き上って、夜具の裾すそに掛けてあった不断着を、寝巻ねまきの上へ羽織
はおったなり、床の間の洋灯を取り上げた。
「あなたあなた」と宗助の枕元へ来て曲こごみながら呼んだ。その時夫はもう鼾をかいていなかった。け
れども、元の通り深い眠ねむりから来る呼吸いきを続けていた。御米はまた立ち上って、洋灯を手にした
まま、間あいの襖ふすまを開けて茶の間へ出た。暗い部屋が茫漠ぼんやり手元の灯に照らされた時、御米
は鈍く光る箪笥たんすの環かんを認めた。それを通り過ぎると黒く燻くすぶった台所に、腰障子こししょ
うじの紙だけが白く見えた。御米は火の気けのない真中に、しばらく佇たたずんでいたが、やがて右手に
当る下女部屋の戸を、音のしないようにそっと引いて、中へ洋灯の灯を翳かざした。下女は縞しまも色も
判然はっきり映らない夜具の中に、土竜もぐらのごとく塊かたまって寝ていた。今度は左側の六畳を覗の
ぞいた。がらんとして淋さみしい中に、例の鏡台が置いてあって、鏡の表が夜中だけに凄すごく眼に応こ
たえた。
 御米は家中を一回ひとまわり回った後あと、すべてに異状のない事を確かめた上、また床の中へ戻った
。そうしてようやく眼を眠った。今度は好い具合に、眼蓋まぶたのあたりに気を遣つかわないで済むよう
に覚えて、しばらくするうちに、うとうととした。
 するとまたふと眼が開あいた。何だかずしんと枕元で響いたような心持がする。耳を枕から離して考え
ると、それはある大きな重いものが、裏の崖から自分達の寝ている座敷の縁の外へ転がり落ちたとしか思
われなかった。しかし今眼が覚さめるすぐ前に起った出来事で、けっして夢の続じゃないと考えた時、御
米は急に気味を悪くした。そうして傍に寝ている夫の夜具の袖そでを引いて、今度は真面目まじめに宗助
を起し始めた。
 宗助はそれまで全くよく寝ていたが、急に眼が覚さめると、御米が、
「あなたちょっと起きて下さい」と揺ゆすっていたので、半分は夢中に、
「おい、好し」とすぐ蒲団ふとんの上へ起き直った。御米は小声で先刻さっきからの様子を話した。
「音は一遍した限ぎりなのかい」
「だって今したばかりなのよ」
 二人はそれで黙った。ただじっと外の様子を伺っていた。けれども世間は森しんと静であった。いつま
で耳を峙そばだてていても、再び物の落ちて来る気色けしきはなかった。宗助は寒いと云いながら、単衣
ひとえの寝巻の上へ羽織を被かぶって、縁側えんがわへ出て、雨戸を一枚繰った。外を覗のぞくと何にも
見えない。ただ暗い中から寒い空気がにわかに肌に逼せまって来た。宗助はすぐ戸を閉たてた。
 ※(「金+饌のつくり」、第4水準2-91-37)かきがねをおろして座敷へ戻るや否や、また蒲団
の中へ潜もぐり込んだが、
「何にも変った事はありゃしない。多分御前おまいの夢だろう」と云って、宗助は横になった。御米はけ
っして夢でないと主張した。たしかに頭の上で大きな音がしたのだと固執こしつした。宗助は夜具から半
分出した顔を、御米の方へ振り向けて、
「御米、お前は神経が過敏になって、近頃どうかしているよ。もう少し頭を休めてよく寝る工夫でもしな
くっちゃいけない」と云った。
 その時次の間の柱時計が二時を打った。その音で二人ともちょっと言葉を途切らして、黙って見ると、
夜はさらに静まり返ったように思われた。二人は眼が冴さえて、すぐ寝つかれそうにもなかった。御米が

「でもあなたは気楽ね。横になると十分経たたないうちに、もう寝ていらっしゃるんだから」と云った。
「寝る事は寝るが、気が楽で寝られるんじゃない。つまり疲れるからよく寝るんだろう」と宗助が答えた

 こんな話をしているうちに、宗助はまた寝入ってしまった。御米は依然として、のつそつ床の中で動い
ていた。すると表をがらがらと烈はげしい音を立てて車が一台通った。近頃御米は時々夜明前の車の音を
聞いて驚ろかされる事があった。そうしてそれを思い合わせると、いつも似寄った刻限なので、必竟ひっ
きょうは毎朝同じ車が同じ所を通るのだろうと推測した。多分牛乳を配達するためかなどで、ああ急ぐに
違ないときめていたから、この音を聞くと等しく、もう夜が明けて、隣人の活動が始ったごとくに、心丈
夫になった。そうこうしていると、どこかで鶏とりの声が聞えた。またしばらくすると、下駄げたの音を

167 :山師さん:2016/05/18(水) 22:08:17.98 ID:4uTcWgUe
高く立てて往来を通るものがあった。そのうち清きよが下女部屋の戸を開けて厠かわやへ起きた模様だっ
たが、やがて茶の間へ来て時計を見ているらしかった。この時床の間に置いた洋灯ランプの油が減って、
短かい心しんに届かなくなったので、御米の寝ている所は真暗になっていた。そこへ清の手にした灯火あ
かりの影が、襖ふすまの間から射し込んだ。
「清かい」と御米が声を掛けた。
 清はそれからすぐ起きた。三十分ほど経たって御米も起きた。また三十分ほど経って宗助もついに起き
た。平常いつもは好い時分に御米がやって来て、
「もう起きてもよくってよ」と云うのが例であった。日曜とたまの旗日はたびには、それが、
「さあもう起きてちょうだい」に変るだけであった。しかし今日は昨夕ゆうべの事が何となく気にかかる
ので、御米の迎むかえに来ないうち宗助は床を離れた。そうして直すぐ崖下の雨戸を繰った。
 下から覗のぞくと、寒い竹が朝の空気に鎖とざされてじっとしている後うしろから、霜しもを破る日の
色が射して、幾分か頂いただきを染めていた。その二尺ほど下の勾配こうばいの一番急な所に生えている
枯草が、妙に摺すり剥むけて、赤土の肌を生々なまなましく露出した様子に、宗助はちょっと驚ろかされ
た。それから一直線に降おりて、ちょうど自分の立っている縁鼻えんばなの土が、霜柱を摧くだいたよう
に荒れていた。宗助は大きな犬でも上から転がり落ちたのじゃなかろうかと思った。しかし犬にしてはい
くら大きいにしても、余り勢が烈し過ぎると思った。
 宗助は玄関から下駄を提さげて来て、すぐ庭へ下りた。縁の先へ便所が折れ曲って突き出しているので
、いとど狭い崖下が、裏へ抜ける半間ほどの所はなおさら狭苦しくなっていた。御米は掃除屋そうじやが
来るたびに、この曲り角を気にしては、
「あすこがもう少し広いといいけれども」と危険あぶながるので、よく宗助から笑われた事があった。
 そこを通り抜けると、真直まっすぐに台所まで細い路が付いている。元は枯枝の交った杉垣があって、
隣の庭の仕切りになっていたが、この間家主が手を入れた時、穴だらけの杉葉を奇麗きれいに取り払って
、今では節ふしの多い板塀いたべいが片側を勝手口まで塞ふさいでしまった。日当りの悪い上に、樋とい
から雨滴あまだればかり落ちるので、夏になると秋海棠しゅうかいどうがいっぱい生える。その盛りな頃
は青い葉が重なり合って、ほとんど通り路がなくなるくらい茂って来る。始めて越した年は、宗助も御米
もこの景色けしきを見て驚ろかされたくらいである。この秋海棠は杉垣のまだ引き抜かれない前から、何
年となく地下に蔓はびこっていたもので、古家ふるやの取り毀こぼたれた今でも、時節が来ると昔の通り
芽を吹くものと解った時、御米は、
「でも可愛いわね」と喜んだ。
 宗助が霜を踏んで、この記念の多い横手へ出た時、彼の眼は細長い路次ろじの一点に落ちた。そうして
彼は日の通わない寒さの中にはたと留まった。
 彼の足元には黒塗の蒔絵まきえの手文庫が放り出してあった。中味はわざわざそこへ持って来て置いて
行ったように、霜の上にちゃんと据すわっているが、蓋ふたは二三尺離れて、塀へいの根に打ちつけられ
たごとくに引っ繰り返って、中を張った千代紙ちよがみの模様が判然はっきり見えた。文庫の中から洩も
れた、手紙や書付類が、そこいらに遠慮なく散らばっている中に、比較的長い一通がわざわざ二尺ばかり
広げられて、その先が紙屑のごとく丸めてあった。宗助は近づいて、この揉苦茶もみくちゃになった紙の
下を覗のぞいて覚えず苦笑した。下には大便が垂れてあった。
 土の上に散らばっている書類を一纏ひとまとめにして、文庫の中へ入れて、霜と泥に汚れたまま宗助は
勝手口まで持って来た。腰障子こししょうじを開けて、清に
「おいこれをちょっとそこへ置いてくれ」と渡すと、清は妙な顔をして、不思議そうにそれを受取った。
御米は奥で座敷へ払塵はたきを掛けていた。宗助はそれから懐手ふところでをして、玄関だの門の辺あた
りをよく見廻ったが、どこにも平常と異なる点は認められなかった。
 宗助はようやく家うちへ入った。茶の間へ来て例の通り火鉢ひばちの前へ坐すわったが、すぐ大きな声
を出して御米を呼んだ。御米は、
「起き抜けにどこへ行っていらしったの」と云いながら奥から出て来た。
「おい昨夜ゆうべ枕元で大きな音がしたのは、やっぱり夢じゃなかったんだ。泥棒だよ。泥棒が坂井さん
の崖がけの上から宅うちの庭へ飛び下りた音だ。今裏へ回って見たら、この文庫が落ちていて、中にはい

168 :山師さん:2016/05/18(水) 22:08:29.94 ID:4uTcWgUe
っていた手紙なんぞが、むちゃくちゃに放り出してあった。おまけに御馳走ごちそうまで置いて行った」
 宗助は文庫の中から、二三通の手紙を出して御米に見せた。それには皆みんな坂井の名宛なあてが書い
てあった。御米は吃驚びっくりして立膝のまま、
「坂井さんじゃほかに何か取られたでしょうか」と聞いた。宗助は腕組をして、
「ことに因よると、まだ何かやられたね」と答えた。
 夫婦はともかくもと云うので、文庫をそこへ置いたなり朝飯の膳ぜんに着いた。しかし箸はしを動かす
間まも泥棒の話は忘れなかった。御米は自分の耳と頭のたしかな事を夫に誇った。宗助は耳と頭のたしか
でない事を幸福とした。
「そうおっしゃるけれど、これが坂井さんでなくって、宅で御覧なさい。あなたみたように、ぐうぐう寝
ていらしったら困るじゃないの」と御米が宗助をやり込めた。
「なに、宅なんぞへ這入はいる気遣きづかいはないから大丈夫だ」と宗助も口の減らない返事をした。
 そこへ清が突然台所から顔を出して、
「この間拵こしらえた旦那様の外套マントでも取られようものなら、それこそ騒ぎでございましたね。御
宅おうちでなくって坂井さんだったから、本当に結構でございます」と真面目まじめに悦よろこびの言葉
を述べたので、宗助も御米も少し挨拶あいさつに窮きゅうした。
 食事を済ましても、出勤の時刻にはまだだいぶ間があった。坂井では定めて騒いでるだろうと云うので
、文庫は宗助が自分で持って行ってやる事にした。蒔絵まきえではあるが、ただ黒地に亀甲形きっこうが
たを金きんで置いただけの事で、別に大して金目の物とも思えなかった。御米は唐桟とうざんの風呂敷ふ
ろしきを出してそれを包くるんだ。風呂敷が少し小さいので、四隅よすみを対むこう同志繋つないで、真
中にこま結びを二つ拵こしらえた。宗助がそれを提さげたところは、まるで進物の菓子折のようであった

 座敷で見ればすぐ崖の上だが、表から廻ると、通りを半町ばかり来て、坂を上のぼって、また半町ほど
逆に戻らなければ、坂井の門前へは出られなかった。宗助は石の上へ芝を盛って扇骨木かなめを奇麗きれ
いに植えつけた垣に沿うて門内に入った。
 家いえの内はむしろ静か過ぎるくらいしんとしていた。摺硝子すりガラスの戸が閉たててある玄関へ来
て、ベルを二三度押して見たが、ベルが利きかないと見えて誰も出て来なかった。宗助は仕方なしに勝手
口へ廻った。そこにも摺硝子の嵌はまった腰障子こししょうじが二枚閉ててあった。中では器物を取り扱
う音がした。宗助は戸を開けて、瓦斯七輪ガスしちりんを置いた板の間に蹲踞しゃがんでいる下女に挨拶
あいさつをした。
「これはこちらのでしょう。今朝私わたしの家うちの裏に落ちていましたから持って来ました」と云いな
がら、文庫を出した。
 下女は「そうでございましたか、どうも」と簡単に礼を述べて、文庫を持ったまま、板の間の仕切まで
行って、仲働なかばたらきらしい女を呼び出した。そこで小声に説明をして、品物を渡すと、仲働はそれ
を受取ったなり、ちょっと宗助の方を見たがすぐ奥へ入った。入いれ違ちがえに、十二三になる丸顔の眼
の大きな女の子と、その妹らしい揃そろいのリボンを懸かけた子がいっしょに馳かけて来て、小さい首を
二つ並べて台所へ出した。そうして宗助の顔を眺ながめながら、泥棒よと耳語ささやきやった。宗助は文
庫を渡してしまえば、もう用が済んだのだから、奥の挨拶はどうでもいいとして、すぐ帰ろうかと考えた

