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【MIKU EXPO】初音ミクLIVE総合 part281【マジミラ2017】 [無断転載禁止]©2ch.net

678 :名無しさん@お腹いっぱい。 (ワッチョイW e69b-m5qj [219.107.115.172]):2016/11/08(火) 22:30:43.07 ID:tFHKXXIH0
宇川:まず、1ドル360円の時代に1千万円以上投入し、「MOOG III-P」というマイシンセサイザーを日本で最初に個人輸入した。そして、マイスタジオに寝袋を持ち込み、一人でじっくり時間をかけて微細な音色にこだわり抜いて、電子音と戯れることができた。
当時の他のコンポーザーと、冨田先生の制作環境は決定的に違うんです。そこに着目したいのです。つまり何が言いたいかというと、冨田先生は現在のデスクトップミュージシャンの始祖なんですよ。

宇川:全くその通りで。僕が冨田先生と対談したときにも、先生は「超オタクにならないといけない」っておっしゃっていました(笑)。オタクは美しいと熱弁されました。
「世界最高齢のボカロP」と崇められた先生がやってきた音楽は、本来的な意味でもオタクカルチャーの先駆けだったのですよ。

糸川英夫さんと小惑星探査機はやぶさについて、

松山:冨田先生も何回も懐かしそうに嬉しそうにお話していましたけど、10代の終戦間際に米軍機の空襲があったときに、グラマンを日本のハヤブサが撃ち落とすの見て、「なんてハヤブサはすごいんだ」と思ったそうなんです。
それで戦後、ハヤブサを設計した人を調べたら糸川さんだった。そう考えると、少年時代から縁が続いているんです。

『イーハトーヴ交響曲』の原点が冨田さんが子ども時代に衝撃を受けた宮沢賢治の『銀河鉄道』だとすると、今回の『ドクター・コッペリウス』は糸川英夫。
少年時代までさかのぼれる彼に対する思いを、いつか形にしたかったんだと思う。それがようやく最後に作品にできた。

松山晋也
宇川:しかも糸川博士は60歳のときに貝谷バレエ團に入団してバレエを始めますよね。

松山:実際に二人が接点を持ったのはそこからですね。

宇川:そうですね。冨田先生がバレエのサウンドトラックとして使っていただこうと思い、『惑星』を主宰の貝谷八百子さんに渡したんですよね。
糸川博士が在籍されているのを知らずに。で、貝谷さんが『惑星』を気に入って、糸川博士が「盲目の科学者」の役で登場することになった。

松山:そのとき、まさに糸川さんが『惑星』の曲に合わせて踊ったんです。今回の『ドクター・コッペリウス』のプロットを読む限り、そこからずっと彼の心の中で物語が続いていたというのがわかりますね。

宇川:糸川博士はかつて「ホログラフィーと一緒に踊りたかった」って語っていたらしいですね。そしてそれを実現したいという冨田先生の思いがあった。
そして、『イーハトーヴ交響曲』では初音ミクというシンガーを手に入れ、かつて「パピプペ親父」(シンセサイザーで人声を合成した擬音)でしか実現できなかった電子ボーカリスト構想を結実させた。
その先にあったのが、糸川博士との約束を形にしようという強い使命感だったんだと思うのです。
http://www.cinra.net/interview/201611-drcoppelius

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