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【急騰】今買えばいい株6641【ワッチョイクソが】 [無断転載禁止]©2ch.net

1 :山師さん 転載ダメ©2ch.net (ワッチョイ e6bd-j70e):2016/09/12(月) 17:58:23.29 ID:SYpFVJEK0
※スレ立ての際は1行目に !extend:on:vvvvv:1000:512 と書いて改行、2行目から>>1の本文を入力してください

※※※ 実況はコチラへ ※※※
市況1板
http://hayabusa8.2ch.net/livemarket1/

・証券コード、銘柄名を併記してください。
・判断材料をできるだけ明確にお願いします。
・注目銘柄の事実に基づいた情報共有が目的なので、単なる買い煽りや自慰行為は控えてください。
*ブログの宣伝行為、スレの私物化は控えてください。
*自作自演買い煽りや組織的な買い煽りが多いので投資判断は自己責任となります

●2ちゃんねる初心者の方は必ず使用上のお約束をお読みください。
http://info.2ch.net/guide/faq.html#B0
●次スレは原則>>700が立てること。>>750>>800は補欠で待機。
900までに700,750,800がスレ立てできなかったら、有志がスレ立て宣言してスレ立てよろ。
※立てる前にスレ立て宣言推奨(スレ乱立防止のため)
※スレ一覧リロードで重複確認必須、スレ番が正しいか確認してから立てること。
※スレタイに特定の銘柄名をつけるのはやめましょう。トラブルの原因です。
※スレタイの先頭には【急騰】を、途中には通し番号をつけるのをお忘れなく。

前スレ
【急騰】今買えばいい株6640【幸せは株の向こう】 [無断転載禁止]©2ch.net
http://potato.2ch.net/test/read.cgi/stock/1473670246/
VIPQ2_EXTDAT: default:vvvvv:1000:512:----: EXT was configured

2 :オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/ (ワッチョイ f8d1-RG0E):2016/09/13(火) 00:55:49.73 ID:k7Ymzbf20
オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/

3 :山師さん (ワッチョイ 3da5-XNJE):2016/09/14(水) 15:47:57.07 ID:4VX0wCfs0
安川の売り煽り勢あれガチホルダーだからなww

4 :山師さん (ワッチョイ fb5c-D0fg):2016/09/15(木) 13:41:59.95 ID:QgGm24Ly0
くこ?

5 :オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/ (ワッチョイ 27d1-jsoS):2016/09/19(月) 01:37:22.10 ID:/PJ5+q4Y0
オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/

6 :山師さん (ワッチョイ 5b99-wJFc):2016/09/20(火) 15:04:37.91 ID:eglvXkCh0
どこや~

7 :山師さん (ワッチョイ 1756-chWY):2016/09/21(水) 22:35:55.48 ID:GPBWBE0a0
モチモチした奴wwww

8 :山師さん (スップ Sdc8-Px3x):2016/09/26(月) 12:00:19.89 ID:XGf7pEPYd
画像もなしにスレ立てとな?

9 :山師さん (ワッチョイ f432-e7L+):2016/09/26(月) 12:23:20.69 ID:kqJCye+40
【日本経済新聞】
新薬候補、AIが提案 論文学習し新物質探る
厚労省、開発後押し

岡三マン @okasanman 1時間1時間前

新薬開発にAI活用、厚労省 効率化狙い(共同)

FRONTEO<.2158>時価総額257億 AI事業赤字、が案件大型化で高成長
MDV<.3902>時価総額237億 医療機関に医療データのネットワーク化などのサービス提供
セック<.3741>時価総額72億 02年上場来初の9月末株式分割 AIやロボットで急成長 自動運転やモバイル決済端末が出足好調
そーせい<.4565>時価総額2819億 創薬ベンチャー ROE&ROA抜群 堅調

10 :山師さん (ワッチョイ f432-e7L+):2016/09/26(月) 12:34:53.54 ID:kqJCye+40
「トヨタ自動車のスマートモビリティ社会への取り組み」
ttp://www.hido.or.jp/itsapq/jsp/auth/trab/no99/kigyou23-26.pdf#search=%27%E3%82%BB%E3%83%83%E3%82%AF+%E3%83%88%E3%83%A8%E3%82%BF%27

協力企業は:
KDDI シャープ エナリス セック 富士通 三菱商事
名だたる企業の中にセックが!

ttps://www.toyota.co.jp/jpn/tech/smart_mobility_society/

セック<.3741>時価総額72億 02年上場来初の9月末株式分割 AIやロボットで急成長 自動運転やモバイル決済端末が出足好調

11 :山師さん (ワッチョイ d756-5q76):2016/09/26(月) 12:36:52.10 ID:sRLdaJeY0
ベガきたあああああああああああああああ

12 :山師さん (オッペケ Src9-7oZQ):2016/09/26(月) 12:40:25.03 ID:LRp8s5uzr
日経上がってきたね!後場は何が上がる?

13 :山師さん (ワッチョイ f432-e7L+):2016/09/26(月) 13:19:08.14 ID:kqJCye+40
セックス<.3741>は、バイタルデータ等で「恐怖」といったココロの状態を視える化する「スマート光お化け屋敷」
(毎日放送株式会社/西日本電信電話株式会社/エプソン販売株式会社)に技術協力しました。
 「スマート光お化け屋敷」では以下の当社の技術が用いられています。

Beacon技術
体験者が装着した活動量計から体験者の脈拍や体の動き等のバイタルデータをリアルタイムで収集しています。
Bluetoothメッシュネットワーク技術
体験者が装着した活動量計から体験者の現在位置を把握しています。

 セックスでは、上記の技術を活かした屋内位置情報システム、動態分析システム、防災支援システムなど、様々なIoT関連システムの開発を行っています。
Beacon技術のご紹介

Beaconとは、Bluetooth Low Energyを用いた近距離無線通信技術です。小型・省電力でネットワークなどの配線を必要としないデバイスのため、
どこにでも手軽に設置することができます。
Beaconが発する信号をスマートフォンやタブレットが受信することで、近くにあるBeaconとの距離を検出し、
対象物と連動した情報を表示するなどのシステムの構築が可能です。

Bluetoothメッシュネットワークとは、Bluetooth Low Energyを用いた近距離無線通信技術です。
小型・省電力の専用デバイスによってメッシュ状のネットワークを構築することができます。
専用デバイスは近くにあるBeaconから送出されたデータを受信し、独自のネットワークで情報をやりとりすることが可能です

14 :山師さん (ワッチョイ 9d56-FAWS):2016/09/26(月) 13:54:37.88 ID:/PiLAQIv0
エナリス再びゴール

15 :山師さん (オイコラミネオ MMb4-5q76):2016/09/26(月) 13:55:09.83 ID:SJONcL2uM
エナリ

16 :山師さん (ワッチョイ 32ac-NoHY):2016/09/26(月) 13:55:35.47 ID:l6juN/Ej0
エナリスwwwwwwwwwww

17 :山師さん (ワッチョイ d788-5q76):2016/09/26(月) 13:56:01.55 ID:fANtUmhT0
まさか、テレホンカード屋買ってるアンポンタンはおるまいな?w

18 :山師さん (ワッチョイ 8818-5q76):2016/09/26(月) 13:56:09.80 ID:8Pi3y41h0
エナリはちょっと上がると大口がぶん投げてくるな
どこが売ってんだよ???

19 :山師さん (ワッチョイ 2d21-OfTA):2016/09/26(月) 13:56:19.36 ID:kFDc+wIR0
BS11 ↑

20 :山師さん (ワッチョイ 9d56-FAWS):2016/09/26(月) 13:56:28.97 ID:/PiLAQIv0
モルガンです

21 :山師さん (ワッチョイ 5f99-R92H):2016/09/26(月) 13:57:03.83 ID:g+H84onX0
ちょっとゲロ吐いてくるわ

22 :山師さん (ワッチョイ 51f9-TB+5):2016/09/26(月) 13:57:12.14 ID:KJ05+ydX0
エナリ案の定

S安付近での買いは売りの買い戻しか、ナンピンかどっちだ?
ナンピンなら悲惨だな

23 :山師さん (ワッチョイ fce5-9GKV):2016/09/26(月) 13:57:34.94 ID:6MaRCzre0
ほんとここの御仁おちんぽ以下ですね

24 :山師さん (ワッチョイ 51f9-TB+5):2016/09/26(月) 13:58:34.90 ID:KJ05+ydX0
イードも後場あけのJC組はしんどいやろな

25 :山師さん (ワッチョイ b65b-5q76):2016/09/26(月) 14:12:31.99 ID:rd6a+bNJ0
岡三マン@okasanman 14秒前
中国国営、木村沙織のバストを誇大報道

わらた

26 :山師さん (スッップ Sdb8-lXAx):2016/09/26(月) 15:13:32.38 ID:OrxTpJ7rd
エナリスとか買い目線の奴なんかいたの?

27 :山師さん (スッップ Sdb8-aBDa):2016/09/26(月) 15:14:58.33 ID:PyClG87Bd
アサカ嫌な終わり方だったね

28 :山師さん (ワイマゲー MM25-5q76):2016/09/26(月) 15:15:06.44 ID:+yXV6Mi5M
http://blog-imgs-1.fc2.com/o/p/p/oppainorakuen/20061019_009.jpg

29 :山師さん (オイコラミネオ MMb4-5q76):2016/09/26(月) 15:15:06.69 ID:SJONcL2uM
>>26
結構居たみたいやでw

30 :山師さん (ワッチョイ 80cd-5q76):2016/09/26(月) 15:15:38.05 ID:peGzq8ob0
ワッチョイやんけ

31 :山師さん (ワッチョイ 804a-DNa1):2016/09/26(月) 15:15:58.91 ID:NBlonnTS0
エナリス寄らないって言ってたやつw

32 :山師さん (ワッチョイ 1ccd-PXFN):2016/09/26(月) 15:15:59.93 ID:OrxTpJ7r0
8787ナハナハw

33 :山師さん (アウアウ Sa25-xdvH):2016/09/26(月) 15:16:14.54 ID:P1qUkeOza
屁ブリ蔵ナンピンしてそう

34 :山師さん (ワッチョイ 3da0-xjL4):2016/09/26(月) 15:16:32.93 ID:6IorLZF20
ノムラシステム 上場来初陽線 おめでとう!!

35 :山師さん (ワッチョイ 5fe5-pbYT):2016/09/26(月) 15:16:49.72 ID:9BWg4q0x0
今日も過疎株まったりトレで+18000くらい
明日からは派遣が4日入ってるから優待クロスして終了だな
今月は13日しか貼り付けなかったから余裕で1日1万越えできたわ
スライムには欲張らずこれで充分

決算なくてPTS死んでて1万越えは成長したわ
ひまでサムシングハイ空踏み上げの−1万なかったら
今月全勝いけたしあれは勿体なかった

36 :山師さん (アウアウ Sa61-OtRU):2016/09/26(月) 15:17:16.00 ID:r7c2PV9pa
ペイちゃん悪夢やなw100万突っ込んだのに

37 :山師さん (ワッチョイ f1cb-xdvH):2016/09/26(月) 15:17:20.82 ID:R/MAoPh90
かずき金曜PTSS高奴はどうしたかな?w

38 :山師さん (ワッチョイ 6199-5q76):2016/09/26(月) 15:17:59.37 ID:pNy0k/Lt0
エナリスは今日でトレンド変わったな
拾う価値なし

39 :山師さん (ワッチョイ bec6-5q76):2016/09/26(月) 15:18:42.70 ID:PsSjPCvD0
ID:dJ9JEPNq
さっさと立てろや

40 :山師さん (ワッチョイ 5932-5q76):2016/09/26(月) 15:20:02.06 ID:TtjiRFwe0
やばい
このペースだと今年2000万いかない・・・。
下手したらお前らと同レベルじゃん。

41 :山師さん (スプッッ Sdc8-PzgE):2016/09/26(月) 15:21:31.03 ID:/WovSJRXd
沖縄で地震だったのかよ!
二週間前に旅行だったからビビるな…
台風&地震を華麗に危機回避w

42 :山師さん (ワッチョイ 5139-6/vO):2016/09/26(月) 15:23:07.43 ID:GXF7xFG+0
古虎渓?

43 :山師さん (アウアウ Sa61-OtRU):2016/09/26(月) 15:23:40.06 ID:r7c2PV9pa
歪み相場でガラこないな
なんか山師さんの後ろになんかついてるw

44 :山師さん (ワッチョイ d75c-5q76):2016/09/26(月) 15:23:41.25 ID:fpxW49hX0
サハwwwwもうおわったなwwww

45 :山師さん (アウアウ Sa61-OtRU):2016/09/26(月) 15:24:12.85 ID:r7c2PV9pa
サハダイヤ 社長売り抜けてイナゴ大損失www

46 :山師さん (アウアウ Sa61-aBDa):2016/09/26(月) 15:25:08.54 ID:LSqHjCBfa
サハは天照社長ってアホ板の書き込みが超ウケたw

47 :山師さん (アウアウ Sa61-OtRU):2016/09/26(月) 15:25:38.64 ID:0t6PgpQDa
Zmp

48 :山師さん (アウアウ Sa61-OtRU):2016/09/26(月) 15:26:20.15 ID:0t6PgpQDa
端末特定オンにしてんのね

49 :山師さん (ワッチョイ 1c9c-5q76):2016/09/26(月) 15:30:03.06 ID:gW0askCO0
>>36
(´・ω・`)マジかよ……

50 :山師さん (ワッチョイ 80f6-5q76):2016/09/27(火) 16:16:33.10 ID:6CCG6LpT0
なんカス弁やめろ

51 :山師さん (ラクッペ MM79-xdvH):2016/09/27(火) 16:17:24.17 ID:ETi40kkjM
デイトレで今日どうやって損するんだよ
ハイカラか?

52 :山師さん (ワッチョイ 5932-5q76):2016/09/27(火) 16:43:23.47 ID:N+hDkbI90
そんなもん人のスタイル次第だろ
今日負けたからヘタクソとか、暴落の日に勝てたから上手いとか言ってたら
そいつがドヘタだよ

53 :山師さん (アウアウ Saf6-lXAx):2016/09/28(水) 08:19:06.70 ID:GAx2dMwma
IoTとFinTech関連で動機付いてる6836ぷらっとホーム

54 :山師さん (ワッチョイ 536d-RPp1):2016/09/29(木) 10:48:28.76 ID:0StyEm9T0
RED案の定すぎる
二日で200万くらい損した

超絶ゴチ

55 :山師さん (ワッチョイ 1739-OTYy):2016/09/29(木) 16:08:47.08 ID:x5/kYIg20
スポーツジム3ヶ月通ってるけど
出会いがない。
ガツガツ声かけてるやつおるけど
あそこまではできん。。

56 :山師さん (ササクッテロ Spb7-LGiF):2016/09/29(木) 16:10:43.98 ID:y/f/fyIsp
65歳以上の老人一人当たり年間平均医療費70万円以上って、、、

57 :山師さん:2016/09/29(木) 16:11:39.34
http://i.imgur.com/e1RnMlm.jpg

58 :山師さん (オイコラミネオ MMef-RPp1):2016/09/29(木) 16:12:07.09 ID:8PlA5f9dM
ID:LFi1lmIm 次スレ立てろカス

59 :山師さん (ワッチョイ 7b90-t/gj):2016/09/29(木) 16:15:06.63 ID:IjC7AgUj0
なんかすれたテ無茶苦茶w

60 :山師さん (ワッチョイ 17f6-RPp1):2016/09/29(木) 16:30:12.91 ID:0rGxtUBF0
http://www.location-trends.com/about/

61 :山師さん (ワッチョイ 97d7-RPp1):2016/09/29(木) 22:40:42.04 ID:k+/cOtBK0
もう70過ぎたら社会保障費は全額自己負担で

62 :山師さん (ブーイモ MM57-LGiF):2016/09/30(金) 22:17:06.67 ID:lGrmyZBsM
>>55
スポーツジムは出会いの場所
違うだろ

63 :山師さん (ワッチョイ 4791-rzru):2016/10/03(月) 04:05:07.59 ID:RKceQB9t0
>>62
ホモ専門ちゃうのん?

64 :山師さん (ワッチョイ 174a-49T3):2016/10/03(月) 14:25:38.49 ID:bDBoVrr60
シルバーエッグプラ転してるじゃねーか!
くそおおおお!
安値で買えたのに我慢できなくて売ってしまった。

65 :山師さん (スププ Sd8f-rzru):2016/10/04(火) 09:55:08.26 ID:DVrpecz1d
今起きた。
極楽湯が地獄温泉になってるわ(T0T)

66 :山師さん (ワッチョイ a3a8-RPp1):2016/10/05(水) 11:17:55.77 ID:3W2F+Q1Y0
ふぇぇん

67 :山師さん (ワッチョイ a3a8-RPp1):2016/10/05(水) 11:18:15.42 ID:3W2F+Q1Y0
ベッキー銘柄教えてください

68 :山師さん (ワッチョイ a3a8-RPp1):2016/10/05(水) 11:18:31.26 ID:3W2F+Q1Y0
べ.i!

69 :山師さん (アウアウ Sa17-7oJY):2016/10/05(水) 11:23:09.70 ID:hdSStiUva
ぷらっとホーム、IoTビッグイベント開催で、やっぱジワジワ来てるな

70 :山師さん (アウアウ Sa3f-RPp1):2016/10/05(水) 12:52:44.41 ID:MhR8515Ba
ライブチャットに出る余裕が出来たらAKBはもう終わりだろ

71 :山師さん (オッペケ Srb7-rzru):2016/10/05(水) 13:10:22.34 ID:fp7YmStYr
東京都議会なんかのニュースで御意見番みたいな感じで猪瀬って人よくでてくるけど、
このひと都知事にしてもいいんじゃね?
真面目そうだし金にきれいそうだし

72 :山師さん (スッップ Sd8f-7oJY):2016/10/05(水) 22:49:14.98 ID:hO9RoTXtd
見たところ、カバンにお金詰めるのが下手そうに見えるけど・・
そんな事よりぷらっと来てるね!!

73 :山師さん (ワッチョイ 3432-UMne):2016/10/06(木) 09:03:34.90 ID:qu4afoEi0
ソフテク暴落くるぞこれ

74 :山師さん (アウアウ Sac5-mj8I):2016/10/07(金) 08:24:46.33 ID:9Et3666Ga
ベクターの材料はなに?
しょぼいブラウザゲームで飛んでるの?

75 :山師さん (アウアウ Sac5-mj8I):2016/10/07(金) 08:28:56.05 ID:9Et3666Ga
ぷらっとの宣伝するなよ
へんなイナゴついたら怒るからな

76 :山師さん (ワッチョイ ef99-uSun):2016/10/13(木) 14:01:39.65 ID:/zSfsgOp0
ウルフは権力に穴貸してるから逮捕されない

77 :山師さん (ワッチョイ 8b99-BUHh):2016/10/17(月) 09:25:09.21 ID:Zx8IETzR0
東電全然さがんねえじゃん
俺が売るといつもこれ

78 :山師さん (ワッチョイ 235e-8qPS):2016/10/17(月) 09:29:05.99 ID:Up6F9oYQ0
今日は農業が来そうだな
安値拾っとくか

79 :山師さん (ワッチョイ 074e-cLvQ):2016/10/17(月) 09:58:06.43 ID:0X8EwWSs0
神島化学くるって前スレでちゃんと言ったからな俺
あと小田原は今買っとけば今日はどうかはわからんかいつか救われるよ

80 :山師さん (ワッチョイ 8791-+ynv):2016/10/18(火) 14:41:18.19 ID:MDu3kY6p0
川上買ってみた うんこきたらまた株って難しいなあとおもいながら損切りするわ

81 :山師さん (ワッチョイ ef99-uSun):2016/10/19(水) 13:14:42.25 ID:gnS+l23A0
ゆうじゅ神メタップスつええええええええええ!!!!!!!!!

82 :山師さん (ワッチョイ ef99-uSun):2016/10/19(水) 13:37:52.57 ID:gnS+l23A0
ゆうじゅ軍団全員買って勝ってるな

83 :山師さん (ワッチョイ eba5-b5sh):2016/10/19(水) 17:14:34.63 ID:OWkqs21H0
ベクターwwww(´・ω・`)

84 :山師さん (ワッチョイ 9f99-ECoa):2016/10/21(金) 09:47:05.80 ID:lvlz27dr0
テリロジーかってるやつらってIRちゃんと数字見ながらよんでんのかね・・

85 :山師さん (ワッチョイ ba6d-3NWI):2016/10/21(金) 09:48:06.53 ID:7hJJ0Zwt0
6977日本抵抗器のパロが入ってる
時価総額15億円

5月18日
日本医療研究開発機構
1000台規模のコミュニケーションロボットを介護現場に導入する大規模実証調査について、使用する「ロボット候補リスト」が決定しました
ttp://www.amed.go.jp/news/release_20160518.html


介護ロボの保険適用、18年メド検討 厚労省  :日本経済新聞
ttp://www.nikkei.com/article/DGXLASFS20H3B_Q6A021C1PP8000/

86 :山師さん (スフッ Sdb8-kI3a):2016/10/21(金) 09:49:48.82 ID:kZGReMfnd
6266 タツモ ↑

87 :山師さん (ワッチョイ 9f99-ECoa):2016/10/21(金) 09:53:35.98 ID:lvlz27dr0
メタノミクスキターw

88 :山師さん (ワッチョイ 9e99-dfiw):2016/10/21(金) 10:58:35.80 ID:2Tvat82x0
フライト墜落注意!!!!!」

89 :山師さん (ワッチョイ 3fe5-OUy2):2016/10/25(火) 16:07:16.22 ID:IVt86LLq0
私は元創価の会員でした。
すぐ隣に防衛省の背広組みの官舎があるのですが、
自分の家の窓にUSB接続のwebカメラを貼り付けて、そこの動画を撮影し続け、
学会本部に送っていました。

別に大したものは写っていません。ゴミだしとか奥さんが子供を遊ばせている所とか。
官舎が老朽化して使われなくなってから、
今まで法人税(うちは自営業です)をほぼ払わなくても済んでいたのが、
もう守ってやれないのでこれからは満額申告するように言われました。
納得がいかないと言うと、君は自業自得で餓鬼地獄に堕ちる、
南無妙法蓮華経と朝夕三千回ずつ唱えて心をきれいにしなさいと言われて
馬鹿らしくなり脱会しました。

それ以来、どこへ行くにもぞろ目ナンバーの車につけまわされたり大変な日々です。
全部自分の出来心が招き寄せたことで、どこに訴えて出ると言う訳にもいかないのですが、
なんとかあの人達と縁を切って、新しい始まりを迎える方法はないんだろうか。

90 :山師さん (スフッ Sdb8-A7+C):2016/10/26(水) 09:22:41.43 ID:c0gOdlRyd
くら寿司噴火!

91 :山師さん (ワッチョイ 199f-SmgD):2016/10/26(水) 12:40:20.30 ID:jkIEPpbM0
9478 SEHD↑

92 :山師さん (スッップ Sdff-O9pn):2016/10/27(木) 09:49:46.70 ID:3hn4RQigd
3666高値こ

93 :山師さん (ワッチョイ fb99-O9pn):2016/10/27(木) 09:50:10.36 ID:vFrQSS/80
6469!

94 :山師さん (アウアウ Sa7f-uFeG):2016/10/27(木) 09:57:38.24 ID:wPXvNf1Za
エイチワン手離して安川情報買った

2週間前の俺を思い切りぶん殴りたい❗

95 :山師さん (アウアウ Sa7f-uFeG):2016/10/27(木) 09:58:43.99 ID:wPXvNf1Za
安川情報1200円 もう助からないよな?

96 :山師さん (ササクッテロ Sp7f-iziA):2016/10/28(金) 10:43:26.71 ID:h2DEsuNjp
マルマンさん蓋がんばえー( ´・ω・`)

97 :山師さん (ワッチョイ 7b99-XKtC):2016/10/28(金) 11:01:19.35 ID:0KZVqkoz0
モブwww

98 :山師さん (スププ Sdff-O9pn):2016/10/28(金) 22:44:09.57 ID:GH241reFd
あげ

99 :オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/ (ワッチョイ 67d1-srTX):2016/10/30(日) 01:53:44.67 ID:FJ4NCver0
オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/

100 :オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/ (ワッチョイ 67d1-srTX):2016/10/30(日) 23:45:22.84 ID:FJ4NCver0
オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/

101 :山師さん (ワッチョイ 1399-4lKY):2016/10/31(月) 05:22:52.97 ID:nsuia/LM0
【2402】アマナ【2Q堅調!年間好業績ほぼ確定!】

2402 アマナ 28年12月期第2四半期

売上高 10,484百万円(7.8%)
営業利益 307百万円(―%)
経常利益 151百万円(―%)
純利益 34百万円(―%)

円高による為替差損計上済み!

衝撃のV字回復1-3月期(1Q)から3か月!
アマナの快進撃止まらず!
アマナは上場来最高の売上高で、経常は黒字転換!すでに通期計画を超過!

アマナグループ
http://ime.nu/amana.jp/

株主優待
http://ime.nu/amanaholdings.jp/ir/communication/hospitality/index.html

グループ会社 アマナイメージズ
http://ime.nu/amanaimages.com/indexTop.aspx

写真・イラスト販売のお小遣い稼ぎサイト フォーユアイメージズ
https://foryourimages.com/

100株買って、株主優待をもらいながら、長期保有。
暇なときは写真を撮って、フォーユアイメージズでお小遣い稼ぎ。
なかなかいい会社♪

102 :山師さん (ワッチョイ 0fa1-p8ij):2016/10/31(月) 12:44:37.81 ID:RVgPJA1g0
倉元ツイッターでも騒いできてるのな

103 :山師さん (ワッチョイ 83e5-Jz20):2016/10/31(月) 12:45:22.24 ID:DGA9kR800
倉元全力買いした

104 :山師さん (ワッチョイ 6fc6-corf):2016/10/31(月) 12:45:38.05 ID:9nkhLtxb0
たまにはワッチョイ使ってみるか
ブラン、これ強いか?
それよかアトスパが気になる、買って良いんか…

105 :山師さん (ワッチョイ 574e-6twx):2016/10/31(月) 12:49:10.33 ID:lAz5PG9A0
倉元買うなら好業績だし、レーティングでも安心できる神島化学買っとけ

106 :山師さん (ワッチョイ d791-CQN6):2016/10/31(月) 14:01:03.79 ID:p91I4VMC0
エクストリーム下がる前に見たかったなぁ どんな板の動きしたらこんな約定するんだか

107 :山師さん (ワッチョイ 07cf-Jz20):2016/10/31(月) 14:19:51.92 ID:s6wkXCbr0
フライトは増担か

108 :山師さん (スフッ Sdff-WjTj):2016/10/31(月) 19:45:43.67 ID:XZFXJgCid
>>101
マツコ・デラックスが妙に持ち上げてたよなwwww

109 :山師さん (ワッチョイ b3a5-7M8e):2016/11/01(火) 21:11:29.08 ID:YuPkhGMJ0
故三沢光晴さんが創設したプロレスリング・ノアがITシステム開発会社「エストビー」

(東京・千代田区=不破洋介社長)に事業譲渡する方針で合意に達したことが31日、

本紙の取材で明らかになった。事実上のオーナー会社になる模様で、プロレス部門の

トップには元全日本プロレス社長・内田雅之氏(54)が就任する予定。

譲渡額は不明だが、ノアの登録商標のほか、ベルトなどの動産なども同社が譲り受ける

ことになる。

わずか3週間でのスピード決着だった。長期的な観客動員の低迷などから団体の業績が

悪化する中、ノアは自力での再建策を模索。東京商工会議所に相談するほか、新たな

スポンサー探しに奔走していた。10月上旬には団体の中心選手である丸藤正道(37)

が内田氏と極秘接触。2年前にプロレス界から離れていた内田氏が役員を務めていた

のが、エストビー社だった。

同社がノアの内情を精査した結果「プロレスの天才」と呼ばれる丸藤を筆頭に、

10月23日の横浜大会でGHCヘビー級王者になった中嶋勝彦(28)や潮崎豪(34)、

マサ北宮(28)といった若手からベテランまで業界屈指の選手層を誇ることが

魅力的に映ったという。

さらには日本テレビがCS放送を続けており、かつて業界の盟主として君臨したその

ブランド力とコンテンツにエストビー社も注目。「再生は可能」と判断され、この

1週間の間にトントン拍子で事業譲渡することが正式に決まった。今後はエストビー社

も新体制に変わる模様で、取締役会長に内田氏が就任する方向で調整されている。

現在ノア社長を務めている田上明氏(55)は、エストビー社の相談役就任を打診されている。

http://www.tokyo-sports.co.jp/prores/mens_prores/612000/

110 :JUJUとかいうアヘアヘブサイクのくせにエッチな露出狂おばさん (ワッチョイ 7bc6-srTX):2016/11/01(火) 22:58:02.59 ID:MU8E3c0E0
エッチだ...w

111 :山師さん (ワッチョイ b3a5-MxoT):2016/11/02(水) 09:37:52.31 ID:O33aS8UB0
エナリどうした

112 :山師さん (ワッチョイ e9d2-2euV):2016/11/03(木) 21:33:29.16 ID:PDayTiaq0
くこけ=?

113 :山師さん (ワッチョイ 7bf6-DGmA):2016/11/04(金) 12:49:07.08 ID:N0KlVi/50
メタップスそろそろきそうなとこきてんだが

114 :山師さん (アウアウウー Sa89-0MQb):2016/11/04(金) 14:47:25.28 ID:TVdLqEhYa
IoTの有望株のぷらっとホーム(6836)、本日、決算発表予定日で、
赤字継続の見方が多いが、
前期から自治体等への製品導入が多かったので、
万が一の黒字化もあり得る。
そうなったらテンバガー最有望株になるだろう。

115 :山師さん (ワッチョイ 96c6-WkTS):2016/11/04(金) 15:04:11.46 ID:F2S4wyrL0
ドリコムのウンコで売らされた〜

116 :オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/ (ワッチョイ f8d1-kVhM):2016/11/06(日) 02:41:39.90 ID:HRbI1edf0
オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/

117 :山師さん (ワッチョイ 0643-8n5s):2016/11/08(火) 13:23:26.15 ID:NjXaGA670
>>28
ネックレスつけたまま風呂入るって商売女かよ〜

118 :山師さん (ササクッテロロ Spbd-m5qj):2016/11/08(火) 13:23:46.47 ID:3TrtLALnp
ここ?

119 :山師さん (ワッチョイ 8aa1-8n5s):2016/11/08(火) 13:23:59.32 ID:BwNCaMsa0
ここけ?

120 :山師さん (ワッチョイ c9e5-Yp7G):2016/11/08(火) 13:24:34.92 ID:47gzioNt0
ここじゃないな

121 :山師さん (ワッチョイ e656-DGmA):2016/11/08(火) 13:25:16.63 ID:+6OyT0Sj0
パリ協定関連はよ

122 :オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/ (ワッチョイ f8d1-kVhM):2016/11/08(火) 23:45:56.98 ID:4PW07JBB0
オリコ(8585) 買ーいー(^o^)/

123 :山師さん (ワッチョイ d099-8n5s):2016/11/09(水) 11:47:26.87 ID:h67GFoDx0
マリオトランプ爆売れ来るうう
https://www.nintendo.co.jp/n09/chara_t_m/

124 :山師さん (ワッチョイ f0f6-8n5s):2016/11/09(水) 11:52:43.61 ID:Seeiavjl0
おはやく。
なんで日本時間になってから下げてんの?

125 :山師さん (ワッチョイ 5be5-m5qj):2016/11/09(水) 13:09:10.45 ID:hjnwE7180
ここか

126 :山師さん (スッップ Sd28-m5qj):2016/11/09(水) 13:10:47.56 ID:oDc6YmWSd
トランプならばクレア上がるよねー

127 :山師さん (ササクッテロラ Spbd-m5qj):2016/11/09(水) 13:12:20.22 ID:EpR11ujcp
ここ?

128 :山師さん (ワッチョイ 3b99-xdXz):2016/11/09(水) 13:13:12.43 ID:mz9YYaDn0
ここか

129 :山師さん (ワッチョイ 3b99-xdXz):2016/11/09(水) 13:13:32.78 ID:mz9YYaDn0
ヒラリーもう無理だろwwwwwwwwwww

130 :山師さん (ワッチョイ 3b99-xdXz):2016/11/09(水) 13:13:59.58 ID:mz9YYaDn0
トランプ大統領wwwwwwwwwww

131 :山師さん (ワッチョイ 3b99-xdXz):2016/11/09(水) 13:14:12.73 ID:mz9YYaDn0
これだけを極める為に10年間費やしてきたんだ。負けてたまるかよ。

132 :山師さん (ワッチョイ 3b99-xdXz):2016/11/09(水) 13:14:34.77 ID:mz9YYaDn0
人減ったなあ・・・・

133 :山師さん (ワッチョイ 3b99-xdXz):2016/11/09(水) 13:15:02.34 ID:mz9YYaDn0
おーい!みんなどこだーい!

134 :山師さん (ブーイモ MM28-m5qj):2016/11/09(水) 13:15:34.65 ID:Tk783XgyM
石川で死亡

135 :山師さん (アウアウカー Sab5-m5qj):2016/11/09(水) 13:15:39.13 ID:4AYn2yzra
http://itest.2ch.net//test/read.cgi/stock/1478660132/
ここやで

136 :山師さん (ワッチョイ 3b99-xdXz):2016/11/09(水) 13:15:43.08 ID:mz9YYaDn0
これだけを極める為に10年間費やしてきたんだ。負けてたまるかよ。

137 :山師さん (スフッ Sd28-m5qj):2016/11/09(水) 13:16:24.97 ID:6TTS4vlOd
イグニスクソ強い

138 :山師さん (ワッチョイ 1c7c-Gpv5):2016/11/09(水) 13:16:33.76 ID:qh275QFF0
なんていうかいろいろとアメリカ死ねとホント言いたいわw
どうせクリントン勝つんだろうが
ドル円104円80銭でロングポジったら一瞬で101円80銭でロスカット食らって
今ヒラリーリードってなんやねんwww

まあとりあえずやっぱ株せなあかんな

あとメタップスは2287円以下で引けないとで増担解除されないから
2287円以下だぞおまいら!(絶対2287円に今日はならないだろうけどwww)

139 :山師さん (ワッチョイ bc49-KjJO):2016/11/09(水) 13:17:42.20 ID:RdlCRZ510
つか、トランプ勝利で何で株が下がるのか
まあ、円高になってるからな
いい大統領になりそうだが

140 :山師さん (ワッチョイ 3b99-xdXz):2016/11/09(水) 13:18:34.68 ID:mz9YYaDn0
みんな新小岩に行ったのか

141 :山師さん (ワッチョイ c948-umBA):2016/11/09(水) 13:19:38.28 ID:G3g8fdl50
トランプ大勝利やんけww

142 :山師さん (ワッチョイ c948-umBA):2016/11/09(水) 13:21:02.99 ID:G3g8fdl50
オハイオ、フロリダ取ったかあ トランプ大統領誕生だな

自民党も大慌てでトランプにパイプ作ろうと動いてるだろうなあ

143 :山師さん (ワッチョイ bd3c-m5qj):2016/11/09(水) 13:21:03.30 ID:2MgmSPFy0
本スレにNGワード入ってるか表示されないところもある

144 :山師さん (スフッ Sd28-m5qj):2016/11/09(水) 13:21:27.48 ID:6TTS4vlOd
ウィルグループ奇跡的に地合のおかげでよってんのかw

145 :山師さん (ワッチョイ 5be5-m5qj):2016/11/09(水) 13:22:52.09 ID:hjnwE7180
リバきてんなー

146 :山師さん (ワッチョイ 5be5-m5qj):2016/11/09(水) 13:26:46.96 ID:hjnwE7180
ひろききたーー

147 :山師さん (ワッチョイ 96b4-m5qj):2016/11/09(水) 13:30:01.59 ID:YlqWNJJz0
じーさんフル勃起

148 :山師さん (ワッチョイ 5be5-m5qj):2016/11/09(水) 13:31:05.18 ID:hjnwE7180
トランプきたー

149 :山師さん (アウアウウー Sa89-m5qj):2016/11/09(水) 13:31:13.03 ID:J3yJGjioa
フロリダトランプ

150 :山師さん (ワッチョイ 71a0-8n5s):2016/11/09(水) 13:33:35.94 ID:+b+l+QqZ0
>>142
共和党にはパイプあるはず

151 :山師さん (スフッ Sd28-pXdr):2016/11/09(水) 13:35:47.61 ID:DS+I1wl+d
俺の嫁差し出すからクリントンなってくれ

152 :山師さん (ワッチョイ 7129-8n5s):2016/11/09(水) 13:36:28.24 ID:hr+KY2LH0
理系 くるなこれ

153 :山師さん (ワッチョイ 3b99-Xqtn):2016/11/09(水) 13:36:28.80 ID:qjDczKyN0
理経だけ超出遅れてるな

154 :山師さん (アウアウカー Sab5-DGmA):2016/11/09(水) 13:36:31.59 ID:xWxnqposa
もうめちゃくちゃwww

155 :山師さん (ワッチョイ 7b7c-8n5s):2016/11/09(水) 13:36:38.64 ID:wfXUQSb50
ワッチョイかよ

156 :山師さん (ワッチョイ 96f9-8n5s):2016/11/09(水) 13:36:42.95 ID:qhbut9UO0
CNN フロリダトランプ確定きたか

157 :山師さん (ワッチョイ 3b99-xdXz):2016/11/09(水) 13:36:46.99 ID:mz9YYaDn0
ここだああああああ

158 :山師さん (ワッチョイ e9e5-uTye):2016/11/09(水) 13:36:53.05 ID:Le7c8RVH0
ああああ 理経まじかよ そんぎたっぞ

159 :山師さん (ワッチョイ 916a-m5qj):2016/11/09(水) 13:37:00.73 ID:HPSUJk800
戦争来たら株上がるやろ?

160 :山師さん (ワッチョイ 7156-KjJO):2016/11/09(水) 13:37:23.64 ID:jTMCAnDK0
石川買っておけば良かったなw

見てるだけだったわ。

161 :山師さん (ササクッテロレ Spbd-6WlR):2016/11/09(水) 13:37:27.94 ID:AdU8hkLUp
下げきったとこでリバ狙うから、はよトランプ勝て。
クリントンだと方向性が中途半端になりそうだわ。

162 :山師さん (スフッ Sd28-xdXz):2016/11/09(水) 13:37:31.31 ID:Ox7YQT8rd
新小岩行ってくるわ
じゃあなお前ら

163 :山師さん (ワッチョイ 5b06-/dsW):2016/11/09(水) 13:37:36.85 ID:gb/Lo7iI0
クリントン 209
トランポ 232

クリ逝ったあああああああああああああああ

164 :山師さん (ワッチョイ 4e43-eKBp):2016/11/09(水) 13:37:46.97 ID:MFJZhUqU0
理経、あんたらしか買ってない・・・・・・・

165 :山師さん (ワッチョイ b064-/dsW):2016/11/09(水) 13:37:49.04 ID:BQGXcM2u0
興研全然うごかねぇ

166 :山師さん (ワッチョイ 3b99-Xqtn):2016/11/09(水) 13:38:12.56 ID:vBsNMa8m0
7721とか今日決算じゃん。石川も11日決算。
理経は決算通過後で安心

167 :山師さん (アークセー Sxbd-DGmA):2016/11/09(水) 13:38:16.91 ID:ZhlWEEXax
>>163
238やで

168 :山師さん (ワッチョイ 3be6-Gpv5):2016/11/09(水) 13:38:16.99 ID:tUTwSXmC0
新小岩!新小岩!

169 :山師さん (ワッチョイ 5edb-KjJO):2016/11/09(水) 13:38:18.13 ID:WHPDhsBz0
理経ってww
こんな時に買えるかよ

170 :山師さん (ササクッテロラ Spbd-m5qj):2016/11/09(水) 13:38:23.18 ID:EpR11ujcp
マイナス1000こいや!

171 :山師さん (ガックシ 069c-e+Bk):2016/11/09(水) 13:39:11.59 ID:LQac1KdJ6
アラスカ争いになったら楽しそう

172 :山師さん (ワッチョイ 137c-eKBp):2016/11/09(水) 13:39:25.83 ID:cXXWaDJu0
理経一気にきそうやね

173 :山師さん (アークセー Sxbd-DGmA):2016/11/09(水) 13:39:36.51 ID:ZhlWEEXax
石川はがれとる

174 :山師さん (ワッチョイ b064-/dsW):2016/11/09(水) 13:39:42.90 ID:BQGXcM2u0
防衛PFつくっとこ

175 :山師さん (ワッチョイ 5b06-/dsW):2016/11/09(水) 13:39:43.19 ID:gb/Lo7iI0
小岩井行ってくるわ じゃあなお前ら

176 :山師さん (ワッチョイ 7b32-2euV):2016/11/09(水) 13:39:48.26 ID:ZBIvexng0
ミシガン州が接戦だけど、ここってトランプ確定なの?

177 :山師さん (ワッチョイ d0cf-Xqtn):2016/11/09(水) 13:39:54.14 ID:kXQa975K0
トランプの勝ちくさいか

178 :山師さん (ワッチョイ 7b7c-8n5s):2016/11/09(水) 13:39:58.21 ID:wfXUQSb50
三菱自捕まっちゃった><

179 :山師さん (ワッチョイ c9ea-B4S0):2016/11/09(水) 13:40:13.31 ID:vIWfYGva0
トランプ確定だろ
ほとんどのサイトの速報が遅すぎて速報になってなくて糞

180 :山師さん (ワッチョイ 326d-Gpv5):2016/11/09(水) 13:40:50.89 ID:ddw42iUc0
ぶっちゃけ防衛関連だって、業績に直結しないだろうし
持ち越したらトランプが就任演説で親日的な発言をする可能性も低くはないんじゃないかな?

181 :山師さん (ワッチョイ d054-e+Bk):2016/11/09(水) 13:40:58.17 ID:8oql+Fv/0
石川ストップで売っておいて
600円台で買い戻しゃウハウハだな

182 :山師さん (ワッチョイ 6599-8n5s):2016/11/09(水) 13:40:59.74 ID:Ogq8dyXW0
フジ糞すぐるw

183 :山師さん (ワッチョイ 138a-DGmA):2016/11/09(水) 13:41:20.13 ID:mCNd9Taj0
ラジオでは大接戦とか言ってんぞw

184 :山師さん (ワッチョイ 5be0-3Rp6):2016/11/09(水) 13:41:39.31 ID:RGsbpMvk0
クリも実は不人気とマスコミはもっと言っとけよ

185 :山師さん (ワッチョイ 6599-DVlP):2016/11/09(水) 13:41:48.97 ID:ryKotFbY0
>>175
バターよろしく

186 :山師さん (ワッチョイ 5b06-/dsW):2016/11/09(水) 13:42:09.23 ID:gb/Lo7iI0
たすけてマザーが息してないの

187 :山師さん (スフッ Sd28-xdXz):2016/11/09(水) 13:42:15.60 ID:Ox7YQT8rd
お前ら今までお世話になりました
今買スレには6年ほどお世話になりました
新小岩行ってきます
ありがとうございました

188 :山師さん (ワッチョイ e689-nKLB):2016/11/09(水) 13:42:29.68 ID:UHaUtBjj0
日本のテレビはまだ接戦とか言ってるの?
BBCはクリントンはもう厳しいっていってるぞ

189 :山師さん (ワッチョイ 4e43-eKBp):2016/11/09(水) 13:42:49.75 ID:MFJZhUqU0
やばーいの来るで。下げ加速。

190 :山師さん (スッップ Sd28-r4t7):2016/11/09(水) 13:43:14.89 ID:22ReD0cxd
ちょっと戻したのは空売り連中が買い戻しただけじゃない?

まだ落ちるナイフだと思ってます

チキンノーポジなのでまだ様子見

191 :山師さん (ワッチョイ c996-8n5s):2016/11/09(水) 13:43:26.61 ID:r5S5UFnI0
ワシントン州ってワシントンDCのある所だと思ってたら西海岸にあるんだな

192 :山師さん (ワッチョイ bc97-umBA):2016/11/09(水) 13:43:28.85 ID:4u84Wqiu0
トランプやっべ

ウィル売りでええか

193 :山師さん (ワッチョイ 5b06-/dsW):2016/11/09(水) 13:44:05.56 ID:gb/Lo7iI0
トランプでほぼ確定。もう一発うんこくるぞ!

194 :山師さん (ワッチョイ 4e43-eKBp):2016/11/09(水) 13:44:08.07 ID:MFJZhUqU0
どのみちよー
トランプ当選したら、ダウ下げるわけだし。
そしたら日経もだろ。

買いは後日でおっけ。

195 :山師さん (ワッチョイ 1c31-B8hU):2016/11/09(水) 13:45:11.63 ID:7s+Uy/K/0
まだ買わなくていいよな?

196 :山師さん (ワッチョイ 7156-KjJO):2016/11/09(水) 13:45:24.38 ID:jTMCAnDK0
>>193
ウンコきてるね!

197 :山師さん (ワッチョイ 7156-KjJO):2016/11/09(水) 13:45:40.04 ID:jTMCAnDK0
>>195
ワカンネw

198 :山師さん (ワッチョイ 8acb-KjJO):2016/11/09(水) 13:45:45.77 ID:FIcXktx+0
イグニス後場4000戻すと思ってたがな〜
もうあかんな

199 :山師さん (ワッチョイ 4e43-eKBp):2016/11/09(水) 13:45:55.97 ID:MFJZhUqU0
あとね。
そーせい、信用の期日到来だから。
日足チェックしてみ。
見事にはまってるから。

200 :山師さん (ワッチョイ c9ea-B4S0):2016/11/09(水) 13:48:45.33 ID:vIWfYGva0
トランプ勝利宣言まだー?

201 :山師さん (ワッチョイ 137c-eKBp):2016/11/09(水) 13:49:44.65 ID:cXXWaDJu0
理経きたー

202 :山師さん (ワッチョイ 7ba6-DVlP):2016/11/09(水) 13:50:58.89 ID:kzCNMBHx0
♪株を買うなら リスク OFF♪

203 :山師さん (ワッチョイ b04a-UVP4):2016/11/09(水) 13:51:09.81 ID:j/Y2J4oX0
なんで理経が防衛銘柄なの?
ドローン?

204 :山師さん (ワッチョイ c9ea-B4S0):2016/11/09(水) 13:51:17.13 ID:vIWfYGva0
8議席差くらいでトランプ勝利だろ

205 :山師さん (ワッチョイ 5b06-/dsW):2016/11/09(水) 13:54:26.54 ID:gb/Lo7iI0
休むも相場、また新しいテーマを待とうぜ

206 :山師さん (ワッチョイ 4132-8n5s):2016/11/09(水) 14:08:58.91 ID:31GkOgkP0
6469放電まじ?

207 :山師さん (ワッチョイ 6599-8n5s):2016/11/09(水) 14:20:37.37 ID:Ogq8dyXW0
結局今日はデイトレで2千円儲けただけだわ

208 :山師さん (ワッチョイ 3ed4-Xqtn):2016/11/09(水) 14:23:03.80 ID:ZHQCWHwl0
見逃すな歴史的なV字レシーブ。

209 :山師さん (ワッチョイ bdd2-2euV):2016/11/09(水) 14:49:19.24 ID:RXuJl2Hs0
kokoke?

210 :山師さん (ワッチョイ 5be5-m5qj):2016/11/09(水) 14:49:42.53 ID:hjnwE7180
ここか?

211 :山師さん (ワッチョイ bdd2-2euV):2016/11/09(水) 14:49:53.82 ID:RXuJl2Hs0
くこけ?

212 :山師さん (ワッチョイ bcd2-KjJO):2016/11/09(水) 18:33:41.86 ID:a2VCpPWh0
こんな日に+20万死にたい

213 :磨人ガーZ (ワッチョイ d339-HF6Q):2016/11/11(金) 09:53:47.24 ID:UfZEKc0c0
GO−−−!!!
GO−−−!!!
フライトGO−−−!!!

214 :山師さん (ワッチョイ a7cd-teht):2016/11/11(金) 11:00:43.43 ID:VwsRvFaP0
FVCここからならエボも売ってこれないよな
全力イン

215 :山師さん (ワッチョイ a7cd-teht):2016/11/11(金) 11:08:40.72 ID:VwsRvFaP0
FVC!FVC!

216 :山師さん (アークセー Sx2f-9MLS):2016/11/11(金) 11:16:06.31 ID:BTDjBCjTx
鳩も仕手株?

217 :山師さん (ワッチョイ 23d2-U3jc):2016/11/11(金) 13:37:32.14 ID:hUKupNim0
ここけ?

218 :山師さん (ワッチョイ 230f-9MLS):2016/11/11(金) 13:39:55.65 ID:PVXPBD0f0
ここではないな。
ワッチョイだし

219 :山師さん (アウアウエー Sa7f-teht):2016/11/11(金) 14:36:41.62 ID:CaVHkp5Oa
イグニス一旦ごちしましたっ
決算ですからね〜♪

220 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:21:13.23 ID:twPsrBe10
「どちらでもよろしい。下宿の婆さんが君に話した事を事実としたところで、君の増給は古賀君の所得を
削けずって得たものではないでしょう。古賀君は延岡へ行かれる。その代りがくる。その代りが古賀君よ
りも多少低給で来てくれる。その剰余じょうよを君に廻まわすと云うのだから、君は誰にも気の毒がる必
要はないはずです。古賀君は延岡でただ今よりも栄進される。新任者は最初からの約束やくそくで安くく
る。それで君が上がられれば、これほど都合つごうのいい事はないと思うですがね。いやなら否いやでも
いいが、もう一返うちでよく考えてみませんか」
 おれの頭はあまりえらくないのだから、いつもなら、相手がこういう巧妙こうみょうな弁舌を揮ふるえ
ば、おやそうかな、それじゃ、おれが間違ってたと恐おそれ入って引きさがるのだけれども、今夜はそう
は行かない。ここへ来た最初から赤シャツは何だか虫が好かなかった。途中とちゅうで親切な女みたよう
な男だと思い返した事はあるが、それが親切でも何でもなさそうなので、反動の結果今じゃよっぽど厭い
やになっている。だから先がどれほどうまく論理的に弁論を逞たくましくしようとも、堂々たる教頭流に
おれを遣り込めようとも、そんな事は構わない。議論のいい人が善人とはきまらない。遣り込められる方
が悪人とは限らない。表向きは赤シャツの方が重々もっともだが、表向きがいくら立派だって、腹の中ま
で惚ほれさせる訳には行かない。金や威力いりょくや理屈りくつで人間の心が買える者なら、高利貸でも
巡査じゅんさでも大学教授でも一番人に好かれなくてはならない。中学の教頭ぐらいな論法でおれの心が
どう動くものか。人間は好き嫌いで働くものだ。論法で働くものじゃない。
「あなたの云う事はもっともですが、僕は増給がいやになったんですから、まあ断わります。考えたって
同じ事です。さようなら」と云いすてて門を出た。頭の上には天の川が一筋かかっている。



 うらなり君の送別会のあるという日の朝、学校へ出たら、山嵐やまあらしが突然とつぜん、君先だって
はいか銀が来て、君が乱暴して困るから、どうか出るように話してくれと頼たのんだから、真面目まじめ
に受けて、君に出てやれと話したのだが、あとから聞いてみると、あいつは悪わるい奴やつで、よく偽筆
ぎひつへ贋落款にせらっかんなどを押おして売りつけるそうだから、全く君の事も出鱈目でたらめに違ち
がいない。君に懸物かけものや骨董こっとうを売りつけて、商売にしようと思ってたところが、君が取り
合わないで儲もうけがないものだから、あんな作りごとをこしらえて胡魔化ごまかしたのだ。僕はあの人
物を知らなかったので君に大変失敬した勘弁かんべんしたまえと長々しい謝罪をした。
 おれは何とも云わずに、山嵐の机の上にあった、一銭五厘りんをとって、おれの蝦蟇口がまぐちのなか
へ入れた。山嵐は君それを引き込こめるのかと不審ふしんそうに聞くから、うんおれは君に奢おごられる
のが、いやだったから、是非返すつもりでいたが、その後だんだん考えてみると、やっぱり奢ってもらう
方がいいようだから、引き込ますんだと説明した。山嵐は大きな声をしてアハハハと笑いながら、そんな
ら、なぜ早く取らなかったのだと聞いた。実は取ろう取ろうと思ってたが、何だか妙みょうだからそのま
まにしておいた。近来は学校へ来て一銭五厘を見るのが苦になるくらいいやだったと云ったら、君はよっ
ぽど負け惜おしみの強い男だと云うから、君はよっぽど剛情張ごうじょうっぱりだと答えてやった。それ

221 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:21:22.22 ID:twPsrBe10
こころ
夏目漱石
 私わたくしはその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けな
い。これは世間を憚はばかる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記
憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執とっても心持は同じ事である。よそよそしい
頭文字かしらもじなどはとても使う気にならない。
 私が先生と知り合いになったのは鎌倉かまくらである。その時私はまだ若々しい書生であった。暑中休
暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書はがきを受け取ったので、私は多少の金を工面
くめんして、出掛ける事にした。私は金の工面に二に、三日さんちを費やした。ところが私が鎌倉に着い
て三日と経たたないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れという電報を受け取った。電報に
は母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じなかった。友達はかねてから国元にいる親た
ちに勧すすまない結婚を強しいられていた。彼は現代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた
。それに肝心かんじんの当人が気に入らなかった。それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて
東京の近くで遊んでいたのである。彼は電報を私に見せてどうしようと相談をした。私にはどうしていい
か分らなかった。けれども実際彼の母が病気であるとすれば彼は固もとより帰るべきはずであった。それ
で彼はとうとう帰る事になった。せっかく来た私は一人取り残された。
 学校の授業が始まるにはまだ大分だいぶ日数ひかずがあるので鎌倉におってもよし、帰ってもよいとい
う境遇にいた私は、当分元の宿に留とまる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子むすこで金に不自
由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私とそう変りもしなかった
。したがって一人ひとりぼっちになった私は別に恰好かっこうな宿を探す面倒ももたなかったのである。
 宿は鎌倉でも辺鄙へんぴな方角にあった。玉突たまつきだのアイスクリームだのというハイカラなもの
には長い畷なわてを一つ越さなければ手が届かなかった。車で行っても二十銭は取られた。けれども個人
の別荘はそこここにいくつでも建てられていた。それに海へはごく近いので海水浴をやるには至極便利な
地位を占めていた。
 私は毎日海へはいりに出掛けた。古い燻くすぶり返った藁葺わらぶきの間あいだを通り抜けて磯いそへ
下りると、この辺へんにこれほどの都会人種が住んでいるかと思うほど、避暑に来た男や女で砂の上が動
いていた。ある時は海の中が銭湯せんとうのように黒い頭でごちゃごちゃしている事もあった。その中に
知った人を一人ももたない私も、こういう賑にぎやかな景色の中に裹つつまれて、砂の上に寝ねそべって
みたり、膝頭ひざがしらを波に打たしてそこいらを跳はね廻まわるのは愉快であった。
 私は実に先生をこの雑沓ざっとうの間あいだに見付け出したのである。その時海岸には掛茶屋かけぢゃ
やが二軒あった。私はふとした機会はずみからその一軒の方に行き慣なれていた。長谷辺はせへんに大き
な別荘を構えている人と違って、各自めいめいに専有の着換場きがえばを拵こしらえていないここいらの
避暑客には、ぜひともこうした共同着換所といった風ふうなものが必要なのであった。彼らはここで茶を
飲み、ここで休息する外ほかに、ここで海水着を洗濯させたり、ここで鹹しおはゆい身体からだを清めた
り、ここへ帽子や傘かさを預けたりするのである。海水着を持たない私にも持物を盗まれる恐れはあった
ので、私は海へはいるたびにその茶屋へ一切いっさいを脱ぬぎ棄すてる事にしていた。



 私わたくしがその掛茶屋で先生を見た時は、先生がちょうど着物を脱いでこれから海へ入ろうとすると
ころであった。私はその時反対に濡ぬれた身体からだを風に吹かして水から上がって来た。二人の間あい
だには目を遮さえぎる幾多の黒い頭が動いていた。特別の事情のない限り、私はついに先生を見逃したか
も知れなかった。それほど浜辺が混雑し、それほど私の頭が放漫ほうまんであったにもかかわらず、私が
すぐ先生を見付け出したのは、先生が一人の西洋人を伴つれていたからである。
 その西洋人の優れて白い皮膚の色が、掛茶屋へ入るや否いなや、すぐ私の注意を惹ひいた。純粋の日本
の浴衣ゆかたを着ていた彼は、それを床几しょうぎの上にすぽりと放ほうり出したまま、腕組みをして海
の方を向いて立っていた。彼は我々の穿はく猿股さるまた一つの外ほか何物も肌に着けていなかった。私

222 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:21:31.35 ID:twPsrBe10
にはそれが第一不思議だった。私はその二日前に由井ゆいが浜はままで行って、砂の上にしゃがみながら
、長い間西洋人の海へ入る様子を眺ながめていた。私の尻しりをおろした所は少し小高い丘の上で、その
すぐ傍わきがホテルの裏口になっていたので、私の凝じっとしている間あいだに、大分だいぶ多くの男が
塩を浴びに出て来たが、いずれも胴と腕と股ももは出していなかった。女は殊更ことさら肉を隠しがちで
あった。大抵は頭に護謨製ゴムせいの頭巾ずきんを被かぶって、海老茶えびちゃや紺こんや藍あいの色を
波間に浮かしていた。そういう有様を目撃したばかりの私の眼めには、猿股一つで済まして皆みんなの前
に立っているこの西洋人がいかにも珍しく見えた。
 彼はやがて自分の傍わきを顧みて、そこにこごんでいる日本人に、一言ひとこと二言ふたこと何なにか
いった。その日本人は砂の上に落ちた手拭てぬぐいを拾い上げているところであったが、それを取り上げ
るや否や、すぐ頭を包んで、海の方へ歩き出した。その人がすなわち先生であった。
 私は単に好奇心のために、並んで浜辺を下りて行く二人の後姿うしろすがたを見守っていた。すると彼
らは真直まっすぐに波の中に足を踏み込んだ。そうして遠浅とおあさの磯近いそちかくにわいわい騒いで
いる多人数たにんずの間あいだを通り抜けて、比較的広々した所へ来ると、二人とも泳ぎ出した。彼らの
頭が小さく見えるまで沖の方へ向いて行った。それから引き返してまた一直線に浜辺まで戻って来た。掛
茶屋へ帰ると、井戸の水も浴びずに、すぐ身体からだを拭ふいて着物を着て、さっさとどこへか行ってし
まった。
 彼らの出て行った後あと、私はやはり元の床几しょうぎに腰をおろして烟草タバコを吹かしていた。そ
の時私はぽかんとしながら先生の事を考えた。どうもどこかで見た事のある顔のように思われてならなか
った。しかしどうしてもいつどこで会った人か想おもい出せずにしまった。
 その時の私は屈托くったくがないというよりむしろ無聊ぶりょうに苦しんでいた。それで翌日あくるひ
もまた先生に会った時刻を見計らって、わざわざ掛茶屋かけぢゃやまで出かけてみた。すると西洋人は来
ないで先生一人麦藁帽むぎわらぼうを被かぶってやって来た。先生は眼鏡めがねをとって台の上に置いて
、すぐ手拭てぬぐいで頭を包んで、すたすた浜を下りて行った。先生が昨日きのうのように騒がしい浴客
よくかくの中を通り抜けて、一人で泳ぎ出した時、私は急にその後あとが追い掛けたくなった。私は浅い
水を頭の上まで跳はねかして相当の深さの所まで来て、そこから先生を目標めじるしに抜手ぬきでを切っ
た。すると先生は昨日と違って、一種の弧線こせんを描えがいて、妙な方向から岸の方へ帰り始めた。そ
れで私の目的はついに達せられなかった。私が陸おかへ上がって雫しずくの垂れる手を振りながら掛茶屋
に入ると、先生はもうちゃんと着物を着て入れ違いに外へ出て行った。



 私わたくしは次の日も同じ時刻に浜へ行って先生の顔を見た。その次の日にもまた同じ事を繰り返した
。けれども物をいい掛ける機会も、挨拶あいさつをする場合も、二人の間には起らなかった。その上先生
の態度はむしろ非社交的であった。一定の時刻に超然として来て、また超然と帰って行った。周囲がいく
ら賑にぎやかでも、それにはほとんど注意を払う様子が見えなかった。最初いっしょに来た西洋人はその
後ごまるで姿を見せなかった。先生はいつでも一人であった。
 或ある時先生が例の通りさっさと海から上がって来て、いつもの場所に脱ぬぎ棄すてた浴衣ゆかたを着
ようとすると、どうした訳か、その浴衣に砂がいっぱい着いていた。先生はそれを落すために、後ろ向き
になって、浴衣を二、三度振ふるった。すると着物の下に置いてあった眼鏡が板の隙間すきまから下へ落
ちた。先生は白絣しろがすりの上へ兵児帯へこおびを締めてから、眼鏡の失なくなったのに気が付いたと
見えて、急にそこいらを探し始めた。私はすぐ腰掛こしかけの下へ首と手を突ッ込んで眼鏡を拾い出した
。先生は有難うといって、それを私の手から受け取った。
 次の日私は先生の後あとにつづいて海へ飛び込んだ。そうして先生といっしょの方角に泳いで行った。
二丁ちょうほど沖へ出ると、先生は後ろを振り返って私に話し掛けた。広い蒼あおい海の表面に浮いてい
るものは、その近所に私ら二人より外ほかになかった。そうして強い太陽の光が、眼の届く限り水と山と
を照らしていた。私は自由と歓喜に充みちた筋肉を動かして海の中で躍おどり狂った。先生はまたぱたり

223 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:21:40.28 ID:twPsrBe10
と手足の運動を已やめて仰向けになったまま浪なみの上に寝た。私もその真似まねをした。青空の色がぎ
らぎらと眼を射るように痛烈な色を私の顔に投げ付けた。「愉快ですね」と私は大きな声を出した。
 しばらくして海の中で起き上がるように姿勢を改めた先生は、「もう帰りませんか」といって私を促し
た。比較的強い体質をもった私は、もっと海の中で遊んでいたかった。しかし先生から誘われた時、私は
すぐ「ええ帰りましょう」と快く答えた。そうして二人でまた元の路みちを浜辺へ引き返した。
 私はこれから先生と懇意になった。しかし先生がどこにいるかはまだ知らなかった。
 それから中なか二日おいてちょうど三日目の午後だったと思う。先生と掛茶屋かけぢゃやで出会った時
、先生は突然私に向かって、「君はまだ大分だいぶ長くここにいるつもりですか」と聞いた。考えのない
私はこういう問いに答えるだけの用意を頭の中に蓄えていなかった。それで「どうだか分りません」と答
えた。しかしにやにや笑っている先生の顔を見た時、私は急に極きまりが悪くなった。「先生は?」と聞
き返さずにはいられなかった。これが私の口を出た先生という言葉の始まりである。
 私はその晩先生の宿を尋ねた。宿といっても普通の旅館と違って、広い寺の境内けいだいにある別荘の
ような建物であった。そこに住んでいる人の先生の家族でない事も解わかった。私が先生先生と呼び掛け
るので、先生は苦笑いをした。私はそれが年長者に対する私の口癖くちくせだといって弁解した。私はこ
の間の西洋人の事を聞いてみた。先生は彼の風変りのところや、もう鎌倉かまくらにいない事や、色々の
話をした末、日本人にさえあまり交際つきあいをもたないのに、そういう外国人と近付ちかづきになった
のは不思議だといったりした。私は最後に先生に向かって、どこかで先生を見たように思うけれども、ど
うしても思い出せないといった。若い私はその時暗あんに相手も私と同じような感じを持っていはしまい
かと疑った。そうして腹の中で先生の返事を予期してかかった。ところが先生はしばらく沈吟ちんぎんし
たあとで、「どうも君の顔には見覚みおぼえがありませんね。人違いじゃないですか」といったので私は
変に一種の失望を感じた。



 私わたくしは月の末に東京へ帰った。先生の避暑地を引き上げたのはそれよりずっと前であった。私は
先生と別れる時に、「これから折々お宅たくへ伺っても宜よござんすか」と聞いた。先生は単簡たんかん
にただ「ええいらっしゃい」といっただけであった。その時分の私は先生とよほど懇意になったつもりで
いたので、先生からもう少し濃こまやかな言葉を予期して掛かかったのである。それでこの物足りない返
事が少し私の自信を傷いためた。
 私はこういう事でよく先生から失望させられた。先生はそれに気が付いているようでもあり、また全く
気が付かないようでもあった。私はまた軽微な失望を繰り返しながら、それがために先生から離れて行く
気にはなれなかった。むしろそれとは反対で、不安に揺うごかされるたびに、もっと前へ進みたくなった
。もっと前へ進めば、私の予期するあるものが、いつか眼の前に満足に現われて来るだろうと思った。私
は若かった。けれどもすべての人間に対して、若い血がこう素直に働こうとは思わなかった。私はなぜ先
生に対してだけこんな心持が起るのか解わからなかった。それが先生の亡くなった今日こんにちになって
、始めて解って来た。先生は始めから私を嫌っていたのではなかったのである。先生が私に示した時々の
素気そっけない挨拶あいさつや冷淡に見える動作は、私を遠ざけようとする不快の表現ではなかったので
ある。傷いたましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づくほどの価値のないものだから止よせと
いう警告を与えたのである。他ひとの懐かしみに応じない先生は、他ひとを軽蔑けいべつする前に、まず
自分を軽蔑していたものとみえる。
 私は無論先生を訪ねるつもりで東京へ帰って来た。帰ってから授業の始まるまでにはまだ二週間の日数
ひかずがあるので、そのうちに一度行っておこうと思った。しかし帰って二日三日と経たつうちに、鎌倉
かまくらにいた時の気分が段々薄くなって来た。そうしてその上に彩いろどられる大都会の空気が、記憶
の復活に伴う強い刺戟しげきと共に、濃く私の心を染め付けた。私は往来で学生の顔を見るたびに新しい
学年に対する希望と緊張とを感じた。私はしばらく先生の事を忘れた。
 授業が始まって、一カ月ばかりすると私の心に、また一種の弛たるみができてきた。私は何だか不足な

224 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:21:49.23 ID:twPsrBe10
顔をして往来を歩き始めた。物欲しそうに自分の室へやの中を見廻みまわした。私の頭には再び先生の顔
が浮いて出た。私はまた先生に会いたくなった。
 始めて先生の宅うちを訪ねた時、先生は留守であった。二度目に行ったのは次の日曜だと覚えている。
晴れた空が身に沁しみ込むように感ぜられる好いい日和ひよりであった。その日も先生は留守であった。
鎌倉にいた時、私は先生自身の口から、いつでも大抵たいてい宅にいるという事を聞いた。むしろ外出嫌
いだという事も聞いた。二度来て二度とも会えなかった私は、その言葉を思い出して、理由わけもない不
満をどこかに感じた。私はすぐ玄関先を去らなかった。下女げじょの顔を見て少し躊躇ちゅうちょしてそ
こに立っていた。この前名刺を取り次いだ記憶のある下女は、私を待たしておいてまた内うちへはいった
。すると奥さんらしい人が代って出て来た。美しい奥さんであった。
 私はその人から鄭寧ていねいに先生の出先を教えられた。先生は例月その日になると雑司ヶ谷ぞうしが
やの墓地にある或ある仏へ花を手向たむけに行く習慣なのだそうである。「たった今出たばかりで、十分
になるか、ならないかでございます」と奥さんは気の毒そうにいってくれた。私は会釈えしゃくして外へ
出た。賑にぎやかな町の方へ一丁ちょうほど歩くと、私も散歩がてら雑司ヶ谷へ行ってみる気になった。
先生に会えるか会えないかという好奇心も動いた。それですぐ踵きびすを回めぐらした。



 私わたくしは墓地の手前にある苗畠なえばたけの左側からはいって、両方に楓かえでを植え付けた広い
道を奥の方へ進んで行った。するとその端はずれに見える茶店ちゃみせの中から先生らしい人がふいと出
て来た。私はその人の眼鏡めがねの縁ふちが日に光るまで近く寄って行った。そうして出し抜けに「先生
」と大きな声を掛けた。先生は突然立ち留まって私の顔を見た。
「どうして……、どうして……」
 先生は同じ言葉を二遍へん繰り返した。その言葉は森閑しんかんとした昼の中うちに異様な調子をもっ
て繰り返された。私は急に何とも応こたえられなくなった。
「私の後あとを跟つけて来たのですか。どうして……」
 先生の態度はむしろ落ち付いていた。声はむしろ沈んでいた。けれどもその表情の中うちには判然はっ
きりいえないような一種の曇りがあった。
 私は私がどうしてここへ来たかを先生に話した。
「誰だれの墓へ参りに行ったか、妻さいがその人の名をいいましたか」
「いいえ、そんな事は何もおっしゃいません」
「そうですか。――そう、それはいうはずがありませんね、始めて会ったあなたに。いう必要がないんだ
から」
 先生はようやく得心とくしんしたらしい様子であった。しかし私にはその意味がまるで解わからなかっ
た。
 先生と私は通りへ出ようとして墓の間を抜けた。依撒伯拉何々イサベラなになにの墓だの、神僕しんぼ
くロギンの墓だのという傍かたわらに、一切衆生悉有仏生いっさいしゅじょうしつうぶっしょうと書いた
塔婆とうばなどが建ててあった。全権公使何々というのもあった。私は安得烈と彫ほり付けた小さい墓の
前で、「これは何と読むんでしょう」と先生に聞いた。「アンドレとでも読ませるつもりでしょうね」と
いって先生は苦笑した。
 先生はこれらの墓標が現わす人種々ひとさまざまの様式に対して、私ほどに滑稽こっけいもアイロニー
も認めてないらしかった。私が丸い墓石はかいしだの細長い御影みかげの碑ひだのを指して、しきりにか
れこれいいたがるのを、始めのうちは黙って聞いていたが、しまいに「あなたは死という事実をまだ真面
目まじめに考えた事がありませんね」といった。私は黙った。先生もそれぎり何ともいわなくなった。
 墓地の区切り目に、大きな銀杏いちょうが一本空を隠すように立っていた。その下へ来た時、先生は高
い梢こずえを見上げて、「もう少しすると、綺麗きれいですよ。この木がすっかり黄葉こうようして、こ
こいらの地面は金色きんいろの落葉で埋うずまるようになります」といった。先生は月に一度ずつは必ず
この木の下を通るのであった。
 向うの方で凸凹でこぼこの地面をならして新墓地を作っている男が、鍬くわの手を休めて私たちを見て
いた。私たちはそこから左へ切れてすぐ街道へ出た。
 これからどこへ行くという目的あてのない私は、ただ先生の歩く方へ歩いて行った。先生はいつもより
口数を利きかなかった。それでも私はさほどの窮屈を感じなかったので、ぶらぶらいっしょに歩いて行っ

225 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:21:58.23 ID:twPsrBe10
た。
「すぐお宅たくへお帰りですか」
「ええ別に寄る所もありませんから」
 二人はまた黙って南の方へ坂を下りた。
「先生のお宅の墓地はあすこにあるんですか」と私がまた口を利き出した。
「いいえ」
「どなたのお墓があるんですか。――ご親類のお墓ですか」
「いいえ」
 先生はこれ以外に何も答えなかった。私もその話はそれぎりにして切り上げた。すると一町ちょうほど
歩いた後あとで、先生が不意にそこへ戻って来た。
「あすこには私の友達の墓があるんです」
「お友達のお墓へ毎月まいげつお参りをなさるんですか」
「そうです」
 先生はその日これ以外を語らなかった。



 私はそれから時々先生を訪問するようになった。行くたびに先生は在宅であった。先生に会う度数どす
うが重なるにつれて、私はますます繁しげく先生の玄関へ足を運んだ。
 けれども先生の私に対する態度は初めて挨拶あいさつをした時も、懇意になったその後のちも、あまり
変りはなかった。先生は何時いつも静かであった。ある時は静か過ぎて淋さびしいくらいであった。私は
最初から先生には近づきがたい不思議があるように思っていた。それでいて、どうしても近づかなければ
いられないという感じが、どこかに強く働いた。こういう感じを先生に対してもっていたものは、多くの
人のうちであるいは私だけかも知れない。しかしその私だけにはこの直感が後のちになって事実の上に証
拠立てられたのだから、私は若々しいといわれても、馬鹿ばかげていると笑われても、それを見越した自
分の直覚をとにかく頼もしくまた嬉うれしく思っている。人間を愛し得うる人、愛せずにはいられない人
、それでいて自分の懐ふところに入いろうとするものを、手をひろげて抱き締める事のできない人、――
これが先生であった。
 今いった通り先生は始終静かであった。落ち付いていた。けれども時として変な曇りがその顔を横切る
事があった。窓に黒い鳥影が射さすように。射すかと思うと、すぐ消えるには消えたが。私が始めてその
曇りを先生の眉間みけんに認めたのは、雑司ヶ谷ぞうしがやの墓地で、不意に先生を呼び掛けた時であっ
た。私はその異様の瞬間に、今まで快く流れていた心臓の潮流をちょっと鈍らせた。しかしそれは単に一
時の結滞けったいに過ぎなかった。私の心は五分と経たたないうちに平素の弾力を回復した。私はそれぎ
り暗そうなこの雲の影を忘れてしまった。ゆくりなくまたそれを思い出させられたのは、小春こはるの尽
きるに間まのない或ある晩の事であった。
 先生と話していた私は、ふと先生がわざわざ注意してくれた銀杏いちょうの大樹たいじゅを眼めの前に
想おもい浮かべた。勘定してみると、先生が毎月例まいげつれいとして墓参に行く日が、それからちょう
ど三日目に当っていた。その三日目は私の課業が午ひるで終おえる楽な日であった。私は先生に向かって
こういった。
「先生雑司ヶ谷ぞうしがやの銀杏はもう散ってしまったでしょうか」
「まだ空坊主からぼうずにはならないでしょう」
 先生はそう答えながら私の顔を見守った。そうしてそこからしばし眼を離さなかった。私はすぐいった

「今度お墓参はかまいりにいらっしゃる時にお伴ともをしても宜よござんすか。私は先生といっしょにあ
すこいらが散歩してみたい」
「私は墓参りに行くんで、散歩に行くんじゃないですよ」
「しかしついでに散歩をなすったらちょうど好いいじゃありませんか」
 先生は何とも答えなかった。しばらくしてから、「私のは本当の墓参りだけなんだから」といって、ど
こまでも墓参ぼさんと散歩を切り離そうとする風ふうに見えた。私と行きたくない口実だか何だか、私に
はその時の先生が、いかにも子供らしくて変に思われた。私はなおと先へ出る気になった。
「じゃお墓参りでも好いいからいっしょに伴つれて行って下さい。私もお墓参りをしますから」

226 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:22:07.36 ID:twPsrBe10
 実際私には墓参と散歩との区別がほとんど無意味のように思われたのである。すると先生の眉まゆがち
ょっと曇った。眼のうちにも異様の光が出た。それは迷惑とも嫌悪けんおとも畏怖いふとも片付けられな
い微かすかな不安らしいものであった。私は忽たちまち雑司ヶ谷で「先生」と呼び掛けた時の記憶を強く
思い起した。二つの表情は全く同じだったのである。
「私は」と先生がいった。「私はあなたに話す事のできないある理由があって、他ひとといっしょにあす
こへ墓参りには行きたくないのです。自分の妻さいさえまだ伴れて行った事がないのです」