「文庫は御宅のでしょうね。いいんでしょうね」と念を押して、何なにも知らない下女を気の毒がらして
いるところへ、最前の仲働が出て来て、
「どうぞ御通り下さい」と丁寧ていねいに頭を下げたので、今度は宗助の方が少し痛み入るようになった
。下女はいよいよしとやかに同じ請求を繰り返した。宗助は痛み入る境を通り越して、ついに迷惑を感じ
出した。ところへ主人が自分で出て来た。
 主人は予想通り血色の好い下膨しもぶくれの福相ふくそうを具そなえていたが、御米の云ったように髭
ひげのない男ではなかった。鼻の下に短かく刈り込んだのを生やして、ただ頬ほおから腮あごを奇麗きれ
いに蒼あおくしていた。
「いやどうもとんだ御手数ごてかずで」と主人は眼尻めじりに皺しわを寄せながら礼を述べた。米沢よね
ざわの絣かすりを着た膝ひざを板の間に突いて、宗助からいろいろ様子を聞いている態度が、いかにも緩
ゆっくりしていた。宗助は昨夕ゆうべから今朝へかけての出来事を一通り掻かい撮つまんで話した上、文

169 :山師さん:2016/05/18(水) 22:08:42.07 ID:4uTcWgUe
庫のほかに何か取られたものがあるかないかを尋ねて見た。主人は机の上に置いた金時計を一つ取られた
由よしを答えた。けれどもまるで他ひとのものでも失なくなした時のように、いっこう困ったと云う気色
けしきはなかった。時計よりはむしろ宗助の叙述の方に多くの興味を有もって、泥棒が果して崖を伝って
裏から逃げるつもりだったろうか、または逃げる拍子ひょうしに、崖から落ちたものだろうかと云うよう
な質問を掛けた。宗助は固もとより返答ができなかった。
 そこへ最前の仲働が、奥から茶や莨たばこを運んで来たので、宗助はまた帰りはぐれた。主人はわざわ
ざ座蒲団ざぶとんまで取り寄せて、とうとうその上へ宗助の尻を据すえさした。そうして今朝けさ早く来
た刑事の話をし始めた。刑事の判定によると、賊は宵よいから邸内に忍び込んで、何でも物置かなぞに隠
れていたに違ない。這入口はいりくちはやはり勝手である。燐寸マッチを擦すって蝋燭ろうそくを点とも
して、それを台所にあった小桶こおけの中へ立てて、茶の間へ出たが、次の部屋には細君と子供が寝てい
るので、廊下伝いに主人の書斎へ来て、そこで仕事をしていると、この間生れた末の男の子が、乳を呑の
む時刻が来たものか、眼を覚さまして泣き出したため、賊は書斎の戸を開けて庭へ逃げたらしい。
「平常いつものように犬がいると好かったんですがね。あいにく病気なので、四五日前病院へ入れてしま
ったもんですから」と主人は残念がった。宗助も、
「それは惜しい事でした」と答えた。すると主人はその犬の種ブリードやら血統やら、時々猟かりに連れ
て行く事や、いろいろな事を話し始めた。
「猟りょうは好ですから。もっとも近来は神経痛で少し休んでいますが。何しろ秋口から冬へ掛けて鴫し
ぎなぞを打ちに行くと、どうしても腰から下は田の中へ浸つかって、二時間も三時間も暮らさなければな
らないんですから、全く身体からだには好くないようです」
 主人は時間に制限のない人と見えて、宗助が、なるほどとか、そうですか、とか云っていると、いつま
でも話しているので、宗助はやむを得ず中途で立ち上がった。
「これからまた例の通り出かけなければなりませんから」と切り上げると、主人は始めて気がついたよう
に、忙がしいところを引き留めた失礼を謝した。そうしていずれまた刑事が現状を見に行くかも知れない
から、その時はよろしく願うと云うような事を述べた。最後に、
「どうかちと御話に。私も近頃はむしろ閑ひまな方ですから、また御邪魔に出ますから」と丁寧ていねい
に挨拶をした。門を出て急ぎ足に宅うちへ帰ると、毎朝出る時刻よりも、もう三十分ほど後れていた。
「あなたどうなすったの」と御米が気を揉もんで玄関へ出た。宗助はすぐ着物を脱いで洋服に着換えなが
ら、
「あの坂井と云う人はよっぽど気楽な人だね。金があるとああ緩ゆっくりできるもんかな」と云った。



「小六ころくさん、茶の間から始めて。それとも座敷の方を先にして」と御米およねが聞いた。
 小六は四五日前とうとう兄の所へ引き移った結果として、今日の障子しょうじの張替はりかえを手伝わ
なければならない事となった。彼は昔むかし叔父の家にいた時、安之助やすのすけといっしょになって、
自分の部屋の唐紙からかみを張り替えた経験がある。その時は糊のりを盆に溶といたり、箆へらを使って
見たり、だいぶ本式にやり出したが、首尾好く乾かして、いざ元の所へ建てるという段になると、二枚と
も反そっ繰くり返って敷居の溝みぞへ嵌はまらなかった。それからこれも安之助と共同して失敗した仕事
であるが、叔母の云いつけで、障子を張らせられたときには、水道でざぶざぶ枠わくを洗ったため、やっ
ぱり乾いた後で、惣体そうたいに歪ゆがみができて非常に困難した。
「姉さん、障子を張るときは、よほど慎重にしないと失策しくじるです。洗っちゃ駄目ですぜ」と云いな
がら、小六は茶の間の縁側えんがわからびりびり破き始めた。
 縁先は右の方に小六のいる六畳が折れ曲って、左には玄関が突き出している。その向うを塀へいが縁と
平行に塞ふさいでいるから、まあ四角な囲内かこいうちと云っていい。夏になるとコスモスを一面に茂ら
して、夫婦とも毎朝露の深い景色けしきを喜んだ事もあるし、また塀の下へ細い竹を立てて、それへ朝顔
を絡からませた事もある。その時は起き抜けに、今朝咲いた花の数を勘定かんじょうし合って二人が楽た
のしみにした。けれども秋から冬へかけては、花も草もまるで枯れてしまうので、小さな砂漠さばくみた
ように、眺ながめるのも気の毒なくらい淋さびしくなる。小六はこの霜しもばかり降りた四角な地面を背

170 :山師さん:2016/05/18(水) 22:08:53.94 ID:4uTcWgUe
にして、しきりに障子の紙を剥はがしていた。
 時々寒い風が来て、後うしろから小六の坊主頭と襟えりの辺あたりを襲おそった。そのたびに彼は吹ふ
き曝さらしの縁から六畳の中へ引っ込みたくなった。彼は赤い手を無言のまま働らかしながら、馬尻バケ
ツの中で雑巾ぞうきんを絞しぼって障子の桟さんを拭き出した。
「寒いでしょう、御気の毒さまね。あいにく御天気が時雨しぐれたもんだから」と御米が愛想あいそを云
って、鉄瓶てつびんの湯を注つぎ注つぎ、昨日きのう煮た糊のりを溶いた。
 小六は実際こんな用をするのを、内心では大いに軽蔑けいべつしていた。ことに昨今自分がやむなく置
かれた境遇からして、この際多少自己を侮辱しているかの観を抱いだいて雑巾を手にしていた。昔し叔父
の家で、これと同じ事をやらせられた時は、暇潰ひまつぶしの慰みとして、不愉快どころかかえって面白
かった記憶さえあるのに、今じゃこのくらいな仕事よりほかにする能力のないものと、強いて周囲から諦
あきらめさせられたような気がして、縁側の寒いのがなおのこと癪しゃくに触った。
 それで嫂あによめには快よい返事さえ碌ろくにしなかった。そうして頭の中で、自分の下宿にいた法科
大学生が、ちょっと散歩に出るついでに、資生堂へ寄って、三つ入りの石鹸シャボンと歯磨を買うのにさ
え、五円近くの金を払う華奢かしゃを思い浮べた。するとどうしても自分一人が、こんな窮境に陥おちい
るべき理由がないように感ぜられた。それから、こんな生活状態に甘んじて一生を送る兄夫婦がいかにも
憫然ふびんに見えた。彼らは障子を張る美濃紙みのがみを買うのにさえ気兼きがねをしやしまいかと思わ
れるほど、小六から見ると、消極的な暮し方をしていた。
「こんな紙じゃ、またすぐ破けますね」と云いながら、小六は巻いた小口を一尺ほど日に透すかして、二
三度力任せに鳴らした。
「そう? でも宅うちじゃ小供がないから、それほどでもなくってよ」と答えた御米は糊を含ました刷毛
はけを取ってとんとんとんと桟の上を渡した。
 二人は長く継ついだ紙を双方から引き合って、なるべく垂たるみのできないように力つとめたが、小六
が時々面倒臭そうな顔をすると、御米はつい遠慮が出て、好加減いいかげんに髪剃かみそりで小口を切り
落してしまう事もあった。したがってでき上ったものには、所々のぶくぶくがだいぶ目についた。御米は
情なさけなさそうに、戸袋に立て懸かけた張り立ての障子を眺ながめた。そうして心の中うちで、相手が
小六でなくって、夫であったならと思った。
「皺しわが少しできたのね」
「どうせ僕の御手際おてぎわじゃ旨うまく行かない」
「なに兄さんだって、そう御上手じゃなくってよ。それに兄さんはあなたよりよっぽど無精ぶしょうね」
 小六は何にも答えなかった。台所から清きよが持って来た含嗽茶碗うがいぢゃわんを受け取って、戸袋
の前へ立って、紙が一面に濡ぬれるほど霧を吹いた。二枚目を張ったときは、先に霧を吹いた分がほぼ乾
いて皺しわがおおかた平らになっていた。三枚目を張ったとき、小六は腰が痛くなったと云い出した。実
を云うと御米の方は今朝けさから頭が痛かったのである。
「もう一枚張って、茶の間だけ済ましてから休みましょう」と云った。
 茶の間を済ましているうちに午ひるになったので、二人は食事を始めた。小六が引き移ってからこの四
五日しごんち、御米は宗助そうすけのいない午飯ひるはんを、いつも小六と差向さしむかいで食べる事に
なった。宗助といっしょになって以来、御米の毎日膳ぜんを共にしたものは、夫よりほかになかった。夫
の留守の時は、ただ独ひとり箸はしを執とるのが多年の習慣ならわしであった。だから突然この小舅こじ
ゅうとと自分の間に御櫃おはちを置いて、互に顔を見合せながら、口を動かすのが、御米に取っては一種
異いな経験であった。それも下女が台所で働らいているときは、まだしもだが、清の影も音もしないとな
ると、なおのこと変に窮屈な感じが起った。無論小六よりも御米の方が年上であるし、また従来の関係か
ら云っても、両性を絡からみつける艶つやっぽい空気は、箝束的けんそくてきな初期においてすら、二人
の間に起り得べきはずのものではなかった。御米は小六と差向さしむかいに膳に着くときのこの気ぶっせ
いな心持が、いつになったら消えるだろうと、心の中うちで私ひそかに疑ぐった。小六が引き移るまでは
、こんな結果が出ようとは、まるで気がつかなかったのだからなおさら当惑した。仕方がないからなるべ
く食事中に話をして、せめて手持無沙汰てもちぶさたな隙間すきまだけでも補おうと力つとめた。不幸に

171 :山師さん:2016/05/18(水) 22:09:05.95 ID:4uTcWgUe
して今の小六は、この嫂あによめの態度に対してほどの好い調子を出すだけの余裕と分別ふんべつを頭の
中に発見し得なかったのである。
「小六さん、下宿は御馳走ごちそうがあって」
 こんな質問に逢うと、小六は下宿から遊びに来た時分のように、淡泊たんぱくな遠慮のない答をする訳
に行かなくなった。やむを得ず、
「なにそうでもありません」ぐらいにしておくと、その語気がからりと澄んでいないので、御米の方では
、自分の待遇が悪いせいかと解釈する事もあった。それがまた無言の間あいだに、小六の頭に映る事もあ
った。
 ことに今日は頭の具合が好くないので、膳に向っても、御米はいつものように力つとめるのが退儀たい
ぎであった。力つとめて失敗するのはなお厭いやであった。それで二人とも障子しょうじを張るときより
も言葉少なに食事を済ました。
 午後は手が慣なれたせいか、朝に比べると仕事が少し果取はかどった。しかし二人の気分は飯前よりも
かえって縁遠くなった。ことに寒い天気が二人の頭に応こたえた。起きた時は、日を載のせた空がしだい
に遠退とおのいて行くかと思われるほどに、好く晴れていたが、それが真蒼まっさおに色づく頃から急に
雲が出て、暗い中で粉雪こゆきでも醸かもしているように、日の目を密封した。二人は交かわる交がわる
火鉢に手を翳かざした。
「兄さんは来年になると月給が上がるんでしょう」
 ふと小六がこんな問を御米にかけた。御米はその時畳の上の紙片かみぎれを取って、糊に汚よごれた手
を拭いていたが、全く思も寄らないという顔をした。
「どうして」
「でも新聞で見ると、来年から一般に官吏の増俸があると云う話じゃありませんか」
 御米はそんな消息を全く知らなかった。小六から詳しい説明を聞いて、始めてなるほどと首肯うなずい
た。
「全くね。これじゃ誰だって、やって行けないわ。御肴おさかなの切身なんか、私わたしが東京へ来てか
らでも、もう倍になってるんですもの」と云った。肴の切身の値段になると小六の方が全く無識であった
。御米に注意されて始めてそれほどむやみに高くなるものかと思った。
 小六にちょっとした好奇心の出たため、二人の会話は存外素直に流れて行った。御米は裏の家主の十八
九時代に物価の大変安かった話を、この間宗助から聞いた通り繰り返した。その時分は蕎麦そばを食うに
しても、盛もりかけが八厘、種たねものが二銭五厘であった。牛肉は普通なみが一人前いちにんまえ四銭
で、ロースは六銭であった。寄席よせは三銭か四銭であった。学生は月に七円ぐらい国から貰もらえば中
ちゅうの部であった。十円も取るとすでに贅沢ぜいたくと思われた。
「小六さんも、その時分だと訳なく大学が卒業できたのにね」と御米が云った。
「兄さんもその時分だと大変暮しやすい訳ですね」と小六が答えた。
 座敷の張易はりかえが済んだときにはもう三時過になった。そうこうしているうちには、宗助も帰って
来るし、晩の支度したくも始めなくってはならないので、二人はこれを一段落として、糊や髪剃かみそり
を片づけた。小六は大きな伸のびを一つして、握にぎり拳こぶしで自分の頭をこんこんと叩たたいた。
「どうも御苦労さま。疲れたでしょう」と御米は小六を労いたわった。小六はそれよりも口淋くちさむし
い思がした。この間文庫を届けてやった礼に、坂井からくれたと云う菓子を、戸棚とだなから出して貰っ
て食べた。御米は御茶を入れた。
「坂井と云う人は大学出なんですか」
「ええ、やっぱりそうなんですって」
 小六は茶を飲んで煙草たばこを吹いた。やがて、
「兄さんは増俸の事をまだあなたに話さないんですか」と聞いた。
「いいえ、ちっとも」と御米が答えた。
「兄さんみたようになれたら好いだろうな。不平も何もなくって」
 御米は特別の挨拶あいさつもしなかった。小六はそのまま起たって六畳へ這入はいったが、やがて火が
消えたと云って、火鉢を抱かかえてまた出て来た。彼は兄の家いえに厄介やっかいになりながら、もう少
し立てば都合がつくだろうと慰めた安之助の言葉を信じて、学校は表向おもてむき休学の体ていにして一
時の始末をつけたのである。



172 :山師さん:2016/05/18(水) 22:09:17.98 ID:4uTcWgUe
 裏の坂井と宗助そうすけとは文庫が縁になって思わぬ関係がついた。それまでは月に一度こちらから清
きよに家賃を持たしてやると、向むこうからその受取を寄こすだけの交渉に過ぎなかったのだから、崖が
けの上に西洋人が住んでいると同様で、隣人としての親みは、まるで存在していなかったのである。
 宗助が文庫を届けた日の午後に、坂井の云った通り、刑事が宗助の家の裏手から崖下を検しらべに来た
が、その時坂井もいっしょだったので、御米およねは始めて噂うわさに聞いた家主の顔を見た。髭ひげの
ないと思ったのに、髭を生やしているのと、自分なぞに対しても、存外丁寧ていねいな言葉を使うのが、
御米には少し案外であった。
「あなた、坂井さんはやっぱり髭を生やしていてよ」と宗助が帰ったとき、御米はわざわざ注意した。
 それから二日ばかりして、坂井の名刺を添えた立派な菓子折を持って、下女が礼に来たが、せんだって
はいろいろ御世話になりまして、ありがとう存じます、いずれ主人が自身に伺うはずでございますがと云
いおいて、帰って行った。
 その晩宗助は到来の菓子折の葢ふたを開けて、唐饅頭とうまんじゅうを頬張ほおばりながら、
「こんなものをくれるところをもって見ると、それほど吝けちでもないようだね。他ひとの家うちの子を
ブランコへ乗せてやらないって云うのは嘘だろう」と云った。御米も、
「きっと嘘よ」と坂井を弁護した。
 夫婦と坂井とは泥棒の這入はいらない前より、これだけ親しみの度が増したようなものの、それ以上に
接近しようと云う念は、宗助の頭にも、御米の胸にも宿らなかった。利害の打算から云えば無論の事、単
に隣人の交際とか情誼じょうぎとか云う点から見ても、夫婦はこれよりも前進する勇気を有もたなかった
のである。もし自然がこのままに無為むいの月日を駆かったなら、久しからぬうちに、坂井は昔の坂井に
なり、宗助は元の宗助になって、崖の上と崖の下に互の家が懸かけ隔へだたるごとく、互の心も離れ離れ
になったに違なかった。
 ところがそれからまた二日置いて、三日目の暮れ方に、獺かわうその襟えりの着いた暖かそうな外套マ
ントを着て、突然坂井が宗助の所へやって来た。夜間客に襲おそわれつけない夫婦は、軽微の狼狽ろうば
いを感じたくらい驚ろかされたが、座敷へ上げて話して見ると、坂井は丁寧に先日の礼を述べた後のち、
「御蔭で取られた品物がまた戻りましたよ」と云いながら、白縮緬しろちりめんの兵児帯へこおびに巻き
付けた金鎖を外はずして、両葢りょうぶたの金時計を出して見せた。
 規則だから警察へ届ける事は届けたが、実はだいぶ古い時計なので、取られてもそれほど惜しくもない
ぐらいに諦あきらめていたら、昨日きのうになって、突然差出人の不明な小包が着いて、その中にちゃん
と自分の失なくしたのが包くるんであったんだと云う。
「泥棒も持ち扱かったんでしょう。それとも余り金にならないんで、やむを得ず返してくれる気になった
んですかね。何しろ珍らしい事で」と坂井は笑っていた。それから、
「何私から云うと、実はあの文庫の方がむしろ大切な品でしてね。祖母ばばが昔し御殿へ勤めていた時分
、戴いただいたんだとか云って、まあ記念かたみのようなものですから」と云うような事も説明して聞か
した。
 その晩坂井はそんな話を約二時間もして帰って行ったが、相手になった宗助も、茶の間で聞いていた御
米も、大変談話の材料に富んだ人だと思わぬ訳に行かなかった。後あとで、
「世間の広い方かたね」と御米が評した。
「閑ひまだからさ」と宗助が解釈した。
 次の日宗助が役所の帰りがけに、電車を降りて横町の道具屋の前まで来ると、例の獺かわうその襟えり
を着けた坂井の外套マントがちょっと眼に着いた。横顔を往来の方へ向けて、主人を相手に何か云ってい
る。主人は大きな眼鏡を掛けたまま、下から坂井の顔を見上げている。宗助は挨拶あいさつをすべき折で
もないと思ったから、そのまま行き過ぎようとして、店の正面まで来ると、坂井の眼が往来へ向いた。
「やあ昨夜は。今御帰りですか」と気軽に声をかけられたので、宗助も愛想あいそなく通り過ぎる訳にも
行かなくなって、ちょっと歩調を緩ゆるめながら、帽子を取った。すると坂井は、用はもう済んだと云う
風をして、店から出て来た。
「何か御求めですか」と宗助が聞くと、
「いえ、何」と答えたまま、宗助と並んで家うちの方へ歩き出した。六七間来たとき、
「あの爺じじい、なかなか猾ずるい奴ですよ。崋山かざんの偽物にせものを持って来て押付おっつけよう

173 :山師さん:2016/05/18(水) 22:09:30.04 ID:4uTcWgUe
としやがるから、今叱りつけてやったんです」と云い出した。宗助は始めて、この坂井も余裕よゆうある
人に共通な好事こうずを道楽にしているのだと心づいた。そうしてこの間売り払った抱一ほういつの屏風
びょうぶも、最初からこう云う人に見せたら、好かったろうにと、腹の中で考えた。
「あれは書画には明るい男なんですか」
「なに書画どころか、まるで何も分らない奴です。あの店の様子を見ても分るじゃありませんか。骨董こ
っとうらしいものは一つも並んでいやしない。もとが紙屑屋かみくずやから出世してあれだけになったん
ですからね」
 坂井は道具屋の素性すじょうをよく知っていた。出入でいりの八百屋の阿爺おやじの話によると、坂井
の家は旧幕の頃何とかの守かみと名乗ったもので、この界隈かいわいでは一番古い門閥家もんばつかなの
だそうである。瓦解がかいの際、駿府すんぷへ引き上げなかったんだとか、あるいは引き上げてまた出て
来たんだとか云う事も耳にしたようであるが、それは判然はっきり宗助の頭に残っていなかった。
「小さい内から悪戯いたずらものでね。あいつが餓鬼大将がきだいしょうになってよく喧嘩けんかをしに
行った事がありますよ」と坂井は御互の子供の時の事まで一口洩もらした。それがまたどうして崋山の贋
物にせものを売り込もうと巧たくんだのかと聞くと、坂井は笑って、こう説明した。――
「なに親父おやじの代から贔屓ひいきにしてやってるものですから、時々何なんだ蚊かだって持って来る
んです。ところが眼も利きかない癖に、ただ慾ばりたがってね、まことに取扱い悪にくい代物しろもので
す。それについこの間抱一の屏風を買って貰って、味を占めたんでね」
 宗助は驚ろいた。けれども話の途中を遮さえぎる訳に行かなかったので、黙っていた。坂井は道具屋が
それ以来乗気になって、自身に分りもしない書画類をしきりに持ち込んで来る事やら、大坂出来の高麗焼
こうらいやきを本物だと思って、大事に飾っておいた事やら話した末、
「まあ台所だいどこで使う食卓ちゃぶだいか、たかだか新あらの鉄瓶てつびんぐらいしか、あんな所じゃ
買えたもんじゃありません」と云った。
 そのうち二人は坂の上へ出た。坂井はそこを右へ曲る、宗助はそこを下へ下りなければならなかった。
宗助はもう少しいっしょに歩いて、屏風びょうぶの事を聞きたかったが、わざわざ回まわり路みちをする
のも変だと心づいて、それなり分れた。分れる時、
「近い中うち御邪魔に出てもようございますか」と聞くと、坂井は、
「どうぞ」と快よく答えた。
 その日は風もなくひとしきり日も照ったが、家うちにいると底冷そこびえのする寒さに襲おそわれると
か云って、御米はわざわざ置炬燵おきごたつに宗助の着物を掛けて、それを座敷の真中に据すえて、夫の
帰りを待ち受けていた。
 この冬になって、昼のうち炬燵こたつを拵こしらえたのは、その日が始めてであった。夜は疾とうから
用いていたが、いつも六畳に置くだけであった。
「座敷の真中にそんなものを据えて、今日はどうしたんだい」
「でも、御客も何もないからいいでしょう。だって六畳の方は小六ころくさんがいて、塞ふさがっている
んですもの」
 宗助は始めて自分の家に小六のいる事に気がついた。襯衣シャツの上から暖かい紡績織ぼうせきおりを
掛けて貰って、帯をぐるぐる巻きつけたが、
「ここは寒帯だから炬燵でも置かなくっちゃ凌しのげない」と云った。小六の部屋になった六畳は、畳こ
そ奇麗きれいでないが、南と東が開あいていて、家中うちじゅうで一番暖かい部屋なのである。
 宗助は御米の汲くんで来た熱い茶を湯呑ゆのみから二口ほど飲んで、
「小六はいるのかい」と聞いた。小六は固もとよりいたはずである。けれども六畳はひっそりして人のい
るようにも思われなかった。御米が呼びに立とうとするのを、用はないからいいと留めたまま、宗助は炬
燵蒲団ぶとんの中へ潜もぐり込んで、すぐ横になった。一方口いっぽうぐちに崖を控えている座敷には、
もう暮方の色が萌きざしていた。宗助は手枕をして、何を考えるともなく、ただこの暗く狭い景色けしき
を眺ながめていた。すると御米と清が台所で働く音が、自分に関係のない隣の人の活動のごとくに聞えた
。そのうち、障子だけがただ薄白く宗助の眼に映るように、部屋の中が暮れて来た。彼はそれでもじっと
して動かずにいた。声を出して洋灯ランプの催促もしなかった。
 彼が暗い所から出て、晩食ばんめしの膳ぜんに着いた時は、小六も六畳から出て来て、兄の向うに坐す
わった。御米は忙しいので、つい忘れたと云って、座敷の戸を締しめに立った。宗助は弟に夕方になった