 私わたくしは不思議に思った。しかし私は先生を研究する気でその宅うちへ出入でいりをするのではな
かった。私はただそのままにして打ち過ぎた。今考えるとその時の私の態度は、私の生活のうちでむしろ
尊たっとむべきものの一つであった。私は全くそのために先生と人間らしい温かい交際つきあいができた
のだと思う。もし私の好奇心が幾分でも先生の心に向かって、研究的に働き掛けたなら、二人の間を繋つ
なぐ同情の糸は、何の容赦もなくその時ふつりと切れてしまったろう。若い私は全く自分の態度を自覚し
ていなかった。それだから尊たっといのかも知れないが、もし間違えて裏へ出たとしたら、どんな結果が
二人の仲に落ちて来たろう。私は想像してもぞっとする。先生はそれでなくても、冷たい眼まなこで研究
されるのを絶えず恐れていたのである。
 私は月に二度もしくは三度ずつ必ず先生の宅うちへ行くようになった。私の足が段々繁しげくなった時
のある日、先生は突然私に向かって聞いた。
「あなたは何でそうたびたび私のようなものの宅へやって来るのですか」
「何でといって、そんな特別な意味はありません。――しかしお邪魔じゃまなんですか」
「邪魔だとはいいません」
 なるほど迷惑という様子は、先生のどこにも見えなかった。私は先生の交際の範囲の極きわめて狭い事
を知っていた。先生の元の同級生などで、その頃ころ東京にいるものはほとんど二人か三人しかないとい
う事も知っていた。先生と同郷の学生などには時たま座敷で同座する場合もあったが、彼らのいずれもは
皆みんな私ほど先生に親しみをもっていないように見受けられた。
「私は淋さびしい人間です」と先生がいった。「だからあなたの来て下さる事を喜んでいます。だからな
ぜそうたびたび来るのかといって聞いたのです」
「そりゃまたなぜです」
 私がこう聞き返した時、先生は何とも答えなかった。ただ私の顔を見て「あなたは幾歳いくつですか」
といった。
 この問答は私にとってすこぶる不得要領ふとくようりょうのものであったが、私はその時底そこまで押
さずに帰ってしまった。しかもそれから四日と経たたないうちにまた先生を訪問した。先生は座敷へ出る
や否いなや笑い出した。
「また来ましたね」といった。
「ええ来ました」といって自分も笑った。
 私は外ほかの人からこういわれたらきっと癪しゃくに触さわったろうと思う。しかし先生にこういわれ
た時は、まるで反対であった。癪に触らないばかりでなくかえって愉快だった。
「私は淋さびしい人間です」と先生はその晩またこの間の言葉を繰り返した。「私は淋しい人間ですが、
ことによるとあなたも淋しい人間じゃないですか。私は淋しくっても年を取っているから、動かずにいら
れるが、若いあなたはそうは行かないのでしょう。動けるだけ動きたいのでしょう。動いて何かに打ぶつ
かりたいのでしょう……」
「私はちっとも淋さむしくはありません」
「若いうちほど淋さむしいものはありません。そんならなぜあなたはそうたびたび私の宅うちへ来るので
すか」
 ここでもこの間の言葉がまた先生の口から繰り返された。
「あなたは私に会ってもおそらくまだ淋さびしい気がどこかでしているでしょう。私にはあなたのために
その淋しさを根元ねもとから引き抜いて上げるだけの力がないんだから。あなたは外ほかの方を向いて今
に手を広げなければならなくなります。今に私の宅の方へは足が向かなくなります」
 先生はこういって淋しい笑い方をした。

227 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:22:16.23 ID:twPsrBe10


 幸さいわいにして先生の予言は実現されずに済んだ。経験のない当時の私わたくしは、この予言の中う
ちに含まれている明白な意義さえ了解し得なかった。私は依然として先生に会いに行った。その内うちい
つの間にか先生の食卓で飯めしを食うようになった。自然の結果奥さんとも口を利きかなければならない
ようになった。
 普通の人間として私は女に対して冷淡ではなかった。けれども年の若い私の今まで経過して来た境遇か
らいって、私はほとんど交際らしい交際を女に結んだ事がなかった。それが源因げんいんかどうかは疑問
だが、私の興味は往来で出合う知りもしない女に向かって多く働くだけであった。先生の奥さんにはその
前玄関で会った時、美しいという印象を受けた。それから会うたんびに同じ印象を受けない事はなかった
。しかしそれ以外に私はこれといってとくに奥さんについて語るべき何物ももたないような気がした。
 これは奥さんに特色がないというよりも、特色を示す機会が来なかったのだと解釈する方が正当かも知
れない。しかし私はいつでも先生に付属した一部分のような心持で奥さんに対していた。奥さんも自分の
夫の所へ来る書生だからという好意で、私を遇していたらしい。だから中間に立つ先生を取り除のければ
、つまり二人はばらばらになっていた。それで始めて知り合いになった時の奥さんについては、ただ美し
いという外ほかに何の感じも残っていない。
 ある時私は先生の宅うちで酒を飲まされた。その時奥さんが出て来て傍そばで酌しゃくをしてくれた。
先生はいつもより愉快そうに見えた。奥さんに「お前も一つお上がり」といって、自分の呑のみ干した盃
さかずきを差した。奥さんは「私は……」と辞退しかけた後あと、迷惑そうにそれを受け取った。奥さん
は綺麗きれいな眉まゆを寄せて、私の半分ばかり注ついで上げた盃を、唇の先へ持って行った。奥さんと
先生の間に下しものような会話が始まった。
「珍らしい事。私に呑めとおっしゃった事は滅多めったにないのにね」
「お前は嫌きらいだからさ。しかし稀たまには飲むといいよ。好いい心持になるよ」
「ちっともならないわ。苦しいぎりで。でもあなたは大変ご愉快ゆかいそうね、少しご酒しゅを召し上が
ると」
「時によると大変愉快になる。しかしいつでもというわけにはいかない」
「今夜はいかがです」
「今夜は好いい心持だね」
「これから毎晩少しずつ召し上がると宜よござんすよ」
「そうはいかない」
「召し上がって下さいよ。その方が淋さむしくなくって好いから」
 先生の宅うちは夫婦と下女げじょだけであった。行くたびに大抵たいていはひそりとしていた。高い笑
い声などの聞こえる試しはまるでなかった。或ある時ときは宅の中にいるものは先生と私だけのような気
がした。
「子供でもあると好いんですがね」と奥さんは私の方を向いていった。私は「そうですな」と答えた。し
かし私の心には何の同情も起らなかった。子供を持った事のないその時の私は、子供をただ蒼蠅うるさい
もののように考えていた。
「一人貰もらってやろうか」と先生がいった。
「貰もらいッ子じゃ、ねえあなた」と奥さんはまた私の方を向いた。
「子供はいつまで経たったってできっこないよ」と先生がいった。
 奥さんは黙っていた。「なぜです」と私が代りに聞いた時先生は「天罰だからさ」といって高く笑った




 私わたくしの知る限り先生と奥さんとは、仲の好いい夫婦の一対いっついであった。家庭の一員として
暮した事のない私のことだから、深い消息は無論解わからなかったけれども、座敷で私と対坐たいざして
いる時、先生は何かのついでに、下女げじょを呼ばないで、奥さんを呼ぶ事があった。(奥さんの名は静
しずといった)。先生は「おい静」といつでも襖ふすまの方を振り向いた。その呼びかたが私には優やさ
しく聞こえた。返事をして出て来る奥さんの様子も甚はなはだ素直であった。ときたまご馳走ちそうにな
って、奥さんが席へ現われる場合などには、この関係が一層明らかに二人の間あいだに描えがき出される

228 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:22:25.27 ID:twPsrBe10
ようであった。
 先生は時々奥さんを伴つれて、音楽会だの芝居だのに行った。それから夫婦づれで一週間以内の旅行を
した事も、私の記憶によると、二、三度以上あった。私は箱根はこねから貰った絵端書えはがきをまだ持
っている。日光にっこうへ行った時は紅葉もみじの葉を一枚封じ込めた郵便も貰った。
 当時の私の眼に映った先生と奥さんの間柄はまずこんなものであった。そのうちにたった一つの例外が
あった。ある日私がいつもの通り、先生の玄関から案内を頼もうとすると、座敷の方でだれかの話し声が
した。よく聞くと、それが尋常の談話でなくって、どうも言逆いさかいらしかった。先生の宅は玄関の次
がすぐ座敷になっているので、格子こうしの前に立っていた私の耳にその言逆いさかいの調子だけはほぼ
分った。そうしてそのうちの一人が先生だという事も、時々高まって来る男の方の声で解った。相手は先
生よりも低い音おんなので、誰だか判然はっきりしなかったが、どうも奥さんらしく感ぜられた。泣いて
いるようでもあった。私はどうしたものだろうと思って玄関先で迷ったが、すぐ決心をしてそのまま下宿
へ帰った。
 妙に不安な心持が私を襲って来た。私は書物を読んでも呑のみ込む能力を失ってしまった。約一時間ば
かりすると先生が窓の下へ来て私の名を呼んだ。私は驚いて窓を開けた。先生は散歩しようといって、下
から私を誘った。先刻さっき帯の間へ包くるんだままの時計を出して見ると、もう八時過ぎであった。私
は帰ったなりまだ袴はかまを着けていた。私はそれなりすぐ表へ出た。
 その晩私は先生といっしょに麦酒ビールを飲んだ。先生は元来酒量に乏しい人であった。ある程度まで
飲んで、それで酔えなければ、酔うまで飲んでみるという冒険のできない人であった。
「今日は駄目だめです」といって先生は苦笑した。
「愉快になれませんか」と私は気の毒そうに聞いた。
 私の腹の中には始終先刻さっきの事が引ひっ懸かかっていた。肴さかなの骨が咽喉のどに刺さった時の
ように、私は苦しんだ。打ち明けてみようかと考えたり、止よした方が好よかろうかと思い直したりする
動揺が、妙に私の様子をそわそわさせた。
「君、今夜はどうかしていますね」と先生の方からいい出した。「実は私も少し変なのですよ。君に分り
ますか」
 私は何の答えもし得なかった。
「実は先刻さっき妻さいと少し喧嘩けんかをしてね。それで下くだらない神経を昂奮こうふんさせてしま
ったんです」と先生がまたいった。
「どうして……」
 私には喧嘩という言葉が口へ出て来なかった。
「妻が私を誤解するのです。それを誤解だといって聞かせても承知しないのです。つい腹を立てたのです

「どんなに先生を誤解なさるんですか」
 先生は私のこの問いに答えようとはしなかった。
「妻が考えているような人間なら、私だってこんなに苦しんでいやしない」
 先生がどんなに苦しんでいるか、これも私には想像の及ばない問題であった。



 二人が帰るとき歩きながらの沈黙が一丁ちょうも二丁もつづいた。その後あとで突然先生が口を利きき
出した。
「悪い事をした。怒って出たから妻さいはさぞ心配をしているだろう。考えると女は可哀かわいそうなも
のですね。私わたくしの妻などは私より外ほかにまるで頼りにするものがないんだから」
 先生の言葉はちょっとそこで途切とぎれたが、別に私の返事を期待する様子もなく、すぐその続きへ移
って行った。
「そういうと、夫の方はいかにも心丈夫のようで少し滑稽こっけいだが。君、私は君の眼にどう映ります
かね。強い人に見えますか、弱い人に見えますか」
「中位ちゅうぐらいに見えます」と私は答えた。この答えは先生にとって少し案外らしかった。先生はま
た口を閉じて、無言で歩き出した。
 先生の宅うちへ帰るには私の下宿のつい傍そばを通るのが順路であった。私はそこまで来て、曲り角で
分れるのが先生に済まないような気がした。「ついでにお宅たくの前までお伴ともしましょうか」といっ

229 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:22:34.32 ID:twPsrBe10
た。先生は忽たちまち手で私を遮さえぎった。
「もう遅いから早く帰りたまえ。私も早く帰ってやるんだから、妻君さいくんのために」
 先生が最後に付け加えた「妻君のために」という言葉は妙にその時の私の心を暖かにした。私はその言
葉のために、帰ってから安心して寝る事ができた。私はその後ごも長い間この「妻君のために」という言
葉を忘れなかった。
 先生と奥さんの間に起った波瀾はらんが、大したものでない事はこれでも解わかった。それがまた滅多
めったに起る現象でなかった事も、その後絶えず出入でいりをして来た私にはほぼ推察ができた。それど
ころか先生はある時こんな感想すら私に洩もらした。
「私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。妻さい以外の女はほとんど女として私に訴えな
いのです。妻の方でも、私を天下にただ一人しかない男と思ってくれています。そういう意味からいって
、私たちは最も幸福に生れた人間の一対いっついであるべきはずです」
 私は今前後の行ゆき掛がかりを忘れてしまったから、先生が何のためにこんな自白を私にして聞かせた
のか、判然はっきりいう事ができない。けれども先生の態度の真面目まじめであったのと、調子の沈んで
いたのとは、いまだに記憶に残っている。その時ただ私の耳に異様に響いたのは、「最も幸福に生れた人
間の一対であるべきはずです」という最後の一句であった。先生はなぜ幸福な人間といい切らないで、あ
るべきはずであると断わったのか。私にはそれだけが不審であった。ことにそこへ一種の力を入れた先生
の語気が不審であった。先生は事実はたして幸福なのだろうか、また幸福であるべきはずでありながら、
それほど幸福でないのだろうか。私は心の中うちで疑うたぐらざるを得なかった。けれどもその疑いは一
時限りどこかへ葬ほうむられてしまった。
 私はそのうち先生の留守に行って、奥さんと二人差向さしむかいで話をする機会に出合った。先生はそ
の日横浜よこはまを出帆しゅっぱんする汽船に乗って外国へ行くべき友人を新橋しんばしへ送りに行って
留守であった。横浜から船に乗る人が、朝八時半の汽車で新橋を立つのはその頃ころの習慣であった。私
はある書物について先生に話してもらう必要があったので、あらかじめ先生の承諾を得た通り、約束の九
時に訪問した。先生の新橋行きは前日わざわざ告別に来た友人に対する礼義れいぎとしてその日突然起っ
た出来事であった。先生はすぐ帰るから留守でも私に待っているようにといい残して行った。それで私は
座敷へ上がって、先生を待つ間、奥さんと話をした。

十一

 その時の私わたくしはすでに大学生であった。始めて先生の宅うちへ来た頃ころから見るとずっと成人
した気でいた。奥さんとも大分だいぶ懇意になった後のちであった。私は奥さんに対して何の窮屈も感じ
なかった。差向さしむかいで色々の話をした。しかしそれは特色のないただの談話だから、今ではまるで
忘れてしまった。そのうちでたった一つ私の耳に留まったものがある。しかしそれを話す前に、ちょっと
断っておきたい事がある。
 先生は大学出身であった。これは始めから私に知れていた。しかし先生の何もしないで遊んでいるとい
う事は、東京へ帰って少し経たってから始めて分った。私はその時どうして遊んでいられるのかと思った

 先生はまるで世間に名前を知られていない人であった。だから先生の学問や思想については、先生と密
切みっせつの関係をもっている私より外ほかに敬意を払うもののあるべきはずがなかった。それを私は常
に惜おしい事だといった。先生はまた「私のようなものが世の中へ出て、口を利きいては済まない」と答
えるぎりで、取り合わなかった。私にはその答えが謙遜けんそん過ぎてかえって世間を冷評するようにも
聞こえた。実際先生は時々昔の同級生で今著名になっている誰彼だれかれを捉とらえて、ひどく無遠慮な
批評を加える事があった。それで私は露骨にその矛盾を挙げて云々うんぬんしてみた。私の精神は反抗の
意味というよりも、世間が先生を知らないで平気でいるのが残念だったからである。その時先生は沈んだ
調子で、「どうしても私は世間に向かって働き掛ける資格のない男だから仕方がありません」といった。
先生の顔には深い一種の表情がありありと刻まれた。私にはそれが失望だか、不平だか、悲哀だか、解わ
からなかったけれども、何しろ二の句の継げないほどに強いものだったので、私はそれぎり何もいう勇気
が出なかった。
 私が奥さんと話している間に、問題が自然先生の事からそこへ落ちて来た。

230 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:22:43.27 ID:twPsrBe10
「先生はなぜああやって、宅で考えたり勉強したりなさるだけで、世の中へ出て仕事をなさらないんでし
ょう」
「あの人は駄目だめですよ。そういう事が嫌いなんですから」
「つまり下くだらない事だと悟っていらっしゃるんでしょうか」
「悟るの悟らないのって、――そりゃ女だからわたくしには解りませんけれど、おそらくそんな意味じゃ
ないでしょう。やっぱり何かやりたいのでしょう。それでいてできないんです。だから気の毒ですわ」
「しかし先生は健康からいって、別にどこも悪いところはないようじゃありませんか」
「丈夫ですとも。何にも持病はありません」
「それでなぜ活動ができないんでしょう」
「それが解わからないのよ、あなた。それが解るくらいなら私だって、こんなに心配しやしません。わか
らないから気の毒でたまらないんです」
 奥さんの語気には非常に同情があった。それでも口元だけには微笑が見えた。外側からいえば、私の方
がむしろ真面目まじめだった。私はむずかしい顔をして黙っていた。すると奥さんが急に思い出したよう
にまた口を開いた。
「若い時はあんな人じゃなかったんですよ。若い時はまるで違っていました。それが全く変ってしまった
んです」
「若い時っていつ頃ですか」と私が聞いた。
「書生時代よ」
「書生時代から先生を知っていらっしゃったんですか」
 奥さんは急に薄赤い顔をした。

十二

 奥さんは東京の人であった。それはかつて先生からも奥さん自身からも聞いて知っていた。奥さんは「
本当いうと合あいの子こなんですよ」といった。奥さんの父親はたしか鳥取とっとりかどこかの出である
のに、お母さんの方はまだ江戸といった時分じぶんの市ヶ谷いちがやで生れた女なので、奥さんは冗談半
分そういったのである。ところが先生は全く方角違いの新潟にいがた県人であった。だから奥さんがもし
先生の書生時代を知っているとすれば、郷里の関係からでない事は明らかであった。しかし薄赤い顔をし
た奥さんはそれより以上の話をしたくないようだったので、私の方でも深くは聞かずにおいた。
 先生と知り合いになってから先生の亡くなるまでに、私はずいぶん色々の問題で先生の思想や情操に触
れてみたが、結婚当時の状況については、ほとんど何ものも聞き得なかった。私は時によると、それを善
意に解釈してもみた。年輩の先生の事だから、艶なまめかしい回想などを若いものに聞かせるのはわざと
慎つつしんでいるのだろうと思った。時によると、またそれを悪くも取った。先生に限らず、奥さんに限
らず、二人とも私に比べると、一時代前の因襲のうちに成人したために、そういう艶つやっぽい問題にな
ると、正直に自分を開放するだけの勇気がないのだろうと考えた。もっともどちらも推測に過ぎなかった
。そうしてどちらの推測の裏にも、二人の結婚の奥に横たわる花やかなロマンスの存在を仮定していた。
 私の仮定ははたして誤らなかった。けれども私はただ恋の半面だけを想像に描えがき得たに過ぎなかっ
た。先生は美しい恋愛の裏に、恐ろしい悲劇を持っていた。そうしてその悲劇のどんなに先生にとって見
惨みじめなものであるかは相手の奥さんにまるで知れていなかった。奥さんは今でもそれを知らずにいる
。先生はそれを奥さんに隠して死んだ。先生は奥さんの幸福を破壊する前に、まず自分の生命を破壊して
しまった。
 私は今この悲劇について何事も語らない。その悲劇のためにむしろ生れ出たともいえる二人の恋愛につ
いては、先刻さっきいった通りであった。二人とも私にはほとんど何も話してくれなかった。奥さんは慎
みのために、先生はまたそれ以上の深い理由のために。
 ただ一つ私の記憶に残っている事がある。或ある時花時分はなじぶんに私は先生といっしょに上野うえ
のへ行った。そうしてそこで美しい一対いっついの男女なんにょを見た。彼らは睦むつまじそうに寄り添
って花の下を歩いていた。場所が場所なので、花よりもそちらを向いて眼を峙そばだてている人が沢山あ
った。
「新婚の夫婦のようだね」と先生がいった。
「仲が好よさそうですね」と私が答えた。
 先生は苦笑さえしなかった。二人の男女を視線の外ほかに置くような方角へ足を向けた。それから私に

231 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:22:52.29 ID:twPsrBe10
こう聞いた。
「君は恋をした事がありますか」
 私はないと答えた。
「恋をしたくはありませんか」
 私は答えなかった。
「したくない事はないでしょう」
「ええ」
「君は今あの男と女を見て、冷評ひやかしましたね。あの冷評ひやかしのうちには君が恋を求めながら相
手を得られないという不快の声が交まじっていましょう」
「そんな風ふうに聞こえましたか」
「聞こえました。恋の満足を味わっている人はもっと暖かい声を出すものです。しかし……しかし君、恋
は罪悪ですよ。解わかっていますか」
 私は急に驚かされた。何とも返事をしなかった。

十三

 我々は群集の中にいた。群集はいずれも嬉うれしそうな顔をしていた。そこを通り抜けて、花も人も見
えない森の中へ来るまでは、同じ問題を口にする機会がなかった。
「恋は罪悪ですか」と私わたくしがその時突然聞いた。
「罪悪です。たしかに」と答えた時の先生の語気は前と同じように強かった。
「なぜですか」
「なぜだか今に解ります。今にじゃない、もう解っているはずです。あなたの心はとっくの昔からすでに
恋で動いているじゃありませんか」
 私は一応自分の胸の中を調べて見た。けれどもそこは案外に空虚であった。思いあたるようなものは何
にもなかった。
「私の胸の中にこれという目的物は一つもありません。私は先生に何も隠してはいないつもりです」
「目的物がないから動くのです。あれば落ち付けるだろうと思って動きたくなるのです」
「今それほど動いちゃいません」
「あなたは物足りない結果私の所に動いて来たじゃありませんか」
「それはそうかも知れません。しかしそれは恋とは違います」
「恋に上のぼる楷段かいだんなんです。異性と抱き合う順序として、まず同性の私の所へ動いて来たので
す」
「私には二つのものが全く性質を異ことにしているように思われます」
「いや同じです。私は男としてどうしてもあなたに満足を与えられない人間なのです。それから、ある特
別の事情があって、なおさらあなたに満足を与えられないでいるのです。私は実際お気の毒に思っていま
す。あなたが私からよそへ動いて行くのは仕方がない。私はむしろそれを希望しているのです。しかし…
…」
 私は変に悲しくなった。
「私が先生から離れて行くようにお思いになれば仕方がありませんが、私にそんな気の起った事はまだあ
りません」
 先生は私の言葉に耳を貸さなかった。
「しかし気を付けないといけない。恋は罪悪なんだから。私の所では満足が得られない代りに危険もない
が、――君、黒い長い髪で縛られた時の心持を知っていますか」
 私は想像で知っていた。しかし事実としては知らなかった。いずれにしても先生のいう罪悪という意味
は朦朧もうろうとしてよく解わからなかった。その上私は少し不愉快になった。
「先生、罪悪という意味をもっと判然はっきりいって聞かして下さい。それでなければこの問題をここで
切り上げて下さい。私自身に罪悪という意味が判然解るまで」
「悪い事をした。私はあなたに真実まことを話している気でいた。ところが実際は、あなたを焦慮じらし
ていたのだ。私は悪い事をした」
 先生と私とは博物館の裏から鶯渓うぐいすだにの方角に静かな歩調で歩いて行った。垣の隙間すきまか
ら広い庭の一部に茂る熊笹くまざさが幽邃ゆうすいに見えた。

232 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:23:01.28 ID:twPsrBe10
「君は私がなぜ毎月まいげつ雑司ヶ谷ぞうしがやの墓地に埋うまっている友人の墓へ参るのか知っていま
すか」
 先生のこの問いは全く突然であった。しかも先生は私がこの問いに対して答えられないという事もよく
承知していた。私はしばらく返事をしなかった。すると先生は始めて気が付いたようにこういった。
「また悪い事をいった。焦慮じらせるのが悪いと思って、説明しようとすると、その説明がまたあなたを
焦慮せるような結果になる。どうも仕方がない。この問題はこれで止やめましょう。とにかく恋は罪悪で
すよ、よござんすか。そうして神聖なものですよ」
 私には先生の話がますます解わからなくなった。しかし先生はそれぎり恋を口にしなかった。

十四

 年の若い私わたくしはややともすると一図いちずになりやすかった。少なくとも先生の眼にはそう映っ
ていたらしい。私には学校の講義よりも先生の談話の方が有益なのであった。教授の意見よりも先生の思
想の方が有難いのであった。とどの詰まりをいえば、教壇に立って私を指導してくれる偉い人々よりもた
だ独ひとりを守って多くを語らない先生の方が偉く見えたのであった。
「あんまり逆上のぼせちゃいけません」と先生がいった。
「覚さめた結果としてそう思うんです」と答えた時の私には充分の自信があった。その自信を先生は肯う
けがってくれなかった。
「あなたは熱に浮かされているのです。熱がさめると厭いやになります。私は今のあなたからそれほどに
思われるのを、苦しく感じています。しかしこれから先のあなたに起るべき変化を予想して見ると、なお
苦しくなります」
「私はそれほど軽薄に思われているんですか。それほど不信用なんですか」
「私はお気の毒に思うのです」
「気の毒だが信用されないとおっしゃるんですか」
 先生は迷惑そうに庭の方を向いた。その庭に、この間まで重そうな赤い強い色をぽたぽた点じていた椿
つばきの花はもう一つも見えなかった。先生は座敷からこの椿の花をよく眺ながめる癖があった。
「信用しないって、特にあなたを信用しないんじゃない。人間全体を信用しないんです」
 その時生垣いけがきの向うで金魚売りらしい声がした。その外ほかには何の聞こえるものもなかった。
大通りから二丁ちょうも深く折れ込んだ小路こうじは存外ぞんがい静かであった。家うちの中はいつもの
通りひっそりしていた。私は次の間まに奥さんのいる事を知っていた。黙って針仕事か何かしている奥さ
んの耳に私の話し声が聞こえるという事も知っていた。しかし私は全くそれを忘れてしまった。
「じゃ奥さんも信用なさらないんですか」と先生に聞いた。
 先生は少し不安な顔をした。そうして直接の答えを避けた。
「私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分が信用できないから、人も信用できないよう
になっているのです。自分を呪のろうより外ほかに仕方がないのです」
「そうむずかしく考えれば、誰だって確かなものはないでしょう」
「いや考えたんじゃない。やったんです。やった後で驚いたんです。そうして非常に怖こわくなったんで
す」
 私はもう少し先まで同じ道を辿たどって行きたかった。すると襖ふすまの陰で「あなた、あなた」とい
う奥さんの声が二度聞こえた。先生は二度目に「何だい」といった。奥さんは「ちょっと」と先生を次の
間まへ呼んだ。二人の間にどんな用事が起ったのか、私には解わからなかった。それを想像する余裕を与
えないほど早く先生はまた座敷へ帰って来た。
「とにかくあまり私を信用してはいけませんよ。今に後悔するから。そうして自分が欺あざむかれた返報
に、残酷な復讐ふくしゅうをするようになるものだから」
「そりゃどういう意味ですか」
「かつてはその人の膝ひざの前に跪ひざまずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載のせさせ
ようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥しりぞけたいと思うのです。私は今
より一層淋さびしい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己おの
れとに充みちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょ
う」
 私はこういう覚悟をもっている先生に対して、いうべき言葉を知らなかった。

233 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:23:10.30 ID:twPsrBe10
十五

 その後ご私わたくしは奥さんの顔を見るたびに気になった。先生は奥さんに対しても始終こういう態度
に出るのだろうか。もしそうだとすれば、奥さんはそれで満足なのだろうか。
 奥さんの様子は満足とも不満足とも極きめようがなかった。私はそれほど近く奥さんに接触する機会が
なかったから。それから奥さんは私に会うたびに尋常であったから。最後に先生のいる席でなければ私と
奥さんとは滅多めったに顔を合せなかったから。
 私の疑惑はまだその上にもあった。先生の人間に対するこの覚悟はどこから来るのだろうか。ただ冷た
い眼で自分を内省したり現代を観察したりした結果なのだろうか。先生は坐すわって考える質たちの人で
あった。先生の頭さえあれば、こういう態度は坐って世の中を考えていても自然と出て来るものだろうか
。私にはそうばかりとは思えなかった。先生の覚悟は生きた覚悟らしかった。火に焼けて冷却し切った石
造せきぞう家屋の輪廓りんかくとは違っていた。私の眼に映ずる先生はたしかに思想家であった。けれど
もその思想家の纏まとめ上げた主義の裏には、強い事実が織り込まれているらしかった。自分と切り離さ
れた他人の事実でなくって、自分自身が痛切に味わった事実、血が熱くなったり脈が止まったりするほど
の事実が、畳み込まれているらしかった。
 これは私の胸で推測するがものはない。先生自身すでにそうだと告白していた。ただその告白が雲の峯
みねのようであった。私の頭の上に正体の知れない恐ろしいものを蔽おおい被かぶせた。そうしてなぜそ
れが恐ろしいか私にも解わからなかった。告白はぼうとしていた。それでいて明らかに私の神経を震ふる
わせた。
 私は先生のこの人生観の基点に、或ある強烈な恋愛事件を仮定してみた。(無論先生と奥さんとの間に
起った)。先生がかつて恋は罪悪だといった事から照らし合せて見ると、多少それが手掛てがかりにもな
った。しかし先生は現に奥さんを愛していると私に告げた。すると二人の恋からこんな厭世えんせいに近
い覚悟が出ようはずがなかった。「かつてはその人の前に跪ひざまずいたという記憶が、今度はその人の
頭の上に足を載のせさせようとする」といった先生の言葉は、現代一般の誰彼たれかれについて用いられ
るべきで、先生と奥さんの間には当てはまらないもののようでもあった。
 雑司ヶ谷ぞうしがやにある誰だれだか分らない人の墓、――これも私の記憶に時々動いた。私はそれが
先生と深い縁故のある墓だという事を知っていた。先生の生活に近づきつつありながら、近づく事のでき
ない私は、先生の頭の中にある生命いのちの断片として、その墓を私の頭の中にも受け入れた。けれども
私に取ってその墓は全く死んだものであった。二人の間にある生命いのちの扉を開ける鍵かぎにはならな
かった。むしろ二人の間に立って、自由の往来を妨げる魔物のようであった。
 そうこうしているうちに、私はまた奥さんと差し向いで話をしなければならない時機が来た。その頃こ
ろは日の詰つまって行くせわしない秋に、誰も注意を惹ひかれる肌寒はださむの季節であった。先生の附
近ふきんで盗難に罹かかったものが三、四日続いて出た。盗難はいずれも宵の口であった。大したものを
持って行かれた家うちはほとんどなかったけれども、はいられた所では必ず何か取られた。奥さんは気味
をわるくした。そこへ先生がある晩家を空あけなければならない事情ができてきた。先生と同郷の友人で
地方の病院に奉職しているものが上京したため、先生は外ほかの二、三名と共に、ある所でその友人に飯
めしを食わせなければならなくなった。先生は訳を話して、私に帰ってくる間までの留守番を頼んだ。私
はすぐ引き受けた。

十六

 私わたくしの行ったのはまだ灯ひの点つくか点かない暮れ方であったが、几帳面きちょうめんな先生は
もう宅うちにいなかった。「時間に後おくれると悪いって、つい今しがた出掛けました」といった奥さん
は、私を先生の書斎へ案内した。
 書斎には洋机テーブルと椅子いすの外ほかに、沢山の書物が美しい背皮せがわを並べて、硝子越ガラス
ごしに電燈でんとうの光で照らされていた。奥さんは火鉢の前に敷いた座蒲団ざぶとんの上へ私を坐すわ
らせて、「ちっとそこいらにある本でも読んでいて下さい」と断って出て行った。私はちょうど主人の帰
りを待ち受ける客のような気がして済まなかった。私は畏かしこまったまま烟草タバコを飲んでいた。奥
さんが茶の間で何か下女げじょに話している声が聞こえた。書斎は茶の間の縁側を突き当って折れ曲った

234 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:23:19.25 ID:twPsrBe10
角かどにあるので、棟むねの位置からいうと、座敷よりもかえって掛け離れた静かさを領りょうしていた
。ひとしきりで奥さんの話し声が已やむと、後あとはしんとした。私は泥棒を待ち受けるような心持で、
凝じっとしながら気をどこかに配った。
 三十分ほどすると、奥さんがまた書斎の入口へ顔を出した。「おや」といって、軽く驚いた時の眼を私
に向けた。そうして客に来た人のように鹿爪しかつめらしく控えている私をおかしそうに見た。
「それじゃ窮屈でしょう」
「いえ、窮屈じゃありません」
「でも退屈でしょう」
「いいえ。泥棒が来るかと思って緊張しているから退屈でもありません」
 奥さんは手に紅茶茶碗こうちゃぢゃわんを持ったまま、笑いながらそこに立っていた。
「ここは隅っこだから番をするには好よくありませんね」と私がいった。
「じゃ失礼ですがもっと真中へ出て来て頂戴ちょうだい。ご退屈たいくつだろうと思って、お茶を入れて
持って来たんですが、茶の間で宜よろしければあちらで上げますから」
 私は奥さんの後あとに尾ついて書斎を出た。茶の間には綺麗きれいな長火鉢ながひばちに鉄瓶てつびん
が鳴っていた。私はそこで茶と菓子のご馳走ちそうになった。奥さんは寝ねられないといけないといって
、茶碗に手を触れなかった。
「先生はやっぱり時々こんな会へお出掛でかけになるんですか」
「いいえ滅多めったに出た事はありません。近頃ちかごろは段々人の顔を見るのが嫌きらいになるようで
す」
 こういった奥さんの様子に、別段困ったものだという風ふうも見えなかったので、私はつい大胆になっ
た。
「それじゃ奥さんだけが例外なんですか」
「いいえ私も嫌われている一人なんです」
「そりゃ嘘うそです」と私がいった。「奥さん自身嘘と知りながらそうおっしゃるんでしょう」
「なぜ」
「私にいわせると、奥さんが好きになったから世間が嫌いになるんですもの」
「あなたは学問をする方かただけあって、なかなかお上手じょうずね。空からっぽな理屈を使いこなす事
が。世の中が嫌いになったから、私までも嫌いになったんだともいわれるじゃありませんか。それと同お
んなじ理屈で」
「両方ともいわれる事はいわれますが、この場合は私の方が正しいのです」
「議論はいやよ。よく男の方は議論だけなさるのね、面白そうに。空からの盃さかずきでよくああ飽きず
に献酬けんしゅうができると思いますわ」
 奥さんの言葉は少し手痛てひどかった。しかしその言葉の耳障みみざわりからいうと、決して猛烈なも
のではなかった。自分に頭脳のある事を相手に認めさせて、そこに一種の誇りを見出みいだすほどに奥さ
んは現代的でなかった。奥さんはそれよりもっと底の方に沈んだ心を大事にしているらしく見えた。

十七

 私わたくしはまだその後あとにいうべき事をもっていた。けれども奥さんから徒いたずらに議論を仕掛
ける男のように取られては困ると思って遠慮した。奥さんは飲み干した紅茶茶碗こうちゃぢゃわんの底を
覗のぞいて黙っている私を外そらさないように、「もう一杯上げましょうか」と聞いた。私はすぐ茶碗を
奥さんの手に渡した。
「いくつ? 一つ? 二ッつ?」
 妙なもので角砂糖をつまみ上げた奥さんは、私の顔を見て、茶碗の中へ入れる砂糖の数かずを聞いた。
奥さんの態度は私に媚こびるというほどではなかったけれども、先刻さっきの強い言葉を力つとめて打ち
消そうとする愛嬌あいきょうに充みちていた。
 私は黙って茶を飲んだ。飲んでしまっても黙っていた。
「あなた大変黙り込んじまったのね」と奥さんがいった。
「何かいうとまた議論を仕掛けるなんて、叱しかり付けられそうですから」と私は答えた。
「まさか」と奥さんが再びいった。
 二人はそれを緒口いとくちにまた話を始めた。そうしてまた二人に共通な興味のある先生を問題にした

235 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:23:28.32 ID:twPsrBe10

「奥さん、先刻さっきの続きをもう少しいわせて下さいませんか。奥さんには空からな理屈と聞こえるか
も知れませんが、私はそんな上うわの空そらでいってる事じゃないんだから」
「じゃおっしゃい」
「今奥さんが急にいなくなったとしたら、先生は現在の通りで生きていられるでしょうか」
「そりゃ分らないわ、あなた。そんな事、先生に聞いて見るより外ほかに仕方がないじゃありませんか。
私の所へ持って来る問題じゃないわ」
「奥さん、私は真面目まじめですよ。だから逃げちゃいけません。正直に答えなくっちゃ」
「正直よ。正直にいって私には分らないのよ」
「じゃ奥さんは先生をどのくらい愛していらっしゃるんですか。これは先生に聞くよりむしろ奥さんに伺
っていい質問ですから、あなたに伺います」
「何もそんな事を開き直って聞かなくっても好いいじゃありませんか」
「真面目くさって聞くがものはない。分り切ってるとおっしゃるんですか」
「まあそうよ」
「そのくらい先生に忠実なあなたが急にいなくなったら、先生はどうなるんでしょう。世の中のどっちを
向いても面白そうでない先生は、あなたが急にいなくなったら後でどうなるでしょう。先生から見てじゃ
ない。あなたから見てですよ。あなたから見て、先生は幸福になるでしょうか、不幸になるでしょうか」
「そりゃ私から見れば分っています。(先生はそう思っていないかも知れませんが)。先生は私を離れれ
ば不幸になるだけです。あるいは生きていられないかも知れませんよ。そういうと、己惚おのぼれになる
ようですが、私は今先生を人間としてできるだけ幸福にしているんだと信じていますわ。どんな人があっ
ても私ほど先生を幸福にできるものはないとまで思い込んでいますわ。それだからこうして落ち付いてい
られるんです」
「その信念が先生の心に好よく映るはずだと私は思いますが」
「それは別問題ですわ」
「やっぱり先生から嫌われているとおっしゃるんですか」
「私は嫌われてるとは思いません。嫌われる訳がないんですもの。しかし先生は世間が嫌いなんでしょう
。世間というより近頃ちかごろでは人間が嫌いになっているんでしょう。だからその人間の一人いちにん
として、私も好かれるはずがないじゃありませんか」
 奥さんの嫌われているという意味がやっと私に呑のみ込めた。

十八

 私わたくしは奥さんの理解力に感心した。奥さんの態度が旧式の日本の女らしくないところも私の注意
に一種の刺戟しげきを与えた。それで奥さんはその頃ころ流行はやり始めたいわゆる新しい言葉などはほ
とんど使わなかった。
 私は女というものに深い交際つきあいをした経験のない迂闊うかつな青年であった。男としての私は、
異性に対する本能から、憧憬どうけいの目的物として常に女を夢みていた。けれどもそれは懐かしい春の
雲を眺ながめるような心持で、ただ漠然ばくぜんと夢みていたに過ぎなかった。だから実際の女の前へ出
ると、私の感情が突然変る事が時々あった。私は自分の前に現われた女のために引き付けられる代りに、
その場に臨んでかえって変な反撥力はんぱつりょくを感じた。奥さんに対した私にはそんな気がまるで出
なかった。普通男女なんにょの間に横たわる思想の不平均という考えもほとんど起らなかった。私は奥さ
んの女であるという事を忘れた。私はただ誠実なる先生の批評家および同情家として奥さんを眺めた。
「奥さん、私がこの前なぜ先生が世間的にもっと活動なさらないのだろうといって、あなたに聞いた時に
、あなたはおっしゃった事がありますね。元はああじゃなかったんだって」
「ええいいました。実際あんなじゃなかったんですもの」
「どんなだったんですか」
「あなたの希望なさるような、また私の希望するような頼もしい人だったんです」
「それがどうして急に変化なすったんですか」
「急にじゃありません、段々ああなって来たのよ」
「奥さんはその間あいだ始終先生といっしょにいらしったんでしょう」
「無論いましたわ。夫婦ですもの」

236 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:23:37.34 ID:twPsrBe10
「じゃ先生がそう変って行かれる源因げんいんがちゃんと解わかるべきはずですがね」
「それだから困るのよ。あなたからそういわれると実に辛つらいんですが、私にはどう考えても、考えよ
うがないんですもの。私は今まで何遍なんべんあの人に、どうぞ打ち明けて下さいって頼んで見たか分り
ゃしません」
「先生は何とおっしゃるんですか」
「何にもいう事はない、何にも心配する事はない、おれはこういう性質になったんだからというだけで、
取り合ってくれないんです」
 私は黙っていた。奥さんも言葉を途切とぎらした。下女部屋げじょべやにいる下女はことりとも音をさ
せなかった。私はまるで泥棒の事を忘れてしまった。
「あなたは私に責任があるんだと思ってやしませんか」と突然奥さんが聞いた。
「いいえ」と私が答えた。
「どうぞ隠さずにいって下さい。そう思われるのは身を切られるより辛いんだから」と奥さんがまたいっ
た。「これでも私は先生のためにできるだけの事はしているつもりなんです」
「そりゃ先生もそう認めていられるんだから、大丈夫です。ご安心なさい、私が保証します」
 奥さんは火鉢の灰を掻かき馴ならした。それから水注みずさしの水を鉄瓶てつびんに注さした。鉄瓶は
忽たちまち鳴りを沈めた。
「私はとうとう辛防しんぼうし切れなくなって、先生に聞きました。私に悪い所があるなら遠慮なくいっ
て下さい、改められる欠点なら改めるからって、すると先生は、お前に欠点なんかありゃしない、欠点は
おれの方にあるだけだというんです。そういわれると、私悲しくなって仕様がないんです、涙が出てなお
の事自分の悪い所が聞きたくなるんです」
 奥さんは眼の中うちに涙をいっぱい溜ためた。

十九

 始め私わたくしは理解のある女性にょしょうとして奥さんに対していた。私がその気で話しているうち
に、奥さんの様子が次第に変って来た。奥さんは私の頭脳に訴える代りに、私の心臓ハートを動かし始め
た。自分と夫の間には何の蟠わだかまりもない、またないはずであるのに、やはり何かある。それだのに
眼を開あけて見極みきわめようとすると、やはり何なんにもない。奥さんの苦にする要点はここにあった

 奥さんは最初世の中を見る先生の眼が厭世的えんせいてきだから、その結果として自分も嫌われている
のだと断言した。そう断言しておきながら、ちっともそこに落ち付いていられなかった。底を割ると、か
えってその逆を考えていた。先生は自分を嫌う結果、とうとう世の中まで厭いやになったのだろうと推測
していた。けれどもどう骨を折っても、その推測を突き留めて事実とする事ができなかった。先生の態度
はどこまでも良人おっとらしかった。親切で優しかった。疑いの塊かたまりをその日その日の情合じょう
あいで包んで、そっと胸の奥にしまっておいた奥さんは、その晩その包みの中を私の前で開けて見せた。
「あなたどう思って?」と聞いた。「私からああなったのか、それともあなたのいう人世観じんせいかん
とか何とかいうものから、ああなったのか。隠さずいって頂戴ちょうだい」
 私は何も隠す気はなかった。けれども私の知らないあるものがそこに存在しているとすれば、私の答え
が何であろうと、それが奥さんを満足させるはずがなかった。そうして私はそこに私の知らないあるもの
があると信じていた。
「私には解わかりません」
 奥さんは予期の外はずれた時に見る憐あわれな表情をその咄嗟とっさに現わした。私はすぐ私の言葉を
継ぎ足した。
「しかし先生が奥さんを嫌っていらっしゃらない事だけは保証します。私は先生自身の口から聞いた通り
を奥さんに伝えるだけです。先生は嘘うそを吐つかない方かたでしょう」
 奥さんは何とも答えなかった。しばらくしてからこういった。
「実は私すこし思いあたる事があるんですけれども……」
「先生がああいう風ふうになった源因げんいんについてですか」
「ええ。もしそれが源因だとすれば、私の責任だけはなくなるんだから、それだけでも私大変楽になれる
んですが、……」
「どんな事ですか」

237 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:23:46.35 ID:twPsrBe10
 奥さんはいい渋って膝ひざの上に置いた自分の手を眺めていた。
「あなた判断して下すって。いうから」
「私にできる判断ならやります」
「みんなはいえないのよ。みんないうと叱しかられるから。叱られないところだけよ」
 私は緊張して唾液つばきを呑のみ込んだ。
「先生がまだ大学にいる時分、大変仲の好いいお友達が一人あったのよ。その方かたがちょうど卒業する
少し前に死んだんです。急に死んだんです」
 奥さんは私の耳に私語ささやくような小さな声で、「実は変死したんです」といった。それは「どうし
て」と聞き返さずにはいられないようないい方であった。
「それっ切りしかいえないのよ。けれどもその事があってから後のちなんです。先生の性質が段々変って
来たのは。なぜその方が死んだのか、私には解らないの。先生にもおそらく解っていないでしょう。けれ
どもそれから先生が変って来たと思えば、そう思われない事もないのよ」
「その人の墓ですか、雑司ヶ谷ぞうしがやにあるのは」
「それもいわない事になってるからいいません。しかし人間は親友を一人亡くしただけで、そんなに変化
できるものでしょうか。私はそれが知りたくって堪たまらないんです。だからそこを一つあなたに判断し
て頂きたいと思うの」
 私の判断はむしろ否定の方に傾いていた。

二十

 私わたくしは私のつらまえた事実の許す限り、奥さんを慰めようとした。奥さんもまたできるだけ私に
よって慰められたそうに見えた。それで二人は同じ問題をいつまでも話し合った。けれども私はもともと
事の大根おおねを攫つかんでいなかった。奥さんの不安も実はそこに漂ただよう薄い雲に似た疑惑から出
て来ていた。事件の真相になると、奥さん自身にも多くは知れていなかった。知れているところでも悉皆
すっかりは私に話す事ができなかった。したがって慰める私も、慰められる奥さんも、共に波に浮いて、
ゆらゆらしていた。ゆらゆらしながら、奥さんはどこまでも手を出して、覚束おぼつかない私の判断に縋
すがり付こうとした。
 十時頃ごろになって先生の靴の音が玄関に聞こえた時、奥さんは急に今までのすべてを忘れたように、
前に坐すわっている私をそっちのけにして立ち上がった。そうして格子こうしを開ける先生をほとんど出
合であい頭がしらに迎えた。私は取り残されながら、後あとから奥さんに尾ついて行った。下女げじょだ
けは仮寝うたたねでもしていたとみえて、ついに出て来なかった。
 先生はむしろ機嫌がよかった。しかし奥さんの調子はさらによかった。今しがた奥さんの美しい眼のう
ちに溜たまった涙の光と、それから黒い眉毛まゆげの根に寄せられた八の字を記憶していた私は、その変
化を異常なものとして注意深く眺ながめた。もしそれが詐いつわりでなかったならば、(実際それは詐り
とは思えなかったが)、今までの奥さんの訴えは感傷センチメントを玩もてあそぶためにとくに私を相手
に拵こしらえた、徒いたずらな女性の遊戯と取れない事もなかった。もっともその時の私には奥さんをそ
れほど批評的に見る気は起らなかった。私は奥さんの態度の急に輝いて来たのを見て、むしろ安心した。
これならばそう心配する必要もなかったんだと考え直した。
 先生は笑いながら「どうもご苦労さま、泥棒は来ませんでしたか」と私に聞いた。それから「来ないん
で張合はりあいが抜けやしませんか」といった。
 帰る時、奥さんは「どうもお気の毒さま」と会釈した。その調子は忙しいところを暇を潰つぶさせて気
の毒だというよりも、せっかく来たのに泥棒がはいらなくって気の毒だという冗談のように聞こえた。奥
さんはそういいながら、先刻さっき出した西洋菓子の残りを、紙に包んで私の手に持たせた。私はそれを
袂たもとへ入れて、人通りの少ない夜寒よさむの小路こうじを曲折して賑にぎやかな町の方へ急いだ。
 私はその晩の事を記憶のうちから抽ひき抜いてここへ詳くわしく書いた。これは書くだけの必要がある
から書いたのだが、実をいうと、奥さんに菓子を貰もらって帰るときの気分では、それほど当夜の会話を
重く見ていなかった。私はその翌日よくじつ午飯ひるめしを食いに学校から帰ってきて、昨夜ゆうべ机の
上に載のせて置いた菓子の包みを見ると、すぐその中からチョコレートを塗った鳶色とびいろのカステラ
を出して頬張ほおばった。そうしてそれを食う時に、必竟ひっきょうこの菓子を私にくれた二人の男女な
んにょは、幸福な一対いっついとして世の中に存在しているのだと自覚しつつ味わった。
 秋が暮れて冬が来るまで格別の事もなかった。私は先生の宅うちへ出ではいりをするついでに、衣服の

238 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:23:55.22 ID:twPsrBe10
洗あらい張はりや仕立したて方かたなどを奥さんに頼んだ。それまで繻絆じゅばんというものを着た事の
ない私が、シャツの上に黒い襟のかかったものを重ねるようになったのはこの時からであった。子供のな
い奥さんは、そういう世話を焼くのがかえって退屈凌たいくつしのぎになって、結句けっく身体からだの
薬だぐらいの事をいっていた。
「こりゃ手織ておりね。こんな地じの好いい着物は今まで縫った事がないわ。その代り縫い悪にくいのよ
そりゃあ。まるで針が立たないんですもの。お蔭かげで針を二本折りましたわ」
 こんな苦情をいう時ですら、奥さんは別に面倒めんどうくさいという顔をしなかった。

二十一

 冬が来た時、私わたくしは偶然国へ帰らなければならない事になった。私の母から受け取った手紙の中
に、父の病気の経過が面白くない様子を書いて、今が今という心配もあるまいが、年が年だから、できる
なら都合して帰って来てくれと頼むように付け足してあった。
 父はかねてから腎臓じんぞうを病んでいた。中年以後の人にしばしば見る通り、父のこの病やまいは慢
性であった。その代り要心さえしていれば急変のないものと当人も家族のものも信じて疑わなかった。現
に父は養生のお蔭かげ一つで、今日こんにちまでどうかこうか凌しのいで来たように客が来ると吹聴ふい
ちょうしていた。その父が、母の書信によると、庭へ出て何かしている機はずみに突然眩暈めまいがして
引ッ繰り返った。家内かないのものは軽症の脳溢血のういっけつと思い違えて、すぐその手当をした。後
あとで医者からどうもそうではないらしい、やはり持病の結果だろうという判断を得て、始めて卒倒と腎
臓病とを結び付けて考えるようになったのである。
 冬休みが来るにはまだ少し間まがあった。私は学期の終りまで待っていても差支さしつかえあるまいと
思って一日二日そのままにしておいた。するとその一日二日の間に、父の寝ている様子だの、母の心配し
ている顔だのが時々眼に浮かんだ。そのたびに一種の心苦しさを嘗なめた私は、とうとう帰る決心をした
。国から旅費を送らせる手数てかずと時間を省くため、私は暇乞いとまごいかたがた先生の所へ行って、
要いるだけの金を一時立て替えてもらう事にした。
 先生は少し風邪かぜの気味で、座敷へ出るのが臆劫おっくうだといって、私をその書斎に通した。書斎
の硝子戸ガラスどから冬に入いって稀まれに見るような懐かしい和やわらかな日光が机掛つくえかけの上
に射さしていた。先生はこの日あたりの好いい室へやの中へ大きな火鉢を置いて、五徳ごとくの上に懸け
た金盥かなだらいから立ち上あがる湯気ゆげで、呼吸いきの苦しくなるのを防いでいた。
「大病は好いいが、ちょっとした風邪かぜなどはかえって厭いやなものですね」といった先生は、苦笑し
ながら私の顔を見た。
 先生は病気という病気をした事のない人であった。先生の言葉を聞いた私は笑いたくなった。
「私は風邪ぐらいなら我慢しますが、それ以上の病気は真平まっぴらです。先生だって同じ事でしょう。
試みにやってご覧になるとよく解わかります」
「そうかね。私は病気になるくらいなら、死病に罹かかりたいと思ってる」
 私は先生のいう事に格別注意を払わなかった。すぐ母の手紙の話をして、金の無心を申し出た。
「そりゃ困るでしょう。そのくらいなら今手元にあるはずだから持って行きたまえ」
 先生は奥さんを呼んで、必要の金額を私の前に並べさせてくれた。それを奥の茶箪笥ちゃだんすか何か
の抽出ひきだしから出して来た奥さんは、白い半紙の上へ鄭寧ていねいに重ねて、「そりゃご心配ですね
」といった。
「何遍なんべんも卒倒したんですか」と先生が聞いた。
「手紙には何とも書いてありませんが。――そんなに何度も引ッ繰り返るものですか」
「ええ」
 先生の奥さんの母親という人も私の父と同じ病気で亡くなったのだという事が始めて私に解った。
「どうせむずかしいんでしょう」と私がいった。
「そうさね。私が代られれば代ってあげても好いいが。――嘔気はきけはあるんですか」
「どうですか、何とも書いてないから、大方おおかたないんでしょう」
「吐気さえ来なければまだ大丈夫ですよ」と奥さんがいった。
 私はその晩の汽車で東京を立った。

二十二

239 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:24:04.25 ID:twPsrBe10
 父の病気は思ったほど悪くはなかった。それでも着いた時は、床とこの上に胡坐あぐらをかいて、「み
んなが心配するから、まあ我慢してこう凝じっとしている。なにもう起きても好いいのさ」といった。し
かしその翌日よくじつからは母が止めるのも聞かずに、とうとう床を上げさせてしまった。母は不承無性
ふしょうぶしょうに太織ふとおりの蒲団ふとんを畳みながら「お父さんはお前が帰って来たので、急に気
が強くおなりなんだよ」といった。私わたくしには父の挙動がさして虚勢を張っているようにも思えなか
った。
 私の兄はある職を帯びて遠い九州にいた。これは万一の事がある場合でなければ、容易に父母ちちはは
の顔を見る自由の利きかない男であった。妹は他国へ嫁とついだ。これも急場の間に合うように、おいそ
れと呼び寄せられる女ではなかった。兄妹きょうだい三人のうちで、一番便利なのはやはり書生をしてい
る私だけであった。その私が母のいい付け通り学校の課業を放ほうり出して、休み前に帰って来たという
事が、父には大きな満足であった。
「これしきの病気に学校を休ませては気の毒だ。お母さんがあまり仰山ぎょうさんな手紙を書くものだか
らいけない」
 父は口ではこういった。こういったばかりでなく、今まで敷いていた床とこを上げさせて、いつものよ
うな元気を示した。
「あんまり軽はずみをしてまた逆回ぶりかえすといけませんよ」
 私のこの注意を父は愉快そうにしかし極きわめて軽く受けた。
「なに大丈夫、これでいつものように要心ようじんさえしていれば」
 実際父は大丈夫らしかった。家の中を自由に往来して、息も切れなければ、眩暈めまいも感じなかった
。ただ顔色だけは普通の人よりも大変悪かったが、これはまた今始まった症状でもないので、私たちは格
別それを気に留めなかった。
 私は先生に手紙を書いて恩借おんしゃくの礼を述べた。正月上京する時に持参するからそれまで待って
くれるようにと断わった。そうして父の病状の思ったほど険悪でない事、この分なら当分安心な事、眩暈
も嘔気はきけも皆無な事などを書き連ねた。最後に先生の風邪ふうじゃについても一言いちごんの見舞を
附つけ加えた。私は先生の風邪を実際軽く見ていたので。
 私はその手紙を出す時に決して先生の返事を予期していなかった。出した後で父や母と先生の噂うわさ
などをしながら、遥はるかに先生の書斎を想像した。
「こんど東京へ行くときには椎茸しいたけでも持って行ってお上げ」
「ええ、しかし先生が干した椎茸なぞを食うかしら」
「旨うまくはないが、別に嫌きらいな人もないだろう」
 私には椎茸と先生を結び付けて考えるのが変であった。
 先生の返事が来た時、私はちょっと驚かされた。ことにその内容が特別の用件を含んでいなかった時、
驚かされた。先生はただ親切ずくで、返事を書いてくれたんだと私は思った。そう思うと、その簡単な一
本の手紙が私には大層な喜びになった。もっともこれは私が先生から受け取った第一の手紙には相違なか
ったが。
 第一というと私と先生の間に書信の往復がたびたびあったように思われるが、事実は決してそうでない
事をちょっと断わっておきたい。私は先生の生前にたった二通の手紙しか貰もらっていない。その一通は
今いうこの簡単な返書で、あとの一通は先生の死ぬ前とくに私宛あてで書いた大変長いものである。
 父は病気の性質として、運動を慎まなければならないので、床を上げてからも、ほとんど戸外そとへは
出なかった。一度天気のごく穏やかな日の午後庭へ下りた事があるが、その時は万一を気遣きづかって、
私が引き添うように傍そばに付いていた。私が心配して自分の肩へ手を掛けさせようとしても、父は笑っ
て応じなかった。

二十三

 私わたくしは退屈な父の相手としてよく将碁盤しょうぎばんに向かった。二人とも無精な性質たちなの
で、炬燵こたつにあたったまま、盤を櫓やぐらの上へ載のせて、駒こまを動かすたびに、わざわざ手を掛
蒲団かけぶとんの下から出すような事をした。時々持駒もちごまを失なくして、次の勝負の来るまで双方
とも知らずにいたりした。それを母が灰の中から見付みつけ出して、火箸ひばしで挟はさみ上げるという
滑稽こっけいもあった。

240 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:24:13.32 ID:twPsrBe10
「碁ごだと盤が高過ぎる上に、足が着いているから、炬燵の上では打てないが、そこへ来ると将碁盤は好
いいね、こうして楽に差せるから。無精者には持って来いだ。もう一番やろう」
 父は勝った時は必ずもう一番やろうといった。そのくせ負けた時にも、もう一番やろうといった。要す
るに、勝っても負けても、炬燵にあたって、将碁を差したがる男であった。始めのうちは珍しいので、こ
の隠居いんきょじみた娯楽が私にも相当の興味を与えたが、少し時日が経たつに伴つれて、若い私の気力
はそのくらいな刺戟しげきで満足できなくなった。私は金きんや香車きょうしゃを握った拳こぶしを頭の
上へ伸ばして、時々思い切ったあくびをした。
 私は東京の事を考えた。そうして漲みなぎる心臓の血潮の奥に、活動活動と打ちつづける鼓動こどうを
聞いた。不思議にもその鼓動の音が、ある微妙な意識状態から、先生の力で強められているように感じた

 私は心のうちで、父と先生とを比較して見た。両方とも世間から見れば、生きているか死んでいるか分
らないほど大人おとなしい男であった。他ひとに認められるという点からいえばどっちも零れいであった
。それでいて、この将碁を差したがる父は、単なる娯楽の相手としても私には物足りなかった。かつて遊
興のために往来ゆききをした覚おぼえのない先生は、歓楽の交際から出る親しみ以上に、いつか私の頭に
影響を与えていた。ただ頭というのはあまりに冷ひややか過ぎるから、私は胸といい直したい。肉のなか
に先生の力が喰くい込んでいるといっても、血のなかに先生の命が流れているといっても、その時の私に
は少しも誇張でないように思われた。私は父が私の本当の父であり、先生はまたいうまでもなく、あかの
他人であるという明白な事実を、ことさらに眼の前に並べてみて、始めて大きな真理でも発見したかのご
とくに驚いた。
 私がのつそつし出すと前後して、父や母の眼にも今まで珍しかった私が段々陳腐ちんぷになって来た。
これは夏休みなどに国へ帰る誰でもが一様に経験する心持だろうと思うが、当座の一週間ぐらいは下にも
置かないように、ちやほや歓待もてなされるのに、その峠を定規通ていきどおり通り越すと、あとはそろ
そろ家族の熱が冷めて来て、しまいには有っても無くっても構わないもののように粗末に取り扱われがち
になるものである。私も滞在中にその峠を通り越した。その上私は国へ帰るたびに、父にも母にも解わか
らない変なところを東京から持って帰った。昔でいうと、儒者じゅしゃの家へ切支丹キリシタンの臭にお
いを持ち込むように、私の持って帰るものは父とも母とも調和しなかった。無論私はそれを隠していた。
けれども元々身に着いているものだから、出すまいと思っても、いつかそれが父や母の眼に留とまった。
私はつい面白くなくなった。早く東京へ帰りたくなった。
 父の病気は幸い現状維持のままで、少しも悪い方へ進む模様は見えなかった。念のためにわざわざ遠く
から相当の医者を招いたりして、慎重に診察してもらってもやはり私の知っている以外に異状は認められ
なかった。私は冬休みの尽きる少し前に国を立つ事にした。立つといい出すと、人情は妙なもので、父も
母も反対した。
「もう帰るのかい、まだ早いじゃないか」と母がいった。
「まだ四、五日いても間に合うんだろう」と父がいった。
 私は自分の極きめた出立しゅったつの日を動かさなかった。

二十四

 東京へ帰ってみると、松飾まつかざりはいつか取り払われていた。町は寒い風の吹くに任せて、どこを
見てもこれというほどの正月めいた景気はなかった。
 私わたくしは早速さっそく先生のうちへ金を返しに行った。例の椎茸しいたけもついでに持って行った
。ただ出すのは少し変だから、母がこれを差し上げてくれといいましたとわざわざ断って奥さんの前へ置
いた。椎茸は新しい菓子折に入れてあった。鄭寧ていねいに礼を述べた奥さんは、次の間まへ立つ時、そ
の折を持って見て、軽いのに驚かされたのか、「こりゃ何の御菓子おかし」と聞いた。奥さんは懇意にな
ると、こんなところに極きわめて淡泊たんぱくな小供こどもらしい心を見せた。
 二人とも父の病気について、色々掛念けねんの問いを繰り返してくれた中に、先生はこんな事をいった

「なるほど容体ようだいを聞くと、今が今どうという事もないようですが、病気が病気だからよほど気を
つけないといけません」
 先生は腎臓じんぞうの病やまいについて私の知らない事を多く知っていた。
「自分で病気に罹かかっていながら、気が付かないで平気でいるのがあの病の特色です。私の知ったある

241 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:24:22.25 ID:twPsrBe10
士官しかんは、とうとうそれでやられたが、全く嘘うそのような死に方をしたんですよ。何しろ傍そばに
寝ていた細君さいくんが看病をする暇もなんにもないくらいなんですからね。夜中にちょっと苦しいとい
って、細君を起したぎり、翌あくる朝はもう死んでいたんです。しかも細君は夫が寝ているとばかり思っ
てたんだっていうんだから」
 今まで楽天的に傾いていた私は急に不安になった。
「私の父おやじもそんなになるでしょうか。ならんともいえないですね」
「医者は何というのです」
「医者は到底とても治らないというんです。けれども当分のところ心配はあるまいともいうんです」
「それじゃ好いいでしょう。医者がそういうなら。私の今話したのは気が付かずにいた人の事で、しかも
それがずいぶん乱暴な軍人なんだから」
 私はやや安心した。私の変化を凝じっと見ていた先生は、それからこう付け足した。
「しかし人間は健康にしろ病気にしろ、どっちにしても脆もろいものですね。いつどんな事でどんな死に
ようをしないとも限らないから」
「先生もそんな事を考えてお出いでですか」
「いくら丈夫の私でも、満更まんざら考えない事もありません」
 先生の口元には微笑の影が見えた。
「よくころりと死ぬ人があるじゃありませんか。自然に。それからあっと思う間まに死ぬ人もあるでしょ
う。不自然な暴力で」
「不自然な暴力って何ですか」
「何だかそれは私にも解わからないが、自殺する人はみんな不自然な暴力を使うんでしょう」
「すると殺されるのも、やはり不自然な暴力のお蔭かげですね」
「殺される方はちっとも考えていなかった。なるほどそういえばそうだ」
 その日はそれで帰った。帰ってからも父の病気はそれほど苦にならなかった。先生のいった自然に死ぬ
とか、不自然の暴力で死ぬとかいう言葉も、その場限りの浅い印象を与えただけで、後あとは何らのこだ
わりを私の頭に残さなかった。私は今まで幾度いくたびか手を着けようとしては手を引っ込めた卒業論文
を、いよいよ本式に書き始めなければならないと思い出した。

二十五

 その年の六月に卒業するはずの私わたくしは、ぜひともこの論文を成規通せいきどおり四月いっぱいに
書き上げてしまわなければならなかった。二、三、四と指を折って余る時日を勘定して見た時、私は少し
自分の度胸を疑うたぐった。他ほかのものはよほど前から材料を蒐あつめたり、ノートを溜ためたりして
、余所目よそめにも忙いそがしそうに見えるのに、私だけはまだ何にも手を着けずにいた。私にはただ年
が改まったら大いにやろうという決心だけがあった。私はその決心でやり出した。そうして忽たちまち動
けなくなった。今まで大きな問題を空くうに描えがいて、骨組みだけはほぼでき上っているくらいに考え
ていた私は、頭を抑おさえて悩み始めた。私はそれから論文の問題を小さくした。そうして練り上げた思
想を系統的に纏まとめる手数を省くために、ただ書物の中にある材料を並べて、それに相当な結論をちょ
っと付け加える事にした。
 私の選択した問題は先生の専門と縁故の近いものであった。私がかつてその選択について先生の意見を
尋ねた時、先生は好いいでしょうといった。狼狽ろうばいした気味の私は、早速さっそく先生の所へ出掛
けて、私の読まなければならない参考書を聞いた。先生は自分の知っている限りの知識を、快く私に与え
てくれた上に、必要の書物を、二、三冊貸そうといった。しかし先生はこの点について毫ごうも私を指導
する任に当ろうとしなかった。
「近頃ちかごろはあんまり書物を読まないから、新しい事は知りませんよ。学校の先生に聞いた方が好い
でしょう」
 先生は一時非常の読書家であったが、その後ごどういう訳か、前ほどこの方面に興味が働かなくなった
ようだと、かつて奥さんから聞いた事があるのを、私はその時ふと思い出した。私は論文をよそにして、
そぞろに口を開いた。
「先生はなぜ元のように書物に興味をもち得ないんですか」
「なぜという訳もありませんが。……つまりいくら本を読んでもそれほどえらくならないと思うせいでし
ょう。それから……」

242 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:24:31.26 ID:twPsrBe10
「それから、まだあるんですか」
「まだあるというほどの理由でもないが、以前はね、人の前へ出たり、人に聞かれたりして知らないと恥
のようにきまりが悪かったものだが、近頃は知らないという事が、それほどの恥でないように見え出した
ものだから、つい無理にも本を読んでみようという元気が出なくなったのでしょう。まあ早くいえば老い
込んだのです」
 先生の言葉はむしろ平静であった。世間に背中を向けた人の苦味くみを帯びていなかっただけに、私に
はそれほどの手応てごたえもなかった。私は先生を老い込んだとも思わない代りに、偉いとも感心せずに
帰った。
 それからの私はほとんど論文に祟たたられた精神病者のように眼を赤くして苦しんだ。私は一年前ぜん
に卒業した友達について、色々様子を聞いてみたりした。そのうちの一人いちにんは締切しめきりの日に
車で事務所へ馳かけつけて漸ようやく間に合わせたといった。他の一人は五時を十五分ほど後おくらして
持って行ったため、危あやうく跳はね付けられようとしたところを、主任教授の好意でやっと受理しても
らったといった。私は不安を感ずると共に度胸を据すえた。毎日机の前で精根のつづく限り働いた。でな
ければ、薄暗い書庫にはいって、高い本棚のあちらこちらを見廻みまわした。私の眼は好事家こうずかが
骨董こっとうでも掘り出す時のように背表紙の金文字をあさった。
 梅が咲くにつけて寒い風は段々向むきを南へ更かえて行った。それが一仕切ひとしきり経たつと、桜の
噂うわさがちらほら私の耳に聞こえ出した。それでも私は馬車馬のように正面ばかり見て、論文に鞭むち
うたれた。私はついに四月の下旬が来て、やっと予定通りのものを書き上げるまで、先生の敷居を跨また
がなかった。

二十六

 私わたくしの自由になったのは、八重桜やえざくらの散った枝にいつしか青い葉が霞かすむように伸び
始める初夏の季節であった。私は籠かごを抜け出した小鳥の心をもって、広い天地を一目ひとめに見渡し
ながら、自由に羽搏はばたきをした。私はすぐ先生の家うちへ行った。枳殻からたちの垣が黒ずんだ枝の
上に、萌もえるような芽を吹いていたり、柘榴ざくろの枯れた幹から、つやつやしい茶褐色の葉が、柔ら
かそうに日光を映していたりするのが、道々私の眼を引き付けた。私は生れて初めてそんなものを見るよ
うな珍しさを覚えた。
 先生は嬉うれしそうな私の顔を見て、「もう論文は片付いたんですか、結構ですね」といった。私は「
お蔭かげでようやく済みました。もう何にもする事はありません」といった。
 実際その時の私は、自分のなすべきすべての仕事がすでに結了けつりょうして、これから先は威張って
遊んでいても構わないような晴やかな心持でいた。私は書き上げた自分の論文に対して充分の自信と満足
をもっていた。私は先生の前で、しきりにその内容を喋々ちょうちょうした。先生はいつもの調子で、「
なるほど」とか、「そうですか」とかいってくれたが、それ以上の批評は少しも加えなかった。私は物足
りないというよりも、聊いささか拍子抜けの気味であった。それでもその日私の気力は、因循いんじゅん
らしく見える先生の態度に逆襲を試みるほどに生々いきいきしていた。私は青く蘇生よみがえろうとする
大きな自然の中に、先生を誘い出そうとした。
「先生どこかへ散歩しましょう。外へ出ると大変好いい心持です」
「どこへ」
 私はどこでも構わなかった。ただ先生を伴つれて郊外へ出たかった。
 一時間の後のち、先生と私は目的どおり市を離れて、村とも町とも区別の付かない静かな所を宛あても
なく歩いた。私はかなめの垣から若い柔らかい葉を※(「てへん+劣」、第3水準1-84-77)もぎ
取って芝笛しばぶえを鳴らした。ある鹿児島人かごしまじんを友達にもって、その人の真似まねをしつつ
自然に習い覚えた私は、この芝笛というものを鳴らす事が上手であった。私が得意にそれを吹きつづける
と、先生は知らん顔をしてよそを向いて歩いた。
 やがて若葉に鎖とざされたように蓊欝こんもりした小高い一構ひとかまえの下に細い路みちが開ひらけ
た。門の柱に打ち付けた標札に何々園とあるので、その個人の邸宅でない事がすぐ知れた。先生はだらだ
ら上のぼりになっている入口を眺ながめて、「はいってみようか」といった。私はすぐ「植木屋ですね」
と答えた。
 植込うえこみの中を一ひとうねりして奥へ上のぼると左側に家うちがあった。明け放った障子しょうじ
の内はがらんとして人の影も見えなかった。ただ軒先のきさきに据えた大きな鉢の中に飼ってある金魚が

243 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:24:40.24 ID:twPsrBe10
動いていた。
「静かだね。断わらずにはいっても構わないだろうか」
「構わないでしょう」
 二人はまた奥の方へ進んだ。しかしそこにも人影は見えなかった。躑躅つつじが燃えるように咲き乱れ
ていた。先生はそのうちで樺色かばいろの丈たけの高いのを指して、「これは霧島きりしまでしょう」と
いった。
 芍薬しゃくやくも十坪とつぼあまり一面に植え付けられていたが、まだ季節が来ないので花を着けてい
るのは一本もなかった。この芍薬畠ばたけの傍そばにある古びた縁台のようなものの上に先生は大の字な
りに寝た。私はその余った端はじの方に腰をおろして烟草タバコを吹かした。先生は蒼あおい透すき徹と
おるような空を見ていた。私は私を包む若葉の色に心を奪われていた。その若葉の色をよくよく眺ながめ
ると、一々違っていた。同じ楓かえでの樹きでも同じ色を枝に着けているものは一つもなかった。細い杉
苗の頂いただきに投げ被かぶせてあった先生の帽子が風に吹かれて落ちた。

二十七

 私わたくしはすぐその帽子を取り上げた。所々ところどころに着いている赤土を爪つめで弾はじきなが
ら先生を呼んだ。
「先生帽子が落ちました」
「ありがとう」
 身体からだを半分起してそれを受け取った先生は、起きるとも寝るとも片付かないその姿勢のままで、
変な事を私に聞いた。
「突然だが、君の家うちには財産がよっぽどあるんですか」
「あるというほどありゃしません」
「まあどのくらいあるのかね。失礼のようだが」
「どのくらいって、山と田地でんぢが少しあるぎりで、金なんかまるでないんでしょう」
 先生が私の家いえの経済について、問いらしい問いを掛けたのはこれが始めてであった。私の方はまだ
先生の暮し向きに関して、何も聞いた事がなかった。先生と知り合いになった始め、私は先生がどうして
遊んでいられるかを疑うたぐった。その後もこの疑いは絶えず私の胸を去らなかった。しかし私はそんな
露骨あらわな問題を先生の前に持ち出すのをぶしつけとばかり思っていつでも控えていた。若葉の色で疲
れた眼を休ませていた私の心は、偶然またその疑いに触れた。
「先生はどうなんです。どのくらいの財産をもっていらっしゃるんですか」
「私は財産家と見えますか」
 先生は平生からむしろ質素な服装なりをしていた。それに家内かないは小人数こにんずであった。した
がって住宅も決して広くはなかった。けれどもその生活の物質的に豊かな事は、内輪にはいり込まない私
の眼にさえ明らかであった。要するに先生の暮しは贅沢ぜいたくといえないまでも、あたじけなく切り詰
めた無弾力性のものではなかった。
「そうでしょう」と私がいった。
「そりゃそのくらいの金はあるさ、けれども決して財産家じゃありません。財産家ならもっと大きな家う
ちでも造るさ」
 この時先生は起き上って、縁台の上に胡坐あぐらをかいていたが、こういい終ると、竹の杖つえの先で
地面の上へ円のようなものを描かき始めた。それが済むと、今度はステッキを突き刺すように真直まっす
ぐに立てた。
「これでも元は財産家なんだがなあ」
 先生の言葉は半分独ひとり言ごとのようであった。それですぐ後あとに尾ついて行き損なった私は、つ
い黙っていた。
「これでも元は財産家なんですよ、君」といい直した先生は、次に私の顔を見て微笑した。私はそれでも
何とも答えなかった。むしろ不調法で答えられなかったのである。すると先生がまた問題を他よそへ移し
た。
「あなたのお父さんの病気はその後どうなりました」
 私は父の病気について正月以後何にも知らなかった。月々国から送ってくれる為替かわせと共に来る簡
単な手紙は、例の通り父の手蹟しゅせきであったが、病気の訴えはそのうちにほとんど見当らなかった。

244 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:24:49.32 ID:twPsrBe10
その上書体も確かであった。この種の病人に見る顫ふるえが少しも筆の運はこびを乱していなかった。
「何ともいって来ませんが、もう好いいんでしょう」
「好よければ結構だが、――病症が病症なんだからね」
「やっぱり駄目ですかね。でも当分は持ち合ってるんでしょう。何ともいって来ませんよ」
「そうですか」
 私は先生が私のうちの財産を聞いたり、私の父の病気を尋ねたりするのを、普通の談話――胸に浮かん
だままをその通り口にする、普通の談話と思って聞いていた。ところが先生の言葉の底には両方を結び付
ける大きな意味があった。先生自身の経験を持たない私は無論そこに気が付くはずがなかった。

二十八

「君のうちに財産があるなら、今のうちによく始末をつけてもらっておかないといけないと思うがね、余
計なお世話だけれども。君のお父さんが達者なうちに、貰もらうものはちゃんと貰っておくようにしたら
どうですか。万一の事があったあとで、一番面倒の起るのは財産の問題だから」
「ええ」
 私わたくしは先生の言葉に大した注意を払わなかった。私の家庭でそんな心配をしているものは、私に
限らず、父にしろ母にしろ、一人もないと私は信じていた。その上先生のいう事の、先生として、あまり
に実際的なのに私は少し驚かされた。しかしそこは年長者に対する平生の敬意が私を無口にした。
「あなたのお父さんが亡くなられるのを、今から予想してかかるような言葉遣ことばづかいをするのが気
に触さわったら許してくれたまえ。しかし人間は死ぬものだからね。どんなに達者なものでも、いつ死ぬ
か分らないものだからね」
 先生の口気こうきは珍しく苦々しかった。
「そんな事をちっとも気に掛けちゃいません」と私は弁解した。
「君の兄弟きょうだいは何人でしたかね」と先生が聞いた。
 先生はその上に私の家族の人数にんずを聞いたり、親類の有無を尋ねたり、叔父おじや叔母おばの様子
を問いなどした。そうして最後にこういった。
「みんな善いい人ですか」
「別に悪い人間というほどのものもいないようです。大抵田舎者いなかものですから」
「田舎者はなぜ悪くないんですか」
 私はこの追窮ついきゅうに苦しんだ。しかし先生は私に返事を考えさせる余裕さえ与えなかった。
「田舎者は都会のものより、かえって悪いくらいなものです。それから、君は今、君の親戚しんせきなぞ
の中うちに、これといって、悪い人間はいないようだといいましたね。しかし悪い人間という一種の人間
が世の中にあると君は思っているんですか。そんな鋳型いかたに入れたような悪人は世の中にあるはずが
ありませんよ。平生はみんな善人なんです。少なくともみんな普通の人間なんです。それが、いざという
間際に、急に悪人に変るんだから恐ろしいのです。だから油断ができないんです」
 先生のいう事は、ここで切れる様子もなかった。私はまたここで何かいおうとした。すると後うしろの
方で犬が急に吠ほえ出した。先生も私も驚いて後ろを振り返った。
 縁台の横から後部へ掛けて植え付けてある杉苗の傍そばに、熊笹くまざさが三坪みつぼほど地を隠すよ
うに茂って生えていた。犬はその顔と背を熊笹の上に現わして、盛んに吠え立てた。そこへ十とおぐらい
の小供こどもが馳かけて来て犬を叱しかり付けた。小供は徽章きしょうの着いた黒い帽子を被かぶったま
ま先生の前へ廻まわって礼をした。
「叔父さん、はいって来る時、家うちに誰だれもいなかったかい」と聞いた。
「誰もいなかったよ」
「姉さんやおっかさんが勝手の方にいたのに」
「そうか、いたのかい」
「ああ。叔父さん、今日こんちはって、断ってはいって来ると好よかったのに」
 先生は苦笑した。懐中ふところから蟇口がまぐちを出して、五銭の白銅はくどうを小供の手に握らせた

「おっかさんにそういっとくれ。少しここで休まして下さいって」
 小供は怜悧りこうそうな眼に笑わらいを漲みなぎらして、首肯うなずいて見せた。
「今斥候長せっこうちょうになってるところなんだよ」

245 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:24:58.22 ID:twPsrBe10
 小供はこう断って、躑躅つつじの間を下の方へ駈け下りて行った。犬も尻尾しっぽを高く巻いて小供の
後を追い掛けた。しばらくすると同じくらいの年格好の小供が二、三人、これも斥候長の下りて行った方
へ駈けていった。

二十九

 先生の談話は、この犬と小供のために、結末まで進行する事ができなくなったので、私はついにその要
領を得ないでしまった。先生の気にする財産云々うんぬんの掛念けねんはその時の私わたくしには全くな
かった。私の性質として、また私の境遇からいって、その時の私には、そんな利害の念に頭を悩ます余地
がなかったのである。考えるとこれは私がまだ世間に出ないためでもあり、また実際その場に臨まないた
めでもあったろうが、とにかく若い私にはなぜか金の問題が遠くの方に見えた。
 先生の話のうちでただ一つ底まで聞きたかったのは、人間がいざという間際に、誰でも悪人になるとい
う言葉の意味であった。単なる言葉としては、これだけでも私に解わからない事はなかった。しかし私は
この句についてもっと知りたかった。
 犬と小供こどもが去ったあと、広い若葉の園は再び故もとの静かさに帰った。そうして我々は沈黙に鎖
とざされた人のようにしばらく動かずにいた。うるわしい空の色がその時次第に光を失って来た。眼の前
にある樹きは大概楓かえでであったが、その枝に滴したたるように吹いた軽い緑の若葉が、段々暗くなっ
て行くように思われた。遠い往来を荷車を引いて行く響きがごろごろと聞こえた。私はそれを村の男が植
木か何かを載せて縁日えんにちへでも出掛けるものと想像した。先生はその音を聞くと、急に瞑想めいそ
うから呼息いきを吹き返した人のように立ち上がった。
「もう、そろそろ帰りましょう。大分だいぶ日が永くなったようだが、やっぱりこう安閑としているうち
には、いつの間にか暮れて行くんだね」
 先生の背中には、さっき縁台の上に仰向あおむきに寝た痕あとがいっぱい着いていた。私は両手でそれ
を払い落した。
「ありがとう。脂やにがこびり着いてやしませんか」
「綺麗きれいに落ちました」
「この羽織はつい此間こないだ拵こしらえたばかりなんだよ。だからむやみに汚して帰ると、妻さいに叱
しかられるからね。有難う」
 二人はまただらだら坂ざかの中途にある家うちの前へ来た。はいる時には誰もいる気色けしきの見えな
かった縁えんに、お上かみさんが、十五、六の娘を相手に、糸巻へ糸を巻きつけていた。二人は大きな金
魚鉢の横から、「どうもお邪魔じゃまをしました」と挨拶あいさつした。お上さんは「いいえお構かまい
申しも致しませんで」と礼を返した後あと、先刻さっき小供にやった白銅はくどうの礼を述べた。
 門口かどぐちを出て二、三町ちょう来た時、私はついに先生に向かって口を切った。
「さきほど先生のいわれた、人間は誰だれでもいざという間際に悪人になるんだという意味ですね。あれ
はどういう意味ですか」
「意味といって、深い意味もありません。――つまり事実なんですよ。理屈じゃないんだ」
「事実で差支さしつかえありませんが、私の伺いたいのは、いざという間際という意味なんです。一体ど
んな場合を指すのですか」
 先生は笑い出した。あたかも時機じきの過ぎた今、もう熱心に説明する張合いがないといった風ふうに

「金かねさ君。金を見ると、どんな君子くんしでもすぐ悪人になるのさ」
 私には先生の返事があまりに平凡過ぎて詰つまらなかった。先生が調子に乗らないごとく、私も拍子抜
けの気味であった。私は澄ましてさっさと歩き出した。いきおい先生は少し後おくれがちになった。先生
はあとから「おいおい」と声を掛けた。
「そら見たまえ」
「何をですか」
「君の気分だって、私の返事一つですぐ変るじゃないか」
 待ち合わせるために振り向いて立たち留どまった私の顔を見て、先生はこういった。

三十

246 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:25:07.28 ID:twPsrBe10
 その時の私わたくしは腹の中で先生を憎らしく思った。肩を並べて歩き出してからも、自分の聞きたい
事をわざと聞かずにいた。しかし先生の方では、それに気が付いていたのか、いないのか、まるで私の態
度に拘泥こだわる様子を見せなかった。いつもの通り沈黙がちに落ち付き払った歩調をすまして運んで行
くので、私は少し業腹ごうはらになった。何とかいって一つ先生をやっ付けてみたくなって来た。
「先生」
「何ですか」
「先生はさっき少し昂奮こうふんなさいましたね。あの植木屋の庭で休んでいる時に。私は先生の昂奮し
たのを滅多めったに見た事がないんですが、今日は珍しいところを拝見したような気がします」
 先生はすぐ返事をしなかった。私はそれを手応てごたえのあったようにも思った。また的まとが外はず
れたようにも感じた。仕方がないから後あとはいわない事にした。すると先生がいきなり道の端はじへ寄
って行った。そうして綺麗きれいに刈り込んだ生垣いけがきの下で、裾すそをまくって小便をした。私は
先生が用を足す間ぼんやりそこに立っていた。
「やあ失敬」
 先生はこういってまた歩き出した。私はとうとう先生をやり込める事を断念した。私たちの通る道は段
々賑にぎやかになった。今までちらほらと見えた広い畠はたけの斜面や平地ひらちが、全く眼に入いらな
いように左右の家並いえなみが揃そろってきた。それでも所々ところどころ宅地の隅などに、豌豆えんど
うの蔓つるを竹にからませたり、金網かなあみで鶏にわとりを囲い飼いにしたりするのが閑静に眺ながめ
られた。市中から帰る駄馬だばが仕切りなく擦すれ違って行った。こんなものに始終気を奪とられがちな
私は、さっきまで胸の中にあった問題をどこかへ振り落してしまった。先生が突然そこへ後戻あともどり
をした時、私は実際それを忘れていた。
「私は先刻さっきそんなに昂奮したように見えたんですか」
「そんなにというほどでもありませんが、少し……」
「いや見えても構わない。実際昂奮こうふんするんだから。私は財産の事をいうときっと昂奮するんです
。君にはどう見えるか知らないが、私はこれで大変執念深い男なんだから。人から受けた屈辱や損害は、
十年たっても二十年たっても忘れやしないんだから」
 先生の言葉は元よりもなお昂奮していた。しかし私の驚いたのは、決してその調子ではなかった。むし
ろ先生の言葉が私の耳に訴える意味そのものであった。先生の口からこんな自白を聞くのは、いかな私に
も全くの意外に相違なかった。私は先生の性質の特色として、こんな執着力しゅうじゃくりょくをいまだ
かつて想像した事さえなかった。私は先生をもっと弱い人と信じていた。そうしてその弱くて高い処とこ
ろに、私の懐かしみの根を置いていた。一時の気分で先生にちょっと盾たてを突いてみようとした私は、
この言葉の前に小さくなった。先生はこういった。
「私は他ひとに欺あざむかれたのです。しかも血のつづいた親戚しんせきのものから欺かれたのです。私
は決してそれを忘れないのです。私の父の前には善人であったらしい彼らは、父の死ぬや否いなや許しが
たい不徳義漢に変ったのです。私は彼らから受けた屈辱と損害を小供こどもの時から今日きょうまで背負
しょわされている。恐らく死ぬまで背負わされ通しでしょう。私は死ぬまでそれを忘れる事ができないん
だから。しかし私はまだ復讐ふくしゅうをしずにいる。考えると私は個人に対する復讐以上の事を現にや
っているんだ。私は彼らを憎むばかりじゃない、彼らが代表している人間というものを、一般に憎む事を
覚えたのだ。私はそれで沢山だと思う」
 私は慰藉いしゃの言葉さえ口へ出せなかった。

三十一

 その日の談話もついにこれぎりで発展せずにしまった。私わたくしはむしろ先生の態度に畏縮いしゅく
して、先へ進む気が起らなかったのである。
 二人は市の外はずれから電車に乗ったが、車内ではほとんど口を聞かなかった。電車を降りると間もな
く別れなければならなかった。別れる時の先生は、また変っていた。常よりは晴やかな調子で、「これか
ら六月までは一番気楽な時ですね。ことによると生涯で一番気楽かも知れない。精出して遊びたまえ」と
いった。私は笑って帽子を脱とった。その時私は先生の顔を見て、先生ははたして心のどこで、一般の人
間を憎んでいるのだろうかと疑うたぐった。その眼、その口、どこにも厭世的えんせいてきの影は射さし
ていなかった。
 私は思想上の問題について、大いなる利益を先生から受けた事を自白する。しかし同じ問題について、

247 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:25:16.28 ID:twPsrBe10
利益を受けようとしても、受けられない事が間々ままあったといわなければならない。先生の談話は時と
して不得要領ふとくようりょうに終った。その日二人の間に起った郊外の談話も、この不得要領の一例と
して私の胸の裏うちに残った。
 無遠慮な私は、ある時ついにそれを先生の前に打ち明けた。先生は笑っていた。私はこういった。
「頭が鈍くて要領を得ないのは構いませんが、ちゃんと解わかってるくせに、はっきりいってくれないの
は困ります」
「私は何にも隠してやしません」
「隠していらっしゃいます」
「あなたは私の思想とか意見とかいうものと、私の過去とを、ごちゃごちゃに考えているんじゃありませ
んか。私は貧弱な思想家ですけれども、自分の頭で纏まとめ上げた考えをむやみに人に隠しやしません。
隠す必要がないんだから。けれども私の過去を悉ことごとくあなたの前に物語らなくてはならないとなる
と、それはまた別問題になります」
「別問題とは思われません。先生の過去が生み出した思想だから、私は重きを置くのです。二つのものを
切り離したら、私にはほとんど価値のないものになります。私は魂の吹き込まれていない人形を与えられ
ただけで、満足はできないのです」
 先生はあきれたといった風ふうに、私の顔を見た。巻烟草まきタバコを持っていたその手が少し顫ふる
えた。
「あなたは大胆だ」
「ただ真面目まじめなんです。真面目に人生から教訓を受けたいのです」
「私の過去を訐あばいてもですか」
 訐くという言葉が、突然恐ろしい響ひびきをもって、私の耳を打った。私は今私の前に坐すわっている
のが、一人の罪人ざいにんであって、不断から尊敬している先生でないような気がした。先生の顔は蒼あ
おかった。
「あなたは本当に真面目なんですか」と先生が念を押した。「私は過去の因果いんがで、人を疑うたぐり
つけている。だから実はあなたも疑っている。しかしどうもあなただけは疑りたくない。あなたは疑るに
はあまりに単純すぎるようだ。私は死ぬ前にたった一人で好いいから、他ひとを信用して死にたいと思っ
ている。あなたはそのたった一人になれますか。なってくれますか。あなたははらの底から真面目ですか

「もし私の命が真面目なものなら、私の今いった事も真面目です」
 私の声は顫えた。
「よろしい」と先生がいった。「話しましょう。私の過去を残らず、あなたに話して上げましょう。その
代り……。いやそれは構わない。しかし私の過去はあなたに取ってそれほど有益でないかも知れませんよ
。聞かない方が増ましかも知れませんよ。それから、――今は話せないんだから、そのつもりでいて下さ
い。適当の時機が来なくっちゃ話さないんだから」
 私は下宿へ帰ってからも一種の圧迫を感じた。

三十二

 私の論文は自分が評価していたほどに、教授の眼にはよく見えなかったらしい。それでも私は予定通り
及第した。卒業式の日、私は黴臭かびくさくなった古い冬服を行李こうりの中から出して着た。式場にな
らぶと、どれもこれもみな暑そうな顔ばかりであった。私は風の通らない厚羅紗あつラシャの下に密封さ
れた自分の身体からだを持て余した。しばらく立っているうちに手に持ったハンケチがぐしょぐしょにな
った。
 私は式が済むとすぐ帰って裸体はだかになった。下宿の二階の窓をあけて、遠眼鏡とおめがねのように
ぐるぐる巻いた卒業証書の穴から、見えるだけの世の中を見渡した。それからその卒業証書を机の上に放
り出した。そうして大の字なりになって、室へやの真中に寝そべった。私は寝ながら自分の過去を顧みた
。また自分の未来を想像した。するとその間に立って一区切りを付けているこの卒業証書なるものが、意
味のあるような、また意味のないような変な紙に思われた。
 私はその晩先生の家へ御馳走ごちそうに招かれて行った。これはもし卒業したらその日の晩餐ばんさん
はよそで喰くわずに、先生の食卓で済ますという前からの約束であった。
 食卓は約束通り座敷の縁えん近くに据えられてあった。模様の織り出された厚い糊のりの硬こわい卓布

248 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:30:08.74 ID:twPsrBe10
り付けられるのですから、身体からだが倦怠だるく
てぐたぐたになりました。

三十

「こんな風ふうにして歩いていると、暑さと疲労とで自然身体からだの調子が狂って来るものです。もっ
とも病気とは違います。急に他ひとの身体の中へ、自分の霊魂が宿替やどがえをしたような気分になるの
です。私わたくしは平生へいぜいの通りKと口を利ききながら、どこかで平生の心持と離れるようになり
ました。彼に対する親しみも憎しみも、旅中りょちゅう限かぎりという特別な性質を帯おびる風になった
のです。つまり二人は暑さのため、潮しおのため、また歩行のため、在来と異なった新しい関係に入る事
ができたのでしょう。その時の我々はあたかも道づれになった行商ぎょうしょうのようなものでした。い
くら話をしてもいつもと違って、頭を使う込み入った問題には触れませんでした。
 我々はこの調子でとうとう銚子ちょうしまで行ったのですが、道中たった一つの例外があったのを今に
忘れる事ができないのです。まだ房州を離れない前、二人は小湊こみなとという所で、鯛たいの浦うらを
見物しました。もう年数ねんすうもよほど経たっていますし、それに私にはそれほど興味のない事ですか
ら、判然はんぜんとは覚えていませんが、何でもそこは日蓮にちれんの生れた村だとかいう話でした。日
蓮の生れた日に、鯛が二尾び磯いそに打ち上げられていたとかいう言伝いいつたえになっているのです。
それ以来村の漁師が鯛をとる事を遠慮して今に至ったのだから、浦には鯛が沢山いるのです。我々は小舟
を傭やとって、その鯛をわざわざ見に出掛けたのです。
 その時私はただ一図いちずに波を見ていました。そうしてその波の中に動く少し紫がかった鯛の色を、
面白い現象の一つとして飽かず眺めました。しかしKは私ほどそれに興味をもち得なかったものとみえま
す。彼は鯛よりもかえって日蓮の方を頭の中で想像していたらしいのです。ちょうどそこに誕生寺たんじ
ょうじという寺がありました。日蓮の生れた村だから誕生寺とでも名を付けたものでしょう、立派な伽藍
がらんでした。Kはその寺に行って住持じゅうじに会ってみるといい出しました。実をいうと、我々はず
いぶん変な服装なりをしていたのです。ことにKは風のために帽子を海に吹き飛ばされた結果、菅笠すげ
がさを買って被かぶっていました。着物は固もとより双方とも垢あかじみた上に汗で臭くさくなっていま
した。私は坊さんなどに会うのは止よそうといいました。Kは強情ごうじょうだから聞きません。厭いや
なら私だけ外に待っていろというのです。私は仕方がないからいっしょに玄関にかかりましたが、心のう
ちではきっと断られるに違いないと思っていました。ところが坊さんというものは案外丁寧ていねいなも
ので、広い立派な座敷へ私たちを通して、すぐ会ってくれました。その時分の私はKと大分だいぶ考えが
違っていましたから、坊さんとKの談話にそれほど耳を傾ける気も起りませんでしたが、Kはしきりに日
蓮の事を聞いていたようです。日蓮は草日蓮そうにちれんといわれるくらいで、草書そうしょが大変上手
であったと坊さんがいった時、字の拙まずいKは、何だ下らないという顔をしたのを私はまだ覚えていま
す。Kはそんな事よりも、もっと深い意味の日蓮が知りたかったのでしょう。坊さんがその点でKを満足
させたかどうかは疑問ですが、彼は寺の境内けいだいを出ると、しきりに私に向って日蓮の事を云々うん
ぬんし出しました。私は暑くて草臥くたびれて、それどころではありませんでしたから、ただ口の先で好
いい加減な挨拶あいさつをしていました。それも面倒になってしまいには全く黙ってしまったのです。
 たしかその翌あくる晩の事だと思いますが、二人は宿へ着いて飯めしを食って、もう寝ようという少し
前になってから、急にむずかしい問題を論じ合い出しました。Kは昨日きのう自分の方から話しかけた日
蓮の事について、私が取り合わなかったのを、快く思っていなかったのです。精神的に向上心がないもの
は馬鹿だといって、何だか私をさも軽薄もののようにやり込めるのです。ところが私の胸にはお嬢さんの
事が蟠わだかまっていますから、彼の侮蔑ぶべつに近い言葉をただ笑って受け取る訳にいきません。私は
私で弁解を始めたのです。

三十一

「その時私はしきりに人間らしいという言葉を使いました。Kはこの人間らしいという言葉のうちに、私
が自分の弱点のすべてを隠しているというのです。なるほど後から考えれば、Kのいう通りでした。しか
し人間らしくない意味をKに納得させるためにその言葉を使い出した私には、出立点しゅったつてんがす

249 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:30:17.68 ID:twPsrBe10
でに反抗的でしたから、それを反省するような余裕はありません。私はなおの事自説を主張しました。す
るとKが彼のどこをつらまえて人間らしくないというのかと私に聞くのです。私は彼に告げました。――
君は人間らしいのだ。あるいは人間らし過ぎるかも知れないのだ。けれども口の先だけでは人間らしくな
いような事をいうのだ。また人間らしくないように振舞おうとするのだ。
 私がこういった時、彼はただ自分の修養が足りないから、他ひとにはそう見えるかも知れないと答えた
だけで、一向いっこう私を反駁はんばくしようとしませんでした。私は張合いが抜けたというよりも、か
えって気の毒になりました。私はすぐ議論をそこで切り上げました。彼の調子もだんだん沈んで来ました
。もし私が彼の知っている通り昔の人を知るならば、そんな攻撃はしないだろうといって悵然ちょうぜん
としていました。Kの口にした昔の人とは、無論英雄でもなければ豪傑でもないのです。霊のために肉を
虐しいたげたり、道のために体たいを鞭むちうったりしたいわゆる難行苦行なんぎょうくぎょうの人を指
すのです。Kは私に、彼がどのくらいそのために苦しんでいるか解わからないのが、いかにも残念だと明
言しました。
 Kと私とはそれぎり寝てしまいました。そうしてその翌あくる日からまた普通の行商ぎょうしょうの態
度に返って、うんうん汗を流しながら歩き出したのです。しかし私は路々みちみちその晩の事をひょいひ
ょいと思い出しました。私にはこの上もない好いい機会が与えられたのに、知らない振ふりをしてなぜそ
れをやり過ごしたのだろうという悔恨の念が燃えたのです。私は人間らしいという抽象的な言葉を用いる
代りに、もっと直截ちょくせつで簡単な話をKに打ち明けてしまえば好かったと思い出したのです。実を
いうと、私がそんな言葉を創造したのも、お嬢さんに対する私の感情が土台になっていたのですから、事
実を蒸溜じょうりゅうして拵こしらえた理論などをKの耳に吹き込むよりも、原もとの形かたちそのまま
を彼の眼の前に露出した方が、私にはたしかに利益だったでしょう。私にそれができなかったのは、学問
の交際が基調を構成している二人の親しみに、自おのずから一種の惰性があったため、思い切ってそれを
突き破るだけの勇気が私に欠けていたのだという事をここに自白します。気取り過ぎたといっても、虚栄
心が祟たたったといっても同じでしょうが、私のいう気取るとか虚栄とかいう意味は、普通のとは少し違
います。それがあなたに通じさえすれば、私は満足なのです。
 我々は真黒になって東京へ帰りました。帰った時は私の気分がまた変っていました。人間らしいとか、
人間らしくないとかいう小理屈こりくつはほとんど頭の中に残っていませんでした。Kにも宗教家らしい
様子が全く見えなくなりました。おそらく彼の心のどこにも霊がどうの肉がどうのという問題は、その時
宿っていなかったでしょう。二人は異人種のような顔をして、忙しそうに見える東京をぐるぐる眺ながめ
ました。それから両国りょうごくへ来て、暑いのに軍鶏しゃもを食いました。Kはその勢いきおいで小石
川こいしかわまで歩いて帰ろうというのです。体力からいえばKよりも私の方が強いのですから、私はす
ぐ応じました。
 宅うちへ着いた時、奥さんは二人の姿を見て驚きました。二人はただ色が黒くなったばかりでなく、む
やみに歩いていたうちに大変瘠やせてしまったのです。奥さんはそれでも丈夫そうになったといって賞ほ
めてくれるのです。お嬢さんは奥さんの矛盾がおかしいといってまた笑い出しました。旅行前時々腹の立
った私も、その時だけは愉快な心持がしました。場合が場合なのと、久しぶりに聞いたせいでしょう。

三十二

「それのみならず私わたくしはお嬢さんの態度の少し前と変っているのに気が付きました。久しぶりで旅
から帰った私たちが平生へいぜいの通り落ち付くまでには、万事について女の手が必要だったのですが、
その世話をしてくれる奥さんはとにかく、お嬢さんがすべて私の方を先にして、Kを後廻あとまわしにす
るように見えたのです。それを露骨にやられては、私も迷惑したかもしれません。場合によってはかえっ
て不快の念さえ起しかねなかったろうと思うのですが、お嬢さんの所作しょさはその点で甚だ要領を得て
いたから、私は嬉うれしかったのです。つまりお嬢さんは私だけに解わかるように、持前もちまえの親切
を余分に私の方へ割り宛あててくれたのです。だからKは別に厭いやな顔もせずに平気でいました。私は
心の中うちでひそかに彼に対する※(「りっしんべん+豈」、第3水準1-84-59)歌がいかを奏し

250 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:30:26.64 ID:twPsrBe10
ました。
 やがて夏も過ぎて九月の中頃なかごろから我々はまた学校の課業に出席しなければならない事になりま
した。Kと私とは各自てんでんの時間の都合で出入りの刻限にまた遅速ができてきました。私がKより後
おくれて帰る時は一週に三度ほどありましたが、いつ帰ってもお嬢さんの影をKの室へやに認める事はな
いようになりました。Kは例の眼を私の方に向けて、「今帰ったのか」を規則のごとく繰り返しました。
私の会釈もほとんど器械のごとく簡単でかつ無意味でした。
 たしか十月の中頃と思います。私は寝坊ねぼうをした結果、日本服にほんふくのまま急いで学校へ出た
事があります。穿物はきものも編上あみあげなどを結んでいる時間が惜しいので、草履ぞうりを突っかけ
たなり飛び出したのです。その日は時間割からいうと、Kよりも私の方が先へ帰るはずになっていました
。私は戻って来ると、そのつもりで玄関の格子こうしをがらりと開けたのです。するといないと思ってい
たKの声がひょいと聞こえました。同時にお嬢さんの笑い声が私の耳に響きました。私はいつものように
手数てかずのかかる靴を穿はいていないから、すぐ玄関に上がって仕切しきりの襖ふすまを開けました。
私は例の通り机の前に坐すわっているKを見ました。しかしお嬢さんはもうそこにはいなかったのです。
私はあたかもKの室へやから逃のがれ出るように去るその後姿うしろすがたをちらりと認めただけでした
。私はKにどうして早く帰ったのかと問いました。Kは心持が悪いから休んだのだと答えました。私が自
分の室にはいってそのまま坐っていると、間もなくお嬢さんが茶を持って来てくれました。その時お嬢さ
んは始めてお帰りといって私に挨拶あいさつをしました。私は笑いながらさっきはなぜ逃げたんですと聞
けるような捌さばけた男ではありません。それでいて腹の中では何だかその事が気にかかるような人間だ
ったのです。お嬢さんはすぐ座を立って縁側伝えんがわづたいに向うへ行ってしまいました。しかしKの
室の前に立ち留まって、二言ふたこと三言みこと内と外とで話をしていました。それは先刻さっきの続き
らしかったのですが、前を聞かない私にはまるで解りませんでした。
 そのうちお嬢さんの態度がだんだん平気になって来ました。Kと私がいっしょに宅うちにいる時でも、
よくKの室へやの縁側へ来て彼の名を呼びました。そうしてそこへ入って、ゆっくりしていました。無論
郵便を持って来る事もあるし、洗濯物を置いてゆく事もあるのですから、そのくらいの交通は同じ宅にい
る二人の関係上、当然と見なければならないのでしょうが、ぜひお嬢さんを専有したいという強烈な一念
に動かされている私には、どうしてもそれが当然以上に見えたのです。ある時はお嬢さんがわざわざ私の
室へ来るのを回避して、Kの方ばかりへ行くように思われる事さえあったくらいです。それならなぜKに
宅を出てもらわないのかとあなたは聞くでしょう。しかしそうすれば私がKを無理に引張ひっぱって来た
主意が立たなくなるだけです。私にはそれができないのです。

三十三

「十一月の寒い雨の降る日の事でした。私わたくしは外套がいとうを濡ぬらして例の通り蒟蒻閻魔こんに
ゃくえんまを抜けて細い坂路さかみちを上あがって宅うちへ帰りました。Kの室は空虚がらんどうでした
けれども、火鉢には継ぎたての火が暖かそうに燃えていました。私も冷たい手を早く赤い炭の上に翳かざ
そうと思って、急いで自分の室の仕切しきりを開けました。すると私の火鉢には冷たい灰が白く残ってい
るだけで、火種ひだねさえ尽きているのです。私は急に不愉快になりました。
 その時私の足音を聞いて出て来たのは、奥さんでした。奥さんは黙って室の真中に立っている私を見て
、気の毒そうに外套を脱がせてくれたり、日本服を着せてくれたりしました。それから私が寒いというの
を聞いて、すぐ次の間まからKの火鉢を持って来てくれました。私がKはもう帰ったのかと聞きましたら
、奥さんは帰ってまた出たと答えました。その日もKは私より後おくれて帰る時間割だったのですから、
私はどうした訳かと思いました。奥さんは大方おおかた用事でもできたのだろうといっていました。
 私はしばらくそこに坐すわったまま書見しょけんをしました。宅の中がしんと静まって、誰だれの話し
声も聞こえないうちに、初冬はつふゆの寒さと佗わびしさとが、私の身体からだに食い込むような感じが
しました。私はすぐ書物を伏せて立ち上りました。私はふと賑にぎやかな所へ行きたくなったのです。雨

251 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:30:35.93 ID:twPsrBe10
はやっと歇あがったようですが、空はまだ冷たい鉛のように重く見えたので、私は用心のため、蛇じゃの
目めを肩に担かついで、砲兵ほうへい工廠こうしょうの裏手の土塀どべいについて東へ坂を下おりました
。その時分はまだ道路の改正ができない頃ころなので、坂の勾配こうばいが今よりもずっと急でした。道
幅も狭くて、ああ真直まっすぐではなかったのです。その上あの谷へ下りると、南が高い建物で塞ふさが
っているのと、放水みずはきがよくないのとで、往来はどろどろでした。ことに細い石橋を渡って柳町や
なぎちょうの通りへ出る間が非道ひどかったのです。足駄あしだでも長靴でもむやみに歩く訳にはゆきま
せん。誰でも路みちの真中に自然と細長く泥が掻かき分けられた所を、後生ごしょう大事だいじに辿たど
って行かなければならないのです。その幅は僅わずか一、二尺しゃくしかないのですから、手もなく往来
に敷いてある帯の上を踏んで向うへ越すのと同じ事です。行く人はみんな一列になってそろそろ通り抜け
ます。私はこの細帯の上で、はたりとKに出合いました。足の方にばかり気を取られていた私は、彼と向
き合うまで、彼の存在にまるで気が付かずにいたのです。私は不意に自分の前が塞ふさがったので偶然眼
を上げた時、始めてそこに立っているKを認めたのです。私はKにどこへ行ったのかと聞きました。Kは
ちょっとそこまでといったぎりでした。彼の答えはいつもの通りふんという調子でした。Kと私は細い帯
の上で身体を替かわせました。するとKのすぐ後ろに一人の若い女が立っているのが見えました。近眼の
私には、今までそれがよく分らなかったのですが、Kをやり越した後あとで、その女の顔を見ると、それ
が宅うちのお嬢さんだったので、私は少なからず驚きました。お嬢さんは心持薄赤い顔をして、私に挨拶
あいさつをしました。その時分の束髪そくはつは今と違って廂ひさしが出ていないのです、そうして頭の
真中まんなかに蛇へびのようにぐるぐる巻きつけてあったものです。私はぼんやりお嬢さんの頭を見てい
ましたが、次の瞬間に、どっちか路みちを譲らなければならないのだという事に気が付きました。私は思
い切ってどろどろの中へ片足踏ふん込ごみました。そうして比較的通りやすい所を空あけて、お嬢さんを
渡してやりました。
 それから柳町の通りへ出た私はどこへ行って好いいか自分にも分らなくなりました。どこへ行っても面
白くないような心持がするのです。私は飛泥はねの上がるのも構わずに、糠ぬかる海みの中を自暴やけに
どしどし歩きました。それから直すぐ宅へ帰って来ました。

三十四

「私はKに向ってお嬢さんといっしょに出たのかと聞きました。Kはそうではないと答えました。真砂町
まさごちょうで偶然出会ったから連れ立って帰って来たのだと説明しました。私はそれ以上に立ち入った
質問を控えなければなりませんでした。しかし食事の時、またお嬢さんに向って、同じ問いを掛けたくな
りました。するとお嬢さんは私の嫌いな例の笑い方をするのです。そうしてどこへ行ったか中あててみろ
としまいにいうのです。その頃ころの私はまだ癇癪かんしゃく持もちでしたから、そう不真面目ふまじめ
に若い女から取り扱われると腹が立ちました。ところがそこに気の付くのは、同じ食卓に着いているもの
のうちで奥さん一人だったのです。Kはむしろ平気でした。お嬢さんの態度になると、知ってわざとやる
のか、知らないで無邪気むじゃきにやるのか、そこの区別がちょっと判然はんぜんしない点がありました
。若い女としてお嬢さんは思慮に富んだ方ほうでしたけれども、その若い女に共通な私の嫌いなところも
、あると思えば思えなくもなかったのです。そうしてその嫌いなところは、Kが宅へ来てから、始めて私
の眼に着き出したのです。私はそれをKに対する私の嫉妬しっとに帰きしていいものか、または私に対す
るお嬢さんの技巧と見傚みなしてしかるべきものか、ちょっと分別に迷いました。私は今でも決してその
時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません。私はたびたび繰り返した通り、愛の裏面りめんにこの感情の
働きを明らかに意識していたのですから。しかも傍はたのものから見ると、ほとんど取るに足りない瑣事
さじに、この感情がきっと首を持ち上げたがるのでしたから。これは余事よじですが、こういう嫉妬しっ
とは愛の半面じゃないでしょうか。私は結婚してから、この感情がだんだん薄らいで行くのを自覚しまし
た。その代り愛情の方も決して元のように猛烈ではないのです。
 私はそれまで躊躇ちゅうちょしていた自分の心を、一思ひとおもいに相手の胸へ擲たたき付けようかと

252 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:30:44.77 ID:twPsrBe10
考え出しました。私の相手というのはお嬢さんではありません、奥さんの事です。奥さんにお嬢さんを呉
くれろと明白な談判を開こうかと考えたのです。しかしそう決心しながら、一日一日と私は断行の日を延
ばして行ったのです。そういうと私はいかにも優柔ゆうじゅうな男のように見えます、また見えても構い
ませんが、実際私の進みかねたのは、意志の力に不足があったためではありません。Kの来ないうちは、
他ひとの手に乗るのが厭いやだという我慢が私を抑おさえ付けて、一歩も動けないようにしていました。
Kの来た後のちは、もしかするとお嬢さんがKの方に意があるのではなかろうかという疑念が絶えず私を
制するようになったのです。はたしてお嬢さんが私よりもKに心を傾けているならば、この恋は口へいい
出す価値のないものと私は決心していたのです。恥を掻かかせられるのが辛つらいなどというのとは少し
訳が違います。こっちでいくら思っても、向うが内心他ほかの人に愛の眼まなこを注そそいでいるならば
、私はそんな女といっしょになるのは厭なのです。世の中では否応いやおうなしに自分の好いた女を嫁に
貰もらって嬉うれしがっている人もありますが、それは私たちよりよっぽど世間ずれのした男か、さもな
ければ愛の心理がよく呑のみ込めない鈍物どんぶつのする事と、当時の私は考えていたのです。一度貰っ
てしまえばどうかこうか落ち付くものだぐらいの哲理では、承知する事ができないくらい私は熱していま
した。つまり私は極めて高尚な愛の理論家だったのです。同時にもっとも迂遠うえんな愛の実際家だった
のです。
 肝心かんじんのお嬢さんに、直接この私というものを打ち明ける機会も、長くいっしょにいるうちには
時々出て来たのですが、私はわざとそれを避けました。日本の習慣として、そういう事は許されていない
のだという自覚が、その頃の私には強くありました。しかし決してそればかりが私を束縛したとはいえま
せん。日本人、ことに日本の若い女は、そんな場合に、相手に気兼きがねなく自分の思った通りを遠慮せ
ずに口にするだけの勇気に乏しいものと私は見込んでいたのです。

三十五

「こんな訳で私わたくしはどちらの方面へ向っても進む事ができずに立ち竦すくんでいました。身体から
だの悪い時に午睡ひるねなどをすると、眼だけ覚さめて周囲のものが判然はっきり見えるのに、どうして
も手足の動かせない場合がありましょう。私は時としてああいう苦しみを人知れず感じたのです。
 その内うち年が暮れて春になりました。ある日奥さんがKに歌留多かるたをやるから誰だれか友達を連
れて来ないかといった事があります。するとKはすぐ友達なぞは一人もないと答えたので、奥さんは驚い
てしまいました。なるほどKに友達というほどの友達は一人もなかったのです。往来で会った時挨拶あい
さつをするくらいのものは多少ありましたが、それらだって決して歌留多かるたなどを取る柄がらではな
かったのです。奥さんはそれじゃ私の知ったものでも呼んで来たらどうかといい直しましたが、私も生憎
あいにくそんな陽気な遊びをする心持になれないので、好いい加減な生返事なまへんじをしたなり、打ち
やっておきました。ところが晩になってKと私はとうとうお嬢さんに引っ張り出されてしまいました。客
も誰も来ないのに、内々うちうちの小人数こにんずだけで取ろうという歌留多ですからすこぶる静かなも
のでした。その上こういう遊技をやり付けないKは、まるで懐手ふところでをしている人と同様でした。
私はKに一体百人一首ひゃくにんいっしゅの歌を知っているのかと尋ねました。Kはよく知らないと答え
ました。私の言葉を聞いたお嬢さんは、大方おおかたKを軽蔑けいべつするとでも取ったのでしょう。そ
れから眼に立つようにKの加勢をし出しました。しまいには二人がほとんど組になって私に当るという有
様になって来ました。私は相手次第では喧嘩けんかを始めたかも知れなかったのです。幸いにKの態度は
少しも最初と変りませんでした。彼のどこにも得意らしい様子を認めなかった私は、無事にその場を切り
上げる事ができました。
 それから二、三日経たった後のちの事でしたろう、奥さんとお嬢さんは朝から市ヶ谷にいる親類の所へ
行くといって宅うちを出ました。Kも私もまだ学校の始まらない頃ころでしたから、留守居同様あとに残
っていました。私は書物を読むのも散歩に出るのも厭いやだったので、ただ漠然と火鉢の縁ふちに肱ひじ
を載せて凝じっと顋あごを支えたなり考えていました。隣となりの室へやにいるKも一向いっこう音を立

253 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:30:53.73 ID:twPsrBe10
てませんでした。双方ともいるのだかいないのだか分らないくらい静かでした。もっともこういう事は、
二人の間柄として別に珍しくも何ともなかったのですから、私は別段それを気にも留めませんでした。
 十時頃になって、Kは不意に仕切りの襖ふすまを開けて私と顔を見合みあわせました。彼は敷居の上に
立ったまま、私に何を考えていると聞きました。私はもとより何も考えていなかったのです。もし考えて
いたとすれば、いつもの通りお嬢さんが問題だったかも知れません。そのお嬢さんには無論奥さんも食っ
付いていますが、近頃ではK自身が切り離すべからざる人のように、私の頭の中をぐるぐる回めぐって、
この問題を複雑にしているのです。Kと顔を見合せた私は、今まで朧気おぼろげに彼を一種の邪魔ものの
如く意識していながら、明らかにそうと答える訳にいかなかったのです。私は依然として彼の顔を見て黙
っていました。するとKの方からつかつかと私の座敷へ入って来て、私のあたっている火鉢の前に坐すわ
りました。私はすぐ両肱りょうひじを火鉢の縁から取り除のけて、心持それをKの方へ押しやるようにし
ました。
 Kはいつもに似合わない話を始めました。奥さんとお嬢さんは市ヶ谷のどこへ行ったのだろうというの
です。私は大方叔母おばさんの所だろうと答えました。Kはその叔母さんは何だとまた聞きます。私はや
はり軍人の細君さいくんだと教えてやりました。すると女の年始は大抵十五日過すぎだのに、なぜそんな
に早く出掛けたのだろうと質問するのです。私はなぜだか知らないと挨拶するより外ほかに仕方がありま
せんでした。

三十六

「Kはなかなか奥さんとお嬢さんの話を已やめませんでした。しまいには私わたくしも答えられないよう
な立ち入った事まで聞くのです。私は面倒よりも不思議の感に打たれました。以前私の方から二人を問題
にして話しかけた時の彼を思い出すと、私はどうしても彼の調子の変っているところに気が付かずにはい
られないのです。私はとうとうなぜ今日に限ってそんな事ばかりいうのかと彼に尋ねました。その時彼は
突然黙りました。しかし私は彼の結んだ口元の肉が顫ふるえるように動いているのを注視しました。彼は
元来無口な男でした。平生へいぜいから何かいおうとすると、いう前によく口のあたりをもぐもぐさせる
癖くせがありました。彼の唇がわざと彼の意志に反抗するように容易たやすく開あかないところに、彼の
言葉の重みも籠こもっていたのでしょう。一旦いったん声が口を破って出るとなると、その声には普通の
人よりも倍の強い力がありました。
 彼の口元をちょっと眺ながめた時、私はまた何か出て来るなとすぐ疳付かんづいたのですが、それがは
たして何なんの準備なのか、私の予覚はまるでなかったのです。だから驚いたのです。彼の重々しい口か
ら、彼のお嬢さんに対する切ない恋を打ち明けられた時の私を想像してみて下さい。私は彼の魔法棒のた
めに一度に化石されたようなものです。口をもぐもぐさせる働きさえ、私にはなくなってしまったのです

 その時の私は恐ろしさの塊かたまりといいましょうか、または苦しさの塊りといいましょうか、何しろ
一つの塊りでした。石か鉄のように頭から足の先までが急に固くなったのです。呼吸をする弾力性さえ失
われたくらいに堅くなったのです。幸いな事にその状態は長く続きませんでした。私は一瞬間の後のちに
、また人間らしい気分を取り戻しました。そうして、すぐ失策しまったと思いました。先せんを越された
なと思いました。
 しかしその先さきをどうしようという分別はまるで起りません。恐らく起るだけの余裕がなかったので
しょう。私は腋わきの下から出る気味のわるい汗が襯衣シャツに滲しみ透とおるのを凝じっと我慢して動
かずにいました。Kはその間あいだいつもの通り重い口を切っては、ぽつりぽつりと自分の心を打ち明け
てゆきます。私は苦しくって堪たまりませんでした。おそらくその苦しさは、大きな広告のように、私の
顔の上に判然はっきりした字で貼はり付けられてあったろうと私は思うのです。いくらKでもそこに気の
付かないはずはないのですが、彼はまた彼で、自分の事に一切いっさいを集中しているから、私の表情な
どに注意する暇がなかったのでしょう。彼の自白は最初から最後まで同じ調子で貫いていました。重くて
鈍のろい代りに、とても容易な事では動かせないという感じを私に与えたのです。私の心は半分その自白
を聞いていながら、半分どうしようどうしようという念に絶えず掻かき乱されていましたから、細こまか

254 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:31:02.79 ID:twPsrBe10
い点になるとほとんど耳へ入らないと同様でしたが、それでも彼の口に出す言葉の調子だけは強く胸に響
きました。そのために私は前いった苦痛ばかりでなく、ときには一種の恐ろしさを感ずるようになったの
です。つまり相手は自分より強いのだという恐怖の念が萌きざし始めたのです。
 Kの話が一通り済んだ時、私は何ともいう事ができませんでした。こっちも彼の前に同じ意味の自白を
したものだろうか、それとも打ち明けずにいる方が得策だろうか、私はそんな利害を考えて黙っていたの
ではありません。ただ何事もいえなかったのです。またいう気にもならなかったのです。
 午食ひるめしの時、Kと私は向い合せに席を占めました。下女げじょに給仕をしてもらって、私はいつ
にない不味まずい飯めしを済ませました。二人は食事中もほとんど口を利ききませんでした。奥さんとお
嬢さんはいつ帰るのだか分りませんでした。

三十七

「二人は各自めいめいの室へやに引き取ったぎり顔を合わせませんでした。Kの静かな事は朝と同じでし
た。私わたくしも凝じっと考え込んでいました。
 私は当然自分の心をKに打ち明けるべきはずだと思いました。しかしそれにはもう時機が後おくれてし
まったという気も起りました。なぜ先刻さっきKの言葉を遮さえぎって、こっちから逆襲しなかったのか
、そこが非常な手落てぬかりのように見えて来ました。せめてKの後あとに続いて、自分は自分の思う通
りをその場で話してしまったら、まだ好かったろうにとも考えました。Kの自白に一段落が付いた今とな
って、こっちからまた同じ事を切り出すのは、どう思案しても変でした。私はこの不自然に打ち勝つ方法
を知らなかったのです。私の頭は悔恨に揺ゆられてぐらぐらしました。
 私はKが再び仕切しきりの襖ふすまを開あけて向うから突進してきてくれれば好いいと思いました。私
にいわせれば、先刻はまるで不意撃ふいうちに会ったも同じでした。私にはKに応ずる準備も何もなかっ
たのです。私は午前に失ったものを、今度は取り戻そうという下心したごころを持っていました。それで
時々眼を上げて、襖を眺ながめました。しかしその襖はいつまで経たっても開あきません。そうしてKは
永久に静かなのです。
 その内うち私の頭は段々この静かさに掻かき乱されるようになって来ました。Kは今襖の向うで何を考
えているだろうと思うと、それが気になって堪たまらないのです。不断もこんな風ふうにお互いが仕切一
枚を間に置いて黙り合っている場合は始終あったのですが、私はKが静かであればあるほど、彼の存在を
忘れるのが普通の状態だったのですから、その時の私はよほど調子が狂っていたものと見なければなりま
せん。それでいて私はこっちから進んで襖を開ける事ができなかったのです。一旦いったんいいそびれた
私は、また向うから働き掛けられる時機を待つより外ほかに仕方がなかったのです。
 しまいに私は凝じっとしておられなくなりました。無理に凝としていれば、Kの部屋へ飛び込みたくな
るのです。私は仕方なしに立って縁側へ出ました。そこから茶の間へ来て、何という目的もなく、鉄瓶て
つびんの湯を湯呑ゆのみに注ついで一杯呑みました。それから玄関へ出ました。私はわざとKの室を回避
するようにして、こんな風に自分を往来の真中に見出みいだしたのです。私には無論どこへ行くという的
あてもありません。ただ凝じっとしていられないだけでした。それで方角も何も構わずに、正月の町を、
むやみに歩き廻まわったのです。私の頭はいくら歩いてもKの事でいっぱいになっていました。私もKを
振ふるい落す気で歩き廻る訳ではなかったのです。むしろ自分から進んで彼の姿を咀嚼そしゃくしながら
うろついていたのです。
 私には第一に彼が解かいしがたい男のように見えました。どうしてあんな事を突然私に打ち明けたのか
、またどうして打ち明けなければいられないほどに、彼の恋が募つのって来たのか、そうして平生の彼は
どこに吹き飛ばされてしまったのか、すべて私には解しにくい問題でした。私は彼の強い事を知っていま
した。また彼の真面目まじめな事を知っていました。私はこれから私の取るべき態度を決する前に、彼に
ついて聞かなければならない多くをもっていると信じました。同時にこれからさき彼を相手にするのが変
に気味が悪かったのです。私は夢中に町の中を歩きながら、自分の室に凝じっと坐すわっている彼の容貌
ようぼうを始終眼の前に描えがき出しました。しかもいくら私が歩いても彼を動かす事は到底できないの
だという声がどこかで聞こえるのです。つまり私には彼が一種の魔物のように思えたからでしょう。私は

255 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:31:11.79 ID:twPsrBe10
永久彼に祟たたられたのではなかろうかという気さえしました。
 私が疲れて宅うちへ帰った時、彼の室は依然として人気ひとけのないように静かでした。

三十八

「私が家へはいると間もなく俥くるまの音が聞こえました。今のように護謨輪ゴムわのない時分でしたか
ら、がらがらいう厭いやな響ひびきがかなりの距離でも耳に立つのです。車はやがて門前で留まりました

 私が夕飯ゆうめしに呼び出されたのは、それから三十分ばかり経たった後あとの事でしたが、まだ奥さ
んとお嬢さんの晴着はれぎが脱ぎ棄すてられたまま、次の室を乱雑に彩いろどっていました。二人は遅く
なると私たちに済まないというので、飯の支度に間に合うように、急いで帰って来たのだそうです。しか
し奥さんの親切はKと私とに取ってほとんど無効も同じ事でした。私は食卓に坐りながら、言葉を惜しが
る人のように、素気そっけない挨拶あいさつばかりしていました。Kは私よりもなお寡言かげんでした。
たまに親子連おやこづれで外出した女二人の気分が、また平生へいぜいよりは勝すぐれて晴れやかだった
ので、我々の態度はなおの事眼に付きます。奥さんは私にどうかしたのかと聞きました。私は少し心持が
悪いと答えました。実際私は心持が悪かったのです。すると今度はお嬢さんがKに同じ問いを掛けました
。Kは私のように心持が悪いとは答えません。ただ口が利ききたくないからだといいました。お嬢さんは
なぜ口が利きたくないのかと追窮ついきゅうしました。私はその時ふと重たい瞼まぶたを上げてKの顔を
見ました。私にはKが何と答えるだろうかという好奇心があったのです。Kの唇は例のように少し顫ふる
えていました。それが知らない人から見ると、まるで返事に迷っているとしか思われないのです。お嬢さ
んは笑いながらまた何かむずかしい事を考えているのだろうといいました。Kの顔は心持薄赤くなりまし
た。
 その晩私はいつもより早く床とこへ入りました。私が食事の時気分が悪いといったのを気にして、奥さ
んは十時頃蕎麦湯そばゆを持って来てくれました。しかし私の室へやはもう真暗まっくらでした。奥さん
はおやおやといって、仕切りの襖ふすまを細目に開けました。洋燈ランプの光がKの机から斜ななめにぼ
んやりと私の室に差し込みました。Kはまだ起きていたものとみえます。奥さんは枕元まくらもとに坐っ
て、大方おおかた風邪かぜを引いたのだろうから身体からだを暖あっためるがいいといって、湯呑ゆのみ
を顔の傍そばへ突き付けるのです。私はやむをえず、どろどろした蕎麦湯を奥さんの見ている前で飲みま
した。
 私は遅くなるまで暗いなかで考えていました。無論一つ問題をぐるぐる廻転かいてんさせるだけで、外
ほかに何の効力もなかったのです。私は突然Kが今隣りの室で何をしているだろうと思い出しました。私
は半ば無意識においと声を掛けました。すると向うでもおいと返事をしました。Kもまだ起きていたので
す。私はまだ寝ないのかと襖ごしに聞きました。もう寝るという簡単な挨拶あいさつがありました。何を
しているのだと私は重ねて問いました。今度はKの答えがありません。その代り五、六分経ったと思う頃
に、押入おしいれをがらりと開けて、床とこを延べる音が手に取るように聞こえました。私はもう何時な
んじかとまた尋ねました。Kは一時二十分だと答えました。やがて洋燈ランプをふっと吹き消す音がして
、家中うちじゅうが真暗なうちに、しんと静まりました。
 しかし私の眼はその暗いなかでいよいよ冴さえて来るばかりです。私はまた半ば無意識な状態で、おい
とKに声を掛けました。Kも以前と同じような調子で、おいと答えました。私は今朝けさ彼から聞いた事
について、もっと詳しい話をしたいが、彼の都合はどうだと、とうとうこっちから切り出しました。私は
無論襖越ふすまごしにそんな談話を交換する気はなかったのですが、Kの返答だけは即坐に得られる事と
考えたのです。ところがKは先刻さっきから二度おいと呼ばれて、二度おいと答えたような素直すなおな
調子で、今度は応じません。そうだなあと低い声で渋っています。私はまたはっと思わせられました。

三十九

「Kの生返事なまへんじは翌日よくじつになっても、その翌日になっても、彼の態度によく現われていま
した。彼は自分から進んで例の問題に触れようとする気色けしきを決して見せませんでした。もっとも機
会もなかったのです。奥さんとお嬢さんが揃そろって一日宅うちを空あけでもしなければ、二人はゆっく
り落ち付いて、そういう事を話し合う訳にも行かないのですから。私わたくしはそれをよく心得ていまし

256 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:31:20.66 ID:twPsrBe10
た。心得ていながら、変にいらいらし出すのです。その結果始めは向うから来るのを待つつもりで、暗あ
んに用意をしていた私が、折があったらこっちで口を切ろうと決心するようになったのです。
 同時に私は黙って家うちのものの様子を観察して見ました。しかし奥さんの態度にもお嬢さんの素振そ
ぶりにも、別に平生へいぜいと変った点はありませんでした。Kの自白以前と自白以後とで、彼らの挙動
にこれという差違が生じないならば、彼の自白は単に私だけに限られた自白で、肝心かんじんの本人にも
、またその監督者たる奥さんにも、まだ通じていないのは慥たしかでした。そう考えた時私は少し安心し
ました。それで無理に機会を拵こしらえて、わざとらしく話を持ち出すよりは、自然の与えてくれるもの
を取り逃さないようにする方が好かろうと思って、例の問題にはしばらく手を着けずにそっとしておく事
にしました。
 こういってしまえば大変簡単に聞こえますが、そうした心の経過には、潮しおの満干みちひと同じよう
に、色々の高低たかびくがあったのです。私はKの動かない様子を見て、それにさまざまの意味を付け加
えました。奥さんとお嬢さんの言語動作を観察して、二人の心がはたしてそこに現われている通りなのだ
ろうかと疑うたがってもみました。そうして人間の胸の中に装置された複雑な器械が、時計の針のように
、明瞭めいりょうに偽いつわりなく、盤上ばんじょうの数字を指し得うるものだろうかと考えました。要
するに私は同じ事をこうも取り、ああも取りした揚句あげく、漸ようやくここに落ち付いたものと思って
下さい。更にむずかしくいえば、落ち付くなどという言葉は、この際決して使われた義理でなかったのか
も知れません。
 その内うち学校がまた始まりました。私たちは時間の同じ日には連れ立って宅うちを出ます。都合がよ
ければ帰る時にもやはりいっしょに帰りました。外部から見たKと私は、何にも前と違ったところがない
ように親しくなったのです。けれども腹の中では、各自てんでんに各自てんでんの事を勝手に考えていた
に違いありません。ある日私は突然往来でKに肉薄しました。私が第一に聞いたのは、この間の自白が私
だけに限られているか、または奥さんやお嬢さんにも通じているかの点にあったのです。私のこれから取
るべき態度は、この問いに対する彼の答え次第で極きめなければならないと、私は思ったのです。すると
彼は外ほかの人にはまだ誰だれにも打ち明けていないと明言しました。私は事情が自分の推察通りだった
ので、内心嬉うれしがりました。私はKの私より横着なのをよく知っていました。彼の度胸にも敵かなわ
ないという自覚があったのです。けれども一方ではまた妙に彼を信じていました。学資の事で養家ようか
を三年も欺あざむいていた彼ですけれども、彼の信用は私に対して少しも損われていなかったのです。私
はそれがためにかえって彼を信じ出したくらいです。だからいくら疑い深い私でも、明白な彼の答えを腹
の中で否定する気は起りようがなかったのです。
 私はまた彼に向って、彼の恋をどう取り扱うつもりかと尋ねました。それが単なる自白に過ぎないのか
、またはその自白についで、実際的の効果をも収める気なのかと問うたのです。しかるに彼はそこになる
と、何にも答えません。黙って下を向いて歩き出します。私は彼に隠かくし立てをしてくれるな、すべて
思った通りを話してくれと頼みました。彼は何も私に隠す必要はないと判然はっきり断言しました。しか
し私の知ろうとする点には、一言いちごんの返事も与えないのです。私も往来だからわざわざ立ち留まっ
て底そこまで突き留める訳にいきません。ついそれなりにしてしまいました。

四十

「ある日私は久しぶりに学校の図書館に入りました。私は広い机の片隅で窓から射す光線を半身に受けな
がら、新着の外国雑誌を、あちらこちらと引ひっ繰くり返して見ていました。私は担任教師から専攻の学
科に関して、次の週までにある事項を調べて来いと命ぜられたのです。しかし私に必要な事柄がなかなか
見付からないので、私は二度も三度も雑誌を借り替えなければなりませんでした。最後に私はやっと自分
に必要な論文を探し出して、一心にそれを読み出しました。すると突然幅の広い机の向う側から小さな声
で私の名を呼ぶものがあります。私はふと眼を上げてそこに立っているKを見ました。Kはその上半身を
机の上に折り曲げるようにして、彼の顔を私に近付けました。ご承知の通り図書館では他ほかの人の邪魔
になるような大きな声で話をする訳にゆかないのですから、Kのこの所作しょさは誰でもやる普通の事な

257 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:31:29.67 ID:twPsrBe10
のですが、私はその時に限って、一種変な心持がしました。
 Kは低い声で勉強かと聞きました。私はちょっと調べものがあるのだと答えました。それでもKはまだ
その顔を私から放しません。同じ低い調子でいっしょに散歩をしないかというのです。私は少し待ってい
ればしてもいいと答えました。彼は待っているといったまま、すぐ私の前の空席に腰をおろしました。す
ると私は気が散って急に雑誌が読めなくなりました。何だかKの胸に一物いちもつがあって、談判でもし
に来られたように思われて仕方がないのです。私はやむをえず読みかけた雑誌を伏せて、立ち上がろうと
しました。Kは落ち付き払ってもう済んだのかと聞きます。私はどうでもいいのだと答えて、雑誌を返す
と共に、Kと図書館を出ました。
 二人は別に行く所もなかったので、竜岡町たつおかちょうから池いけの端はたへ出て、上野うえのの公
園の中へ入りました。その時彼は例の事件について、突然向うから口を切りました。前後の様子を綜合そ
うごうして考えると、Kはそのために私をわざわざ散歩に引ひっ張ぱり出だしたらしいのです。けれども
彼の態度はまだ実際的の方面へ向ってちっとも進んでいませんでした。彼は私に向って、ただ漠然と、ど
う思うというのです。どう思うというのは、そうした恋愛の淵ふちに陥おちいった彼を、どんな眼で私が
眺ながめるかという質問なのです。一言いちごんでいうと、彼は現在の自分について、私の批判を求めた
いようなのです。そこに私は彼の平生へいぜいと異なる点を確かに認める事ができたと思いました。たび
たび繰り返すようですが、彼の天性は他ひとの思わくを憚はばかるほど弱くでき上ってはいなかったので
す。こうと信じたら一人でどんどん進んで行くだけの度胸もあり勇気もある男なのです。養家ようか事件
でその特色を強く胸の裏うちに彫ほり付けられた私が、これは様子が違うと明らかに意識したのは当然の
結果なのです。
 私がKに向って、この際何なんで私の批評が必要なのかと尋ねた時、彼はいつもにも似ない悄然しょう
ぜんとした口調で、自分の弱い人間であるのが実際恥ずかしいといいました。そうして迷っているから自
分で自分が分らなくなってしまったので、私に公平な批評を求めるより外ほかに仕方がないといいました
。私は隙すかさず迷うという意味を聞き糺ただしました。彼は進んでいいか退しりぞいていいか、それに
迷うのだと説明しました。私はすぐ一歩先へ出ました。そうして退こうと思えば退けるのかと彼に聞きま
した。すると彼の言葉がそこで不意に行き詰りました。彼はただ苦しいといっただけでした。実際彼の表
情には苦しそうなところがありありと見えていました。もし相手がお嬢さんでなかったならば、私はどん
なに彼に都合のいい返事を、その渇かわき切った顔の上に慈雨じうの如く注そそいでやったか分りません
。私はそのくらいの美しい同情をもって生れて来た人間と自分ながら信じています。しかしその時の私は
違っていました。

四十一

「私はちょうど他流試合でもする人のようにKを注意して見ていたのです。私は、私の眼、私の心、私の
身体からだ、すべて私という名の付くものを五分ぶの隙間すきまもないように用意して、Kに向ったので
す。罪のないKは穴だらけというよりむしろ明け放しと評するのが適当なくらいに無用心でした。私は彼
自身の手から、彼の保管している要塞ようさいの地図を受け取って、彼の眼の前でゆっくりそれを眺なが
める事ができたも同じでした。
 Kが理想と現実の間に彷徨ほうこうしてふらふらしているのを発見した私は、ただ一打ひとうちで彼を
倒す事ができるだろうという点にばかり眼を着けました。そうしてすぐ彼の虚きょに付け込んだのです。
私は彼に向って急に厳粛な改まった態度を示し出しました。無論策略からですが、その態度に相応するく
らいな緊張した気分もあったのですから、自分に滑稽こっけいだの羞恥しゅうちだのを感ずる余裕はあり
ませんでした。私はまず「精神的に向上心のないものは馬鹿ばかだ」といい放ちました。これは二人で房
州ぼうしゅうを旅行している際、Kが私に向って使った言葉です。私は彼の使った通りを、彼と同じよう
な口調で、再び彼に投げ返したのです。しかし決して復讐ふくしゅうではありません。私は復讐以上に残
酷な意味をもっていたという事を自白します。私はその一言いちごんでKの前に横たわる恋の行手ゆくて
を塞ふさごうとしたのです。
 Kは真宗寺しんしゅうでらに生れた男でした。しかし彼の傾向は中学時代から決して生家の宗旨しゅう

258 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:31:38.70 ID:twPsrBe10
しに近いものではなかったのです。教義上の区別をよく知らない私が、こんな事をいう資格に乏しいのは
承知していますが、私はただ男女なんにょに関係した点についてのみ、そう認めていたのです。Kは昔か
ら精進しょうじんという言葉が好きでした。私はその言葉の中に、禁欲きんよくという意味も籠こもって
いるのだろうと解釈していました。しかし後で実際を聞いて見ると、それよりもまだ厳重な意味が含まれ
ているので、私は驚きました。道のためにはすべてを犠牲にすべきものだというのが彼の第一信条なので
すから、摂欲せつよくや禁欲きんよくは無論、たとい欲を離れた恋そのものでも道の妨害さまたげになる
のです。Kが自活生活をしている時分に、私はよく彼から彼の主張を聞かされたのでした。その頃ころか
らお嬢さんを思っていた私は、勢いどうしても彼に反対しなければならなかったのです。私が反対すると
、彼はいつでも気の毒そうな顔をしました。そこには同情よりも侮蔑ぶべつの方が余計に現われていまし
た。
 こういう過去を二人の間に通り抜けて来ているのですから、精神的に向上心のないものは馬鹿だという
言葉は、Kに取って痛いに違いなかったのです。しかし前にもいった通り、私はこの一言で、彼が折角せ
っかく積み上げた過去を蹴散けちらしたつもりではありません。かえってそれを今まで通り積み重ねて行
かせようとしたのです。それが道に達しようが、天に届こうが、私は構いません。私はただKが急に生活
の方向を転換して、私の利害と衝突するのを恐れたのです。要するに私の言葉は単なる利己心の発現でし
た。
「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」
 私は二度同じ言葉を繰り返しました。そうして、その言葉がKの上にどう影響するかを見詰めていまし
た。
「馬鹿だ」とやがてKが答えました。「僕は馬鹿だ」
 Kはぴたりとそこへ立ち留どまったまま動きません。彼は地面の上を見詰めています。私は思わずぎょ
っとしました。私にはKがその刹那せつなに居直いなおり強盗のごとく感ぜられたのです。しかしそれに
しては彼の声がいかにも力に乏しいという事に気が付きました。私は彼の眼遣めづかいを参考にしたかっ
たのですが、彼は最後まで私の顔を見ないのです。そうして、徐々そろそろとまた歩き出しました。

四十二

「私はKと並んで足を運ばせながら、彼の口を出る次の言葉を腹の中で暗あんに待ち受けました。あるい
は待ち伏せといった方がまだ適当かも知れません。その時の私はたといKを騙だまし打ちにしても構わな
いくらいに思っていたのです。しかし私にも教育相当の良心はありますから、もし誰か私の傍そばへ来て
、お前は卑怯ひきょうだと一言ひとこと私語ささやいてくれるものがあったなら、私はその瞬間に、はっ
と我に立ち帰ったかも知れません。もしKがその人であったなら、私はおそらく彼の前に赤面したでしょ
う。ただKは私を窘たしなめるには余りに正直でした。余りに単純でした。余りに人格が善良だったので
す。目のくらんだ私は、そこに敬意を払う事を忘れて、かえってそこに付け込んだのです。そこを利用し
て彼を打ち倒そうとしたのです。
 Kはしばらくして、私の名を呼んで私の方を見ました。今度は私の方で自然と足を留めました。すると
Kも留まりました。私はその時やっとKの眼を真向まむきに見る事ができたのです。Kは私より背せいの
高い男でしたから、私は勢い彼の顔を見上げるようにしなければなりません。私はそうした態度で、狼お
おかみのごとき心を罪のない羊に向けたのです。
「もうその話は止やめよう」と彼がいいました。彼の眼にも彼の言葉にも変に悲痛なところがありました
。私はちょっと挨拶あいさつができなかったのです。するとKは、「止やめてくれ」と今度は頼むように
いい直しました。私はその時彼に向って残酷な答を与えたのです。狼おおかみが隙すきを見て羊の咽喉笛
のどぶえへ食くらい付くように。
「止やめてくれって、僕がいい出した事じゃない、もともと君の方から持ち出した話じゃないか。しかし
君が止めたければ、止めてもいいが、ただ口の先で止めたって仕方があるまい。君の心でそれを止めるだ
けの覚悟がなければ。一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」
 私がこういった時、背せいの高い彼は自然と私の前に萎縮いしゅくして小さくなるような感じがしまし
た。彼はいつも話す通り頗すこぶる強情ごうじょうな男でしたけれども、一方ではまた人一倍の正直者で
したから、自分の矛盾などをひどく非難される場合には、決して平気でいられない質たちだったのです。

259 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:31:47.72 ID:twPsrBe10
私は彼の様子を見てようやく安心しました。すると彼は卒然そつぜん「覚悟?」と聞きました。そうして
私がまだ何とも答えない先に「覚悟、――覚悟ならない事もない」と付け加えました。彼の調子は独言ひ
とりごとのようでした。また夢の中の言葉のようでした。
 二人はそれぎり話を切り上げて、小石川こいしかわの宿の方に足を向けました。割合に風のない暖かな
日でしたけれども、何しろ冬の事ですから、公園のなかは淋さびしいものでした。ことに霜に打たれて蒼
味あおみを失った杉の木立こだちの茶褐色ちゃかっしょくが、薄黒い空の中に、梢こずえを並べて聳そび
えているのを振り返って見た時は、寒さが背中へ噛かじり付いたような心持がしました。我々は夕暮の本
郷台ほんごうだいを急ぎ足でどしどし通り抜けて、また向うの岡おかへ上のぼるべく小石川の谷へ下りた
のです。私はその頃ころになって、ようやく外套がいとうの下に体たいの温味あたたかみを感じ出したぐ
らいです。
 急いだためでもありましょうが、我々は帰り路みちにはほとんど口を聞きませんでした。宅うちへ帰っ
て食卓に向った時、奥さんはどうして遅くなったのかと尋ねました。私はKに誘われて上野うえのへ行っ
たと答えました。奥さんはこの寒いのにといって驚いた様子を見せました。お嬢さんは上野に何があった
のかと聞きたがります。私は何もないが、ただ散歩したのだという返事だけしておきました。平生へいぜ
いから無口なKは、いつもよりなお黙っていました。奥さんが話しかけても、お嬢さんが笑っても、碌ろ
くな挨拶あいさつはしませんでした。それから飯めしを呑のみ込むように掻かき込んで、私がまだ席を立
たないうちに、自分の室へやへ引き取りました。

四十三

「その頃ころは覚醒かくせいとか新しい生活とかいう文字もんじのまだない時分でした。しかしKが古い
自分をさらりと投げ出して、一意いちいに新しい方角へ走り出さなかったのは、現代人の考えが彼に欠け
ていたからではないのです。彼には投げ出す事のできないほど尊たっとい過去があったからです。彼はそ
のために今日こんにちまで生きて来たといってもいいくらいなのです。だからKが一直線に愛の目的物に
向って猛進しないといって、決してその愛の生温なまぬるい事を証拠立てる訳にはゆきません。いくら熾
烈しれつな感情が燃えていても、彼はむやみに動けないのです。前後を忘れるほどの衝動が起る機会を彼
に与えない以上、Kはどうしてもちょっと踏み留とどまって自分の過去を振り返らなければならなかった
のです。そうすると過去が指し示す路みちを今まで通り歩かなければならなくなるのです。その上彼には
現代人のもたない強情ごうじょうと我慢がありました。私はこの双方の点においてよく彼の心を見抜いて
いたつもりなのです。
 上野うえのから帰った晩は、私に取って比較的安静な夜よでした。私はKが室へやへ引き上げたあとを
追い懸けて、彼の机の傍そばに坐すわり込みました。そうして取り留めもない世間話をわざと彼に仕向け
ました。彼は迷惑そうでした。私の眼には勝利の色が多少輝いていたでしょう、私の声にはたしかに得意
の響きがあったのです。私はしばらくKと一つ火鉢に手を翳かざした後あと、自分の室に帰りました。外
ほかの事にかけては何をしても彼に及ばなかった私も、その時だけは恐るるに足りないという自覚を彼に
対してもっていたのです。
 私はほどなく穏やかな眠りに落ちました。しかし突然私の名を呼ぶ声で眼を覚ましました。見ると、間
の襖ふすまが二尺しゃくばかり開あいて、そこにKの黒い影が立っています。そうして彼の室には宵よい
の通りまだ燈火あかりが点ついているのです。急に世界の変った私は、少しの間あいだ口を利きく事もで
きずに、ぼうっとして、その光景を眺ながめていました。
 その時Kはもう寝たのかと聞きました。Kはいつでも遅くまで起きている男でした。私は黒い影法師か
げぼうしのようなKに向って、何か用かと聞き返しました。Kは大した用でもない、ただもう寝たか、ま
だ起きているかと思って、便所へ行ったついでに聞いてみただけだと答えました。Kは洋燈ランプの灯ひ
を背中に受けているので、彼の顔色や眼つきは、全く私には分りませんでした。けれども彼の声は不断よ
りもかえって落ち付いていたくらいでした。
 Kはやがて開けた襖をぴたりと立て切りました。私の室はすぐ元の暗闇くらやみに帰りました。私はそ
の暗闇より静かな夢を見るべくまた眼を閉じました。私はそれぎり何も知りません。しかし翌朝よくあさ

260 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:31:56.71 ID:twPsrBe10
になって、昨夕ゆうべの事を考えてみると、何だか不思議でした。私はことによると、すべてが夢ではな
いかと思いました。それで飯めしを食う時、Kに聞きました。Kはたしかに襖を開けて私の名を呼んだと
いいます。なぜそんな事をしたのかと尋ねると、別に判然はっきりした返事もしません。調子の抜けた頃
になって、近頃は熟睡ができるのかとかえって向うから私に問うのです。私は何だか変に感じました。
 その日ちょうど同じ時間に講義の始まる時間割になっていたので、二人はやがていっしょに宅うちを出
ました。今朝けさから昨夕の事が気に掛かかっている私は、途中でまたKを追窮ついきゅうしました。け
れどもKはやはり私を満足させるような答えをしません。私はあの事件について何か話すつもりではなか
ったのかと念を押してみました。Kはそうではないと強い調子でいい切りました。昨日きのう上野で「そ
の話はもう止やめよう」といったではないかと注意するごとくにも聞こえました。Kはそういう点に掛け
て鋭い自尊心をもった男なのです。ふとそこに気のついた私は突然彼の用いた「覚悟」という言葉を連想
し出しました。すると今までまるで気にならなかったその二字が妙な力で私の頭を抑おさえ始めたのです


四十四

「Kの果断に富んだ性格は私わたくしによく知れていました。彼のこの事件についてのみ優柔ゆうじゅう
な訳も私にはちゃんと呑のみ込めていたのです。つまり私は一般を心得た上で、例外の場合をしっかり攫
つらまえたつもりで得意だったのです。ところが「覚悟」という彼の言葉を、頭のなかで何遍なんべんも
咀嚼そしゃくしているうちに、私の得意はだんだん色を失って、しまいにはぐらぐら揺うごき始めるよう
になりました。私はこの場合もあるいは彼にとって例外でないのかも知れないと思い出したのです。すべ
ての疑惑、煩悶はんもん、懊悩おうのう、を一度に解決する最後の手段を、彼は胸のなかに畳たたみ込ん
でいるのではなかろうかと疑うたぐり始めたのです。そうした新しい光で覚悟の二字を眺ながめ返してみ
た私は、はっと驚きました。その時の私がもしこの驚きをもって、もう一返いっぺん彼の口にした覚悟の
内容を公平に見廻みまわしたらば、まだよかったかも知れません。悲しい事に私は片眼めっかちでした。
私はただKがお嬢さんに対して進んで行くという意味にその言葉を解釈しました。果断に富んだ彼の性格
が、恋の方面に発揮されるのがすなわち彼の覚悟だろうと一図いちずに思い込んでしまったのです。
 私は私にも最後の決断が必要だという声を心の耳で聞きました。私はすぐその声に応じて勇気を振り起
しました。私はKより先に、しかもKの知らない間まに、事を運ばなくてはならないと覚悟を極きめまし
た。私は黙って機会を覘ねらっていました。しかし二日経たっても三日経っても、私はそれを捕つらまえ
る事ができません。私はKのいない時、またお嬢さんの留守な折を待って、奥さんに談判を開こうと考え
たのです。しかし片方がいなければ、片方が邪魔をするといった風ふうの日ばかり続いて、どうしても「
今だ」と思う好都合が出て来てくれないのです。私はいらいらしました。
 一週間の後のち私はとうとう堪え切れなくなって仮病けびょうを遣つかいました。奥さんからもお嬢さ
んからも、K自身からも、起きろという催促を受けた私は、生返事なまへんじをしただけで、十時頃ごろ
まで蒲団ふとんを被かぶって寝ていました。私はKもお嬢さんもいなくなって、家の内なかがひっそり静
まった頃を見計みはからって寝床を出ました。私の顔を見た奥さんは、すぐどこが悪いかと尋ねました。
食物たべものは枕元まくらもとへ運んでやるから、もっと寝ていたらよかろうと忠告してもくれました。
身体からだに異状のない私は、とても寝る気にはなれません。顔を洗っていつもの通り茶の間で飯めしを
食いました。その時奥さんは長火鉢ながひばちの向側むこうがわから給仕をしてくれたのです。私は朝飯
あさめしとも午飯ひるめしとも片付かない茶椀ちゃわんを手に持ったまま、どんな風に問題を切り出した
ものだろうかと、そればかりに屈托くったくしていたから、外観からは実際気分の好よくない病人らしく
見えただろうと思います。
 私は飯を終しまって烟草タバコを吹かし出しました。私が立たないので奥さんも火鉢の傍そばを離れる
訳にゆきません。下女げじょを呼んで膳ぜんを下げさせた上、鉄瓶てつびんに水を注さしたり、火鉢の縁
ふちを拭ふいたりして、私に調子を合わせています。私は奥さんに特別な用事でもあるのかと問いました

261 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:32:05.70 ID:twPsrBe10
。奥さんはいいえと答えましたが、今度は向うでなぜですと聞き返して来ました。私は実は少し話したい
事があるのだといいました。奥さんは何ですかといって、私の顔を見ました。奥さんの調子はまるで私の
気分にはいり込めないような軽いものでしたから、私は次に出すべき文句も少し渋りました。
 私は仕方なしに言葉の上で、好いい加減にうろつき廻まわった末、Kが近頃ちかごろ何かいいはしなか
ったかと奥さんに聞いてみました。奥さんは思いも寄らないという風をして、「何を?」とまた反問して
来ました。そうして私の答える前に、「あなたには何かおっしゃったんですか」とかえって向うで聞くの
です。