174 :山師さん:2016/05/18(水) 22:09:42.14 ID:4uTcWgUe
ら、ちと洋灯ランプを点つけるとか、戸を閉たてるとかして、忙せわしい姉の手伝でもしたら好かろうと
注意したかったが、昨今引き移ったばかりのものに、気まずい事を云うのも悪かろうと思ってやめた。
 御米が座敷から帰って来るのを待って、兄弟は始めて茶碗に手を着けた。その時宗助はようやく今日役
所の帰りがけに、道具屋の前で坂井に逢った事と、坂井があの大きな眼鏡めがねを掛けている道具屋から
、抱一ほういつの屏風びょうぶを買ったと云う話をした。御米は、
「まあ」と云ったなり、しばらく宗助の顔を見ていた。
「じゃきっとあれよ。きっとあれに違ないわね」
 小六は始めのうち何にも口を出さなかったが、だんだん兄夫婦の話を聞いているうちに、ほぼ関係が明
暸めいりょうになったので、
「全体いくらで売ったのです」と聞いた。御米は返事をする前にちょっと夫の顔を見た。
 食事が終ると、小六はじきに六畳へ這入はいった。宗助はまた炬燵こたつへ帰った。しばらくして御米
も足を温ぬくめに来た。そうして次の土曜か日曜には坂井へ行って、一つ屏風を見て来たらいいだろうと
云うような事を話し合った。
 次の日曜になると、宗助は例の通り一週に一返いっぺんの楽寝らくねを貪ぼったため、午前ひるまえ半
日をとうとう空くうに潰つぶしてしまった。御米はまた頭が重いとか云って、火鉢ひばちの縁ふちに倚よ
りかかって、何をするのも懶ものうそうに見えた。こんな時に六畳が空あいていれば、朝からでも引込む
場所があるのにと思うと、宗助は小六に六畳をあてがった事が、間接に御米の避難場を取り上げたと同じ
結果に陥おちいるので、ことに済まないような気がした。
 心持が悪ければ、座敷へ床を敷いて寝たら好かろうと注意しても、御米は遠慮して容易に応じなかった
。それではまた炬燵でも拵こしらえたらどうだ、自分も当るからと云って、とうとう櫓やぐらと掛蒲団か
けぶとんを清きよに云いつけて、座敷へ運ばした。
 小六は宗助が起きる少し前に、どこかへ出て行って、今朝けさは顔さえ見せなかった。宗助は御米に向
って別段その行先を聞き糺ただしもしなかった。この頃では小六に関係した事を云い出して、御米にその
返事をさせるのが、気の毒になって来た。御米の方から、進んで弟の讒訴ざんそでもするようだと、叱る
にしろ、慰さめるにしろ、かえって始末が好いと考える時もあった。
 午ひるになっても御米は炬燵から出なかった。宗助はいっそ静かに寝かしておく方が身体からだのため
によかろうと思ったので、そっと台所へ出て、清にちょっと上の坂井まで行ってくるからと告げて、不断
着の上へ、袂たもとの出る短いインヴァネスを纏まとって表へ出た。
 今まで陰気な室へやにいた所為せいか、通とおりへ来ると急にからりと気が晴れた。肌の筋肉が寒い風
に抵抗して、一時に緊縮するような冬の心持の鋭どく出るうちに、ある快感を覚えたので、宗助は御米も
ああ家うちにばかり置いては善よくない、気候が好くなったら、ちと戸外の空気を呼吸させるようにして
やらなくては毒だと思いながら歩いた。
 坂井の家の門を入ったら、玄関と勝手口の仕切になっている生垣いけがきの目に、冬に似合わないぱっ
とした赤いものが見えた。傍そばへ寄ってわざわざ検しらべると、それは人形に掛ける小さい夜具であっ
た。細い竹を袖そでに通して、落ちないように、扇骨木かなめの枝に寄せ掛けた手際てぎわが、いかにも
女の子の所作しょさらしく殊勝しゅしょうに思われた。こう云う悪戯いたずらをする年頃の娘は固もとよ
りの事、子供と云う子供を育て上げた経験のない宗助は、この小さい赤い夜具の尋常に日に干してある有
様をしばらく立って眺ながめていた。そうして二十年も昔に父母が、死んだ妹いもとのために飾った、赤
い雛段ひなだんと五人囃ごにんばやしと、模様の美くしい干菓子と、それから甘いようで辛からい白酒を
思い出した。
 坂井の主人は在宅ではあったけれども、食事中だと云うので、しばらく待たせられた。宗助は座に着く
や否や、隣の室へやで小さい夜具を干した人達の騒ぐ声を耳にした。下女が茶を運ぶために襖ふすまを開
けると、襖の影から大きな眼が四つほどすでに宗助を覗のぞいていた。火鉢を持って出ると、その後あと
からまた違った顔が見えた。始めてのせいか、襖の開閉あけたてのたびに出る顔がことごとく違っていて
、子供の数が何人あるか分らないように思われた。ようやく下女が退さがりきりに退がると、今度は誰だ
か唐紙からかみを一寸ほど細目に開けて、黒い光る眼だけをその間から出した。宗助も面白くなって、黙

175 :山師さん:2016/05/18(水) 22:09:54.01 ID:4uTcWgUe
って手招ぎをして見た。すると唐紙をぴたりと閉たてて、向う側で三四人が声を合して笑い出した。
 やがて一人の女の子が、
「よう、御姉様またいつものように叔母さんごっこしましょうよ」と云い出した。すると姉らしいのが、
「ええ、今日は西洋の叔母さんごっこよ。東作さんは御父さまだからパパで、雪子さんは御母さまだから
ママって云うのよ。よくって」と説明した。その時また別の声で、
「おかしいわね。ママだって」と云って嬉うれしそうに笑ったものがあった。
「私わたしそれでもいつも御祖母おばばさまなのよ。御祖母さまの西洋の名がなくっちゃいけないわねえ
。御祖母さまは何て云うの」と聞いたものもあった。
「御祖母さまはやっぱりババでいいでしょう」と姉がまた説明した。
 それから当分の間は、御免下さいましだの、どちらからいらっしゃいましたのと盛さかんに挨拶あいさ
つの言葉が交換されていた。その間にはちりんちりんと云う電話の仮色こわいろも交った。すべてが宗助
には陽気で珍らしく聞えた。
 そこへ奥の方から足音がして、主人がこっちへ出て来たらしかったが、次の間へ入るや否や、
「さあ、御前達はここで騒ぐんじゃない。あっちへ行っておいで。御客さまだから」と制した。その時、
誰だかすぐに、
「厭いやだよ。御父おとっちゃんべい。大きい御馬買ってくれなくっちゃ、あっちへ行かないよ」と答え
た。声は小さい男の子の声であった。年が行かないためか、舌がよく回らないので、抗弁のしようがいか
にも億劫おっくうで手間がかかった。宗助はそこを特に面白く思った。
 主人が席に着いて、長い間待たした失礼を詫わびている間に、子供は遠くへ行ってしまった。
「大変御賑おにぎやかで結構です」と宗助が今自分の感じた通を述べると、主人はそれを愛嬌あいきょう
と受取ったものと見えて、
「いや御覧のごとく乱雑な有様で」と言訳らしい返事をしたが、それを緒いとくちに、子供の世話の焼け
て、夥おびただしく手のかかる事などをいろいろ宗助に話して聞かした。その中うちで綺麗きれいな支那
製の花籃はなかごのなかへ炭団たどんを一杯盛もって床の間に飾ったと云う滑稽こっけいと、主人の編上
の靴のなかへ水を汲み込んで、金魚を放したと云う悪戯いたずらが、宗助には大変耳新しかった。しかし
、女の子が多いので服装に物が要いるとか、二週間も旅行して帰ってくると、急にみんなの背が一寸いっ
すんずつも伸びているので、何だか後うしろから追いつかれるような心持がするとか、もう少しすると、
嫁入の支度で忙殺ぼうさつされるのみならず、きっと貧殺ひんさつされるだろうとか云う話になると、子
供のない宗助の耳にはそれほどの同情も起し得なかった。かえって主人が口で子供を煩冗うるさがる割に
、少しもそれを苦にする様子の、顔にも態度にも見えないのを羨うらやましく思った。
 好い加減な頃を見計みはからって宗助は、せんだって話のあった屏風びょうぶをちょっと見せて貰えま
いかと、主人に申し出た。主人はさっそく引き受けて、ぱちぱちと手を鳴らして、召使を呼んだが、蔵く
らの中にしまってあるのを取り出して来るように命じた。そうして宗助の方を向いて、
「つい二三日前までそこへ立てておいたのですが、例の子供が面白半分にわざと屏風の影へ集まって、い
ろいろな悪戯をするものですから、傷でもつけられちゃ大変だと思ってしまい込んでしまいました」と云
った。
 宗助は主人のこの言葉を聞いた時、今更手数てかずをかけて、屏風を見せて貰うのが、気の毒にもなり
、また面倒にもなった。実を云うと彼の好奇心は、それほど強くなかったのである。なるほどいったん他
ひとの所有に帰したものは、たとい元が自分のであったにしろ、無かったにしろ、そこを突き留めたとこ
ろで、実際上には何の効果もない話に違なかった。
 けれども、屏風は宗助の申し出た通り、間もなく奥から縁伝いに運び出されて、彼の眼の前に現れた。
そうしてそれが予想通りついこの間まで自分の座敷に立ててあった物であった。この事実を発見した時、
宗助の頭には、これと云って大した感動も起らなかった。ただ自分が今坐っている畳の色や、天井の柾目
まさめや、床の置物や、襖ふすまの模様などの中に、この屏風を立てて見て、それに、召使が二人がかり
で、蔵の中から大事そうに取り出して来たと云う所作しょさを付け加えて考えると、自分が持っていた時
よりは、たしかに十倍以上貴たっとい品のように眺ながめられただけであった。彼は即座に云うべき言葉
を見出し得なかったので、いたずらに、見慣れたものの上に、さらに新らしくもない眼を据すえていた。

176 :山師さん:2016/05/18(水) 22:10:06.04 ID:4uTcWgUe
 主人は宗助をもってある程度の鑑賞家と誤解した。立ちながら屏風の縁ふちへ手を掛けて、宗助の面お
もてと屏風の面とを比較していたが、宗助が容易に批評を下さないので、
「これは素性すじょうのたしかなものです。出が出ですからね」と云った。宗助は、ただ
「なるほど」と云った。
 主人はやがて宗助の後へ回って来て、指でそこここを指さしながら、品評やら説明やらした。その中う
ちには、さすが御大名だけあって、好い絵の具を惜気おしげもなく使うのがこの画家の特色だから、色が
いかにもみごとであると云うような、宗助には耳新らしいけれども、普通一般に知れ渡った事もだいぶ交
っていた。
 宗助は好い加減な頃を見計らって、丁寧ていねいに礼を述べて元の席に復した。主人も蒲団ふとんの上
に直った。そうして、今度は野路のじや空云々という題句やら書体やらについて語り出した。宗助から見
ると、主人は書にも俳句にも多くの興味を有もっていた。いつの間にこれほどの知識を頭の中へ貯たくわ
え得らるるかと思うくらい、すべてに心得のある男らしく思われた。宗助は己おのれを恥じて、なるべく
物数ものかずを云わないようにして、ただ向うの話だけに耳を借す事を力つとめた。
 主人は客がこの方面の興味に乏しい様子を見て、再び話を画えの方へ戻した。碌ろくなものはないけれ
ども、望ならば所蔵の画帖がじょうや幅物を見せてもいいと親切に申し出した。宗助はせっかくの好意を
辞退しない訳に行かなかった。その代りに、失礼ですがと前置をして、主人がこの屏風を手に入れるにつ
いて、どれほどの金額を払ったかを尋ねた。
「まあ掘出し物ですね。八十円で買いました」と主人はすぐ答えた。
 宗助は主人の前に坐って、この屏風に関するいっさいの事を自白しようか、しまいかと思案したが、ふ
と打ち明けるのも一興だろうと心づいて、とうとう実はこれこれだと、今までの顛末てんまつを詳しく話
し出した。主人は時々へえ、へえと驚ろいたような言葉を挟はさんで聞いていたが、しまいに、
「じゃあなたは別に書画が好きで、見にいらしった訳でもないんですね」と自分の誤解を、さも面白い経
験でもしたように笑い出した。同時に、そう云う訳なら、自分が直じかに宗助から相当の値で譲って貰え
ばよかったに、惜しい事をしたと云った。最後に横町の道具屋をひどく罵ののしって、怪けしからん奴や
つだと云った。
 宗助と坂井とはこれからだいぶ親しくなった。