四十五

「Kから聞かされた打ち明け話を、奥さんに伝える気のなかった私は、「いいえ」といってしまった後で
、すぐ自分の嘘うそを快こころよからず感じました。仕方がないから、別段何も頼まれた覚えはないのだ
から、Kに関する用件ではないのだといい直しました。奥さんは「そうですか」といって、後あとを待っ
ています。私はどうしても切り出さなければならなくなりました。私は突然「奥さん、お嬢さんを私に下
さい」といいました。奥さんは私の予期してかかったほど驚いた様子も見せませんでしたが、それでも少
時しばらく返事ができなかったものと見えて、黙って私の顔を眺ながめていました。一度いい出した私は
、いくら顔を見られても、それに頓着とんじゃくなどはしていられません。「下さい、ぜひ下さい」とい
いました。「私の妻としてぜひ下さい」といいました。奥さんは年を取っているだけに、私よりもずっと
落ち付いていました。「上げてもいいが、あんまり急じゃありませんか」と聞くのです。私が「急に貰も
らいたいのだ」とすぐ答えたら笑い出しました。そうして「よく考えたのですか」と念を押すのです。私
はいい出したのは突然でも、考えたのは突然でないという訳を強い言葉で説明しました。
 それからまだ二つ三つの問答がありましたが、私はそれを忘れてしまいました。男のように判然はきは
きしたところのある奥さんは、普通の女と違ってこんな場合には大変心持よく話のできる人でした。「宜
よござんす、差し上げましょう」といいました。「差し上げるなんて威張いばった口の利きける境遇では
ありません。どうぞ貰って下さい。ご存じの通り父親のない憐あわれな子です」と後あとでは向うから頼
みました。
 話は簡単でかつ明瞭めいりょうに片付いてしまいました。最初からしまいまでにおそらく十五分とは掛
かからなかったでしょう。奥さんは何の条件も持ち出さなかったのです。親類に相談する必要もない、後
から断ればそれで沢山だといいました。本人の意嚮いこうさえたしかめるに及ばないと明言しました。そ
んな点になると、学問をした私の方が、かえって形式に拘泥こうでいするくらいに思われたのです。親類
はとにかく、当人にはあらかじめ話して承諾を得うるのが順序らしいと私が注意した時、奥さんは「大丈
夫です。本人が不承知の所へ、私があの子をやるはずがありませんから」といいました。
 自分の室へやへ帰った私は、事のあまりに訳もなく進行したのを考えて、かえって変な気持になりまし
た。はたして大丈夫なのだろうかという疑念さえ、どこからか頭の底に這はい込んで来たくらいです。け
れども大体の上において、私の未来の運命は、これで定められたのだという観念が私のすべてを新たにし
ました。
 私は午頃ひるごろまた茶の間へ出掛けて行って、奥さんに、今朝けさの話をお嬢さんに何時いつ通じて
くれるつもりかと尋ねました。奥さんは、自分さえ承知していれば、いつ話しても構わなかろうというよ
うな事をいうのです。こうなると何だか私よりも相手の方が男みたようなので、私はそれぎり引き込もう
としました。すると奥さんが私を引き留めて、もし早い方が希望ならば、今日でもいい、稽古けいこから
帰って来たら、すぐ話そうというのです。私はそうしてもらう方が都合が好いいと答えてまた自分の室に
帰りました。しかし黙って自分の机の前に坐すわって、二人のこそこそ話を遠くから聞いている私を想像
してみると、何だか落ち付いていられないような気もするのです。私はとうとう帽子を被かぶって表へ出
ました。そうしてまた坂の下でお嬢さんに行き合いました。何にも知らないお嬢さんは私を見て驚いたら
しかったのです。私が帽子を脱とって「今お帰り」と尋ねると、向うではもう病気は癒なおったのかと不
思議そうに聞くのです。私は「ええ癒りました、癒りました」と答えて、ずんずん水道橋すいどうばしの

262 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:32:14.83 ID:twPsrBe10
方へ曲ってしまいました。

四十六

「私は猿楽町さるがくちょうから神保町じんぼうちょうの通りへ出て、小川町おがわまちの方へ曲りまし
た。私がこの界隈かいわいを歩くのは、いつも古本屋をひやかすのが目的でしたが、その日は手摺てずれ
のした書物などを眺ながめる気が、どうしても起らないのです。私は歩きながら絶えず宅うちの事を考え
ていました。私には先刻さっきの奥さんの記憶がありました。それからお嬢さんが宅へ帰ってからの想像
がありました。私はつまりこの二つのもので歩かせられていたようなものです。その上私は時々往来の真
中で我知らずふと立ち留まりました。そうして今頃は奥さんがお嬢さんにもうあの話をしている時分だろ
うなどと考えました。また或ある時は、もうあの話が済んだ頃だとも思いました。
 私はとうとう万世橋まんせいばしを渡って、明神みょうじんの坂を上がって、本郷台ほんごうだいへ来
て、それからまた菊坂きくざかを下りて、しまいに小石川こいしかわの谷へ下りたのです。私の歩いた距
離はこの三区に跨またがって、いびつな円を描えがいたともいわれるでしょうが、私はこの長い散歩の間
ほとんどKの事を考えなかったのです。今その時の私を回顧して、なぜだと自分に聞いてみても一向いっ
こう分りません。ただ不思議に思うだけです。私の心がKを忘れ得うるくらい、一方に緊張していたとみ
ればそれまでですが、私の良心がまたそれを許すべきはずはなかったのですから。
 Kに対する私の良心が復活したのは、私が宅の格子こうしを開けて、玄関から坐敷ざしきへ通る時、す
なわち例のごとく彼の室へやを抜けようとした瞬間でした。彼はいつもの通り机に向って書見をしていま
した。彼はいつもの通り書物から眼を放して、私を見ました。しかし彼はいつもの通り今帰ったのかとは
いいませんでした。彼は「病気はもう癒いいのか、医者へでも行ったのか」と聞きました。私はその刹那
せつなに、彼の前に手を突いて、詫あやまりたくなったのです。しかも私の受けたその時の衝動は決して
弱いものではなかったのです。もしKと私がたった二人曠野こうやの真中にでも立っていたならば、私は
きっと良心の命令に従って、その場で彼に謝罪したろうと思います。しかし奥には人がいます。私の自然
はすぐそこで食い留められてしまったのです。そうして悲しい事に永久に復活しなかったのです。
 夕飯ゆうめしの時Kと私はまた顔を合せました。何にも知らないKはただ沈んでいただけで、少しも疑
い深い眼を私に向けません。何にも知らない奥さんはいつもより嬉うれしそうでした。私だけがすべてを
知っていたのです。私は鉛のような飯を食いました。その時お嬢さんはいつものようにみんなと同じ食卓
に並びませんでした。奥さんが催促すると、次の室で只今ただいまと答えるだけでした。それをKは不思
議そうに聞いていました。しまいにどうしたのかと奥さんに尋ねました。奥さんは大方おおかた極きまり
が悪いのだろうといって、ちょっと私の顔を見ました。Kはなお不思議そうに、なんで極りが悪いのかと
追窮ついきゅうしに掛かかりました。奥さんは微笑しながらまた私の顔を見るのです。
 私は食卓に着いた初めから、奥さんの顔付かおつきで、事の成行なりゆきをほぼ推察していました。し
かしKに説明を与えるために、私のいる前で、それを悉ことごとく話されては堪たまらないと考えました
。奥さんはまたそのくらいの事を平気でする女なのですから、私はひやひやしたのです。幸いにKはまた
元の沈黙に帰りました。平生へいぜいより多少機嫌のよかった奥さんも、とうとう私の恐れを抱いだいて
いる点までは話を進めずにしまいました。私はほっと一息ひといきして室へ帰りました。しかし私がこれ
から先Kに対して取るべき態度は、どうしたものだろうか、私はそれを考えずにはいられませんでした。
私は色々の弁護を自分の胸で拵こしらえてみました。けれどもどの弁護もKに対して面と向うには足りま
せんでした、卑怯ひきょうな私はついに自分で自分をKに説明するのが厭いやになったのです。

四十七

「私はそのまま二、三日過ごしました。その二、三日の間Kに対する絶えざる不安が私の胸を重くしてい
たのはいうまでもありません。私はただでさえ何とかしなければ、彼に済まないと思ったのです。その上
奥さんの調子や、お嬢さんの態度が、始終私を突ッつくように刺戟しげきするのですから、私はなお辛つ
らかったのです。どこか男らしい気性を具そなえた奥さんは、いつ私の事を食卓でKに素すっぱ抜かない

263 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:32:23.81 ID:twPsrBe10
とも限りません。それ以来ことに目立つように思えた私に対するお嬢さんの挙止動作きょしどうさも、K
の心を曇らす不審の種とならないとは断言できません。私は何とかして、私とこの家族との間に成り立っ
た新しい関係を、Kに知らせなければならない位置に立ちました。しかし倫理的に弱点をもっていると、
自分で自分を認めている私には、それがまた至難の事のように感ぜられたのです。
 私は仕方がないから、奥さんに頼んでKに改めてそういってもらおうかと考えました。無論私のいない
時にです。しかしありのままを告げられては、直接と間接の区別があるだけで、面目めんぼくのないのに
変りはありません。といって、拵こしらえ事を話してもらおうとすれば、奥さんからその理由を詰問きつ
もんされるに極きまっています。もし奥さんにすべての事情を打ち明けて頼むとすれば、私は好んで自分
の弱点を自分の愛人とその母親の前に曝さらけ出さなければなりません。真面目まじめな私には、それが
私の未来の信用に関するとしか思われなかったのです。結婚する前から恋人の信用を失うのは、たとい一
分ぶ一厘りんでも、私には堪え切れない不幸のように見えました。
 要するに私は正直な路みちを歩くつもりで、つい足を滑らした馬鹿ものでした。もしくは狡猾こうかつ
な男でした。そうしてそこに気のついているものは、今のところただ天と私の心だけだったのです。しか
し立ち直って、もう一歩前へ踏み出そうとするには、今滑った事をぜひとも周囲の人に知られなければな
らない窮境きゅうきょうに陥おちいったのです。私はあくまで滑った事を隠したがりました。同時に、ど
うしても前へ出ずにはいられなかったのです。私はこの間に挟はさまってまた立たち竦すくみました。
 五、六日経たった後のち、奥さんは突然私に向って、Kにあの事を話したかと聞くのです。私はまだ話
さないと答えました。するとなぜ話さないのかと、奥さんが私を詰なじるのです。私はこの問いの前に固
くなりました。その時奥さんが私を驚かした言葉を、私は今でも忘れずに覚えています。
「道理で妾わたしが話したら変な顔をしていましたよ。あなたもよくないじゃありませんか。平生へいぜ
いあんなに親しくしている間柄だのに、黙って知らん顔をしているのは」
 私はKがその時何かいいはしなかったかと奥さんに聞きました。奥さんは別段何にもいわないと答えま
した。しかし私は進んでもっと細こまかい事を尋ねずにはいられませんでした。奥さんは固もとより何も
隠す訳がありません。大した話もないがといいながら、一々Kの様子を語って聞かせてくれました。
 奥さんのいうところを綜合そうごうして考えてみると、Kはこの最後の打撃を、最も落ち付いた驚きを
もって迎えたらしいのです。Kはお嬢さんと私との間に結ばれた新しい関係について、最初はそうですか
とただ一口ひとくちいっただけだったそうです。しかし奥さんが、「あなたも喜んで下さい」と述べた時
、彼ははじめて奥さんの顔を見て微笑を洩もらしながら、「おめでとうございます」といったまま席を立
ったそうです。そうして茶の間の障子しょうじを開ける前に、また奥さんを振り返って、「結婚はいつで
すか」と聞いたそうです。それから「何かお祝いを上げたいが、私は金がないから上げる事ができません
」といったそうです。奥さんの前に坐すわっていた私は、その話を聞いて胸が塞ふさがるような苦しさを
覚えました。

四十八

「勘定して見ると奥さんがKに話をしてからもう二日余りになります。その間Kは私に対して少しも以前
と異なった様子を見せなかったので、私は全くそれに気が付かずにいたのです。彼の超然とした態度はた
とい外観だけにもせよ、敬服に値あたいすべきだと私は考えました。彼と私を頭の中で並べてみると、彼
の方が遥はるかに立派に見えました。「おれは策略で勝っても人間としては負けたのだ」という感じが私
の胸に渦巻いて起りました。私はその時さぞKが軽蔑けいべつしている事だろうと思って、一人で顔を赧
あからめました。しかし今更Kの前に出て、恥を掻かかせられるのは、私の自尊心にとって大いな苦痛で
した。
 私が進もうか止よそうかと考えて、ともかくも翌日あくるひまで待とうと決心したのは土曜の晩でした
。ところがその晩に、Kは自殺して死んでしまったのです。私は今でもその光景を思い出すと慄然ぞっと
します。いつも東枕ひがしまくらで寝る私が、その晩に限って、偶然西枕に床とこを敷いたのも、何かの
因縁いんねんかも知れません。私は枕元から吹き込む寒い風でふと眼を覚ましたのです。見ると、いつも

264 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:32:32.72 ID:twPsrBe10
立て切ってあるKと私の室へやとの仕切しきりの襖ふすまが、この間の晩と同じくらい開あいています。
けれどもこの間のように、Kの黒い姿はそこには立っていません。私は暗示を受けた人のように、床の上
に肱ひじを突いて起き上がりながら、屹きっとKの室を覗のぞきました。洋燈ランプが暗く点ともってい
るのです。それで床も敷いてあるのです。しかし掛蒲団かけぶとんは跳返はねかえされたように裾すその
方に重なり合っているのです。そうしてK自身は向うむきに突つッ伏ぷしているのです。
 私はおいといって声を掛けました。しかし何の答えもありません。おいどうかしたのかと私はまたKを
呼びました。それでもKの身体からだは些ちっとも動きません。私はすぐ起き上って、敷居際しきいぎわ
まで行きました。そこから彼の室の様子を、暗い洋燈ランプの光で見廻みまわしてみました。
 その時私の受けた第一の感じは、Kから突然恋の自白を聞かされた時のそれとほぼ同じでした。私の眼
は彼の室の中を一目ひとめ見るや否いなや、あたかも硝子ガラスで作った義眼のように、動く能力を失い
ました。私は棒立ぼうだちに立たち竦すくみました。それが疾風しっぷうのごとく私を通過したあとで、
私はまたああ失策しまったと思いました。もう取り返しが付かないという黒い光が、私の未来を貫いて、
一瞬間に私の前に横たわる全生涯を物凄ものすごく照らしました。そうして私はがたがた顫ふるえ出した
のです。
 それでも私はついに私を忘れる事ができませんでした。私はすぐ机の上に置いてある手紙に眼を着けま
した。それは予期通り私の名宛なあてになっていました。私は夢中で封を切りました。しかし中には私の
予期したような事は何にも書いてありませんでした。私は私に取ってどんなに辛つらい文句がその中に書
き列つらねてあるだろうと予期したのです。そうして、もしそれが奥さんやお嬢さんの眼に触れたら、ど
んなに軽蔑されるかも知れないという恐怖があったのです。私はちょっと眼を通しただけで、まず助かっ
たと思いました。(固もとより世間体せけんていの上だけで助かったのですが、その世間体がこの場合、
私にとっては非常な重大事件に見えたのです。)
 手紙の内容は簡単でした。そうしてむしろ抽象的でした。自分は薄志弱行はくしじゃっこうで到底行先
ゆくさきの望みがないから、自殺するというだけなのです。それから今まで私に世話になった礼が、ごく
あっさりとした文句でその後あとに付け加えてありました。世話ついでに死後の片付方かたづけかたも頼
みたいという言葉もありました。奥さんに迷惑を掛けて済まんから宜よろしく詫わびをしてくれという句
もありました。国元へは私から知らせてもらいたいという依頼もありました。必要な事はみんな一口ひと
くちずつ書いてある中にお嬢さんの名前だけはどこにも見えません。私はしまいまで読んで、すぐKがわ
ざと回避したのだという事に気が付きました。しかし私のもっとも痛切に感じたのは、最後に墨すみの余
りで書き添えたらしく見える、もっと早く死ぬべきだのになぜ今まで生きていたのだろうという意味の文
句でした。
 私は顫ふるえる手で、手紙を巻き収めて、再び封の中へ入れました。私はわざとそれを皆みんなの眼に
着くように、元の通り机の上に置きました。そうして振り返って、襖ふすまに迸ほとばしっている血潮を
始めて見たのです。

四十九

「私は突然Kの頭を抱かかえるように両手で少し持ち上げました。私はKの死顔しにがおが一目ひとめ見
たかったのです。しかし俯伏うつぶしになっている彼の顔を、こうして下から覗のぞき込んだ時、私はす
ぐその手を放してしまいました。慄ぞっとしたばかりではないのです。彼の頭が非常に重たく感ぜられた
のです。私は上から今触さわった冷たい耳と、平生へいぜいに変らない五分刈ごぶがりの濃い髪の毛を少
時しばらく眺ながめていました。私は少しも泣く気にはなれませんでした。私はただ恐ろしかったのです
。そうしてその恐ろしさは、眼の前の光景が官能を刺激しげきして起る単調な恐ろしさばかりではありま
せん。私は忽然こつぜんと冷たくなったこの友達によって暗示された運命の恐ろしさを深く感じたのです

 私は何の分別ふんべつもなくまた私の室へやに帰りました。そうして八畳の中をぐるぐる廻まわり始め
ました。私の頭は無意味でも当分そうして動いていろと私に命令するのです。私はどうかしなければなら
ないと思いました。同時にもうどうする事もできないのだと思いました。座敷の中をぐるぐる廻らなけれ

265 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:32:41.77 ID:twPsrBe10
ばいられなくなったのです。檻おりの中へ入れられた熊くまのような態度で。
 私は時々奥へ行って奥さんを起そうという気になります。けれども女にこの恐ろしい有様を見せては悪
いという心持がすぐ私を遮さえぎります。奥さんはとにかく、お嬢さんを驚かす事は、とてもできないと
いう強い意志が私を抑おさえつけます。私はまたぐるぐる廻り始めるのです。
 私はその間に自分の室の洋燈ランプを点つけました。それから時計を折々見ました。その時の時計ほど
埒らちの明あかない遅いものはありませんでした。私の起きた時間は、正確に分らないのですけれども、
もう夜明よあけに間まもなかった事だけは明らかです。ぐるぐる廻まわりながら、その夜明を待ち焦こが
れた私は、永久に暗い夜が続くのではなかろうかという思いに悩まされました。
 我々は七時前に起きる習慣でした。学校は八時に始まる事が多いので、それでないと授業に間に合わな
いのです。下女げじょはその関係で六時頃に起きる訳になっていました。しかしその日私が下女を起しに
行ったのはまだ六時前でした。すると奥さんが今日は日曜だといって注意してくれました。奥さんは私の
足音で眼を覚ましたのです。私は奥さんに眼が覚めているなら、ちょっと私の室へやまで来てくれと頼み
ました。奥さんは寝巻の上へ不断着ふだんぎの羽織を引ひっ掛かけて、私の後あとに跟ついて来ました。
私は室へはいるや否いなや、今まで開あいていた仕切りの襖ふすまをすぐ立て切りました。そうして奥さ
んに飛んだ事ができたと小声で告げました。奥さんは何だと聞きました。私は顋あごで隣の室を指すよう
にして、「驚いちゃいけません」といいました。奥さんは蒼あおい顔をしました。「奥さん、Kは自殺し
ました」と私がまたいいました。奥さんはそこに居竦いすくまったように、私の顔を見て黙っていました
。その時私は突然奥さんの前へ手を突いて頭を下げました。「済みません。私が悪かったのです。あなた
にもお嬢さんにも済まない事になりました」と詫あやまりました。私は奥さんと向い合うまで、そんな言
葉を口にする気はまるでなかったのです。しかし奥さんの顔を見た時不意に我とも知らずそういってしま
ったのです。Kに詫まる事のできない私は、こうして奥さんとお嬢さんに詫わびなければいられなくなっ
たのだと思って下さい。つまり私の自然が平生へいぜいの私を出し抜いてふらふらと懺悔ざんげの口を開
かしたのです。奥さんがそんな深い意味に、私の言葉を解釈しなかったのは私にとって幸いでした。蒼い
顔をしながら、「不慮の出来事なら仕方がないじゃありませんか」と慰めるようにいってくれました。し
かしその顔には驚きと怖おそれとが、彫ほり付けられたように、硬かたく筋肉を攫つかんでいました。

五十

「私は奥さんに気の毒でしたけれども、また立って今閉めたばかりの唐紙からかみを開けました。その時
Kの洋燈ランプに油が尽きたと見えて、室へやの中はほとんど真暗まっくらでした。私は引き返して自分
の洋燈を手に持ったまま、入口に立って奥さんを顧みました。奥さんは私の後ろから隠れるようにして、
四畳の中を覗のぞき込みました。しかしはいろうとはしません。そこはそのままにしておいて、雨戸を開
けてくれと私にいいました。
 それから後あとの奥さんの態度は、さすがに軍人の未亡人びぼうじんだけあって要領を得ていました。
私は医者の所へも行きました。また警察へも行きました。しかしみんな奥さんに命令されて行ったのです
。奥さんはそうした手続てつづきの済むまで、誰もKの部屋へは入いれませんでした。
 Kは小さなナイフで頸動脈けいどうみゃくを切って一息ひといきに死んでしまったのです。外ほかに創
きずらしいものは何にもありませんでした。私が夢のような薄暗い灯ひで見た唐紙の血潮は、彼の頸筋く
びすじから一度に迸ほとばしったものと知れました。私は日中にっちゅうの光で明らかにその迹あとを再
び眺ながめました。そうして人間の血の勢いきおいというものの劇はげしいのに驚きました。
 奥さんと私はできるだけの手際てぎわと工夫を用いて、Kの室へやを掃除しました。彼の血潮の大部分
は、幸い彼の蒲団ふとんに吸収されてしまったので、畳はそれほど汚れないで済みましたから、後始末は
[#「後始末は」は底本では「後始未は」]まだ楽でした。二人は彼の死骸しがいを私の室に入れて、不
断の通り寝ている体ていに横にしました。私はそれから彼の実家へ電報を打ちに出たのです。
 私が帰った時は、Kの枕元まくらもとにもう線香が立てられていました。室へはいるとすぐ仏臭ほとけ

266 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:32:50.71 ID:twPsrBe10
くさい烟けむりで鼻を撲うたれた私は、その烟の中に坐すわっている女二人を認めました。私がお嬢さん
の顔を見たのは、昨夜来さくやらいこの時が始めてでした。お嬢さんは泣いていました。奥さんも眼を赤
くしていました。事件が起ってからそれまで泣く事を忘れていた私は、その時ようやく悲しい気分に誘わ
れる事ができたのです。私の胸はその悲しさのために、どのくらい寛くつろいだか知れません。苦痛と恐
怖でぐいと握り締められた私の心に、一滴いってきの潤うるおいを与えてくれたものは、その時の悲しさ
でした。
 私は黙って二人の傍そばに坐っていました。奥さんは私にも線香を上げてやれといいます。私は線香を
上げてまた黙って坐っていました。お嬢さんは私には何ともいいません。たまに奥さんと一口ひとくち二
口ふたくち言葉を換かわす事がありましたが、それは当座の用事についてのみでした。お嬢さんにはKの
生前について語るほどの余裕がまだ出て来なかったのです。私はそれでも昨夜ゆうべの物凄ものすごい有
様を見せずに済んでまだよかったと心のうちで思いました。若い美しい人に恐ろしいものを見せると、折
角せっかくの美しさが、そのために破壊されてしまいそうで私は怖こわかったのです。私の恐ろしさが私
の髪の毛の末端まで来た時ですら、私はその考えを度外に置いて行動する事はできませんでした。私には
綺麗きれいな花を罪もないのに妄みだりに鞭むちうつと同じような不快がそのうちに籠こもっていたので
す。
 国元からKの父と兄が出て来た時、私はKの遺骨をどこへ埋うめるかについて自分の意見を述べました
。私は彼の生前に雑司ヶ谷ぞうしがや近辺をよくいっしょに散歩した事があります。Kにはそこが大変気
に入っていたのです。それで私は笑談じょうだん半分はんぶんに、そんなに好きなら死んだらここへ埋め
てやろうと約束した覚えがあるのです。私も今その約束通りKを雑司ヶ谷へ葬ほうむったところで、どの
くらいの功徳くどくになるものかとは思いました。けれども私は私の生きている限り、Kの墓の前に跪ひ
ざまずいて月々私の懺悔ざんげを新たにしたかったのです。今まで構い付けなかったKを、私が万事世話
をして来たという義理もあったのでしょう、Kの父も兄も私のいう事を聞いてくれました。

五十一

「Kの葬式の帰り路みちに、私はその友人の一人から、Kがどうして自殺したのだろうという質問を受け
ました。事件があって以来私はもう何度となくこの質問で苦しめられていたのです。奥さんもお嬢さんも
、国から出て来たKの父兄も、通知を出した知り合いも、彼とは何の縁故もない新聞記者までも、必ず同
様の質問を私に掛けない事はなかったのです。私の良心はそのたびにちくちく刺されるように痛みました
。そうして私はこの質問の裏に、早くお前が殺したと白状してしまえという声を聞いたのです。
 私の答えは誰に対しても同じでした。私はただ彼の私宛あてで書き残した手紙を繰り返すだけで、外ほ
かに一口ひとくちも附け加える事はしませんでした。葬式の帰りに同じ問いを掛けて、同じ答えを得たK
の友人は、懐ふところから一枚の新聞を出して私に見せました。私は歩きながらその友人によって指し示
された箇所を読みました。それにはKが父兄から勘当された結果厭世的えんせいてきな考えを起して自殺
したと書いてあるのです。私は何にもいわずに、その新聞を畳たたんで友人の手に帰しました。友人はこ
の外ほかにもKが気が狂って自殺したと書いた新聞があるといって教えてくれました。忙しいので、ほと
んど新聞を読む暇がなかった私は、まるでそうした方面の知識を欠いていましたが、腹の中では始終気に
かかっていたところでした。私は何よりも宅うちのものの迷惑になるような記事の出るのを恐れたのです
。ことに名前だけにせよお嬢さんが引合いに出たら堪たまらないと思っていたのです。私はその友人に外
ほかに何とか書いたのはないかと聞きました。友人は自分の眼に着いたのは、ただその二種ぎりだと答え
ました。
 私が今おる家へ引ひっ越こしたのはそれから間もなくでした。奥さんもお嬢さんも前の所にいるのを厭
いやがりますし、私もその夜よの記憶を毎晩繰り返すのが苦痛だったので、相談の上移る事に極きめたの
です。
 移って二カ月ほどしてから私は無事に大学を卒業しました。卒業して半年も経たたないうちに、私はと
うとうお嬢さんと結婚しました。外側から見れば、万事が予期通りに運んだのですから、目出度めでたい
といわなければなりません。奥さんもお嬢さんもいかにも幸福らしく見えました。私も幸福だったのです

267 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:32:59.68 ID:twPsrBe10
。けれども私の幸福には黒い影が随ついていました。私はこの幸福が最後に私を悲しい運命に連れて行く
導火線ではなかろうかと思いました。
 結婚した時お嬢さんが、――もうお嬢さんではありませんから、妻さいといいます。――妻が、何を思
い出したのか、二人でKの墓参はかまいりをしようといい出しました。私は意味もなくただぎょっとしま
した。どうしてそんな事を急に思い立ったのかと聞きました。妻は二人揃そろってお参りをしたら、Kが
さぞ喜ぶだろうというのです。私は何事も知らない妻の顔をしけじけ眺ながめていましたが、妻からなぜ
そんな顔をするのかと問われて始めて気が付きました。
 私は妻の望み通り二人連れ立って雑司ヶ谷ぞうしがやへ行きました。私は新しいKの墓へ水をかけて洗
ってやりました。妻はその前へ線香と花を立てました。二人は頭を下げて、合掌しました。妻は定めて私
といっしょになった顛末てんまつを述べてKに喜んでもらうつもりでしたろう。私は腹の中で、ただ自分
が悪かったと繰り返すだけでした。
 その時妻はKの墓を撫なでてみて立派だと評していました。その墓は大したものではないのですけれど
も、私が自分で石屋へ行って見立みたてたりした因縁いんねんがあるので、妻はとくにそういいたかった
のでしょう。私はその新しい墓と、新しい私の妻と、それから地面の下に埋うずめられたKの新しい白骨
とを思い比べて、運命の冷罵れいばを感ぜずにはいられなかったのです。私はそれ以後決して妻といっし
ょにKの墓参りをしない事にしました。

五十二

「私の亡友に対するこうした感じはいつまでも続きました。実は私も初めからそれを恐れていたのです。
年来の希望であった結婚すら、不安のうちに式を挙げたといえばいえない事もないでしょう。しかし自分
で自分の先が見えない人間の事ですから、ことによるとあるいはこれが私の心持を一転して新しい生涯に
入はいる端緒いとくちになるかも知れないとも思ったのです。ところがいよいよ夫として朝夕妻さいと顔
を合せてみると、私の果敢はかない希望は手厳しい現実のために脆もろくも破壊されてしまいました。私
は妻と顔を合せているうちに、卒然そつぜんKに脅おびやかされるのです。つまり妻が中間に立って、K
と私をどこまでも結び付けて離さないようにするのです。妻のどこにも不足を感じない私は、ただこの一
点において彼女を遠ざけたがりました。すると女の胸にはすぐそれが映うつります。映るけれども、理由
は解わからないのです。私は時々妻からなぜそんなに考えているのだとか、何か気に入らない事があるの
だろうとかいう詰問きつもんを受けました。笑って済ませる時はそれで差支さしつかえないのですが、時
によると、妻の癇かんも高こうじて来ます。しまいには「あなたは私を嫌っていらっしゃるんでしょう」
とか、「何でも私に隠していらっしゃる事があるに違いない」とかいう怨言えんげんも聞かなくてはなり
ません。私はそのたびに苦しみました。
 私は一層いっそ思い切って、ありのままを妻に打ち明けようとした事が何度もあります。しかしいざと
いう間際になると自分以外のある力が不意に来て私を抑おさえ付けるのです。私を理解してくれるあなた
の事だから、説明する必要もあるまいと思いますが、話すべき筋だから話しておきます。その時分の私は
妻に対して己おのれを飾る気はまるでなかったのです。もし私が亡友に対すると同じような善良な心で、
妻の前に懺悔ざんげの言葉を並べたなら、妻は嬉うれし涙をこぼしても私の罪を許してくれたに違いない
のです。それをあえてしない私に利害の打算があるはずはありません。私はただ妻の記憶に暗黒な一点を
印いんするに忍びなかったから打ち明けなかったのです。純白なものに一雫ひとしずくの印気インキでも
容赦ようしゃなく振り掛けるのは、私にとって大変な苦痛だったのだと解釈して下さい。
 一年経たってもKを忘れる事のできなかった私の心は常に不安でした。私はこの不安を駆逐くちくする
ために書物に溺おぼれようと力つとめました。私は猛烈な勢いきおいをもって勉強し始めたのです。そう
してその結果を世の中に公おおやけにする日の来るのを待ちました。けれども無理に目的を拵こしらえて
、無理にその目的の達せられる日を待つのは嘘うそですから不愉快です。私はどうしても書物のなかに心
を埋うずめていられなくなりました。私はまた腕組みをして世の中を眺ながめだしたのです。
 妻はそれを今日こんにちに困らないから心に弛たるみが出るのだと観察していたようでした。妻の家に

268 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:33:08.80 ID:twPsrBe10
も親子二人ぐらいは坐すわっていてどうかこうか暮して行ける財産がある上に、私も職業を求めないで差
支さしつかえのない境遇にいたのですから、そう思われるのももっともです。私も幾分かスポイルされた
気味がありましょう。しかし私の動かなくなった原因の主なものは、全くそこにはなかったのです。叔父
おじに欺あざむかれた当時の私は、他ひとの頼みにならない事をつくづくと感じたには相違ありませんが
、他ひとを悪く取るだけあって、自分はまだ確かな気がしていました。世間はどうあろうともこの己おれ
は立派な人間だという信念がどこかにあったのです。それがKのために美事みごとに破壊されてしまって
、自分もあの叔父と同じ人間だと意識した時、私は急にふらふらしました。他ひとに愛想あいそを尽かし
た私は、自分にも愛想を尽かして動けなくなったのです。

五十三

「書物の中に自分を生埋いきうめにする事のできなかった私は、酒に魂を浸ひたして、己おのれを忘れよ
うと試みた時期もあります。私は酒が好きだとはいいません。けれども飲めば飲める質たちでしたから、
ただ量を頼みに心を盛もり潰つぶそうと力つとめたのです。この浅薄せんぱくな方便はしばらくするうち
に私をなお厭世的えんせいてきにしました。私は爛酔らんすいの真最中まっさいちゅうにふと自分の位置
に気が付くのです。自分はわざとこんな真似まねをして己れを偽いつわっている愚物ぐぶつだという事に
気が付くのです。すると身振みぶるいと共に眼も心も醒さめてしまいます。時にはいくら飲んでもこうし
た仮装状態にさえ入はいり込めないでむやみに沈んで行く場合も出て来ます。その上技巧で愉快を買った
後あとには、きっと沈鬱ちんうつな反動があるのです。私は自分の最も愛している妻さいとその母親に、
いつでもそこを見せなければならなかったのです。しかも彼らは彼らに自然な立場から私を解釈して掛か
かります。
 妻の母は時々気拙きまずい事を妻にいうようでした。それを妻は私に隠していました。しかし自分は自
分で、単独に私を責めなければ気が済まなかったらしいのです。責めるといっても、決して強い言葉では
ありません。妻から何かいわれたために、私が激した例ためしはほとんどなかったくらいですから。妻は
たびたびどこが気に入らないのか遠慮なくいってくれと頼みました。それから私の未来のために酒を止や
めろと忠告しました。ある時は泣いて「あなたはこの頃ごろ人間が違った」といいました。それだけなら
まだいいのですけれども、「Kさんが生きていたら、あなたもそんなにはならなかったでしょう」という
のです。私はそうかも知れないと答えた事がありましたが、私の答えた意味と、妻の了解した意味とは全
く違っていたのですから、私は心のうちで悲しかったのです。それでも私は妻に何事も説明する気にはな
れませんでした。
 私は時々妻に詫あやまりました。それは多く酒に酔って遅く帰った翌日あくるひの朝でした。妻は笑い
ました。あるいは黙っていました。たまにぽろぽろと涙を落す事もありました。私はどっちにしても自分
が不愉快で堪たまらなかったのです。だから私の妻に詫まるのは、自分に詫まるのとつまり同じ事になる
のです。私はしまいに酒を止やめました。妻の忠告で止めたというより、自分で厭いやになったから止め
たといった方が適当でしょう。
 酒は止めたけれども、何もする気にはなりません。仕方がないから書物を読みます。しかし読めば読ん
だなりで、打うち遣やって置きます。私は妻から何のために勉強するのかという質問をたびたび受けまし
た。私はただ苦笑していました。しかし腹の底では、世の中で自分が最も信愛しているたった一人の人間
すら、自分を理解していないのかと思うと、悲しかったのです。理解させる手段があるのに、理解させる
勇気が出せないのだと思うとますます悲しかったのです。私は寂寞せきばくでした。どこからも切り離さ
れて世の中にたった一人住んでいるような気のした事もよくありました。
 同時に私はKの死因を繰り返し繰り返し考えたのです。その当座は頭がただ恋の一字で支配されていた
せいでもありましょうが、私の観察はむしろ簡単でしかも直線的でした。Kは正まさしく失恋のために死
んだものとすぐ極きめてしまったのです。しかし段々落ち付いた気分で、同じ現象に向ってみると、そう
容易たやすくは解決が着かないように思われて来ました。現実と理想の衝突、――それでもまだ不充分で
した。私はしまいにKが私のようにたった一人で淋さむしくって仕方がなくなった結果、急に所決しょけ

269 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:33:17.69 ID:twPsrBe10
つしたのではなかろうかと疑い出しました。そうしてまた慄ぞっとしたのです。私もKの歩いた路みちを
、Kと同じように辿たどっているのだという予覚よかくが、折々風のように私の胸を横過よこぎり始めた
からです。

五十四

「その内妻さいの母が病気になりました。医者に見せると到底とうてい癒なおらないという診断でした。
私は力の及ぶかぎり懇切に看護をしてやりました。これは病人自身のためでもありますし、また愛する妻
のためでもありましたが、もっと大きな意味からいうと、ついに人間のためでした。私はそれまでにも何
かしたくって堪たまらなかったのだけれども、何もする事ができないのでやむをえず懐手ふところでをし
ていたに違いありません。世間と切り離された私が、始めて自分から手を出して、幾分でも善いい事をし
たという自覚を得たのはこの時でした。私は罪滅つみほろぼしとでも名づけなければならない、一種の気
分に支配されていたのです。
 母は死にました。私と妻さいはたった二人ぎりになりました。妻は私に向って、これから世の中で頼り
にするものは一人しかなくなったといいました。自分自身さえ頼りにする事のできない私は、妻の顔を見
て思わず涙ぐみました。そうして妻を不幸な女だと思いました。また不幸な女だと口へ出してもいいまし
た。妻はなぜだと聞きます。妻には私の意味が解わからないのです。私もそれを説明してやる事ができな
いのです。妻は泣きました。私が不断ふだんからひねくれた考えで彼女を観察しているために、そんな事
もいうようになるのだと恨うらみました。
 母の亡くなった後あと、私はできるだけ妻を親切に取り扱ってやりました。ただ、当人を愛していたか
らばかりではありません。私の親切には箇人こじんを離れてもっと広い背景があったようです。ちょうど
妻の母の看護をしたと同じ意味で、私の心は動いたらしいのです。妻は満足らしく見えました。けれども
その満足のうちには、私を理解し得ないために起るぼんやりした稀薄きはくな点がどこかに含まれている
ようでした。しかし妻が私を理解し得たにしたところで、この物足りなさは増すとも減る気遣きづかいは
なかったのです。女には大きな人道の立場から来る愛情よりも、多少義理をはずれても自分だけに集注さ
れる親切を嬉うれしがる性質が、男よりも強いように思われますから。
 妻はある時、男の心と女の心とはどうしてもぴたりと一つになれないものだろうかといいました。私は
ただ若い時ならなれるだろうと曖昧あいまいな返事をしておきました。妻は自分の過去を振り返って眺な
がめているようでしたが、やがて微かすかな溜息ためいきを洩もらしました。
 私の胸にはその時分から時々恐ろしい影が閃ひらめきました。初めはそれが偶然外そとから襲って来る
のです。私は驚きました。私はぞっとしました。しかししばらくしている中うちに、私の心がその物凄も
のすごい閃きに応ずるようになりました。しまいには外から来ないでも、自分の胸の底に生れた時から潜
ひそんでいるもののごとくに思われ出して来たのです。私はそうした心持になるたびに、自分の頭がどう
かしたのではなかろうかと疑うたぐってみました。けれども私は医者にも誰にも診みてもらう気にはなり
ませんでした。
 私はただ人間の罪というものを深く感じたのです。その感じが私をKの墓へ毎月まいげつ行かせます。
その感じが私に妻の母の看護をさせます。そうしてその感じが妻に優しくしてやれと私に命じます。私は
その感じのために、知らない路傍ろぼうの人から鞭むちうたれたいとまで思った事もあります、こうした
階段を段々経過して行くうちに、人に鞭うたれるよりも、自分で自分を鞭うつべきだという気になります
。自分で自分を鞭うつよりも、自分で自分を殺すべきだという考えが起ります。私は仕方がないから、死
んだ気で生きて行こうと決心しました。
 私がそう決心してから今日こんにちまで何年になるでしょう。私と妻とは元の通り仲好く暮して来まし
た。私と妻とは決して不幸ではありません、幸福でした。しかし私のもっている一点、私に取っては容易
ならんこの一点が、妻には常に暗黒に見えたらしいのです。それを思うと、私は妻さいに対して非常に気
の毒な気がします。

五十五

「死んだつもりで生きて行こうと決心した私の心は、時々外界の刺戟しげきで躍おどり上がりました。し
かし私がどの方面かへ切って出ようと思い立つや否いなや、恐ろしい力がどこからか出て来て、私の心を
ぐいと握り締めて少しも動けないようにするのです。そうしてその力が私にお前は何をする資格もない男

270 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:33:26.78 ID:twPsrBe10
だと抑おさえ付けるようにいって聞かせます。すると私はその一言いちげんで直すぐぐたりと萎しおれて
しまいます。しばらくしてまた立ち上がろうとすると、また締め付けられます。私は歯を食いしばって、
何で他ひとの邪魔をするのかと怒鳴り付けます。不可思議な力は冷ひややかな声で笑います。自分でよく
知っているくせにといいます。私はまたぐたりとなります。
 波瀾はらんも曲折もない単調な生活を続けて来た私の内面には、常にこうした苦しい戦争があったもの
と思って下さい。妻さいが見て歯痒はがゆがる前に、私自身が何層倍なんぞうばい歯痒い思いを重ねて来
たか知れないくらいです。私がこの牢屋ろうやの中うちに凝じっとしている事がどうしてもできなくなっ
た時、またその牢屋をどうしても突き破る事ができなくなった時、必竟ひっきょう私にとって一番楽な努
力で遂行すいこうできるものは自殺より外ほかにないと私は感ずるようになったのです。あなたはなぜと
いって眼を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)みはるかも知れませんが、いつも私の心を握り締
めに来るその不可思議な恐ろしい力は、私の活動をあらゆる方面で食い留めながら、死の道だけを自由に
私のために開けておくのです。動かずにいればともかくも、少しでも動く以上は、その道を歩いて進まな
ければ私には進みようがなくなったのです。
 私は今日こんにちに至るまですでに二、三度運命の導いて行く最も楽な方向へ進もうとした事がありま
す。しかし私はいつでも妻に心を惹ひかされました。そうしてその妻をいっしょに連れて行く勇気は無論
ないのです。妻にすべてを打ち明ける事のできないくらいな私ですから、自分の運命の犠牲ぎせいとして
、妻の天寿てんじゅを奪うなどという手荒てあらな所作しょさは、考えてさえ恐ろしかったのです。私に
私の宿命がある通り、妻には妻の廻まわり合せがあります、二人を一束ひとたばにして火に燻くべるのは
、無理という点から見ても、痛ましい極端としか私には思えませんでした。
 同時に私だけがいなくなった後あとの妻を想像してみるといかにも不憫ふびんでした。母の死んだ時、
これから世の中で頼りにするものは私より外になくなったといった彼女の述懐じゅっかいを、私は腸はら
わたに沁しみ込むように記憶させられていたのです。私はいつも躊躇ちゅうちょしました。妻の顔を見て
、止よしてよかったと思う事もありました。そうしてまた凝じっと竦すくんでしまいます。そうして妻か
ら時々物足りなそうな眼で眺ながめられるのです。
 記憶して下さい。私はこんな風ふうにして生きて来たのです。始めてあなたに鎌倉かまくらで会った時
も、あなたといっしょに郊外を散歩した時も、私の気分に大した変りはなかったのです。私の後ろにはい
つでも黒い影が括くッ付ついていました。私は妻さいのために、命を引きずって世の中を歩いていたよう
なものです。あなたが卒業して国へ帰る時も同じ事でした。九月になったらまたあなたに会おうと約束し
た私は、嘘うそを吐ついたのではありません。全く会う気でいたのです。秋が去って、冬が来て、その冬
が尽きても、きっと会うつもりでいたのです。
 すると夏の暑い盛りに明治天皇めいじてんのうが崩御ほうぎょになりました。その時私は明治の精神が
天皇に始まって天皇に終ったような気がしました。最も強く明治の影響を受けた私どもが、その後あとに
生き残っているのは必竟ひっきょう時勢遅れだという感じが烈はげしく私の胸を打ちました。私は明白あ
からさまに妻にそういいました。妻は笑って取り合いませんでしたが、何を思ったものか、突然私に、で
は殉死じゅんしでもしたらよかろうと調戯からかいました。

五十六

「私は殉死という言葉をほとんど忘れていました。平生へいぜい使う必要のない字だから、記憶の底に沈
んだまま、腐れかけていたものと見えます。妻の笑談じょうだんを聞いて始めてそれを思い出した時、私
は妻に向ってもし自分が殉死するならば、明治の精神に殉死するつもりだと答えました。私の答えも無論
笑談に過ぎなかったのですが、私はその時何だか古い不要な言葉に新しい意義を盛り得たような心持がし
たのです。
 それから約一カ月ほど経たちました。御大葬ごたいそうの夜私はいつもの通り書斎に坐すわって、相図
あいずの号砲ごうほうを聞きました。私にはそれが明治が永久に去った報知のごとく聞こえました。後で
考えると、それが乃木大将のぎたいしょうの永久に去った報知にもなっていたのです。私は号外を手にし
て、思わず妻に殉死だ殉死だといいました。

271 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:33:35.68 ID:twPsrBe10
 私は新聞で乃木大将の死ぬ前に書き残して行ったものを読みました。西南戦争せいなんせんそうの時敵
に旗を奪とられて以来、申し訳のために死のう死のうと思って、つい今日こんにちまで生きていたという
意味の句を見た時、私は思わず指を折って、乃木さんが死ぬ覚悟をしながら生きながらえて来た年月とし
つきを勘定して見ました。西南戦争は明治十年ですから、明治四十五年までには三十五年の距離がありま
す。乃木さんはこの三十五年の間あいだ死のう死のうと思って、死ぬ機会を待っていたらしいのです。私
はそういう人に取って、生きていた三十五年が苦しいか、また刀を腹へ突き立てた一刹那いっせつなが苦
しいか、どっちが苦しいだろうと考えました。
 それから二、三日して、私はとうとう自殺する決心をしたのです。私に乃木さんの死んだ理由がよく解
わからないように、あなたにも私の自殺する訳が明らかに呑のみ込めないかも知れませんが、もしそうだ
とすると、それは時勢の推移から来る人間の相違だから仕方がありません。あるいは箇人こじんのもって
生れた性格の相違といった方が確たしかかも知れません。私は私のできる限りこの不可思議な私というも
のを、あなたに解らせるように、今までの叙述で己おのれを尽つくしたつもりです。
 私は妻さいを残して行きます。私がいなくなっても妻に衣食住の心配がないのは仕合しあわせです。私
は妻に残酷な驚怖きょうふを与える事を好みません。私は妻に血の色を見せないで死ぬつもりです。妻の
知らない間まに、こっそりこの世からいなくなるようにします。私は死んだ後で、妻から頓死とんしした
と思われたいのです。気が狂ったと思われても満足なのです。
 私が死のうと決心してから、もう十日以上になりますが、その大部分はあなたにこの長い自叙伝の一節
を書き残すために使用されたものと思って下さい。始めはあなたに会って話をする気でいたのですが、書
いてみると、かえってその方が自分を判然はっきり描えがき出す事ができたような心持がして嬉うれしい
のです。私は酔興すいきょうに書くのではありません。私を生んだ私の過去は、人間の経験の一部分とし
て、私より外ほかに誰も語り得るものはないのですから、それを偽いつわりなく書き残して置く私の努力
は、人間を知る上において、あなたにとっても、外の人にとっても、徒労ではなかろうと思います。渡辺
華山わたなべかざんは邯鄲かんたんという画えを描かくために、死期を一週間繰り延べたという話をつい
先達せんだって聞きました。他ひとから見たら余計な事のようにも解釈できましょうが、当人にはまた当
人相応の要求が心の中うちにあるのだからやむをえないともいわれるでしょう。私の努力も単にあなたに
対する約束を果たすためばかりではありません。半なかば以上は自分自身の要求に動かされた結果なので
す。
 しかし私は今その要求を果たしました。もう何にもする事はありません。この手紙があなたの手に落ち
る頃ころには、私はもうこの世にはいないでしょう。とくに死んでいるでしょう。妻は十日ばかり前から
市ヶ谷いちがやの叔母おばの所へ行きました。叔母が病気で手が足りないというから私が勧めてやったの
です。私は妻の留守の間あいだに、この長いものの大部分を書きました。時々妻が帰って来ると、私はす
ぐそれを隠しました。
 私は私の過去を善悪ともに他ひとの参考に供するつもりです。しかし妻だけはたった一人の例外だと承
知して下さい。私は妻には何にも知らせたくないのです。妻が己おのれの過去に対してもつ記憶を、なる
べく純白に保存しておいてやりたいのが私の唯一ゆいいつの希望なのですから、私が死んだ後あとでも、
妻が生きている以上は、あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、すべてを腹の中にしまっておいて
下さい。」


坊っちゃん
夏目漱石

 親譲おやゆずりの無鉄砲むてっぽうで小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階か
ら飛び降りて一週間ほど腰こしを抜ぬかした事がある。なぜそんな無闇むやみをしたと聞く人があるかも
知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談じょうだんに、
いくら威張いばっても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃はやしたからである。小使
こづかいに負ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼めをして二階ぐらいから飛び降りて腰を抜かす奴
やつがあるかと云いったから、この次は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
 親類のものから西洋製のナイフを貰もらって奇麗きれいな刃はを日に翳かざして、友達ともだちに見せ

272 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:33:44.74 ID:twPsrBe10
ていたら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切ってみせると受
け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指ぐらいこの通りだと右の手の親指の甲こ
うをはすに切り込こんだ。幸さいわいナイフが小さいのと、親指の骨が堅かたかったので、今だに親指は
手に付いている。しかし創痕きずあとは死ぬまで消えぬ。
 庭を東へ二十歩に行き尽つくすと、南上がりにいささかばかりの菜園があって、真中まんなかに栗くり
の木が一本立っている。これは命より大事な栗だ。実の熟する時分は起き抜けに背戸せどを出て落ちた奴
を拾ってきて、学校で食う。菜園の西側が山城屋やましろやという質屋の庭続きで、この質屋に勘太郎か
んたろうという十三四の倅せがれが居た。勘太郎は無論弱虫である。弱虫の癖くせに四つ目垣を乗りこえ
て、栗を盗ぬすみにくる。ある日の夕方折戸おりどの蔭かげに隠かくれて、とうとう勘太郎を捕つらまえ
てやった。その時勘太郎は逃にげ路みちを失って、一生懸命いっしょうけんめいに飛びかかってきた。向
むこうは二つばかり年上である。弱虫だが力は強い。鉢はちの開いた頭を、こっちの胸へ宛あててぐいぐ
い押おした拍子ひょうしに、勘太郎の頭がすべって、おれの袷あわせの袖そでの中にはいった。邪魔じゃ
まになって手が使えぬから、無暗に手を振ふったら、袖の中にある勘太郎の頭が、右左へぐらぐら靡なび
いた。しまいに苦しがって袖の中から、おれの二の腕うでへ食い付いた。痛かったから勘太郎を垣根へ押
しつけておいて、足搦あしがらをかけて向うへ倒たおしてやった。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い
。勘太郎は四つ目垣を半分崩くずして、自分の領分へ真逆様まっさかさまに落ちて、ぐうと云った。勘太
郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。その晩母が山城屋に詫わびに行っ
たついでに袷の片袖も取り返して来た。
 この外いたずらは大分やった。大工の兼公かねこうと肴屋さかなやの角かくをつれて、茂作もさくの人
参畠にんじんばたけをあらした事がある。人参の芽が出揃でそろわぬ処ところへ藁わらが一面に敷しいて
あったから、その上で三人が半日相撲すもうをとりつづけに取ったら、人参がみんな踏ふみつぶされてし
まった。古川ふるかわの持っている田圃たんぼの井戸いどを埋うめて尻しりを持ち込まれた事もある。太
い孟宗もうそうの節を抜いて、深く埋めた中から水が湧わき出て、そこいらの稲いねにみずがかかる仕掛
しかけであった。その時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ぼうちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ挿さ
し込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食っていたら、古川が真赤まっかになって
怒鳴どなり込んで来た。たしか罰金ばっきんを出して済んだようである。
 おやじはちっともおれを可愛かわいがってくれなかった。母は兄ばかり贔屓ひいきにしていた。この兄
はやに色が白くって、芝居しばいの真似まねをして女形おんながたになるのが好きだった。おれを見る度
にこいつはどうせ碌ろくなものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母
が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はな
い。ただ懲役ちょうえきに行かないで生きているばかりである。
 母が病気で死ぬ二三日にさんち前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨あばらぼねを撲うって大いに
痛かった。母が大層怒おこって、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊とまりに行っ
ていた。するととうとう死んだと云う報知しらせが来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病な
ら、もう少し大人おとなしくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、
おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜くやしかったから、兄の横っ面を張って大変
叱しかられた。
 母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮くらしていた。おやじは何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば
貴様は駄目だめだ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか今に分らない。妙みょうなおやじ
があったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ず
るいから、仲がよくなかった。十日に一遍いっぺんぐらいの割で喧嘩けんかをしていた。ある時将棋しょ
うぎをさしたら卑怯ひきょうな待駒まちごまをして、人が困ると嬉うれしそうに冷やかした。あんまり腹
が立ったから、手に在った飛車を眉間みけんへ擲たたきつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄が

273 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:34:02.80 ID:twPsrBe10
になると云う了見りょうけんもなかった。しかし清がなるなると云うものだから、やっぱり何かに成れる
んだろうと思っていた。今から考えると馬鹿馬鹿ばかばかしい。ある時などは清にどんなものになるだろ
うと聞いてみた事がある。ところが清にも別段の考えもなかったようだ。ただ手車てぐるまへ乗って、立
派な玄関げんかんのある家をこしらえるに相違そういないと云った。
 それから清はおれがうちでも持って独立したら、一所いっしょになる気でいた。どうか置いて下さいと
何遍も繰くり返して頼んだ。おれも何だかうちが持てるような気がして、うん置いてやると返事だけはし
ておいた。ところがこの女はなかなか想像の強い女で、あなたはどこがお好き、麹町こうじまちですか麻
布あざぶですか、お庭へぶらんこをおこしらえ遊ばせ、西洋間は一つでたくさんですなどと勝手な計画を
独りで並ならべていた。その時は家なんか欲しくも何ともなかった。西洋館も日本建にほんだても全く不
用であったから、そんなものは欲しくないと、いつでも清に答えた。すると、あなたは欲がすくなくって
、心が奇麗だと云ってまた賞めた。清は何と云っても賞めてくれる。
 母が死んでから五六年の間はこの状態で暮していた。おやじには叱られる。兄とは喧嘩をする。清には
菓子を貰う、時々賞められる。別に望みもない。これでたくさんだと思っていた。ほかの小供も一概いち
がいにこんなものだろうと思っていた。ただ清が何かにつけて、あなたはお可哀想かわいそうだ、不仕合
ふしあわせだと無暗に云うものだから、それじゃ可哀想で不仕合せなんだろうと思った。その外に苦にな
る事は少しもなかった。ただおやじが小遣いをくれないには閉口した。
 母が死んでから六年目の正月におやじも卒中で亡くなった。その年の四月におれはある私立の中学校を
卒業する。六月に兄は商業学校を卒業した。兄は何とか会社の九州の支店に口があって行ゆかなければな
らん。おれは東京でまだ学問をしなければならない。兄は家を売って財産を片付けて任地へ出立しゅった
つすると云い出した。おれはどうでもするがよかろうと返事をした。どうせ兄の厄介やっかいになる気は
ない。世話をしてくれるにしたところで、喧嘩をするから、向うでも何とか云い出すに極きまっている。
なまじい保護を受ければこそ、こんな兄に頭を下げなければならない。牛乳配達をしても食ってられると
覚悟かくごをした。兄はそれから道具屋を呼んで来て、先祖代々の瓦落多がらくたを二束三文にそくさん
もんに売った。家屋敷いえやしきはある人の周旋しゅうせんである金満家に譲った。この方は大分金にな
ったようだが、詳くわしい事は一向知らぬ。おれは一ヶ月以前から、しばらく前途の方向のつくまで神田
の小川町おがわまちへ下宿していた。清は十何年居たうちが人手に渡わたるのを大いに残念がったが、自
分のものでないから、仕様がなかった。あなたがもう少し年をとっていらっしゃれば、ここがご相続が出
来ますものをとしきりに口説いていた。もう少し年をとって相続が出来るものなら、今でも相続が出来る
はずだ。婆さんは何なんにも知らないから年さえ取れば兄の家がもらえると信じている。
 兄とおれはかように分れたが、困ったのは清の行く先である。兄は無論連れて行ける身分でなし、清も
兄の尻にくっ付いて九州下くんだりまで出掛ける気は毛頭なし、と云ってこの時のおれは四畳半よじょう
はんの安下宿に籠こもって、それすらもいざとなれば直ちに引き払はらわねばならぬ始末だ。どうする事
も出来ん。清に聞いてみた。どこかへ奉公でもする気かねと云ったらあなたがおうちを持って、奥おくさ
まをお貰いになるまでは、仕方がないから、甥おいの厄介になりましょうとようやく決心した返事をした
。この甥は裁判所の書記でまず今日には差支さしつかえなく暮していたから、今までも清に来るなら来い
と二三度勧めたのだが、清はたとい下女奉公はしても年来住み馴なれた家うちの方がいいと云って応じな
かった。しかし今の場合知らぬ屋敷へ奉公易ほうこうがえをして入らぬ気兼きがねを仕直すより、甥の厄
介になる方がましだと思ったのだろう。それにしても早くうちを持ての、妻さいを貰えの、来て世話をす
るのと云う。親身しんみの甥よりも他人のおれの方が好きなのだろう。
 九州へ立つ二日前兄が下宿へ来て金を六百円出してこれを資本にして商買しょうばいをするなり、学資
にして勉強をするなり、どうでも随意ずいいに使うがいい、その代りあとは構わないと云った。兄にして
は感心なやり方だ、何の六百円ぐらい貰わんでも困りはせんと思ったが、例に似ぬ淡泊たんばくな処置が

274 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:34:11.69 ID:twPsrBe10
気に入ったから、礼を云って貰っておいた。兄はそれから五十円出してこれをついでに清に渡してくれと
云ったから、異議なく引き受けた。二日立って新橋の停車場ていしゃばで分れたぎり兄にはその後一遍も
逢わない。
 おれは六百円の使用法について寝ながら考えた。商買をしたって面倒めんどくさくって旨うまく出来る
ものじゃなし、ことに六百円の金で商買らしい商買がやれる訳でもなかろう。よしやれるとしても、今の
ようじゃ人の前へ出て教育を受けたと威張れないからつまり損になるばかりだ。資本などはどうでもいい
から、これを学資にして勉強してやろう。六百円を三に割って一年に二百円ずつ使えば三年間は勉強が出
来る。三年間一生懸命にやれば何か出来る。それからどこの学校へはいろうと考えたが、学問は生来しょ
うらいどれもこれも好きでない。ことに語学とか文学とか云うものは真平まっぴらご免めんだ。新体詩な
どと来ては二十行あるうちで一行も分らない。どうせ嫌いなものなら何をやっても同じ事だと思ったが、
幸い物理学校の前を通り掛かかったら生徒募集の広告が出ていたから、何も縁だと思って規則書をもらっ
てすぐ入学の手続きをしてしまった。今考えるとこれも親譲りの無鉄砲から起おこった失策だ。
 三年間まあ人並ひとなみに勉強はしたが別段たちのいい方でもないから、席順はいつでも下から勘定か
んじょうする方が便利であった。しかし不思議なもので、三年立ったらとうとう卒業してしまった。自分
でも可笑おかしいと思ったが苦情を云う訳もないから大人しく卒業しておいた。
 卒業してから八日目に校長が呼びに来たから、何か用だろうと思って、出掛けて行ったら、四国辺のあ
る中学校で数学の教師が入る。月給は四十円だが、行ってはどうだという相談である。おれは三年間学問
はしたが実を云うと教師になる気も、田舎いなかへ行く考えも何もなかった。もっとも教師以外に何をし
ようと云うあてもなかったから、この相談を受けた時、行きましょうと即席そくせきに返事をした。これ
も親譲りの無鉄砲が祟たたったのである。
 引き受けた以上は赴任ふにんせねばならぬ。この三年間は四畳半に蟄居ちっきょして小言はただの一度
も聞いた事がない。喧嘩もせずに済んだ。おれの生涯のうちでは比較的ひかくてき呑気のんきな時節であ
った。しかしこうなると四畳半も引き払わなければならん。生れてから東京以外に踏み出したのは、同級
生と一所に鎌倉かまくらへ遠足した時ばかりである。今度は鎌倉どころではない。大変な遠くへ行かねば
ならぬ。地図で見ると海浜で針の先ほど小さく見える。どうせ碌な所ではあるまい。どんな町で、どんな
人が住んでるか分らん。分らんでも困らない。心配にはならぬ。ただ行くばかりである。もっとも少々面
倒臭い。
 家を畳たたんでからも清の所へは折々行った。清の甥というのは存外結構な人である。おれが行ゆくた
びに、居おりさえすれば、何くれと款待もてなしてくれた。清はおれを前へ置いて、いろいろおれの自慢
じまんを甥に聞かせた。今に学校を卒業すると麹町辺へ屋敷を買って役所へ通うのだなどと吹聴ふいちょ
うした事もある。独りで極きめて一人ひとりで喋舌しゃべるから、こっちは困こまって顔を赤くした。そ
れも一度や二度ではない。折々おれが小さい時寝小便をした事まで持ち出すには閉口した。甥は何と思っ
て清の自慢を聞いていたか分らぬ。ただ清は昔風むかしふうの女だから、自分とおれの関係を封建ほうけ
ん時代の主従しゅじゅうのように考えていた。自分の主人なら甥のためにも主人に相違ないと合点がてん
したものらしい。甥こそいい面つらの皮だ。
 いよいよ約束が極まって、もう立つと云う三日前に清を尋たずねたら、北向きの三畳に風邪かぜを引い
て寝ていた。おれの来たのを見て起き直るが早いか、坊ぼっちゃんいつ家うちをお持ちなさいますと聞い
た。卒業さえすれば金が自然とポッケットの中に湧いて来ると思っている。そんなにえらい人をつらまえ
て、まだ坊っちゃんと呼ぶのはいよいよ馬鹿気ている。おれは単簡に当分うちは持たない。田舎へ行くん
だと云ったら、非常に失望した容子ようすで、胡麻塩ごましおの鬢びんの乱れをしきりに撫なでた。あま
り気の毒だから「行ゆく事は行くがじき帰る。来年の夏休みにはきっと帰る」と慰なぐさめてやった。そ
れでも妙な顔をしているから「何を見やげに買って来てやろう、何が欲しい」と聞いてみたら「越後えち
ごの笹飴ささあめが食べたい」と云った。越後の笹飴なんて聞いた事もない。第一方角が違う。「おれの
行く田舎には笹飴はなさそうだ」と云って聞かしたら「そんなら、どっちの見当です」と聞き返した。「

275 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:34:20.69 ID:twPsrBe10
西の方だよ」と云うと「箱根はこねのさきですか手前ですか」と問う。随分持てあました。
 出立の日には朝から来て、いろいろ世話をやいた。来る途中とちゅう小間物屋で買って来た歯磨はみが
きと楊子ようじと手拭てぬぐいをズックの革鞄かばんに入れてくれた。そんな物は入らないと云ってもな
かなか承知しない。車を並べて停車場へ着いて、プラットフォームの上へ出た時、車へ乗り込んだおれの
顔をじっと見て「もうお別れになるかも知れません。随分ご機嫌きげんよう」と小さな声で云った。目に
涙なみだが一杯いっぱいたまっている。おれは泣かなかった。しかしもう少しで泣くところであった。汽
車がよっぽど動き出してから、もう大丈夫だいしょうぶだろうと思って、窓から首を出して、振り向いた
ら、やっぱり立っていた。何だか大変小さく見えた。



 ぶうと云いって汽船がとまると、艀はしけが岸を離はなれて、漕こぎ寄せて来た。船頭は真まっ裸ぱだ
かに赤ふんどしをしめている。野蛮やばんな所だ。もっともこの熱さでは着物はきられまい。日が強いの
で水がやに光る。見つめていても眼めがくらむ。事務員に聞いてみるとおれはここへ降りるのだそうだ。
見るところでは大森おおもりぐらいな漁村だ。人を馬鹿ばかにしていらあ、こんな所に我慢がまんが出来
るものかと思ったが仕方がない。威勢いせいよく一番に飛び込んだ。続つづいて五六人は乗ったろう。外
に大きな箱はこを四つばかり積み込んで赤ふんは岸へ漕ぎ戻もどして来た。陸おかへ着いた時も、いの一
番に飛び上がって、いきなり、磯いそに立っていた鼻たれ小僧こぞうをつらまえて中学校はどこだと聞い
た。小僧はぼんやりして、知らんがの、と云った。気の利かぬ田舎いなかものだ。猫ねこの額ほどな町内
の癖くせに、中学校のありかも知らぬ奴やつがあるものか。ところへ妙みょうな筒つつっぽうを着た男が
きて、こっちへ来いと云うから、尾ついて行ったら、港屋とか云う宿屋へ連れて来た。やな女が声を揃そ
ろえてお上がりなさいと云うので、上がるのがいやになった。門口へ立ったなり中学校を教えろと云った
ら、中学校はこれから汽車で二里ばかり行かなくっちゃいけないと聞いて、なお上がるのがいやになった
。おれは、筒っぽうを着た男から、おれの革鞄かばんを二つ引きたくって、のそのそあるき出した。宿屋
のものは変な顔をしていた。
 停車場はすぐ知れた。切符きっぷも訳なく買った。乗り込んでみるとマッチ箱のような汽車だ。ごろご
ろと五分ばかり動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。たった三銭
である。それから車を傭やとって、中学校へ来たら、もう放課後で誰だれも居ない。宿直はちょっと用達
ようたしに出たと小使こづかいが教えた。随分ずいぶん気楽な宿直がいるものだ。校長でも尋たずねよう
かと思ったが、草臥くたびれたから、車に乗って宿屋へ連れて行けと車夫に云い付けた。車夫は威勢よく
山城屋やましろやと云ううちへ横付けにした。山城屋とは質屋の勘太郎かんたろうの屋号と同じだからち
ょっと面白く思った。
 何だか二階の楷子段はしごだんの下の暗い部屋へ案内した。熱くって居られやしない。こんな部屋はい
やだと云ったらあいにくみんな塞ふさがっておりますからと云いながら革鞄を抛ほうり出したまま出て行
った。仕方がないから部屋の中へはいって汗あせをかいて我慢がまんしていた。やがて湯に入れと云うか
ら、ざぶりと飛び込んで、すぐ上がった。帰りがけに覗のぞいてみると涼すずしそうな部屋がたくさん空
いている。失敬な奴だ。嘘うそをつきゃあがった。それから下女が膳ぜんを持って来た。部屋は熱あつか
ったが、飯は下宿のよりも大分旨うまかった。給仕をしながら下女がどちらからおいでになりましたと聞
くから、東京から来たと答えた。すると東京はよい所でございましょうと云ったから当あたり前だと答え
てやった。膳を下げた下女が台所へいった時分、大きな笑い声が聞きこえた。くだらないから、すぐ寝ね
たが、なかなか寝られない。熱いばかりではない。騒々そうぞうしい。下宿の五倍ぐらいやかましい。う
とうとしたら清きよの夢ゆめを見た。清が越後えちごの笹飴ささあめを笹ぐるみ、むしゃむしゃ食ってい
る。笹は毒だからよしたらよかろうと云うと、いえこの笹がお薬でございますと云いって旨そうに食って
いる。おれがあきれ返って大きな口を開いてハハハハと笑ったら眼が覚めた。下女が雨戸を明けている。
相変らず空の底が突つき抜ぬけたような天気だ。
 道中どうちゅうをしたら茶代をやるものだと聞いていた。茶代をやらないと粗末そまつに取り扱われる

276 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:34:29.74 ID:twPsrBe10
と聞いていた。こんな、狭せまくて暗い部屋へ押おし込めるのも茶代をやらないせいだろう。見すぼらし
い服装なりをして、ズックの革鞄と毛繻子けじゅすの蝙蝠傘こうもりを提げてるからだろう。田舎者の癖
に人を見括みくびったな。一番茶代をやって驚おどろかしてやろう。おれはこれでも学資のあまりを三十
円ほど懐ふところに入れて東京を出て来たのだ。汽車と汽船の切符代と雑費を差し引いて、まだ十四円ほ
どある。みんなやったってこれからは月給を貰もらうんだから構わない。田舎者はしみったれだから五円
もやれば驚おどろいて眼を廻まわすに極きまっている。どうするか見ろと済すまして顔を洗って、部屋へ
帰って待ってると、夕べの下女が膳を持って来た。盆ぼんを持って給仕をしながら、やににやにや笑って
る。失敬な奴だ。顔のなかをお祭りでも通りゃしまいし。これでもこの下女の面つらよりよっぽど上等だ
。飯を済ましてからにしようと思っていたが、癪しゃくに障さわったから、中途ちゅうとで五円札さつを
一枚まい出して、あとでこれを帳場へ持って行けと云ったら、下女は変な顔をしていた。それから飯を済
ましてすぐ学校へ出懸でかけた。靴くつは磨みがいてなかった。
 学校は昨日きのう車で乗りつけたから、大概たいがいの見当は分っている。四つ角を二三度曲がったら
すぐ門の前へ出た。門から玄関げんかんまでは御影石みかげいしで敷しきつめてある。きのうこの敷石の
上を車でがらがらと通った時は、無暗むやみに仰山ぎょうさんな音がするので少し弱った。途中から小倉
こくらの制服を着た生徒にたくさん逢あったが、みんなこの門をはいって行く。中にはおれより背が高く
って強そうなのが居る。あんな奴を教えるのかと思ったら何だか気味が悪わるくなった。名刺めいしを出
したら校長室へ通した。校長は薄髯うすひげのある、色の黒い、目の大きな狸たぬきのような男である。
やにもったいぶっていた。まあ精出して勉強してくれと云って、恭うやうやしく大きな印の捺おさった、
辞令を渡わたした。この辞令は東京へ帰るとき丸めて海の中へ抛り込こんでしまった。校長は今に職員に
紹介しょうかいしてやるから、一々その人にこの辞令を見せるんだと云って聞かした。余計な手数だ。そ
んな面倒めんどうな事をするよりこの辞令を三日間職員室へ張り付ける方がましだ。
 教員が控所ひかえじょへ揃そろうには一時間目の喇叭らっぱが鳴らなくてはならぬ。大分時間がある。
校長は時計を出して見て、追々おいおいゆるりと話すつもりだが、まず大体の事を呑のみ込んでおいても
らおうと云って、それから教育の精神について長いお談義を聞かした。おれは無論いい加減に聞いていた
が、途中からこれは飛んだ所へ来たと思った。校長の云うようにはとても出来ない。おれみたような無鉄
砲むてっぽうなものをつらまえて、生徒の模範もはんになれの、一校の師表しひょうと仰あおがれなくて
はいかんの、学問以外に個人の徳化を及およぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をす
る。そんなえらい人が月給四十円で遥々はるばるこんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が
立てば喧嘩けんかの一つぐらいは誰でもするだろうと思ってたが、この様子じゃめったに口も聞けない、
散歩も出来ない。そんなむずかしい役なら雇やとう前にこれこれだと話すがいい。おれは嘘うそをつくの
が嫌きらいだから、仕方がない、だまされて来たのだとあきらめて、思い切りよく、ここで断ことわって
帰っちまおうと思った。宿屋へ五円やったから財布さいふの中には九円なにがししかない。九円じゃ東京
までは帰れない。茶代なんかやらなければよかった。惜おしい事をした。しかし九円だって、どうかなら
ない事はない。旅費は足りなくっても嘘をつくよりましだと思って、到底とうていあなたのおっしゃる通
りにゃ、出来ません、この辞令は返しますと云ったら、校長は狸のような眼をぱちつかせておれの顔を見
ていた。やがて、今のはただ希望である、あなたが希望通り出来ないのはよく知っているから心配しなく
ってもいいと云いながら笑った。そのくらいよく知ってるなら、始めから威嚇おどささなければいいのに

 そう、こうする内に喇叭が鳴った。教場の方が急にがやがやする。もう教員も控所へ揃いましたろうと
云うから、校長に尾いて教員控所へはいった。広い細長い部屋の周囲に机を並ならべてみんな腰こしをか
けている。おれがはいったのを見て、みんな申し合せたようにおれの顔を見た。見世物じゃあるまいし。
それから申し付けられた通り一人一人ひとりびとりの前へ行って辞令を出して挨拶あいさつをした。大概

277 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:34:38.82 ID:twPsrBe10
たいがいは椅子いすを離れて腰をかがめるばかりであったが、念の入ったのは差し出した辞令を受け取っ
て一応拝見をしてそれを恭うやうやしく返却へんきゃくした。まるで宮芝居の真似まねだ。十五人目に体
操たいそうの教師へと廻って来た時には、同じ事を何返もやるので少々じれったくなった。向むこうは一
度で済む。こっちは同じ所作しょさを十五返繰り返している。少しはひとの了見りょうけんも察してみる
がいい。
 挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云うのが居た。これは文学士だそうだ。文学士と云えば大学の卒業
生だからえらい人なんだろう。妙みょうに女のような優しい声を出す人だった。もっとも驚いたのはこの
暑いのにフランネルの襯衣しゃつを着ている。いくらか薄うすい地には相違そういなくっても暑いには極
ってる。文学士だけにご苦労千万な服装なりをしたもんだ。しかもそれが赤シャツだから人を馬鹿ばかに
している。あとから聞いたらこの男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。当人
の説明では赤は身体からだに薬になるから、衛生のためにわざわざ誂あつらえるんだそうだが、入らざる
心配だ。そんならついでに着物も袴はかまも赤にすればいい。それから英語の教師に古賀こがとか云う大
変顔色の悪わるい男が居た。大概顔の蒼あおい人は瘠やせてるもんだがこの男は蒼くふくれている。昔む
かし小学校へ行く時分、浅井あさいの民たみさんと云う子が同級生にあったが、この浅井のおやじがやは
り、こんな色つやだった。浅井は百姓ひゃくしょうだから、百姓になるとあんな顔になるかと清に聞いて
みたら、そうじゃありません、あの人はうらなりの唐茄子とうなすばかり食べるから、蒼くふくれるんで
すと教えてくれた。それ以来蒼くふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食った酬むくいだと思う。
この英語の教師もうらなりばかり食ってるに違ちがいない。もっともうらなりとは何の事か今もって知ら
ない。清に聞いてみた事はあるが、清は笑って答えなかった。大方清も知らないんだろう。それからおれ
と同じ数学の教師に堀田ほったというのが居た。これは逞たくましい毬栗坊主いがぐりぼうずで、叡山え
いざんの悪僧あくそうと云うべき面構つらがまえである。人が叮寧ていねいに辞令を見せたら見向きもせ
ず、やあ君が新任の人か、ちと遊びに来給きたまえアハハハと云った。何がアハハハだ。そんな礼儀れい
ぎを心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれはこの時からこの坊主に山嵐やまあらしという渾名あだ
なをつけてやった。漢学の先生はさすがに堅かたいものだ。昨日お着きで、さぞお疲れで、それでもう授
業をお始めで、大分ご励精れいせいで、――とのべつに弁じたのは愛嬌あいきょうのあるお爺じいさんだ
。画学の教師は全く芸人風だ。べらべらした透綾すきやの羽織を着て、扇子せんすをぱちつかせて、お国
はどちらでげす、え? 東京? そりゃ嬉うれしい、お仲間が出来て……私わたしもこれで江戸えどっ子
ですと云った。こんなのが江戸っ子なら江戸には生れたくないもんだと心中に考えた。そのほか一人一人
についてこんな事を書けばいくらでもある。しかし際限がないからやめる。
 挨拶が一通り済んだら、校長が今日はもう引き取ってもいい、もっとも授業上の事は数学の主任と打ち
合せをしておいて、明後日あさってから課業を始めてくれと云った。数学の主任は誰かと聞いてみたら例
の山嵐であった。忌々いまいましい、こいつの下に働くのかおやおやと失望した。山嵐は「おい君どこに
宿とまってるか、山城屋か、うん、今に行って相談する」と云い残して白墨はくぼくを持って教場へ出て
行った。主任の癖に向うから来て相談するなんて不見識な男だ。しかし呼び付けるよりは感心だ。
 それから学校の門を出て、すぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないから、少し町を散歩して
やろうと思って、無暗に足の向く方をあるき散らした。県庁も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見
た。麻布あざぶの聯隊れんたいより立派でない。大通りも見た。神楽坂かぐらざかを半分に狭くしたぐら
いな道幅みちはばで町並まちなみはあれより落ちる。二十五万石の城下だって高の知れたものだ。こんな
所に住んでご城下だなどと威張いばってる人間は可哀想かわいそうなものだと考えながらくると、いつし
か山城屋の前に出た。広いようでも狭いものだ。これで大抵たいていは見尽みつくしたのだろう。帰って
飯でも食おうと門口をはいった。帳場に坐すわっていたかみさんが、おれの顔を見ると急に飛び出してき
てお帰り……と板の間へ頭をつけた。靴くつを脱ぬいで上がると、お座敷ざしきがあきましたからと下女

278 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:34:47.69 ID:twPsrBe10
が二階へ案内をした。十五畳じょうの表二階で大きな床とこの間まがついている。おれは生れてからまだ
こんな立派な座敷へはいった事はない。この後いつはいれるか分らないから、洋服を脱いで浴衣ゆかた一
枚になって座敷の真中まんなかへ大の字に寝てみた。いい心持ちである。
 昼飯を食ってから早速清へ手紙をかいてやった。おれは文章がまずい上に字を知らないから手紙を書く
のが大嫌だいきらいだ。またやる所もない。しかし清は心配しているだろう。難船して死にやしないかな
どと思っちゃ困るから、奮発ふんぱつして長いのを書いてやった。その文句はこうである。
「きのう着いた。つまらん所だ。十五畳の座敷に寝ている。宿屋へ茶代を五円やった。かみさんが頭を板
の間へすりつけた。夕べは寝られなかった。清が笹飴を笹ごと食う夢を見た。来年の夏は帰る。今日学校
へ行ってみんなにあだなをつけてやった。校長は狸、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、数学は山
嵐、画学はのだいこ。今にいろいろな事を書いてやる。さようなら」
 手紙をかいてしまったら、いい心持ちになって眠気ねむけがさしたから、最前のように座敷の真中への
びのびと大の字に寝た。今度は夢も何も見ないでぐっすり寝た。この部屋かいと大きな声がするので目が
覚めたら、山嵐がはいって来た。最前は失敬、君の受持ちは……と人が起き上がるや否や談判を開かれた
ので大いに狼狽ろうばいした。受持ちを聞いてみると別段むずかしい事もなさそうだから承知した。この
くらいの事なら、明後日は愚おろか、明日あしたから始めろと云ったって驚ろかない。授業上の打ち合せ
が済んだら、君はいつまでこんな宿屋に居るつもりでもあるまい、僕ぼくがいい下宿を周旋しゅうせんし
てやるから移りたまえ。外のものでは承知しないが僕が話せばすぐ出来る。早い方がいいから、今日見て
、あす移って、あさってから学校へ行けば極りがいいと一人で呑み込んでいる。なるほど十五畳敷にいつ
まで居る訳にも行くまい。月給をみんな宿料しゅくりょうに払はらっても追っつかないかもしれぬ。五円
の茶代を奮発ふんぱつしてすぐ移るのはちと残念だが、どうせ移る者なら、早く引き越こして落ち付く方
が便利だから、そこのところはよろしく山嵐に頼たのむ事にした。すると山嵐はともかくもいっしょに来
てみろと云うから、行った。町はずれの岡の中腹にある家で至極閑静かんせいだ。主人は骨董こっとうを
売買するいか銀と云う男で、女房にょうぼうは亭主ていしゅよりも四つばかり年嵩としかさの女だ。中学
校に居た時ウィッチと云う言葉を習った事があるがこの女房はまさにウィッチに似ている。ウィッチだっ
て人の女房だから構わない。とうとう明日から引き移る事にした。帰りに山嵐は通町とおりちょうで氷水
を一杯ぱい奢おごった。学校で逢った時はやに横風おうふうな失敬な奴だと思ったが、こんなにいろいろ
世話をしてくれるところを見ると、わるい男でもなさそうだ。ただおれと同じようにせっかちで肝癪持か
んしゃくもちらしい。あとで聞いたらこの男が一番生徒に人望があるのだそうだ。



 いよいよ学校へ出た。初めて教場へはいって高い所へ乗った時は、何だか変だった。講釈をしながら、
おれでも先生が勤まるのかと思った。生徒はやかましい。時々図抜ずぬけた大きな声で先生と云いう。先
生には応こたえた。今まで物理学校で毎日先生先生と呼びつけていたが、先生と呼ぶのと、呼ばれるのは
雲泥うんでいの差だ。何だか足の裏がむずむずする。おれは卑怯ひきょうな人間ではない。臆病おくびょ
うな男でもないが、惜おしい事に胆力たんりょくが欠けている。先生と大きな声をされると、腹の減った
時に丸の内で午砲どんを聞いたような気がする。最初の一時間は何だかいい加減にやってしまった。しか
し別段困った質問も掛かけられずに済んだ。控所ひかえじょへ帰って来たら、山嵐がどうだいと聞いた。
うんと単簡に返事をしたら山嵐は安心したらしかった。
 二時間目に白墨はくぼくを持って控所を出た時には何だか敵地へ乗り込こむような気がした。教場へ出
ると今度の組は前より大きな奴やつばかりである。おれは江戸えどっ子で華奢きゃしゃに小作りに出来て
いるから、どうも高い所へ上がっても押おしが利かない。喧嘩けんかなら相撲取すもうとりとでもやって
みせるが、こんな大僧おおぞうを四十人も前へ並ならべて、ただ一枚まいの舌をたたいて恐縮きょうしゅ
くさせる手際はない。しかしこんな田舎者いなかものに弱身を見せると癖くせになると思ったから、なる
べく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった。最初のうちは、生徒も烟けむに捲まかれてぼんやり

279 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:35:00.50 ID:twPsrBe10
していたから、それ見ろとますます得意になって、べらんめい調を用いてたら、一番前の列の真中まんな
かに居た、一番強そうな奴が、いきなり起立して先生と云う。そら来たと思いながら、何だと聞いたら、
「あまり早くて分からんけれ、もちっと、ゆるゆる遣やって、おくれんかな、もし」と云った。おくれん
かな、もしは生温なまぬるい言葉だ。早過ぎるなら、ゆっくり云ってやるが、おれは江戸っ子だから君等
きみらの言葉は使えない、分わからなければ、分るまで待ってるがいいと答えてやった。この調子で二時
間目は思ったより、うまく行った。ただ帰りがけに生徒の一人がちょっとこの問題を解釈をしておくれん
かな、もし、と出来そうもない幾何きかの問題を持って逼せまったには冷汗ひやあせを流した。仕方がな
いから何だか分らない、この次教えてやると急いで引き揚あげたら、生徒がわあと囃はやした。その中に
出来ん出来んと云う声が聞きこえる。箆棒べらぼうめ、先生だって、出来ないのは当り前だ。出来ないの
を出来ないと云うのに不思議があるもんか。そんなものが出来るくらいなら四十円でこんな田舎へくるも
んかと控所へ帰って来た。今度はどうだとまた山嵐が聞いた。うんと云ったが、うんだけでは気が済まな
かったから、この学校の生徒は分らずやだなと云ってやった。山嵐は妙みょうな顔をしていた。
 三時間目も、四時間目も昼過ぎの一時間も大同小異であった。最初の日に出た級は、いずれも少々ずつ
失敗した。教師ははたで見るほど楽じゃないと思った。授業はひと通り済んだが、まだ帰れない、三時ま
でぽつ然ねんとして待ってなくてはならん。三時になると、受持級の生徒が自分の教室を掃除そうじして
報知しらせにくるから検分をするんだそうだ。それから、出席簿しゅっせきぼを一応調べてようやくお暇
ひまが出る。いくら月給で買われた身体からだだって、あいた時間まで学校へ縛しばりつけて机と睨にら
めっくらをさせるなんて法があるものか。しかしほかの連中はみんな大人おとなしくご規則通りやってる
から新参のおればかり、だだを捏こねるのもよろしくないと思って我慢がまんしていた。帰りがけに、君
何でもかんでも三時過すぎまで学校にいさせるのは愚おろかだぜと山嵐に訴えたら、山嵐はそうさアハハ
ハと笑ったが、あとから真面目まじめになって、君あまり学校の不平を云うと、いかんぜ。云うなら僕ぼ
くだけに話せ、随分ずいぶん妙な人も居るからなと忠告がましい事を云った。四つ角で分れたから詳くわ
しい事は聞くひまがなかった。
 それからうちへ帰ってくると、宿の亭主ていしゅがお茶を入れましょうと云ってやって来る。お茶を入
れると云うからご馳走ちそうをするのかと思うと、おれの茶を遠慮えんりょなく入れて自分が飲むのだ。
この様子では留守中るすちゅうも勝手にお茶を入れましょうを一人ひとりで履行りこうしているかも知れ
ない。亭主が云うには手前は書画骨董しょがこっとうがすきで、とうとうこんな商買を内々で始めるよう
になりました。あなたもお見受け申すところ大分ご風流でいらっしゃるらしい。ちと道楽にお始めなすっ
てはいかがですと、飛んでもない勧誘かんゆうをやる。二年前ある人の使つかいに帝国ていこくホテルへ
行った時は錠前じょうまえ直しと間違まちがえられた事がある。ケットを被かぶって、鎌倉かまくらの大
仏を見物した時は車屋から親方と云われた。その外今日こんにちまで見損みそくなわれた事は随分あるが
、まだおれをつらまえて大分ご風流でいらっしゃると云ったものはない。大抵たいていはなりや様子でも
分る。風流人なんていうものは、画えを見ても、頭巾ずきんを被かぶるか短冊たんざくを持ってるものだ
。このおれを風流人だなどと真面目に云うのはただの曲者くせものじゃない。おれはそんな呑気のんきな
隠居いんきょのやるような事は嫌きらいだと云ったら、亭主はへへへへと笑いながら、いえ始めから好き
なものは、どなたもございませんが、いったんこの道にはいるとなかなか出られませんと一人で茶を注い
で妙な手付てつきをして飲んでいる。実はゆうべ茶を買ってくれと頼たのんでおいたのだが、こんな苦い
濃こい茶はいやだ。一杯ぱい飲むと胃に答えるような気がする。今度からもっと苦くないのを買ってくれ
と云ったら、かしこまりましたとまた一杯しぼって飲んだ。人の茶だと思って無暗むやみに飲む奴やつだ
。主人が引き下がってから、明日の下読したよみをしてすぐ寝ねてしまった。
 それから毎日毎日学校へ出ては規則通り働く、毎日毎日帰って来ると主人がお茶を入れましょうと出て
くる。一週間ばかりしたら学校の様子もひと通りは飲み込めたし、宿の夫婦の人物も大概たいがいは分っ

280 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:35:14.70 ID:twPsrBe10
でおれが食うのに文句があるもんかと、さっさと講義を済まして控所へ帰って来た。十分立って次の教場
へ出ると一つ天麩羅四杯なり。但ただし笑うべからず。と黒板にかいてある。さっきは別に腹も立たなか
ったが今度は癪しゃくに障さわった。冗談じょうだんも度を過ごせばいたずらだ。焼餅やきもちの黒焦く
ろこげのようなもので誰だれも賞ほめ手はない。田舎者はこの呼吸が分からないからどこまで押おして行
っても構わないと云う了見りょうけんだろう。一時間あるくと見物する町もないような狭せまい都に住ん
で、外に何にも芸がないから、天麩羅事件を日露にちろ戦争のように触ふれちらかすんだろう。憐あわれ
な奴等やつらだ。小供の時から、こんなに教育されるから、いやにひねっこびた、植木鉢うえきばちの楓
かえでみたような小人しょうじんが出来るんだ。無邪気むじゃきならいっしょに笑ってもいいが、こりゃ
なんだ。小供の癖くせに乙おつに毒気を持ってる。おれはだまって、天麩羅を消して、こんないたずらが
面白いか、卑怯ひきょうな冗談だ。君等は卑怯と云う意味を知ってるか、と云ったら、自分がした事を笑
われて怒おこるのが卑怯じゃろうがな、もしと答えた奴がある。やな奴だ。わざわざ東京から、こんな奴
を教えに来たのかと思ったら情なくなった。余計な減らず口を利かないで勉強しろと云って、授業を始め
てしまった。それから次の教場へ出たら天麩羅を食うと減らず口が利きたくなるものなりと書いてある。
どうも始末に終えない。あんまり腹が立ったから、そんな生意気な奴は教えないと云ってすたすた帰って
来てやった。生徒は休みになって喜んだそうだ。こうなると学校より骨董の方がまだましだ。
 天麩羅蕎麦もうちへ帰って、一晩寝たらそんなに肝癪かんしゃくに障らなくなった。学校へ出てみると
、生徒も出ている。何だか訳が分らない。それから三日ばかりは無事であったが、四日目の晩に住田すみ
たと云う所へ行って団子だんごを食った。この住田と云う所は温泉のある町で城下から汽車だと十分ばか
り、歩いて三十分で行かれる、料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊廓ゆうかくがある。おれのはいった
団子屋は遊廓の入口にあって、大変うまいという評判だから、温泉に行った帰りがけにちょっと食ってみ
た。今度は生徒にも逢わなかったから、誰だれも知るまいと思って、翌日学校へ行って、一時間目の教場
へはいると団子二皿さら七銭と書いてある。実際おれは二皿食って七銭払はらった。どうも厄介やっかい
な奴等だ。二時間目にもきっと何かあると思うと遊廓の団子旨い旨いと書いてある。あきれ返った奴等だ
。団子がそれで済んだと思ったら今度は赤手拭あかてぬぐいと云うのが評判になった。何の事だと思った
ら、つまらない来歴だ。おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極きめている。ほかの所は何
を見ても東京の足元にも及およばないが温泉だけは立派なものだ。せっかく来た者だから毎日はいってや
ろうという気で、晩飯前に運動かたがた出掛でかける。ところが行くときは必ず西洋手拭の大きな奴をぶ
ら下げて行く。この手拭が湯に染そまった上へ、赤い縞しまが流れ出したのでちょっと見ると紅色べにい
ろに見える。おれはこの手拭を行きも帰りも、汽車に乗ってもあるいても、常にぶら下げている。それで
生徒がおれの事を赤手拭赤手拭と云うんだそうだ。どうも狭い土地に住んでるとうるさいものだ。まだあ
る。温泉は三階の新築で上等は浴衣ゆかたをかして、流しをつけて八銭で済む。その上に女が天目てんも
くへ茶を載のせて出す。おれはいつでも上等へはいった。すると四十円の月給で毎日上等へはいるのは贅
沢ぜいたくだと云い出した。余計なお世話だ。まだある。湯壺ゆつぼは花崗石みかげいしを畳たたみ上げ
て、十五畳敷じょうじきぐらいの広さに仕切ってある。大抵たいていは十三四人漬つかってるがたまには
誰も居ない事がある。深さは立って乳の辺まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐのはなかなか愉快
ゆかいだ。おれは人の居ないのを見済みすましては十五畳の湯壺を泳ぎ巡まわって喜んでいた。ところが
ある日三階から威勢いせいよく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を覗のぞいてみると、大きな札へ黒々
と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼はりつけてある。湯の中で泳ぐものは、あまりあるまいから、この貼
札はりふだはおれのために特別に新調したのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは断念した。泳ぐのは
断念したが、学校へ出てみると、例の通り黒板に湯の中で泳ぐべからずと書いてあるには驚おどろいた。
何だか生徒全体がおれ一人を探偵たんていしているように思われた。くさくさした。生徒が何を云ったっ

281 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:35:23.89 ID:twPsrBe10
て、やろうと思った事をやめるようなおれではないが、何でこんな狭苦しい鼻の先がつかえるような所へ
来たのかと思うと情なくなった。それでうちへ帰ると相変らず骨董責である。



 学校には宿直があって、職員が代る代るこれをつとめる。但ただし狸たぬきと赤シャツは例外である。
何でこの両人が当然の義務を免まぬかれるのかと聞いてみたら、奏任待遇そうにんたいぐうだからと云う
。面白くもない。月給はたくさんとる、時間は少ない、それで宿直を逃のがれるなんて不公平があるもの
か。勝手な規則をこしらえて、それが当あたり前まえだというような顔をしている。よくまああんなにず
うずうしく出来るものだ。これについては大分不平であるが、山嵐やまあらしの説によると、いくら一人
ひとりで不平を並ならべたって通るものじゃないそうだ。一人だって二人ふたりだって正しい事なら通り
そうなものだ。山嵐は might is right という英語を引いて説諭せつゆを加えたが、何
だか要領を得ないから、聞き返してみたら強者の権利と云う意味だそうだ。強者の権利ぐらいなら昔むか
しから知っている。今さら山嵐から講釈をきかなくってもいい。強者の権利と宿直とは別問題だ。狸や赤
シャツが強者だなんて、誰だれが承知するものか。議論は議論としてこの宿直がいよいよおれの番に廻ま
わって来た。一体疳性かんしょうだから夜具やぐ蒲団ふとんなどは自分のものへ楽に寝ないと寝たような
心持ちがしない。小供の時から、友達のうちへ泊とまった事はほとんどないくらいだ。友達のうちでさえ
厭いやなら学校の宿直はなおさら厭だ。厭だけれども、これが四十円のうちへ籠こもっているなら仕方が
ない。我慢がまんして勤めてやろう。
 教師も生徒も帰ってしまったあとで、一人ぽかんとしているのは随分ずいぶん間が抜ぬけたものだ。宿
直部屋は教場の裏手にある寄宿舎の西はずれの一室だ。ちょっとはいってみたが、西日をまともに受けて
、苦しくって居たたまれない。田舎いなかだけあって秋がきても、気長に暑いもんだ。生徒の賄まかない
を取りよせて晩飯を済ましたが、まずいには恐おそれ入いった。よくあんなものを食って、あれだけに暴
れられたもんだ。それで晩飯を急いで四時半に片付けてしまうんだから豪傑ごうけつに違ちがいない。飯
は食ったが、まだ日が暮くれないから寝ねる訳に行かない。ちょっと温泉に行きたくなった。宿直をして
、外へ出るのはいい事だか、悪わるい事だかしらないが、こうつくねんとして重禁錮じゅうきんこ同様な
憂目うきめに逢あうのは我慢の出来るもんじゃない。始めて学校へ来た時当直の人はと聞いたら、ちょっ
と用達ようたしに出たと小使こづかいが答えたのを妙みょうだと思ったが、自分に番が廻まわってみると
思い当る。出る方が正しいのだ。おれは小使にちょっと出てくると云ったら、何かご用ですかと聞くから
、用じゃない、温泉へはいるんだと答えて、さっさと出掛でかけた。赤手拭あかてぬぐいは宿へ忘れて来
たのが残念だが今日は先方で借りるとしよう。
 それからかなりゆるりと、出たりはいったりして、ようやく日暮方ひぐれがたになったから、汽車へ乗
って古町こまちの停車場ていしゃばまで来て下りた。学校まではこれから四丁だ。訳はないとあるき出す
と、向うから狸が来た。狸はこれからこの汽車で温泉へ行こうと云う計画なんだろう。すたすた急ぎ足に
やってきたが、擦すれ違ちがった時おれの顔を見たから、ちょっと挨拶あいさつをした。すると狸はあな
たは今日は宿直ではなかったですかねえと真面目まじめくさって聞いた。なかったですかねえもないもん
だ。二時間前おれに向って今夜は始めての宿直ですね。ご苦労さま。と礼を云ったじゃないか。校長なん
かになるといやに曲りくねった言葉を使うもんだ。おれは腹が立ったから、ええ宿直です。宿直ですから
、これから帰って泊る事はたしかに泊りますと云い捨てて済ましてあるき出した。竪町たてまちの四つ角
までくると今度は山嵐やまあらしに出っ喰くわした。どうも狭せまい所だ。出てあるきさえすれば必ず誰
かに逢う。「おい君は宿直じゃないか」と聞くから「うん、宿直だ」と答えたら、「宿直が無暗むやみに
出てあるくなんて、不都合ふつごうじゃないか」と云った。「ちっとも不都合なもんか、出てあるかない
方が不都合だ」と威張いばってみせた。「君のずぼらにも困るな、校長か教頭に出逢うと面倒めんどうだ
ぜ」と山嵐に似合わない事を云うから「校長にはたった今逢った。暑い時には散歩でもしないと宿直も骨
でしょうと校長が、おれの散歩をほめたよ」と云って、面倒臭くさいから、さっさと学校へ帰って来た。

282 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:35:32.84 ID:twPsrBe10
 それから日はすぐくれる。くれてから二時間ばかりは小使を宿直部屋へ呼んで話をしたが、それも飽あ
きたから、寝られないまでも床とこへはいろうと思って、寝巻に着換きがえて、蚊帳かやを捲まくって、
赤い毛布けっとを跳はねのけて、とんと尻持しりもちを突ついて、仰向あおむけになった。おれが寝ると
きにとんと尻持をつくのは小供の時からの癖くせだ。わるい癖だと云って小川町おがわまちの下宿に居た
時分、二階下に居た法律学校の書生が苦情を持ち込こんだ事がある。法律の書生なんてものは弱い癖に、
やに口が達者なもので、愚ぐな事を長たらしく述べ立てるから、寝る時にどんどん音がするのはおれの尻
がわるいのじゃない。下宿の建築が粗末そまつなんだ。掛かケ合うなら下宿へ掛ケ合えと凹へこましてや
った。この宿直部屋は二階じゃないから、いくら、どしんと倒たおれても構わない。なるべく勢いきおい
よく倒れないと寝たような心持ちがしない。ああ愉快だと足をうんと延ばすと、何だか両足へ飛び付いた
。ざらざらして蚤のみのようでもないからこいつあと驚おどろいて、足を二三度毛布けっとの中で振ふっ
てみた。するとざらざらと当ったものが、急に殖ふえ出して脛すねが五六カ所、股ももが二三カ所、尻の
下でぐちゃりと踏ふみ潰つぶしたのが一つ、臍へその所まで飛び上がったのが一つ――いよいよ驚ろいた
。早速さっそく起き上あがって、毛布けっとをぱっと後ろへ抛ほうると、蒲団の中から、バッタが五六十
飛び出した。正体の知れない時は多少気味が悪わるかったが、バッタと相場が極きまってみたら急に腹が
立った。バッタの癖に人を驚ろかしやがって、どうするか見ろと、いきなり括くくり枕まくらを取って、
二三度擲たたきつけたが、相手が小さ過ぎるから勢よく抛なげつける割に利目ききめがない。仕方がない
から、また布団の上へ坐すわって、煤掃すすはきの時に蓙ござを丸めて畳たたみを叩たたくように、そこ
ら近辺を無暗にたたいた。バッタが驚ろいた上に、枕の勢で飛び上がるものだから、おれの肩かただの、
頭だの鼻の先だのへくっ付いたり、ぶつかったりする。顔へ付いた奴やつは枕で叩く訳に行かないから、
手で攫つかんで、一生懸命に擲きつける。忌々いまいましい事に、いくら力を出しても、ぶつかる先が蚊
帳だから、ふわりと動くだけで少しも手答がない。バッタは擲きつけられたまま蚊帳へつらまっている。
死にもどうもしない。ようやくの事に三十分ばかりでバッタは退治たいじた。箒ほうきを持って来てバッ
タの死骸しがいを掃き出した。小使が来て何ですかと云うから、何ですかもあるもんか、バッタを床の中
に飼かっとく奴がどこの国にある。間抜まぬけめ。と叱しかったら、私は存じませんと弁解をした。存じ
ませんで済むかと箒を椽側えんがわへ抛ほうり出したら、小使は恐る恐る箒を担いで帰って行った。
 おれは早速寄宿生を三人ばかり総代に呼び出した。すると六人出て来た。六人だろうが十人だろうが構
うものか。寝巻のまま腕うでまくりをして談判を始めた。
「なんでバッタなんか、おれの床の中へ入れた」
「バッタた何ぞな」と真先まっさきの一人がいった。やに落ち付いていやがる。この学校じゃ校長ばかり
じゃない、生徒まで曲りくねった言葉を使うんだろう。
「バッタを知らないのか、知らなけりゃ見せてやろう」と云ったが、生憎あいにく掃き出してしまって一
匹ぴきも居ない。また小使を呼んで、「さっきのバッタを持ってこい」と云ったら、「もう掃溜はきだめ
へ棄すててしまいましたが、拾って参りましょうか」と聞いた。「うんすぐ拾って来い」と云うと小使は
急いで馳かけ出したが、やがて半紙の上へ十匹ばかり載のせて来て「どうもお気の毒ですが、生憎夜でこ
れだけしか見当りません。あしたになりましたらもっと拾って参ります」と云う。小使まで馬鹿ばかだ。
おれはバッタの一つを生徒に見せて「バッタたこれだ、大きなずう体をして、バッタを知らないた、何の
事だ」と云うと、一番左の方に居た顔の丸い奴が「そりゃ、イナゴぞな、もし」と生意気におれを遣やり
込こめた。「篦棒べらぼうめ、イナゴもバッタも同じもんだ。第一先生を捕つらまえてなもした何だ。菜
飯なめしは田楽でんがくの時より外に食うもんじゃない」とあべこべに遣り込めてやったら「なもしと菜
飯とは違うぞな、もし」と云った。いつまで行ってもなもしを使う奴だ。
「イナゴでもバッタでも、何でおれの床の中へ入れたんだ。おれがいつ、バッタを入れてくれと頼たのん
だ」
「誰も入れやせんがな」
「入れないものが、どうして床の中に居るんだ」

283 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:35:41.71 ID:twPsrBe10
「イナゴは温ぬくい所が好きじゃけれ、大方一人でおはいりたのじゃあろ」
「馬鹿あ云え。バッタが一人でおはいりになるなんて――バッタにおはいりになられてたまるもんか。―
―さあなぜこんないたずらをしたか、云え」
「云えてて、入れんものを説明しようがないがな」
 けちな奴等やつらだ。自分で自分のした事が云えないくらいなら、てんでしないがいい。証拠しょうこ
さえ挙がらなければ、しらを切るつもりで図太く構えていやがる。おれだって中学に居た時分は少しはい
たずらもしたもんだ。しかしだれがしたと聞かれた時に、尻込みをするような卑怯ひきょうな事はただの
一度もなかった。したものはしたので、しないものはしないに極きまってる。おれなんぞは、いくら、い
たずらをしたって潔白なものだ。嘘を吐ついて罰ばつを逃にげるくらいなら、始めからいたずらなんかや
るものか。いたずらと罰はつきもんだ。罰があるからいたずらも心持ちよく出来る。いたずらだけで罰は
ご免蒙めんこうむるなんて下劣げれつな根性がどこの国に流行はやると思ってるんだ。金は借りるが、返
す事はご免だと云う連中はみんな、こんな奴等が卒業してやる仕事に相違そういない。全体中学校へ何し
にはいってるんだ。学校へはいって、嘘を吐いて、胡魔化ごまかして、陰かげでこせこせ生意気な悪いた
ずらをして、そうして大きな面で卒業すれば教育を受けたもんだと癇違かんちがいをしていやがる。話せ
ない雑兵ぞうひょうだ。
 おれはこんな腐くさった了見りょうけんの奴等と談判するのは胸糞むなくそが悪わるいから、「そんな
に云われなきゃ、聞かなくっていい。中学校へはいって、上品も下品も区別が出来ないのは気の毒なもの
だ」と云って六人を逐おっ放ぱなしてやった。おれは言葉や様子こそあまり上品じゃないが、心はこいつ
らよりも遥はるかに上品なつもりだ。六人は悠々ゆうゆうと引き揚あげた。上部うわべだけは教師のおれ
よりよっぽどえらく見える。実は落ち付いているだけなお悪るい。おれには到底とうていこれほどの度胸
はない。
 それからまた床へはいって横になったら、さっきの騒動そうどうで蚊帳の中はぶんぶん唸うなっている
。手燭てしょくをつけて一匹ずつ焼くなんて面倒な事は出来ないから、釣手つりてをはずして、長く畳た
たんでおいて部屋の中で横竪よこたて十文字に振ふるったら、環かんが飛んで手の甲こうをいやというほ
ど撲ぶった。三度目に床へはいった時は少々落ち付いたがなかなか寝られない。時計を見ると十時半だ。
考えてみると厄介な所へ来たもんだ。一体中学の先生なんて、どこへ行っても、こんなものを相手にする
なら気の毒なものだ。よく先生が品切れにならない。よっぽど辛防しんぼう強い朴念仁ぼくねんじんがな
るんだろう。おれには到底やり切れない。それを思うと清きよなんてのは見上げたものだ。教育もない身
分もない婆ばあさんだが、人間としてはすこぶる尊たっとい。今まではあんなに世話になって別段難有あ
りがたいとも思わなかったが、こうして、一人で遠国へ来てみると、始めてあの親切がわかる。越後えち
ごの笹飴ささあめが食いたければ、わざわざ越後まで買いに行って食わしてやっても、食わせるだけの価
値は充分じゅうぶんある。清はおれの事を欲がなくって、真直まっすぐな気性だと云って、ほめるが、ほ
められるおれよりも、ほめる本人の方が立派な人間だ。何だか清に逢いたくなった。
 清の事を考えながら、のつそつしていると、突然とつぜんおれの頭の上で、数で云ったら三四十人もあ
ろうか、二階が落っこちるほどどん、どん、どんと拍子ひょうしを取って床板を踏みならす音がした。す
ると足音に比例した大きな鬨ときの声が起おこった。おれは何事が持ち上がったのかと驚ろいて飛び起き
た。飛び起きる途端とたんに、ははあさっきの意趣返いしゅがえしに生徒があばれるのだなと気がついた
。手前のわるい事は悪るかったと言ってしまわないうちは罪は消えないもんだ。わるい事は、手前達に覚
おぼえがあるだろう。本来なら寝てから後悔こうかいしてあしたの朝でもあやまりに来るのが本筋だ。た
とい、あやまらないまでも恐れ入って、静粛せいしゅくに寝ているべきだ。それを何だこの騒さわぎは。
寄宿舎を建てて豚ぶたでも飼っておきあしまいし。気狂きちがいじみた真似まねも大抵たいていにするが
いい。どうするか見ろと、寝巻のまま宿直部屋を飛び出して、楷子段はしごだんを三股半みまたはんに二
階まで躍おどり上がった。すると不思議な事に、今まで頭の上で、たしかにどたばた暴れていたのが、急
に静まり返って、人声どころか足音もしなくなった。これは妙だ。ランプはすでに消してあるから、暗く

284 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:35:50.83 ID:twPsrBe10
てどこに何が居るか判然と分わからないが、人気ひとけのあるとないとは様子でも知れる。長く東から西
へ貫つらぬいた廊下ろうかには鼠ねずみ一匹ぴきも隠かくれていない。廊下のはずれから月がさして、遥
か向うが際どく明るい。どうも変だ、おれは小供の時から、よく夢ゆめを見る癖があって、夢中むちゅう
に跳ね起きて、わからぬ寝言を云って、人に笑われた事がよくある。十六七の時ダイヤモンドを拾った夢
を見た晩なぞは、むくりと立ち上がって、そばに居た兄に、今のダイヤモンドはどうしたと、非常な勢い
きおいで尋たずねたくらいだ。その時は三日ばかりうち中じゅうの笑い草になって大いに弱った。ことに
よると今のも夢かも知れない。しかしたしかにあばれたに違いないがと、廊下の真中まんなかで考え込ん
でいると、月のさしている向うのはずれで、一二三わあと、三四十人の声がかたまって響ひびいたかと思
う間もなく、前のように拍子を取って、一同が床板ゆかいたを踏み鳴らした。それ見ろ夢じゃないやっぱ
り事実だ。静かにしろ、夜なかだぞ、とこっちも負けんくらいな声を出して、廊下を向うへ馳かけだした
。おれの通る路みちは暗い、ただはずれに見える月あかりが目標めじるしだ。おれが馳け出して二間も来
たかと思うと、廊下の真中で、堅かたい大きなものに向脛むこうずねをぶつけて、あ痛いが頭へひびく間
に、身体はすとんと前へ抛ほうり出された。こん畜生ちきしょうと起き上がってみたが、馳けられない。
気はせくが、足だけは云う事を利かない。じれったいから、一本足で飛んで来たら、もう足音も人声も静
まり返って、森しんとしている。いくら人間が卑怯だって、こんなに卑怯に出来るものじゃない。まるで
豚だ。こうなれば隠れている奴を引きずり出して、あやまらせてやるまではひかないぞと、心を極きめて
寝室しんしつの一つを開けて中を検査しようと思ったが開かない。錠じょうをかけてあるのか、机か何か
積んで立て懸かけてあるのか、押おしても、押しても決して開かない。今度は向う合せの北側の室へやを
試みた。開かない事はやっぱり同然である。おれが戸を開けて中に居る奴を引っ捕つらまえてやろうと、
焦慮いらってると、また東のはずれで鬨の声と足拍子が始まった。この野郎やろう申し合せて、東西相応
じておれを馬鹿にする気だな、とは思ったがさてどうしていいか分らない。正直に白状してしまうが、お
れは勇気のある割合に智慧ちえが足りない。こんな時にはどうしていいかさっぱりわからない。わからな
いけれども、決して負けるつもりはない。このままに済ましてはおれの顔にかかわる。江戸えどっ子は意
気地いくじがないと云われるのは残念だ。宿直をして鼻垂はなったれ小僧こぞうにからかわれて、手のつ
けようがなくって、仕方がないから泣き寝入りにしたと思われちゃ一生の名折れだ。これでも元は旗本は
たもとだ。旗本の元は清和源氏せいわげんじで、多田ただの満仲まんじゅうの後裔こうえいだ。こんな土
百姓どびゃくしょうとは生まれからして違うんだ。ただ智慧のないところが惜しいだけだ。どうしていい
か分らないのが困るだけだ。困ったって負けるものか。正直だから、どうしていいか分らないんだ。世の
中に正直が勝たないで、外に勝つものがあるか、考えてみろ。今夜中に勝てなければ、あした勝つ。あし
た勝てなければ、あさって勝つ。あさって勝てなければ、下宿から弁当を取り寄せて勝つまでここに居る
。おれはこう決心をしたから、廊下の真中へあぐらをかいて夜のあけるのを待っていた。蚊がぶんぶん来
たけれども何ともなかった。さっき、ぶつけた向脛を撫なでてみると、何だかぬらぬらする。血が出るん
だろう。血なんか出たければ勝手に出るがいい。そのうち最前からの疲つかれが出て、ついうとうと寝て
しまった。何だか騒がしいので、眼めが覚めた時はえっ糞くそしまったと飛び上がった。おれの坐すわっ
てた右側にある戸が半分あいて、生徒が二人、おれの前に立っている。おれは正気に返って、はっと思う
途端に、おれの鼻の先にある生徒の足を引ひっ攫つかんで、力任せにぐいと引いたら、そいつは、どたり
と仰向あおむけに倒れた。ざまを見ろ。残る一人がちょっと狼狽ろうばいしたところを、飛びかかって、
肩を抑おさえて二三度こづき廻したら、あっけに取られて、眼をぱちぱちさせた。さあおれの部屋まで来
いと引っ立てると、弱虫だと見えて、一も二もなく尾ついて来た。夜よはとうにあけている。
 おれが宿直部屋へ連れてきた奴を詰問きつもんし始めると、豚は、打ぶっても擲いても豚だから、ただ
知らんがなで、どこまでも通す了見と見えて、けっして白状しない。そのうち一人来る、二人来る、だん

285 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:35:59.72 ID:twPsrBe10
だん二階から宿直部屋へ集まってくる。見るとみんな眠ねむそうに瞼まぶたをはらしている。けちな奴等
だ。一晩ぐらい寝ないで、そんな面をして男と云われるか。面でも洗って議論に来いと云ってやったが、
誰も面を洗いに行かない。
 おれは五十人あまりを相手に約一時間ばかり押問答おしもんどうをしていると、ひょっくり狸がやって
来た。あとから聞いたら、小使が学校に騒動がありますって、わざわざ知らせに行ったのだそうだ。これ
しきの事に、校長を呼ぶなんて意気地がなさ過ぎる。それだから中学校の小使なんぞをしてるんだ。
 校長はひと通りおれの説明を聞いた。生徒の言草いいぐさもちょっと聞いた。追って処分するまでは、
今まで通り学校へ出ろ。早く顔を洗って、朝飯を食わないと時間に間に合わないから、早くしろと云って
寄宿生をみんな放免ほうめんした。手温てぬるい事だ。おれなら即席そくせきに寄宿生をことごとく退校
してしまう。こんな悠長ゆうちょうな事をするから生徒が宿直員を馬鹿にするんだ。その上おれに向って
、あなたもさぞご心配でお疲れでしょう、今日はご授業に及およばんと云うから、おれはこう答えた。「
いえ、ちっとも心配じゃありません。こんな事が毎晩あっても、命のある間は心配にゃなりません。授業
はやります、一晩ぐらい寝なくって、授業が出来ないくらいなら、頂戴ちょうだいした月給を学校の方へ
割戻わりもどします」校長は何と思ったものか、しばらくおれの顔を見つめていたが、しかし顔が大分は
れていますよと注意した。なるほど何だか少々重たい気がする。その上べた一面痒かゆい。蚊がよっぽと
刺さしたに相違ない。おれは顔中ぼりぼり掻かきながら、顔はいくら膨はれたって、口はたしかにきけま
すから、授業には差し支つかえませんと答えた。校長は笑いながら、大分元気ですねと賞ほめた。実を云
うと賞めたんじゃあるまい、ひやかしたんだろう。



 君釣つりに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。赤シャツは気味の悪わるいように優しい声を出す
男である。まるで男だか女だか分わかりゃしない。男なら男らしい声を出すもんだ。ことに大学卒業生じ
ゃないか。物理学校でさえおれくらいな声が出るのに、文学士がこれじゃ見っともない。
 おれはそうですなあと少し進まない返事をしたら、君釣をした事がありますかと失敬な事を聞く。あん
まりないが、子供の時、小梅こうめの釣堀つりぼりで鮒ふなを三匹びき釣った事がある。それから神楽坂
かぐらざかの毘沙門びしゃもんの縁日えんにちで八寸ばかりの鯉こいを針で引っかけて、しめたと思った
ら、ぽちゃりと落としてしまったがこれは今考えても惜おしいと云いったら、赤シャツは顋あごを前の方
へ突つき出してホホホホと笑った。何もそう気取って笑わなくっても、よさそうな者だ。「それじゃ、ま
だ釣りの味は分らんですな。お望みならちと伝授しましょう」とすこぶる得意である。だれがご伝授をう
けるものか。一体釣や猟りょうをする連中はみんな不人情な人間ばかりだ。不人情でなくって、殺生せっ
しょうをして喜ぶ訳がない。魚だって、鳥だって殺されるより生きてる方が楽に極きまってる。釣や猟を
しなくっちゃ活計かっけいがたたないなら格別だが、何不足なく暮くらしている上に、生き物を殺さなく
っちゃ寝られないなんて贅沢ぜいたくな話だ。こう思ったが向むこうは文学士だけに口が達者だから、議
論じゃ叶かなわないと思って、だまってた。すると先生このおれを降参させたと疳違かんちがいして、早
速伝授しましょう。おひまなら、今日どうです、いっしょに行っちゃ。吉川よしかわ君と二人ふたりぎり
じゃ、淋さむしいから、来たまえとしきりに勧める。吉川君というのは画学の教師で例の野だいこの事だ
。この野だは、どういう了見りょうけんだか、赤シャツのうちへ朝夕出入でいりして、どこへでも随行ず
いこうして行ゆく。まるで同輩どうはいじゃない。主従しゅうじゅうみたようだ。赤シャツの行く所なら
、野だは必ず行くに極きまっているんだから、今さら驚おどろきもしないが、二人で行けば済むところを
、なんで無愛想ぶあいそのおれへ口を掛かけたんだろう。大方高慢こうまんちきな釣道楽で、自分の釣る
ところをおれに見せびらかすつもりかなんかで誘さそったに違いない。そんな事で見せびらかされるおれ
じゃない。鮪まぐろの二匹や三匹釣ったって、びくともするもんか。おれだって人間だ、いくら下手へた
だって糸さえ卸おろしゃ、何かかかるだろう、ここでおれが行かないと、赤シャツの事だから、下手だか
ら行かないんだ、嫌きらいだから行かないんじゃないと邪推じゃすいするに相違そういない。おれはこう

286 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:36:08.72 ID:twPsrBe10
考えたから、行きましょうと答えた。それから、学校をしまって、一応うちへ帰って、支度したくを整え
て、停車場で赤シャツと野だを待ち合せて浜はまへ行った。船頭は一人ひとりで、船ふねは細長い東京辺
では見た事もない恰好かっこうである。さっきから船中見渡みわたすが釣竿つりざおが一本も見えない。
釣竿なしで釣が出来るものか、どうする了見だろうと、野だに聞くと、沖釣おきづりには竿は用いません
、糸だけでげすと顋を撫なでて黒人くろうとじみた事を云った。こう遣やり込こめられるくらいならだま
っていればよかった。
 船頭はゆっくりゆっくり漕こいでいるが熟練は恐おそろしいもので、見返みかえると、浜が小さく見え
るくらいもう出ている。高柏寺こうはくじの五重の塔とうが森の上へ抜ぬけ出して針のように尖とんがっ
てる。向側むこうがわを見ると青嶋あおしまが浮いている。これは人の住まない島だそうだ。よく見ると
石と松まつばかりだ。なるほど石と松ばかりじゃ住めっこない。赤シャツは、しきりに眺望ちょうぼうし
ていい景色だと云ってる。野だは絶景でげすと云ってる。絶景だか何だか知らないが、いい心持ちには相
違ない。ひろびろとした海の上で、潮風に吹ふかれるのは薬だと思った。いやに腹が減る。「あの松を見
たまえ、幹が真直まっすぐで、上が傘かさのように開いてターナーの画にありそうだね」と赤シャツが野
だに云うと、野だは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくり
ですよ」と心得顔である。ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから黙だまっ
ていた。舟は島を右に見てぐるりと廻まわった。波は全くない。これで海だとは受け取りにくいほど平た
いらだ。赤シャツのお陰かげではなはだ愉快ゆかいだ。出来る事なら、あの島の上へ上がってみたいと思
ったから、あの岩のある所へは舟はつけられないんですかと聞いてみた。つけられん事もないですが、釣
をするには、あまり岸じゃいけないですと赤シャツが異議を申し立てた。おれは黙ってた。すると野だが
どうです教頭、これからあの島をターナー島と名づけようじゃありませんかと余計な発議ほつぎをした。
赤シャツはそいつは面白い、吾々われわれはこれからそう云おうと賛成した。この吾々のうちにおれもは
いってるなら迷惑めいわくだ。おれには青嶋でたくさんだ。あの岩の上に、どうです、ラフハエルのマド
ンナを置いちゃ。いい画が出来ますぜと野だが云うと、マドンナの話はよそうじゃないかホホホホと赤シ
ャツが気味の悪るい笑い方をした。なに誰も居ないから大丈夫だいじょうぶですと、ちょっとおれの方を
見たが、わざと顔をそむけてにやにやと笑った。おれは何だかやな心持ちがした。マドンナだろうが、小
旦那こだんなだろうが、おれの関係した事でないから、勝手に立たせるがよかろうが、人に分らない事を
言って分らないから聞いたって構やしませんてえような風をする。下品な仕草だ。これで当人は私わたし
も江戸えどっ子でげすなどと云ってる。マドンナと云うのは何でも赤シャツの馴染なじみの芸者の渾名あ
だなか何かに違いないと思った。なじみの芸者を無人島の松の木の下に立たして眺ながめていれば世話は
ない。それを野だが油絵にでもかいて展覧会へ出したらよかろう。
 ここいらがいいだろうと船頭は船をとめて、錨いかりを卸した。幾尋いくひろあるかねと赤シャツが聞
くと、六尋むひろぐらいだと云う。六尋ぐらいじゃ鯛たいはむずかしいなと、赤シャツは糸を海へなげ込
んだ。大将鯛を釣る気と見える、豪胆ごうたんなものだ。野だは、なに教頭のお手際じゃかかりますよ。
それになぎですからとお世辞を云いながら、これも糸を繰くり出して投げ入れる。何だか先に錘おもりの
ような鉛なまりがぶら下がってるだけだ。浮うきがない。浮がなくって釣をするのは寒暖計なしで熱度を
はかるようなものだ。おれには到底とうてい出来ないと見ていると、さあ君もやりたまえ糸はありますか
と聞く。糸はあまるほどあるが、浮がありませんと云ったら、浮がなくっちゃ釣が出来ないのは素人しろ
うとですよ。こうしてね、糸が水底みずそこへついた時分に、船縁ふなべりの所で人指しゆびで呼吸をは
かるんです、食うとすぐ手に答える。――そらきた、と先生急に糸をたぐり始めるから、何かかかったと
思ったら何にもかからない、餌えがなくなってたばかりだ。いい気味きびだ。教頭、残念な事をしました
ね、今のはたしかに大ものに違いなかったんですが、どうも教頭のお手際でさえ逃にげられちゃ、今日は
油断ができませんよ。しかし逃げられても何ですね。浮と睨にらめくらをしている連中よりはましですね

287 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:36:23.85 ID:twPsrBe10
。ちょうど歯どめがなくっちゃ自転車へ乗れないのと同程度ですからねと野だは妙みような事ばかり喋舌
しゃべる。よっぽど撲なぐりつけてやろうかと思った。おれだって人間だ、教頭ひとりで借り切った海じ
ゃあるまいし。広い所だ。鰹かつおの一匹ぐらい義理にだって、かかってくれるだろうと、どぼんと錘と
糸を抛ほうり込んでいい加減に指の先であやつっていた。
 しばらくすると、何だかぴくぴくと糸にあたるものがある。おれは考えた。こいつは魚に相違ない。生
きてるものでなくっちゃ、こうぴくつく訳がない。しめた、釣れたとぐいぐい手繰たぐり寄せた。おや釣
れましたかね、後世恐おそるべしだと野だがひやかすうち、糸はもう大概手繰り込んでただ五尺ばかりほ
どしか、水に浸ついておらん。船縁から覗のぞいてみたら、金魚のような縞しまのある魚が糸にくっつい
て、右左へ漾ただよいながら、手に応じて浮き上がってくる。面白い。水際から上げるとき、ぽちゃりと
跳はねたから、おれの顔は潮水だらけになった。ようやくつらまえて、針をとろうとするがなかなか取れ
ない。捕つらまえた手はぬるぬるする。大いに気味がわるい。面倒だから糸を振ふって胴どうの間まへ擲
たたきつけたら、すぐ死んでしまった。赤シャツと野だは驚ろいて見ている。おれは海の中で手をざぶざ
ぶと洗って、鼻の先へあてがってみた。まだ腥臭なまぐさい。もう懲こり懲ごりだ。何が釣れたって魚は
握にぎりたくない。魚も握られたくなかろう。そうそう糸を捲いてしまった。
 一番槍いちばんやりはお手柄てがらだがゴルキじゃ、と野だがまた生意気を云うと、ゴルキと云うと露
西亜ロシアの文学者みたような名だねと赤シャツが洒落しゃれた。そうですね、まるで露西亜の文学者で
すねと野だはすぐ賛成しやがる。ゴルキが露西亜の文学者で、丸木が芝しばの写真師で、米のなる木が命
の親だろう。一体この赤シャツはわるい癖くせだ。誰だれを捕つらまえても片仮名の唐人とうじんの名を
並べたがる。人にはそれぞれ専門があったものだ。おれのような数学の教師にゴルキだか車力しゃりきだ
か見当がつくものか、少しは遠慮えんりょするがいい。云いうならフランクリンの自伝だとかプッシング
、ツー、ゼ、フロントだとか、おれでも知ってる名を使うがいい。赤シャツは時々帝国文学とかいう真赤
まっかな雑誌を学校へ持って来て難有ありがたそうに読んでいる。山嵐やまあらしに聞いてみたら、赤シ
ャツの片仮名はみんなあの雑誌から出るんだそうだ。帝国文学も罪な雑誌だ。
 それから赤シャツと野だは一生懸命いっしょうけんめいに釣っていたが、約一時間ばかりのうちに二人
ふたりで十五六上げた。可笑おかしい事に釣れるのも、釣れるのも、みんなゴルキばかりだ。鯛なんて薬
にしたくってもありゃしない。今日は露西亜文学の大当りだと赤シャツが野だに話している。あなたの手
腕しゅわんでゴルキなんですから、私わたしなんぞがゴルキなのは仕方がありません。当り前ですなと野
だが答えている。船頭に聞くとこの小魚は骨が多くって、まずくって、とても食えないんだそうだ。ただ
肥料こやしには出来るそうだ。赤シャツと野だは一生懸命に肥料を釣っているんだ。気の毒の至りだ。お
れは一匹ぴきで懲こりたから、胴の間へ仰向あおむけになって、さっきから大空を眺めていた。釣をする
よりこの方がよっぽど洒落しゃれている。
 すると二人は小声で何か話し始めた。おれにはよく聞きこえない、また聞きたくもない。おれは空を見
ながら清きよの事を考えている。金があって、清をつれて、こんな奇麗きれいな所へ遊びに来たらさぞ愉
快だろう。いくら景色がよくっても野だなどといっしょじゃつまらない。清は皺苦茶しわくちゃだらけの
婆さんだが、どんな所へ連れて出たって恥はずかしい心持ちはしない。野だのようなのは、馬車に乗ろう
が、船に乗ろうが、凌雲閣りょううんかくへのろうが、到底寄り付けたものじゃない。おれが教頭で、赤
シャツがおれだったら、やっぱりおれにへけつけお世辞を使って赤シャツを冷ひやかすに違いない。江戸
っ子は軽薄けいはくだと云うがなるほどこんなものが田舎巡いなかまわりをして、私わたしは江戸っ子で
げすと繰り返していたら、軽薄は江戸っ子で、江戸っ子は軽薄の事だと田舎者が思うに極まってる。こん
な事を考えていると、何だか二人がくすくす笑い出した。笑い声の間に何か云うが途切とぎれ途切れでと
んと要領を得ない。
「え? どうだか……」「……全くです……知らないんですから……罪ですね」「まさか……」「バッタ
を……本当ですよ」
 おれは外の言葉には耳を傾かたむけなかったが、バッタと云う野だの語ことばを聴きいた時は、思わず

288 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:36:35.73 ID:twPsrBe10
を云っておきましょう。あなたは失礼ながら、まだ学校を卒業したてで、教師は始めての、経験である。
ところが学校というものはなかなか情実のあるもので、そう書生流に淡泊たんぱくには行ゆかないですか
らね」
「淡泊に行かなければ、どんな風に行くんです」
「さあ君はそう率直だから、まだ経験に乏とぼしいと云うんですがね……」
「どうせ経験には乏しいはずです。履歴書りれきしょにもかいときましたが二十三年四ヶ月ですから」
「さ、そこで思わぬ辺から乗ぜられる事があるんです」
「正直にしていれば誰だれが乗じたって怖こわくはないです」
「無論怖くはない、怖くはないが、乗ぜられる。現に君の前任者がやられたんだから、気を付けないとい
けないと云うんです」
 野だが大人おとなしくなったなと気が付いて、ふり向いて見ると、いつしか艫ともの方で船頭と釣の話
をしている。野だが居ないんでよっぽど話しよくなった。
「僕の前任者が、誰だれに乗ぜられたんです」
「だれと指すと、その人の名誉に関係するから云えない。また判然と証拠しょうこのない事だから云うと
こっちの落度になる。とにかく、せっかく君が来たもんだから、ここで失敗しちゃ僕等ぼくらも君を呼ん
だ甲斐かいがない。どうか気を付けてくれたまえ」
「気を付けろったって、これより気の付けようはありません。わるい事をしなけりゃ好いいんでしょう」
 赤シャツはホホホホと笑った。別段おれは笑われるような事を云った覚えはない。今日こんにちただ今
に至るまでこれでいいと堅かたく信じている。考えてみると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励しょ
うれいしているように思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じているらしい。たまに正
直な純粋じゅんすいな人を見ると、坊ぼっちゃんだの小僧こぞうだのと難癖なんくせをつけて軽蔑けいべ
つする。それじゃ小学校や中学校で嘘うそをつくな、正直にしろと倫理りんりの先生が教えない方がいい
。いっそ思い切って学校で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を教授する方が、世のた
めにも当人のためにもなるだろう。赤シャツがホホホホと笑ったのは、おれの単純なのを笑ったのだ。単
純や真率が笑われる世の中じゃ仕様がない。清はこんな時に決して笑った事はない。大いに感心して聞い
たもんだ。清の方が赤シャツよりよっぽど上等だ。
「無論悪わるい事をしなければ好いんですが、自分だけ悪るい事をしなくっても、人の悪るいのが分らな
くっちゃ、やっぱりひどい目に逢うでしょう。世の中には磊落らいらくなように見えても、淡泊なように
見えても、親切に下宿の世話なんかしてくれても、めったに油断の出来ないのがありますから……。大分
寒くなった。もう秋ですね、浜の方は靄もやでセピヤ色になった。いい景色だ。おい、吉川君どうだい、
あの浜の景色は……」と大きな声を出して野だを呼んだ。なあるほどこりゃ奇絶きぜつですね。時間があ
ると写生するんだが、惜おしいですね、このままにしておくのはと野だは大いにたたく。
 港屋の二階に灯が一つついて、汽車の笛ふえがヒューと鳴るとき、おれの乗っていた舟は磯いその砂へ
ざぐりと、舳へさきをつき込んで動かなくなった。お早うお帰りと、かみさんが、浜に立って赤シャツに
挨拶あいさつする。おれは船端ふなばたから、やっと掛声かけごえをして磯へ飛び下りた。



 野だは大嫌だいきらいだ。こんな奴やつは沢庵石たくあんいしをつけて海の底へ沈しずめちまう方が日
本のためだ。赤シャツは声が気に食わない。あれは持前の声をわざと気取ってあんな優しいように見せて
るんだろう。いくら気取ったって、あの面じゃ駄目だめだ。惚ほれるものがあったってマドンナぐらいな
ものだ。しかし教頭だけに野だよりむずかしい事を云いう。うちへ帰って、あいつの申し条を考えてみる
と一応もっとものようでもある。はっきりとした事は云わないから、見当がつきかねるが、何でも山嵐や
まあらしがよくない奴だから用心しろと云うのらしい。それならそうとはっきり断言するがいい、男らし
くもない。そうして、そんな悪わるい教師なら、早く免職めんしょくさしたらよかろう。教頭なんて文学
士の癖くせに意気地いくじのないもんだ。蔭口かげぐちをきくのでさえ、公然と名前が云えないくらいな
男だから、弱虫に極きまってる。弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女のような親切ものなんだろ
う。親切は親切、声は声だから、声が気に入らないって、親切を無にしちゃ筋が違ちがう。それにしても
世の中は不思議なものだ、虫の好かない奴が親切で、気のあった友達が悪漢わるものだなんて、人を馬鹿

289 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:36:44.73 ID:twPsrBe10
ばかにしている。大方田舎いなかだから万事東京のさかに行くんだろう。物騒ぶっそうな所だ。今に火事
が氷って、石が豆腐とうふになるかも知れない。しかし、あの山嵐が生徒を煽動するなんて、いたずらを
しそうもないがな。一番人望のある教師だと云うから、やろうと思ったら大抵たいていの事は出来るかも
知れないが、――第一そんな廻まわりくどい事をしないでも、じかにおれを捕つらまえて喧嘩けんかを吹
き懸かけりゃ手数が省ける訳だ。おれが邪魔じゃまになるなら、実はこれこれだ、邪魔だから辞職してく
れと云や、よさそうなもんだ。物は相談ずくでどうでもなる。向むこうの云い条がもっともなら、明日に
でも辞職してやる。ここばかり米が出来る訳でもあるまい。どこの果はてへ行ったって、のたれ死じには
しないつもりだ。山嵐もよっぽど話せない奴だな。
 ここへ来た時第一番に氷水を奢おごったのは山嵐だ。そんな裏表のある奴から、氷水でも奢ってもらっ
ちゃ、おれの顔に関わる。おれはたった一杯ぱいしか飲まなかったから一銭五厘りんしか払はらわしちゃ
ない。しかし一銭だろうが五厘だろうが、詐欺師さぎしの恩になっては、死ぬまで心持ちがよくない。あ
した学校へ行ったら、一銭五厘返しておこう。おれは清きよから三円借りている。その三円は五年経たっ
た今日までまだ返さない。返せないんじゃない。返さないんだ。清は今に返すだろうなどと、かりそめに
もおれの懐中かいちゅうをあてにしてはいない。おれも今に返そうなどと他人がましい義理立てはしない
つもりだ。こっちがこんな心配をすればするほど清の心を疑ぐるようなもので、清の美しい心にけちを付
けると同じ事になる。返さないのは清を踏ふみつけるのじゃない、清をおれの片破かたわれと思うからだ
。清と山嵐とはもとより比べ物にならないが、たとい氷水だろうが、甘茶あまちゃだろうが、他人から恵
めぐみを受けて、だまっているのは向うをひとかどの人間と見立てて、その人間に対する厚意の所作だ。
割前を出せばそれだけの事で済むところを、心のうちで難有ありがたいと恩に着るのは銭金で買える返礼
じゃない。無位無冠でも一人前の独立した人間だ。独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊たっとい
お礼と思わなければならない。
 おれはこれでも山嵐に一銭五厘奮発ふんぱつさせて、百万両より尊とい返礼をした気でいる。山嵐は難
有ありがたいと思ってしかるべきだ。それに裏へ廻って卑劣ひれつな振舞ふるまいをするとは怪けしから
ん野郎やろうだ。あした行って一銭五厘返してしまえば借りも貸しもない。そうしておいて喧嘩をしてや
ろう。
 おれはここまで考えたら、眠ねむくなったからぐうぐう寝ねてしまった。あくる日は思う仔細しさいが
あるから、例刻より早ヤ目に出校して山嵐を待ち受けた。ところがなかなか出て来ない。うらなりが出て
来る。漢学の先生が出て来る。野だが出て来る。しまいには赤シャツまで出て来たが山嵐の机の上は白墨
はくぼくが一本竪たてに寝ているだけで閑静かんせいなものだ。おれは、控所ひかえじょへはいるや否や
返そうと思って、うちを出る時から、湯銭のように手の平へ入れて一銭五厘、学校まで握にぎって来た。
おれは膏あぶらっ手だから、開けてみると一銭五厘が汗あせをかいている。汗をかいてる銭を返しちゃ、
山嵐が何とか云うだろうと思ったから、机の上へ置いてふうふう吹いてまた握った。ところへ赤シャツが
来て昨日は失敬、迷惑めいわくでしたろうと云ったから、迷惑じゃありません、お蔭で腹が減りましたと
答えた。すると赤シャツは山嵐の机の上へ肱ひじを突ついて、あの盤台面ばんだいづらをおれの鼻の側面
へ持って来たから、何をするかと思ったら、君昨日返りがけに船の中で話した事は、秘密にしてくれたま
え。まだ誰だれにも話しやしますまいねと云った。女のような声を出すだけに心配性な男と見える。話さ
ない事はたしかである。しかしこれから話そうと云う心持ちで、すでに一銭五厘手の平に用意しているく
らいだから、ここで赤シャツから口留めをされちゃ、ちと困る。赤シャツも赤シャツだ。山嵐と名を指さ
ないにしろ、あれほど推察の出来る謎なぞをかけておきながら、今さらその謎を解いちゃ迷惑だとは教頭
とも思えぬ無責任だ。元来ならおれが山嵐と戦争をはじめて鎬しのぎを削けずってる真中まんなかへ出て
堂々とおれの肩かたを持つべきだ。それでこそ一校の教頭で、赤シャツを着ている主意も立つというもん
だ。
 おれは教頭に向むかって、まだ誰にも話さないが、これから山嵐と談判するつもりだと云ったら、赤シ

290 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:36:53.77 ID:twPsrBe10
ャツは大いに狼狽ろうばいして、君そんな無法な事をしちゃ困る。僕ぼくは堀田ほった君の事について、
別段君に何も明言した覚えはないんだから――君がもしここで乱暴を働いてくれると、僕は非常に迷惑す
る。君は学校に騒動そうどうを起すつもりで来たんじゃなかろうと妙みょうに常識をはずれた質問をする
から、当あたり前まえです、月給をもらったり、騒動を起したりしちゃ、学校の方でも困るでしょうと云
った。すると赤シャツはそれじゃ昨日の事は君の参考だけにとめて、口外してくれるなと汗をかいて依頼
いらいに及およぶから、よろしい、僕も困るんだが、そんなにあなたが迷惑ならよしましょうと受け合っ
た。君大丈夫だいじょうぶかいと赤シャツは念を押おした。どこまで女らしいんだか奥行おくゆきがわか
らない。文学士なんて、みんなあんな連中ならつまらんものだ。辻褄つじつまの合わない、論理に欠けた
注文をして恬然てんぜんとしている。しかもこのおれを疑ぐってる。憚はばかりながら男だ。受け合った
事を裏へ廻って反古ほごにするようなさもしい了見りょうけんはもってるもんか。
 ところへ両隣りょうどなりの机の所有主も出校したんで、赤シャツは早々自分の席へ帰って行った。赤
シャツは歩あるき方から気取ってる。部屋の中を往来するのでも、音を立てないように靴くつの底をそっ
と落おとす。音を立てないであるくのが自慢じまんになるもんだとは、この時から始めて知った。泥棒ど
ろぼうの稽古けいこじゃあるまいし、当り前にするがいい。やがて始業の喇叭らっぱがなった。山嵐はと
うとう出て来ない。仕方がないから、一銭五厘を机の上へ置いて教場へ出掛でかけた。
 授業の都合つごうで一時間目は少し後おくれて、控所へ帰ったら、ほかの教師はみんな机を控えて話を
している。山嵐もいつの間にか来ている。欠勤だと思ったら遅刻ちこくしたんだ。おれの顔を見るや否や
今日は君のお蔭で遅刻したんだ。罰金ばっきんを出したまえと云った。おれは机の上にあった一銭五厘を
出して、これをやるから取っておけ。先達せんだって通町とおりちょうで飲んだ氷水の代だと山嵐の前へ
置くと、何を云ってるんだと笑いかけたが、おれが存外真面目まじめでいるので、つまらない冗談じょう
だんをするなと銭をおれの机の上に掃はき返した。おや山嵐の癖くせにどこまでも奢る気だな。
「冗談じゃない本当だ。おれは君に氷水を奢られる因縁いんえんがないから、出すんだ。取らない法があ
るか」
「そんなに一銭五厘が気になるなら取ってもいいが、なぜ思い出したように、今時分返すんだ」
「今時分でも、いつ時分でも、返すんだ。奢られるのが、いやだから返すんだ」
 山嵐は冷然とおれの顔を見てふんと云った。赤シャツの依頼がなければ、ここで山嵐の卑劣ひれつをあ
ばいて大喧嘩をしてやるんだが、口外しないと受け合ったんだから動きがとれない。人がこんなに真赤ま
っかになってるのにふんという理窟りくつがあるものか。
「氷水の代は受け取るから、下宿は出てくれ」
「一銭五厘受け取ればそれでいい。下宿を出ようが出まいがおれの勝手だ」
「ところが勝手でない、昨日、あすこの亭主ていしゅが来て君に出てもらいたいと云うから、その訳を聞
いたら亭主の云うのはもっともだ。それでももう一応たしかめるつもりで今朝けさあすこへ寄って詳くわ
しい話を聞いてきたんだ」
 おれには山嵐の云う事が何の意味だか分らない。
「亭主が君に何を話したんだか、おれが知ってるもんか。そう自分だけで極めたって仕様があるか。訳が
あるなら、訳を話すが順だ。てんから亭主の云う方がもっともだなんて失敬千万な事を云うな」
「うん、そんなら云ってやろう。君は乱暴であの下宿で持て余あまされているんだ。いくら下宿の女房だ
って、下女たあ違うぜ。足を出して拭ふかせるなんて、威張いばり過ぎるさ」
「おれが、いつ下宿の女房に足を拭かせた」
「拭かせたかどうだか知らないが、とにかく向うじゃ、君に困ってるんだ。下宿料の十円や十五円は懸物
かけものを一幅ぷく売りゃ、すぐ浮ういてくるって云ってたぜ」
「利いた風な事をぬかす野郎やろうだ。そんなら、なぜ置いた」
「なぜ置いたか、僕は知らん、置くことは置いたんだが、いやになったんだから、出ろと云うんだろう。
君出てやれ」
「当り前だ。居てくれと手を合せたって、居るものか。一体そんな云い懸がかりを云うような所へ周旋し
ゅうせんする君からしてが不埒ふらちだ」
「おれが不埒か、君が大人おとなしくないんだか、どっちかだろう」
 山嵐もおれに劣おとらぬ肝癪持かんしゃくもちだから、負け嫌ぎらいな大きな声を出す。控所に居た連

291 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:37:02.78 ID:twPsrBe10
中は何事が始まったかと思って、みんな、おれと山嵐の方を見て、顋あごを長くしてぼんやりしている。
おれは、別に恥はずかしい事をした覚えはないんだから、立ち上がりながら、部屋中一通り見巡みまわし
てやった。みんなが驚おどろいてるなかに野だだけは面白そうに笑っていた。おれの大きな眼めが、貴様
も喧嘩をするつもりかと云う権幕で、野だの干瓢かんぴょうづらを射貫いぬいた時に、野だは突然とつぜ
ん真面目な顔をして、大いにつつしんだ。少し怖こわかったと見える。そのうち喇叭が鳴る。山嵐もおれ
も喧嘩を中止して教場へ出た。

 午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法についての会議だ。会議というものは生れて始
めてだからとんと容子ようすが分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてて、それを校長
が好い加減に纏まとめるのだろう。纏めるというのは黒白こくびゃくの決しかねる事柄ことがらについて
云うべき言葉だ。この場合のような、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰
ひまつぶしだ。誰が何と解釈したって異説の出ようはずがない。こんな明白なのは即座そくざに校長が処
分してしまえばいいに。随分ずいぶん決断のない事だ。校長ってものが、これならば、何の事はない、煮
にえ切きらない愚図ぐずの異名だ。
 会議室は校長室の隣となりにある細長い部屋で、平常は食堂の代理を勤める。黒い皮で張った椅子いす
が二十脚きゃくばかり、長いテーブルの周囲に並ならんでちょっと神田の西洋料理屋ぐらいな格だ。その
テーブルの端はじに校長が坐すわって、校長の隣りに赤シャツが構える。あとは勝手次第に席に着くんだ
そうだが、体操たいそうの教師だけはいつも席末に謙遜けんそんするという話だ。おれは様子が分らない
から、博物の教師と漢学の教師の間へはいり込こんだ。向うを見ると山嵐と野だが並んでる。野だの顔は
どう考えても劣等だ。喧嘩はしても山嵐の方が遥はるかに趣おもむきがある。おやじの葬式そうしきの時
に小日向こびなたの養源寺ようげんじの座敷ざしきにかかってた懸物はこの顔によく似ている。坊主ぼう
ずに聞いてみたら韋駄天いだてんと云う怪物だそうだ。今日は怒おこってるから、眼をぐるぐる廻しちゃ
、時々おれの方を見る。そんな事で威嚇おどかされてたまるもんかと、おれも負けない気で、やっぱり眼
をぐりつかせて、山嵐をにらめてやった。おれの眼は恰好かっこうはよくないが、大きい事においては大
抵な人には負けない。あなたは眼が大きいから役者になるときっと似合いますと清がよく云ったくらいだ

 もう大抵お揃そろいでしょうかと校長が云うと、書記の川村と云うのが一つ二つと頭数を勘定かんじょ
うしてみる。一人足りない。一人不足ですがと考えていたが、これは足りないはずだ。唐茄子とうなすの
うらなり君が来ていない。おれとうらなり君とはどう云う宿世すくせの因縁かしらないが、この人の顔を
見て以来どうしても忘れられない。控所へくれば、すぐ、うらなり君が眼に付く、途中とちゅうをあるい
ていても、うらなり先生の様子が心に浮うかぶ。温泉へ行くと、うらなり君が時々蒼あおい顔をして湯壺
ゆつぼのなかに膨ふくれている。挨拶あいさつをするとへえと恐縮きょうしゅくして頭を下げるから気の
毒になる。学校へ出てうらなり君ほど大人しい人は居ない。めったに笑った事もないが、余計な口をきい
た事もない。おれは君子という言葉を書物の上で知ってるが、これは字引にあるばかりで、生きてるもの
ではないと思ってたが、うらなり君に逢あってから始めて、やっぱり正体のある文字だと感心したくらい
だ。
 このくらい関係の深い人の事だから、会議室へはいるや否や、うらなり君の居ないのは、すぐ気がつい
た。実を云うと、この男の次へでも坐すわろうかと、ひそかに目標めじるしにして来たくらいだ。校長は
もうやがて見えるでしょうと、自分の前にある紫むらさきの袱紗包ふくさづつみをほどいて、蒟蒻版こん
にゃくばんのような者を読んでいる。赤シャツは琥珀こはくのパイプを絹ハンケチで磨みがき始めた。こ
の男はこれが道楽である。赤シャツ相当のところだろう。ほかの連中は隣り同志で何だか私語ささやき合
っている。手持無沙汰てもちぶさたなのは鉛筆えんぴつの尻しりに着いている、護謨ゴムの頭でテーブル
の上へしきりに何か書いている。野だは時々山嵐に話しかけるが、山嵐は一向応じない。ただうんとかあ
あと云うばかりで、時々怖こわい眼をして、おれの方を見る。おれも負けずに睨にらめ返す。
 ところへ待ちかねた、うらなり君が気の毒そうにはいって来て少々用事がありまして、遅刻致いたしま

292 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:37:11.72 ID:twPsrBe10
したと慇懃いんぎんに狸たぬきに挨拶あいさつをした。では会議を開きますと狸はまず書記の川村君に蒟
蒻版を配布させる。見ると最初が処分の件、次が生徒取締とりしまりの件、その他二三ヶ条である。狸は
例の通りもったいぶって、教育の生霊いきりょうという見えでこんな意味の事を述べた。「学校の職員や
生徒に過失のあるのは、みんな自分の寡徳かとくの致すところで、何か事件がある度に、自分はよくこれ
で校長が勤まるとひそかに慚愧ざんきの念に堪たえんが、不幸にして今回もまたかかる騒動を引き起した
のは、深く諸君に向って謝罪しなければならん。しかしひとたび起った以上は仕方がない、どうにか処分
をせんければならん、事実はすでに諸君のご承知の通りであるからして、善後策について腹蔵のない事を
参考のためにお述べ下さい」
 おれは校長の言葉を聞いて、なるほど校長だの狸だのと云うものは、えらい事を云うもんだと感心した
。こう校長が何もかも責任を受けて、自分の咎とがだとか、不徳だとか云うくらいなら、生徒を処分する
のは、やめにして、自分から先へ免職めんしょくになったら、よさそうなもんだ。そうすればこんな面倒
めんどうな会議なんぞを開く必要もなくなる訳だ。第一常識から云いっても分ってる。おれが大人しく宿
直をする。生徒が乱暴をする。わるいのは校長でもなけりゃ、おれでもない、生徒だけに極きまってる。
もし山嵐が煽動せんどうしたとすれば、生徒と山嵐を退治たいじればそれでたくさんだ。人の尻しりを自
分で背負しょい込こんで、おれの尻だ、おれの尻だと吹き散らかす奴が、どこの国にあるもんか、狸でな
くっちゃ出来る芸当じゃない。彼かれはこんな条理じょうりに適かなわない議論を吐はいて、得意気に一
同を見廻した。ところが誰も口を開くものがない。博物の教師は第一教場の屋根に烏からすがとまってる
のを眺ながめている。漢学の先生は蒟蒻版こんにゃくばんを畳たたんだり、延ばしたりしてる。山嵐はま
だおれの顔をにらめている。会議と云うものが、こんな馬鹿気ばかげたものなら、欠席して昼寝でもして
いる方がましだ。
 おれは、じれったくなったから、一番大いに弁じてやろうと思って、半分尻をあげかけたら、赤シャツ
が何か云い出したから、やめにした。見るとパイプをしまって、縞しまのある絹ハンケチで顔をふきなが
ら、何か云っている。あの手巾はんけちはきっとマドンナから巻き上げたに相違そういない。男は白い麻
あさを使うもんだ。「私も寄宿生の乱暴を聞いてはなはだ教頭として不行届ふゆきとどきであり、かつ平
常の徳化が少年に及ばなかったのを深く慚はずるのであります。でこう云う事は、何か陥欠かんけつがあ
ると起るもので、事件その物を見ると何だか生徒だけがわるいようであるが、その真相を極めると責任は
かえって学校にあるかも知れない。だから表面上にあらわれたところだけで厳重な制裁を加えるのは、か
えって未来のためによくないかとも思われます。かつ少年血気のものであるから活気があふれて、善悪の
考えはなく、半ば無意識にこんな悪戯いたずらをやる事はないとも限らん。でもとより処分法は校長のお
考えにある事だから、私の容喙ようかいする限りではないが、どうかその辺をご斟酌しんしゃくになって
、なるべく寛大なお取計とりはからいを願いたいと思います」
 なるほど狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。生徒があばれるのは、生徒がわるいんじゃない教師が悪
るいんだと公言している。気狂きちがいが人の頭を撲なぐり付けるのは、なぐられた人がわるいから、気
狂がなぐるんだそうだ。難有ありがたい仕合せだ。活気にみちて困るなら運動場へ出て相撲すもうでも取
るがいい、半ば無意識に床の中へバッタを入れられてたまるものか。この様子じゃ寝頸ねくびをかかれて
も、半ば無意識だって放免するつもりだろう。
 おれはこう考えて何か云おうかなと考えてみたが、云うなら人を驚ろすかように滔々とうとうと述べた
てなくっちゃつまらない、おれの癖として、腹が立ったときに口をきくと、二言か三言で必ず行き塞つま
ってしまう。狸でも赤シャツでも人物から云うと、おれよりも下等だが、弁舌はなかなか達者だから、ま
ずい事を喋舌しゃべって揚足あげあしを取られちゃ面白くない。ちょっと腹案を作ってみようと、胸のな
かで文章を作ってる。すると前に居た野だが突然起立したには驚ろいた。野だの癖に意見を述べるなんて
生意気だ。野だは例のへらへら調で「実に今回のバッタ事件及び咄喊とっかん事件は吾々われわれ心ある
職員をして、ひそかに吾わが校将来の前途ぜんとに危惧きぐの念を抱いだかしむるに足る珍事ちんじであ