 佐伯さえきの叔母も安之助やすのすけもその後とんと宗助そうすけの宅うちへは見えなかった。宗助は
固もとより麹町こうじまちへ行く余暇を有もたなかった。またそれだけの興味もなかった。親類とは云い
ながら、別々の日が二人の家を照らしていた。
 ただ小六ころくだけが時々話しに出かける様子であったが、これとても、そう繁々しげしげ足を運ぶ訳
でもないらしかった。それに彼は帰って来て、叔母の家の消息をほとんど御米およねに語らないのを常と
しておった。御米はこれを故意こいから出る小六の仕打かとも疑うたぐった。しかし自分が佐伯に対して
特別の利害を感じない以上、御米は叔母の動静を耳にしない方を、かえって喜こんだ。
 それでも時々は、先方さきの様子を、小六と兄の対話から聞き込む事もあった。一週間ほど前に、小六
は兄に、安之助がまた新発明の応用に苦心している話をした。それは印気インキの助けを借らないで、鮮
明な印刷物を拵こしらえるとか云う、ちょっと聞くとすこぶる重宝な器械についてであった。話題の性質
から云っても、自分とは全く利害の交渉のないむずかしい事なので、御米は例の通り黙って口を出さずに
いたが、宗助は男だけに幾分か好奇心が動いたと見えて、どうして印気を使わずに印刷ができるかなどと
問い糺ただしていた。
 専門上の知識のない小六が、精密な返答をし得るはずは無論なかった。彼はただ安之助から聞いたまま
を、覚えている限り念を入れて説明した。この印刷術は近来英国で発明になったもので、根本的にいうと
やはり電気の利用に過ぎなかった。電気の一極を活字と結びつけておいて、他の一極を紙に通じて、その
紙を活字の上へ圧おしつけさえすれば、すぐできるのだと小六が云った。色は普通黒であるが、手加減し
だいで赤にも青にもなるから色刷などの場合には、絵の具を乾かす時間が省はぶけるだけでも大変重宝で
、これを新聞に応用すれば、印気インキや印気ロールの費ついえを節約する上に、全体から云って、少く
とも従来の四分の一の手数がなくなる点から見ても、前途は非常に有望な事業であると、小六はまた安之

177 :山師さん:2016/05/18(水) 22:10:18.03 ID:4uTcWgUe
助の話した通りを繰り返した。そうしてその有望な前途を、安之助がすでに手の中うちに握ったかのごと
き口気こうきであった。かつその多望な安之助の未来のなかには、同じく多望な自分の影が、含まれてい
るように、眼を輝やかした。その時宗助はいつもの調子で、むしろ穏やかに、弟の云う事を聞いていたが
、聞いてしまった後あとでも、別にこれという眼立った批評は加えなかった。実際こんな発明は、宗助か
ら見ると、本当のようでもあり、また嘘のようでもあり、いよいよそれが世間に行われるまでは、賛成も
反対もできかねたのである。
「じゃ鰹船かつおぶねの方はもう止したの」と、今まで黙っていた御米が、この時始めて口を出した。
「止したんじゃないんですが、あの方は費用が随分かかるので、いくら便利でも、そう誰も彼も拵こしら
える訳に行かないんだそうです」と小六が答えた。小六は幾分か安之助の利害を代表しているような口振
であった。それから三人の間に、しばらく談話が交換されたが、しまいに、
「やっぱり何をしたって、そう旨うまく行くもんじゃあるまいよ」と云った宗助の言葉と、
「坂井さんみたように、御金があって遊んでいるのが一番いいわね」と云った御米の言葉を聞いて、小六
はまた自分の部屋へ帰って行った。
 こう云う機会に、佐伯の消息は折々夫婦の耳へ洩もれる事はあるが、そのほかには、全く何をして暮ら
しているか、互に知らないで過す月日が多かった。
 ある時御米は宗助にこんな問を掛けた。
「小六さんは、安さんの所へ行くたんびに、小遣こづかいでも貰もらって来るんでしょうか」
 今まで小六について、それほどの注意を払っていなかった宗助は、突然この問に逢って、すぐ、「なぜ
」と聞き返した。御米はしばらく逡巡ためらった末、
「だって、この頃よく御酒を呑のんで帰って来る事があるのよ」と注意した。
「安さんが例の発明や、金儲かねもうけの話をするとき、その聞き賃に奢おごるのかも知れない」と云っ
て宗助は笑っていた。会話はそれなりでつい発展せずにしまった。
 越えて三日目の夕方に、小六はまた飯時めしどきを外はずして帰って来なかった。しばらく待ち合せて
いたが、宗助はついに空腹だとか云い出して、ちょっと湯にでも行って時間を延ばしたらという御米の小
六に対する気兼きがねに頓着とんじゃくなく、食事を始めた。その時御米は夫に、
「小六さんに御酒を止やめるように、あなたから云っちゃいけなくって」と切り出した。
「そんなに意見しなければならないほど飲むのか」と宗助は少し案外な顔をした。
 御米はそれほどでもないと、弁護しなければならなかった。けれども実際は誰もいない昼間のうちなど
に、あまり顔を赤くして帰って来られるのが、不安だったのである。宗助はそれなり放っておいた。しか
し腹の中では、はたして御米の云うごとく、どこかで金を借りるか、貰うかして、それほど好きもしない
ものを、わざと飲むのではなかろうかと疑ぐった。
 そのうち年がだんだん片寄って、夜が世界の三分の二を領りょうするように押しつまって来た。風が毎
日吹いた。その音を聞いているだけでも生活ライフに陰気な響を与えた。小六はどうしても、六畳に籠こ
もって、一日を送るに堪たえなかった。落ちついて考えれば考えるほど、頭が淋さむしくって、いたたま
れなくなるばかりであった。茶の間へ出て嫂あによめと話すのはなお厭いやであった。やむを得ず外へ出
た。そうして友達の宅うちをぐるぐる回って歩いた。友達も始のうちは、平生いつもの小六に対するよう
に、若い学生のしたがる面白い話をいくらでもした。けれども小六はそう云う話が尽きても、まだやって
来た。それでしまいには、友達が、小六は、退屈の余りに訪問をして、談話の復習に耽ふけるものだと評
した。たまには学校の下読したよみやら研究やらに追われている多忙の身だと云う風もして見せた。小六
は友達からそう呑気のんきな怠けもののように取り扱われるのを、大変不愉快に感じた。けれども宅に落
ちついては、読書も思索も、まるでできなかった。要するに彼ぐらいの年輩の青年が、一人前の人間にな
る階梯かいていとして、修おさむべき事、力つとむべき事には、内部の動揺やら、外部の束縛やらで、い
っさい手が着かなかったのである。
 それでも冷たい雨が横に降ったり、雪融ゆきどけの道がはげしく泥ぬかったりする時は、着物を濡ぬら
さなければならず、足袋たびの泥を乾かさなければならない面倒があるので、いかな小六も時によると、
外出を見合せる事があった。そう云う日には、実際困却すると見えて、時々六畳から出て来て、のそりと

178 :山師さん:2016/05/18(水) 22:10:30.05 ID:4uTcWgUe
火鉢の傍そばへ坐って、茶などを注ついで飲んだ。そうしてそこに御米でもいると、世間話の一つや二つ
はしないとも限らなかった。
「小六さん御酒好き」と御米が聞いた事があった。
「もう直じき御正月ね。あなた御雑煮おぞうにいくつ上がって」と聞いた事もあった。
 そう云う場合が度重たびかさなるに連つれて、二人の間は少しずつ近寄る事ができた。しまいには、姉
さんちょっとここを縫って下さいと、小六の方から進んで、御米に物を頼むようになった。そうして御米
が絣かすりの羽織を受取って、袖口そでくちの綻ほころびを繕つくろっている間、小六は何にもせずにそ
こへ坐すわって、御米の手先を見つめていた。これが夫だと、いつまでも黙って針を動かすのが、御米の
例であったが、相手が小六の時には、そう投遣なげやりにできないのが、また御米の性質であった。だか
らそんな時には力めても話をした。話の題目で、ややともすると小六の口に宿りたがるものは、彼の未来
をどうしたら好かろうと云う心配であった。
「だって小六さんなんか、まだ若いじゃありませんか。何をしたってこれからだわ。そりゃ兄さんの事よ
。そう悲観してもいいのは」
 御米は二度ばかりこういう慰め方をした。三度目には、
「来年になれば、安さんの方でどうか都合して上げるって受合って下すったんじゃなくって」と聞いた。
小六はその時不慥ふたしかな表情をして、
「そりゃ安さんの計画が、口でいう通り旨うまく行けば訳はないんでしょうが、だんだん考えると、何だ
か少し当にならないような気がし出してね。鰹船かつおぶねもあんまり儲もうからないようだから」と云
った。御米は小六の憮然ぶぜんとしている姿を見て、それを時々酒気を帯びて帰って来る、どこかに殺気
さっきを含んだ、しかも何が癪しゃくに障さわるんだか訳が分らないでいてはなはだ不平らしい小六と比
較すると、心の中うちで気の毒にもあり、またおかしくもあった。その時は、
「本当にね。兄さんにさえ御金があると、どうでもして上げる事ができるんだけれども」と、御世辞でも
何でもない、同情の意を表した。
 その夕暮であったか、小六はまた寒い身体からだを外套マントに包くるんで出て行ったが、八時過に帰
って来て、兄夫婦の前で、袂たもとから白い細長い袋を出して、寒いから蕎麦掻そばがきを拵こしらえて
食おうと思って、佐伯へ行った帰りに買って来たと云った。そうして御米が湯を沸わかしているうちに、
煮出しを拵えるとか云って、しきりに鰹節かつぶしを掻かいた。
 その時宗助夫婦は、最近の消息として、安之助の結婚がとうとう春まで延びた事を聞いた。この縁談は
安之助が学校を卒業すると間もなく起ったもので、小六が房州から帰って、叔母に学資の供給を断わられ
る時分には、もうだいぶ話が進んでいたのである。正式の通知が来ないので、いつ纏まとまったか、宗助
はまるで知らなかったが、ただ折々佐伯へ行っては、何か聞いて来る小六を通じてのみ、彼は年内に式を
挙げるはずの新夫婦を予想した。その他には、嫁の里がある会社員で、有福な生計くらしをしている事と
、その学校が女学館であるという事と、兄弟がたくさんあると云う事だけを、同じく小六を通じて耳にし
た。写真にせよ顔を知ってるのは小六ばかりであった。
「好い器量?」と御米が聞いた事がある。
「まあ好い方でしょう」と小六が答えた事がある。
 その晩はなぜ暮のうちに式を済まさないかと云うのが、蕎麦掻のでき上る間、三人の話題になった。御
米は方位でも悪いのだろうと臆測おくそくした。宗助は押しつまって日がないからだろうと考えた。独ひ
とり小六だけが、
「やっぱり物質的の必要かららしいです。先が何でもよほど派出はでな家うちなんで、叔母さんの方でも
そう単簡たんかんに済まされないんでしょう」といつにない世帯染みた事を云った。

十一

 御米およねのぶらぶらし出したのは、秋も半なかば過ぎて、紅葉もみじの赤黒く縮ちぢれる頃であった
。京都にいた時分は別として、広島でも福岡でも、あまり健康な月日を送った経験のない御米は、この点
に掛けると、東京へ帰ってからも、やはり仕合せとは云えなかった。この女には生れ故郷の水が、性しょ
うに合わないのだろうと、疑ぐれば疑ぐられるくらい、御米は一時悩んだ事もあった。
 近頃はそれがだんだん落ちついて来て、宗助そうすけの気を揉もむ機会ばあいも、年に幾度と勘定かん
じょうができるくらい少なくなったから、宗助は役所の出入でいりに、御米はまた夫の留守の立居たちい
に、等しく安心して時間を過す事ができたのである。だからことしの秋が暮れて、薄い霜しもを渡る風が