293 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:37:20.74 ID:twPsrBe10
りまして、吾々職員たるものはこの際奮ふるって自ら省りみて、全校の風紀を振粛しんしゅくしなければ
なりません。それでただ今校長及び教頭のお述べになったお説は、実に肯綮こうけいに中あたった剴切が
いせつなお考えで私は徹頭徹尾てっとうてつび賛成致します。どうかなるべく寛大かんだいのご処分を仰
あおぎたいと思います」と云った。野だの云う事は言語はあるが意味がない、漢語をのべつに陳列ちんれ
つするぎりで訳が分らない。分ったのは徹頭徹尾賛成致しますと云う言葉だけだ。
 おれは野だの云う意味は分らないけれども、何だか非常に腹が立ったから、腹案も出来ないうちに起た
ち上がってしまった。「私は徹頭徹尾反対です……」と云ったがあとが急に出て来ない。「……そんな頓
珍漢とんちんかんな、処分は大嫌だいきらいです」とつけたら、職員が一同笑い出した。「一体生徒が全
然悪わるいです。どうしても詫あやまらせなくっちゃ、癖になります。退校さしても構いません。……何
だ失敬な、新しく来た教師だと思って……」と云って着席した。すると右隣りに居る博物が「生徒がわる
い事も、わるいが、あまり厳重な罰などをするとかえって反動を起していけないでしょう。やっぱり教頭
のおっしゃる通り、寛な方に賛成します」と弱い事を云った。左隣の漢学は穏便説おんびんせつに賛成と
云った。歴史も教頭と同説だと云った。忌々いまいましい、大抵のものは赤シャツ党だ。こんな連中が寄
り合って学校を立てていりゃ世話はない。おれは生徒をあやまらせるか、辞職するか二つのうち一つに極
めてるんだから、もし赤シャツが勝ちを制したら、早速うちへ帰って荷作りをする覚悟かくごでいた。ど
うせ、こんな手合てあいを弁口べんこうで屈伏くっぷくさせる手際はなし、させたところでいつまでご交
際を願うのは、こっちでご免だ。学校に居ないとすればどうなったって構うもんか。また何か云うと笑う
に違いない。だれが云うもんかと澄すましていた。
 すると今までだまって聞いていた山嵐が奮然として、起ち上がった。野郎また赤シャツ賛成の意を表す
るな、どうせ、貴様とは喧嘩だ、勝手にしろと見ていると山嵐は硝子ガラス窓を振ふるわせるような声で
「私わたくしは教頭及びその他諸君のお説には全然不同意であります。というものはこの事件はどの点か
ら見ても、五十名の寄宿生が新来の教師某氏ぼうしを軽侮けいぶしてこれを翻弄ほんろうしようとした所
為しょいとより外ほかには認められんのであります。教頭はその源因を教師の人物いかんにお求めになる
ようでありますが失礼ながらそれは失言かと思います。某氏が宿直にあたられたのは着後早々の事で、ま
だ生徒に接せられてから二十日に満たぬ頃ころであります。この短かい二十日間において生徒は君の学問
人物を評価し得る余地がないのであります。軽侮されべき至当な理由があって、軽侮を受けたのなら生徒
の行為に斟酌しんしゃくを加える理由もありましょうが、何らの源因もないのに新来の先生を愚弄ぐろう
するような軽薄な生徒を寛仮かんかしては学校の威信いしんに関わる事と思います。教育の精神は単に学
問を授けるばかりではない、高尚こうしょうな、正直な、武士的な元気を鼓吹こすいすると同時に、野卑
やひな、軽躁けいそうな、暴慢ぼうまんな悪風を掃蕩そうとうするにあると思います。もし反動が恐おそ
ろしいの、騒動が大きくなるのと姑息こそくな事を云った日にはこの弊風へいふうはいつ矯正きょうせい
出来るか知れません。かかる弊風を杜絶とぜつするためにこそ吾々はこの学校に職を奉じているので、こ
れを見逃みのがすくらいなら始めから教師にならん方がいいと思います。私は以上の理由で寄宿生一同を
厳罰げんばつに処する上に、当該とうがい教師の面前において公けに謝罪の意を表せしむるのを至当の所
置と心得ます」と云いながら、どんと腰こしを卸おろした。一同はだまって何にも言わない。赤シャツは
またパイプを拭ふき始めた。おれは何だか非常に嬉うれしかった。おれの云おうと思うところをおれの代
りに山嵐がすっかり言ってくれたようなものだ。おれはこう云う単純な人間だから、今までの喧嘩はまる
で忘れて、大いに難有ありがたいと云う顔をもって、腰を卸した山嵐の方を見たら、山嵐は一向知らん面
かおをしている。
 しばらくして山嵐はまた起立した。「ただ今ちょっと失念して言い落おとしましたから、申します。当
夜の宿直員は宿直中外出して温泉に行かれたようであるが、あれはもっての外の事と考えます。いやしく
も自分が一校の留守番を引き受けながら、咎とがめる者のないのを幸さいわいに、場所もあろうに温泉な

294 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:37:29.75 ID:twPsrBe10
どへ入湯にいくなどと云うのは大きな失体である。生徒は生徒として、この点については校長からとくに
責任者にご注意あらん事を希望します」
 妙な奴だ、ほめたと思ったら、あとからすぐ人の失策をあばいている。おれは何の気もなく、前の宿直
が出あるいた事を知って、そんな習慣だと思って、つい温泉まで行ってしまったんだが、なるほどそう云
われてみると、これはおれが悪るかった。攻撃こうげきされても仕方がない。そこでおれはまた起って「
私は正に宿直中に温泉に行きました。これは全くわるい。あやまります」と云って着席したら、一同がま
た笑い出した。おれが何か云いさえすれば笑う。つまらん奴等やつらだ。貴様等これほど自分のわるい事
を公けにわるかったと断言出来るか、出来ないから笑うんだろう。
 それから校長は、もう大抵ご意見もないようでありますから、よく考えた上で処分しましょうと云った
。ついでだからその結果を云うと、寄宿生は一週間の禁足になった上に、おれの前へ出て謝罪をした。謝
罪をしなければその時辞職して帰るところだったがなまじい、おれのいう通りになったのでとうとう大変
な事になってしまった。それはあとから話すが、校長はこの時会議の引き続きだと号してこんな事を云っ
た。生徒の風儀ふうぎは、教師の感化で正していかなくてはならん、その一着手として、教師はなるべく
飲食店などに出入しゅつにゅうしない事にしたい。もっとも送別会などの節は特別であるが、単独にあま
り上等でない場所へ行くのはよしたい――たとえば蕎麦屋そばやだの、団子屋だんごやだの――と云いか
けたらまた一同が笑った。野だが山嵐を見て天麩羅てんぷらと云って目くばせをしたが山嵐は取り合わな
かった。いい気味きびだ。
 おれは脳がわるいから、狸の云うことなんか、よく分らないが、蕎麦屋や団子屋へ行って、中学の教師
が勤まらなくっちゃ、おれみたような食い心棒しんぼうにゃ到底とうてい出来っ子ないと思った。それな
ら、それでいいから、初手から蕎麦と団子の嫌いなものと注文して雇やとうがいい。だんまりで辞令を下
げておいて、蕎麦を食うな、団子を食うなと罪なお布令ふれを出すのは、おれのような外に道楽のないも
のにとっては大変な打撃だ。すると赤シャツがまた口を出した。「元来中学の教師なぞは社会の上流にく
らいするものだからして、単に物質的の快楽ばかり求めるべきものでない。その方に耽ふけるとつい品性
にわるい影響えいきょうを及ぼすようになる。しかし人間だから、何か娯楽ごらくがないと、田舎いなか
へ来て狭せまい土地では到底暮くらせるものではない。それで釣つりに行くとか、文学書を読むとか、ま
たは新体詩や俳句を作るとか、何でも高尚こうしょうな精神的娯楽を求めなくってはいけない……」
 だまって聞いてると勝手な熱を吹く。沖おきへ行って肥料こやしを釣ったり、ゴルキが露西亜ロシアの
文学者だったり、馴染なじみの芸者が松まつの木の下に立ったり、古池へ蛙かわずが飛び込んだりするの
が精神的娯楽なら、天麩羅を食って団子を呑のみ込むのも精神的娯楽だ。そんな下さらない娯楽を授ける
より赤シャツの洗濯せんたくでもするがいい。あんまり腹が立ったから「マドンナに逢あうのも精神的娯
楽ですか」と聞いてやった。すると今度は誰も笑わない。妙な顔をして互たがいに眼と眼を見合せている
。赤シャツ自身は苦しそうに下を向いた。それ見ろ。利いたろう。ただ気の毒だったのはうらなり君で、
おれが、こう云ったら蒼い顔をますます蒼くした。



 おれは即夜そくや下宿を引き払はらった。宿へ帰って荷物をまとめていると、女房にょうぼうが何か不
都合ふつごうでもございましたか、お腹の立つ事があるなら、云いっておくれたら改めますと云う。どう
も驚おどろく。世の中にはどうして、こんな要領を得ない者ばかり揃そろってるんだろう。出てもらいた
いんだか、居てもらいたいんだか分わかりゃしない。まるで気狂きちがいだ。こんな者を相手に喧嘩けん
かをしたって江戸えどっ子の名折れだから、車屋をつれて来てさっさと出てきた。
 出た事は出たが、どこへ行くというあてもない。車屋が、どちらへ参りますと云うから、だまって尾つ
いて来い、今にわかる、と云って、すたすたやって来た。面倒めんどうだから山城屋へ行こうかとも考え
たが、また出なければならないから、つまり手数だ。こうして歩いてるうちには下宿とか、何とか看板の
あるうちを目付け出すだろう。そうしたら、そこが天意に叶かなったわが宿と云う事にしよう。とぐるぐ
る、閑静かんせいで住みよさそうな所をあるいているうち、とうとう鍛冶屋町かじやちょうへ出てしまっ

295 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:37:38.85 ID:twPsrBe10
た。ここは士族屋敷やしきで下宿屋などのある町ではないから、もっと賑にぎやかな方へ引き返そうかと
も思ったが、ふといい事を考え付いた。おれが敬愛するうらなり君はこの町内に住んでいる。うらなり君
は土地の人で先祖代々の屋敷を控ひかえているくらいだから、この辺の事情には通じているに相違そうい
ない。あの人を尋たずねて聞いたら、よさそうな下宿を教えてくれるかも知れない。幸さいわい一度挨拶
あいさつに来て勝手は知ってるから、捜さがしてあるく面倒はない。ここだろうと、いい加減に見当をつ
けて、ご免めんご免と二返ばかり云うと、奥おくから五十ぐらいな年寄としよりが古風な紙燭しそくをつ
けて、出て来た。おれは若い女も嫌きらいではないが、年寄を見ると何だかなつかしい心持ちがする。大
方清きよがすきだから、その魂たましいが方々のお婆ばあさんに乗り移るんだろう。これは大方うらなり
君のおっ母かさんだろう。切り下げの品格のある婦人だが、よくうらなり君に似ている。まあお上がりと
云うところを、ちょっとお目にかかりたいからと、主人を玄関げんかんまで呼び出して実はこれこれだが
君どこか心当りはありませんかと尋ねてみた。うらなり先生それはさぞお困りでございましょう、としば
らく考えていたが、この裏町に萩野はぎのと云って老人夫婦ぎりで暮くらしているものがある、いつぞや
座敷ざしきを明けておいても無駄むだだから、たしかな人があるなら貸してもいいから周旋しゅうせんし
てくれと頼たのんだ事がある。今でも貸すかどうか分らんが、まあいっしょに行って聞いてみましょうと
、親切に連れて行ってくれた。
 その夜から萩野の家の下宿人となった。驚おどろいたのは、おれがいか銀の座敷を引き払うと、翌日あ
くるひから入れ違ちがいに野だが平気な顔をして、おれの居た部屋を占領せんりょうした事だ。さすがの
おれもこれにはあきれた。世の中はいかさま師ばかりで、お互たがいに乗せっこをしているのかも知れな
い。いやになった。
 世間がこんなものなら、おれも負けない気で、世間並せけんなみにしなくちゃ、遣やりきれない訳にな
る。巾着切きんちゃくきりの上前をはねなければ三度のご膳ぜんが戴いただけないと、事が極きまればこ
うして、生きてるのも考え物だ。と云ってぴんぴんした達者なからだで、首を縊くくっちゃ先祖へ済まな
い上に、外聞が悪い。考えると物理学校などへはいって、数学なんて役にも立たない芸を覚えるよりも、
六百円を資本もとでにして牛乳屋でも始めればよかった。そうすれば清もおれの傍そばを離はなれずに済
むし、おれも遠くから婆さんの事を心配しずに暮くらされる。いっしょに居るうちは、そうでもなかった
が、こうして田舎いなかへ来てみると清はやっぱり善人だ。あんな気立きだてのいい女は日本中さがして
歩いたってめったにはない。婆さん、おれの立つときに、少々風邪かぜを引いていたが今頃いまごろはど
うしてるか知らん。先だっての手紙を見たらさぞ喜んだろう。それにしても、もう返事がきそうなものだ
が――おれはこんな事ばかり考えて二三日暮していた。
 気になるから、宿のお婆さんに、東京から手紙は来ませんかと時々尋たずねてみるが、聞くたんびに何
にも参りませんと気の毒そうな顔をする。ここの夫婦はいか銀とは違って、もとが士族だけに双方そうほ
う共上品だ。爺じいさんが夜よるになると、変な声を出して謡うたいをうたうには閉口するが、いか銀の
ようにお茶を入れましょうと無暗むやみに出て来ないから大きに楽だ。お婆さんは時々部屋へ来ていろい
ろな話をする。どうして奥さんをお連れなさって、いっしょにお出いでなんだのぞなもしなどと質問をす
る。奥さんがあるように見えますかね。可哀想かわいそうにこれでもまだ二十四ですぜと云ったらそれで
も、あなた二十四で奥さんがおありなさるのは当り前ぞなもしと冒頭ぼうとうを置いて、どこの誰だれさ
んは二十でお嫁よめをお貰もらいたの、どこの何とかさんは二十二で子供を二人ふたりお持ちたのと、何
でも例を半ダースばかり挙げて反駁はんばくを試みたには恐おそれ入った。それじゃ僕ぼくも二十四でお
嫁をお貰いるけれ、世話をしておくれんかなと田舎言葉を真似まねて頼んでみたら、お婆さん正直に本当
かなもしと聞いた。
「本当の本当ほんまのって僕あ、嫁が貰いたくって仕方がないんだ」
「そうじゃろうがな、もし。若いうちは誰もそんなものじゃけれ」この挨拶あいさつには痛み入って返事
が出来なかった。
「しかし先生はもう、お嫁がおありなさるに極きまっとらい。私はちゃんと、もう、睨ねらんどるぞなも

296 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:37:47.70 ID:twPsrBe10
し」
「へえ、活眼かつがんだね。どうして、睨らんどるんですか」
「どうしててて。東京から便りはないか、便りはないかてて、毎日便りを待ち焦こがれておいでるじゃな
いかなもし」
「こいつあ驚おどろいた。大変な活眼だ」
「中あたりましたろうがな、もし」
「そうですね。中ったかも知れませんよ」
「しかし今時の女子おなごは、昔むかしと違ちごうて油断が出来んけれ、お気をお付けたがええぞなもし

「何ですかい、僕の奥さんが東京で間男でもこしらえていますかい」
「いいえ、あなたの奥さんはたしかじゃけれど……」
「それで、やっと安心した。それじゃ何を気を付けるんですい」
「あなたのはたしか――あなたのはたしかじゃが――」
「どこに不たしかなのが居ますかね」
「ここ等らにも大分居おります。先生、あの遠山のお嬢じょうさんをご存知かなもし」
「いいえ、知りませんね」
「まだご存知ないかなもし。ここらであなた一番の別嬪べっぴんさんじゃがなもし。あまり別嬪さんじゃ
けれ、学校の先生方はみんなマドンナマドンナと言うといでるぞなもし。まだお聞きんのかなもし」
「うん、マドンナですか。僕あ芸者の名かと思った」
「いいえ、あなた。マドンナと云うと唐人とうじんの言葉で、別嬪さんの事じゃろうがなもし」
「そうかも知れないね。驚いた」
「大方画学の先生がお付けた名ぞなもし」
「野だがつけたんですかい」
「いいえ、あの吉川よしかわ先生がお付けたのじゃがなもし」
「そのマドンナが不たしかなんですかい」
「そのマドンナさんが不たしかなマドンナさんでな、もし」
「厄介やっかいだね。渾名あだなの付いてる女にゃ昔から碌ろくなものは居ませんからね。そうかも知れ
ませんよ」
「ほん当にそうじゃなもし。鬼神きじんのお松まつじゃの、妲妃だっきのお百じゃのてて怖こわい女が居
おりましたなもし」
「マドンナもその同類なんですかね」
「そのマドンナさんがなもし、あなた。そらあの、あなたをここへ世話をしておくれた古賀先生なもし―
―あの方の所へお嫁よめに行く約束やくそくが出来ていたのじゃがなもし――」
「へえ、不思議なもんですね。あのうらなり君が、そんな艶福えんぷくのある男とは思わなかった。人は
見懸みかけによらない者だな。ちっと気を付けよう」
「ところが、去年あすこのお父さんが、お亡くなりて、――それまではお金もあるし、銀行の株も持って
お出いでるし、万事都合つごうがよかったのじゃが――それからというものは、どういうものか急に暮し
向きが思わしくなくなって――つまり古賀さんがあまりお人が好過よすぎるけれ、お欺だまされたんぞな
もし。それや、これやでお輿入こしいれも延びているところへ、あの教頭さんがお出いでて、是非お嫁に
ほしいとお云いるのじゃがなもし」
「あの赤シャツがですか。ひどい奴やつだ。どうもあのシャツはただのシャツじゃないと思ってた。それ
から?」
「人を頼んで懸合かけおうておみると、遠山さんでも古賀さんに義理があるから、すぐには返事は出来か
ねて――まあよう考えてみようぐらいの挨拶をおしたのじゃがなもし。すると赤シャツさんが、手蔓てづ
るを求めて遠山さんの方へ出入でいりをおしるようになって、とうとうあなた、お嬢さんを手馴付てなづ
けておしまいたのじゃがなもし。赤シャツさんも赤シャツさんじゃが、お嬢さんもお嬢さんじゃてて、み
んなが悪わるく云いますのよ。いったん古賀さんへ嫁に行くてて承知をしときながら、今さら学士さんが
お出いでたけれ、その方に替かえよてて、それじゃ今日様こんにちさまへ済むまいがなもし、あなた」
「全く済まないね。今日様どころか明日様にも明後日様にも、いつまで行ったって済みっこありませんね

「それで古賀さんにお気の毒じゃてて、お友達の堀田ほったさんが教頭の所へ意見をしにお行きたら、赤

297 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:37:56.79 ID:twPsrBe10
シャツさんが、あしは約束のあるものを横取りするつもりはない。破約になれば貰うかも知れんが、今の
ところは遠山家とただ交際をしているばかりじゃ、遠山家と交際をするには別段古賀さんに済まん事もな
かろうとお云いるけれ、堀田さんも仕方がなしにお戻もどりたそうな。赤シャツさんと堀田さんは、それ
以来折合おりあいがわるいという評判ぞなもし」
「よくいろいろな事を知ってますね。どうして、そんな詳くわしい事が分るんですか。感心しちまった」
「狭せまいけれ何でも分りますぞなもし」
 分り過ぎて困るくらいだ。この容子ようすじゃおれの天麩羅てんぷらや団子だんごの事も知ってるかも
知れない。厄介やっかいな所だ。しかしお蔭様かげさまでマドンナの意味もわかるし、山嵐と赤シャツの
関係もわかるし大いに後学になった。ただ困るのはどっちが悪る者だか判然しない。おれのような単純な
ものには白とか黒とか片づけてもらわないと、どっちへ味方をしていいか分らない。
「赤シャツと山嵐たあ、どっちがいい人ですかね」
「山嵐て何ぞなもし」
「山嵐というのは堀田の事ですよ」
「そりゃ強い事は堀田さんの方が強そうじゃけれど、しかし赤シャツさんは学士さんじゃけれ、働きはあ
る方かたぞな、もし。それから優しい事も赤シャツさんの方が優しいが、生徒の評判は堀田さんの方がえ
えというぞなもし」
「つまりどっちがいいんですかね」
「つまり月給の多い方が豪えらいのじゃろうがなもし」
 これじゃ聞いたって仕方がないから、やめにした。それから二三日して学校から帰るとお婆さんがにこ
にこして、へえお待遠さま。やっと参りました。と一本の手紙を持って来てゆっくりご覧と云って出て行
った。取り上げてみると清からの便りだ。符箋ふせんが二三枚まいついてるから、よく調べると、山城屋
から、いか銀の方へ廻まわして、いか銀から、萩野はぎのへ廻って来たのである。その上山城屋では一週
間ばかり逗留とうりゅうしている。宿屋だけに手紙まで泊とめるつもりなんだろう。開いてみると、非常
に長いもんだ。坊ぼっちゃんの手紙を頂いてから、すぐ返事をかこうと思ったが、あいにく風邪を引いて
一週間ばかり寝ねていたものだから、つい遅おそくなって済まない。その上今時のお嬢さんのように読み
書きが達者でないものだから、こんなまずい字でも、かくのによっぽど骨が折れる。甥おいに代筆を頼も
うと思ったが、せっかくあげるのに自分でかかなくっちゃ、坊っちゃんに済まないと思って、わざわざ下
したがきを一返して、それから清書をした。清書をするには二日で済んだが、下た書きをするには四日か
かった。読みにくいかも知れないが、これでも一生懸命いっしょうけんめいにかいたのだから、どうぞし
まいまで読んでくれ。という冒頭ぼうとうで四尺ばかり何やらかやら認したためてある。なるほど読みに
くい。字がまずいばかりではない、大抵たいてい平仮名だから、どこで切れて、どこで始まるのだか句読
くとうをつけるのによっぽど骨が折れる。おれは焦せっ勝かちな性分だから、こんな長くて、分りにくい
手紙は、五円やるから読んでくれと頼まれても断わるのだが、この時ばかりは真面目まじめになって、始
はじめから終しまいまで読み通した。読み通した事は事実だが、読む方に骨が折れて、意味がつながらな
いから、また頭から読み直してみた。部屋のなかは少し暗くなって、前の時より見にくく、なったから、
とうとう椽鼻えんばなへ出て腰こしをかけながら鄭寧ていねいに拝見した。すると初秋はつあきの風が芭
蕉ばしょうの葉を動かして、素肌すはだに吹ふきつけた帰りに、読みかけた手紙を庭の方へなびかしたか
ら、しまいぎわには四尺あまりの半切れがさらりさらりと鳴って、手を放すと、向むこうの生垣まで飛ん
で行きそうだ。おれはそんな事には構っていられない。坊っちゃんは竹を割ったような気性だが、ただ肝
癪かんしゃくが強過ぎてそれが心配になる。――ほかの人に無暗むやみに渾名あだななんか、つけるのは
人に恨うらまれるもとになるから、やたらに使っちゃいけない、もしつけたら、清だけに手紙で知らせろ
。――田舎者は人がわるいそうだから、気をつけてひどい目に遭あわないようにしろ。――気候だって東
京より不順に極ってるから、寝冷ねびえをして風邪を引いてはいけない。坊っちゃんの手紙はあまり短過
ぎて、容子がよくわからないから、この次にはせめてこの手紙の半分ぐらいの長さのを書いてくれ。――
宿屋へ茶代を五円やるのはいいが、あとで困りゃしないか、田舎へ行って頼たよりになるはお金ばかりだ

298 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:38:05.71 ID:twPsrBe10
から、なるべく倹約けんやくして、万一の時に差支さしつかえないようにしなくっちゃいけない。――お
小遣こづかいがなくて困るかも知れないから、為替かわせで十円あげる。――先せんだって坊っちゃんか
らもらった五十円を、坊っちゃんが、東京へ帰って、うちを持つ時の足しにと思って、郵便局へ預けてお
いたが、この十円を引いてもまだ四十円あるから大丈夫だ。――なるほど女と云うものは細かいものだ。
 おれが椽鼻で清の手紙をひらつかせながら、考え込こんでいると、しきりの襖ふすまをあけて、萩野の
お婆さんが晩めしを持ってきた。まだ見てお出いでるのかなもし。えっぽど長いお手紙じゃなもし、と云
ったから、ええ大事な手紙だから風に吹かしては見、吹かしては見るんだと、自分でも要領を得ない返事
をして膳ぜんについた。見ると今夜も薩摩芋さつまいもの煮につけだ。ここのうちは、いか銀よりも鄭寧
ていねいで、親切で、しかも上品だが、惜おしい事に食い物がまずい。昨日も芋、一昨日おとといも芋で
今夜も芋だ。おれは芋は大好きだと明言したには相違ないが、こう立てつづけに芋を食わされては命がつ
づかない。うらなり君を笑うどころか、おれ自身が遠からぬうちに、芋のうらなり先生になっちまう。清
ならこんな時に、おれの好きな鮪まぐろのさし身か、蒲鉾かまぼこのつけ焼を食わせるんだが、貧乏びん
ぼう士族のけちん坊ぼうと来ちゃ仕方がない。どう考えても清といっしょでなくっちあ駄目だめだ。もし
あの学校に長くでも居る模様なら、東京から召よび寄よせてやろう。天麩羅蕎麦そばを食っちゃならない
、団子を食っちゃならない、それで下宿に居て芋ばかり食って黄色くなっていろなんて、教育者はつらい
ものだ。禅宗ぜんしゅう坊主だって、これよりは口に栄耀えようをさせているだろう。――おれは一皿の
芋を平げて、机の抽斗ひきだしから生卵を二つ出して、茶碗ちゃわんの縁ふちでたたき割って、ようやく
凌しのいだ。生卵ででも営養をとらなくっちあ一週二十一時間の授業が出来るものか。
 今日は清の手紙で湯に行く時間が遅くなった。しかし毎日行きつけたのを一日でも欠かすのは心持ちが
わるい。汽車にでも乗って出懸でかけようと、例の赤手拭あかてぬぐいをぶら下げて停車場ていしゃばま
で来ると二三分前に発車したばかりで、少々待たなければならぬ。ベンチへ腰を懸けて、敷島しきしまを
吹かしていると、偶然ぐうぜんにもうらなり君がやって来た。おれはさっきの話を聞いてから、うらなり
君がなおさら気の毒になった。平常ふだんから天地の間に居候いそうろうをしているように、小さく構え
ているのがいかにも憐あわれに見えたが、今夜は憐れどころの騒さわぎではない。出来るならば月給を倍
にして、遠山のお嬢さんと明日あしたから結婚けっこんさして、一ヶ月ばかり東京へでも遊びにやってや
りたい気がした矢先だから、やお湯ですか、さあ、こっちへお懸けなさいと威勢いせいよく席を譲ゆずる
と、うらなり君は恐おそれ入った体裁で、いえ構かもうておくれなさるな、と遠慮えんりょだか何だかや
っぱり立ってる。少し待たなくっちゃ出ません、草臥くたびれますからお懸けなさいとまた勧めてみた。
実はどうかして、そばへ懸けてもらいたかったくらいに気の毒でたまらない。それではお邪魔じゃまを致
いたしましょうとようやくおれの云う事を聞いてくれた。世の中には野だみたように生意気な、出ないで
済む所へ必ず顔を出す奴もいる。山嵐のようにおれが居なくっちゃ日本にっぽんが困るだろうと云うよう
な面を肩かたの上へ載のせてる奴もいる。そうかと思うと、赤シャツのようにコスメチックと色男の問屋
をもって自ら任じているのもある。教育が生きてフロックコートを着ればおれになるんだと云わぬばかり
の狸たぬきもいる。皆々みなみなそれ相応に威張ってるんだが、このうらなり先生のように在れどもなき
がごとく、人質に取られた人形のように大人おとなしくしているのは見た事がない。顔はふくれているが
、こんな結構な男を捨てて赤シャツに靡なびくなんて、マドンナもよっぼど気の知れないおきゃんだ。赤
シャツが何ダース寄ったって、これほど立派な旦那様だんなさまが出来るもんか。
「あなたはどっか悪いんじゃありませんか。大分たいぎそうに見えますが……」「いえ、別段これという
持病もないですが……」
「そりゃ結構です。からだが悪いと人間も駄目ですね」
「あなたは大分ご丈夫じょうぶのようですな」
「ええ瘠やせても病気はしません。病気なんてものあ大嫌いですから」
 うらなり君は、おれの言葉を聞いてにやにやと笑った。

299 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:38:14.77 ID:twPsrBe10
 ところへ入口で若々しい女の笑声が聞きこえたから、何心なく振ふり返ってみるとえらい奴が来た。色
の白い、ハイカラ頭の、背の高い美人と、四十五六の奥さんとが並ならんで切符きっぷを売る窓の前に立
っている。おれは美人の形容などが出来る男でないから何にも云えないが全く美人に相違ない。何だか水
晶すいしょうの珠たまを香水こうすいで暖あっためて、掌てのひらへ握にぎってみたような心持ちがした
。年寄の方が背は低い。しかし顔はよく似ているから親子だろう。おれは、や、来たなと思う途端とたん
に、うらなり君の事は全然すっかり忘れて、若い女の方ばかり見ていた。すると、うらなり君が突然とつ
ぜんおれの隣となりから、立ち上がって、そろそろ女の方へ歩き出したんで、少し驚いた。マドンナじゃ
ないかと思った。三人は切符所の前で軽く挨拶している。遠いから何を云ってるのか分らない。
 停車場の時計を見るともう五分で発車だ。早く汽車がくればいいがなと、話し相手が居なくなったので
待ち遠しく思っていると、また一人あわてて場内へ馳かけ込こんで来たものがある。見れば赤シャツだ。
何だかべらべら然たる着物へ縮緬ちりめんの帯をだらしなく巻き付けて、例の通り金鎖きんぐさりをぶら
つかしている。あの金鎖りは贋物にせものである。赤シャツは誰だれも知るまいと思って、見せびらかし
ているが、おれはちゃんと知ってる。赤シャツは馳け込んだなり、何かきょろきょろしていたが、切符売
下所うりさげじょの前に話している三人へ慇懃いんぎんにお辞儀じぎをして、何か二こと、三こと、云っ
たと思ったら、急にこっちへ向いて、例のごとく猫足ねこあしにあるいて来て、や君も湯ですか、僕は乗
り後れやしないかと思って心配して急いで来たら、まだ三四分ある。あの時計はたしかかしらんと、自分
の金側きんがわを出して、二分ほどちがってると云いながら、おれの傍そばへ腰を卸おろした。女の方は
ちっとも見返らないで杖つえの上に顋あごをのせて、正面ばかり眺ながめている。年寄の婦人は時々赤シ
ャツを見るが、若い方は横を向いたままである。いよいよマドンナに違いない。
 やがて、ピューと汽笛きてきが鳴って、車がつく。待ち合せた連中はぞろぞろ吾われ勝がちに乗り込む
。赤シャツはいの一号に上等へ飛び込んだ。上等へ乗ったって威張れるどころではない、住田すみたまで
上等が五銭で下等が三銭だから、わずか二銭違いで上下の区別がつく。こういうおれでさえ上等を奮発ふ
んぱつして白切符を握にぎってるんでもわかる。もっとも田舎者はけちだから、たった二銭の出入でもす
こぶる苦になると見えて、大抵たいていは下等へ乗る。赤シャツのあとからマドンナとマドンナのお袋が
上等へはいり込んだ。うらなり君は活版で押おしたように下等ばかりへ乗る男だ。先生、下等の車室の入
口へ立って、何だか躊躇ちゅうちょの体ていであったが、おれの顔を見るや否や思いきって、飛び込んで
しまった。おれはこの時何となく気の毒でたまらなかったから、うらなり君のあとから、すぐ同じ車室へ
乗り込んだ。上等の切符で下等へ乗るに不都合はなかろう。
 温泉へ着いて、三階から、浴衣ゆかたのなりで湯壺ゆつぼへ下りてみたら、またうらなり君に逢った。
おれは会議や何かでいざと極まると、咽喉のどが塞ふさがって饒舌しゃべれない男だが、平常ふだんは随
分ずいぶん弁ずる方だから、いろいろ湯壺のなかでうらなり君に話しかけてみた。何だか憐れぽくってた
まらない。こんな時に一口でも先方の心を慰なぐさめてやるのは、江戸えどっ子の義務だと思ってる。と
ころがあいにくうらなり君の方では、うまい具合にこっちの調子に乗ってくれない。何を云っても、えと
かいえとかぎりで、しかもそのえといえが大分面倒めんどうらしいので、しまいにはとうとう切り上げて
、こっちからご免蒙めんこうむった。
 湯の中では赤シャツに逢わなかった。もっとも風呂ふろの数はたくさんあるのだから、同じ汽車で着い
ても、同じ湯壺で逢うとは極まっていない。別段不思議にも思わなかった。風呂を出てみるといい月だ。
町内の両側に柳やなぎが植うわって、柳の枝えだが丸まるい影を往来の中へ落おとしている。少し散歩で
もしよう。北へ登って町のはずれへ出ると、左に大きな門があって、門の突き当りがお寺で、左右が妓楼
ぎろうである。山門のなかに遊廓ゆうかくがあるなんて、前代未聞の現象だ。ちょっとはいってみたいが
、また狸から会議の時にやられるかも知れないから、やめて素通りにした。門の並びに黒い暖簾のれんを
かけた、小さな格子窓こうしまどの平屋はおれが団子を食って、しくじった所だ。丸提灯まるぢょうちん

300 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:38:23.79 ID:twPsrBe10
に汁粉しるこ、お雑煮ぞうにとかいたのがぶらさがって、提灯の火が、軒端のきばに近い一本の柳の幹を
照らしている。食いたいなと思ったが我慢して通り過ぎた。
 食いたい団子の食えないのは情ない。しかし自分の許嫁いいなずけが他人に心を移したのは、なお情な
いだろう。うらなり君の事を思うと、団子は愚おろか、三日ぐらい断食だんじきしても不平はこぼせない
訳だ。本当に人間ほどあてにならないものはない。あの顔を見ると、どうしたって、そんな不人情な事を
しそうには思えないんだが――うつくしい人が不人情で、冬瓜とうがんの水膨みずぶくれのような古賀さ
んが善良な君子なのだから、油断が出来ない。淡泊たんぱくだと思った山嵐は生徒を煽動せんどうしたと
云うし。生徒を煽動したのかと思うと、生徒の処分を校長に逼せまるし。厭味いやみで練りかためたよう
な赤シャツが存外親切で、おれに余所よそながら注意をしてくれるかと思うと、マドンナを胡魔化ごまか
したり、胡魔化したのかと思うと、古賀の方が破談にならなければ結婚は望まないんだと云うし。いか銀
が難癖なんくせをつけて、おれを追い出すかと思うと、すぐ野だ公が入いれ替かわったり――どう考えて
もあてにならない。こんな事を清にかいてやったら定めて驚く事だろう。箱根はこねの向うだから化物ば
けものが寄り合ってるんだと云うかも知れない。
 おれは、性来しょうらい構わない性分だから、どんな事でも苦にしないで今日まで凌いで来たのだが、
ここへ来てからまだ一ヶ月立つか、立たないうちに、急に世のなかを物騒ぶっそうに思い出した。別段際
だった大事件にも出逢わないのに、もう五つ六つ年を取ったような気がする。早く切り上げて東京へ帰る
のが一番よかろう。などとそれからそれへ考えて、いつか石橋を渡わたって野芹川のぜりがわの堤どてへ
出た。川と云うとえらそうだが実は一間ぐらいな、ちょろちょろした流れで、土手に沿うて十二丁ほど下
ると相生村あいおいむらへ出る。村には観音様かんのんさまがある。
 温泉ゆの町を振り返ると、赤い灯が、月の光の中にかがやいている。太鼓たいこが鳴るのは遊廓に相違
ない。川の流れは浅いけれども早いから、神経質の水のようにやたらに光る。ぶらぶら土手の上をあるき
ながら、約三丁も来たと思ったら、向うに人影ひとかげが見え出した。月に透すかしてみると影は二つあ
る。温泉ゆへ来て村へ帰る若い衆しゅかも知れない。それにしては唄うたもうたわない。存外静かだ。
 だんだん歩いて行くと、おれの方が早足だと見えて、二つの影法師が、次第に大きくなる。一人は女ら
しい。おれの足音を聞きつけて、十間ぐらいの距離きょりに逼った時、男がたちまち振り向いた。月は後
うしろからさしている。その時おれは男の様子を見て、はてなと思った。男と女はまた元の通りにあるき
出した。おれは考えがあるから、急に全速力で追っ懸かけた。先方は何の気もつかずに最初の通り、ゆる
ゆる歩を移している。今は話し声も手に取るように聞える。土手の幅は六尺ぐらいだから、並んで行けば
三人がようやくだ。おれは苦もなく後ろから追い付いて、男の袖そでを擦すり抜ぬけざま、二足前へ出し
た踵くびすをぐるりと返して男の顔を覗のぞき込こんだ。月は正面からおれの五分刈がりの頭から顋の辺
あたりまで、会釈えしゃくもなく照てらす。男はあっと小声に云ったが、急に横を向いて、もう帰ろうと
女を促うながすが早いか、温泉ゆの町の方へ引き返した。
 赤シャツは図太くて胡魔化すつもりか、気が弱くて名乗り損そくなったのかしら。ところが狭くて困っ
てるのは、おればかりではなかった。



 赤シャツに勧められて釣つりに行った帰りから、山嵐やまあらしを疑ぐり出した。無い事を種に下宿を
出ろと云われた時は、いよいよ不埒ふらちな奴やつだと思った。ところが会議の席では案に相違そういし
て滔々とうとうと生徒厳罰論げんばつろんを述べたから、おや変だなと首を捩ひねった。萩野はぎのの婆
ばあさんから、山嵐が、うらなり君のために赤シャツと談判をしたと聞いた時は、それは感心だと手を拍
うった。この様子ではわる者は山嵐じゃあるまい、赤シャツの方が曲ってるんで、好加減いいかげんな邪
推じゃすいを実まことしやかに、しかも遠廻とおまわしに、おれの頭の中へ浸しみ込こましたのではある
まいかと迷ってる矢先へ、野芹川のぜりがわの土手で、マドンナを連れて散歩なんかしている姿を見たか
ら、それ以来赤シャツは曲者くせものだと極きめてしまった。曲者だか何だかよくは分わからないが、と
もかくも善いい男じゃない。表と裏とは違ちがった男だ。人間は竹のように真直まっすぐでなくっちゃ頼

301 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:38:32.74 ID:twPsrBe10
たのもしくない。真直なものは喧嘩けんかをしても心持ちがいい。赤シャツのようなやさしいのと、親切
なのと、高尚こうしょうなのと、琥珀こはくのパイプとを自慢じまんそうに見せびらかすのは油断が出来
ない、めったに喧嘩も出来ないと思った。喧嘩をしても、回向院えこういんの相撲すもうのような心持ち
のいい喧嘩は出来ないと思った。そうなると一銭五厘の出入でいりで控所ひかえじょ全体を驚おどろかし
た議論の相手の山嵐の方がはるかに人間らしい。会議の時に金壺眼かなつぼまなこをぐりつかせて、おれ
を睨にらめた時は憎にくい奴だと思ったが、あとで考えると、それも赤シャツのねちねちした猫撫声ねこ
なでごえよりはましだ。実はあの会議が済んだあとで、よっぽど仲直りをしようかと思って、一こと二こ
と話しかけてみたが、野郎やろう返事もしないで、まだ眼めを剥むくってみせたから、こっちも腹が立っ
てそのままにしておいた。
 それ以来山嵐はおれと口を利かない。机の上へ返した一銭五厘はいまだに机の上に乗っている。ほこり
だらけになって乗っている。おれは無論手が出せない、山嵐は決して持って帰らない。この一銭五厘が二
人の間の墻壁しょうへきになって、おれは話そうと思っても話せない、山嵐は頑がんとして黙だまってる
。おれと山嵐には一銭五厘が祟たたった。しまいには学校へ出て一銭五厘を見るのが苦になった。
 山嵐とおれが絶交の姿となったに引き易かえて、赤シャツとおれは依然いぜんとして在来の関係を保っ
て、交際をつづけている。野芹川で逢あった翌日などは、学校へ出ると第一番におれの傍そばへ来て、君
今度の下宿はいいですかのまたいっしょに露西亜ロシア文学を釣つりに行こうじゃないかのといろいろな
事を話しかけた。おれは少々憎にくらしかったから、昨夜ゆうべは二返逢いましたねと云いったら、ええ
停車場ていしゃばで――君はいつでもあの時分出掛でかけるのですか、遅いじゃないかと云う。野芹川の
土手でもお目に懸かかりましたねと喰くらわしてやったら、いいえ僕ぼくはあっちへは行かない、湯には
いって、すぐ帰ったと答えた。何もそんなに隠かくさないでもよかろう、現に逢ってるんだ。よく嘘うそ
をつく男だ。これで中学の教頭が勤まるなら、おれなんか大学総長がつとまる。おれはこの時からいよい
よ赤シャツを信用しなくなった。信用しない赤シャツとは口をきいて、感心している山嵐とは話をしない
。世の中は随分妙ずいぶんみょうなものだ。
 ある日の事赤シャツがちょっと君に話があるから、僕のうちまで来てくれと云うから、惜おしいと思っ
たが温泉行きを欠勤して四時頃ごろ出掛けて行った。赤シャツは一人ものだが、教頭だけに下宿はとくの
昔むかしに引き払はらって立派な玄関げんかんを構えている。家賃は九円五拾銭じっせんだそうだ。田舎
いなかへ来て九円五拾銭払えばこんな家へはいれるなら、おれも一つ奮発ふんぱつして、東京から清を呼
び寄せて喜ばしてやろうと思ったくらいな玄関だ。頼むと云ったら、赤シャツの弟が取次とりつぎに出て
来た。この弟は学校で、おれに代数と算術を教わる至って出来のわるい子だ。その癖渡くせわたりものだ
から、生れ付いての田舎者よりも人が悪わるい。
 赤シャツに逢って用事を聞いてみると、大将例の琥珀のパイプで、きな臭くさい烟草たばこをふかしな
がら、こんな事を云った。「君が来てくれてから、前任者の時代よりも成績せいせきがよくあがって、校
長も大いにいい人を得たと喜んでいるので――どうか学校でも信頼しんらいしているのだから、そのつも
りで勉強していただきたい」
「へえ、そうですか、勉強って今より勉強は出来ませんが――」
「今のくらいで充分じゅうぶんです。ただ先だってお話しした事ですね、あれを忘れずにいて下さればい
いのです」
「下宿の世話なんかするものあ剣呑けんのんだという事ですか」
「そう露骨ろこつに云うと、意味もない事になるが――まあ善いさ――精神は君にもよく通じている事と
思うから。そこで君が今のように出精しゅっせいして下されば、学校の方でも、ちゃんと見ているんだか
ら、もう少しして都合つごうさえつけば、待遇たいぐうの事も多少はどうにかなるだろうと思うんですが
ね」
「へえ、俸給ほうきゅうですか。俸給なんかどうでもいいんですが、上がれば上がった方がいいですね」
「それで幸い今度転任者が一人出来るから――もっとも校長に相談してみないと無論受け合えない事だが
――その俸給から少しは融通ゆうずうが出来るかも知れないから、それで都合をつけるように校長に話し

302 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:38:41.85 ID:twPsrBe10
てみようと思うんですがね」
「どうも難有ありがとう。だれが転任するんですか」
「もう発表になるから話しても差し支つかえないでしょう。実は古賀君です」
「古賀さんは、だってここの人じゃありませんか」
「ここの地じの人ですが、少し都合があって――半分は当人の希望です」
「どこへ行ゆくんです」
「日向ひゅうがの延岡のべおかで――土地が土地だから一級俸上あがって行く事になりました」
「誰だれか代りが来るんですか」
「代りも大抵たいてい極まってるんです。その代りの具合で君の待遇上の都合もつくんです」
「はあ、結構です。しかし無理に上がらないでも構いません」
「とも角も僕は校長に話すつもりです。それで校長も同意見らしいが、追っては君にもっと働いて頂いた
だかなくってはならんようになるかも知れないから、どうか今からそのつもりで覚悟かくごをしてやって
もらいたいですね」
「今より時間でも増すんですか」
「いいえ、時間は今より減るかも知れませんが――」
「時間が減って、もっと働くんですか、妙だな」
「ちょっと聞くと妙だが、――判然とは今言いにくいが――まあつまり、君にもっと重大な責任を持って
もらうかも知れないという意味なんです」
 おれには一向分らない。今より重大な責任と云えば、数学の主任だろうが、主任は山嵐だから、やっこ
さんなかなか辞職する気遣きづかいはない。それに、生徒の人望があるから転任や免職めんしょくは学校
の得策であるまい。赤シャツの談話はいつでも要領を得ない。要領を得なくっても用事はこれで済んだ。
それから少し雑談をしているうちに、うらなり君の送別会をやる事や、ついてはおれが酒を飲むかと云う
問や、うらなり先生は君子で愛すべき人だと云う事や――赤シャツはいろいろ弁じた。しまいに話をかえ
て君俳句をやりますかと来たから、こいつは大変だと思って、俳句はやりません、さようならと、そこそ
こに帰って来た。発句ほっくは芭蕉ばしょうか髪結床かみいどこの親方のやるもんだ。数学の先生が朝顔
やに釣瓶つるべをとられてたまるものか。
 帰ってうんと考え込んだ。世間には随分気の知れない男が居る。家屋敷はもちろん、勤める学校に不足
のない故郷がいやになったからと云って、知らぬ他国へ苦労を求めに出る。それも花の都の電車が通かよ
ってる所なら、まだしもだが、日向の延岡とは何の事だ。おれは船つきのいいここへ来てさえ、一ヶ月立
たないうちにもう帰りたくなった。延岡と云えば山の中も山の中も大変な山の中だ。赤シャツの云うとこ
ろによると船から上がって、一日いちんち馬車へ乗って、宮崎へ行って、宮崎からまた一日いちんち車へ
乗らなくっては着けないそうだ。名前を聞いてさえ、開けた所とは思えない。猿さると人とが半々に住ん
でるような気がする。いかに聖人のうらなり君だって、好んで猿の相手になりたくもないだろうに、何と
いう物数奇ものずきだ。
 ところへあいかわらず婆ばあさんが夕食ゆうめしを運んで出る。今日もまた芋いもですかいと聞いてみ
たら、いえ今日はお豆腐とうふぞなもしと云った。どっちにしたって似たものだ。
「お婆さん古賀さんは日向へ行くそうですね」
「ほん当にお気の毒じゃな、もし」
「お気の毒だって、好んで行くんなら仕方がないですね」
「好んで行くて、誰がぞなもし」
「誰がぞなもしって、当人がさ。古賀先生が物数奇に行くんじゃありませんか」
「そりゃあなた、大違いの勘五郎かんごろうぞなもし」
「勘五郎かね。だって今赤シャツがそう云いましたぜ。それが勘五郎なら赤シャツは嘘つきの法螺右衛門
ほらえもんだ」
「教頭さんが、そうお云いるのはもっともじゃが、古賀さんのお往いきともないのももっともぞなもし」
「そんなら両方もっともなんですね。お婆さんは公平でいい。一体どういう訳なんですい」
「今朝古賀のお母さんが見えて、だんだん訳をお話したがなもし」
「どんな訳をお話したんです」
「あそこもお父さんがお亡くなりてから、あたし達が思うほど暮くらし向むきが豊かになうてお困りじゃ
けれ、お母さんが校長さんにお頼みて、もう四年も勤めているものじゃけれ、どうぞ毎月頂くものを、今
少しふやしておくれんかてて、あなた」

303 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:38:50.74 ID:twPsrBe10
「なるほど」
「校長さんが、ようまあ考えてみとこうとお云いたげな。それでお母さんも安心して、今に増給のご沙汰
さたがあろぞ、今月か来月かと首を長くして待っておいでたところへ、校長さんがちょっと来てくれと古
賀さんにお云いるけれ、行ってみると、気の毒だが学校は金が足りんけれ、月給を上げる訳にゆかん。し
かし延岡になら空いた口があって、そっちなら毎月五円余分にとれるから、お望み通りでよかろうと思う
て、その手続きにしたから行くがええと云われたげな。――」
「じゃ相談じゃない、命令じゃありませんか」
「さよよ。古賀さんはよそへ行って月給が増すより、元のままでもええから、ここに居おりたい。屋敷も
あるし、母もあるからとお頼みたけれども、もうそう極めたあとで、古賀さんの代りは出来ているけれ仕
方がないと校長がお云いたげな」
「へん人を馬鹿ばかにしてら、面白おもしろくもない。じゃ古賀さんは行く気はないんですね。どうれで
変だと思った。五円ぐらい上がったって、あんな山の中へ猿のお相手をしに行く唐変木とうへんぼくはま
ずないからね」
「唐変木て、先生なんぞなもし」
「何でもいいでさあ、――全く赤シャツの作略さりゃくだね。よくない仕打しうちだ。まるで欺撃だまし
うちですね。それでおれの月給を上げるなんて、不都合ふつごうな事があるものか。上げてやるったって
、誰が上がってやるものか」
「先生は月給がお上りるのかなもし」
「上げてやるって云うから、断ことわろうと思うんです」
「何で、お断わりるのぞなもし」
「何でもお断わりだ。お婆さん、あの赤シャツは馬鹿ですぜ。卑怯ひきょうでさあ」
「卑怯でもあんた、月給を上げておくれたら、大人おとなしく頂いておく方が得ぞなもし。若いうちはよ
く腹の立つものじゃが、年をとってから考えると、も少しの我慢がまんじゃあったのに惜しい事をした。
腹立てたためにこないな損をしたと悔くやむのが当り前じゃけれ、お婆の言う事をきいて、赤シャツさん
が月給をあげてやろとお言いたら、難有ありがとうと受けておおきなさいや」
「年寄としよりの癖に余計な世話を焼かなくってもいい。おれの月給は上がろうと下がろうとおれの月給
だ」
 婆さんはだまって引き込んだ。爺じいさんは呑気のんきな声を出して謡うたいをうたってる。謡という
ものは読んでわかる所を、やにむずかしい節をつけて、わざと分らなくする術だろう。あんな者を毎晩飽
あきずに唸うなる爺さんの気が知れない。おれは謡どころの騒さわぎじゃない。月給を上げてやろうと云
うから、別段欲しくもなかったが、入らない金を余しておくのももったいないと思って、よろしいと承知
したのだが、転任したくないものを無理に転任させてその男の月給の上前を跳はねるなんて不人情な事が
出来るものか。当人がもとの通りでいいと云うのに延岡下くんだりまで落ちさせるとは一体どう云う了見
りょうけんだろう。太宰権帥だざいごんのそつでさえ博多はかた近辺で落ちついたものだ。河合又五郎か
あいまたごろうだって相良さがらでとまってるじゃないか。とにかく赤シャツの所へ行って断わって来な
くっちあ気が済まない。
 小倉こくらの袴はかまをつけてまた出掛けた。大きな玄関へ突つっ立って頼むと云うと、また例の弟が
取次に出て来た。おれの顔を見てまた来たかという眼付めつきをした。用があれば二度だって三度だって
来る。よる夜なかだって叩たたき起おこさないとは限らない。教頭の所へご機嫌伺きげんうかがいにくる
ようなおれと見損みそくなってるか。これでも月給が入らないから返しに来きたんだ。すると弟が今来客
中だと云うから、玄関でいいからちょっとお目にかかりたいと云ったら奥おくへ引き込んだ。足元を見る
と、畳付たたみつきの薄っぺらな、のめりの駒下駄こまげたがある。奥でもう万歳ばんざいですよと云う
声が聞きこえる。お客とは野だだなと気がついた。野だでなくては、あんな黄色い声を出して、こんな芸
人じみた下駄を穿はくものはない。
 しばらくすると、赤シャツがランプを持って玄関まで出て来て、まあ上がりたまえ、外の人じゃない吉
川君だ、と云うから、いえここでたくさんです。ちょっと話せばいいんです、と云って、赤シャツの顔を
見ると金時のようだ。野だ公と一杯いっぱい飲んでると見える。
「さっき僕の月給を上げてやるというお話でしたが、少し考えが変ったから断わりに来たんです」
 赤シャツはランプを前へ出して、奥の方からおれの顔を眺ながめたが、とっさの場合返事をしかねて茫
然ぼうぜんとしている。増給を断わる奴が世の中にたった一人飛び出して来たのを不審ふしんに思ったの

304 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:38:59.74 ID:twPsrBe10
か、断わるにしても、今帰ったばかりで、すぐ出直してこなくってもよさそうなものだと、呆あきれ返っ
たのか、または双方合併そうほうがっぺいしたのか、妙な口をして突っ立ったままである。
「あの時承知したのは、古賀君が自分の希望で転任するという話でしたからで……」
「古賀君は全く自分の希望で半ば転任するんです」
「そうじゃないんです、ここに居たいんです。元の月給でもいいから、郷里に居たいのです」
「君は古賀君から、そう聞いたのですか」
「そりゃ当人から、聞いたんじゃありません」
「じゃ誰からお聞きです」
「僕の下宿の婆さんが、古賀さんのおっ母かさんから聞いたのを今日僕に話したのです」
「じゃ、下宿の婆さんがそう云ったのですね」
「まあそうです」
「それは失礼ながら少し違うでしょう。あなたのおっしゃる通りだと、下宿屋の婆さんの云う事は信ずる
が、教頭の云う事は信じないと云うように聞えるが、そういう意味に解釈して差支さしつかえないでしょ
うか」
 おれはちょっと困った。文学士なんてものはやっぱりえらいものだ。妙な所へこだわって、ねちねち押
おし寄せてくる。おれはよく親父おやじから貴様はそそっかしくて駄目だめだ駄目だと云われたが、なる
ほど少々そそっかしいようだ。婆さんの話を聞いてはっと思って飛び出して来たが、実はうらなり君にも
うらなりのおっ母さんにも逢って詳くわしい事情は聞いてみなかったのだ。だからこう文学士流に斬きり
付けられると、ちょっと受け留めにくい。
 正面からは受け留めにくいが、おれはもう赤シャツに対して不信任を心の中うちで申し渡してしまった
。下宿の婆さんもけちん坊ぼうの欲張り屋に相違ないが、嘘は吐つかない女だ、赤シャツのように裏表は
ない。おれは仕方がないから、こう答えた。
「あなたの云う事は本当かも知れないですが――とにかく増給はご免蒙めんこうむります」
「それはますます可笑おかしい。今君がわざわざお出いでになったのは増俸を受けるには忍しのびない、
理由を見出したからのように聞えたが、その理由が僕の説明で取り去られたにもかかわらず増俸を否まれ
るのは少し解しかねるようですね」
「解しかねるかも知れませんがね。とにかく断わりますよ」
「そんなに否いやなら強いてとまでは云いませんが、そう二三時間のうちに、特別の理由もないのに豹変
ひょうへんしちゃ、将来君の信用にかかわる」
「かかわっても構わないです」
「そんな事はないはずです、人間に信用ほど大切なものはありませんよ。よしんば今一歩譲ゆずって、下
宿の主人が……」
「主人じゃない、婆さんです」
「どちらでもよろしい。下宿の婆さんが君に話した事を事実としたところで、君の増給は古賀君の所得を
削けずって得たものではないでしょう。古賀君は延岡へ行かれる。その代りがくる。その代りが古賀君よ
りも多少低給で来てくれる。その剰余じょうよを君に廻まわすと云うのだから、君は誰にも気の毒がる必
要はないはずです。古賀君は延岡でただ今よりも栄進される。新任者は最初からの約束やくそくで安くく
る。それで君が上がられれば、これほど都合つごうのいい事はないと思うですがね。いやなら否いやでも
いいが、もう一返うちでよく考えてみませんか」
 おれの頭はあまりえらくないのだから、いつもなら、相手がこういう巧妙こうみょうな弁舌を揮ふるえ
ば、おやそうかな、それじゃ、おれが間違ってたと恐おそれ入って引きさがるのだけれども、今夜はそう
は行かない。ここへ来た最初から赤シャツは何だか虫が好かなかった。途中とちゅうで親切な女みたよう
な男だと思い返した事はあるが、それが親切でも何でもなさそうなので、反動の結果今じゃよっぽど厭い
やになっている。だから先がどれほどうまく論理的に弁論を逞たくましくしようとも、堂々たる教頭流に
おれを遣り込めようとも、そんな事は構わない。議論のいい人が善人とはきまらない。遣り込められる方
が悪人とは限らない。表向きは赤シャツの方が重々もっともだが、表向きがいくら立派だって、腹の中ま
で惚ほれさせる訳には行かない。金や威力いりょくや理屈りくつで人間の心が買える者なら、高利貸でも
巡査じゅんさでも大学教授でも一番人に好かれなくてはならない。中学の教頭ぐらいな論法でおれの心が
どう動くものか。人間は好き嫌いで働くものだ。論法で働くものじゃない。
「あなたの云う事はもっともですが、僕は増給がいやになったんですから、まあ断わります。考えたって
同じ事です。さようなら」と云いすてて門を出た。頭の上には天の川が一筋かかっている。

305 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:39:08.87 ID:twPsrBe10


 うらなり君の送別会のあるという日の朝、学校へ出たら、山嵐やまあらしが突然とつぜん、君先だって
はいか銀が来て、君が乱暴して困るから、どうか出るように話してくれと頼たのんだから、真面目まじめ
に受けて、君に出てやれと話したのだが、あとから聞いてみると、あいつは悪わるい奴やつで、よく偽筆
ぎひつへ贋落款にせらっかんなどを押おして売りつけるそうだから、全く君の事も出鱈目でたらめに違ち
がいない。君に懸物かけものや骨董こっとうを売りつけて、商売にしようと思ってたところが、君が取り
合わないで儲もうけがないものだから、あんな作りごとをこしらえて胡魔化ごまかしたのだ。僕はあの人
物を知らなかったので君に大変失敬した勘弁かんべんしたまえと長々しい謝罪をした。
 おれは何とも云わずに、山嵐の机の上にあった、一銭五厘りんをとって、おれの蝦蟇口がまぐちのなか
へ入れた。山嵐は君それを引き込こめるのかと不審ふしんそうに聞くから、うんおれは君に奢おごられる
のが、いやだったから、是非返すつもりでいたが、その後だんだん考えてみると、やっぱり奢ってもらう
方がいいようだから、引き込ますんだと説明した。山嵐は大きな声をしてアハハハと笑いながら、そんな
ら、なぜ早く取らなかったのだと聞いた。実は取ろう取ろうと思ってたが、何だか妙みょうだからそのま
まにしておいた。近来は学校へ来て一銭五厘を見るのが苦になるくらいいやだったと云ったら、君はよっ
ぽど負け惜おしみの強い男だと云うから、君はよっぽど剛情張ごうじょうっぱりだと答えてやった。それ
から二人の間にこんな問答が起おこった。
「君は一体どこの産だ」
「おれは江戸えどっ子だ」
「うん、江戸っ子か、道理で負け惜しみが強いと思った」
「きみはどこだ」
「僕は会津あいづだ」
「会津っぽか、強情な訳だ。今日の送別会へ行くのかい」
「行くとも、君は?」
「おれは無論行くんだ。古賀さんが立つ時は、浜はままで見送りに行こうと思ってるくらいだ」
「送別会は面白いぜ、出て見たまえ。今日は大いに飲むつもりだ」
「勝手に飲むがいい。おれは肴さかなを食ったら、すぐ帰る。酒なんか飲む奴は馬鹿ばかだ」
「君はすぐ喧嘩けんかを吹ふき懸かける男だ。なるほど江戸っ子の軽跳けいちょうな風を、よく、あらわ
してる」
「何でもいい、送別会へ行く前にちょっとおれのうちへお寄り、話はなしがあるから」

 山嵐は約束やくそく通りおれの下宿へ寄った。おれはこの間から、うらなり君の顔を見る度に気の毒で
たまらなかったが、いよいよ送別の今日となったら、何だか憐あわれっぽくって、出来る事なら、おれが
代りに行ってやりたい様な気がしだした。それで送別会の席上で、大いに演説でもしてその行を盛さかん
にしてやりたいと思うのだが、おれのべらんめえ調子じゃ、到底とうてい物にならないから、大きな声を
出す山嵐を雇やとって、一番赤シャツの荒肝あらぎもを挫ひしいでやろうと考え付いたから、わざわざ山
嵐を呼んだのである。
 おれはまず冒頭ぼうとうとしてマドンナ事件から説き出したが、山嵐は無論マドンナ事件はおれより詳
くわしく知っている。おれが野芹川のぜりがわの土手の話をして、あれは馬鹿野郎ばかやろうだと云った
ら、山嵐は君はだれを捕つらまえても馬鹿呼よばわりをする。今日学校で自分の事を馬鹿と云ったじゃな
いか。自分が馬鹿なら、赤シャツは馬鹿じゃない。自分は赤シャツの同類じゃないと主張した。それじゃ
赤シャツは腑抜ふぬけの呆助ほうすけだと云ったら、そうかもしれないと山嵐は大いに賛成した。山嵐は
強い事は強いが、こんな言葉になると、おれより遥はるかに字を知っていない。会津っぽなんてものはみ
んな、こんな、ものなんだろう。
 それから増給事件と将来重く登用すると赤シャツが云った話をしたら山嵐はふふんと鼻から声を出して
、それじゃ僕を免職めんしょくする考えだなと云った。免職するつもりだって、君は免職になる気かと聞
いたら、誰だれがなるものか、自分が免職になるなら、赤シャツもいっしょに免職させてやると大いに威
張いばった。どうしていっしょに免職させる気かと押し返して尋たずねたら、そこはまだ考えていないと
答えた。山嵐は強そうだが、智慧ちえはあまりなさそうだ。おれが増給を断ことわったと話したら、大将
大きに喜んでさすが江戸っ子だ、えらいと賞ほめてくれた。

306 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:39:17.75 ID:twPsrBe10
 うらなりが、そんなに厭いやがっているなら、なぜ留任の運動をしてやらなかったと聞いてみたら、う
らなりから話を聞いた時は、既すでにきまってしまって、校長へ二度、赤シャツへ一度行って談判してみ
たが、どうする事も出来なかったと話した。それについても古賀があまり好人物過ぎるから困る。赤シャ
ツから話があった時、断然断わるか、一応考えてみますと逃にげればいいのに、あの弁舌に胡魔化されて
、即席そくせきに許諾きょだくしたものだから、あとからお母っかさんが泣きついても、自分が談判に行
っても役に立たなかったと非常に残念がった。
 今度の事件は全く赤シャツが、うらなりを遠ざけて、マドンナを手に入れる策略なんだろうとおれが云
ったら、無論そうに違いない。あいつは大人おとなしい顔をして、悪事を働いて、人が何か云うと、ちゃ
んと逃道にげみちを拵こしらえて待ってるんだから、よっぽど奸物かんぶつだ。あんな奴にかかっては鉄
拳制裁てっけんせいさいでなくっちゃ利かないと、瘤こぶだらけの腕うでをまくってみせた。おれはつい
でだから、君の腕は強そうだな柔術じゅうじゅつでもやるかと聞いてみた。すると大将二の腕へ力瘤を入
れて、ちょっと攫つかんでみろと云うから、指の先で揉もんでみたら、何の事はない湯屋にある軽石の様
なものだ。
 おれはあまり感心したから、君そのくらいの腕なら、赤シャツの五人や六人は一度に張り飛ばされるだ
ろうと聞いたら、無論さと云いながら、曲げた腕を伸のばしたり、縮ましたりすると、力瘤がぐるりぐる
りと皮のなかで廻転かいてんする。すこぶる愉快ゆかいだ。山嵐の証明する所によると、かんじん綯より
を二本より合せて、この力瘤の出る所へ巻きつけて、うんと腕を曲げると、ぷつりと切れるそうだ。かん
じんよりなら、おれにも出来そうだと云ったら、出来るものか、出来るならやってみろと来た。切れない
と外聞がわるいから、おれは見合せた。
 君どうだ、今夜の送別会に大いに飲んだあと、赤シャツと野だを撲なぐってやらないかと面白半分に勧
めてみたら、山嵐はそうだなと考えていたが、今夜はまあよそうと云った。なぜと聞くと、今夜は古賀に
気の毒だから――それにどうせ撲るくらいなら、あいつらの悪るい所を見届けて現場で撲らなくっちゃ、
こっちの落度になるからと、分別のありそうな事を附加つけたした。山嵐でもおれよりは考えがあると見
える。
 じゃ演説をして古賀君を大いにほめてやれ、おれがすると江戸っ子のぺらぺらになって重みがなくてい
けない。そうして、きまった所へ出ると、急に溜飲りゅういんが起って咽喉のどの所へ、大きな丸たまが
上がって来て言葉が出ないから、君に譲ゆずるからと云ったら、妙な病気だな、じゃ君は人中じゃ口は利
けないんだね、困るだろう、と聞くから、何そんなに困りゃしないと答えておいた。
 そうこうするうち時間が来たから、山嵐と一所に会場へ行く。会場は花晨亭かしんていといって、当地
ここで第一等の料理屋だそうだが、おれは一度も足を入れた事がない。もとの家老とかの屋敷やしきを買
い入れて、そのまま開業したという話だが、なるほど見懸みかけからして厳いかめしい構えだ。家老の屋
敷が料理屋になるのは、陣羽織じんばおりを縫ぬい直して、胴着どうぎにする様なものだ。
 二人が着いた頃ころには、人数にんずももう大概たいがい揃そろって、五十畳じょうの広間に二つ三つ
人間の塊かたまりが出来ている。五十畳だけに床とこは素敵に大きい。おれが山城屋で占領せんりょうし
た十五畳敷の床とは比較にならない。尺を取ってみたら二間あった。右の方に、赤い模様のある瀬戸物の
瓶かめを据すえて、その中に松まつの大きな枝えだが挿さしてある。松の枝を挿して何にする気か知らな
いが、何ヶ月立っても散る気遣いがないから、銭が懸らなくって、よかろう。あの瀬戸物はどこで出来る
んだと博物の教師に聞いたら、あれは瀬戸物じゃありません、伊万里いまりですと云った。伊万里だって
瀬戸物じゃないかと、云ったら、博物はえへへへへと笑っていた。あとで聞いてみたら、瀬戸で出来る焼
物だから、瀬戸と云うのだそうだ。おれは江戸っ子だから、陶器とうきの事を瀬戸物というのかと思って
いた。床の真中に大きな懸物があって、おれの顔くらいな大きさな字が二十八字かいてある。どうも下手
へたなものだ。あんまり不味まずいから、漢学の先生に、なぜあんなまずいものを麗々れいれいと懸けて
おくんですと尋たずねたところ、先生はあれは海屋かいおくといって有名な書家のかいた者だと教えてく
れた。海屋だか何だか、おれは今だに下手だと思っている。

307 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:39:26.86 ID:twPsrBe10
 やがて書記の川村がどうかお着席をと云うから、柱があって靠よりかかるのに都合のいい所へ坐すわっ
た。海屋の懸物の前に狸たぬきが羽織はおり、袴はかまで着席すると、左に赤シャツが同じく羽織袴で陣
取じんどった。右の方は主人公だというのでうらなり先生、これも日本服で控ひかえている。おれは洋服
だから、かしこまるのが窮屈きゅうくつだったから、すぐ胡坐あぐらをかいた。隣となりの体操たいそう
教師は黒ずぼんで、ちゃんとかしこまっている。体操の教師だけにいやに修行が積んでいる。やがてお膳
ぜんが出る。徳利とくりが並ならぶ。幹事が立って、一言いちごん開会の辞を述べる。それから狸が立つ
。赤シャツが起たつ。ことごとく送別の辞を述べたが、三人共申し合せたようにうらなり君の、良教師で
好人物な事を吹聴ふいちょうして、今回去られるのはまことに残念である、学校としてのみならず、個人
として大いに惜しむところであるが、ご一身上のご都合で、切に転任をご希望になったのだから致いたし
方かたがないという意味を述べた。こんな嘘うそをついて送別会を開いて、それでちっとも恥はずかしい
とも思っていない。ことに赤シャツに至って三人のうちで一番うらなり君をほめた。この良友を失うのは
実に自分にとって大なる不幸であるとまで云った。しかもそのいい方がいかにも、もっともらしくって、
例のやさしい声を一層やさしくして、述べ立てるのだから、始めて聞いたものは、誰でもきっとだまされ
るに極きまってる。マドンナも大方この手で引掛ひっかけたんだろう。赤シャツが送別の辞を述べ立てて
いる最中、向側むかいがわに坐っていた山嵐がおれの顔を見てちょっと稲光いなびかりをさした。おれは
返電として、人指し指でべっかんこうをして見せた。
 赤シャツが座に復するのを待ちかねて、山嵐がぬっと立ち上がったから、おれは嬉うれしかったので、
思わず手をぱちぱちと拍うった。すると狸を始め一同がことごとくおれの方を見たには少々困った。山嵐
は何を云うかと思うとただ今校長始めことに教頭は古賀君の転任を非常に残念がられたが、私は少々反対
で古賀君が一日いちじつも早く当地を去られるのを希望しております。延岡は僻遠へきえんの地で、当地
に比べたら物質上の不便はあるだろう。が、聞くところによれば風俗のすこぶる淳朴じゅんぼくな所で、
職員生徒ことごとく上代樸直じょうだいぼくちょくの気風を帯びているそうである。心にもないお世辞を
振ふり蒔まいたり、美しい顔をして君子を陥おとしいれたりするハイカラ野郎は一人もないと信ずるから
して、君のごとき温良篤厚とっこうの士は必ずその地方一般の歓迎かんげいを受けられるに相違そういな
い。吾輩わがはいは大いに古賀君のためにこの転任を祝するのである。終りに臨んで君が延岡に赴任ふに
んされたら、その地の淑女しゅくじょにして、君子の好逑こうきゅうとなるべき資格あるものを択えらん
で一日いちじつも早く円満なる家庭をかたち作って、かの不貞無節なるお転婆てんばを事実の上において
慚死ざんしせしめん事を希望します。えへんえへんと二つばかり大きな咳払せきばらいをして席に着いた
。おれは今度も手を叩たたこうと思ったが、またみんながおれの面かおを見るといやだから、やめにして
おいた。山嵐が坐ると今度はうらなり先生が起った。先生はご鄭寧ていねいに、自席から、座敷の端はし
の末座まで行って、慇懃いんぎんに一同に挨拶あいさつをした上、今般は一身上の都合で九州へ参る事に
なりましたについて、諸先生方が小生のためにこの盛大せいだいなる送別会をお開き下さったのは、まこ
とに感銘かんめいの至りに堪たえぬ次第で――ことにただ今は校長、教頭その他諸君の送別の辞を頂戴ち
ょうだいして、大いに難有ありがたく服膺ふくようする訳であります。私はこれから遠方へ参りますが、
なにとぞ従前の通りお見捨てなくご愛顧あいこのほどを願います。とへえつく張って席に戻もどった。う
らなり君はどこまで人が好いんだか、ほとんど底が知れない。自分がこんなに馬鹿にされている校長や、
教頭に恭うやうやしくお礼を云っている。それも義理一遍いっぺんの挨拶ならだが、あの様子や、あの言
葉つきや、あの顔つきから云うと、心しんから感謝しているらしい。こんな聖人に真面目にお礼を云われ
たら、気の毒になって、赤面しそうなものだが狸も赤シャツも真面目に謹聴きんちょうしているばかりだ

 挨拶が済んだら、あちらでもチュー、こちらでもチュー、という音がする。おれも真似をして汁しるを
飲んでみたがまずいもんだ。口取くちとりに蒲鉾かまぼこはついてるが、どす黒くて竹輪の出来損できそ

308 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:39:35.76 ID:twPsrBe10
こないである。刺身さしみも並んでるが、厚くって鮪まぐろの切り身を生で食うと同じ事だ。それでも隣
となり近所の連中はむしゃむしゃ旨うまそうに食っている。大方江戸前の料理を食った事がないんだろう

 そのうち燗徳利かんどくりが頻繁ひんぱんに往来し始めたら、四方が急に賑にぎやかになった。野だ公
は恭しく校長の前へ出て盃さかずきを頂いてる。いやな奴だ。うらなり君は順々に献酬けんしゅうをして
、一巡周いちじゅんめぐるつもりとみえる。はなはだご苦労である。うらなり君がおれの前へ来て、一つ
頂戴致しましょうと袴のひだを正して申し込まれたから、おれも窮屈にズボンのままかしこまって、一盃
ぱい差し上げた。せっかく参って、すぐお別れになるのは残念ですね。ご出立しゅったつはいつです、是
非浜までお見送りをしましょうと云ったら、うらなり君はいえご用多おおのところ決してそれには及およ
びませんと答えた。うらなり君が何と云ったって、おれは学校を休んで送る気でいる。
 それから一時間ほどするうちに席上は大分乱れて来る。まあ一杯ぱい、おや僕が飲めと云うのに……な
どと呂律ろれつの巡まわりかねるのも一人二人ひとりふたり出来て来た。少々退屈たいくつしたから便所
へ行って、昔風な庭を星明りにすかして眺ながめていると山嵐が来た。どうださっきの演説はうまかった
ろう。と大分得意である。大賛成だが一ヶ所気に入らないと抗議こうぎを申し込んだら、どこが不賛成だ
と聞いた。
「美しい顔をして人を陥れるようなハイカラ野郎は延岡に居おらないから……と君は云ったろう」
「うん」
「ハイカラ野郎だけでは不足だよ」

「じゃ何と云うんだ」
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被ねこっかぶりの、香具師やしの、モモンガーの、岡
っ引きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云うがいい」
「おれには、そう舌は廻らない。君は能弁だ。第一単語を大変たくさん知ってる。それで演舌えんぜつが
出来ないのは不思議だ」
「なにこれは喧嘩けんかのときに使おうと思って、用心のために取っておく言葉さ。演舌となっちゃ、こ
うは出ない」
「そうかな、しかしぺらぺら出るぜ。もう一遍やって見たまえ」
「何遍でもやるさいいか。――ハイカラ野郎のペテン師の、イカサマ師の……」と云いかけていると、椽
側えんがわをどたばた云わして、二人ばかり、よろよろしながら馳かけ出して来た。
「両君そりゃひどい、――逃げるなんて、――僕が居るうちは決して逃にがさない、さあのみたまえ。―
―いかさま師?――面白い、いかさま面白い。――さあ飲みたまえ」
とおれと山嵐をぐいぐい引っ張って行く。実はこの両人共便所に来たのだが、酔よってるもんだから、便
所へはいるのを忘れて、おれ等を引っ張るのだろう。酔っ払いは目の中あたる所へ用事を拵えて、前の事
はすぐ忘れてしまうんだろう。
「さあ、諸君、いかさま師を引っ張って来た。さあ飲ましてくれたまえ。いかさま師をうんと云うほど、
酔わしてくれたまえ。君逃げちゃいかん」
と逃げもせぬ、おれを壁際かべぎわへ圧おし付けた。諸方を見廻してみると、膳の上に満足な肴の乗って
いるのは一つもない。自分の分を奇麗きれいに食い尽つくして、五六間先へ遠征えんせいに出た奴もいる
。校長はいつ帰ったか姿が見えない。
 ところへお座敷はこちら? と芸者が三四人はいって来た。おれも少し驚おどろいたが、壁際へ圧し付
けられているんだから、じっとしてただ見ていた。すると今まで床柱とこばしらへもたれて例の琥珀こは
くのパイプを自慢じまんそうに啣くわえていた、赤シャツが急に起たって、座敷を出にかかった。向むこ
うからはいって来た芸者の一人が、行き違いながら、笑って挨拶をした。その一人は一番若くて一番奇麗
な奴だ。遠くで聞きこえなかったが、おや今晩はぐらい云ったらしい。赤シャツは知らん顔をして出て行
ったぎり、顔を出さなかった。大方校長のあとを追懸おいかけて帰ったんだろう。
 芸者が来たら座敷中急に陽気になって、一同が鬨ときの声を揚あげて歓迎かんげいしたのかと思うくら
い、騒々そうぞうしい。そうしてある奴はなんこを攫つかむ。その声の大きな事、まるで居合抜いあいぬ
きの稽古けいこのようだ。こっちでは拳けんを打ってる。よっ、はっ、と夢中むちゅうで両手を振るとこ
ろは、ダーク一座の操人形あやつりにんぎょうよりよっぽど上手じょうずだ。向うの隅すみではおいお酌
しゃくだ、と徳利を振ってみて、酒だ酒だと言い直している。どうもやかましくて騒々しくってたまらな