179 :山師さん:2016/05/18(水) 22:10:42.11 ID:4uTcWgUe
、つらく肌を吹く時分になって、また少し心持が悪くなり出しても、御米はそれほど苦にもならなかった
。始のうちは宗助にさえ知らせなかった。宗助が見つけて、医者に掛かれと勧めても、容易に掛からなか
った。
 そこへ小六ころくが引越して来た。宗助はその頃の御米を観察して、体質の状態やら、精神の模様やら
、夫おっとだけによく知っていたから、なるべくは、人数ひとかずを殖ふやして宅うちの中を混雑ごたつ
かせたくないとは思ったが、事情やむを得ないので、成るがままにしておくよりほかに、手段の講じよう
もなかった。ただ口の先で、なるべく安静にしていなくてはいけないと云う矛盾した助言は与えた。御米
は微笑して、
「大丈夫よ」と云った。この答を得た時、宗助はなおの事安心ができなくなった。ところが不思議にも、
御米の気分は、小六が引越して来てから、ずっと引立った。自分に責任の少しでも加わったため、心が緊
張したものと見えて、かえって平生よりは、かいがいしく夫や小六の世話をした。小六にはそれがまるで
通じなかったが、宗助から見ると、御米が在来よりどれほど力つとめているかがよく解った。宗助は心の
うちで、このまめやかな細君に新らしい感謝の念を抱いだくと同時に、こう気を張り過ぎる結果が、一度
に身体からだに障さわるような騒ぎでも引き起してくれなければいいがと心配した。
 不幸にも、この心配が暮の二十日過はつかすぎになって、突然事実になりかけたので、宗助は予期の恐
怖に火が点ついたように、いたく狼狽ろうばいした。その日は判然はっきり土に映らない空が、朝から重
なり合って、重い寒さが終日人の頭を抑おさえつけていた。御米は前の晩にまた寝られないで、休ませ損
そくなった頭を抱えながら、辛抱して働らき出したが、起たったり動いたりするたびに、多少脳に応こた
える苦痛はあっても、比較的明るい外界の刺戟しげきに紛まぎれたためか、じっと寝ていながら、頭だけ
が冴さえて痛むよりは、かえって凌しのぎやすかった。とかくして夫を送り出すまでは、しばらくしたら
またいつものように折り合って来る事と思って我慢していた。ところが宗助がいなくなって、自分の義務
に一段落が着いたという気の弛ゆるみが出ると等しく、濁った天気がそろそろ御米の頭を攻め始めた。空
を見ると凍こおっているようであるし、家うちの中にいると、陰気な障子しょうじの紙を透とおして、寒
さが浸しみ込んで来るかと思われるくらいだのに、御米の頭はしきりに熱ほてって来た。仕方がないから
、今朝あげた蒲団ふとんをまた出して来て、座敷へ延べたまま横になった。それでも堪たえられないので
、清に濡手拭ぬれてぬぐいを絞しぼらして頭へ乗せた。それが直じき生温なまぬるくなるので、枕元に金
盥かなだらいを取り寄せて時々絞しぼり易かえた。
 午ひるまでこんな姑息手段こそくしゅだんで断えず額を冷やして見たが、いっこうはかばかしい験げん
もないので、御米は小六のために、わざわざ起きて、いっしょに食事をする根気もなかった。清きよにい
いつけて膳立ぜんだてをさせて、それを小六に薦すすめさしたまま、自分はやはり床を離れずにいた。そ
うして、平生夫のする柔やわらかい括枕くくりまくらを持って来て貰って、堅いのと取り替えた。御米は
髪の損こわれるのを、女らしく苦にする勇気にさえ乏しかったのである。
 小六は六畳から出て来て、ちょっと襖ふすまを開けて、御米の姿を覗のぞき込んだが、御米が半なかば
床の間の方を向いて、眼を塞ふさいでいたので、寝ついたとでも思ったものか、一言ひとことの口も利き
かずに、またそっと襖を閉めた。そうして、たった一人大きな食卓を専領して、始めからさらさらと茶漬
を掻かき込む音をさせた。
 二時頃になって、御米はやっとの事、とろとろと眠ったが、眼が覚さめたら額を捲まいた濡れ手拭がほ
とんど乾くくらい暖かになっていた。その代り頭の方は少し楽になった。ただ肩から背筋せすじへ掛けて
、全体に重苦しいような感じが新らしく加わった。御米は何でも精をつけなくては毒だという考から、一
人で起きて遅い午飯ひるはんを軽く食べた。
「御気分はいかがでございます」と清が御給仕をしながら、しきりに聞いた。御米はだいぶいいようだっ
たので、床を上げて貰って、火鉢に倚よったなり、宗助の帰りを待ち受けた。
 宗助は例刻に帰って来た。神田の通りで、門並かどなみ旗を立てて、もう暮の売出しを始めた事だの、
勧工場かんこうばで紅白の幕を張って楽隊に景気をつけさしている事だのを話した末、
「賑にぎやかだよ。ちょっと行って御覧。なに電車に乗って行けば訳はない」と勧めた。そうして自分は

180 :山師さん:2016/05/18(水) 22:10:54.07 ID:4uTcWgUe
寒さに腐蝕ふしょくされたように赤い顔をしていた。
 御米はこう宗助から労いたわられた時、何だか自分の身体の悪い事を訴たえるに忍びない心持がした。
実際またそれほど苦しくもなかった。それでいつもの通り何気なにげない顔をして、夫に着物を着換えさ
したり、洋服を畳んだりして夜よに入いった。
 ところが九時近くになって、突然宗助に向って、少し加減が悪いから先へ寝たいと云い出した。今まで
平生の通り機嫌よく話していただけに、宗助はこの言葉を聞いてちょっと驚ろいたが、大した事でもない
と云う御米の保証に、ようやく安心してすぐ休む支度をさせた。
 御米が床とこへ這入はいってから、約二十分ばかりの間、宗助は耳の傍はたに鉄瓶てつびんの音を聞き
ながら、静な夜を丸心まるじんの洋灯ランプに照らしていた。彼は来年度に一般官吏に増俸の沙汰さたが
あるという評判を思い浮べた。またその前に改革か淘汰とうたが行われるに違ないという噂に思い及んだ
。そうして自分はどっちの方へ編入されるのだろうと疑った。彼は自分を東京へ呼んでくれた杉原が、今
もなお課長として本省にいないのを遺憾いかんとした。彼は東京へ移ってから不思議とまだ病気をした事
がなかった。したがってまだ欠勤届を出した事がなかった。学校を中途でやめたなり、本はほとんど読ま
ないのだから、学問は人並にできないが、役所でやる仕事に差支さしつかえるほどの頭脳ではなかった。
 彼はいろいろな事情を綜合そうごうして考えた上、まあ大丈夫だろうと腹の中できめた。そうして爪の
先で軽く鉄瓶の縁ふちを敲たたいた。その時座敷で、
「あなたちょっと」と云う御米の苦しそうな声が聞えたので、我知らず立ち上がった。
 座敷へ来て見ると、御米は眉まゆを寄せて、右の手で自分の肩を抑おさえながら、胸まで蒲団ふとんの
外へ乗り出していた。宗助はほとんど器械的に、同じ所へ手を出した。そうして御米の抑えている上から
、固く骨の角かどを攫つかんだ。
「もう少し後うしろの方」と御米が訴えるように云った。宗助の手が御米の思う所へ落ちつくまでには、
二度も三度もそこここと位置を易かえなければならなかった。指で圧おしてみると、頸くびと肩の継目の
少し背中へ寄った局部が、石のように凝こっていた。御米は男の力いっぱいにそれを抑えてくれと頼んだ
。宗助の額からは汗が煮染にじみ出した。それでも御米の満足するほどは力が出なかった。
 宗助は昔の言葉で早打肩はやうちかたというのを覚えていた。小さい時祖父じじいから聞いた話に、あ
る侍さむらいが馬に乗ってどこかへ行く途中で、急にこの早打肩はやうちかたに冒おかされたので、すぐ
馬から飛んで下りて、たちまち小柄こづかを抜くや否いなや、肩先を切って血を出したため、危うい命を
取り留めたというのがあったが、その話が今明らかに記憶の焼点しょうてんに浮んで出た。その時宗助は
これはならんと思った。けれどもはたして刃物を用いて、肩の肉を突いていいものやら、悪いものやら、
決しかねた。
 御米はいつになく逆上のぼせて、耳まで赤くしていた。頭が熱いかと聞くと苦しそうに熱いと答えた。
宗助は大きな声を出して清に氷嚢こおりぶくろへ冷たい水を入れて来いと命じた。氷嚢があいにく無かっ
たので、清は朝の通り金盥かなだらいに手拭てぬぐいを浸つけて持って来た。清が頭を冷やしているうち
、宗助はやはり精いっぱい肩を抑えていた。時々少しはいいかと聞いても、御米は微かすかに苦しいと答
えるだけであった。宗助は全く心細くなった。思い切って、自分で馳かけ出して医者を迎むかいに行こう
としたが、後あとが心配で一足も表へ出る気にはなれなかった。
「清、御前急いで通りへ行って、氷嚢を買って医者を呼んで来い。まだ早いから起きてるだろう」
 清はすぐ立って茶の間の時計を見て、
「九時十五分でございます」と云いながら、それなり勝手口へ回って、ごそごそ下駄を探さがしていると
ころへ、旨うまい具合に外から小六が帰って来た。例の通り兄には挨拶あいさつもしないで、自分の部屋
へ這入はいろうとするのを、宗助はおい小六と烈はげしく呼び止めた。小六は茶の間で少し躊躇ちゅうち
ょしていたが、兄からまた二声ほど続けざまに大きな声を掛けられたので、やむを得ず低い返事をして、
襖ふすまから顔を出した。その顔は酒気しゅきのまだ醒さめない赤い色を眼の縁ふちに帯びていた。部屋
の中を覗のぞき込んで、始めて吃驚びっくりした様子で、
「どうかなすったんですか」と酔よいが一時に去ったような表情をした。
 宗助は清に命じた通りを、小六に繰り返して、早くしてくれと急せき立てた。小六は外套マントも脱ぬ

181 :山師さん:2016/05/18(水) 22:11:06.11 ID:4uTcWgUe
がずに、すぐ玄関へ取って返した。
「兄さん、医者まで行くのは急いでも時間が掛かりますから、坂井さんの電話を借りて、すぐ来るように
頼みましょう」
「ああ。そうしてくれ」と宗助は答えた。そうして小六の帰る間、清に何返なんべんとなく金盥の水を易
かえさしては、一生懸命に御米の肩を圧おしつけたり、揉もんだりしてみた。御米の苦しむのを、何もせ
ずにただ見ているに堪たえなかったから、こうして自分の気を紛まぎらしていたのである。
 この時の宗助に取って、医者の来るのを今か今かと待ち受ける心ほど苛つらいものはなかった。彼は御
米の肩を揉みながらも、絶えず表の物音に気を配った。
 ようやく医者が来たときは、始めて夜が明けたような心持がした。医者は商売柄だけあって、少しも狼
狽うろたえた様子を見せなかった。小さい折鞄おりかばんを脇に引き付けて、落ちつき払った態度で、慢
性病の患者でも取り扱うように緩ゆっくりした診察をした。その逼せまらない顔色を傍はたで見ていたせ
いか、わくわくした宗助の胸もようやく治おさまった。
 医者は芥子からしを局部へ貼はる事と、足を湿布しっぷで温める事と、それから頭を氷で冷す事とを、
応急手段として宗助に注意した。そうして自分で芥子を掻かいて、御米の肩から頸くびの根へ貼りつけて
くれた。湿布は清と小六とで受持った。宗助は手拭てぬぐいの上から氷嚢こおりぶくろを額の上に当てが
った。
 とかくするうち約一時間も経った。医者はしばらく経過を見て行こうと云って、それまで御米の枕元に
坐すわっていた。世間話も折々は交まじえたが、おおかたは無言のまま二人共に御米の容体を見守る事が
多かった。夜よは例のごとく静しずかに更ふけた。
「だいぶ冷えますな」と医者が云った。宗助は気の毒になったので、あとの注意をよく聞いた上、遠慮な
く引き取ってくれるようにと頼んだ。その時御米は先刻さっきよりはだいぶ軽快になっていたからである

「もう大丈夫でしょう。頓服とんぷくを一回上げますから今夜飲んで御覧なさい。多分寝られるだろうと
思います」と云って医者は帰った。小六はすぐその後あとを追って出て行った。
 小六が薬取に行った間に、御米は
「もう何時」と云いながら、枕元の宗助を見上げた。宵よいとは違って頬から血が退ひいて、洋灯ランプ
に照らされた所が、ことに蒼白あおじろく映った。宗助は黒い毛の乱れたせいだろうと思って、わざわざ
鬢びんの毛を掻き上げてやった。そうして、
「少しはいいだろう」と聞いた。
「ええよっぽど楽になったわ」と御米はいつもの通り微笑を洩もらした。御米は大抵苦しい場合でも、宗
助に微笑を見せる事を忘れなかった。茶の間では、清が突伏したまま鼾いびきをかいていた。
「清を寝かしてやって下さい」と御米が宗助に頼んだ。
 小六が薬取りから帰って来て、医者の云いつけ通り服薬を済ましたのは、もうかれこれ十二時近くであ
った。それから二十分と経たないうちに、病人はすやすや寝入った。
「好い塩梅あんばいだ」と宗助が御米の顔を見ながら云った。小六もしばらく嫂あによめの様子を見守っ
ていたが、
「もう大丈夫でしょう」と答えた。二人は氷嚢を額からおろした。
 やがて小六は自分の部屋へ這入はいる。宗助は御米の傍そばへ床を延べていつものごとく寝た。五六時
間の後のち冬の夜は錐きりのような霜しもを挟さしはさんで、からりと明け渡った。それから一時間する
と、大地を染める太陽が、遮さえぎるもののない蒼空あおぞらに憚はばかりなく上のぼった。御米はまだ
すやすや寝ていた。
 そのうち朝餉あさげも済んで、出勤の時刻がようやく近づいた。けれども御米は眠りから覚さめる気色
けしきもなかった。宗助は枕辺まくらべに曲こごんで、深い寝息を聞きながら、役所へ行こうか休もうか
と考えた。