309 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:39:44.82 ID:twPsrBe10
い。そのうちで手持無沙汰てもちぶさたに下を向いて考え込んでるのはうらなり君ばかりである。自分の
ために送別会を開いてくれたのは、自分の転任を惜おしんでくれるんじゃない。みんなが酒を呑のんで遊
ぶためだ。自分独りが手持無沙汰で苦しむためだ。こんな送別会なら、開いてもらわない方がよっぽどま
しだ。
 しばらくしたら、めいめい胴間声どうまごえを出して何か唄うたい始めた。おれの前へ来た一人の芸者
が、あんた、なんぞ、唄いなはれ、と三味線を抱かかえたから、おれは唄わない、貴様唄ってみろと云っ
たら、金かねや太鼓たいこでねえ、迷子の迷子の三太郎と、どんどこ、どんのちゃんちきりん。叩いて廻
って逢あわれるものならば、わたしなんぞも、金や太鼓でどんどこ、どんのちゃんちきりんと叩いて廻っ
て逢いたい人がある、と二た息にうたって、おおしんどと云った。おおしんどなら、もっと楽なものをや
ればいいのに。
 すると、いつの間にか傍そばへ来て坐った、野だが、鈴ちゃん逢いたい人に逢ったと思ったら、すぐお
帰りで、お気の毒さまみたようでげすと相変らず噺はなし家みたような言葉使いをする。知りまへんと芸
者はつんと済ました。野だは頓着とんじゃくなく、たまたま逢いは逢いながら……と、いやな声を出して
義太夫ぎだゆうの真似まねをやる。おきなはれやと芸者は平手で野だの膝ひざを叩いたら野だは恐悦きょ
うえつして笑ってる。この芸者は赤シャツに挨拶をした奴だ。芸者に叩かれて笑うなんて、野だもおめで
たい者だ。鈴ちゃん僕が紀伊きの国を踴おどるから、一つ弾ひいて頂戴と云い出した。野だはこの上まだ
踴る気でいる。
 向うの方で漢学のお爺じいさんが歯のない口を歪ゆがめて、そりゃ聞えません伝兵衛でんべいさん、お
前とわたしのその中は……とまでは無事に済すましたが、それから? と芸者に聞いている。爺さんなん
て物覚えのわるいものだ。一人が博物を捕つらまえて近頃ちかごろこないなのが、でけましたぜ、弾いて
みまほうか。よう聞いて、いなはれや――花月巻かげつまき、白いリボンのハイカラ頭、乗るは自転車、
弾くはヴァイオリン、半可はんかの英語でぺらぺらと、I am glad to see you と
唄うと、博物はなるほど面白い、英語入りだねと感心している。
 山嵐は馬鹿に大きな声を出して、芸者、芸者と呼んで、おれが剣舞けんぶをやるから、三味線を弾けと
号令を下した。芸者はあまり乱暴な声なので、あっけに取られて返事もしない。山嵐は委細構わず、ステ
ッキを持って来て、踏破千山万岳烟ふみやぶるせんざんばんがくのけむりと真中まんなかへ出て独りで隠
かくし芸を演じている。ところへ野だがすでに紀伊きの国を済まして、かっぽれを済まして、棚たなの達
磨だるまさんを済して丸裸まるはだかの越中褌えっちゅうふんどし一つになって、棕梠箒しゅろぼうきを
小脇に抱かい込んで、日清談判破裂はれつして……と座敷中練りあるき出した。まるで気違きちがいだ。
 おれはさっきから苦しそうに袴も脱ぬがず控えているうらなり君が気の毒でたまらなかったが、なんぼ
自分の送別会だって、越中褌の裸踴はだかおどりまで羽織袴で我慢がまんしてみている必要はあるまいと
思ったから、そばへ行って、古賀さんもう帰りましょうと退去を勧めてみた。するとうらなり君は今日は
私の送別会だから、私が先へ帰っては失礼です、どうぞご遠慮えんりょなくと動く景色もない。なに構う
もんですか、送別会なら、送別会らしくするがいいです、あの様をご覧なさい。気狂会きちがいかいです
。さあ行きましょうと、進まないのを無理に勧めて、座敷を出かかるところへ、野だが箒を振り振り進行
して来て、やご主人が先へ帰るとはひどい。日清談判だ。帰せないと箒を横にして行く手を塞ふさいだ。
おれはさっきから肝癪かんしゃくが起っているところだから、日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろうと
、いきなり拳骨げんこつで、野だの頭をぽかりと喰くわしてやった。野だは二三秒の間毒気を抜かれた体
ていで、ぼんやりしていたが、おやこれはひどい。お撲ぶちになったのは情ない。この吉川をご打擲ちょ
うちゃくとは恐れ入った。いよいよもって日清談判だ。とわからぬ事をならべているところへ、うしろか
ら山嵐が何か騒動そうどうが始まったと見てとって、剣舞をやめて、飛んできたが、このていたらくを見
て、いきなり頸筋くびすじをうんと攫つかんで引き戻もどした。日清……いたい。いたい。どうもこれは
乱暴だと振りもがくところを横に捩ねじったら、すとんと倒たおれた。あとはどうなったか知らない。途
中とちゅうでうらなり君に別れて、うちへ帰ったら十一時過ぎだった。

310 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:39:53.75 ID:twPsrBe10


 祝勝会で学校はお休みだ。練兵場れんぺいばで式があるというので、狸たぬきは生徒を引率して参列し
なくてはならない。おれも職員の一人ひとりとしていっしょにくっついて行くんだ。町へ出ると日の丸だ
らけで、まぼしいくらいである。学校の生徒は八百人もあるのだから、体操の教師が隊伍たいごを整えて
、一組一組の間を少しずつ明けて、それへ職員が一人か二人ふたりずつ監督かんとくとして割り込こむ仕
掛しかけである。仕掛しかけだけはすこぶる巧妙こうみょうなものだが、実際はすこぶる不手際である。
生徒は小供こどもの上に、生意気で、規律を破らなくっては生徒の体面にかかわると思ってる奴等やつら
だから、職員が幾人いくたりついて行ったって何の役に立つもんか。命令も下さないのに勝手な軍歌をう
たったり、軍歌をやめるとワーと訳もないのに鬨ときの声を揚あげたり、まるで浪人ろうにんが町内をね
りあるいてるようなものだ。軍歌も鬨の声も揚げない時はがやがや何か喋舌しゃべってる。喋舌らないで
も歩けそうなもんだが、日本人はみな口から先へ生れるのだから、いくら小言を云いったって聞きっこな
い。喋舌るのもただ喋舌るのではない、教師のわる口を喋舌るんだから、下等だ。おれは宿直事件で生徒
を謝罪さして、まあこれならよかろうと思っていた。ところが実際は大違おおちがいである。下宿の婆ば
あさんの言葉を借りて云えば、正に大違いの勘五郎かんごろうである。生徒があやまったのは心しんから
後悔こうかいしてあやまったのではない。ただ校長から、命令されて、形式的に頭を下げたのである。商
人が頭ばかり下げて、狡ずるい事をやめないのと一般で生徒も謝罪だけはするが、いたずらは決してやめ
るものでない。よく考えてみると世の中はみんなこの生徒のようなものから成立しているかも知れない。
人があやまったり詫わびたりするのを、真面目まじめに受けて勘弁するのは正直過ぎる馬鹿ばかと云うん
だろう。あやまるのも仮りにあやまるので、勘弁するのも仮りに勘弁するのだと思ってれば差さし支つか
えない。もし本当にあやまらせる気なら、本当に後悔するまで叩たたきつけなくてはいけない。
 おれが組と組の間にはいって行くと、天麩羅てんぷらだの、団子だんごだの、と云う声が絶えずする。
しかも大勢だから、誰だれが云うのだか分らない。よし分ってもおれの事を天麩羅と云ったんじゃありま
せん、団子と申したのじゃありません、それは先生が神経衰弱しんけいすいじゃくだから、ひがんで、そ
う聞くんだぐらい云うに極きまってる。こんな卑劣ひれつな根性は封建時代から、養成したこの土地の習
慣なんだから、いくら云って聞かしたって、教えてやったって、到底とうてい直りっこない。こんな土地
に一年も居ると、潔白なおれも、この真似まねをしなければならなく、なるかも知れない。向むこうでう
まく言い抜ぬけられるような手段で、おれの顔を汚よごすのを抛ほうっておく、樗蒲一ちょぼいちはない
。向こうが人ならおれも人だ。生徒だって、子供だって、ずう体はおれより大きいや。だから刑罰けいば
つとして何か返報をしてやらなくっては義理がわるい。ところがこっちから返報をする時分に尋常じんじ
ょうの手段で行くと、向うから逆捩さかねじを食わして来る。貴様がわるいからだと云うと、初手から逃
にげ路みちが作ってある事だから滔々とうとうと弁じ立てる。弁じ立てておいて、自分の方を表向きだけ
立派にしてそれからこっちの非を攻撃こうげきする。もともと返報にした事だから、こちらの弁護は向う
の非が挙がらない上は弁護にならない。つまりは向うから手を出しておいて、世間体はこっちが仕掛けた
喧嘩けんかのように、見傚みなされてしまう。大変な不利益だ。それなら向うのやるなり、愚迂多良童子
ぐうたらどうじを極め込んでいれば、向うはますます増長するばかり、大きく云えば世の中のためになら
ない。そこで仕方がないから、こっちも向うの筆法を用いて捕つらまえられないで、手の付けようのない
返報をしなくてはならなくなる。そうなっては江戸えどっ子も駄目だめだ。駄目だが一年もこうやられる
以上は、おれも人間だから駄目でも何でもそうならなくっちゃ始末がつかない。どうしても早く東京へ帰
って清きよといっしょになるに限る。こんな田舎いなかに居るのは堕落だらくしに来ているようなものだ
。新聞配達をしたって、ここまで堕落するよりはましだ。
 こう考えて、いやいや、附ついてくると、何だか先鋒せんぽうが急にがやがや騒さわぎ出した。同時に
列はぴたりと留まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、大手町おおてまちを突つき当って薬

311 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:40:02.79 ID:twPsrBe10
師町やくしまちへ曲がる角の所で、行き詰づまったぎり、押おし返したり、押し返されたりして揉もみ合
っている。前方から静かに静かにと声を涸からして来た体操教師に何ですと聞くと、曲り角で中学校と師
範しはん学校が衝突しょうとつしたんだと云う。
 中学と師範とはどこの県下でも犬と猿さるのように仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、まるで
気風が合わない。何かあると喧嘩をする。大方狭せまい田舎で退屈たいくつだから、暇潰ひまつぶしにや
る仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に馳かけ出して行った。する
と前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖くせに、引き込めと、怒鳴どなってる。後ろからは押せ
押せと大きな声を出す。おれは邪魔じゃまになる生徒の間をくぐり抜けて、曲がり角へもう少しで出よう
とした時に、前へ! と云う高く鋭するどい号令が聞きこえたと思ったら師範学校の方は粛粛しゅくしゅ
くとして行進を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには相違そういないが、つまり中学校が一歩を
譲ゆずったのである。資格から云うと師範学校の方が上だそうだ。
 祝勝の式はすこぶる簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む、参列者が万歳ばん
ざいを唱える。それでおしまいだ。余興は午後にあると云う話だから、ひとまず下宿へ帰って、こないだ
じゅうから、気に掛かかっていた、清への返事をかきかけた。今度はもっと詳くわしく書いてくれとの注
文だから、なるべく念入ねんいりに認したためなくっちゃならない。しかしいざとなって、半切はんきれ
を取り上げると、書く事はたくさんあるが、何から書き出していいか、わからない。あれにしようか、あ
れは面倒臭めんどうくさい。これにしようか、これはつまらない。何か、すらすらと出て、骨が折れなく
って、そうして清が面白がるようなものはないかしらん、と考えてみると、そんな注文通りの事件は一つ
もなさそうだ。おれは墨すみを磨すって、筆をしめして、巻紙を睨にらめて、――巻紙を睨めて、筆をし
めして、墨を磨って――同じ所作を同じように何返も繰くり返したあと、おれには、とても手紙は書ける
ものではないと、諦あきらめて硯すずりの蓋ふたをしてしまった。手紙なんぞをかくのは面倒臭い。やっ
ぱり東京まで出掛けて行って、逢あって話をするのが簡便だ。清の心配は察しないでもないが、清の注文
通りの手紙を書くのは三七日の断食だんじきよりも苦しい。
 おれは筆と巻紙を抛ほうり出して、ごろりと転がって肱枕ひじまくらをして庭にわの方を眺ながめてみ
たが、やっぱり清の事が気にかかる。その時おれはこう思った。こうして遠くへ来てまで、清の身の上を
案じていてやりさえすれば、おれの真心まことは清に通じるに違いない。通じさえすれば手紙なんぞやる
必要はない。やらなければ無事で暮くらしてると思ってるだろう。たよりは死んだ時か病気の時か、何か
事の起った時にやりさえすればいい訳だ。
 庭は十坪とつぼほどの平庭で、これという植木もない。ただ一本の蜜柑みかんがあって、塀へいのそと
から、目標めじるしになるほど高い。おれはうちへ帰ると、いつでもこの蜜柑を眺める。東京を出た事の
ないものには蜜柑の生なっているところはすこぶる珍めずらしいものだ。あの青い実がだんだん熟してき
て、黄色になるんだろうが、定めて奇麗きれいだろう。今でももう半分色の変ったのがある。婆ばあさん
に聞いてみると、すこぶる水気の多い、旨うまい蜜柑だそうだ。今に熟うれたら、たんと召めし上がれと
云ったから、毎日少しずつ食ってやろう。もう三週間もしたら、充分じゅうぶん食えるだろう。まさか三
週間以内にここを去る事もなかろう。
 おれが蜜柑の事を考えているところへ、偶然ぐうぜん山嵐やまあらしが話しにやって来た。今日は祝勝
会だから、君といっしょにご馳走ちそうを食おうと思って牛肉を買って来たと、竹の皮の包つつみを袂た
もとから引きずり出して、座敷ざしきの真中まんなかへ抛り出した。おれは下宿で芋責いもぜめ豆腐責に
なってる上、蕎麦そば屋行き、団子だんご屋行きを禁じられてる際だから、そいつは結構だと、すぐ婆さ
んから鍋なべと砂糖をかり込んで、煮方にかたに取りかかった。
 山嵐は無暗むやみに牛肉を頬張ほおばりながら、君あの赤シャツが芸者に馴染なじみのある事を知って
るかと聞くから、知ってるとも、この間うらなりの送別会の時に来た一人がそうだろうと云ったら、そう
だ僕ぼくはこの頃ごろようやく勘づいたのに、君はなかなか敏捷びんしょうだと大いにほめた。

312 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:40:11.73 ID:twPsrBe10
「あいつは、ふた言目には品性だの、精神的娯楽ごらくだのと云う癖くせに、裏へ廻まわって、芸者と関
係なんかつけとる、怪けしからん奴やつだ。それもほかの人が遊ぶのを寛容かんようするならいいが、君
が蕎麦屋へ行ったり、団子屋へはいるのさえ取締上とりしまりじょう害になると云って、校長の口を通し
て注意を加えたじゃないか」
「うん、あの野郎の考えじゃ芸者買は精神的娯楽で、天麩羅や、団子は物理的娯楽なんだろう。精神的娯
楽なら、もっと大べらにやるがいい。何だあの様ざまは。馴染の芸者がはいってくると、入れ代りに席を
はずして、逃げるなんて、どこまでも人を胡魔化ごまかす気だから気に食わない。そうして人が攻撃こう
げきすると、僕は知らないとか、露西亜ロシア文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとか云って、人を烟
けむに捲まくつもりなんだ。あんな弱虫は男じゃないよ。全く御殿女中ごてんじょちゅうの生れ変りか何
かだぜ。ことによると、あいつのおやじは湯島のかげまかもしれない」
「湯島のかげまた何だ」
「何でも男らしくないもんだろう。――君そこのところはまだ煮えていないぜ。そんなのを食うと絛虫さ
なだむしが湧わくぜ」
「そうか、大抵たいてい大丈夫だいじょうぶだろう。それで赤シャツは人に隠かくれて、温泉ゆの町の角
屋かどやへ行って、芸者と会見するそうだ」
「角屋って、あの宿屋か」
「宿屋兼料理屋さ。だからあいつを一番へこますためには、あいつが芸者をつれて、あすこへはいり込む
ところを見届けておいて面詰めんきつするんだね」
「見届けるって、夜番よばんでもするのかい」
「うん、角屋の前に枡屋ますやという宿屋があるだろう。あの表二階をかりて、障子しょうじへ穴をあけ
て、見ているのさ」
「見ているときに来るかい」
「来るだろう。どうせひと晩じゃいけない。二週間ばかりやるつもりでなくっちゃ」
「随分ずいぶん疲れるぜ。僕あ、おやじの死ぬとき一週間ばかり徹夜てつやして看病した事があるが、あ
とでぼんやりして、大いに弱った事がある」
「少しぐらい身体が疲れたって構わんさ。あんな奸物かんぶつをあのままにしておくと、日本のためにな
らないから、僕が天に代って誅戮ちゅうりくを加えるんだ」
「愉快ゆかいだ。そう事が極まれば、おれも加勢してやる。それで今夜から夜番をやるのかい」
「まだ枡屋に懸合かけあってないから、今夜は駄目だ」
「それじゃ、いつから始めるつもりだい」
「近々のうちやるさ。いずれ君に報知をするから、そうしたら、加勢してくれたまえ」
「よろしい、いつでも加勢する。僕ぼくは計略はかりごとは下手へただが、喧嘩とくるとこれでなかなか
すばしこいぜ」
 おれと山嵐がしきりに赤シャツ退治の計略はかりごとを相談していると、宿の婆さんが出て来て、学校
の生徒さんが一人、堀田ほった先生にお目にかかりたいててお出いでたぞなもし。今お宅へ参じたのじゃ
が、お留守るすじゃけれ、大方ここじゃろうてて捜さがし当ててお出でたのじゃがなもしと、閾しきいの
所へ膝ひざを突ついて山嵐の返事を待ってる。山嵐はそうですかと玄関げんかんまで出て行ったが、やが
て帰って来て、君、生徒が祝勝会の余興を見に行かないかって誘さそいに来たんだ。今日は高知こうちか
ら、何とか踴おどりをしに、わざわざここまで多人数たにんず乗り込んで来ているのだから、是非見物し
ろ、めったに見られない踴おどりだというんだ、君もいっしょに行ってみたまえと山嵐は大いに乗り気で
、おれに同行を勧める。おれは踴なら東京でたくさん見ている。毎年八幡様はちまんさまのお祭りには屋
台が町内へ廻ってくるんだから汐酌しおくみでも何でもちゃんと心得ている。土佐っぽの馬鹿踴なんか、
見たくもないと思ったけれども、せっかく山嵐が勧めるもんだから、つい行く気になって門へ出た。山嵐
を誘いに来たものは誰かと思ったら赤シャツの弟だ。妙みょうな奴やつが来たもんだ。
 会場へはいると、回向院えこういんの相撲すもうか本門寺ほんもんじの御会式おえしきのように幾旒い
くながれとなく長い旗を所々に植え付けた上に、世界万国の国旗をことごとく借りて来たくらい、縄なわ
から縄、綱つなから綱へ渡わたしかけて、大きな空が、いつになく賑にぎやかに見える。東の隅すみに一
夜作りの舞台ぶたいを設けて、ここでいわゆる高知の何とか踴りをやるんだそうだ。舞台を右へ半町ばか
りくると葭簀よしずの囲いをして、活花いけばなが陳列ちんれつしてある。みんなが感心して眺めている
が、一向くだらないものだ。あんなに草や竹を曲げて嬉うれしがるなら、背虫の色男や、跛びっこの亭主

313 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:40:20.73 ID:twPsrBe10
ていしゅを持って自慢じまんするがよかろう。
 舞台とは反対の方面で、しきりに花火を揚げる。花火の中から風船が出た。帝国万歳ていこくばんざい
とかいてある。天主の松の上をふわふわ飛んで営所のなかへ落ちた。次はぽんと音がして、黒い団子が、
しょっと秋の空を射抜いぬくように揚あがると、それがおれの頭の上で、ぽかりと割れて、青い烟けむり
が傘かさの骨のように開いて、だらだらと空中に流れ込んだ。風船がまた上がった。今度は陸海軍万歳と
赤地に白く染め抜いた奴が風に揺られて、温泉ゆの町から、相生村あいおいむらの方へ飛んでいった。大
方観音様の境内けいだいへでも落ちたろう。
 式の時はさほどでもなかったが、今度は大変な人出だ。田舎にもこんなに人間が住んでるかと驚おどろ
いたぐらいうじゃうじゃしている。利口りこうな顔はあまり見当らないが、数から云うとたしかに馬鹿に
出来ない。そのうち評判の高知の何とか踴が始まった。踴というから藤間か何ぞのやる踴りかと早合点し
ていたが、これは大間違いであった。
 いかめしい後鉢巻うしろはちまきをして、立たっ付つけ袴ばかまを穿はいた男が十人ばかりずつ、舞台
の上に三列に並ならんで、その三十人がことごとく抜き身を携さげているには魂消たまげた。前列と後列
の間はわずか一尺五寸ぐらいだろう、左右の間隔かんかくはそれより短いとも長くはない。たった一人列
を離はなれて舞台の端はしに立ってるのがあるばかりだ。この仲間外はずれの男は袴だけはつけているが
、後鉢巻は倹約して、抜身の代りに、胸へ太鼓たいこを懸かけている。太鼓は太神楽だいかぐらの太鼓と
同じ物だ。この男がやがて、いやあ、はああと呑気のんきな声を出して、妙な謡うたをうたいながら、太
鼓をぼこぼん、ぼこぼんと叩たたく。歌の調子は前代未聞の不思議なものだ。三河万歳みかわまんざいと
普陀洛ふだらくやの合併がっぺいしたものと思えば大した間違いにはならない。
 歌はすこぶる悠長ゆうちょうなもので、夏分の水飴みずあめのように、だらしがないが、句切りをとる
ためにぼこぼんを入れるから、のべつのようでも拍子ひょうしは取れる。この拍子に応じて三十人の抜き
身がぴかぴかと光るのだが、これはまたすこぶる迅速じんそくなお手際で、拝見していても冷々ひやひや
する。隣となりも後ろも一尺五寸以内に生きた人間が居て、その人間がまた切れる抜き身を自分と同じよ
うに振ふり舞まわすのだから、よほど調子が揃そろわなければ、同志撃どうしうちを始めて怪我けがをす
る事になる。それも動かないで刀だけ前後とか上下とかに振るのなら、まだ危険あぶなくもないが、三十
人が一度に足踏あしぶみをして横を向く時がある。ぐるりと廻る事がある。膝を曲げる事がある。隣りの
ものが一秒でも早過ぎるか、遅おそ過ぎれば、自分の鼻は落ちるかも知れない。隣りの頭はそがれるかも
知れない。抜き身の動くのは自由自在だが、その動く範囲はんいは一尺五寸角の柱のうちにかぎられた上
に、前後左右のものと同方向に同速度にひらめかなければならない。こいつは驚いた、なかなかもって汐
酌しおくみや関せきの戸との及およぶところでない。聞いてみると、これははなはだ熟練の入るもので容
易な事では、こういう風に調子が合わないそうだ。ことにむずかしいのは、かの万歳節のぼこぼん先生だ
そうだ。三十人の足の運びも、手の働きも、腰こしの曲げ方も、ことごとくこのぼこぼん君の拍子一つで
極まるのだそうだ。傍はたで見ていると、この大将が一番呑気そうに、いやあ、はああと気楽にうたって
るが、その実ははなはだ責任が重くって非常に骨が折れるとは不思議なものだ。
 おれと山嵐が感心のあまりこの踴を余念なく見物していると、半町ばかり、向うの方で急にわっと云う
鬨の声がして、今まで穏おだやかに諸所を縦覧していた連中が、にわかに波を打って、右左りに揺うごき
始める。喧嘩だ喧嘩だと云う声がすると思うと、人の袖そでを潜くぐり抜ぬけて来た赤シャツの弟が、先
生また喧嘩です、中学の方で、今朝けさの意趣返いしゅがえしをするんで、また師範しはんの奴と決戦を
始めたところです、早く来て下さいと云いながらまた人の波のなかへ潜もぐり込こんでどっかへ行ってし
まった。
 山嵐は世話の焼ける小僧だまた始めたのか、いい加減にすればいいのにと逃げる人を避よけながら一散
に馳かけ出した。見ている訳にも行かないから取り鎮しずめるつもりだろう。おれは無論の事逃げる気は
ない。山嵐の踵かかとを踏んであとからすぐ現場へ馳けつけた。喧嘩は今が真最中まっさいちゅうである

314 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:40:29.75 ID:twPsrBe10
。師範の方は五六十人もあろうか、中学はたしかに三割方多い。師範は制服をつけているが、中学は式後
大抵たいていは日本服に着換きがえているから、敵味方はすぐわかる。しかし入り乱れて組んづ、解ほご
れつ戦ってるから、どこから、どう手を付けて引き分けていいか分らない。山嵐は困ったなと云う風で、
しばらくこの乱雑な有様を眺めていたが、こうなっちゃ仕方がない。巡査じゅんさがくると面倒だ。飛び
込んで分けようと、おれの方を見て云うから、おれは返事もしないで、いきなり、一番喧嘩の烈はげしそ
うな所へ躍おどり込こんだ。止よせ止せ。そんな乱暴をすると学校の体面に関わる。よさないかと、出る
だけの声を出して敵と味方の分界線らしい所を突つき貫ぬけようとしたが、なかなかそう旨うまくは行か
ない。一二間はいったら、出る事も引く事も出来なくなった。目の前に比較的ひかくてき大きな師範生が
、十五六の中学生と組み合っている。止せと云ったら、止さないかと師範生の肩かたを持って、無理に引
き分けようとする途端とたんにだれか知らないが、下からおれの足をすくった。おれは不意を打たれて握
にぎった、肩を放して、横に倒たおれた。堅かたい靴くつでおれの背中の上へ乗った奴がある。両手と膝
を突いて下から、跳はね起きたら、乗った奴は右の方へころがり落ちた。起き上がって見ると、三間ばか
り向うに山嵐の大きな身体が生徒の間に挟はさまりながら、止せ止せ、喧嘩は止せ止せと揉み返されてる
のが見えた。おい到底駄目だと云ってみたが聞えないのか返事もしない。
 ひゅうと風を切って飛んで来た石が、いきなりおれの頬骨ほおぼねへ中あたったなと思ったら、後ろか
らも、背中を棒ぼうでどやした奴がある。教師の癖くせに出ている、打ぶて打てと云う声がする。教師は
二人だ。大きい奴と、小さい奴だ。石を抛なげろ。と云う声もする。おれは、なに生意気な事をぬかすな
、田舎者の癖にと、いきなり、傍そばに居た師範生の頭を張りつけてやった。石がまたひゅうと来る。今
度はおれの五分ぶ刈がりの頭を掠かすめて後ろの方へ飛んで行った。山嵐はどうなったか見えない。こう
なっちゃ仕方がない。始めは喧嘩をとめにはいったんだが、どやされたり、石をなげられたりして、恐お
それ入って引き下がるうんでれがんがあるものか。おれを誰だと思うんだ。身長なりは小さくっても喧嘩
の本場で修行を積んだ兄さんだと無茶苦茶に張り飛ばしたり、張り飛ばされたりしていると、やがて巡査
だ巡査だ逃げろ逃げろと云う声がした。今まで葛練くずねりの中で泳いでるように身動きも出来なかった
のが、急に楽になったと思ったら、敵も味方も一度に引上げてしまった。田舎者でも退却たいきゃくは巧
妙だ。クロパトキンより旨いくらいである。
 山嵐はどうしたかと見ると、紋付もんつきの一重羽織ひとえばおりをずたずたにして、向うの方で鼻を
拭ふいている。鼻柱をなぐられて大分出血したんだそうだ。鼻がふくれ上がって真赤まっかになってすこ
ぶる見苦しい。おれは飛白かすりの袷あわせを着ていたから泥どろだらけになったけれども、山嵐の羽織
ほどな損害はない。しかし頬ほっぺたがぴりぴりしてたまらない。山嵐は大分血が出ているぜと教えてく
れた。
 巡査は十五六名来たのだが、生徒は反対の方面から退却したので、捕つらまったのは、おれと山嵐だけ
である。おれらは姓名せいめいを告げて、一部始終を話したら、ともかくも警察まで来いと云うから、警
察へ行って、署長の前で事の顛末てんまつを述べて下宿へ帰った。

十一

 あくる日眼めが覚めてみると、身体中からだじゅう痛くてたまらない。久しく喧嘩けんかをしつけなか
ったから、こんなに答えるんだろう。これじゃあんまり自慢じまんもできないと床とこの中で考えている
と、婆ばあさんが四国新聞を持ってきて枕元まくらもとへ置いてくれた。実は新聞を見るのも退儀たいぎ
なんだが、男がこれしきの事に閉口へこたれて仕様があるものかと無理に腹這はらばいになって、寝ねな
がら、二頁を開けてみると驚おどろいた。昨日の喧嘩がちゃんと出ている。喧嘩の出ているのは驚ろかな
いのだが、中学の教師堀田某ほったぼうと、近頃ちかごろ東京から赴任ふにんした生意気なる某とが、順
良なる生徒を使嗾しそうしてこの騒動そうどうを喚起かんきせるのみならず、両人は現場にあって生徒を
指揮したる上、みだりに師範生に向むかって暴行をほしいままにしたりと書いて、次にこんな意見が附記
ふきしてある。本県の中学は昔時せきじより善良温順の気風をもって全国の羨望せんぼうするところなり

315 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:40:38.76 ID:twPsrBe10
しが、軽薄けいはくなる二豎子じゅしのために吾校わがこうの特権を毀損きそんせられて、この不面目を
全市に受けたる以上は、吾人ごじんは奮然ふんぜんとして起たってその責任を問わざるを得ず。吾人は信
ず、吾人が手を下す前に、当局者は相当の処分をこの無頼漢ぶらいかんの上に加えて、彼等かれらをして
再び教育界に足を入るる余地なからしむる事を。そうして一字ごとにみんな黒点を加えて、お灸きゅうを
据すえたつもりでいる。おれは床の中で、糞くそでも喰くらえと云いいながら、むっくり飛び起きた。不
思議な事に今まで身体の関節ふしぶしが非常に痛かったのが、飛び起きると同時に忘れたように軽くなっ
た。
 おれは新聞を丸めて庭へ抛なげつけたが、それでもまだ気に入らなかったから、わざわざ後架こうかへ
持って行って棄すてて来た。新聞なんて無暗むやみな嘘うそを吐つくもんだ。世の中に何が一番法螺ほら
を吹ふくと云って、新聞ほどの法螺吹きはあるまい。おれの云ってしかるべき事をみんな向むこうで並な
らべていやがる。それに近頃東京から赴任した生意気な某とは何だ。天下に某と云う名前の人があるか。
考えてみろ。これでもれっきとした姓せいもあり名もあるんだ。系図が見たけりゃ、多田満仲ただのまん
じゅう以来の先祖を一人ひとり残らず拝ましてやらあ。――顔を洗ったら、頬ほっぺたが急に痛くなった
。婆さんに鏡をかせと云ったら、けさの新聞をお見たかなもしと聞く。読んで後架へ棄てて来た。欲しけ
りゃ拾って来いと云ったら、驚おどろいて引き下がった。鏡で顔を見ると昨日きのうと同じように傷がつ
いている。これでも大事な顔だ、顔へ傷まで付けられた上へ生意気なる某などと、某呼ばわりをされれば
たくさんだ。
 今日の新聞に辟易へきえきして学校を休んだなどと云われちゃ一生の名折れだから、飯を食っていの一
号に出頭した。出てくる奴やつも、出てくる奴もおれの顔を見て笑っている。何がおかしいんだ。貴様達
にこしらえてもらった顔じゃあるまいし。そのうち、野だが出て来て、いや昨日はお手柄てがらで、――
名誉めいよのご負傷でげすか、と送別会の時に撲なぐった返報と心得たのか、いやに冷ひやかしたから、
余計な事を言わずに絵筆でも舐なめていろと云ってやった。するとこりゃ恐入おそれいりやした。しかし
さぞお痛い事でげしょうと云うから、痛かろうが、痛くなかろうがおれの面だ。貴様の世話になるもんか
と怒鳴どなりつけてやったら、向むこう側の自席へ着いて、やっぱりおれの顔を見て、隣となりの歴史の
教師と何か内所話をして笑っている。
 それから山嵐が出頭した。山嵐の鼻に至っては、紫色むらさきいろに膨張ぼうちょうして、掘ほったら
中から膿うみが出そうに見える。自惚うぬぼれのせいか、おれの顔よりよっぽど手ひどく遣やられている
。おれと山嵐は机を並べて、隣り同志の近しい仲で、お負けにその机が部屋の戸口から真正面にあるんだ
から運がわるい。妙な顔が二つ塊かたまっている。ほかの奴は退屈たいくつにさえなるときっとこっちば
かり見る。飛んだ事でと口で云うが、心のうちではこの馬鹿ばかがと思ってるに相違そういない。それで
なければああいう風に私語合ささやきあってはくすくす笑う訳がない。教場へ出ると生徒は拍手をもって
迎むかえた。先生万歳ばんざいと云うものが二三人あった。景気がいいんだか、馬鹿にされてるんだか分
からない。おれと山嵐がこんなに注意の焼点しょうてんとなってるなかに、赤シャツばかりは平常の通り
傍そばへ来て、どうも飛んだ災難でした。僕は君等に対してお気の毒でなりません。新聞の記事は校長と
も相談して、正誤を申し込こむ手続きにしておいたから、心配しなくてもいい。僕の弟が堀田君を誘さそ
いに行ったから、こんな事が起おこったので、僕は実に申し訳がない。それでこの件についてはあくまで
尽力じんりょくするつもりだから、どうかあしからず、などと半分謝罪的な言葉を並べている。校長は三
時間目に校長室から出てきて、困った事を新聞がかき出しましたね。むずかしくならなければいいがと多
少心配そうに見えた。おれには心配なんかない、先で免職めんしょくをするなら、免職される前に辞表を
出してしまうだけだ。しかし自分がわるくないのにこっちから身を引くのは法螺吹きの新聞屋をますます
増長させる訳だから、新聞屋を正誤させて、おれが意地にも務めるのが順当だと考えた。帰りがけに新聞
屋に談判に行こうと思ったが、学校から取消とりけしの手続きはしたと云うから、やめた。
 おれと山嵐は校長と教頭に時間の合間を見計みはからって、嘘のないところを一応説明した。校長と教

316 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:40:48.16 ID:twPsrBe10
頭はそうだろう、新聞屋が学校に恨うらみを抱いだいて、あんな記事をことさらに掲かかげたんだろうと
論断した。赤シャツはおれ等の行為こういを弁解しながら控所ひかえじょを一人ごとに廻まわってあるい
ていた。ことに自分の弟が山嵐を誘い出したのを自分の過失であるかのごとく吹聴ふいちょうしていた。
みんなは全く新聞屋がわるい、怪けしからん、両君は実に災難だと云った。
 帰りがけに山嵐は、君赤シャツは臭くさいぜ、用心しないとやられるぜと注意した。どうせ臭いんだ、
今日から臭くなったんじゃなかろうと云うと、君まだ気が付かないか、きのうわざわざ、僕等を誘い出し
て喧嘩のなかへ、捲まき込こんだのは策だぜと教えてくれた。なるほどそこまでは気がつかなかった。山
嵐は粗暴そぼうなようだが、おれより智慧ちえのある男だと感心した。
「ああやって喧嘩をさせておいて、すぐあとから新聞屋へ手を廻してあんな記事をかかせたんだ。実に奸
物かんぶつだ」
「新聞までも赤シャツか。そいつは驚いた。しかし新聞が赤シャツの云う事をそう容易たやすく聴きくか
ね」
「聴かなくって。新聞屋に友達が居りゃ訳はないさ」
「友達が居るのかい」
「居なくても訳ないさ。嘘をついて、事実これこれだと話しゃ、すぐ書くさ」
「ひどいもんだな。本当に赤シャツの策なら、僕等はこの事件で免職になるかも知れないね」
「わるくすると、遣やられるかも知れない」
「そんなら、おれは明日あした辞表を出してすぐ東京へ帰っちまわあ。こんな下等な所に頼たのんだって
居るのはいやだ」
「君が辞表を出したって、赤シャツは困らない」
「それもそうだな。どうしたら困るだろう」
「あんな奸物の遣る事は、何でも証拠しょうこの挙がらないように、挙がらないようにと工夫するんだか
ら、反駁はんばくするのはむずかしいね」
「厄介やっかいだな。それじゃ濡衣ぬれぎぬを着るんだね。面白おもしろくもない。天道是耶非てんどう
ぜかひかだ」
「まあ、もう二三日様子を見ようじゃないか。それでいよいよとなったら、温泉ゆの町で取って抑おさえ
るより仕方がないだろう」
「喧嘩事件は、喧嘩事件としてか」
「そうさ。こっちはこっちで向うの急所を抑えるのさ」
「それもよかろう。おれは策略は下手へたなんだから、万事よろしく頼む。いざとなれば何でもする」
 俺と山嵐はこれで分わかれた。赤シャツが果はたたして山嵐の推察通りをやったのなら、実にひどい奴
だ。到底とうてい智慧比べで勝てる奴ではない。どうしても腕力わんりょくでなくっちゃ駄目だめだ。な
るほど世界に戦争は絶えない訳だ。個人でも、とどの詰つまりは腕力だ。
 あくる日、新聞のくるのを待ちかねて、披ひらいてみると、正誤どころか取り消しも見えない。学校へ
行って狸たぬきに催促さいそくすると、あしたぐらい出すでしょうと云う。明日になって六号活字で小さ
く取消が出た。しかし新聞屋の方で正誤は無論しておらない。また校長に談判すると、あれより手続きの
しようはないのだと云う答だ。校長なんて狸のような顔をして、いやにフロック張っているが存外無勢力
なものだ。虚偽きょぎの記事を掲げた田舎新聞一つ詫あやまらせる事が出来ない。あんまり腹が立ったか
ら、それじゃ私が一人で行って主筆に談判すると云ったら、それはいかん、君が談判すればまた悪口を書
かれるばかりだ。つまり新聞屋にかかれた事は、うそにせよ、本当にせよ、つまりどうする事も出来ない
ものだ。あきらめるより外に仕方がないと、坊主の説教じみた説諭せつゆを加えた。新聞がそんな者なら
、一日も早く打ぶっ潰つぶしてしまった方が、われわれの利益だろう。新聞にかかれるのと、泥鼈すっぽ
んに食いつかれるとが似たり寄ったりだとは今日こんにちただ今狸の説明によって始めて承知仕つかまつ
った。
 それから三日ばかりして、ある日の午後、山嵐が憤然ふんぜんとやって来て、いよいよ時機が来た、お
れは例の計画を断行するつもりだと云うから、そうかそれじゃおれもやろうと、即座そくざに一味徒党に
加盟した。ところが山嵐が、君はよす方がよかろうと首を傾かたむけた。なぜと聞くと君は校長に呼ばれ
て辞表を出せと云われたかと尋たずねるから、いや云われない。君は? と聴き返すと、今日校長室で、
まことに気の毒だけれども、事情やむをえんから処決しょけつしてくれと云われたとの事だ。
「そんな裁判はないぜ。狸は大方腹鼓はらつづみを叩たたき過ぎて、胃の位置が顛倒てんどうしたんだ。
君とおれは、いっしょに、祝勝会へ出てさ、いっしょに高知のぴかぴか踴おどりを見てさ、いっしょに喧

317 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:40:56.82 ID:twPsrBe10
嘩をとめにはいったんじゃないか。辞表を出せというなら公平に両方へ出せと云うがいい。なんで田舎い
なかの学校はそう理窟りくつが分らないんだろう。焦慮じれったいな」
「それが赤シャツの指金さしがねだよ。おれと赤シャツとは今までの行懸ゆきがかり上到底とうてい両立
しない人間だが、君の方は今の通り置いても害にならないと思ってるんだ」
「おれだって赤シャツと両立するものか。害にならないと思うなんて生意気だ」
「君はあまり単純過ぎるから、置いたって、どうでも胡魔化ごまかされると考えてるのさ」
「なお悪いや。誰だれが両立してやるものか」
「それに先だって古賀が去ってから、まだ後任が事故のために到着とうちゃくしないだろう。その上に君
と僕を同時に追い出しちゃ、生徒の時間に明きが出来て、授業にさし支つかえるからな」
「それじゃおれを間あいのくさびに一席伺うかがわせる気なんだな。こん畜生ちくしょう、だれがその手
に乗るものか」

 翌日あくるひおれは学校へ出て校長室へ入って談判を始めた。
「何で私に辞表を出せと云わないんですか」
「へえ?」と狸はあっけに取られている。
「堀田には出せ、私には出さないで好いいと云う法がありますか」
「それは学校の方の都合つごうで……」
「その都合が間違まちがってまさあ。私が出さなくって済むなら堀田だって、出す必要はないでしょう」
「その辺は説明が出来かねますが――堀田君は去られてもやむをえんのですが、あなたは辞表をお出しに
なる必要を認めませんから」
 なるほど狸だ、要領を得ない事ばかり並べて、しかも落ち付き払はらってる。おれは仕様がないから
「それじゃ私も辞表を出しましょう。堀田君一人辞職させて、私が安閑あんかんとして、留まっていられ
ると思っていらっしゃるかも知れないが、私にはそんな不人情な事は出来ません」
「それは困る。堀田も去りあなたも去ったら、学校の数学の授業がまるで出来なくなってしまうから……

「出来なくなっても私の知った事じゃありません」
「君そう我儘わがままを云うものじゃない、少しは学校の事情も察してくれなくっちゃ困る。それに、来
てから一月立つか立たないのに辞職したと云うと、君の将来の履歴りれきに関係するから、その辺も少し
は考えたらいいでしょう」
「履歴なんか構うもんですか、履歴より義理が大切です」
「そりゃごもっとも――君の云うところは一々ごもっともだが、わたしの云う方も少しは察して下さい。
君が是非辞職すると云うなら辞職されてもいいから、代りのあるまでどうかやってもらいたい。とにかく
、うちでもう一返考え直してみて下さい」
 考え直すって、直しようのない明々白々たる理由だが、狸が蒼あおくなったり、赤くなったりして、可
愛想かわいそうになったからひとまず考え直す事として引き下がった。赤シャツには口もきかなかった。
どうせ遣っつけるなら塊かためて、うんと遣っつける方がいい。
 山嵐に狸と談判した模様を話したら、大方そんな事だろうと思った。辞表の事はいざとなるまでそのま
まにしておいても差支さしつかえあるまいとの話だったから、山嵐の云う通りにした。どうも山嵐の方が
おれよりも利巧りこうらしいから万事山嵐の忠告に従う事にした。
 山嵐はいよいよ辞表を出して、職員一同に告別の挨拶あいさつをして浜はまの港屋まで下さがったが、
人に知れないように引き返して、温泉ゆの町の枡屋ますやの表二階へ潜ひそんで、障子しょうじへ穴をあ
けて覗のぞき出した。これを知ってるものはおればかりだろう。赤シャツが忍しのんで来ればどうせ夜だ
。しかも宵よいの口は生徒やその他の目があるから、少なくとも九時過ぎに極きまってる。最初の二晩は
おれも十一時頃ごろまで張番はりばんをしたが、赤シャツの影かげも見えない。三日目には九時から十時
半まで覗いたがやはり駄目だ。駄目を踏ふんで夜なかに下宿へ帰るほど馬鹿気た事はない。四五日しごん
ちすると、うちの婆さんが少々心配を始めて、奥おくさんのおありるのに、夜遊びはおやめたがええぞな
もしと忠告した。そんな夜遊びとは夜遊びが違う。こっちのは天に代って誅戮ちゅうりくを加える夜遊び
だ。とはいうものの一週間も通って、少しも験げんが見えないと、いやになるもんだ。おれは性急せっか
ちな性分だから、熱心になると徹夜てつやでもして仕事をするが、その代り何によらず長持ちのした試し
がない。いかに天誅党でも飽あきる事に変りはない。六日目には少々いやになって、七日目にはもう休も
うかと思った。そこへ行くと山嵐は頑固がんこなものだ。宵よいから十二時過すぎまでは眼を障子へつけ

318 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:41:05.81 ID:twPsrBe10
て、角屋の丸ぼやの瓦斯燈がすとうの下を睨にらめっきりである。おれが行くと今日は何人客があって、
泊とまりが何人、女が何人といろいろな統計を示すのには驚ろいた。どうも来ないようじゃないかと云う
と、うん、たしかに来るはずだがと時々腕組うでぐみをして溜息ためいきをつく。可愛想に、もし赤シャ
ツがここへ一度来てくれなければ、山嵐は、生涯しょうがい天誅を加える事は出来ないのである。
 八日目には七時頃から下宿を出て、まずゆるりと湯に入って、それから町で鶏卵けいらんを八つ買った
。これは下宿の婆さんの芋責いもぜめに応ずる策である。その玉子を四つずつ左右の袂たもとへ入れて、
例の赤手拭あかてぬぐいを肩かたへ乗せて、懐手ふところでをしながら、枡屋ますやの楷子段はしごだん
を登って山嵐の座敷ざしきの障子をあけると、おい有望有望と韋駄天いだてんのような顔は急に活気を呈
ていした。昨夜ゆうべまでは少し塞ふさぎの気味で、はたで見ているおれさえ、陰気臭いんきくさいと思
ったくらいだが、この顔色を見たら、おれも急にうれしくなって、何も聞かない先から、愉快ゆかい愉快
と云った。
「今夜七時半頃あの小鈴こすずと云う芸者が角屋へはいった」
「赤シャツといっしょか」
「いいや」
「それじゃ駄目だ」
「芸者は二人づれだが、――どうも有望らしい」
「どうして」
「どうしてって、ああ云う狡ずるい奴だから、芸者を先へよこして、後から忍んでくるかも知れない」
「そうかも知れない。もう九時だろう」
「今九時十二分ばかりだ」と帯の間からニッケル製の時計を出して見ながら云ったが「おい洋燈らんぷを
消せ、障子へ二つ坊主頭が写ってはおかしい。狐きつねはすぐ疑ぐるから」
 おれは一貫張いっかんばりの机の上にあった置き洋燈らんぷをふっと吹きけした。星明りで障子だけは
少々あかるい。月はまだ出ていない。おれと山嵐は一生懸命いっしょうけんめいに障子へ面かおをつけて
、息を凝こらしている。チーンと九時半の柱時計が鳴った。
「おい来るだろうかな。今夜来なければ僕はもう厭いやだぜ」
「おれは銭のつづく限りやるんだ」
「銭っていくらあるんだい」
「今日までで八日分五円六十銭払った。いつ飛び出しても都合つごうのいいように毎晩勘定かんじょうす
るんだ」
「それは手廻しがいい。宿屋で驚いてるだろう」
「宿屋はいいが、気が放せないから困る」
「その代り昼寝ひるねをするだろう」
「昼寝はするが、外出が出来ないんで窮屈きゅうくつでたまらない」
「天誅も骨が折れるな。これで天網恢々てんもうかいかい疎そにして洩もらしちまったり、何かしちゃ、
つまらないぜ」
「なに今夜はきっとくるよ。――おい見ろ見ろ」と小声になったから、おれは思わずどきりとした。黒い
帽子ぼうしを戴いただいた男が、角屋の瓦斯燈を下から見上げたまま暗い方へ通り過ぎた。違っている。
おやおやと思った。そのうち帳場の時計が遠慮えんりょなく十時を打った。今夜もとうとう駄目らしい。
 世間は大分静かになった。遊廓ゆうかくで鳴らす太鼓たいこが手に取るように聞きこえる。月が温泉ゆ
の山の後うしろからのっと顔を出した。往来はあかるい。すると、下しもの方から人声が聞えだした。窓
から首を出す訳には行かないから、姿を突つき留める事は出来ないが、だんだん近づいて来る模様だ。か
らんからんと駒下駄こまげたを引き擦ずる音がする。眼を斜ななめにするとやっと二人の影法師かげぼう
しが見えるくらいに近づいた。
「もう大丈夫だいじょうぶですね。邪魔じゃまものは追っ払ったから」正まさしく野だの声である。「強
がるばかりで策がないから、仕様がない」これは赤シャツだ。「あの男もべらんめえに似ていますね。あ
のべらんめえと来たら、勇み肌はだの坊ぼっちゃんだから愛嬌あいきょうがありますよ」「増給がいやだ
の辞表を出したいのって、ありゃどうしても神経に異状があるに相違ない」おれは窓をあけて、二階から
飛び下りて、思う様打ぶちのめしてやろうと思ったが、やっとの事で辛防しんぼうした。二人はハハハハ
と笑いながら、瓦斯燈の下を潜くぐって、角屋の中へはいった。
「おい」
「おい」

319 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:41:14.75 ID:twPsrBe10
「来たぜ」
「とうとう来た」
「これでようやく安心した」
「野だの畜生、おれの事を勇み肌の坊っちゃんだと抜ぬかしやがった」
「邪魔物と云うのは、おれの事だぜ。失敬千万な」
 おれと山嵐は二人の帰路を要撃ようげきしなければならない。しかし二人はいつ出てくるか見当がつか
ない。山嵐は下へ行って今夜ことによると夜中に用事があって出るかも知れないから、出られるようにし
ておいてくれと頼たのんで来た。今思うと、よく宿のものが承知したものだ。大抵たいていなら泥棒どろ
ぼうと間違えられるところだ。
 赤シャツの来るのを待ち受けたのはつらかったが、出て来るのをじっとして待ってるのはなおつらい。
寝る訳には行かないし、始終障子の隙すきから睨めているのもつらいし、どうも、こうも心が落ちつかな
くって、これほど難儀なんぎな思いをした事はいまだにない。いっその事角屋へ踏み込んで現場を取って
抑おさえようと発議ほつぎしたが、山嵐は一言にして、おれの申し出を斥しりぞけた。自分共が今時分飛
び込んだって、乱暴者だと云って途中とちゅうで遮さえぎられる。訳を話して面会を求めれば居ないと逃
にげるか別室へ案内をする。不用意のところへ踏み込めると仮定したところで何十とある座敷のどこに居
るか分るものではない、退屈でも出るのを待つより外に策はないと云うから、ようやくの事でとうとう朝
の五時まで我慢がまんした。
 角屋から出る二人の影を見るや否や、おれと山嵐はすぐあとを尾つけた。一番汽車はまだないから、二
人とも城下まであるかなければならない。温泉ゆの町をはずれると一丁ばかりの杉並木すぎなみきがあっ
て左右は田圃たんぼになる。それを通りこすとここかしこに藁葺わらぶきがあって、畠はたけの中を一筋
に城下まで通る土手へ出る。町さえはずれれば、どこで追いついても構わないが、なるべくなら、人家の
ない、杉並木で捕つらまえてやろうと、見えがくれについて来た。町を外はずれると急に馳かけ足あしの
姿勢で、はやてのように後ろから、追いついた。何が来たかと驚ろいて振ふり向く奴を待てと云って肩に
手をかけた。野だは狼狽ろうばいの気味で逃げ出そうという景色けしきだったから、おれが前へ廻って行
手を塞ふさいでしまった。
「教頭の職を持ってるものが何で角屋へ行って泊とまった」と山嵐はすぐ詰なじりかけた。
「教頭は角屋へ泊って悪わるいという規則がありますか」と赤シャツは依然いぜんとして鄭寧ていねいな
言葉を使ってる。顔の色は少々蒼い。
「取締上とりしまりじょう不都合だから、蕎麦屋そばやや団子屋だんごやへさえはいってはいかんと、云
うくらい謹直きんちょくな人が、なぜ芸者といっしょに宿屋へとまり込んだ」野だは隙を見ては逃げ出そ
うとするからおれはすぐ前に立ち塞がって「べらんめえの坊っちゃんた何だ」と怒鳴り付けたら、「いえ
君の事を云ったんじゃないんです、全くないんです」と鉄面皮に言訳がましい事をぬかした。おれはこの
時気がついてみたら、両手で自分の袂を握にぎってる。追っかける時に袂の中の卵がぶらぶらして困るか
ら、両手で握りながら来たのである。おれはいきなり袂へ手を入れて、玉子を二つ取り出して、やっと云
いながら、野だの面へ擲たたきつけた。玉子がぐちゃりと割れて鼻の先から黄味がだらだら流れだした。
野だはよっぽど仰天ぎょうてんした者と見えて、わっと言いながら、尻持しりもちをついて、助けてくれ
と云った。おれは食うために玉子は買ったが、打ぶつけるために袂へ入れてる訳ではない。ただ肝癪かん
しゃくのあまりに、ついぶつけるともなしに打つけてしまったのだ。しかし野だが尻持を突いたところを
見て始めて、おれの成功した事に気がついたから、こん畜生ちくしょう、こん畜生と云いながら残る六つ
を無茶苦茶に擲たたきつけたら、野だは顔中黄色になった。
 おれが玉子をたたきつけているうち、山嵐と赤シャツはまだ談判最中である。
「芸者をつれて僕が宿屋へ泊ったと云う証拠しょうこがありますか」
「宵に貴様のなじみの芸者が角屋へはいったのを見て云う事だ。胡魔化せるものか」
「胡魔化す必要はない。僕は吉川君と二人で泊ったのである。芸者が宵にはいろうが、はいるまいが、僕
の知った事ではない」
「だまれ」と山嵐は拳骨げんこつを食わした。赤シャツはよろよろしたが「これは乱暴だ、狼藉ろうぜき
である。理非を弁じないで腕力に訴えるのは無法だ」
「無法でたくさんだ」とまたぽかりと撲なぐる。「貴様のような奸物はなぐらなくっちゃ、答えないんだ
」とぽかぽかなぐる。おれも同時に野だを散々に擲き据えた。しまいには二人とも杉の根方にうずくまっ

320 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:41:59.77 ID:twPsrBe10
とに瓦斯竈ガスがまを使えと書いて、瓦斯竈から火の出ている画えまで添えてあった。三番目には露国文
豪トルストイ伯傑作「千古の雪」と云うのと、バンカラ喜劇小辰こたつ大一座と云うのが、赤地に白で染
め抜いてあった。
 宗助は約十分もかかって、すべての広告を丁寧ていねいに三返ほど読み直した。別に行って見ようと思
うものも、買って見たいと思うものも無かったが、ただこれらの広告が判然はっきりと自分の頭に映って
、そうしてそれを一々読み終おおせた時間のあった事と、それをことごとく理解し得たと云う心の余裕よ
ゆうが、宗助には少なからぬ満足を与えた。彼の生活はこれほどの余裕にすら誇りを感ずるほどに、日曜
以外の出入ではいりには、落ちついていられないものであった。
 宗助は駿河台下するがだいしたで電車を降りた。降りるとすぐ右側の窓硝子まどガラスの中に美しく並
べてある洋書に眼がついた。宗助はしばらくその前に立って、赤や青や縞しまや模様の上に、鮮あざやか
に叩たたき込んである金文字を眺めた。表題の意味は無論解るが、手に取って、中を検しらべて見ようと
いう好奇心はちっとも起らなかった。本屋の前を通ると、きっと中へ這入はいって見たくなったり、中へ
這入ると必ず何か欲しくなったりするのは、宗助から云うと、すでに一昔ひとむかし前の生活である。た
だ Historyヒストリ ofオフ Gamblingガムブリング(博奕史ばくえきし)と云うの
が、ことさらに美装して、一番真中に飾られてあったので、それが幾分か彼の頭に突飛とっぴな新し味を
加えただけであった。
 宗助は微笑しながら、急忙せわしい通りを向側むこうがわへ渡って、今度は時計屋の店を覗のぞき込ん
だ。金時計だの金鎖が幾つも並べてあるが、これもただ美しい色や恰好かっこうとして、彼の眸ひとみに
映るだけで、買いたい了簡りょうけんを誘致するには至らなかった。その癖彼は一々絹糸で釣るした価格
札ねだんふだを読んで、品物と見較みくらべて見た。そうして実際金時計の安価なのに驚ろいた。
 蝙蝠傘屋こうもりがさやの前にもちょっと立ちどまった。西洋小間物こまものを売る店先では、礼帽シ
ルクハットの傍わきにかけてあった襟飾えりかざりに眼がついた。自分の毎日かけているのよりも大変柄
がらが好かったので、価ねを聞いてみようかと思って、半分店の中へ這入はいりかけたが、明日あしたか
ら襟飾りなどをかけ替えたところが下らない事だと思い直すと、急に蟇口がまぐちの口を開けるのが厭い
やになって行き過ぎた。呉服店でもだいぶ立見をした。鶉御召うずらおめしだの、高貴織こうきおりだの
、清凌織せいりょうおりだの、自分の今日こんにちまで知らずに過ぎた名をたくさん覚えた。京都の襟新
えりしんと云う家うちの出店の前で、窓硝子まどガラスへ帽子の鍔つばを突きつけるように近く寄せて、
精巧に刺繍ぬいをした女の半襟はんえりを、いつまでも眺ながめていた。その中うちにちょうど細君に似
合いそうな上品なのがあった。買って行ってやろうかという気がちょっと起るや否いなや、そりゃ五六年
前ぜんの事だと云う考が後あとから出て来て、せっかく心持の好い思いつきをすぐ揉もみ消してしまった
。宗助は苦笑しながら窓硝子を離れてまた歩き出したが、それから半町ほどの間は何だかつまらないよう
な気分がして、往来にも店先にも格段の注意を払わなかった。
 ふと気がついて見ると角に大きな雑誌屋があって、その軒先には新刊の書物が大きな字で広告してある
。梯子はしごのような細長い枠わくへ紙を張ったり、ペンキ塗の一枚板へ模様画みたような色彩を施こし
たりしてある。宗助はそれを一々読んだ。著者の名前も作物さくぶつの名前も、一度は新聞の広告で見た
ようでもあり、また全く新奇のようでもあった。
 この店の曲り角の影になった所で、黒い山高帽を被かぶった三十ぐらいの男が地面の上へ気楽そうに胡
坐あぐらをかいて、ええ御子供衆の御慰おなぐさみと云いながら、大きな護謨風船ゴムふうせんを膨ふく
らましている。それが膨れると自然と達磨だるまの恰好かっこうになって、好加減いいかげんな所に眼口
まで墨で書いてあるのに宗助は感心した。その上一度息を入れると、いつまでも膨れている。かつ指の先
へでも、手の平の上へでも自由に尻が据すわる。それが尻の穴へ楊枝ようじのような細いものを突っ込む
としゅうっと一度に収縮してしまう。
 忙がしい往来の人は何人でも通るが、誰も立ちどまって見るほどのものはない。山高帽の男は賑にぎや
かな町の隅に、冷やかに胡坐あぐらをかいて、身の周囲まわりに何事が起りつつあるかを感ぜざるものの

321 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:42:26.76 ID:twPsrBe10
長閑のどかな話をつづけた。しまいに小六が気を換えて、
「時に伊藤さんもとんだ事になりましたね」と云い出した。宗助は五六日前伊藤公暗殺の号外を見たとき
、御米の働いている台所へ出て来て、「おい大変だ、伊藤さんが殺された」と云って、手に持った号外を
御米のエプロンの上に乗せたなり書斎へ這入はいったが、その語気からいうと、むしろ落ちついたもので
あった。
「あなた大変だって云う癖に、ちっとも大変らしい声じゃなくってよ」と御米が後あとから冗談じょうだ
ん半分にわざわざ注意したくらいである。その後日ごとの新聞に伊藤公の事が五六段ずつ出ない事はない
が、宗助はそれに目を通しているんだか、いないんだか分らないほど、暗殺事件については平気に見えた
。夜帰って来て、御米が飯の御給仕をするときなどに、「今日も伊藤さんの事が何か出ていて」と聞く事
があるが、その時には「うんだいぶ出ている」と答えるぐらいだから、夫の隠袋かくしの中に畳んである
今朝の読殻よみがらを、後あとから出して読んで見ないと、その日の記事は分らなかった。御米もつまり
は夫が帰宅後の会話の材料として、伊藤公を引合に出すぐらいのところだから、宗助が進まない方向へは
、たって話を引張りたくはなかった。それでこの二人の間には、号外発行の当日以後、今夜小六がそれを
云い出したまでは、公おおやけには天下を動かしつつある問題も、格別の興味をもって迎えられていなか
ったのである。
「どうして、まあ殺されたんでしょう」と御米は号外を見たとき、宗助に聞いたと同じ事をまた小六に向
って聞いた。
「短銃ピストルをポンポン連発したのが命中めいちゅうしたんです」と小六は正直に答えた。
「だけどさ。どうして、まあ殺されたんでしょう」
 小六は要領を得ないような顔をしている。宗助は落ちついた調子で、
「やっぱり運命だなあ」と云って、茶碗の茶を旨うまそうに飲んだ。御米はこれでも納得なっとくができ
なかったと見えて、
「どうしてまた満洲まんしゅうなどへ行ったんでしょう」と聞いた。
「本当にな」と宗助は腹が張って充分物足りた様子であった。
「何でも露西亜ロシアに秘密な用があったんだそうです」と小六が真面目まじめな顔をして云った。御米
は、
「そう。でも厭いやねえ。殺されちゃ」と云った。
「おれみたような腰弁こしべんは、殺されちゃ厭だが、伊藤さんみたような人は、哈爾賓ハルピンへ行っ
て殺される方がいいんだよ」と宗助が始めて調子づいた口を利きいた。
「あら、なぜ」
「なぜって伊藤さんは殺されたから、歴史的に偉い人になれるのさ。ただ死んで御覧、こうはいかないよ

「なるほどそんなものかも知れないな」と小六は少し感服したようだったが、やがて、
「とにかく満洲だの、哈爾賓だのって物騒な所ですね。僕は何だか危険なような心持がしてならない」と
云った。
「そりゃ、色んな人が落ち合ってるからね」
 この時御米は妙な顔をして、こう答えた夫の顔を見た。宗助もそれに気がついたらしく、
「さあ、もう御膳おぜんを下げたら好かろう」と細君を促うながして、先刻さっきの達磨だるまをまた畳
の上から取って、人指指ひとさしゆびの先へ載のせながら、
「どうも妙だよ。よくこう調子好くできるものだと思ってね」と云っていた。
 台所から清きよが出て来て、食い散らした皿小鉢さらこばちを食卓ごと引いて行った後で、御米も茶を
入れ替えるために、次の間へ立ったから、兄弟は差向いになった。
「ああ奇麗きれいになった。どうも食った後は汚ないものでね」と宗助は全く食卓に未練のない顔をした
。勝手の方で清がしきりに笑っている。
「何がそんなにおかしいの、清」と御米が障子越しょうじごしに話しかける声が聞えた。清はへえと云っ
てなお笑い出した。兄弟は何にも云わず、半なかば下女の笑い声に耳を傾けていた。
 しばらくして、御米が菓子皿と茶盆を両手に持って、また出て来た。藤蔓ふじづるの着いた大きな急須
きゅうすから、胃にも頭にも応こたえない番茶を、湯呑ゆのみほどな大きな茶碗ちゃわんに注ついで、両
人ふたりの前へ置いた。
「何だって、あんなに笑うんだい」と夫が聞いた。けれども御米の顔は見ずにかえって菓子皿の中を覗の
ぞいていた。

322 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:42:35.73 ID:twPsrBe10
「あなたがあんな玩具おもちゃを買って来て、面白そうに指の先へ乗せていらっしゃるからよ。子供もな
い癖に」
 宗助は意にも留めないように、軽く「そうか」と云ったが、後あとから緩ゆっくり、
「これでも元は子供があったんだがね」と、さも自分で自分の言葉を味わっている風につけ足して、生温
なまぬるい眼を挙げて細君を見た。御米はぴたりと黙ってしまった。
「あなた御菓子食べなくって」と、しばらくしてから小六の方へ向いて話し掛けたが、
「ええ食べます」と云う小六の返事を聞き流して、ついと茶の間へ立って行った。兄弟はまた差向いにな
った。
 電車の終点から歩くと二十分近くもかかる山の手の奥だけあって、まだ宵よいの口くちだけれども、四
隣あたりは存外静かである。時々表を通る薄歯の下駄の響が冴さえて、夜寒よさむがしだいに増して来る
。宗助は懐手ふところでをして、
「昼間は暖あったかいが、夜になると急に寒くなるね。寄宿じゃもう蒸汽スチームを通しているかい」と
聞いた。
「いえ、まだです。学校じゃよっぽど寒くならなくっちゃ、蒸汽なんか焚たきゃしません」
「そうかい。それじゃ寒いだろう」
「ええ。しかし寒いくらいどうでも構わないつもりですが」と云ったまま、小六はすこし云い淀よどんで
いたが、しまいにとうとう思い切って、
「兄さん、佐伯さえきの方はいったいどうなるんでしょう。先刻さっき姉さんから聞いたら、今日手紙を
出して下すったそうですが」
「ああ出した。二三日中に何とか云って来るだろう。その上でまたおれが行くともどうともしようよ」
 小六は兄の平気な態度を、心の中うちでは飽足らず眺ながめた。しかし宗助の様子にどこと云って、他
ひとを激させるような鋭するどいところも、自みずからを庇護かばうような卑いやしい点もないので、喰
くってかかる勇気はさらに出なかった。ただ
「じゃ今日きょうまであのままにしてあったんですか」と単に事実を確めた。
「うん、実は済まないがあのままだ。手紙も今日やっとの事で書いたくらいだ。どうも仕方がないよ。近
頃神経衰弱でね」と真面目まじめに云う。小六は苦笑した。
「もし駄目なら、僕は学校をやめて、いっそ今のうち、満洲か朝鮮へでも行こうかと思ってるんです」
「満洲か朝鮮? ひどくまた思い切ったもんだね。だって、御前先刻さっき満洲は物騒で厭いやだって云
ったじゃないか」
 用談はこんなところに往ったり来たりして、ついに要領を得なかった。しまいに宗助が、
「まあ、好いや、そう心配しないでも、どうかなるよ。何しろ返事の来しだい、おれがすぐ知らせてやる
。その上でまた相談するとしよう」と云ったので、談話はなしに区切がついた。
 小六が帰りがけに茶の間を覗のぞいたら、御米は何にもしずに、長火鉢ながひばちに倚よりかかってい
た。
「姉さん、さようなら」と声を掛けたら、「おや御帰り」と云いながらようやく立って来た。



 小六ころくの苦くにしていた佐伯さえきからは、予期の通り二三日して返事があったが、それは極きわ
めて簡単なもので、端書はがきでも用の足りるところを、鄭重ていちょうに封筒へ入れて三銭の切手を貼
はった、叔母の自筆に過ぎなかった。
 役所から帰って、筒袖つつそでの仕事着を、窮屈そうに脱ぬぎ易かえて、火鉢ひばちの前へ坐すわるや
否や、抽出ひきだしから一寸ほどわざと余して差し込んであった状袋に眼が着いたので、御米およねの汲
んで出す番茶を一口呑のんだまま、宗助そうすけはすぐ封を切った。
「へえ、安やすさんは神戸へ行ったんだってね」と手紙を読みながら云った。
「いつ?」と御米は湯呑を夫の前に出した時の姿勢のままで聞いた。
「いつとも書いてないがね。何しろ遠からぬうちには帰京仕るべく候間と書いてあるから、もうじき帰っ
て来るんだろう」
「遠からぬうちなんて、やっぱり叔母さんね」
 宗助は御米の批評に、同意も不同意も表しなかった。読んだ手紙を巻き納めて、投げるようにそこへ放
り出して、四五日目になる、ざらざらした腮あごを、気味わるそうに撫なで廻した。

323 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:42:44.78 ID:twPsrBe10
 御米はすぐその手紙を拾ったが、別に読もうともしなかった。それを膝ひざの上へ乗せたまま、夫の顔
を見て、
「遠からぬうちには帰京仕つかまつるべく候間、どうだって云うの」と聞いた。
「いずれ帰ったら、安之助やすのすけと相談して何とか御挨拶ごあいさつを致しますと云うのさ」
「遠からぬうちじゃ曖昧あいまいね。いつ帰るとも書いてなくって」
「いいや」
 御米は念のため、膝の上の手紙を始めて開いて見た。そうしてそれを元のように畳んで、
「ちょっとその状袋を」と手を夫おっとの方へ出した。宗助は自分と火鉢の間に挟まっている青い封筒を
取って細君に渡した。御米はそれをふっと吹いて、中を膨ふくらまして手紙を収めた。そうして台所へ立
った。
 宗助はそれぎり手紙の事には気を留めなかった。今日役所で同僚が、この間英吉利イギリスから来遊し
たキチナー元帥に、新橋の傍そばで逢あったと云う話を思い出して、ああ云う人間になると、世界中どこ
へ行っても、世間を騒がせるようにできているようだが、実際そういう風に生れついて来たものかも知れ
ない。自分の過去から引き摺ずってきた運命や、またその続きとして、これから自分の眼前に展開されべ
き[#「展開されべき」はママ]将来を取って、キチナーと云う人のそれに比べて見ると、とうてい同じ
人間とは思えないぐらい懸かけ隔へだたっている。
 こう考えて宗助はしきりに煙草たばこを吹かした。表は夕方から風が吹き出して、わざと遠くの方から
襲おそって来るような音がする。それが時々やむと、やんだ間は寂しんとして、吹き荒れる時よりはなお
淋さびしい。宗助は腕組をしながら、もうそろそろ火事の半鐘はんしょうが鳴り出す時節だと思った。
 台所へ出て見ると、細君は七輪しちりんの火を赤くして、肴さかなの切身を焼いていた。清きよは流し
元に曲こごんで漬物を洗っていた。二人とも口を利きかずにせっせと自分のやる事をやっている。宗助は
障子しょうじを開けたなり、しばらく肴から垂たる汁つゆか膏あぶらの音を聞いていたが、無言のままま
た障子を閉たてて元の座へ戻った。細君は眼さえ肴から離さなかった。
 食事を済まして、夫婦が火鉢を間あいに向い合った時、御米はまた
「佐伯の方は困るのね」と云い出した。
「まあ仕方がない。安さんが神戸から帰るまで待つよりほかに道はあるまい」
「その前にちょっと叔母さんに逢って話をしておいた方が好かなくって」
「そうさ。まあそのうち何とか云って来るだろう。それまで打遣うっちゃっておこうよ」
「小六さんが怒ってよ。よくって」と御米はわざと念を押しておいて微笑した。宗助は下眼を使って、手
に持った小楊枝こようじを着物の襟えりへ差した。
 中一日なかいちんち置いて、宗助はようやく佐伯からの返事を小六に知らせてやった。その時も手紙の
尻しりに、まあそのうちどうかなるだろうと云う意味を、例のごとく付け加えた。そうして当分はこの事
件について肩が抜けたように感じた。自然の経過なりゆきがまた窮屈に眼の前に押し寄せて来るまでは、
忘れている方が面倒がなくって好いぐらいな顔をして、毎日役所へ出てはまた役所から帰って来た。帰り
も遅いが、帰ってから出かけるなどという億劫おっくうな事は滅多めったになかった。客はほとんど来な
い。用のない時は清を十時前に寝ねかす事さえあった。夫婦は毎夜同じ火鉢の両側に向き合って、食後一
時間ぐらい話をした。話の題目は彼らの生活状態に相応した程度のものであった。けれども米屋の払を、
この三十日みそかにはどうしたものだろうという、苦しい世帯話は、いまだかつて一度も彼らの口には上
らなかった。と云って、小説や文学の批評はもちろんの事、男と女の間を陽炎かげろうのように飛び廻る
、花やかな言葉のやりとりはほとんど聞かれなかった。彼らはそれほどの年輩でもないのに、もうそこを
通り抜けて、日ごとに地味になって行く人のようにも見えた。または最初から、色彩の薄い極きわめて通
俗の人間が、習慣的に夫婦の関係を結ぶために寄り合ったようにも見えた。
 上部うわべから見ると、夫婦ともそう物に屈托くったくする気色けしきはなかった。それは彼らが小六
の事に関して取った態度について見てもほぼ想像がつく。さすが女だけに御米は一二度、
「安さんは、まだ帰らないんでしょうかね。あなた今度こんだの日曜ぐらいに番町まで行って御覧なさら
なくって」と注意した事があるが、宗助は、
「うん、行っても好い」ぐらいな返事をするだけで、その行っても好い日曜が来ると、まるで忘れたよう
に済ましている。御米もそれを見て、責める様子もない。天気が好いと、

324 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:42:53.83 ID:twPsrBe10
「ちと散歩でもしていらっしゃい」と云う。雨が降ったり、風が吹いたりすると、
「今日は日曜で仕合せね」と云う。
 幸にして小六はその後ご一度もやって来ない。この青年は、至って凝こり性しょうの神経質で、こうと
思うとどこまでも進んで来るところが、書生時代の宗助によく似ている代りに、ふと気が変ると、昨日き
のうの事はまるで忘れたように引っ繰り返って、けろりとした顔をしている。そこも兄弟だけあって、昔
の宗助にそのままである。それから、頭脳が比較的明暸めいりょうで、理路に感情を注つぎ込むのか、ま
たは感情に理窟りくつの枠わくを張るのか、どっちか分らないが、とにかく物に筋道を付けないと承知し
ないし、また一返いっぺん筋道が付くと、その筋道を生かさなくってはおかないように熱中したがる。そ
の上体質の割合に精力がつづくから、若い血気に任せて大抵の事はする。
 宗助は弟を見るたびに、昔の自分が再び蘇生そせいして、自分の眼の前に活動しているような気がして
ならなかった。時には、はらはらする事もあった。また苦々にがにがしく思う折もあった。そう云う場合
には、心のうちに、当時の自分が一図に振舞った苦い記憶を、できるだけしばしば呼び起させるために、
とくに天が小六を自分の眼の前に据すえ付けるのではなかろうかと思った。そうして非常に恐ろしくなっ
た。こいつもあるいはおれと同一の運命に陥おちいるために生れて来たのではなかろうかと考えると、今
度は大いに心がかりになった。時によると心がかりよりは不愉快であった。
 けれども、今日こんにちまで宗助は、小六に対して意見がましい事を云った事もなければ、将来につい
て注意を与えた事もなかった。彼の弟に対する待遇方ほうはただ普通凡庸ぼんようのものであった。彼の
今の生活が、彼のような過去を有っている人とは思えないほどに、沈んでいるごとく、彼の弟を取り扱う
様子にも、過去と名のつくほどの経験を有もった年長者の素振そぶりは容易に出なかった。
 宗助と小六の間には、まだ二人ほど男の子が挟はさまっていたが、いずれも早世そうせいしてしまった
ので、兄弟とは云いながら、年は十とおばかり違っている。その上宗助はある事情のために、一年の時京
都へ転学したから、朝夕ちょうせきいっしょに生活していたのは、小六の十二三の時までである。宗助は
剛情ごうじょうな聴きかぬ気の腕白小僧としての小六をいまだに記憶している。その時分は父も生きてい
たし、家うちの都合も悪くはなかったので、抱車夫かかえしゃふを邸内の長屋に住まわして、楽に暮して
いた。この車夫に小六よりは三つほど年下の子供があって、始終しじゅう小六の御相手をして遊んでいた
。ある夏の日盛りに、二人して、長い竿さおのさきへ菓子袋を括くくり付けて、大きな柿の木の下で蝉せ
みの捕りくらをしているのを、宗助が見て、兼坊けんぼうそんなに頭を日に照らしつけると霍乱かくらん
になるよ、さあこれを被かぶれと云って、小六の古い夏帽を出してやった。すると、小六は自分の所有物
を兄が無断で他ひとにくれてやったのが、癪しゃくに障さわったので、突然いきなり兼坊の受取った帽子
を引ったくって、それを地面の上へ抛なげつけるや否や、馳かけ上がるようにその上へ乗って、くしゃり
と麦藁帽むぎわらぼうを踏み潰つぶしてしまった。宗助は縁から跣足はだしで飛んで下りて、小六の頭を
擲なぐりつけた。その時から、宗助の眼には、小六が小悪こにくらしい小僧として映った。
 二年の時宗助は大学を去らなければならない事になった。東京の家うちへも帰かえれない事になった。
京都からすぐ広島へ行って、そこに半年ばかり暮らしているうちに父が死んだ。母は父よりも六年ほど前
に死んでいた。だから後には二十五六になる妾めかけと、十六になる小六が残っただけであった。
 佐伯から電報を受け取って、久しぶりに出京した宗助は、葬式を済ました上、家うちの始末をつけよう
と思ってだんだん調べて見ると、あると思った財産は案外に少なくって、かえって無いつもりの借金がだ
いぶあったに驚ろかされた。叔父の佐伯に相談すると、仕方がないから邸やしきを売るが好かろうと云う
話であった。妾めかけは相当の金をやってすぐ暇を出す事にきめた。小六は当分叔父の家に引き取って世
話をして貰もらう事にした。しかし肝心かんじんの家屋敷はすぐ右から左へと売れる訳わけには行かなか
った。仕方がないから、叔父に一時の工面くめんを頼んで、当座の片をつけて貰った。叔父は事業家でい
ろいろな事に手を出しては失敗する、云わば山気やまぎの多い男であった。宗助が東京にいる時分も、よ

325 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:43:02.87 ID:twPsrBe10
く宗助の父を説きつけては、旨うまい事を云って金を引き出したものである。宗助の父にも慾があったか
も知れないが、この伝でんで叔父の事業に注つぎ込んだ金高はけっして少ないものではなかった。
 父の亡くなったこの際にも、叔父の都合は元と余り変っていない様子であったが、生前の義理もあるし
、またこう云う男の常として、いざと云う場合には比較的融通のつくものと見えて、叔父は快よく整理を
引き受けてくれた。その代り宗助は自分の家屋敷の売却方についていっさいの事を叔父に一任してしまっ
た。早く云うと、急場の金策に対する報酬として土地家屋を提供したようなものである。叔父は、
「何しろ、こう云うものは買手を見て売らないと損だからね」と云った。
 道具類も積せきばかり取って、金目にならないものは、ことごとく売り払ったが、五六幅の掛物と十二
三点の骨董品こっとうひんだけは、やはり気長に欲しがる人を探さがさないと損だと云う叔父の意見に同
意して、叔父に保管を頼む事にした。すべてを差し引いて手元に残った有金は、約二千円ほどのものであ
ったが、宗助はそのうちの幾分を、小六の学資として、使わなければならないと気がついた。しかし月々
自分の方から送るとすると、今日こんにちの位置が堅固でない当時、はなはだ実行しにくい結果に陥おち
いりそうなので、苦しくはあったが、思い切って、半分だけを叔父に渡して、何分宜よろしくと頼んだ。
自分が中途で失敗しくじったから、せめて弟だけは物にしてやりたい気もあるので、この千円が尽きたあ
とは、またどうにか心配もできようしまたしてくれるだろうぐらいの不慥ふたしかな希望を残して、また
広島へ帰って行った。
 それから半年ばかりして、叔父の自筆で、家はとうとう売れたから安心しろと云う手紙が来たが、いく
らに売れたとも何とも書いてないので、折り返して聞き合せると、二週間ほど経たっての返事に、優に例
の立替を償つぐなうに足る金額だから心配しなくても好いとあった。宗助はこの返事に対して少なからず
不満を感じたには感じたが、同じ書信の中に、委細はいずれ御面会の節云々とあったので、すぐにも東京
へ行きたいような気がして、実はこうこうだがと、相談半分細君に話して見ると、御米は気の毒そうな顔
をして、
「でも、行けないんだから、仕方がないわね」と云って、例のごとく微笑した。その時宗助は始めて細君
から宣告を受けた人のように、しばらく腕組をして考えたが、どう工夫したって、抜ける事のできないよ
うな位地いちと事情の下もとに束縛そくばくされていたので、ついそれなりになってしまった。
 仕方がないから、なお三四回書面で往復を重ねて見たが、結果はいつも同じ事で、版行はんこうで押し
たようにいずれ御面会の節を繰り返して来るだけであった。
「これじゃしようがないよ」と宗助は腹が立ったような顔をして御米を見た。三カ月ばかりして、ようや
く都合がついたので、久し振りに御米を連れて、出京しようと思う矢先に、つい風邪かぜを引いて寝ねた
のが元で、腸窒扶斯ちょうチフスに変化したため、六十日余りを床の上に暮らした上に、あとの三十日ほ
どは充分仕事もできないくらい衰えてしまった。
 病気が本復してから間もなく、宗助はまた広島を去って福岡の方へ移らなければならない身となった。
移る前に、好い機会だからちょっと東京まで出たいものだと考えているうちに、今度もいろいろの事情に
制せられて、ついそれも遂行すいこうせずに、やはり下り列車の走る方かたに自己の運命を托した。その
頃は東京の家を畳むとき、懐ふところにして出た金は、ほとんど使い果たしていた。彼の福岡生活は前後
二年を通じて、なかなかの苦闘であった。彼は書生として京都にいる時分、種々の口実の下もとに、父か
ら臨時随意に多額の学資を請求して、勝手しだいに消費した昔をよく思い出して、今の身分と比較しつつ
、しきりに因果いんがの束縛を恐れた。ある時はひそかに過ぎた春を回顧して、あれが己おれの栄華の頂
点だったんだと、始めて醒さめた眼に遠い霞かすみを眺ながめる事もあった。いよいよ苦しくなった時、
「御米、久しく放っておいたが、また東京へ掛合かけあってみようかな」と云い出した。御米は無論逆さ
からいはしなかった。ただ下を向いて、
「駄目よ。だって、叔父さんに全く信用がないんですもの」と心細そうに答えた。
「向うじゃこっちに信用がないかも知れないが、こっちじゃまた向うに信用がないんだ」と宗助は威張っ
て云い出したが、御米の俯目ふしめになっている様子を見ると、急に勇気が挫くじける風に見えた。こん

326 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:43:11.78 ID:twPsrBe10
な問答を最初は月に一二返ぐらい繰り返していたが、後のちには二月ふたつきに一返になり、三月みつき
に一返になり、とうとう、
「好いいや、小六さえどうかしてくれれば。あとの事はいずれ東京へ出たら、逢あった上で話をつけらあ
。ねえ御米、そうすると、しようじゃないか」と云い出した。
「それで、好よござんすとも」と御米は答えた。
 宗助は佐伯の事をそれなり放ってしまった。単なる無心は、自分の過去に対しても、叔父に向って云い
出せるものでないと、宗助は考えていた。したがってその方の談判は、始めからいまだかつて筆にした事
がなかった。小六からは時々手紙が来たが、極きわめて短かい形式的のものが多かった。宗助は父の死ん
だ時、東京で逢った小六を覚えているだけだから、いまだに小六を他愛たわいない小供ぐらいに想像する
ので、自分の代理に叔父と交渉させようなどと云う気は無論起らなかった。
 夫婦は世の中の日の目を見ないものが、寒さに堪たえかねて、抱き合って暖だんを取るような具合に、
御互同志を頼りとして暮らしていた。苦しい時には、御米がいつでも、宗助に、
「でも仕方がないわ」と云った。宗助は御米に、
「まあ我慢するさ」と云った。
 二人の間には諦あきらめとか、忍耐とか云うものが断えず動いていたが、未来とか希望と云うものの影
はほとんど射さないように見えた。彼らは余り多く過去を語らなかった。時としては申し合わせたように
、それを回避する風さえあった。御米が時として、
「そのうちにはまたきっと好い事があってよ。そうそう悪い事ばかり続くものじゃないから」と夫おっと
を慰さめるように云う事があった。すると、宗助にはそれが、真心まごころある妻さいの口を藉かりて、
自分を翻弄ほんろうする運命の毒舌のごとくに感ぜられた。宗助はそう云う場合には何にも答えずにただ
苦笑するだけであった。御米がそれでも気がつかずに、なにか云い続けると、
「我々は、そんな好い事を予期する権利のない人間じゃないか」と思い切って投げ出してしまう。細君は
ようやく気がついて口を噤つぐんでしまう。そうして二人が黙って向き合っていると、いつの間にか、自
分達は自分達の拵こしらえた、過去という暗い大きな窖あなの中に落ちている。
 彼らは自業自得じごうじとくで、彼らの未来を塗抹とまつした。だから歩いている先の方には、花やか
な色彩を認める事ができないものと諦あきらめて、ただ二人手を携たずさえて行く気になった。叔父の売
り払ったと云う地面家作についても、固もとより多くの期待は持っていなかった。時々考え出したように

「だって、近頃の相場なら、捨売すてうりにしたって、あの時叔父の拵らえてくれた金の倍にはなるんだ
もの。あんまり馬鹿馬鹿しいからね」と宗助が云い出すと、御米は淋さみしそうに笑って、
「また地面? いつまでもあの事ばかり考えていらっしゃるのね。だって、あなたが万事宜よろしく願い
ますと、叔父さんにおっしゃったんでしょう」と云う。
「そりゃ仕方がないさ。あの場合ああでもしなければ方ほうがつかないんだもの」と宗助が云う。
「だからさ。叔父さんの方では、御金の代りに家うちと地面を貰ったつもりでいらっしゃるかも知れなく
ってよ」と御米が云う。
 そう云われると、宗助も叔父の処置に一理あるようにも思われて、口では、
「そのつもりが好くないじゃないか」と答弁するようなものの、この問題はその都度つどしだいしだいに
背景の奥に遠ざかって行くのであった。
 夫婦がこんな風に淋しく睦むつまじく暮らして来た二年目の末に、宗助はもとの同級生で、学生時代に
は大変懇意であった杉原と云う男に偶然出逢った。杉原は卒業後高等文官試験に合格して、その時すでに
或省に奉職していたのだが、公務上福岡と佐賀へ出張することになって、東京からわざわざやって来たの
である。宗助は所の新聞で、杉原のいつ着いて、どこに泊っているかをよく知ってはいたが、失敗者とし
ての自分に顧かえりみて、成効者せいこうしゃの前に頭を下げる対照を恥ずかしく思った上に、自分は在
学当時の旧友に逢うのを、特に避けたい理由を持っていたので、彼の旅館を訪ねる気は毛頭なかった。
 ところが杉原の方では、妙な引掛りから、宗助のここに燻くすぶっている事を聞き出して、強しいて面
会を希望するので、宗助もやむを得ず我がを折った。宗助が福岡から東京へ移れるようになったのは、全
くこの杉原の御蔭おかげである。杉原から手紙が来て、いよいよ事がきまったとき、宗助は箸はしを置い
て、
「御米、とうとう東京へ行けるよ」と云った。

327 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:43:20.81 ID:twPsrBe10
「まあ結構ね」と御米が夫の顔を見た。
 東京に着いてから二三週間は、眼の回まわるように日が経たった。新らしく世帯を有もって、新らしい
仕事を始める人に、あり勝ちな急忙せわしなさと、自分達を包む大都の空気の、日夜劇はげしく震盪しん
とうする刺戟しげきとに駆かられて、何事をもじっと考える閑ひまもなく、また落ちついて手を下くだす
分別も出なかった。
 夜汽車で新橋へ着いた時は、久しぶりに叔父夫婦の顔を見たが、夫婦とも灯ひのせいか晴れやかな色に
は宗助の眼に映らなかった。途中に事故があって、着ちゃくの時間が珍らしく三十分ほど後れたのを、宗
助の過失ででもあるかのように、待草臥まちくたびれた気色けしきであった。
 宗助がこの時叔母から聞いた言葉は、
「おや宗そうさん、しばらく御目に掛かからないうちに、大変御老おふけなすった事」という一句であっ
た。御米はその折おり始めて叔父夫婦に紹介された。
「これがあの……」と叔母は逡巡ためらって宗助の方を見た。御米は何と挨拶あいさつのしようもないの
で、無言のままただ頭を下げた。
 小六も無論叔父夫婦と共に二人を迎いに来ていた。宗助は一眼その姿を見たとき、いつの間にか自分を
凌しのぐように大きくなった、弟の発育に驚ろかされた。小六はその時中学を出て、これから高等学校へ
這入はいろうという間際まぎわであった。宗助を見て、「兄さん」とも「御帰りなさい」とも云わないで
、ただ不器用に挨拶をした。
 宗助と御米は一週ばかり宿屋住居ずまいをして、それから今の所に引き移った。その時は叔父夫婦がい
ろいろ世話を焼いてくれた。細々こまごましい台所道具のようなものは買うまでもあるまい、古いのでよ
ければと云うので、小人数に必要なだけ一通り取り揃そろえて送って来た。その上、
「御前も新世帯だから、さぞ物要ものいりが多かろう」と云って金を六十円くれた。
 家うちを持ってかれこれ取り紛まぎれているうちに、早はや半月余よも経ったが、地方にいる時分あん
なに気にしていた家邸いえやしきの事は、ついまだ叔父に言い出さずにいた。ある時御米が、
「あなたあの事を叔父さんにおっしゃって」と聞いた。宗助はそれで急に思い出したように、
「うん、まだ云わないよ」と答えた。
「妙ね、あれほど気にしていらしったのに」と御米がうす笑をした。
「だって、落ちついて、そんな事を云い出す暇ひまがないんだもの」と宗助が弁解した。
 また十日ほど経たった。すると今度こんだは宗助の方から、
「御米、あの事はまだ云わないよ。どうも云うのが面倒で厭いやになった」と云い出した。
「厭なのを無理におっしゃらなくってもいいわ」と御米が答えた。
「好いかい」と宗助が聞き返した。
「好いかいって、もともとあなたの事じゃなくって。私は先せんからどうでも好いんだわ」と御米が答え
た。
 その時宗助は、
「じゃ、鹿爪しかつめらしく云い出すのも何だか妙だから、そのうち機会おりがあったら、聞くとしよう
。なにそのうち聞いて見る機会おりがきっと出て来るよ」と云って延ばしてしまった。
 小六は何不足なく叔父の家に寝起ねおきしていた。試験を受けて高等学校へ這入はいれれば、寄宿へ入
舎しなければならないと云うので、その相談まですでに叔父と打合せがしてあるようであった。新らしく
出京した兄からは別段学資の世話を受けないせいか、自分の身の上については叔父ほどに親しい相談も持
ち込んで来なかった。従兄弟いとこの安之助とは今までの関係上大変仲が好かった。かえってこの方が兄
弟らしかった。
 宗助は自然叔父の家うちに足が遠くなるようになった。たまに行っても、義理一遍の訪問に終る事が多
いので、帰り路にはいつもつまらない気がしてならなかった。しまいには時候の挨拶あいさつを済ますと
、すぐ帰りたくなる事もあった。こう云う時には三十分と坐すわって、世間話に時間を繋つなぐのにさえ
骨が折れた。向うでも何だか気が置けて窮屈だと云う風が見えた。
「まあいいじゃありませんか」と叔母が留めてくれるのが例であるが、そうすると、なおさらいにくい心
持がした。それでも、たまには行かないと、心のうちで気が咎とがめるような不安を感ずるので、また行
くようになった。折々は、
「どうも小六が御厄介ごやっかいになりまして」とこっちから頭を下げて礼を云う事もあった。けれども
、それ以上は、弟の将来の学資についても、また自分が叔父に頼んで、留守中に売り払って貰もらった地
所家作についても、口を切るのがつい面倒になった。しかし宗助が興味を有もたない叔父の所へ、不精無

328 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:43:29.81 ID:twPsrBe10
精ふしょうぶしょうにせよ、時たま出掛けて行くのは、単に叔父甥おいの血属関係を、世間並に持ち堪こ
たえるための義務心からではなくって、いつか機会があったら、片をつけたい或物を胸の奥に控えていた
結果に過ぎないのは明かであった。
「宗さんはどうもすっかり変っちまいましたね」と叔母が叔父に話す事があった。すると叔父は、
「そうよなあ。やっぱり、ああ云う事があると、永ながくまで後あとへ響くものだからな」と答えて、因
果いんがは恐ろしいと云う風をする。叔母は重ねて、
「本当に、怖こわいもんですね。元はあんな寝入ねいった子こじゃなかったが――どうもはしゃぎ過ぎる
くらい活溌かっぱつでしたからね。それが二三年見ないうちに、まるで別の人みたように老ふけちまって
。今じゃあなたより御爺おじいさん御爺さんしていますよ」と云う。
「真逆まさか」と叔父がまた答える。
「いえ、頭や顔は別として、様子がさ」と叔母がまた弁解する。
 こんな会話が老夫婦の間に取り換わされたのは、宗助が出京して以来一度や二度ではなかった。実際彼
は叔父の所へ来ると、老人の眼に映る通りの人間に見えた。
 御米はどう云うものか、新橋へ着いた時、老人夫婦に紹介されたぎり、かつて叔父の家の敷居を跨また
いだ事がない。むこうから見えれば叔父さん叔母さんと丁寧ていねいに接待するが、帰りがけに、
「どうです、ちと御出かけなすっちゃ」などと云われると、ただ、
「ありがとう」と頭を下げるだけで、ついぞ出掛けた試ためしはなかった。さすがの宗助さえ一度は、
「叔父さんの所へ一度行って見ちゃ、どうだい」と勧すすめた事があるが、
「でも」と変な顔をするので、宗助はそれぎりけっしてその事を云い出さなかった。
 両家族はこの状態で約一年ばかりを送った。すると宗助よりも気分は若いと許された叔父が突然死んだ
。病症は脊髄脳膜炎せきずいのうまくえんとかいう劇症げきしょうで、二三日風邪かぜの気味で寝ねてい
たが、便所へ行った帰りに、手を洗おうとして、柄杓ひしゃくを持ったまま卒倒したなり、一日いちんち
経たつか経たないうちに冷たくなってしまったのである。
「御米、叔父はとうとう話をしずに死んでしまったよ」と宗助が云った。
「あなたまだ、あの事を聞くつもりだったの、あなたも随分執念深しゅうねんぶかいのね」と御米が云っ
た。
 それからまた一年ばかり経ったら、叔父の子の安之助が大学を卒業して、小六が高等学校の二年生にな
った。叔母は安之助といっしょに中六番町に引き移った。
 三年目の夏休みに小六は房州の海水浴へ行った。そこに一月余りも滞在しているうちに九月になり掛け
たので、保田ほたから向うへ突切つっきって、上総かずさの海岸を九十九里伝いに、銚子ちょうしまで来
たが、そこから思い出したように東京へ帰った。宗助の所へ見えたのは、帰ってから、まだ二三日しか立
たない、残暑の強い午後である。真黒に焦こげた顔の中に、眼だけ光らして、見違えるように蛮色ばんし
ょくを帯びた彼は、比較的日の遠い座敷へ這入はいったなり横になって、兄の帰りを待ち受けていたが、
宗助の顔を見るや否や、むっくり起き上がって、
「兄さん、少し御話があって来たんですが」と開き直られたので、宗助は少し驚ろいた気味で、暑苦しい
洋服さえ脱ぎ更かえずに、小六の話を聞いた。
 小六の云うところによると、二三日前彼が上総から帰った晩、彼の学資はこの暮限り、気の毒ながら出
してやれないと叔母から申し渡されたのだそうである。小六は父が死んで、すぐと叔父に引き取られて以
来、学校へも行けるし、着物も自然ひとりでにできるし、小遣こづかいも適宜てきぎに貰えるので、父の
存生中ぞんしょうちゅうと同じように、何不足なく暮らせて来た惰性から、その日その晩までも、ついぞ
学資と云う問題を頭に思い浮べた事がなかったため、叔母の宣告を受けた時は、茫然ぼんやりしてとかく
の挨拶あいさつさえできなかったのだと云う。
 叔母は気の毒そうに、なぜ小六の世話ができなくなったかを、女だけに、一時間も掛かって委くわしく
説明してくれたそうである。それには叔父の亡なくなった事やら、継ついで起る経済上の変化やら、また
安之助の卒業やら、卒業後に控えている結婚問題やらが這入っていたのだと云う。
「できるならば、せめて高等学校を卒業するまでと思って、今日きょうまでいろいろ骨を折ったんだけれ
ども」
 叔母はこう云ったと小六は繰り返した。小六はその時ふと兄が、先年父の葬式の時に出京して、万事を
片づけた後、広島へ帰るとき、小六に、御前の学資は叔父さんに預けてあるからと云った事があるのを思

329 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:43:38.80 ID:twPsrBe10
い出して、叔母に始めて聞いて見ると、叔母は案外な顔をして、
「そりゃ、あの時、宗そうさんが若干いくらか置いて行きなすった事は、行きなすったが、それはもうあ
りゃしないよ。叔父さんのまだ生きて御出おいでの時分から、御前の学資は融通して来たんだから」と答
えた。
 小六は兄から自分の学資がどれほどあって、何年分の勘定かんじょうで、叔父に預けられたかを、聞い
ておかなかったから、叔母からこう云われて見ると、一言ひとことも返しようがなかった。
「御前おまえも一人じゃなし、兄さんもある事だからよく相談をして見たら好いだろう。その代り私わた
しも宗さんに逢って、とっくり訳わけを話しましょうから。どうも、宗さんも余あんまり近頃は御出おい
ででないし、私も御無沙汰ごぶさたばかりしているのでね、つい御前の事は御話をする訳にも行かなかっ
たんだよ」と叔母は最後につけ加えたそうである。
 小六から一部始終いちぶしじゅうを聞いた時、宗助はただ弟の顔を眺ながめて、一口、
「困ったな」と云った。昔のように赫かっと激して、すぐ叔母の所へ談判に押し掛ける気色けしきもなけ
れば、今まで自分に対して、世話にならないでも済む人のように、よそよそしく仕向けて来た弟の態度が
、急に方向を転じたのを、悪にくいと思う様子も見えなかった。
 自分の勝手に作り上げた美くしい未来が、半分壊くずれかかったのを、さも傍はたの人のせいででもあ
るかのごとく心を乱している小六の帰る姿を見送った宗助は、暗い玄関の敷居の上に立って、格子こうし
の外に射す夕日をしばらく眺ながめていた。
 その晩宗助は裏から大きな芭蕉ばしょうの葉を二枚剪きって来て、それを座敷の縁に敷いて、その上に
御米と並んで涼すずみながら、小六の事を話した。
「叔母さんは、こっちで、小六さんの世話をしろって云う気なんじゃなくって」と御米が聞いた。
「まあ、逢って聞いて見ないうちは、どう云う料簡りょうけんか分らないがね」と宗助が云うと、御米は

「きっとそうよ」と答えながら、暗がりで団扇うちわをはたはた動かした。宗助は何も云わずに、頸くび
を延ばして、庇ひさしと崖がけの間に細く映る空の色を眺めた。二人はそのまましばらく黙っていたが、
良ややあって、
「だってそれじゃ無理ね」と御米がまた云った。
「人間一人大学を卒業させるなんて、おれの手際てぎわじゃ到底とても駄目だ」と宗助は自分の能力だけ
を明らかにした。
 会話はそこで別の題目に移って、再び小六の上にも叔母の上にも帰って来なかった。それから二三日す
るとちょうど土曜が来たので、宗助は役所の帰りに、番町の叔母の所へ寄って見た。叔母は、
「おやおや、まあ御珍らしい事」と云って、いつもよりは愛想あいそよく宗助を款待もてなしてくれた。
その時宗助は厭いやなのを我慢して、この四五年来溜めて置いた質問を始めて叔母に掛けた。叔母は固も
とよりできるだけは弁解しない訳に行かなかった。
 叔母の云うところによると、宗助の邸宅やしきを売払った時、叔父の手に這入はいった金は、たしかに
は覚えていないが、何でも、宗助のために、急場の間に合せた借財を返した上、なお四千五百円とか四千
三百円とか余ったそうである。ところが叔父の意見によると、あの屋敷は宗助が自分に提供して行ったの
だから、たといいくら余ろうと、余った分は自分の所得と見傚みなして差支さしつかえない。しかし宗助
の邸宅を売って儲もうけたと云われては心持が悪いから、これは小六の名義で保管して置いて、小六の財
産にしてやる。宗助はあんな事をして廃嫡はいちゃくにまでされかかった奴だから、一文いちもんだって
取る権利はない。
「宗さん怒っちゃいけませんよ。ただ叔父さんの云った通りを話すんだから」と叔母が断った。宗助は黙
ってあとを聞いていた。
 小六の名義で保管されべき財産は、不幸にして、叔父の手腕で、すぐ神田の賑にぎやかな表通りの家屋
に変形した。そうして、まだ保険をつけないうちに、火事で焼けてしまった。小六には始めから話してな
い事だから、そのままにして、わざと知らせずにおいた。
「そう云う訳でね、まことに宗さんにも、御気の毒だけれども、何しろ取って返しのつかない事だから仕
方がない。運だと思って諦あきらめて下さい。もっとも叔父さんさえ生きていれば、またどうともなるん
でしょうさ。小六一人ぐらいそりゃ訳はありますまいよ。よしんば、叔父さんがいなさらない、今にした
って、こっちの都合さえ好ければ、焼けた家うちと同じだけのものを、小六に返すか、それでなくっても

330 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:43:47.76 ID:twPsrBe10
、当人の卒業するまでぐらいは、どうにかして世話もできるんですけれども」と云って叔母はまたほかの
内幕話をして聞かせた。それは安之助の職業についてであった。
 安之助は叔父の一人息子で、この夏大学を出たばかりの青年である。家庭で暖かに育った上に、同級の
学生ぐらいよりほかに交際のない男だから、世の中の事にはむしろ迂濶うかつと云ってもいいが、その迂
濶なところにどこか鷹揚おうような趣おもむきを具そなえて実社会へ顔を出したのである。専門は工科の
器械学だから、企業熱の下火になった今日こんにちといえども、日本中にたくさんある会社に、相応の口
の一つや二つあるのは、もちろんであるが、親譲おやゆずりの山気やまぎがどこかに潜ひそんでいるもの
と見えて、自分で自分の仕事をして見たくてならない矢先へ、同じ科の出身で、小規模ながら専有の工場
こうばを月島辺へんに建てて、独立の経営をやっている先輩に出逢ったのが縁となって、その先輩と相談
の上、自分も幾分かの資本を注つぎ込んで、いっしょに仕事をしてみようという考になった。叔母の内幕
話と云ったのはそこである。
「でね、少しあった株をみんなその方へ廻す事にしたもんだから、今じゃ本当に一文いちもんなし同然な
仕儀しぎでいるんですよ。それは世間から見ると、人数は少なし、家邸いえやしきは持っているし、楽に
見えるのも無理のないところでしょうさ。この間も原の御母おっかさんが来て、まああなたほど気楽な方
はない、いつ来て見ても万年青おもとの葉ばかり丹念に洗っているってね。真逆まさかそうでも無いんで
すけれども」と叔母が云った。
 宗助が叔母の説明を聞いた時は、ぼんやりしてとかくの返事が容易に出なかった。心のなかで、これは
神経衰弱の結果、昔のように機敏で明快な判断を、すぐ作り上げる頭が失なくなった証拠しょうこだろう
と自覚した。叔母は自分の云う通りが、宗助に本当と受けられないのを気にするように、安之助から持ち
出した資本の高まで話した。それは五千円ほどであった。安之助は当分の間、わずかな月給と、この五千
円に対する利益配当とで暮らさなければならないのだそうである。
「その配当だって、まだどうなるか分りゃしないんでさあね。旨うまく行ったところで、一割か一割五分
ぐらいなものでしょうし、また一つ間違えばまるで煙けむにならないとも限らないんですから」と叔母が
つけ加えた。
 宗助は叔母の仕打に、これと云う目立った阿漕あこぎなところも見えないので、心の中うちでは少なか
らず困ったが、小六の将来について一口の掛合かけあいもせずに帰るのはいかにも馬鹿馬鹿しい気がした
。そこで今までの問題はそこに据すえっきりにして置いて、自分が当時小六の学資として叔父に預けて行
った千円の所置を聞き糺ただして見ると、叔母は、
「宗さん、あれこそ本当に小六が使っちまったんですよ。小六が高等学校へ這入はいってからでも、もう
かれこれ七百円は掛かっているんですもの」と答えた。
 宗助はついでだから、それと同時に、叔父に保管を頼んだ書画や骨董品こっとうひんの成行なりゆきを
確かめて見た。すると、叔母は、
「ありあとんだ馬鹿な目に逢って」と云いかけたが、宗助の様子を見て、
「宗さん、何ですか、あの事はまだ御話をしなかったんでしたかね」と聞いた。宗助がいいえと答えると

「おやおや、それじゃ叔父さんが忘れちまったんですよ」と云いながら、その顛末てんまつを語って聞か
した。
 宗助が広島へ帰ると間もなく、叔父はその売捌方うりさばきかたを真田さなだとかいう懇意の男に依頼
した。この男は書画骨董の道に明るいとかいうので、平生そんなものの売買の周旋をして諸方へ出入する
そうであったが、すぐさま叔父の依頼を引き受けて、誰某だれそれがしが何を欲しいと云うから、ちょっ
と拝見とか、何々氏がこう云う物を希望だから、見せましょうとか号ごうして、品物を持って行ったぎり
、返して来ない。催促すると、まだ先方から戻って参りませんからとか何とか言訳をするだけでかつて埒
らちの明いた試ためしがなかったが、とうとう持ち切れなくなったと見えて、どこかへ姿を隠してしまっ
た。
「でもね、まだ屏風びょうぶが一つ残っていますよ。この間引越の時に、気がついて、こりゃ宗さんのだ
から、今度こんだついでがあったら届けて上げたらいいだろうって、安がそう云っていましたっけ」
 叔母は宗助の預けて行った品物にはまるで重きを置いていないような、ものの云い方をした。宗助も今
日きょうまで放っておくくらいだから、あまりその方面には興味を有もち得なかったので、少しも良心に

331 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:43:56.74 ID:twPsrBe10
悩まされている気色けしきのない叔母の様子を見ても、別に腹は立たなかった。それでも、叔母が、
「宗さん、どうせ家うちじゃ使っていないんだから、なんなら持っておいでなすっちゃどうです。この頃
はああいうものが、大変価ねが出たと云う話じゃありませんか」と云ったときは、実際それを持って帰る
気になった。
 納戸なんどから取り出して貰って、明るい所で眺ながめると、たしかに見覚みおぼえのある二枚折であ
った。下に萩はぎ、桔梗ききょう、芒すすき、葛くず、女郎花おみなえしを隙間すきまなく描かいた上に
、真丸な月を銀で出して、その横の空あいた所へ、野路のじや空月の中なる女郎花、其一きいちと題して
ある。宗助は膝ひざを突いて銀の色の黒く焦こげた辺あたりから、葛の葉の風に裏を返している色の乾い
た様から、大福だいふくほどな大きな丸い朱の輪廓りんかくの中に、抱一ほういつと行書で書いた落款ら
っかんをつくづくと見て、父の生きている当時を憶おもい起さずにはいられなかった。
 父は正月になると、きっとこの屏風びょうぶを薄暗い蔵くらの中から出して、玄関の仕切りに立てて、
その前へ紫檀したんの角かくな名刺入を置いて、年賀を受けたものである。その時はめでたいからと云う
ので、客間の床とこには必ず虎の双幅そうふくを懸かけた。これは岸駒がんくじゃない岸岱がんたいだと
父が宗助に云って聞かせた事があるのを、宗助はいまだに記憶していた。この虎の画えには墨が着いてい
た。虎が舌を出して谷の水を呑のんでいる鼻柱が少し汚けがされたのを、父は苛ひどく気にして、宗助を
見るたびに、御前ここへ墨を塗った事を覚えているか、これは御前の小さい時分の悪戯いたずらだぞと云
って、おかしいような恨うらめしいような一種の表情をした。
 宗助は屏風びょうぶの前に畏かしこまって、自分が東京にいた昔の事を考えながら、
「叔母さん、じゃこの屏風はちょうだいして行きましょう」と云った。
「ああああ、御持ちなさいとも。何なら使に持たせて上げましょう」と叔母は好意から申し添えた。
 宗助は然しかるべく叔母に頼んで、その日はそれで切り上げて帰った。晩食ばんめしの後のち御米とい
っしょにまた縁側へ出て、暗い所で白地の浴衣ゆかたを並べて、涼みながら、画の話をした。
「安さんには、御逢いなさらなかったの」と御米が聞いた。
「ああ、安さんは土曜でも何でも夕方まで、工場にいるんだそうだ」
「随分骨が折れるでしょうね」
 御米はそう云ったなり、叔父や叔母の処置については、一言ひとことの批評も加えなかった。
「小六の事はどうしたものだろう」と宗助が聞くと、
「そうね」と云うだけであった。
「理窟りくつを云えば、こっちにも云い分はあるが、云い出せば、とどのつまりは裁判沙汰になるばかり
だから、証拠しょうこも何もなければ勝てる訳のものじゃなし」と宗助が極端を予想すると、
「裁判なんかに勝たなくたってもいいわ」と御米がすぐ云ったので、宗助は苦笑してやめた。
「つまりおれがあの時東京へ出られなかったからの事さ」
「そうして東京へ出られた時は、もうそんな事はどうでもよかったんですもの」
 夫婦はこんな話をしながら、また細い空を庇ひさしの下から覗のぞいて見て、明日あしたの天気を語り
合って蚊帳かやに這入はいった。
 次の日曜に宗助は小六を呼んで、叔母の云った通りを残らず話して聞かせて、
「叔母さんが御前に詳しい説明をしなかったのは、短兵急な御前の性質を知ってるせいか、それともまだ
小供だと思ってわざと略してしまったのか、そこはおれにも分らないが、何しろ事実は今云った通りなん
だよ」と教えた。
 小六にはいかに詳しい説明も腹の足しにはならなかった。ただ、
「そうですか」と云ってむずかしい不満な顔をして宗助を見た。
「仕方がないよ。叔母さんだって、安さんだって、そう悪い料簡りょうけんはないんだから」
「そりゃ、分っています」と弟は峻けわしい物の云い方をした。
「じゃおれが悪いって云うんだろう。おれは無論悪いよ。昔から今日こんにちまで悪いところだらけな男
だもの」
 宗助は横になって煙草たばこを吹かしながら、これより以上は何とも語らなかった。小六も黙って、座
敷の隅すみに立ててあった二枚折の抱一の屏風びょうぶを眺ながめていた。
「御前あの屏風を覚えているかい」とやがて兄が聞いた。
「ええ」と小六が答えた。
「一昨日おととい佐伯から届けてくれた。御父さんの持ってたもので、おれの手に残ったのは、今じゃこ
れだけだ。これが御前の学資になるなら、今すぐにでもやるが、剥はげた屏風一枚で大学を卒業する訳に

332 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:44:05.87 ID:twPsrBe10
も行かずな」と宗助が云った。そうして苦笑しながら、
「この暑いのに、こんなものを立てて置くのは、気狂きちがいじみているが、入れておく所がないから、
仕方がない」と云う述懐じゅっかいをした。
 小六はこの気楽なような、ぐずのような、自分とは余りに懸かけ隔へだたっている兄を、いつも物足り
なくは思うものの、いざという場合に、けっして喧嘩けんかはし得なかった。この時も急に癇癪かんしゃ
くの角つのを折られた気味で、
「屏風はどうでも好いが、これから先さき僕はどうしたもんでしょう」と聞き出した。
「それは問題だ。何しろことしいっぱいにきまれば好い事だから、まあよく考えるさ。おれも考えて置こ
う」と宗助が云った。
 弟は彼の性質として、そんな中ぶらりんの姿は嫌きらいである、学校へ出ても落ちついて稽古けいこも
できず、下調も手につかないような境遇は、とうてい自分には堪たえられないと云う訴うったえを切にや
り出したが、宗助の態度は依然として変らなかった。小六があまり癇かんの高い不平を並べると、
「そのくらいな事でそれほど不平が並べられれば、どこへ行ったって大丈夫だ。学校をやめたって、いっ
こう差支さしつかえない。御前の方がおれよりよっぽどえらいよ」と兄が云ったので、話はそれぎり頓挫
とんざして、小六はとうとう本郷へ帰って行った。
 宗助はそれから湯を浴びて、晩食ばんめしを済まして、夜は近所の縁日へ御米といっしょに出掛けた。
そうして手頃な花物を二鉢買って、夫婦して一つずつ持って帰って来た。夜露にあてた方がよかろうと云
うので、崖下がけしたの雨戸を明けて、庭先にそれを二つ並べて置いた。
 蚊帳かやの中へ這入はいった時、御米は、
「小六さんの事はどうなって」と夫に聞くと、
「まだどうもならないさ」と宗助は答えたが、十分ばかりの後のち夫婦ともすやすや寝入ねいった。
 翌日眼が覚めて役所の生活が始まると、宗助はもう小六の事を考える暇を有もたなかった。家うちへ帰
って、のっそりしている時ですら、この問題を確的はっきり眼の前に描えがいて明らかにそれを眺ながめ
る事を憚はばかった。髪の毛の中に包んである彼の脳は、その煩わずらわしさに堪たえなかった。昔は数
学が好きで、随分込み入った幾何きかの問題を、頭の中で明暸めいりょうな図にして見るだけの根気があ
った事を憶おもい出すと、時日の割には非常に烈はげしく来たこの変化が自分にも恐ろしく映った。
 それでも日に一度ぐらいは小六の姿がぼんやり頭の奥に浮いて来る事があって、その時だけは、あいつ
の将来も何とか考えておかなくっちゃならないと云う気も起った。しかしすぐあとから、まあ急ぐにも及
ぶまいぐらいに、自分と打ち消してしまうのが常であった。そうして、胸の筋きんが一本鉤かぎに引っ掛
ったような心を抱いだいて、日を暮らしていた。
 そのうち九月も末になって、毎晩天あまの河がわが濃く見えるある宵よいの事、空から降ったように安
之助がやって来た。宗助にも御米にも思い掛けないほど稀たまな客なので、二人とも何か用があっての訪
問だろうと推すいしたが、はたして小六に関する件であった。
 この間月島の工場へひょっくり小六がやって来て云うには、自分の学資についての詳しい話は兄から聞
いたが、自分も今まで学問をやって来て、とうとう大学へ這入はいれずじまいになるのはいかにも残念だ
から、借金でも何でもして、行けるところまで行きたいが、何か好い工夫はあるまいかと相談をかけるの
で、安之助はよく宗さんにも話して見ようと答えると、小六はたちまちそれを遮さえぎって、兄はとうて
い相談になってくれる人じゃない。自分が大学を卒業しないから、他ひとも中途でやめるのは当然だぐら
いに考えている。元来今度の事も元を糺ただせば兄が責任者であるのに、あの通りいっこう平気なもので
、他が何を云っても取り合ってくれない。だから、ただ頼りにするのは君だけだ。叔母さんに正式に断わ
られながら、また君に依頼するのはおかしいようだが、君の方が叔母さんより話が分るだろうと思って来
たと云って、なかなか動きそうもなかったそうである。
 安之助は、そんな事はない、宗さんも君の事ではだいぶ心配して、近いうちまた家うちへ相談に来るは
ずになっているんだからと慰めて、小六を帰したんだと云う。帰るときに、小六は袂たもとから半紙を何
枚も出して、欠席届が入用にゅうようだからこれに判を押してくれと請求して、僕は退学か在学か片がつ
くまでは勉強ができないから、毎日学校へ出る必要はないんだと云ったそうである。

333 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:44:14.77 ID:twPsrBe10
 安之助は忙がしいとかで、一時間足らず話して帰って行ったが、小六の所置については、両人の間に具
体的の案は別に出なかった。いずれ緩ゆっくりみんなで寄ってきめよう、都合がよければ小六も列席する
が好かろうというのが別れる時の言葉であった。二人になったとき、御米は宗助に、
「何を考えていらっしゃるの」と聞いた。宗助は両手を兵児帯へこおびの間に挟はさんで、心持肩を高く
したなり、
「おれももう一返小六みたようになって見たい」と云った。「こっちじゃ、向むこうがおれのような運命
に陥おちいるだろうと思って心配しているのに、向じゃ兄貴なんざあ眼中にないから偉いや」
 御米は茶器を引いて台所へ出た。夫婦はそれぎり話を切り上げて、また床とこを延べて寝ねた。夢の上
に高い銀河あまのがわが涼しく懸かかった。
 次の週間には、小六も来ず、佐伯からの音信たよりもなく、宗助の家庭はまた平日の無事に帰った。夫
婦は毎朝露に光る頃起きて、美しい日を廂ひさしの上に見た。夜は煤竹すすだけの台を着けた洋灯ランプ
の両側に、長い影を描えがいて坐っていた。話が途切れた時はひそりとして、柱時計の振子の音だけが聞
える事も稀まれではなかった。
 それでも夫婦はこの間に小六の事を相談した。小六がもしどうしても学問を続ける気なら無論の事、そ
うでなくても、今の下宿を一時引き上げなければならなくなるのは知れているが、そうすればまた佐伯へ
帰るか、あるいは宗助の所へ置くよりほかに途みちはない。佐伯ではいったんああ云い出したようなもの
の、頼んで見たら、当分宅うちへ置くぐらいの事は、好意上してくれまいものでもない。が、その上修業
をさせるとなると、月謝小遣その他は宗助の方で担任たんにんしなければ義理が悪い。ところがそれは家
計上宗助の堪たえるところでなかった。月々の収支を事細かに計算して見た両人ふたりは、
「とうてい駄目だね」
「どうしたって無理ですわ」と云った。
 夫婦の坐すわっている茶の間の次が台所で、台所の右に下女部屋、左に六畳が一間ひとまある。下女を
入れて三人の小人数こにんずだから、この六畳には余り必要を感じない御米は、東向の窓側にいつも自分
の鏡台を置いた。宗助も朝起きて顔を洗って、飯を済ますと、ここへ来て着物を脱ぬぎ更かえた。
「それよりか、あの六畳を空あけて、あすこへ来ちゃいけなくって」と御米が云い出した。御米の考えで
は、こうして自分の方で部屋と食物だけを分担して、あとのところを月々いくらか佐伯から助すけて貰も
らったら、小六の望み通り大学卒業までやって行かれようと云うのである。
「着物は安さんの古いのや、あなたのを直して上げたら、どうかなるでしょう」と御米が云い添えた。実
は宗助にもこんな考が、多少頭に浮かんでいた。ただ御米に遠慮がある上に、それほど気が進まなかった
ので、つい口へ出さなかったまでだから、細君からこう反対あべこべに相談を掛けられて見ると、固もと
よりそれを拒こばむだけの勇気はなかった。
 小六にその通りを通知して、御前さえそれで差支さしつかえなければ、おれがもう一遍佐伯へ行って掛
合って見るがと、手紙で問い合せると、小六は郵便の着いた晩、すぐ雨の降る中を、傘からかさに音を立
ててやって来て、もう学資ができでもしたように嬉うれしがった。
「何、叔母さんの方じゃ、こっちでいつまでもあなたの事を放り出したまんま、構わずにおくもんだから
、それでああおっしゃるのよ。なに兄さんだって、もう少し都合が好ければ、疾とうにもどうにかしたん
ですけれども、御存じの通りだから実際やむを得なかったんですわ。しかしこっちからこう云って行けば
、叔母さんだって、安さんだって、それでも否いやだとは云われないわ。きっとできるから安心していら
っしゃい。私わたし受合うわ」
 御米にこう受合って貰った小六は、また雨の音を頭の上に受けて本郷へ帰って行った。しかし中一日置
いて、兄さんはまだ行かないんですかと聞きに来た。また三日ばかり過ぎてから、今度は叔母さんの所へ
行って聞いたら、兄さんはまだ来ないそうだから、なるべく早く行くように勧すすめてくれと催促して行
った。
 宗助が行く行くと云って、日を暮らしているうちに世の中はようやく秋になった。その朗らかな或日曜
の午後に、宗助はあまり佐伯へ行くのが後おくれるので、この要件を手紙に認したためて番町へ相談した
のである。すると、叔母から安之助は神戸へ行って留守だと云う返事が来たのである。



 佐伯さえきの叔母の尋ねて来たのは、土曜の午後の二時過であった。その日は例になく朝から雲が出て

334 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:44:23.83 ID:twPsrBe10
、突然と風が北に変ったように寒かった。叔母は竹で編んだ丸い火桶ひおけの上へ手を翳かざして、
「何ですね、御米およねさん。この御部屋は夏は涼しそうで結構だが、これからはちと寒うござんすね」
と云った。叔母は癖のある髪を、奇麗きれいに髷まげに結いって、古風な丸打の羽織の紐ひもを、胸の所
で結んでいた。酒の好きな質たちで、今でも少しずつは晩酌をやるせいか、色沢いろつやもよく、でっぷ
り肥ふとっているから、年よりはよほど若く見える。御米は叔母が来るたんびに、叔母さんは若いのねと
、後あとでよく宗助そうすけに話した。すると宗助がいつでも、若いはずだ、あの年になるまで、子供を
たった一人しか生まないんだからと説明した。御米は実際そうかも知れないと思った。そうしてこう云わ
れた後では、折々そっと六畳へ這入はいって、自分の顔を鏡に映して見た。その時は何だか自分の頬ほお
が見るたびに瘠こけて行くような気がした。御米には自分と子供とを連想して考えるほど辛つらい事はな
かったのである。裏の家主の宅うちに、小さい子供が大勢いて、それが崖がけの上の庭へ出て、ブランコ
へ乗ったり、鬼ごっこをやったりして騒ぐ声が、よく聞えると、御米はいつでも、はかないような恨うら
めしいような心持になった。今自分の前に坐っている叔母は、たった一人の男の子を生んで、その男の子
が順当に育って、立派な学士になったればこそ、叔父が死んだ今日こんにちでも、何不足のない顔をして
、腮あごなどは二重ふたえに見えるくらいに豊ゆたかなのである。御母さんは肥っているから剣呑けんの
んだ、気をつけないと卒中でやられるかも知れないと、安之助やすのすけが始終しじゅう心配するそうだ
けれども、御米から云わせると、心配する安之助も、心配される叔母も、共に幸福を享うけ合っているも
のとしか思われなかった。
「安さんは」と御米が聞いた。
「ええようやくね、あなた。一昨日おとといの晩帰りましてね。それでついつい御返事も後おくれちまっ
て、まことに済みませんような訳で」と云ったが、返事の方はそれなりにして、話はまた安之助へ戻って
来た。
「あれもね、御蔭おかげさまでようやく学校だけは卒業しましたが、これからが大事のところで、心配で
ございます。――それでもこの九月から、月島の工場の方へ出る事になりまして、まあさいわいとこの分
で勉強さえして行ってくれれば、この末ともに、そう悪い事も無かろうかと思ってるんですけれども、ま
あ若いものの事ですから、これから先どう変化へんげるか分りゃしませんよ」
 御米はただ結構でございますとか、おめでとうございますとか云う言葉を、間々あいだあいだに挟はさ
んでいた。
「神戸へ参ったのも、全くその方の用向なので。石油発動機とか何とか云うものを鰹船かつおぶねへ据す
え付けるんだとかってねあなた」
 御米にはまるで意味が分らなかった。分らないながらただへええと受けていると、叔母はすぐ後あとを
話した。
「私にも何のこったか、ちっとも分らなかったんですが、安之助の講釈を聞いて始めて、おやそうかいと
云うような訳でしてね。――もっとも石油発動機は今もって分らないんですけれども」と云いながら、大
きな声を出して笑った。「何でも石油を焚たいて、それで船を自由にする器械なんだそうですが、聞いて
見るとよほど重宝なものらしいんですよ。それさえ付ければ、舟を漕こぐ手間てまがまるで省けるとかで
ね。五里も十里も沖へ出るのに、大変楽なんですとさ。ところがあなた、この日本全国で鰹船の数ったら
、それこそ大したものでしょう。その鰹船が一つずつこの器械を具そなえ付けるようになったら、莫大ば
くだいな利益だって云うんで、この頃は夢中になってその方ばっかりに掛かかっているようですよ。莫大
な利益はありがたいが、そう凝こって身体からだでも悪くしちゃつまらないじゃないかって、この間も笑
ったくらいで」
 叔母はしきりに鰹船と安之助の話をした。そうして大変得意のように見えたが、小六の事はなかなか云
い出さなかった。もう疾とうに帰るはずの宗助もどうしたか帰って来なかった。
 彼はその日役所の帰りがけに駿河台下するがだいしたまで来て、電車を下りて、酸すいものを頬張ほお
ばったような口を穿すぼめて一二町歩いた後のち、ある歯医者の門かどを潜くぐったのである。三四日前
彼は御米と差向いで、夕飯の膳ぜんに着いて、話しながら箸はしを取っている際に、どうした拍子か、前
歯を逆にぎりりと噛かんでから、それが急に痛み出した。指で揺うごかすと、根がぐらぐらする。食事の

335 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:44:32.80 ID:twPsrBe10
時には湯茶が染しみる。口を開けて息をすると風も染みた。宗助はこの朝歯を磨みがくために、わざと痛
い所を避よけて楊枝ようじを使いながら、口の中を鏡に照らして見たら、広島で銀を埋うめた二枚の奥歯
と、研といだように磨すり減らした不揃ぶそろの前歯とが、にわかに寒く光った。洋服に着換える時、
「御米、おれは歯の性しょうがよっぽど悪いと見えるね。こうやると大抵動くぜ」と下歯を指で動かして
見せた。御米は笑いながら、
「もう御年のせいよ」と云って白い襟えりを後へ廻って襯衣シャツへ着けた。
 宗助はその日の午後とうとう思い切って、歯医者へ寄ったのである。応接間へ通ると、大きな洋卓テー
ブルの周囲まわりに天鵞絨びろうどで張った腰掛が并ならんでいて、待ち合している三四人が、うずくま
るように腮あごを襟えりに埋うずめていた。それが皆女であった。奇麗きれいな茶色の瓦斯暖炉ガススト
ーヴには火がまだ焚たいてなかった。宗助は大きな姿見に映る白壁の色を斜ななめに見て、番の来るのを
待っていたが、あまり退屈になったので、洋卓の上に重ねてあった雑誌に眼を着けた。一二冊手に取って
見ると、いずれも婦人用のものであった。宗助はその口絵に出ている女の写真を、何枚も繰り返して眺な
がめた。それから「成功」と云う雑誌を取り上げた。その初めに、成効の秘訣ひけつというようなものが
箇条書にしてあったうちに、何でも猛進しなくってはいけないと云う一カ条と、ただ猛進してもいけない
、立派な根底の上に立って、猛進しなくってはならないと云う一カ条を読んで、それなり雑誌を伏せた。
「成功」と宗助は非常に縁の遠いものであった。宗助はこういう名の雑誌があると云う事さえ、今日こん
にちまで知らなかった。それでまた珍らしくなって、いったん伏せたのをまた開けて見ると、ふと仮名か
なの交らない四角な字が二行ほど並んでいた。それには風かぜ碧落へきらくを吹ふいて浮雲ふうん尽つき
、月つき東山とうざんに上のぼって玉ぎょく一団いちだんとあった。宗助は詩とか歌とかいうものには、
元から余り興味を持たない男であったが、どう云う訳かこの二句を読んだ時に大変感心した。対句ついく
が旨うまくできたとか何とか云う意味ではなくって、こんな景色けしきと同じような心持になれたら、人
間もさぞ嬉うれしかろうと、ひょっと心が動いたのである。宗助は好奇心からこの句の前に付いている論
文を読んで見た。しかしそれはまるで無関係のように思われた。ただこの二句が雑誌を置いた後あとでも
、しきりに彼の頭の中を徘徊はいかいした。彼の生活は実際この四五年来こういう景色に出逢った事がな
かったのである。
 その時向うの戸が開あいて、紙片かみぎれを持った書生が野中さんと宗助を手術室へ呼び入れた。
 中へ這入はいると、そこは応接間よりは倍も広かった。光線がなるべく余計取れるように明るく拵こし
らえた部屋の二側ふたがわに、手術用の椅子いすを四台ほど据すえて、白い胸掛をかけた受持の男が、一
人ずつ別々に療治をしていた。宗助は一番奥の方にある一脚に案内されて、これへと云われるので、踏段
のようなものの上へ乗って、椅子へ腰をおろした。書生が厚い縞入しまいりの前掛で丁寧ていねいに膝ひ
ざから下を包くるんでくれた。
 こう穏おだやかに寝ねかされた時、宗助は例の歯がさほど苦になるほど痛んでいないと云う事を発見し
た。そればかりか、肩も背せなも、腰の周まわりも、心安く落ちついて、いかにも楽に調子が取れている
事に気がついた。彼はただ仰向あおむいて天井てんじょうから下っている瓦斯管ガスかんを眺めた。そう
してこの構かまえと設備では、帰りがけに思ったより高い療治代を取られるかも知れないと気遣きづかっ
た。
 ところへ顔の割に頭の薄くなり過ぎた肥ふとった男が出て来て、大変丁寧ていねいに挨拶あいさつをし
たので、宗助は少し椅子の上で狼狽あわてたように首を動かした。肥った男は一応容体を聞いて、口中を
検査して、宗助の痛いと云う歯をちょっと揺ゆすって見たが、
「どうもこう弛ゆるみますと、とても元のように緊しまる訳には参りますまいと思いますが。何しろ中が
エソになっておりますから」と云った。
 宗助はこの宣告を淋さびしい秋の光のように感じた。もうそんな年なんでしょうかと聞いて見たくなっ
たが、少しきまりが悪いので、ただ、
「じゃ癒なおらないんですか」と念を押した。
 肥ふとった男は笑いながらこう云った。――
「まあ癒らないと申し上げるよりほかに仕方がござんせんな。やむを得なければ、思い切って抜いてしま

336 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:44:41.78 ID:twPsrBe10
うんですが、今のところでは、まだそれほどでもございますまいから、ただ御痛みだけを留めておきまし
ょう。何しろエソ――エソと申しても御分りにならないかも知れませんが、中がまるで腐っております」
 宗助は、そうですかと云って、ただ肥った男のなすがままにしておいた。すると彼は器械をぐるぐる廻
して、宗助の歯の根へ穴を開け始めた。そうしてその中へ細長い針のようなものを刺し通しては、その先
を嗅かいでいたが、しまいに糸ほどな筋を引き出して、神経がこれだけ取れましたと云いながら、それを
宗助に見せてくれた。それから薬でその穴を埋うめて、明日みょうにちまたいらっしゃいと注意を与えた

 椅子いすを下りるとき、身体からだが真直まっすぐになったので、視線の位置が天井からふと庭先に移
ったら、そこにあった高さ五尺もあろうと云う大きな鉢栽はちうえの松が宗助の眼に這入はいった。その
根方の所を、草鞋わらじがけの植木屋が丁寧ていねいに薦こもで包くるんでいた。だんだん露が凝こって
霜しもになる時節なので、余裕よゆうのあるものは、もう今時分から手廻しをするのだと気がついた。
 帰りがけに玄関脇の薬局で、粉薬こぐすりのまま含嗽剤がんそうざいを受取って、それを百倍の微温湯
びおんとうに溶解して、一日十数回使用すべき注意を受けた時、宗助は会計の請求した治療代の案外廉れ
んなのを喜んだ。これならば向うで云う通り四五回通かよったところが、さして困難でもないと思って、
靴を穿はこうとすると、今度は靴の底がいつの間にか破れている事に気がついた。
 宅うちへ着いた時は一足違ひとあしちがいで叔母がもう帰ったあとであった。宗助は、
「おお、そうだったか」と云いながら、はなはだ面倒そうに洋服を脱ぎ更かえて、いつもの通り火鉢ひば
ちの前に坐った。御米は襯衣シャツや洋袴ズボンや靴足袋くつたびを一抱ひとかかえにして六畳へ這入は
いった。宗助はぼんやりして、煙草たばこを吹かし始めたが、向うの部屋で、刷毛ブラッシを掛ける音が
し出した時、
「御米、佐伯の叔母さんは何とか云って来たのかい」と聞いた。
 歯痛しつうが自おのずから治おさまったので、秋に襲おそわれるような寒い気分は、少し軽くなったけ
れども、やがて御米が隠袋ポッケットから取り出して来た粉薬を、温ぬるま湯に溶といて貰もらって、し
きりに含嗽うがいを始めた。その時彼は縁側えんがわへ立ったまま、
「どうも日が短かくなったなあ」と云った。
 やがて日が暮れた。昼間からあまり車の音を聞かない町内は、宵よいの口くちから寂しんとしていた。
夫婦は例の通り洋灯ランプの下もとに寄った。広い世の中で、自分達の坐っている所だけが明るく思われ
た。そうしてこの明るい灯影に、宗助は御米だけを、御米は宗助だけを意識して、洋灯の力の届かない暗
い社会は忘れていた。彼らは毎晩こう暮らして行く裡うちに、自分達の生命を見出していたのである。
 この静かな夫婦は、安之助の神戸から土産みやげに買って来たと云う養老昆布ようろうこぶの缶かんを
がらがら振って、中から山椒さんしょ入いりの小さく結んだ奴を撰より出しながら、緩ゆっくり佐伯から
の返事を語り合った。
「しかし月謝と小遣こづかいぐらいは都合してやってくれても好さそうなもんじゃないか」
「それができないんだって。どう見積っても両方寄せると、十円にはなる。十円と云う纏まとまった御金
を、今のところ月々出すのは骨が折れるって云うのよ」
「それじゃことしの暮まで二十何円ずつか出してやるのも無理じゃないか」
「だから、無理をしても、もう一二カ月のところだけは間に合せるから、そのうちにどうかして下さいと
、安さんがそう云うんだって」
「実際できないのかな」
「そりゃ私わたしには分らないわ。何しろ叔母さんが、そう云うのよ」
「鰹舟かつおぶねで儲もうけたら、そのくらい訳なさそうなもんじゃないか」
「本当ね」
 御米は低い声で笑った。宗助もちょっと口の端はたを動かしたが、話はそれで途切とぎれてしまった。
しばらくしてから、
「何しろ小六は家うちへ来るときめるよりほかに道はあるまいよ。後あとはその上の事だ。今じゃ学校へ
は出ているんだね」と宗助が云った。
「そうでしょう」と御米が答えるのを聞き流して、彼は珍らしく書斎に這入はいった。一時間ほどして、
御米がそっと襖ふすまを開あけて覗のぞいて見ると、机に向って、何か読んでいた。
「勉強? もう御休みなさらなくって」と誘われた時、彼は振り返って、
「うん、もう寝よう」と答えながら立ち上った。

337 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:44:50.76 ID:twPsrBe10
 寝る時、着物を脱いで、寝巻の上に、絞しぼりの兵児帯へこおびをぐるぐる巻きつけながら、
「今夜は久し振に論語を読んだ」と云った。
「論語に何かあって」と御米が聞き返したら、宗助は、
「いや何にもない」と答えた。それから、「おい、おれの歯はやっぱり年のせいだとさ。ぐらぐらするの
はとても癒なおらないそうだ」と云いつつ、黒い頭を枕の上に着けた。



 小六ころくはともかくも都合しだい下宿を引き払って兄の家へ移る事に相談が調ととのった。御米およ
ねは六畳に置きつけた桑くわの鏡台を眺ながめて、ちょっと残り惜しい顔をしたが、
「こうなると少し遣場やりばに困るのね」と訴えるように宗助そうすけに告げた。実際ここを取り上げら
れては、御米の御化粧おつくりをする場所が無くなってしまうのである。宗助は何の工夫もつかずに、立
ちながら、向うの窓側まどぎわに据すえてある鏡の裏を斜はすに眺ながめた。すると角度の具合で、そこ
に御米の襟元えりもとから片頬が映っていた。それがいかにも血色のわるい横顔なのに驚ろかされて、
「御前おまい、どうかしたのかい。大変色が悪いよ」と云いながら、鏡から眼を放して、実際の御米の姿
を見た。鬢びんが乱れて、襟の後うしろの辺あたりが垢あかで少し汚よごれていた。御米はただ、
「寒いせいなんでしょう」と答えて、すぐ西側に付いている。一間いっけんの戸棚とだなを明けた。下に
は古い創きずだらけの箪笥たんすがあって、上には支那鞄しなかばんと柳行李やなぎごりが二つ三つ載の
っていた。
「こんなもの、どうしたって片づけようがないわね」
「だからそのままにしておくさ」
 小六のここへ引移って来るのは、こう云う点から見て、夫婦のいずれにも、多少迷惑であった。だから
来ると云って約束しておきながら、今だに来ない小六に対しては、別段の催促もしなかった。一日延びれ
ば延びただけ窮屈が逃げたような気がどこかでした。小六にもちょうどそれと同じ憚はばかりがあったの
で、いられる限かぎりは下宿にいる方が便利だと胸をきめたものか、つい一日一日と引越を前さきへ送っ
ていた。その癖くせ彼の性質として、兄夫婦のごとく、荏苒じんぜんの境に落ちついてはいられなかった
のである。
 そのうち薄い霜しもが降おりて、裏の芭蕉ばしょうを見事に摧くだいた。朝は崖上がけうえの家主やぬ
しの庭の方で、鵯ひよどりが鋭どい声を立てた。夕方には表を急ぐ豆腐屋の喇叭らっぱに交って、円明寺
の木魚の音が聞えた。日はますます短かくなった。そうして御米の顔色は、宗助が鏡の中に認めた時より
も、爽さやかにはならなかった。夫おっとが役所から帰って来て見ると、六畳で寝ている事が一二度あっ
た。どうかしたかと尋ねると、ただ少し心持が悪いと答えるだけであった。医者に見て貰えと勧めると、
それには及ばないと云って取り合わなかった。
 宗助は心配した。役所へ出ていてもよく御米の事が気にかかって、用の邪魔になるのを意識する時もあ
った。ところがある日帰りがけに突然電車の中で膝ひざを拍うった。その日は例になく元気よく格子こう
しを明けて、すぐと勢いきおいよく今日はどうだいと御米に聞いた。御米がいつもの通り服や靴足袋くつ
たびを一纏ひとまとめにして、六畳へ這入はいる後あとから追ついて来て、
「御米、御前おまい子供ができたんじゃないか」と笑いながら云った。御米は返事もせずに俯向うつむい
てしきりに夫の背広せびろの埃ほこりを払った。刷毛ブラッシの音がやんでもなかなか六畳から出て来な
いので、また行って見ると、薄暗い部屋の中で、御米はたった一人寒そうに、鏡台の前に坐すわっていた
。はいと云って立ったが、その声が泣いた後の声のようであった。
 その晩夫婦は火鉢ひばちに掛けた鉄瓶てつびんを、双方から手で掩おおうようにして差し向った。
「どうですな世の中は」と宗助が例にない浮いた調子を出した。御米の頭の中には、夫婦にならない前の
、宗助と自分の姿が奇麗きれいに浮んだ。
「ちっと、面白くしようじゃないか。この頃ごろはいかにも不景気だよ」と宗助がまた云った。二人はそ
れから今度の日曜にはいっしょにどこへ行こうか、ここへ行こうかと、しばらくそればかり話し合ってい
た。それから二人の春着の事が題目になった。宗助の同僚の高木とか云う男が、細君に小袖こそでとかを
強請ねだられた時、おれは細君の虚栄心を満足させるために稼かせいでるんじゃないと云って跳はねつけ
たら、細君がそりゃ非道ひどい、実際寒くなっても着て出るものがないんだと弁解するので、寒ければや

338 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:44:59.80 ID:twPsrBe10
むを得ない、夜具を着るとか、毛布けっとを被かぶるとかして、当分我慢しろと云った話を、宗助はおか
しく繰り返して御米を笑わした。御米は夫のこの様子を見て、昔がまた眼の前に戻ったような気がした。
「高木の細君は夜具でも構わないが、おれは一つ新らしい外套マントを拵こしらえたいな。この間歯医者
へ行ったら、植木屋が薦こもで盆栽ぼんさいの松の根を包んでいたので、つくづくそう思った」
「外套が欲しいって」
「ああ」
 御米は夫の顔を見て、さも気の毒だと云う風に、
「御拵おこしらえなさいな。月賦で」と云った。宗助は、
「まあ止そうよ」と急に侘わびしく答えた。そうして「時に小六はいつから来る気なんだろう」と聞いた

「来るのは厭なんでしょう」と御米が答えた。御米には、自分が始めから小六に嫌きらわれていると云う
自覚があった。それでも夫の弟だと思うので、なるべくは反そりを合せて、少しでも近づけるように近づ
けるようにと、今日こんにちまで仕向けて来た。そのためか、今では以前と違って、まあ普通の小舅こじ
ゅうとぐらいの親しみはあると信じているようなものの、こんな場合になると、つい実際以上にも気を回
して、自分だけが小六の来ない唯一ゆいいつの原因のように考えられるのであった。
「そりゃ下宿からこんな所へ移るのは好かあないだろうよ。ちょうどこっちが迷惑を感ずる通り、向うで
も窮屈を感ずる訳だから。おれだって、小六が来ないとすれば、今のうち思い切って外套マントを作るだ
けの勇気があるんだけれども」
 宗助は男だけに思い切ってこう云ってしまった。けれどもこれだけでは御米の心を尽していなかった。
御米は返事もせずに、しばらく黙っていたが、細い腮あごを襟えりの中へ埋うめたまま、上眼うわめを使
って、
「小六さんは、まだ私の事を悪にくんでいらっしゃるでしょうか」と聞き出した。宗助が東京へ来た当座
は、時々これに類似の質問を御米から受けて、その都度つど慰めるのにだいぶ骨の折れた事もあったが、
近来は全く忘れたように何も云わなくなったので、宗助もつい気に留めなかったのである。
「またヒステリーが始まったね。好いじゃないか小六なんぞが、どう思ったって。おれさえついてれば」
「論語にそう書いてあって」
 御米はこんな時に、こういう冗談じょうだんを云う女であった。宗助は
「うん、書いてある」と答えた。それで二人の会話がしまいになった。
 翌日宗助が眼を覚さますと、亜鉛張トタンばりの庇ひさしの上で寒い音がした。御米が襷掛たすきがけ
のまま枕元へ来て、
「さあ、もう時間よ」と注意したとき、彼はこの点滴てんてきの音を聞きながら、もう少し暖かい蒲団ふ
とんの中に温ぬくもっていたかった。けれども血色のよくない御米の、かいがいしい姿を見るや否いなや

「おい」と云って直すぐ起き上った。
 外は濃い雨に鎖とざされていた。崖がけの上の孟宗竹もうそうちくが時々鬣たてがみを振ふるうように
、雨を吹いて動いた。この侘わびしい空の下へ濡ぬれに出る宗助に取って、力になるものは、暖かい味噌
汁みそしると暖かい飯よりほかになかった。
「また靴の中が濡ぬれる。どうしても二足持っていないと困る」と云って、底に小さい穴のあるのを仕方
なしに穿はいて、洋袴ズボンの裾すそを一寸いっすんばかりまくり上げた。
 午過ひるすぎに帰って来て見ると、御米は金盥かなだらいの中に雑巾ぞうきんを浸つけて、六畳の鏡台
の傍そばに置いていた。その上の所だけ天井てんじょうの色が変って、時々雫しずくが落ちて来た。
「靴ばかりじゃない。家うちの中まで濡ぬれるんだね」と云って宗助は苦笑した。御米はその晩夫のため
に置炬燵おきごたつへ火を入れて、スコッチの靴下と縞羅紗しまらしゃの洋袴ズボンを乾かした。
 明あくる日もまた同じように雨が降った。夫婦もまた同じように同じ事を繰り返した。その明る日もま
だ晴れなかった。三日目の朝になって、宗助は眉まゆを縮めて舌打をした。
「いつまで降る気なんだ。靴がじめじめして我慢にも穿はけやしない」
「六畳だって困るわ、ああ漏もっちゃ」
 夫婦は相談して、雨が晴れしだい、家根を繕つくろって貰うように家主やぬしへ掛け合う事にした。け
れども靴の方は何ともしようがなかった。宗助はきしんで這入はいらないのを無理に穿はいて出て行った

 幸さいわいにその日は十一時頃からからりと晴れて、垣に雀すずめの鳴く小春日和こはるびよりになっ

339 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:45:08.76 ID:twPsrBe10
た。宗助が帰った時、御米は例いつもより冴さえ冴ざえしい顔色をして、
「あなた、あの屏風びょうぶを売っちゃいけなくって」と突然聞いた。抱一ほういつの屏風はせんだって
佐伯さえきから受取ったまま、元の通り書斎の隅に立ててあったのである。二枚折だけれども、座敷の位
置と広さから云っても、実はむしろ邪魔な装飾であった。南へ廻すと、玄関からの入口を半分塞ふさいで
しまうし、東へ出すと暗くなる、と云って、残る一方へ立てれば床の間を隠すので、宗助は、
「せっかく親爺おやじの記念かたみだと思って、取って来たようなものの、しようがないねこれじゃ、場
塞ばふさげで」と零こぼした事も一二度あった。その都度つど御米は真丸な縁ふちの焼けた銀の月と、絹
地からほとんど区別できないような穂芒ほすすきの色を眺ながめて、こんなものを珍重する人の気が知れ
ないと云うような見えをした。けれども、夫を憚はばかって、明白あからさまには何とも云い出さなかっ
た。ただ一返いっぺん
「これでもいい絵なんでしょうかね」と聞いた事があった。その時宗助は始めて抱一の名を御米に説明し
て聞かした。しかしそれは自分が昔むかし父から聞いた覚おぼえのある、朧気おぼろげな記憶を好加減い
いかげんに繰り返すに過ぎなかった。実際の画えの価値や、また抱一についての詳しい歴史などに至ると
宗助にもその実じつはなはだ覚束おぼつかなかったのである。
 ところがそれが偶然御米のために妙な行為の動機を構成かたちづくる原因となった。過去一週間夫と自
分の間に起った会話に、ふとこの知識を結びつけて考え得た彼女はちょっと微笑ほほえんだ。この日雨が
上って、日脚ひあしがさっと茶の間の障子しょうじに射した時、御米は不断着の上へ、妙な色の肩掛とも
、襟巻えりまきともつかない織物を纏まとって外へ出た。通りを二丁目ほど来て、それを電車の方角へ曲
って真直まっすぐに来ると、乾物かんぶつ屋と麺麭パン屋の間に、古道具を売っているかなり大きな店が
あった。御米はかつてそこで足の畳み込める食卓を買った記憶がある。今火鉢ひばちに掛けてある鉄瓶て
つびんも、宗助がここから提さげて帰ったものである。
 御米は手を袖そでにして道具屋の前に立ち留まった。見ると相変らず新らしい鉄瓶がたくさん並べてあ
った。そのほかには時節柄とでも云うのか火鉢ひばちが一番多く眼に着いた。しかし骨董こっとうと名の
つくほどのものは、一つもないようであった。ひとり何とも知れぬ大きな亀の甲こうが、真向まむこうに
釣るしてあって、その下から長い黄ばんだ払子ほっすが尻尾しっぽのように出ていた。それから紫檀した
んの茶棚ちゃだなが一つ二つ飾ってあったが、いずれも狂くるいの出そうな生なまなものばかりであった
。しかし御米にはそんな区別はいっこう映らなかった。ただ掛物も屏風びょうぶも一つも見当らない事だ
け確かめて、中へ這入はいった。
 御米は無論夫が佐伯から受取った屏風びょうぶを、いくらかに売り払うつもりでわざわざここまで足を
運んだのであるが、広島以来こう云う事にだいぶ経験を積んだ御蔭おかげで、普通の細君のような努力も
苦痛も感ぜずに、思い切って亭主と口を利きく事ができた。亭主は五十恰好かっこうの色の黒い頬の瘠こ
けた男で、鼈甲べっこうの縁ふちを取った馬鹿に大きな眼鏡めがねを掛けて、新聞を読みながら、疣いぼ
だらけの唐金からかねの火鉢に手を翳かざしていた。
「そうですな、拝見に出てもようがす」と軽く受合ったが、別に気の乗った様子もないので、御米は腹の
中で少し失望した。しかし自分からがすでに大した望を抱いだいて出て来た訳でもないので、こう簡易に
受けられると、こっちから頼むようにしても、見て貰わなければならなかった。
「ようがす。じゃのちほど伺いましょう。今小僧がちょっと出ておりませんからな」
 御米はこの存在ぞんざいな言葉を聞いてそのまま宅うちへ帰ったが、心の中では、はたして道具屋が来
るか来ないかはなはだ疑わしく思った。一人でいつものように簡単な食事を済まして、清きよに膳を下げ
さしていると、いきなり御免下さいと云って、大きな声を出して道具屋が玄関からやって来た。座敷へ上
げて、例の屏風を見せると、なるほどと云って裏だの縁だのを撫なでていたが、
「御払おはらいになるなら」と少し考えて、「六円に頂いておきましょう」と否々いやいやそうに価ねを
付けた。御米には道具屋の付けた相場が至当のように思われた。けれども一応宗助に話してからでなくっ
ては、余り専断過ぎると心づいた上、品物の歴史が歴史だけに、なおさら遠慮して、いずれ帰ったらよく

340 :山師さん (ワッチョイ 23c0-AKKq):2016/11/14(月) 23:45:17.79 ID:twPsrBe10
相談して見た上でと答えたまま、道具屋を帰そうとした。道具屋は出掛に、
「じゃ、奥さんせっかくだから、もう一円奮発しましょう。それで御払い下さい」と云った。御米はその
時思い切って、
「でも、道具屋さん、ありゃ抱一ほういつですよ」と答えて、腹の中ではひやりとした。道具屋は、平気
で、
「抱一は近来流行はやりませんからな」と受け流したが、じろじろ御米の姿を眺ながめた上、
「じゃなおよく御相談なすって」と云い捨てて帰って行った。
 御米はその時の模様を詳しく話した後あとで、
「売っちゃいけなくって」とまた無邪気に聞いた。
 宗助の頭の中には、この間から物質上の欲求が、絶えず動いていた。ただ地味な生活をしなれた結果と
して、足らぬ家計くらしを足ると諦あきらめる癖がついているので、毎月きまって這入はいるもののほか
には、臨時に不意の工面くめんをしてまで、少しでも常以上に寛くつろいでみようと云う働は出なかった
。話を聞いたとき彼はむしろ御米の機敏な才覚に驚ろかされた。同時にはたしてそれだけの必要があるか
を疑った。御米の思おもわくを聞いて見ると、ここで十円足らずの金が入はいれば、宗助の穿はく新らし
い靴を誂あつらえた上、銘仙めいせんの一反ぐらいは買えると云うのである。宗助はそれもそうだと思っ
た。けれども親から伝わった抱一の屏風びょうぶを一方に置いて、片方に新らしい靴及び新らしい銘仙め
いせんを並べて考えて見ると、この二つを交換する事がいかにも突飛とっぴでかつ滑稽こっけいであった

「売るなら売っていいがね。どうせ家うちに在あったって邪魔になるばかりだから。けれどもおれはまだ
靴は買わないでも済むよ。この間中みたように、降り続けに降られると困るが、もう天気も好くなったか
ら」
「だってまた降ると困るわ」
 宗助は御米に対して永久に天気を保証する訳にも行かなかった。御米も降らない前に是非屏風を売れと
も云いかねた。二人は顔を見合して笑っていた。やがて、
「安過ぎるでしょうか」と御米が聞いた。
「そうさな」と宗助が答えた。
 彼は安いと云われれば、安いような気がした。もし買手があれば、買手の出すだけの金はいくらでも取
りたかった。彼は新聞で、近来古書画の入札が非常に高価になった事を見たような心持がした。せめてそ
んなものが一幅でもあったらと思った。けれどもそれは自分の呼吸する空気の届くうちには、落ちていな
いものと諦あきらめていた。
「買手にも因よるだろうが、売手にも因るんだよ。いくら名画だって、おれが持っていた分にはとうてい
そう高く売れっこはないさ。しかし七円や八円てえな、余あんまり安いようだね」
 宗助は抱一の屏風を弁護すると共に、道具屋をも弁護するような語気を洩もらした。そうしてただ自分
だけが弁護に価あたいしないもののように感じた。御米も少し気を腐らした気味で、屏風の話はそれなり
にした。
 翌日あくるひ宗助は役所へ出て、同僚の誰彼にこの話をした。すると皆申し合せたように、それは価ね
じゃないと云った。けれども誰も自分が周旋して、相当の価に売払ってやろうと云うものはなかった。ま
たどう云う筋を通れば、馬鹿な目に逢わないで済むという手続を教えてくれるものもなかった。宗助はや
っぱり横町の道具屋に屏風を売るよりほかに仕方がなかった。それでなければ元の通り、邪魔でも何でも
座敷へ立てておくよりほかに仕方がなかった。彼は元の通りそれを座敷へ立てておいた。すると道具屋が
来て、あの屏風を十五円に売ってくれと云い出した。夫婦は顔を見合して微笑ほほえんだ。もう少し売ら
ずに置いてみようじゃないかと云って、売らずにおいた。すると道具屋がまた来た。また売らなかった。
御米は断るのが面白くなって来た。四度目よたびめには知らない男を一人連れて来たが、その男とこそこ
そ相談して、とうとう三十五円に価を付けた。その時夫婦も立ちながら相談した。そうしてついに思い切
って屏風を売り払った。



 円明寺の杉が焦こげたように赭黒あかぐろくなった。天気の好い日には、風に洗われた空の端はずれに
、白い筋の嶮けわしく見える山が出た。年は宗助そうすけ夫婦を駆かって日ごとに寒い方へ吹き寄せた。
朝になると欠かさず通る納豆売なっとううりの声が、瓦かわらを鎖とざす霜しもの色を連想せしめた。宗

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