十二

 朝の内は役所で常のごとく事務を執とっていたが、折々昨夕ゆうべの光景が眼に浮ぶに連れて、自然御
米およねの病気が気に罹かかるので、仕事は思うように運ばなかった。時には変な間違をさえした。宗助
そうすけは午ひるになるのを待って、思い切って宅うちへ帰って来た。
 電車の中では、御米の眼がいつ頃覚さめたろう、覚めた後は心持がだいぶ好くなったろう、発作ほっさ

182 :山師さん:2016/05/18(水) 22:11:18.07 ID:4uTcWgUe
ももう起る気遣きづかいなかろうと、すべて悪くない想像ばかり思い浮べた。いつもと違って、乗客の非
常に少ない時間に乗り合わせたので、宗助は周囲の刺戟しげきに気を使う必要がほとんどなかった。それ
で自由に頭の中へ現われる画を何枚となく眺ながめた。そのうちに、電車は終点に来た。
 宅の門口かどぐちまで来ると、家の中はひっそりして、誰もいないようであった。格子こうしを開けて
、靴を脱いで、玄関に上がっても、出て来るものはなかった。宗助はいつものように縁側えんがわから茶
の間へ行かずに、すぐ取付とっつきの襖ふすまを開けて、御米の寝ている座敷へ這入はいった。見ると、
御米は依然として寝ていた。枕元の朱塗の盆に散薬さんやくの袋と洋杯が載のっていて、その洋杯コップ
の水が半分残っているところも朝と同じであった。頭を床の間の方へ向けて、左の頬と芥子からしを貼っ
た襟元えりもとが少し見えるところも朝と同じであった。呼息いきよりほかに現実世界と交通のないよう
に思われる深い眠ねむりも朝見た通りであった。すべてが今朝出掛に頭の中へ収めて行った光景と少しも
変っていなかった。宗助は外套マントも脱がずに、上から曲こごんで、すうすういう御米の寝息をしばら
く聞いていた。御米は容易に覚めそうにも見えなかった。宗助は昨夕ゆうべ御米が散薬を飲んでから以後
の時間を指を折って勘定した。そうしてようやく不安の色を面おもてに表わした。昨夕までは寝られない
のが心配になったが、こう前後不覚に長く寝るところを眼まのあたりに見ると、寝る方が何かの異状では
ないかと考え出した。
 宗助は蒲団ふとんへ手を掛けて二三度軽く御米を揺振ゆすぶった。御米の髪が括枕くくりまくらの上で
、波を打つように動いたが、御米は依然としてすうすう寝ていた。宗助は御米を置いて、茶の間から台所
へ出た。流し元の小桶こおけの中に茶碗と塗椀が洗わないまま浸つけてあった。下女部屋を覗のぞくと、
清きよが自分の前に小さな膳ぜんを控えたなり、御櫃おはちに倚よりかかって突伏していた。宗助はまた
六畳の戸を引いて首を差し込んだ。そこには小六ころくが掛蒲団を一枚頭から引被って寝ていた。
 宗助は一人で着物を着換えたが、脱ぎ捨てた洋服も、人手を借りずに自分で畳んで、押入にしまった。
それから火鉢へ火を継ついで、湯を沸わかす用意をした。二三分は火鉢に持たれて考えていたが、やがて
立ち上がって、まず小六から起しにかかった。次に清を起した。二人とも驚ろいて飛び起きた。小六に御
米の今朝から今までの様子を聞くと、実は余り眠いので、十一時半頃飯を食って寝たのだが、それまでは
御米もよく熟睡していたのだと云う。
「医者へ行ってね。昨夜ゆうべの薬を戴いただいてから寝出して、今になっても眼が覚めませんが、差支
さしつかえないでしょうかって聞いて来てくれ」
「はあ」
 小六は簡単な返事をして出て行った。宗助はまた座敷へ来て御米の顔を熟視した。起してやらなくって
は悪いような、また起しては身体からだへ障さわるような、分別ふんべつのつかない惑まどいを抱いだい
て腕組をした。
 間もなく小六が帰って来て、医者はちょうど往診に出かけるところであった、訳を話したら、では今か
ら一二軒寄ってすぐ行こうと答えた、と告げた。宗助は医者が見えるまで、こうして放っておいて構わな
いのかと小六に問い返したが、小六は医者が以上よりほかに何にも語らなかったと云うだけなので、やむ
を得ず元のごとく枕辺まくらべにじっと坐っていた。そうして心の中うちで、医者も小六も不親切過ぎる
ように感じた。彼はその上昨夕ゆうべ御米を介抱している時に帰って来た小六の顔を思い出して、なお不
愉快になった。小六が酒を呑のむ事は、御米の注意で始めて知ったのであるが、その後気をつけて弟の様
子をよく見ていると、なるほど何だか真面目まじめでないところもあるようなので、いつかみっちり異見
でもしなければなるまいくらいに考えてはいたが、面白くもない二人の顔を御米に見せるのが、気の毒な
ので、今日きょうまでわざと遠慮していたのである。
「云い出すなら御米の寝ている今である。今ならどんな気不味きまずいことを双方で言い募つのったって
、御米の神経に障る気遣きづかいはない」
 ここまで考えついたけれども、知覚のない御米の顔を見ると、またその方が気がかりになって、すぐに
でも起したい心持がするので、つい決し兼てぐずぐずしていた。そこへようやく医者が来てくれた。
 昨夕の折鞄おりかばんをまた丁寧ていねいに傍わきへ引きつけて、緩ゆっくり巻煙草まきたばこを吹か

183 :山師さん:2016/05/18(水) 22:11:30.11 ID:4uTcWgUe
しながら、宗助の云うことを、はあはあと聞いていたが、どれ拝見致しましょうと御米の方へ向き直った
。彼は普通の場合のように病人の脈を取って、長い間自分の時計を見つめていた。それから黒い聴診器を
心臓の上に当てた。それを丁寧にあちらこちらと動かした。最後に丸い穴の開あいた反射鏡を出して、宗
助に蝋燭ろうそくを点つけてくれと云った。宗助は蝋燭を持たないので、清に洋灯ランプを点つけさした
。医者は眠っている御米の眼を押し開けて、仔細しさいに反射鏡の光を睫まつげの奥に集めた。診察はそ
れで終った。
「少し薬が利きき過ぎましたね」と云って宗助の方へ向き直ったが、宗助の眼の色を見るや否いなや、す
ぐ、
「しかし御心配になる事はありません。こう云う場合に、もし悪い結果が起るとすると、きっと心臓か脳
を冒おかすものですが、今拝見したところでは双方共異状は認められませんから」と説明してくれた。宗
助はそれでようやく安心した。医者はまた自分の用いた眠り薬が比較的新らしいもので、学理上、他の睡
眠剤のように有害でない事や、またその効目ききめが患者の体質に因よって、程度に大変な相違のある事
などを語って帰った。帰るとき宗助は、
「では寝られるだけ寝かしておいても差支さしつかえありませんか」と聞いたら、医者は用さえなければ
別に起す必要もあるまいと答えた。
 医者が帰ったあとで、宗助は急に空腹になった。茶の間へ出ると、先刻さっき掛けておいた鉄瓶てつび
んがちんちん沸たぎっていた。清を呼んで、膳ぜんを出せと命ずると、清は困った顔つきをして、まだ何
の用意もできていないと答えた。なるほど晩食ばんめしには少し間があった。宗助は楽々と火鉢の傍そば
に胡坐あぐらを掻かいて、大根の香こうの物ものを噛かみながら湯漬ゆづけを四杯ほどつづけざまに掻か
き込んだ。それから約三十分ほどしたら御米の眼がひとりでに覚さめた。

十三

 新年の頭を拵こしらえようという気になって、宗助そうすけは久し振に髪結床かみゆいどこの敷居を跨
またいだ。暮のせいか客がだいぶ立て込んでいるので、鋏はさみの音が二三カ所で、同時にちょきちょき
鳴った。この寒さを無理に乗り越して、一日も早く春に入ろうと焦慮あせるような表通の活動を、宗助は
今見て来たばかりなので、その鋏の音が、いかにも忙せわしない響となって彼の鼓膜を打った。
 しばらく煖炉ストーブの傍はたで煙草たばこを吹かして待っている間に、宗助は自分と関係のない大き
な世間の活動に否応なしに捲まき込まれて、やむを得ず年を越さなければならない人のごとくに感じた。
正月を眼の前へ控えた彼は、実際これという新らしい希望もないのに、いたずらに周囲から誘われて、何
だかざわざわした心持を抱いだいていたのである。
 御米およねの発作ほっさはようやく落ちついた。今では平日いつものごとく外へ出ても、家うちの事が
それほど気にかからないぐらいになった。余所よそに比べると閑静な春の支度も、御米から云えば、年に
一度の忙がしさには違なかったので、あるいはいつも通りの準備さえ抜いて、常よりも簡単に年を越す覚
悟をした宗助は、蘇生よみがえったようにはっきりした妻さいの姿を見て、恐ろしい悲劇が一歩遠退とお
のいた時のごとくに、胸を撫なでおろした。しかしその悲劇がまたいついかなる形で、自分の家族を捕と
らえに来るか分らないと云う、ぼんやりした掛念けねんが、折々彼の頭のなかに霧きりとなってかかった

 年の暮に、事を好むとしか思われない世間の人が、故意わざと短い日を前へ押し出したがって齷齪あく
せくする様子を見ると、宗助はなおの事この茫漠ぼうばくたる恐怖の念に襲おそわれた。成ろうことなら
、自分だけは陰気な暗い師走しわすの中うちに一人残っていたい思さえ起った。ようやく自分の番が来て
、彼は冷たい鏡のうちに、自分の影を見出した時、ふとこの影は本来何者だろうと眺ながめた。首から下
は真白な布に包まれて、自分の着ている着物の色も縞しまも全く見えなかった。その時彼はまた床屋の亭
主が飼っている小鳥の籠かごが、鏡の奥に映っている事に気がついた。鳥が止とまり木ぎの上をちらりち
らりと動いた。
 頭へ香においのする油を塗られて、景気のいい声を後うしろから掛けられて、表へ出たときは、それで
も清々せいせいした心持であった。御米の勧め通り髪を刈った方が、結局つまり気を新たにする効果があ
ったのを、冷たい空気の中で、宗助は自覚した。
 水道税の事でちょっと聞き合せる必要が生じたので、宗助は帰り路に坂井へ寄った。下女が出て来て、

184 :山師さん:2016/05/18(水) 22:11:42.22 ID:4uTcWgUe
こちらへと云うから、いつもの座敷へ案内するかと思うと、そこを通り越して、茶の間へ導びいていった
。すると茶の間の襖ふすまが二尺ばかり開あいていて、中から三四人の笑い声が聞えた。坂井の家庭は相
変らず陽気であった。
 主人は光沢つやの好い長火鉢ながひばちの向側に坐っていた。細君は火鉢を離れて、少し縁側えんがわ
の障子しょうじの方へ寄って、やはりこちらを向いていた。主人の後うしろに細長い黒い枠わくに嵌はめ
た柱時計がかかっていた。時計の右が壁で、左が袋戸棚ふくろとだなになっていた。その張交はりまぜに
石摺いしずりだの、俳画だの、扇の骨を抜いたものなどが見えた。
 主人と細君のほかに、筒袖つつそでの揃そろいの模様の被布ひふを着た女の子が二人肩を擦すりつけ合
って坐っていた。片方は十二三で、片方は十とおぐらいに見えた。大きな眼を揃えて、襖ふすまの陰から
入って来た宗助の方を向いたが、二人の眼元にも口元にも、今笑ったばかりの影が、まだゆたかに残って
いた。宗助は一応室へやの内を見回して、この親子のほかに、まだ一人妙な男が、一番入口に近い所に畏
かしこまっているのを見出した。
 宗助は坐って五分と立たないうちに、先刻さっきの笑声は、この変な男と坂井の家族との間に取り換わ
された問答から出る事を知った。男は砂埃すなほこりでざらつきそうな赤い毛と、日に焼けて生涯しょう
がい褪さめっこない強い色を有もっていた。瀬戸物の釦ボタンの着いた白木綿しろもめんの襯衣シャツを
着て、手織の硬こわい布子ぬのこの襟えりから財布の紐ひもみたような長い丸打まるうちをかけた様子は
、滅多めったに東京などへ出る機会のない遠い山の国のものとしか受け取れなかった。その上男はこの寒
いのに膝小僧ひざこぞうを少し出して、紺こんの落ちた小倉こくらの帯の尻に差した手拭てぬぐいを抜い
ては鼻の下を擦こすった。
「これは甲斐かいの国から反物たんものを背負しょってわざわざ東京まで出て来る男なんです」と坂井の
主人が紹介すると、男は宗助の方を向いて、
「どうか旦那、一つ買っておくれ」と挨拶あいさつをした。
 なるほど銘仙めいせんだの御召おめしだの、白紬しろつむぎだのがそこら一面に取り散らしてあった。
宗助はこの男の形装なりや言葉遣ことばづかいのおかしい割に、立派な品物を背中へ乗せて歩行あるくの
をむしろ不思議に思った。主人の細君の説明によると、この織屋の住んでいる村は焼石ばかりで、米も粟
あわも収とれないから、やむを得ず桑くわを植えて蚕かいこを飼うんだそうであるが、よほど貧しい所と
見えて、柱時計を持っている家が一軒だけで、高等小学へ通う小供が三人しかないという話であった。
「字の書けるものは、この人ぎりなんだそうですよ」と云って細君は笑った。すると織屋も、
「本当のこんだよ、奥さん。読み書き算筆さんぴつのできるものは、おれよりほかにねえんだからね。全
く非道ひどい所にゃ違ない」と真面目に細君の云う事を首肯うけがった。
 織屋はいろいろの反物を主人や細君の前へ突きつけては、「買っておくれ」という言葉をしきりに繰り
返した。そりゃ高いよいくらいくらに御負けなどと云われると、「値じゃねえね」とか、「拝むからそれ
で買っておくれ」とか、「まあ目方を見ておくれ」とかすべて異様な田舎いなかびた答をした。そのたび
に皆みんなが笑った。主人夫婦はまた閑ひまだと見えて、面白半分にいつまでも織屋を相手にした。
「織屋、御前そうして荷を背負しょって、外へ出て、時分どきになったら、やっぱり御膳ごぜんを食べる
んだろうね」と細君が聞いた。
「飯を食わねえでいられるもんじゃないよ。腹の減る事ちゅうたら」
「どんな所で食べるの」
「どんな所で食べるちゅうて、やっぱり茶屋で食うだね」
 主人は笑いながら茶屋とは何だと聞いた。織屋は、飯を食わす所が茶屋だと答えた。それから東京へ出
立でたてには飯が非常に旨うまいので、腹を据すえて食い出すと、大抵の宿屋は叶かなわない、三度三度
食っちゃ気の毒だと云うような事を話して、また皆みんなを笑わした。
 織屋はしまいに撚糸よりいとの紬つむぎと、白絽しろろを一匹いっぴき細君に売りつけた。宗助はこの
押しつまった暮に、夏の絽を買う人を見て余裕よゆうのあるものはまた格別だと感じた。すると、主人が
宗助に向って、
「どうですあなたも、ついでに何か一つ。奥さんの不断着でも」と勧めた。細君もこう云う機会に買って
置くと、幾割か値安に買える便宜べんぎを説いた。そうして、
「なに、御払おはらいはいつでもいいんです」と受合ってくれた。宗助はとうとう御米のために銘仙めい

185 :山師さん:2016/05/18(水) 22:11:54.23 ID:4uTcWgUe
せんを一反買う事にした。主人はそれをさんざん値切って三円に負けさした。
 織屋は負けた後あとでまた、
「全く値じゃねえね。泣きたくなるね」と云ったので、大勢がまた一度に笑った。
 織屋はどこへ行ってもこういう鄙ひなびた言葉を使って通しているらしかった。毎日馴染なじみの家を
ぐるぐる回まわって歩いているうちには、背中の荷がだんだん軽かろくなって、しまいに紺こんの風呂敷
ふろしきと真田紐さなだひもだけが残る。その時分にはちょうど旧の正月が来るので、ひとまず国元へ帰
って、古い春を山の中で越して、それからまた新らしい反物を背負えるだけ背負って出て来るのだと云っ
た。そうして養蚕ようさんの忙せわしい四月の末か五月の初までに、それを悉皆すっかり金に換えて、ま
た富士の北影の焼石ばかりころがっている小村へ帰って行くのだそうである。
「宅うちへ来出してから、もう四五年になりますが、いつ見ても同じ事で、少しも変らないんですよ」と
細君が注意した。
「実際珍らしい男です」と主人も評語を添えた。三日も外へ出ないと、町幅がいつの間にか取り広げられ
ていたり、一日新聞を読まないと、電車の開通を知らずに過したりする今の世に、年に二度も東京へ出な
がら、こう山男の特色をどこまでも維持して行くのは、実際珍らしいに違なかった。宗助はつくづくこの
織屋の容貌ようぼうやら態度やら服装やら言葉使やらを観察して、一種気の毒な思をなした。
 彼は坂井を辞して、家うちへ帰る途中にも、折々インヴァネスの羽根の下に抱えて来た銘仙の包つつみ
を持ち易かえながら、それを三円という安い価ねで売った男の、粗末な布子ぬのこの縞しまと、赤くてば
さばさした髪の毛と、その油気あぶらけのない硬こわい髪の毛が、どういう訳か、頭の真中で立派に左右
に分けられている様を、絶えず眼の前に浮べた。
 宅では御米が、宗助に着せる春の羽織をようやく縫い上げて、圧おしの代りに坐蒲団ざぶとんの下へ入
れて、自分でその上へ坐っているところであった。
「あなた今夜敷いて寝て下さい」と云って、御米は宗助を顧かえりみた。夫から、坂井へ来ていた甲斐か
いの男の話を聞いた時は、御米もさすがに大きな声を出して笑った。そうして宗助の持って帰った銘仙め
いせんの縞柄しまがらと地合じあいを飽あかず眺ながめては、安い安いと云った。銘仙は全く品しなの良
いいものであった。
「どうして、そう安く売って割に合うんでしょう」としまいに聞き出した。
「なに中へ立つ呉服屋が儲もうけ過ぎてるのさ」と宗助はその道に明るいような事を、この一反の銘仙か
ら推断して答えた。
 夫婦の話はそれから、坂井の生活に余裕のある事と、その余裕のために、横町の道具屋などに意外な儲
もうけ方かたをされる代りに、時とするとこう云う織屋などから、差し向き不用のものを廉価れんかに買
っておく便宜べんぎを有している事などに移って、しまいにその家庭のいかにも陽気で、賑にぎやかな模
様に落ちて行った。宗助はその時突然語調を更かえて、
「なに金があるばかりじゃない。一つは子供が多いからさ。子供さえあれば、大抵貧乏な家うちでも陽気
になるものだ」と御米を覚さとした。
 その云い方が、自分達の淋さみしい生涯しょうがいを、多少自みずから窘たしなめるような苦にがい調
子を、御米の耳に伝えたので、御米は覚えず膝ひざの上の反物から手を放して夫の顔を見た。宗助は坂井
から取って来た品が、御米の嗜好しこうに合ったので、久しぶりに細君を喜ばせてやった自覚があるばか
りだったから、別段そこには気がつかなかった。御米もちょっと宗助の顔を見たなりその時は何にも云わ
なかった。けれども夜よに入いって寝る時間が来るまで御米はそれをわざと延ばしておいたのである。
 二人はいつもの通り十時過床に入ったが、夫の眼がまだ覚さめている頃を見計らって、御米は宗助の方
を向いて話しかけた。
「あなた先刻さっき小供がないと淋さむしくっていけないとおっしゃってね」
 宗助はこれに類似の事を普般的に云った覚おぼえはたしかにあった。けれどもそれは強あながちに、自
分達の身の上について、特に御米の注意を惹ひくために口にした、故意の観察でないのだから、こう改た
まって聞き糺ただされると、困るよりほかはなかった。
「何も宅うちの事を云ったのじゃないよ」
 この返事を受けた御米は、しばらく黙っていた。やがて、
「でも宅の事を始終淋しい淋しいと思っていらっしゃるから、必竟つまりあんな事をおっしゃるんでしょ
う」と前とほぼ似たような問を繰り返した。宗助は固もとよりそうだと答えなければならない或物を頭の

186 :山師さん:2016/05/18(水) 22:12:06.20 ID:4uTcWgUe
中に有もっていた。けれども御米を憚はばかって、それほど明白地あからさまな自白をあえてし得なかっ
た。この病気上りの細君の心を休めるためには、かえってそれを冗談じょうだんにして笑ってしまう方が
善よかろうと考えたので、
「淋しいと云えば、そりゃ淋しくないでもないがね」と調子を易かえてなるべく陽気に出たが、そこで詰
まったぎり、新らしい文句も、面白い言葉も容易に思いつけなかった。やむを得ず、
「まあいいや。心配するな」と云った。御米はまた何とも答えなかった。宗助は話題を変えようと思って

「昨夕ゆうべも火事があったね」と世間話をし出した。すると御米は急に、
「私は実にあなたに御気の毒で」と切なそうに言訳を半分して、またそれなり黙ってしまった。洋灯ラン
プはいつものように床の間の上に据すえてあった。御米は灯ひに背そむいていたから、宗助には顔の表情
が判然はっきり分らなかったけれども、その声は多少涙でうるんでいるように思われた。今まで仰向あお
むいて天井を見ていた彼は、すぐ妻の方へ向き直った。そうして薄暗い影になった御米の顔をじっと眺な
がめた。御米も暗い中からじっと宗助を見ていた。そうして、
「疾とうからあなたに打ち明けて謝罪あやまろう謝罪まろうと思っていたんですが、つい言い悪にくかっ
たもんだから、それなりにしておいたのです」と途切れ途切れに云った。宗助には何の意味かまるで解ら
なかった。多少はヒステリーのせいかとも思ったが、全然そうとも決しかねて、しばらく茫然ぼんやりし
ていた。すると御米が思い詰めた調子で、
「私にはとても子供のできる見込はないのよ」と云い切って泣き出した。
 宗助はこの可憐な自白をどう慰さめていいか分別に余って当惑していたうちにも、御米に対してはなは
だ気の毒だという思が非常に高まった。
「子供なんざ、無くてもいいじゃないか。上の坂井さんみたようにたくさん生れて御覧、傍はたから見て
いても気の毒だよ。まるで幼稚園のようで」
「だって一人もできないときまっちまったら、あなただって好よかないでしょう」
「まだできないときまりゃしないじゃないか。これから生れるかも知れないやね」
 御米はなおと泣き出した。宗助も途方とほうに暮れて、発作の治まるのを穏やかに待っていた。そうし
て、緩ゆっくり御米の説明を聞いた。
 夫婦は和合同棲どうせいという点において、人並以上に成功したと同時に、子供にかけては、一般の隣
人よりも不幸であった。それも始から宿る種がなかったのなら、まだしもだが、育つべきものを中途で取
り落したのだから、さらに不幸の感が深かった。
 始めて身重みおもになったのは、二人が京都を去って、広島に瘠世帯やせじょたいを張っている時であ
った。懐妊かいにんと事がきまったとき、御米はこの新らしい経験に対して、恐ろしい未来と、嬉うれし
い未来を一度に夢に見るような心持を抱いだいて日を過ごした。宗助はそれを眼に見えない愛の精に、一
種の確証となるべき形を与えた事実と、ひとり解釈して少なからず喜んだ。そうして自分の命を吹き込ん
だ肉の塊かたまりが、目の前に踊る時節を指を折って楽しみに待った。ところが胎児は、夫婦の予期に反
して、五カ月まで育って突然下おりてしまった。その時分の夫婦の活計くらしは苦しい苛つらい月ばかり
続いていた。宗助は流産した御米の蒼あおい顔を眺めて、これも必竟つまりは世帯の苦労から起るんだと
判じた。そうして愛情の結果が、貧のために打ち崩くずされて、永く手の裡うちに捕える事のできなくな
ったのを残念がった。御米はひたすら泣いた。
 福岡へ移ってから間もなく、御米はまた酸すいものを嗜たしむ人となった。一度流産すると癖になると
聞いたので、御米は万よろずに注意して、つつましやかに振舞っていた。そのせいか経過は至極しごく順
当に行ったが、どうした訳か、これという原因もないのに、月足らずで生れてしまった。産婆は首を傾け
て、一度医者に見せるように勧めた。医者に診みて貰うと、発育が充分でないから、室内の温度を一定の
高さにして、昼夜とも変らないくらい、人工的に暖めなければいけないと云った。宗助の手際てぎわでは
、室内に煖炉だんろを据えつける設備をするだけでも容易ではなかった。夫婦はわが時間と算段の許す限
りを尽して、専念に赤児の命を護まもった。けれどもすべては徒労に帰した。一週間の後、二人の血を分
けた情なさけの塊かたまりはついに冷たくなった。御米は幼児の亡骸なきがらを抱だいて、
「どうしましょう」と啜すすり泣いた。宗助は再度の打撃を男らしく受けた。冷たい肉が灰になって、そ

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